232 :隻腕14話(01/16):2005/11/18(金) 02:08:00 ID:???

枯れた谷を、走る一台の四輪駆動車があった。
オープンカー仕立ての座席に座るのは、小柄な2つの影。どちらも私服姿。

「確かにこれは、すごい地形ねー。なんかスケール感覚おかしくなりそう」
「そーかな? ま、確かにオーブにはねぇかもな。……おっとッ!」

助手席の少女は周囲の様子に感嘆の声を上げ、ハンドルを握る少年は慌てて目の前に迫った残骸を避ける。
通り過ぎざまに見てみれば、それは上半身が綺麗に消滅した、ダガーLの下半身。

「なぁマユ、見たかいまの!? 切り口がすっげー綺麗でやんの。
 やっぱ陽電子砲ってシャレになんねーな!」
「そ、そりゃいいけど……ちゃんと運転してよねアウル!」

青い髪の少年は運転しながら何度も振り返り、急ハンドルにひっくり返った少女は文句を垂れる。
そうこうするうちに……彼らの進路に、何やら複数の人影と、バリケードらしきものが見えてくる。
ゲリラ風の戦闘服に身を包んだ彼らは手に手に銃を持ち、険しい目で近づく車を見据える。

「止まれ! そこの車、止まるんだ!」

バリケードの前、小銃を手に声を上げたのは――年の頃ならマユにも近い、小柄な女の子。
前髪を後ろにひっつめた、キツそうな雰囲気の少女の声に、アウルはゆっくり減速し、停車する。

「……へぇ、女の子だ。それもその格好、地元のモンなのか?
 ガルナハンはザフトに占領されたって聞いてたんだけど」
「占領ではない。我々レジスタンス有志と協力して、連合の支配から解放してくれたんだ。
 ただ彼らも、治安維持にまでは手が回らないから。検問などはコッチで受け持っている」

アウルのからかい半分の質問にも、自称レジスタンスの少女は生真面目に答えて。
銃を油断なく構えたまま、身振りで降りるように指示をする。
アウルもマユも、素直にそれに従う。
そのまま武装したレジスタンスに囲まれ、バリケード近くの質素な小屋に連れて行かれる。

と――小屋に入る直前、マユはあるものに気付き、頭上の岩山を見上げる。
少女は足を止めたマユに、一瞬不満そうな顔をしたが、彼女の見ているものに気付くと表情を緩める。
むしろ、どこか誇らしげな表情になって。

「あそこにある、機械みたいなのは……?」
「ああ、あれか。あれは――『タンホイザー』だ。ガルナハンの、守り神だ」

マユの見上げた岩山の上、棚のような天然の地形の、その上に鎮座していたのは――
配線もむき出しの、急造された巨大砲。ザフトの陽電子砲、タンホイザーを転用した強力な砲台――

かつてこの谷にあった連合軍の『ローエングリンゲート』の発想を、そのままコピーして反転して。
これは連合の反撃を強固に跳ね返す、ザフトの築いた『タンホイザーゲート』。
今回の、マユたちの攻略対象だった。


233 :隻腕14話(02/16):2005/11/18(金) 02:09:14 ID:???


              マユ ――隻腕の少女――

           第十四話 『 タンホイザーを討て! 』


――少し、時間を遡る。

マユたちがタケミカズチの巨大会議室に集められたのは、スエズ基地への不意の襲撃から5日後だった。
上座にはカガリと並んで連合の上級士官が座り、マユの隣にはファントムペインの面々が座る。

「――というわけで、スエズ防衛のためにも、ガルナハンの奪回は急務となっている。
 先日も、連合軍の一部隊が奪回のために向かったが……失敗に終った。
 その最大の理由が、コレだ」

やや暗い部屋の中。
スクリーンの中では、ダガーLを中心としたMS部隊が、ガルナハンへの隘路を進軍していた。
だが突如彼らを襲うのは、通常兵器ではありえない巨大な光。
まとめて十数機のダガーLが爆発し、吹き飛ばされる。
光を放ったのは、そう、陽電子砲タンホイザー。

「どうやら、かの地にあった『ローエングリンゲート』のエネルギープラントをそのまま転用したらしい。
 まあ、そうでもしなければ、こんな巨大兵器をこんなに素早く設置できまいが……
 ともかく、これを真正面から攻略するのは、実に難しい」
「さてそこで、俺たちの出番なわけだ」

連合軍の真面目そうな士官の言葉を受けて、立ち上がったのは仮面の大佐ネオ・ロアノーク。
惨敗する連合軍の映像が消え、会議室が再び明るくなる。

「まずこの作戦、あのタンホイザーを避けられる、機動力のある機体が必要になる。それも1機や2機じゃない。
 となると――オーブのムラサメ隊の出番だろう。
 回避できずとも空中に散開すれば、被害は最小限に抑えられる。
 俺のウィンダムやスティングのカオスも似たようなモンだし、ステラのガイアもあの地形なら」
「フン、簡単に言ってくれるな。で、避ける算段はいいが、どうやってあの難所を落とすんだ?」
「あ、ネオ、俺のアビスはどーすんの? 悔しいけど枯れ谷じゃ動きニブいぜー?」

憤然とした態度を隠そうともしないカガリと、自分のポジションを問うアウル。
その2人に、ネオはそれぞれ片手ずつを上げて応えて。

「あー、今からそこ話そうと思ったのに。焦りなさんな、お2人とも。
 ……確かにアビスは動き鈍いし、自慢の火力もあの地形じゃ使い道ないからな。
 アウルには、今回はMSに乗らずに、別の任務をお願いしたいと思ってる。
 で――オーブ軍の側からも、誰か1人、コッチの方に回して欲しいんだが――」


234 :隻腕14話(03/16):2005/11/18(金) 02:10:52 ID:???

