- 427 :隻腕15話(01/21):2005/11/25(金) 18:54:04
ID:???
――それは、2年前の記憶。忘れられぬ悪夢。
「ここに隠れてるんだ、ステラちゃん! 決して声を出すんじゃないぞ!」
「で、でも、みんなは……!? みんなはどうするの!?」
「いいから!」
あらゆる電子機器がダウンし、自動ドアの開閉すらままならぬ基地。電力供給すら途絶えた、薄暗い建物の中。
予備システムすらマヒし換気の途絶えたシェルターから這い出した人々は、隠れ場所を探して彷徨っていた。
1人取り残されることを嫌がる少女を、男は小さな掃除用ロッカーの中に押し込める。
ロッカーの扉に切られた小さな隙間から、不安そうな目がキョトキョトと外を伺う。
アラスカ・ジョシュアの崩壊の動揺残る中、ザフト側が仕掛けた大規模作戦、パナマ基地攻略戦。
この重要な戦いに、双方は温存してきた「隠し札」を惜しげもなく切った。
連合側は、ようやく量産に漕ぎつけた連合製MS・ストライクダガーの部隊を。
そして、ザフト側は――対策なきあらゆる電子機器をマヒさせる、無力化兵器グングニールを。
ある意味、双方の技術力の対決となったこの戦い……勝ったのは、ザフト側だった。
グングニールの発する電磁パルスは、それを想定さえしていれば、簡単な処置で防御できるものだったが……
しかし、対策の施されていない電子機器に対しては、致命的な損傷を与える。
ストライクダガーもグングニールも、その開発以上に「存在の秘匿」が重要であり、それは双方完璧だったのだが。
不意打ちによる効果、という点においては、グングニールの方が遥かに勝っていたのだ。
グングニールの発した電磁パルスは、パナマ一帯を覆いつくし。
ストライクダガーの動きを止め、基地の管制機能をマヒさせ、軍の交信を断ち切り――
そして、その影響は、基地の近くに広がる住宅街にまで広がる。
基地で働く人々、その家族、そして彼らの日常を支える民間人たちの住む街。
彼らはザフトの攻勢が察知された時点で、避難計画に則って基地内のシェルターに逃げ込んでいて、そして……
戸を閉じてしまえば、とても人1人隠れているとは思えぬ小さなロッカー。
一番か弱い少女をそこに「隠した」大人達は、互いに頷き合うと次なる隠れ場所を探して走り出す。
が――彼らの足音がさほども行かないうちに、銃声が響き渡って。
バリバリと、自動小銃が放たれる音が、ごく間近に。
「死ねッ、ナチュラルども!」
「ハーッハッハッハァ! アラスカの借り、返させてもらうぜェ!」
ヒステリックな叫びと共に、目に付く者を片っ端から撃ち殺していくザフトの歩兵。正気とは思えぬ表情。
……そう、それは正気ではなかった。ヒステリーだった。激しい恐怖からの、過剰反応だった。
自爆してでもコーディネーターを倒す、そんな連合に対する恐怖が、彼らの心を追い詰めて。
ナチュラル全てが「自爆さえも辞さぬ敵」に見えてしまう彼らは、奇声で自分を鼓舞しながら殺戮する。
そう、目の前の相手が、見るからに民間人であろうとも、投降してきた兵士であろうとも、容赦なく――
- 428 :隻腕15話(02/21):2005/11/25(金) 18:55:06
ID:???
――そして、少女は震えながら全てを目撃する。
狭いロッカーの中から。鉄板一枚の至近距離から。ガチガチと鳴り止まぬ歯の音が、聞こえぬように祈りながら。
無慈悲な銃弾に、自分をロッカーに押し込んでくれた中年男性が撃ち抜かれる。
たまたま避難した時に、一緒のシェルターに居合わせただけのおじさん。とうとう名前も聞けなかった。
シェルターの中で飴をくれたおばさんの頭が、はじけ飛ぶ。ごっそり消滅した顔は、もう微笑むこともない。
誰も彼も、付き合いの浅い人ばかりだったが、彼女にとっては命の恩人で。
その全ての恩人たちが、動くこともできぬ少女の目の前で、撃たれていく。
「……やめて! もうやめて! みんな死んじゃう! 『みんな死んじゃう』!」
少女は、叫びたかった。闇の中で絶叫したかった。
けれどもその行為は、彼らの願いを無にすることで。少女の命をも奪うもので。
仕方なく少女は、ギュッと目を閉じ、叫び出しそうになる自分をおさえこむ。
――暗闇の中。
いつしか銃声は遠くに遠ざかり、少女の周囲は淡い光に包まれていた。
いつの間にか、少女は一糸まとわぬ姿になっていて。
いつの間にか、少女は2年の月日を経た姿になっていて。
心地よい暖かさと、幻想的な虹色の光。重力も何もない虚空に浮かんでいる。
未だ少女の心を責め苛む2年前の悪夢、その残滓が涙となり、きらめく珠となって空中に散る。
『 思い出しては、いけない…… 』
どこかから、声がする。包み込むような、魂に直接響くような声。
『 あの時の哀しみ、思い出してはいけない。あの時の恐怖、思い出してはいけない。
思い出したら、戦えなくなるから。
けれど、忘れることなどできはしない。そうでしょう?
だから――鍵をかけよう。
鍵をかけて、心の奥底に、隠しておこう。
そうすれば貴女は、悪夢を見ることもない。
そうすれば貴女は、哀しみも恐怖も動揺もない、無敵の戦士になれる―― 』
知る者が聞けば、それは催眠術師が術を施す口調そのもの。
けれども、光の海に浮かぶ少女にとって、それは唯一与えられた救いの言葉で――彼女はゆっくりと、頷いた。
『 では、良く聞いて。
貴女のトラウマを閉じ込める鍵、『ブロックワード』は、―― 』
- 429 :隻腕15話(03/21):2005/11/25(金) 18:56:04
ID:???