ガルナハン入り口、レジスタンスの詰め所にて。

「……そうか、ロアノーク商会、ね……聞いたことのない運送会社だけど」
「ま、この業界じゃ新参者だからね、オヤジの会社も。規模も小さいし。
 厳しい競争を生き残るためには、大手が避けるルートを確保しなきゃなんねーのよ。
 それで、この『ガルナハンルート』を通させてもらおうと交渉に来たわけ。
 連合勢力圏とザフト勢力圏、この2つをまたぐルートは、持ってると俄然有利だからな」
「…………」

紹介状を胡散臭げに眺めるレジスタンスの少女に、アウルはいつもの軽い態度で堂々とウソをつく。
周囲を武装した兵に囲まれているというのに、パイプ椅子の上にふんぞり返るような格好で。
一緒にいるマユは、いつこの嘘がバレるかと、気が気でない。

「で、なんであんたらみたいなガキが使いに出されるんだ? その『オヤジ』とやらが来ればいいだろうに」
「アンタがガキとかゆーなよ。どーみてもアンタの方が年下だろ?」
「『アンタ』とか言うな! あたしには『コニール』という名前がある!」

からかうアウルに、怒り出すコニール。どうやらこの少女、かなり激しやすいところがあるようで。
周囲の大人のレジスタンスが、暴走しかけた彼女を宥めに入る。

「まぁまぁ、ミス・コニール。落ち着いて。
 俺たちも、コニールの疑問はちゃんと聞きたいところだ。なぜその『オヤジ』さんが来ない?」
「オヤジはさ、見るからに『軍人』って顔つきなんだよ。実際、元々連合の軍人だったしさ」
「連合、だと!?」
「あ、誤解しないでくれよ? とっくに軍を抜けて、あんなトコ辞めちまってるから。
 でも――そんなんだから、今この街に来たりしたら、絶対トラブルになるって思って。
 ロアノーク商会としての渡りをつけた後ならともかくさ」
「……少し考えすぎのような気がしなくもないが、ま、事情は分かった。
 しかしお父さんがそうでも、他にも大人は居そうなものじゃないか。
 例えば、そう――『お母さん』とか」
「……え?」

男の何気ないセリフに、アウルの顔が凍りつく。
だが男はそれに気付かずに。

「そう、お母さん。あ、死んでるのか? いや別にお母さんでなくてもいいけどよ。誰か大人いないの?」
「……母さん……死ぬ……シャトル……爆発……かあさん……目を開けてよ、かあさん……!」
「ん? どうした、このガキ?」
「……ッ!」

急に目の焦点を失い、ガクガクと震えだすアウルの様子に、それまで黙り込んでいたマユはハッとする。
この反応は――見覚えがある。つい最近見たことがある。
何気ない会話の途中に突然起こる、発作的反応。何気ないセリフを引き金に起こる、呆然自失状態。
スティングが見せたのと同じ、『ブロックワード』とやらに関する過剰反応――!


235 :隻腕14話(04/16):2005/11/18(金) 02:12:02 ID:???

「大丈夫か、コイツ?」
「何だってんだ?」

地面に膝をつき、頭を抱え込むアウルを、不審感も露に男たちが見下ろす。コニールも驚きに目を丸くして。
――咄嗟にマユは、アウルの頭を胸の中に抱え込んだ。
ステラがスティングにやっていたように、優しく抱いて背中を撫でる。
なおも震えるアウルを胸に、マユは脳みそを急回転させる。泳いでいた目線が、しっかり定まる。

「あ、あたしたちッ!」
「?」
「あ、あたしたち、孤児だからッ! 母親とか、もういないからッ!」
「孤児って……でもさっき、お父さんって」
「あたしもアウルも、元々は兄妹でも何でもなくてッ! ロアノーク商会のお義父さんに、拾われてッ!
 だ、だからあたしたち、お義父さんのために、頑張んなきゃって思って、それでッ、あたしたちからッ……!
 自分で、ガルナハン行くって、何かできることないかって……ッ!」
「…………」

必死に叫ぶマユ。アウルを守るように抱きしめながら、必死に。
その迫力に、レジスタンスの面々も気圧される。

そう――マユは必死だった。
面倒な交渉事は全て担当するハズだったアウルが、急に「使い物にならなく」なって。
万が一にもここで正体がバレれば、下手すれば2人とも命はない。
即興の拙い嘘、言い慣れぬ嘘、だからマユは本当に必死で……

だからそれは、計算してのことではなかった。
嘘の中に実感伴う真実を混ぜたことも。切羽詰まる口調で大人たちに訴えたことも。
喋り過ぎないことで、聞くものにその先を想像させたことも――

「大丈夫だからね、アウル。もうお母さん死んだりしないから。落ち着いて。大丈夫だから……」
「ま、マユゥ……。マユは死んだりしないよね? ボ、ボクを置いてったりしないよね?」
「うん。置いてったりしないから。大丈夫だから……」