――スエズ基地。停泊中の特務戦艦、J・Pジョーンズの中の、薄暗い1室。
そこは、しかし艦の中とは思えぬ、研究所のような設備がしつらえてあった。
卵型のベッドと、それを丸く覆う卵型の透明の蓋。
それが3つ、放射状に並べられ、周囲には一見しただけでは用途の良く分からぬ機械類。
ベッドの中にはそれぞれ1人ずつの人間が眠っており、透明な蓋には虹色の光がオーロラのように動く。
カプセルの中で眠っているのは、スティング、ステラ、アウルの3人。
虹色の光は、ステラの夢の中に出てきた光のパターンと、全く同じもので……
「……『調整』、どうなってる?」
「あ、ロアノーク大佐。ええ、やってはおりますが……」
カプセルベッドのある部屋を、上から見下ろすように設置されたモニタリングルームに、仮面の男が現れる。
白衣を着た研究者風の男たちが、機器から顔を上げて彼に応える。
「『エクステンデッド02』については、ほぼ何の問題もないのですがね。
どうも01と03の脳内活動データが、芳しくありません。要するにトラウマが封じきれていない状態です。
これは推測ですが、どこかで『ブロックワード』が発動したのに、報告せずに放置したものかと……」
「それって、マズい状態なわけ?」
「ええ、かなり。今はまだ良いですが、このままではいずれ心的拘束が解けます。
そうなれば――恐怖に錯乱し憎悪に我を失う、いわゆる『普通の兵士』に戻ってしまいます。
いや下手をすれば、脳改造の副作用で『普通の兵士』よりも暴走しやすい存在に……」
「ふむ。確かに一世代前のブーステッドマンはあんまり良い評判聞かなかったしねぇ」
ネオは顎に手を当て、考え込む。
彼自身はこの種の技術については素人に毛の生えた程度の知識しか持たないが、それでもその意味は分かる。
「で、なんとかなるの?」
「これだけ心の傷が放置されてしまうと、ここの設備では少し手に余ります。
『ブロックワード』で機能停止した直後ならば、我々でも修復できたのですが……
早いうちにロドニアのラボに送り、徹底した検査とメンテナンスをすることをお勧めします。
あそこの設備と人員ならば、2日もあれば完全に元の状態に戻せるでしょう」
「ロドニアのラボね。地中海挟んで向かい側か。時間的な余裕は、今なら都合つくけど――
でも、ファントムペイン動かして注目浴びたくないねぇ。何か口実が欲しいな――」
研究者の言葉に、ネオは何やら思案して。
ふと、あることを思いつき、ポンと手を叩く。
「そうだ。ステラたちも仲のいい、あいつらを隠れ蓑に使わせてもらおう。
あいつらも今なら休暇取れるだろうしな。
盟主殿の力も借りて、基地司令をちょっと動かしてみるか――」
- 430 :隻腕15話(04/21):2005/11/25(金) 18:57:03
ID:???
マユ ――隻腕の少女――
第十五話 『 エクステンデッド 』
「議長は何をやっているんだ。こんな、無為に戦線を拡大して」
「これでは2年前のシーゲル・クラインと同じではないか」
「いやしかし、今さらパトリック・ザラの強硬路線への復帰もあり得ぬし」
「議長はどこに行った? プラント市民への説明義務も果たさず、一体どこへ」
「これはまだ内密にして頂きたいのだが、実はお忍びで地球に降りたとか」
「地球に? この情勢下、どことどんな交渉を?」
「それが――『議長』としての交渉というより、彼の『本職』としての仕事だ、とか」
「『本職』? 遺伝子工学の専門家として、今地上で何をすると言うのだ?!」
――2年前の戦争、数に劣り地球上に拠点を持たぬプラントが善戦できた理由の1つに、連合の内部闘争がある。
大西洋とユーラシアの反目を始めとして、足並み揃わぬ地球連合の各国。
あちらこちらで国境争いがあり、不満抱える少数勢力があり、暗黙の了解で生まれた空白地帯があり。
そういった再構築戦争の残り火を最大限利用したのが、シーゲル・クラインだった。
シーゲルは巧みな外交手腕でそれら「反連合」勢力を取り込み、また国境紛争地域を切り崩していった。
コーディネーターとナチュラルの闘い、という構図を喧伝する連合に対し、両者の融和を訴えつつ。
反連合闘争をしていたものたちを積極的に支援し、自陣営につけ、数に勝る連合軍を圧迫していった。
当時、プラントだけが占有していた新兵器「モビルスーツ」により、その攻撃力は圧倒的なものがあったが。
それだけでは、戦争はできない。絶対的に数で劣るザフトには、できぬことが少なくない。
歩兵部隊。支援部隊。基地の生活と日常を支える、多数の民間人。
――それら、地球侵攻に必須の要員を、こうして得た「地上の協力者」から得ていたのだった。
しかし、この路線はやがて行き詰まりを迎える。
広げすぎた戦線は維持するだけで手一杯となり、増え続けた協力者もやがて頭打ちとなり。
結局、目に見える結果を出せなかったシーゲルは、プラント最高評議会議長の座を、追われることになる。
後を継いだのは……より好戦的で、よりコーディネーターの優位性を主張する、パトリック・ザラだった。
戦争を激化させ、より苛烈な攻撃を加えたパトリック。しかし地球上の支配圏は、むしろ縮小する。
その露骨な「コーディネーター至上主義」ゆえに、地上のナチュラルの協力者たちが離れてしまったのだ。
得られた多大な戦果とは裏腹に、ザフトは戦線を宇宙にまで後退させざるを得ず――
ついにプラント間近まで押し込まれ、最終防衛ラインであるヤキン・ドゥーエで決戦を図ることになる。
あれから2年。再び開戦し、戦争状態となった今――プラント最高評議会は、今後の方針について迷走していた。
連合からの攻勢に、ラクスとアスランという二枚看板を掲げ、ナチュラルの味方も増やして対抗していたが。
それはクライン政権時代のやり方と何も変わらず、いずれ行き詰るのは、誰の目にも明らかだった。
しかしだからといって、それに代わる方針を誰も思いつかず――
――ただ1人、議長ギルバート・デュランダルだけが、遥か先のことを見据え、動きだしていた。
- 431 :隻腕15話(05/21):2005/11/25(金) 18:58:03
ID:???