マユは必死で泣きじゃくるアウルを抱きしめ、なだめる。
触れてはいけないトラウマに触れてしまった格好になったレジスタンスの面々は、バツが悪そうに視線を逸らし。

「……分かった。マユ……とか言ったっけ。あんたらの事情は良く分かったよ。悪いこと聞いちゃったな。
 そっちのアウルが落ち着いたら、街の方に案内してあげる。ザフトの連中にも話を繋いであげるよ」
「ほ、本当!?」

ミス・コニールの言葉に、マユは顔を輝かせる。
そう、マユの一生懸命な態度は、その迫力でもって拙い嘘に信憑性を持たせ、見るものの心を動かしていた。
少しずつ落ち着いてきたアウルの頭を抱いたまま、マユはようやく安堵の溜息をつく。


236 :隻腕14話(05/16):2005/11/18(金) 02:13:04 ID:???
――車は検問を越え、北にある街に向けて進む。タンホイザーゲートの真下を通り過ぎる。
車の前後はレジスタンスの車に挟まれていたが、この車に乗っているのはアウルとマユの2人きり。

「……さっきは済まなかったな。ほんと助かった」
「ううん。でも良かった、あたしがついてきて」

風に吹かれながら、2人は微妙に視線を合わせずに。乾いた道を車はなおも進む。

「……マユの言った通り、俺も孤児でさ。俺以外の家族全員、コーディのやったテロで死んでんの。
 前の大戦が始まる、ずいぶん前の話なんだけど」
「コーディネーターのテロって……あのザフトが?」
「ザフトやプラントがちゃんとまとまる前は、コーディ至上主義者のテロって結構あったんだぜ?
 その頃は、俺もまだまだ小さなガキでさ。俺だけがかすり傷で済んでさ。死体と一緒に閉じ込められてさ。
 母さんが、苦しみながら死んでくのを何時間もかけて見守りながら……何もできなかった」

つまりは、それが彼の出発点。彼がヒトを辞めエクステンデッドになった理由。
ハンドルを握るアウルの横顔は、どこか寂しげで。
マユはなんだか、彼の普段の陽気さの持つ意味が、分かったような気がした。

「あたしもね……本当に、孤児なんだ。2年前の戦争で、みんな死んじゃった。あたしのすぐ近くで」
「そっか」
「だから、さっき言ったこと、半分くらいは本当なんだ。
 あたしを拾って、助けてくれたみんなのために……頑張んなきゃ、って」
「……そっか」

しばらくの沈黙。
やがて、行く手にガルナハンの街がの一部が見えてくる。地形の関係で、その全貌はなかなか見えない。

「そーいやさ。マユって――おっぱいあんましねーのな」
「ッ!!」
「よーやく正気に戻って、なんか硬いモンが顔に当たってるなー、と思って良く見たらマユでさ。
 いやー、『洗濯板』っつー比喩の意味がよーやく分かったぜ。あれアバラが当たるのな、マジで」
「……アウルのバカーッ! バカバカバカッ!」
「わッ、ちょッ、運転中はヤメろって、オイ!」

ポコポコとアウルを殴るマユ、防御しつつ蛇行運転するアウル。マユはちょっと本気で怒っているようで。
でもどちらの表情も、普段の2人に戻っていて――

「おーい、そこの2人ー! ちゃんと運転しろー! あとそろそろ到着だからー!」
「はぁーい!」

先行するレジスタンスの車から、大声で呼びかけるコニール。
首をすくめるアウルに代わって、マユが手を振って応える。
車列は曲がり角を曲がり、街の全貌が視界に入る――


237 :隻腕14話(06/16):2005/11/18(金) 02:14:18 ID:???
キキッ!
――突然、アウルは急ブレーキをかけ、停止する。その顔が、今度は驚愕に凍りつく。
先導していたコニールの車は先に行ってしまい、後ろを固めていた車はあわや追突しそうになる。

「ばっか野郎ッ! 何止まってやがる!」
「どうしたの、アウル?!」

後続車の罵声も耳に入らぬ様子のアウルは、マユの問いかけに前を見たまま、黙って腰を浮かせて。
そこに居たのは――1機のザクウォーリア。街を守るべく歩哨に立っていたザフトのMS。
その右肩は、目にも鮮やかなオレンジ色に染められて――

『よぉ、コニール。どうしたの、検問してたんじゃなかったの?』
「あ、カルマー! いやー、こっちの2人がさー、ロアノーク商会の使いだとかで……」

機外スピーカーの声に、大声で答えるコニール。
ザクはギュルン、とモノアイを回して2人の姿を捉え、その姿を拡大して……

「あーッ! お、お前ら、あの時の……!」
「や、やべッ! 逃げろマユ!」
「え? ええッ!?」

困惑のあまり動けないマユ、咄嗟に車を飛び降り駆け出すアウル。
――そう、ザクのコクピットハッチを開き、2人を指差し驚きの声を上げていたのは。
かつて、『ラクス・クライン』誘拐未遂の際に遭遇した、幼さの残る茶髪の少年兵――!