「ご苦労だったね、ガルナハンでは」
「いえ……」
「ただ、直後に再び奪還されてしまったのは、こちらの采配ミスだったな。ハイネ隊に頼りすぎた。
こんなことがなければ、キミの名も『ガルナハン解放の英雄』として宣伝するつもりだったのだが」
「……別にどうでもいいですよ、そんなの。有名になりたくて戦争してる訳じゃないですから」
「ちょ、ちょっと、シン! ……すいません、議長。こいつ口の利き方知らないもんで」
「ハハハ、これは手厳しいね。いや構わんよルナマリア君」
黒海に面する古い街、ディオキア。その街を見下ろす、古いホテルのオープンテラス。
デュランダル議長は、若い兵士たちと会食の場を持っていた。
全員赤い軍服。シン、レイ、ルナマリア、アスラン。
つまりは、ガルナハンの戦いの後、この街に到着したミネルバのMSパイロット4人である。
5人の目の前には、豪華な料理の数々が並んではいたが……誰も食欲がないのか、皆の意識はそこにない。
「それより議長――ガルナハンは取り返さないんですか? 俺たちなら、何度だって」
「ん? ……ああ、そうだな。シン君、キミは『囲碁』というゲームを知っているかね?」
「碁ですか? まぁ、ルールだけなら一応。オーブでは一般的でしたし」
「言ってみれば、今のガルナハンは『コウ』の状態だからね。同じ所に同じ石を打つのは、禁じ手なのだよ」
デュランダルが例えに出した「囲碁」は、互いの石を取り合いながら、獲得した陣地を競うゲームである。
そしてその展開上、一点を巡って膠着状態に陥ることがある。一点で延々と続く石の取り合い。
これを「コウ」と呼び、ルール上「他の場所に一度打ってから」でないと、再び取り返すことができない。
「別に戦争には囲碁のようなルールはないのだが、あそこに執着しても膠着するのは目に見えている。
そして延々と消耗を強いられれば、残念ながら国力に劣るこちらが不利だ。
ガルナハンの住民には可哀想だが……まずは他の手を考えてみようと思っている」
「……そうですか」
「そこで――キミたちには、この後、別の任務をお願いしようと思っているのだが。
ガルナハン再奪還にも勝るとも劣らぬ、重要な任務だ。今後の世界の行方を左右しかねない程の、ね」
デュランダルは肘をつくと、ニヤリと笑った。
――スエズ基地、タケミカズチ。
せっかく港にいるオーブ派遣艦隊だったが、しかし兵士の多くは空母の上に留まっていた。
基地の兵士たちとの間に起きた、些細なトラブルの連続。そしてガルナハンで見せ付けられた、連合兵の態度――
オーブ兵と連合兵との間には大きな溝があって。
大体、補給さえしっかりしていれば、巨大空母タケミカズチの中は、生半可な基地にいるより快適だ。
そういうわけで、未だ沢山の兵士が行き交うタケミカズチの中で。
1人の連合軍人が、歩いていた。
連合軍そのものには良い印象のないオーブ兵たちも、この奇異な外見の大佐には、さほどの反発もない。
……普通に考えれば、イレギュラーな黒の制服を纏い、仮面に顔を隠すその格好は異様なのだが。
- 432 :隻腕15話(06/21):2005/11/25(金) 18:59:07
ID:???
「あれ、ロアノーク大佐。どうしました?」
「いや、カガリ代表にちょっと。自室にも執務室にも居なかったけど、どこに居るか知らない?」
「代表なら、さっきシューティングレンジで銃撃ってましたよ」
「ありがと」
「ほんと、垣根を感じさせない代表だねぇ」、ネオは口の中で呟きながら、タケミカズチの中を歩く。
勝手知ったる他国の艦。迷うことなくたどり着いたのは、銃声響く広い空間。
ほとんど人影もない射撃練習場で、拳銃を片手に遠くの的に狙いを定めていたのは、確かにカガリだった。
続けざまに響く銃声。カガリは銃口を下げ、紙の的が向こうからスライドして近づいてくる。
人型の輪郭の中、胸と頭に集中した弾痕。ワンホールとまではいかないが、かなり良い命中精度。
「なんだかなぁ。代表自身がそんな訓練する必要ないんじゃないですかねぇ。しかもそんな旧式銃で」
「持っていて困るスキルでもないだろう? オープンボルトの銃を投げるような真似は、もうこりごりだしな」
「??」
呆れた声を挙げたネオに、何やら自嘲的に呟くカガリ。
事情を知らぬネオは、首を傾げるしかない。
「それに、こういうことをしてる間は、嫌なことを考えずに済む」
「嫌なことって……例えば?」
「基地司令のふざけた態度、とか。ガルナハンの一件、とか。
ああいうことがあると……我々が連合と結んだのは失敗だったかと思ってしまうよ」
「うーん、あーゆーのが連合軍の全てだとは思って欲しくないんだがねェ。
有名なとこだけでも、もっとマトモな奴は結構いるぜ?」
「具体的には?」
「ん〜、『切り裂きエド』とか、『白鯨』とか。『エンデュミオンの鷹』とか、『白い凶星J』とか。
部隊で言えば、『アークエンジェル』とかも有名だよなぁ」
「……お前、その顔で『鷹』とか『アークエンジェル』とか言うなよ。
それに、気付かないのか? どれもこれも、結局は連合を捨てた奴ばっかじゃないか。
ジャン・キャリーなんてウチの食客だったんだぞ」
「あれ? そーだっけ?」
どこまで本気か分からぬ口調ですっとぼけるネオ。カガリは溜息をつく。
いつになく覇気のない彼女の様子を見て取って、ネオは話題を変える。
「ん〜、どうも元気ないなぁ。この程度のギャグじゃ気分晴れんか。仕方ない」
「…………ギャグだったのかよ、おい」
突っ込みすらも元気なく、疲れきった雰囲気。そんな彼女に、ネオは悪戯っぽく微笑んで。
「じゃぁさ、ちょっと気分転換に――みんなで、温泉にバカンスに行かない?」
- 433 :隻腕15話(07/21):2005/11/25(金) 19:00:01
ID:???