――ガルナハンから南方に、少し離れた連合軍の前線陣地で。
苛立ちを隠そうともせず、カガリが北の空を眺めていた。腕組みをしたまま、チラチラと時計を見やる。

「……心配かい、マユたちのことが?」
「当たり前だッ!」

後ろから声をかけたネオに、カガリは振り返りさえせずに怒鳴り捨てる。
視線は遠く、北の険しい山々に向けたままで。ネオはその隣に並ぶようにして、一緒に山を眺める。

「しかし、確かにマユは適任だったからねぇ。
 軍人に見えなくて、自分の身を守れる力はあって、機械にも強くて。
 ついでにチャンスありゃあっちの機体奪えるように、MSにも通じてる奴。
 おたくの軍人さんたちって、見るからに『軍人』って奴ばっかしなんだもの。ダメだよアレじゃ」
「分かってるッ! 仕方ないのは分かってるッ! だがなッ……!」
「分かってるなら、そろそろ準備してよ。作戦時間は守らんと、奴らの身がかえって危険に晒される」
「……それも、分かってるッ!」

隠しようのない怒りを、隠そうともせずに。カガリはネオに応えると、身を翻した。
彼らの向かう先には――出撃準備を終えた、ムラサメを中心としたMS隊の姿。
アウルたちの作戦が成功していることを前提とした、攻撃態勢――!


238 :隻腕14話(07/16):2005/11/18(金) 02:15:19 ID:???

「……ここにでも、入ってろッ!」
「キャッ!」

罵声と共に突き飛ばされるように放り込まれたのは、鉄格子の部屋。マユは悲鳴を上げて床に転がる。
ガチャンと下りる鍵の音。連れ込まれた時に見た建物の看板から考えて、ここは警察の留置所だったらしい。
今はおそらく、レジスタンスが不審者を放り込む、簡易牢獄。

「ミス・コニール、ここは頼む。俺たちはマザコン野郎を探してくる」
「前はあいつら、格納庫に潜り込んでMSを奪ったんだ。そっちの警備もした方がいい」
「何か破壊工作するつもりなのかもな。ライフラインとかも注意せにゃならんか」
「コニール、後からちゃんと尋問するつもりだが、今のうちにこの小娘から聞けるだけ聞いておいてくれ」
「全く、人手不足だってのに面倒なことに」

わいわい騒ぎながら、レジスタンスとザフト兵の混じった男たちは、牢の前から出て行って――
その場にはマユとコニールだけが残された。おそらく建物の前には、他にも警備の者がいるのだろうが。
どうやらレジスタンスたちは、逃げ遅れたマユよりも、姿をくらませたアウルの方を脅威と見ているようだった。

鉄格子を挟んで、気まずい沈黙。
後ろ手に手錠をかけられたマユは、身体を起こし壁によりかかり、コニールは看守用の椅子に腰掛ける。
アウルはまだ逃げ回っているのだろうか。遠くから、散発的に銃声が聞こえてくる。

「……まさか、あんたらが連合のスパイだったとはね。一瞬でも気を許したあたしらがバカだった」
「…………」
「あんたたちの演技、上手すぎたよ。急に泣き出したり、叫んだり……」
「…………」
「何とか良えよ、この嘘つき!」

激昂するコニールとは対照的に、マユは感情を噛み殺すように黙り込む。
この任務を受ける際、ネオに言われたのだ。「尋問を受けてもとにかく黙っていろ」と。
「生きてさえいれば、たとえ捕まっても必ず救い出してやる」と。
震え出しそうになる自分を懸命に励まし、アウルが目標を達成してくれることを祈る。

「孤児だって言うから、あたしも助けてやろうと思ったのにッ!」
「……そこは、嘘じゃない」
「だったらなおさらだッ! なんで、あんたらは連合なんかにッ……!」
「……どうして、ミス・コニールはそんなに連合を憎むの?」

マユが急に話に応え始めたのは、ネオの言葉を忘れたからではない。コニールの意識を逸らすためだ。
身体の影で、手袋に包まれた右手がゆっくりと歪んでゆく。可動範囲ギリギリの動きに、微かな軋み音を立てる。
生身の左手で触って、人体にはありえぬ形に変形した右手が、いつでも手錠を抜け出せるのを確認する。
……その動きに、しかしコニールはまるで気付くことができずに。
熱い目でマユを睨みつけ、絶叫する――

「なんで憎むか、って!? あたしの両親はね――あいつらに殺されたんだよ! あたしもおんなじだ!」


239 :隻腕14話(08/16):2005/11/18(金) 02:16:20 ID:???

そんなマユたちの様子を――鉄格子の嵌った高窓から覗く影が1つ。
人目を忍ぶように身を縮め、庇にぶら下がるようにして建物に身を寄せている。

「へぇ、良かった。てっきり拷問でも受けてるかと思ったけど、まだ余裕ありそうだなー。
 しっかし、もっとマユの方に人手を割いて欲しいんだがなぁ」

ちゃっかり1人で逃げ出した、アウルだった。
彼にはしかし、女の子を見捨てて逃げ出したことへの後ろめたさはない。
任務遂行が第一。マユにも覚悟はあるはずだ、という前提で動いている。
マユとの友情と矛盾無く彼の中に存在している、プロ意識。
この留置所の所に来たのも、別にマユを助けるためではなく――

「……いたぞ! 青い髪のガキだ!」
「うわ、もう来た! ったくしつけーな!」

窓に張り付くようにしていたアウルは、路地の向こうから駆けてきたレジスタンスにうんざりした表情を浮かべ。
窓のところから飛び降りると、再び逃げ出す。
逃げながら、レジスタンスの兵士から奪っていた小銃を、狙いも定めず後ろに向けて、弾をバラ撒く。
――思いもかけず捕らわれたマユを発見できたのは収穫だが、しかし状況は全然好転していない。

「あーもー、全然振り切れねー。なんでこんなに頑張るんだよ、こいつら」

入り組んだ街の中を縦横に駆け抜けながら、アウルは愚痴る。
この街の構造は、連合が支配してた頃に得た地図を入手し、頭に叩き込んである。
だから地の利の面では不利もなく、むしろ逃げ回るに当たって有利な立場にあったのだが……
いかんせん、レジスタンスの数が多すぎる。
逃げて倒して隠れて走って、武器を奪ってフェイントをかけて。
アウルも持てるスキルの限りを尽くしているのに、振り切れない。
しかも、ターゲットとなる攻撃目標のあたりは警備も厳しく……

「ああ、畜生ッ。もうこんな時間じゃねーか。攻撃が始まっちまう!」

時計を一瞥して吐き捨てると、アウルはさらに急いで走り出す。
目の前の路地から飛び出してきたレジスタンスたちに、迂回する時間も惜しむように、小銃を向け突撃した。

「邪魔だ、どけぇッ!」

240 :隻腕14話(09/16):2005/11/18(金) 02:17:19 ID:???

ガルナハンの街に銃声が響いていた、ちょうどその頃――
マユたちが足を止めた検問の近く、タンホイザーゲートの付近でも、銃声が響いていた。
ただしこちらは歩兵用の小銃ではない。MSサイズのビームライフルの発射音だ。
時折、それらの発射音を打ち消さんばかりの、雷鳴のような轟音が走り抜ける。

「……タンホイザーはまだ生きてるのかッ!」
「ザフトでも名高いオレンジショルダー隊……流石に、強いッ!」
「マユたちは失敗したのか!?」

狭い渓谷の中、ムラサメ隊は苦戦を強いられていた。
防衛側のザフトMSは、いずれも最新鋭量産機である、ザクウォーリア。
機体性能が高いところに加えて、陽電子砲台との絶妙の連携だ。

タンホイザーが、撃つぞ、撃つぞと狙いをつけて砲身を動かすと、ムラサメたちは逃げざるを得ない。
そしてその逃げる進路を先読みして放たれる、ザフト側の弾幕。
スラッシュ装備のビームガドリングが、ブレイズ装備のミサイルが、ムラサメの貧弱な装甲に襲い掛かる。
しかし、その弾幕を避けてしまえば――放たれるのは、タンホイザーの絶対的な破壊の光。
飲み込まれたムラサメは、跡形もなく蒸発する。

戦いが始まって十数分。
既に2機のムラサメが撃墜され、4機のムラサメが被弾して後方に下がっていた。
はっきり言って、ジリ貧である。

状況を打開しようと、オーブ側はエースを前面に出す。
ガイアが切り立った山肌を駆け、カオスが上空から砲台に迫る。
しかしこの2機も、タンホイザーを向けられたら逃げるしかなく――その隙をついて、橙色の影が襲い掛かる。
緋の戦士ハイネ・ヴェステンフルスの駆る、グフ・イグナイテッド。

「このオレンジ野郎ッ、なんて腕前だッ!」
「うっとおしいッ!」
「へッ! 盗んだMSに乗ってるような連中に、負けるかよッ!」

2対1、という数の優位も、タンホイザーの向きに常に注意し逃げ回る中では、大した意味がない。
ただ相手を牽制し足を止めれば良い、という防御側に有利な条件の下、オレンジのグフは奮戦する。
カオスが展開した機動兵装ポッドが鞭に捕らえられ、爆散する。

「くそッ、アウル、まだか!? まだなのか!?」

彼らが作戦の失敗を覚悟し、撤退を考え始めた、その頃――


241 :隻腕14話(10/16):2005/11/18(金) 02:18:35 ID:???

「――これで、オレたちの勝ちだッ!」

アウルは街外れに向かって駆けながら、叫ぶ。
小銃同様、レジスタンスから奪った棒状グレネードを、3本まとめて投擲する。
ポテトマッシャーが放物線を描き飛んでゆく先には、周囲が大人の胴まわりほどもある、巨大なコード。
連合が作った街外れのエネルギープラント。そこから街を迂回して、タンホイザーゲートまで続くライン。
急造ゆえに剥き出しのままだった、タンホイザーゲートの、文字通りの生命線――

背後で息を呑むレジスタンスたちを尻目に、アウルは身を翻して物陰に飛び込み――
勝負を決する、爆発が起こる。



――異変は、すぐに渓谷の方で戦う両陣営のMSの知るところとなった。
グフに補足され、左後ろ足を切り飛ばされた四足形態のガイア。
そのままタンホイザーの射線上に蹴り出されてしまったが――雷鳴が、響かない。
死を覚悟しギュッと目を閉じていたステラは、恐る恐る頭上の大砲台を見上げる。

「……撃てない、の?」
「ステラッ、ボーッとするなッ! 作戦は成功だッ!」

一瞬タイミングを失い、追撃しそこねたオレンジのグフと切り結びながら、スティングが叫ぶ。
MS形態のカオス、そのつま先から伸びたビームサーベルの蹴りを避けながら、グフは大きく後ろに下がる。