「バカンス? 丁度いいじゃないの。これ以上頑張られても、コッチが困る」
――オーブ本国、行政府。
派遣先のスエズからの申し出に、オーブ連合首長国 代表代理ユウナ・ロマ・セイランは即答した。
大勢の職員が頻繁に出入りする執務室。目の前には山と積まれた書類。
彼の眼の下にはうっすらとくまが浮き、疲れが溜まっている様子が伺える。
「いや、もっともっと頑張って貰いたいのだがな。とはいえ、今後の活躍のためにも、休暇は必要か」
「父上はなんでそんなに呑気なんですかッ! 何事も勝ち過ぎはよくないんですよ!」
部屋の隅、何をするともなく椅子に座る宰相ウナトの何気ない言葉。ユウナは即座に怒鳴り声を上げる。
カガリたちの出発前、ユウナがウナトを殴った日から――この父子の対立は、毎日のように繰り返されていた。
何かにつけて互いの意見に文句をつけあう2人。役人たちも、時に相反する命令さえ出す2人に振り回されて。
「彼らが活躍すればするほど、我らがオーブの強さが世界に知れ渡る。さすれば我らに仇なす者もいなくなる。
すなわち、間接的にオーブを守ることになるのだぞ。何を困ることがある」
「分かってないな、父上は! 勝てば勝つだけ、オーブはザフトや親プラント勢力の恨みを買ってしまうんだ!
現に、彼らとの交渉だって全然進まないじゃないか!」
「交渉など何故必要なのかね? 我らは連合と共に歩むと、既に決定したというのに。
大体、何の考えもなしに戦線を拡大しているようなプラントに、未来があると思っているのか?」
「デュランダルはキレ者だよ。どういう手で来るかまでは分からないけど、このままで終るハズがない!」
ユウナの言葉に篭る苛立ちは、目の前の父親に対するものだけではない。
カガリに託された仕事、連合とプラントの架け橋として和平の道を探る交渉が、まるで進まないのだ。
密使として送った『アレックス・ディノ』からは音沙汰もなく、その後、別に送った使者は門前払いされ。
プラント側からしてみれば、今やオーブは連合に組する国の1つ。聞く耳持たぬのも、ある意味当然。
ましてや……オーブ軍の奮戦によってガルナハンが奪還されてからは、プラント側の態度はますます硬化して。
「まったく、カガリは『手を抜く』ということができないんだから! 生真面目過ぎる!
そこまで頑張ってやる必要はないんだよ! のらくら時間を稼いで、ひたすら戦いから逃げてればいいのに。
ボクが艦隊司令になってやろうとしてたことを、彼女は何も理解していない!」
ユウナの愚痴は、もはや悲鳴に近かった。
そう、派遣艦隊の過剰な頑張りは、ただでさえ困難な交渉をさらに厳しいものにしていたのだ。
そしておそらく――現地で指揮を取る当のカガリに、そんな自覚はない。
「――無駄なコトに時間を潰さず、やるべき仕事をやるんだな、ユウナ」
ウナトは息子に吐き捨てると、執務室を後にする。
ウナトが向かったのは、無数のモニターのある部屋。アッシュによるオーブ攻撃の際、父子がいた部屋だ。
映像情報を分析・処理する部屋であると同時に、各地に直結した極秘回線を持つ通信室でもある。
ウナトは作業をしていた部下を身振りで追い払うと、自らコンソールを操作し、ある場所へと直通回線を開く。
- 434 :隻腕15話(08/21):2005/11/25(金) 19:01:02
ID:???
『――ウナト殿かね? 相変わらず時間には正確だな』
「それはもちろん、ジブリール卿をお待たせするわけにも行きますまい」
直通回線の向こうにいたのは……そう、大西洋のメディア王、ロード・ジブリール。
ウナトは王に対する臣下のように、恭しく頭を下げる。
「で、会合の結果はどうなりました?」
『フフフ、結論を急がないでくれたまえウナト。我々とて、貴殿の献身は高く評価しているのだ。
中立を固持していたオーブを作り変え、連合との同盟を実現し、艦隊派遣まで現実のものとし。
ユニウスセブンの被害を軽減し、スエズ防衛にも尽力し、ガルナハンの奪還までも果たし。
その功績は誰の目にも明らかだ。文句のつけようがない。
まだ時期尚早、と反対する者もあったが、何、もはやオーブは連合の一員のようなものだしね。
結局、賛成多数でワタシの意見が通ったよ』
「おお、では……!」
親と子ほども年の離れた若き実業家の言葉に、歓喜の表情を浮かべるウナト。
ジブリールは、鷹揚に頷き、宣言する。
『そう。我々ロゴスは、決定した。
ウナト・エマ・セイラン。キミを、ロゴスの新たな正式メンバーとして、我らの仲間に迎えよう――!』
――ディオキアの街、日の暮れ行くオープンテラス。
他のメンバーが場を辞した後、テーブルを挟んで残っていたのは、デュランダルと――もう1人。
金髪の若き赤服、レイ・ザ・バレル。
「……こうして2人きりで話すのも久しぶりだね、レイ」
「ええ。ギルも元気なようで、良かった」
他のメンバーが居るときには欠片も見せなかった、砕けた雰囲気。
レイに至っては、「議長」から「ギル」へと呼称まで変えている。
「先ほどのお話――新たな任務というのは、やっぱりギルの悲願の?」
「そう、例の計画を支える2本柱の、片割れだ。検査の方は私の専門だし、実用化の目途もついたのだが……
あちらは、いささか専門外なものでね。そもそもプラントには必要とされてなかった技術だ」
「なるほど」
「それより、ミネルバの面々はどうかね? 使えそうかね?」
身を乗り出して聞くデュランダルに、レイはその冷たい視線を虚空に向けて。
「シンは、大丈夫でしょう。彼には休暇や褒章より、戦場を与えてやることです。
ルナマリアは、最初は不安でしたが、シンと一緒ならば大丈夫かと。
そして、アスランですが――連合軍相手ならば優秀ですが、果たしてオーブ軍と正面から戦えるかどうか――」
- 435 :隻腕15話(09/21):2005/11/25(金) 19:02:15
ID:???
――青い空。白い雲。間近に迫る美しい山々。遠くには美しいエーゲ海。
滝まであつらえられた、やたらと広く、様々な装飾が施されたプールには一面湯気が立っていて。
老若男女、様々な風貌の人々が、水着姿で思い思いにくつろいでいる。
スエズ基地から、地中海を挟んで向かい側。古い国名で言えば、北ギリシャに当たる地域。
ここは連合勢力圏下にある、大型のスパリゾートだった。休息と湯治を兼ねて、少なからぬ連合兵が訪れる。
その暖かい湯の中、ゆったりと泳いでいたのは――白いビキニに身を包んだカガリだった。
腰ほどの高さの深さのプールで、腕を掻かずに足だけの背泳ぎでゆっくりと。
カガリだけでない。オーブ軍のほとんどがタケミカズチに乗り、この地に来ていた。
ネオとカガリの会話から数日後。あれからスエズ防衛に多少余裕が出たため、艦隊丸ごと得られた休暇だった。
「……何やってんの、カガリ?」
「見て分からないか? 泳いでるんだ。……マユこそ、何だその水着は」
「いつの間にか荷物の中に入ってた。多分、ユウナの趣味」
漂うカガリをプールサイドから見下ろし、声をかけたのは、紺色のワンピース水着に身を包んだマユだった。
下は結構なローレグ、胸には『 せ い
ら ん 』と書かれたゼッケン……要するに、旧世紀のスクール水着である。
その右手には、いつも通りの白い長手袋――いや違う、微かに光沢放つその手袋は、完全防水処理済みだ。
「水着買う手間省けたのはいいんだけど……サイズがピッタリなのが、なんか気持ち悪いんだよね」
「……悪いことは言わん、買いなおせ。てか、私が買ってやる。どうせココには1週間ほど滞在するんだし」
うんざりした口調で、湯の中で立ち上がるカガリ。髪の水を軽く払うと、プールサイドの縁石に腰掛ける。
立ち込める湯煙が視界を程よく遮って、幻想的な雰囲気を漂わせる。
「ユウナの奴、どうしてるかな――昔みたいに泣いてなきゃいいけど」
「ユウナとカガリって、昔から一緒だったの?」
「ああ、小さい頃からな。友達というか、目の離せない頼りない弟、って感じの奴だった」
「婚約者だもんね。昔っから意識してた?」
「あー、婚約の話が出たのは、実はつい最近だ。未だに私には実感がないよ、ユウナと結婚なんてな」
少女の勘違いに、力なく笑うカガリ。マユもつられて笑うが、2人の笑みはすぐに尻すぼみになって。
「……なんかカガリ、元気ない?」
「……それはマユも、だろ」
「…………」
「…………」
「やっぱ、ああいうのは後味悪いよな」
「……うん」
「私たちは、どこで間違えたのかな―― 何を間違えたのかな――
他に、やりようは無かったのかな――」
- 436 :隻腕15話(10/21):2005/11/25(金) 19:03:05
ID:???
白獅子の姫将軍として勇名轟かす彼女には似合わぬ、弱気な言葉。
マユは黙ってプールに滑り込むと、彼女を見上げる。
「私は――父・ウズミの遺志を、踏みにじった。オーブの理念を、かなぐり捨てた。
それは、他に国を、国民を守る方法がなかったから仕方なく、なのだけれども――
ああいうものを見てしまうと、理念を抱いて死んだお父さまの方が正しかったような気もしてくるよ」
「……それは、違うと思う」
自嘲的な呟きに、急にはっきりした否定の言葉を挟まれて。カガリはハッとマユを見る。
マユは湯の中に立ったまま、その防水手袋で包まれた右手を、左手で硬く握り締めて。
「だって、あたしの家族は、その『理念』の犠牲になったから」
「……マユ」
「2年前の、『理念』を守るための戦いで、殺されたから。あたしも、この右手を失ったから。
だから、あたしには――そんな空虚な理念は、支持できない。
そんなもののために死ぬことに、意味があるとも思わない」
「…………」
「あたしみたいな子を、二度と出さないためにも――あたしは、カガリやユウナは間違ってないと思う。
全ては、オーブのみんなを守るためでしょ? だったら、間違ってるわけがないよ。
間違ってるのは――きっと、他の誰かだよ」
迷いのない口調で、はっきりと言い切るマユ。
カガリには、何も言えない。「それは本当にそうなのか?」と心の中で思いつつ、言葉には出せない。
マユの頑なな信念に、どこか「危うさ」を感じつつ……それが何であるのか、上手く言語化できない。
と――色気のない会話を交わす2人の娘の所に、プールサイドを歩いてくる男が1人。
紫のビキニパンツを履き、身体に刻まれた無数の傷を隠さず近づく、その男は――
「よぉ、お嬢さん方。楽しんでるかい?」
「……おいネオ。その格好はちょっとどうかと思うぞ」
「そうそう。ちょっとそのパンツは頑張りすぎ」
「ああ、マユの言う通り……って、違う! 下じゃない! 上だ!
なんで仮面被ったままなんだよ! マユもツッコむところが違うだろ!」
そう、そこに立っていたのはネオ・ロアノーク。パンツ一丁のくせに、例の仮面だけはつけたままで。
彼はとぼけた風に肩をすくめる。
「やー、でもどこにも『仮面禁止』なんて書いてなかったからさー」
「当たり前だッ! 普通はそんなものつけてる奴はいない!」
「ところで、オーブ軍のおっさんたちはどこ行ったの? 確か一緒にコッチに来てたよね?」
「話を逸らすなッ!!」
明らかに誤魔化そうとするネオの口調に、カガリは声を荒げる。
- 437 :隻腕15話(11/21):2005/11/25(金) 19:04:11
ID:???