「……別働隊でもいたのか!? 火力プラントの方がやられたか。
 ジョー! キース! ガルナハンの連中には悪いが……撤退するぞ!
 一旦街まで戦線を下げ、工兵隊や砲兵隊の撤退を支援しつつ、後方に下がる!」

橙色のグフの中、ハイネは端整な顔を歪めながら、部下に指示を飛ばす。
個々の戦闘力では負ける気はない、勝つ自信はある、しかし――数では劣っている。
タンホイザーという絶対的な優位が失われた今、公平に言って勝てる見込みは少ない。
そして、勝てない戦ならば、可能な限りの戦力を逃がすことで、軍の損害を最小限に食い留める――
目先の優勢に捕らわれず、冷酷に撤退の決断を下せるハイネは、確かに優秀な指揮官であり、兵士だった。

後退に転じたザクたちの動きを見て、オーブ軍はさらなる援軍を呼び寄せる。
ムラサメよりも低コストな量産機、M1アストレイ。そして、連合軍の歩兵を満載した、装甲車の群れ。
タンホイザーゲートが健在なら、いい的にしかならない兵力。近づくこともできぬ兵力。
けれどタンホイザー亡き今は、街を確実に押さえ、奪還するための制圧力なのだった。
残酷なまでの「数の暴力」を載せた増援部隊が、枯れた谷を進軍し、街に迫る。

242 :隻腕14話(11/16):2005/11/18(金) 02:19:55 ID:???

留置所の外を、激しい足音が走り回る。遠くに聞こえていた爆発音が、どんどん街に近づいてくる。

「コニール! ここはヤバい、早く山に逃げろ!」
「逃げろって、何が起こったんだ!?」
「タンホイザーゲートが突破された! あのマザコン野郎に、ラインが切断されたんだ!
 じきに、オーブの連中が街にまで来るぞ!」

留置所に男が首を突っ込み、大声で叫んでそのまま走り去ってゆく。
コニールはしかし、すぐには動かない。傍らに立て掛けてあった小銃を手に取り、ゆらりと立ち上がる。
鉄格子越しに不穏な空気を感じ取り、マユも手錠をしたまま慌てて立ち上がる。

「フフ……フフフ……。連合にしちゃ何かおかしいと思ったら、オーブだったのか……。
 ふざけんじゃないよ、ええッ!!」
「!!」

俯いて、虚ろな笑いを浮かべていたコニールは――唐突に、顔を上げて。
凄まじい形相で、牢の中のマユに小銃を向ける。
マユは反射的に右手を手錠から引き抜き、自由になった両手で身構えるが……
この至近距離、鉄格子の隙間から自動小銃を乱射されたら、避けることなどできはしない。

窓の外には、近づいてくる戦闘の音。建物を揺るがす振動。
早く逃げろ、と仲間に言われたコニールは、しかし逃げることさえすっかり忘れて。

「なんであんたらはこんなことできるッ! わざわざ、海を越えて、地球半周してッ!
 あたしたちは、単に生まれ育った場所で平和に暮らしたいだけなのにッ!
 ただ、普通に暮らしたいだけなのにッ! なのに、何故ッ!」
「そ、それは……!」

狂気すら滲ませ、涙を撒き散らして叫ぶコニールに、マユは言葉もない。
何も、言えるはずがない。マユも、目の前の銃のことも忘れ、泣きそうになる。

 だって、同じだったから。
 自分たちも、生まれ育って愛着あるオーブという国を、守りたいだけだったから。
 ただ、オーブを守りたい、二度と連合に蹂躙されたくない、そんな利己的な理由で――

 ――海を渡り、異国の地で、同じように郷土愛のために銃を取った人々を、蹂躙している。

「なんとか言えよ、マユッ!!」

答えられぬマユに、コニールが叫んだ、まさにその時――
一際近い、振動音と共に――留置場の天井が、崩れ、壊れ、陽光が差す――!


243 :隻腕14話(12/16):2005/11/18(金) 02:21:19 ID:???

「大丈夫か、マユ! 応援呼んできたぜ」
『無事だったか!?』
「え……? か、カガリ……? アウル……!?」

振動と粉塵が収まった時、眩しさに目を細めたマユが見たものは――
留置場の壁を突き崩して顔を覗かせる、薄桜色のストライクの姿。
そしてその肩に腰かけた、青い髪の少年の笑顔。

「やー、ごめんねぇ、マユ。助けに来るのが遅れちゃってさー」
『怪我はないか!? ちゃんと立てるか!? ゲリラたちに何かされなかったか!?』
「あ、ぶ、無事といえば、無事なんだけど……」

スピーカーを通して心配そうな声をかけるカガリに、生返事を返しながら、マユは周囲を見回す。
崩れた建物。瓦礫の山と化した留置場。アウルの情報のお陰で、マユは傷1つない壊し方だったが……

「……コニールは?!」

周囲を見回すが、影も形もなく。
瓦礫に押しつぶされていることもなく、どさくさ紛れに逃げ出していて――

『それより、マユ。戦闘は続いてる。お前の力を貸してくれ』
「え、ちょっと、マジ!?」

どこへ、というマユの疑問は、ストライクルージュの向こうに見えた異様な光景に吹き飛ばされる。
留置場に向かって、飛んでくるのは――
2機のM1アストレイに抱えられ運ばれてくる、ぐったりと脱力した風に見えるフリーダムの姿――



――戦況は、もはや決定的だった。
フリーダムまでも加わったオーブ軍MS部隊の戦力は、圧倒的で。
天下に名の知れたオレンジショルダー隊でさえも、ザフト兵やレジスタンスの撤退を、支えきれない。
1機、また1機と、ザクの手足がもがれ、戦闘不能になる。

「カルマ! ジョー! ……畜生ッ!」


244 :隻腕14話(13/16):2005/11/18(金) 02:22:15 ID:???
ガルナハンの街の中に墜落し、動きを止めてしまった仲間の姿に、ハイネは歯軋りする。
長く苦楽を共にした仲間、助けに行きたいが――彼自身、目の前のフリーダムの攻撃を捌くのが精一杯で。

ただでさえ性能は拮抗しているのに、目の前のフリーダムの戦いぶりは何かを吹っ切らんという勢いで。
フルーバストで足を止めておいて、ハイマットで自分の弾を追いかけて斬りつけ、通り過ぎてまたフルバースト。
嵐のように間絶のないヒット&アウェイに、グフの身体が翻弄され、細かい傷が増えてゆく。

それに、ハイネが守らねばならないのは、直属の部下だけではない。もっと多くの、兵士たちがいる。
MSの前では無力な存在に過ぎない、歩兵や砲兵たちが。
彼らは続々と兵員輸送ヘリに乗り込んでいるが、しかし急な事態の推移に、撤退作業は遅々として進まず。

絶望的な戦いを続けるハイネの視界の隅に、街に到着する連合の装甲車の姿が映る。
その脇腹が開き、蟻のように湧き出してくる無数の連合兵。逃げ遅れた街の住民に、片っ端から襲い掛かる。
――その様子を確認したハイネは、苦汁の決断を下す。

「……撤収準備の済んだ者から、すぐに街を脱出しろッ! 乗り遅れた者は諦めるんだッ!」
「し、しかし、隊長ッ!?」
「仕方ないだろッ! このまま全員での脱出に拘れば、ここで全滅するぞ。
 逃げ遅れた者は、抵抗を辞めて投降しろッ! 間に合わぬ者にはそう伝えろ!
 捕虜になっても、必ず捕虜交換の時に救い出してやる! だからッ!」

ハイネは、自身も信じきれない言葉を、血を吐く思いで仲間に叫んで。
動こうとしない部下たちの尻を蹴るようにして、撤退を開始させる。
やがて、乗り遅れた者たちの絶望の叫びを後に残し、ザフトの輸送ヘリが空に飛び立つ。
橙色のグフも、数を減らし傷ついた部下のMSと共に、ヘリを守りつつ、北の空に去ってゆく――



オーブ軍も、必要以上の追撃をしなかった。
あくまで目的は、タンホイザーゲートの突破と、ガルナハンの街の制圧。
深い追いすればザフトの勢力圏に踏み込んでしまうし、意味も無く死者を増やすこともない。
彼らが引き返してこないよう、街外れまで追い出してからは、その姿が見えなくなるまで見送って。
ファントムペインのカオスもガイアも、ネオのウィンダムも、単独で追うような無理はしない。

ようやく、戦闘は終った。犠牲を出しつつも、与えられた任務は達成した。
心地よい脱力感と達成感を抱いて、彼らは引き返して――

――そして、地獄を見ることになる。


245 :隻腕14話(14/16):2005/11/18(金) 02:23:01 ID:???

――ガルナハンの街に雪崩れ込んだ連合兵たちは、暴虐の限りを尽くしていた。

両手を上げ投降したザフト兵を、道端で射殺する連合の歩兵。
個人の家々に踏み込んで、手当たり次第に漁る者もいる。
街のあちこちに、リンチされ無惨な屍を晒すレジスタンスの男たち。

街の中、両手両足をフリーダムに斬り飛ばされ、頓挫したザクウォーリアに兵士たちが群がる。
中から引きずり出されたのは、マユに声をかけたあの茶色の髪の少年兵。
泣き叫び、命乞いする彼に、銃剣を手にした連合兵たちが群がって――

「やめて! もうやめてよ!」

マユは思わず、絶叫する。絶叫しながら、街中の広場に着地する。
フリーダムのコクピットハッチを開け、身を乗り出して兵士たちに訴える。
しかし……

「うるせぇ! ヨソから来たお前らに、この土地の事情が分かるか!」
「俺の隊の仲間たちも、こいつらに殺されたんだ! この街がザフトの手に落ちた時に、殺されたんだ!
 白旗上げてたのに! 投降するって言ってたのに!」
「やられたらやり返さなきゃならんのだ!何も知らないガキが、黙ってろ!」

マユの叫びを聞いた兵士たちも、苛立ち混じりの声を返すのみで。
もうマユは何も言えず、震えながら目の前の惨劇を見守るだけで。

と――マユは、視界の隅に見覚えのある人影を見つける。
複数の連合兵に引きずり出されたのは、レジスタンスの少女・コニール。
どうやらどこかに隠れていたようで、その頬は煤で汚れている。
この窮地を物陰に隠れてやり過ごそうという彼女の思惑は、しかし果たせず。

武器を奪われ、路地に座り込むコニールに、下卑た男たちのにやけ顔が迫る。
無骨な手が、少女の身体に迫る。血と暴力に酔い痴れた男たちの視線がギラつく。
複数の腕が抵抗する少女の衣類を掴み、引き裂き、脱がし、その柔肌が陽光の下に――

「やめてぇぇぇッ!!」

無駄と知りつつ、目の前の有様に、マユがたまらず叫んだ、その時――

ビームの閃光と発射音が、暴力に狂乱する乾いた街に響き渡った。


246 :隻腕14話(15/16):2005/11/18(金) 02:24:08 ID:???