と――タイミング良く。
ネオとは反対側、湯煙の向こうから、ちょっとむさくるしい集団がわいわいと近づいてくる。
トダカ一佐にアマギ一尉、馬場一尉。他にもその部下にあたるオーブ軍の士官が、何人か。
「お、カガリ様! こちらにいらっしゃいましたか!」
「いやーいい湯ですな! やはり天然温泉は違いますよ。タケミカズチにあるのは、結局は銭湯ですから」
「セイラン三尉に、ロアノーク大佐もご一緒ですか。楽しんでますか?」
「ああ……お前達も、って…………!!」
返事をしようとしたカガリの言葉が、途中で凍りつく。表情が、一気に引きつる。
吹き抜けた風が、水面近くに立ち込める湯気を吹き飛ばして――
「あれ、カガリ様、水着ですか? それはいけませんな。いや、似合ってはいらっしゃいますが」
「キャッ!!」
「お、お前ら……お前らこそ、水着を着ろッ!!」
カガリは顔を真っ赤にして怒鳴り、マユは思わず顔を覆う。いや覆いながらも、指の隙間からしっかり見ている。
そう――オーブ軍の男どもは……全員、見事に素っ裸。
何人かは、タオルを腰に巻いてはいたが……それにしたって、小さな布一枚で隠しきれるものではない。
「でもここ、温泉でしょう? 混浴の。だったら」
「オーブ式の、ジャパニーズスタイルの温泉じゃない! ここのスパは水着が基本だッ!」
「そういうものなのですか? いやぁ、我々少しばかり勉強不足でしたな、アッハッハ」
「わ、笑ってる場合かあッ! せめてその粗末なモノを隠せッ! 我が国の恥だッ!」
あくまでボケ倒すつもりらしい部下たち、怒るカガリ。彼女の剣幕に、軍人たちは騒ぎながら散り散りに逃げ出す。
湯を蹴立て、彼らを追いかけ始めたカガリの顔には――先ほどまでの憂いの色は、残ってなかった。
「いやぁ、オーブのみなさんの方が一枚上手だねぇ。まさかあんな捨て身の技で来るとは思わなんだ」
「……やっぱ、みんな考えること同じなんだね」
「そりゃ、お姫様が萎れてちゃぁ調子が出ないもの。あれくらい元気で居てもらわんとね」
目の前のドタバタ劇を眺めながら、揃って湯に漬かるマユとネオは言葉を交わす。
どうも先ほどのやり取りはワザとだったらしいが、しかしなお仮面を外す素振りはない。
「ねぇネオ……アウルたちは来ないの?」
「なんだ、ステラじゃなくてアウルに来て欲しいのか? ほーぉ、そういう仲だったのか、知らなかったなぁ」
「ち、違うって! ただ、アウルとは、前にそういう話をちょっとしたから……」
ブクブクと水面で泡を立てながら、マユは言葉を濁す。微妙に赤面してるのは、湯当たりしたわけでもあるまい。
- 438 :隻腕15話(12/21):2005/11/25(金) 19:05:10
ID:???
「あいつら3人は――ちょっと別行動でね。まあ健康診断みたいなモンだ。
休暇が終るまでには、合流できるさ。なんなら、お兄さんがデートに付き合ってやろうか?」
「落ち込んでるわけじゃないけどさ。あとネオ、『お兄さん』って言うにはちょっとビミョーだよ? 年齢的に」
「あ、ひっでーな。こう見えてまだ結構若いんだぜ、オレって?」
どうやら心配して貰っているのは、カガリだけではないらしい。
そう気付いたマユは、その気遣いそのものがちょっとだけ嬉しくて――少しだけ、元気が出たような気がした。
「……スマンなアマギ一尉、こんな茶番に付き合わせて」
「いや、構いませんよトダカ一佐。我らの裸踊りでカガリ様が元気になれるなら、いくらでも」
湯煙の中、男2人。揃って頭にタンコブを作って、荒い息をついていたのはトダカとアマギ。
年齢を弁えぬバカ騒ぎ、あの体力自慢で暴力上等の国家代表と渡り合うのは、ちとキツかったようだ。
どちらも隠し持っていた水泳パンツをしっかり履いて、岩の上に腰掛ける。
「……しかし、今後のことを考えると、我々もバカばかりやってるわけにはいかんな」
「まったくです。アスハ家最後の1人、カガリ様の身の安全だけは何としても守らねば」
カガリの抱く憂鬱は、オーブ軍人たちにとっても同じことで。だからこそ、励まそうと思ったのだが。
これで良いのか。これで正しいのか。これが本当にオーブを守ることになるのか。考えるほどに不安は尽きない。
タケミカズチ艦長・トダカ一佐は改まった声になって。青い空を見上げながら、副官のアマギに語る。
「……アマギ一尉。これは、あまり大声では言えぬことだが……」
「なんでありましょう?」
「これはあくまで、万が一の話だ。そうならないよう、努力するのが前提ではあるのだが。
――我らは良い。国を出たその時から、覚悟はある。
しかしもし、タケミカズチが危機に瀕し、カガリ様のお命が危険に晒された、その時には――!」
――それは、突然に。
シリアスな会話もバカな騒ぎも全て内包した、スパリゾードの上空を――
いくつかの影が、走り抜ける。湯煙の上、バカンスを楽しむ彼らを一顧だにせず飛ぶ影。
翼を背負ったMSの影。2本の大砲を突き出した航空MA。そして、引き絞った弓の形の、巨大戦艦――
「なッ!? ……インパルス! セイバー! ミネルバ!?」
「そんな、連合の勢力圏内なのに?!」
「タケミカズチの方角……じゃないな、まずは安心か。しかし一体、どこに向かって……」
マユも、カガリも、オーブ軍人も、思いもかけぬ存在に思わず唖然となって。
ただ一人、ネオだけが、彼らの進む方角に思い至り、悲鳴を上げる。
「まさか、あいつら……『ロドニアのラボ』に向かってるのか!? 冗談じゃないぞ、オイ!」
- 439 :隻腕15話(13/21):2005/11/25(金) 19:06:05
ID:???