『……それくらいにしておけ』

誰もが目を奪われた、その視線の中心には。
そこにいたのは、天にライフルを向けて立つ、薄桜色のMS。
肩に煌く紋章は、百合を咥えた白獅子の横顔。

『連合兵諸君に告ぐ。
 こちらは、オーブ軍指揮官、カガリ・ユラ・アスハだ。
 軍規に反する狼藉、ただちに停止せよ』

最大音量のスピーカーで、カガリの凛々しい声が響く。
ただ言葉だけで、ほとんど全ての兵士の動きを止めてしまう。

『これより先、諸君らの逸脱行為があった場合――
 全て我が軍のMSが撮影し、記録し、しかるべき筋に提出させて貰う。
 ことと次第によっては、我が国を、そして世界を敵に回すことも覚悟しろッ!
 そしてもし、そのような外交問題となった場合――責めを負うのは、諸君ら自身と知れッ!』

カガリの声は、ガルナハンの街に響き渡って。
彼女の決意を肯定するかのように、街を取り囲むようにムラサメ隊が着地する。
少しの死角も許さんとばかりに、兵士たちに目を光らせるムラサメたち。
その厳しい態度に、連合兵士たちの興奮も醒め、恐怖に震える投降兵たちも安堵の息を漏らし――



――夕日の差す、ガルナハンの街。
あちこち破壊された街の外れで、一箇所に集められた捕虜たちの収容が始まっていた。
カガリの強い一声で、急遽全員まともに捕虜にされることになって。
あの後、捕虜を運ぶだけのための追加の車両が到着し、ようやく移動が開始された。

「ねぇ、ネオ……あの人たち、どうなるの?」
「おそらく、一通りの尋問の後、連合の捕虜収容所に送られることになるんだろうなァ。
 戦争ってのは、ルールのない殺し合いじゃない。投降し捕虜となった彼らの生命は、保障される。
 少なくとも――それが建前だ」
「彼らは、ずっと捕らわれたままなの?」
「ザフトの連中は、捕虜交換で向こう側に戻れるかもな。けど、レジスタンスの連中は……。
 そもそも奴らの場合、戦争捕虜ではなく犯罪者として扱われる可能性もあるしねェ。正規軍じゃないからさ」

輸送車に乗せられる捕虜たちを並んで見ながら、ネオはマユの問いに答える。
その表情は、やはり険しい。

今、この場は、カガリやオーブの兵士が監視しているから、まだいい。
けれどこの先、ずっと彼らを見守っているわけにはいかないのだ。
オーブの目が届かなくなった時、果たして彼らは……。


247 :隻腕14話(16/16):2005/11/18(金) 02:26:32 ID:???

と、マユは捕虜の列の中にある人影を見つけ、息を呑んだ。
思わずネオを置いて、そちらに走る。

「ミス・コニール!」
「マユ……!」

手錠をかけられ、連合兵に小突かれながら歩く少女。
その上着は無残に破かれ、かろうじて彼女の身体を隠しているような状態で。
そんな姿であるにも関わらず、コニールは衰えぬ怒気を目に、マユを睨み付ける。
連合兵が「歩みを止めるな」とばかりに少女に銃を向けるが、マユは片手を挙げて兵士を制止する。
2人の少女は夕日の中、向かい合う。

「立場、逆になっちゃったね、オーブのスパイさん」
「…………」
「けど――あたしがここで捕らわれても、ガルナハンの同志が必ず復讐を完遂するよ。
 山に逃げきった仲間もいるんだ! 何年かかろうとも、絶対やり遂げるぞ!」
「…………」
「そうだ、あんたらオーブも復讐の対象だ! あたしらが復讐してやる!
 必ず、あんたらの国にも、同じ目に会わせてやるからなッ!
 あんたらの姫さんがあんなこと言ったって、許すもんかッ! この偽善者どもがッ!」

マユを睨み、叫び、復讐を誓う少女。
そんな彼女に、静かに歩み寄ったマユは……どういう表情をしていいのか分からない、といった顔で。
哂うような。困ったような。今にも泣き出しそうな。呆けたような。

「何だよ、その目は! 殴るなら殴るがいいさ!」
「ミス・コニール……。
 あたしには、あなたを殴れない。殴れないよ……」

とうとう、マユはコニールの前で、膝をついて泣き出してしまう。
いったいどっちが勝者なのか分からぬ、構図の中。
動けぬマユを尻目に、コニールは連合兵に小突かれ、再び歩き出す。
傾きを強め、山あいに沈む太陽に照らされ、延々続く捕虜の列と、祈るような姿勢のマユのシルエット。
マユの左手首になおも虚しく垂れ下がった手錠の輪が、チャリンと音を立て、夕日に揺れる――


                      第十五話 『 エクステンデッド 』 につづく