「……へぇ、温泉だよ。呑気なもんだな」
「余所見をするな、シン。ここは敵地なんだぞ」
「分かってるよ。でもよ、ああも手ごたえがねーと」
ミネルバを先導する形で飛びながら言葉を交わすのはフォースインパルスのシンと、セイバーのアスラン。
実際――ここに至るまでの道は、拍子抜けするほど容易なものだった。
戦略的に意味の薄い地域とはいえ……ミネルバ単身で戦線の弱いところを突破し、敵を振り切って。
その後、ほとんど何の抵抗もない。
「油断するなよ。この先、何が出てくるか分からないんだからな」
「そりゃ、警戒はしてますけどさ」
2人とも、足元の温泉に漬かる人々の正体に気づきもせず、だから緊張感も未だなく――
――ミネルバ艦内でも、クルーたちの印象は同じようなものだった。
「インパルス、セイバー、ともに異常は見られないそうです」
「警戒は解かないように言って頂戴、メイリン。ここは一応敵地なんですからね。
あるいは、ここから近い軍港からMSが出て来るかもしれないわ。その方角も注意して」
メイリンの報告に、継続した注意を促すタリア。
流石の艦長も、まさかその「軍港」にタケミカズチがいると知ってたわけではなかったが……。
それよりクルーが気になっているのは、この任務の目的だった。
「……ベリーニさん、でしたっけ。どうなの、この状況は? 貴女たちの予想通り?」
「わたくしたちの作戦に合わせ、各地で陽動をかけてもらっているそうですから。そのお陰かもしれません。
ただ、『目標の研究施設』にはある程度のMSがいる可能性があります。注意して下さい」
「注意しろ、と言われてもね……具体的な情報はないの?」
「残念ながら。施設の性格上MSがあってもおかしくない、というだけの話ですから」
タリアの問いに淡々と答えたのは、白衣をまとった金髪の女性研究者。縦ロールが豪奢な雰囲気を醸し出す。
ヘンリエッタ・ベリーニ。自己紹介によれば、議長の下で『極秘の研究』を進める研究チームの一人で……
今回の任務のために、彼女の率いる研究者チーム、そして生化学兵器への対処を担う特殊部隊が乗り込んでいた。
「泥棒のような真似は、あまり好きじゃないのだけどね」
「アーモリーワンで奪われたモノの代金を頂きに向かう、とお考え下さい」
「勝手な言い草ね」
「……本当は、わたくしたちもナチュラルの開発した技術に頼らず、自分たちだけでやりたいのですがね」
微妙に緊迫した空気を載せたまま、ミネルバは進む。
やがて、地平線の上に、見えてくる建物。広い平原の上、忘れられたようにポツンと佇む四角い影。
それこそが、ミネルバのターゲット。単身敵地の中を突っ走り、「泥棒のような真似」をしに来た目的地――
- 440 :隻腕15話(14/21):2005/11/25(金) 19:07:08
ID:???
――ステラ・ルーシェは、ヒマを持て余していた。つまらなそうに、ガラスの向こうの部屋を眺める。
J・Pジョーンズにあった『調整ベッド』、そしてその付属機器を数倍に大きくしたような設備。
その中に、スティングとアウルは眠っていた。『調整』の都合上、今日1日は目を覚まさないだろう、という。
彼らの周囲を、何人もの白衣の研究者たちが忙しそうに動き回る。
「……つまんない」
椅子の上で、だらけきった態度で座るステラ。
要『再調整』とされた男2人と異なり、ステラは少しの検査で『異常なし』と判断され、もうやることがない。
だからといって、今すぐラボの外に出て行くこともできず……
「マユと『オンセン』……入りたかったな……」
「おかしな人ですね。MSの生体CPUに過ぎぬあなたが、そんなことを望むなんて」
「……? ……あ、ロッティさん……」
腐りきったステラに後ろから声をかけたのは、全身防菌服で身を包んだ小柄な人影。顔は見えない。
このラボの研究員の一人、ロッティ・フォスだった。年齢だけで言えば、ステラたちにも近い。
ステラにとっても、顔見知り(という割には未だに素顔も知らないのだが)の女性である。
「……よく分からないけど……マユが、楽しそうに話してたから……」
「おかしな人ですね。他人が楽しそうなら全て気になるのですか?」
「そうじゃないけど……」
ロッティの追求に、言葉に困るステラ。自分の中の欲求を、うまく言葉にできずに口ごもる。
そんな様子を、防菌服の隙間から静かに観察する目は、確かに研究者の目で。
彼女は疑念を抱く。「……あちらの2人と同じく、外に出たことで人格に影響を受けたか?」
そんな2人のところに――ワイワイと、一群の男女がやってきた。10人ほどもいるだろうか。
まるで統一性のない、バラバラの外見。ただ年齢だけが近く、着せられている素っ気無い服だけが一緒。
「あー、ステラだステラだステラだ〜! 帰ってきたんだ〜!」
「怪我なかった? 元気だった? 戦争してきたの? 色々聞かせて!」
「あーこらこら2人とも。ステラは疲れてるんだから」
「そうだ。大体、今やルーシェ少尉は正式な軍人だぞ。もう少し礼儀というものをだな……!」
「……レイア、アニー、久しぶり……。ケリオン、ログ……別に、大丈夫だから……」
ステラの姿を見て駆け寄ってきたのは、小さくも騒がしい2人。お団子頭の少女と、小柄なアフリカ系の少女。
そして彼女たちの首根っこを捕まえたのは、茶髪の温和そうな青年と、筋肉質で厳しい顔つきの青年。
どちらも大柄な体格だが、見た目から受ける印象は対照的だ。
そしてまた、部屋に入ってきた面々の中には、スタラたちの帰還を素直には喜ばない者たちもいるようで。
「実戦で戦果を挙げたとはいえ、こうして出戻ってくるようではね。大丈夫か? あの2人?」
「そろそろ俺らに交代したらどうだァ? スティングたちよりァ役に立つぜ」
「……クロス、それ違う……ガル、言いすぎ……」
- 441 :隻腕15話(15/21):2005/11/25(金) 19:08:06
ID:???
文句をつけてきたのは2人の青年。片方は紅い髪に両目の色の違う派手な外見。もう片方は、銀髪の混血児。
ステラは軽く2人を睨むが、紅髪の方はステラと目を合わせて肩をすくめ、銀髪の方は舌打ちして目を逸らした。
部屋に入ってきても、なお無言の者もいる。
東南アジア系の血を引く少女と、その背に隠れるようにひっつく前髪の長い少女。
ラインの入ったボーズ頭、という目立つ髪型の少年もいれば、片耳に大量のピアスをした少女もいる。
何人か来ていない者もいたが、『卒業』間近なエクステンデッドほとんどの揃い踏み。
流石に研究員であるロッティは呆れた声を上げる。
「おかしな人たちですね。なんでみんな揃ってこんなところまで」
「そりゃ、気になるからさ。うちらの知ってる限りじゃ、初めて実戦投入された3人だもの。
戦場の話とかも聞きたいし、ひょっとしたらあっちの2人と入れ替え、ってこともあるかもしれない」
「そんな可能性はありません。01も03も、明日までには調整が完了します。おかしなことを考えるものですね」
「ねーステラー! お話してー! 実戦ってどんな感じなの? いっぱい人殺した?」
「色んなとこに行ったんだよな? オーブってどうなの? あいつらコーディ飼ってるって本当?」
なにしろ狭い部屋の中に十数人ひしめいているのだ。狭くて騒がしくて仕方ない。
口々に話しかけてくる『後輩』たちに、ステラはどう答えるべきか思案する。
と、その時――
唐突に、警報が鳴り響いた。
「――前方に、MS反応! 数7、いや9!」
「なんですって!?」
「熱紋照合……ガイア、カオス、アビス各1、ダガーLが3、残る3機は……ライブラリーに該当なし!」
「ええぇぇぇっ!? な、なんであの3機がこんなとこに!? しかも新型も?!」
――施設に近づくミネルバは、続々と出てきたMSの姿を捉えていた。
四足獣形態で頭を低く下げたガイアを先頭に、ダガー系の風貌を残す見慣れぬ新型MSが3機。
そして巨大な2本の大砲を備えた、砲戦パックを背負ったダガーLが3機。
なぜか、ダガーLよりは戦力になるはずの、カオスとアビスの2機は最後方に控えたままだ。
「ミネルバ減速! 対MS戦闘用意! レイとルナも、出撃させて! それから……」
「……艦長、お願いがあるのですけれども」
慌しく指示を飛ばすタリアに話しかけたのは、未だブリッジに居座っていた研究者、ヘンリエッタ・ベリーニ。
お願い、と言うにはいささか傲慢な態度で、艦長に要求を突きつける。
「あのMSに乗るパイロットたちも、重要な『サンプル』である可能性が高いですわ。
できれば、生きたまま確保することを希望します」
「……簡単に言ってくれるわね。あの3機だけでも強敵だって言うのに」
「だから『できれば』と。1名だけでも確保できれば、今後の研究がまるで違ってきますので」
- 442 :隻腕15話(16/21):2005/11/25(金) 19:09:05
ID:???
――ステラたちの側でも、近づくミネルバの姿は見えていた。
カオスを先頭に、ラボを守るように陣形を組む。
「……みんな、落ち着いてね。訓練通りやればいいから……」
『は、はいッ!』
「……ケリオン、サニィー、ミシェル……可変機の3人は、ガイアと一緒に前衛。
ログ、アニー、クロスは、後ろから砲撃……前衛が孤立しないように……」
『あたしらは? カオスとアビスはどうすりゃいい、ステラ?』
「……レイアとダーボは、無理しないで……機体を守って持ち帰るのが目的……撤退の支援に徹して……」
珍しく饒舌に指示を飛ばすステラ。今施設にいる唯一の実戦経験者、そして唯一の正規軍人に、みな素直に従う。
彼らの背後では、ホバー式の陸上輸送艇に、次々と色々なものが運び込まれ、施設放棄の準備が進められていた。
白衣の研究者やツナギ姿の作業員に混じって、目立つ全身防菌服に包んだ小柄な影が、ステラたちを見上げている。
ステラは迫るミネルバを厳しい目で見つめながら、決意を噛み締める。
「……マユだって、頑張ってるんだから……! あんな小さな子に、負けてられない……!
スティング、アウル、ラボのみんな。ちゃんと、ステラが守るから……!」
「……おかしな人ですね、エクステンデッド02、ステラ・ルーシェ。
以前の貴女は、そんな積極的な人ではなかったのに……」
適当な機体のなかったエクステンデッドたちを輸送艇へと促し、撤退作業を進めながら、ロッティは1人呟く。
研究員の中でも被験者との直接接触が多かった(だから防菌服など着てるのだが)彼女にとって、驚く他ない。
数値上のデータがどれだけ正常値を示そうとも、ステラの変化は明らかだった。
警報が鳴り響き、誰もが慌てふためく中で、1人素早く動いたのがステラで。
状況を把握し、研究者たちに撤退を認めさせ、後輩たちから志願者を募り、ラボにあったMSを割り当てて。
そしてこうして、先頭に立って後輩たちを指揮し、ラボの防衛に当たろうとしている――
――不可解だった。
元々ステラはこんな性格ではない。一応は戦術や指揮の訓練も受けてはいたが、明らかに指揮官には向いていない。
そして適性以前の問題として――優秀ではあったが、何事にも無気力で、ひたすら受身だったのだ。
命ぜられれば何でも的確にこなしはしたが、しかし、自発的に行動を起こすような性格では……
「……おかしなことですね。いったい何があったのやら。
いったいどんな人々と接触すればあそこまで変わるのでしょう」
首を振りながら、ロッティは再び撤退作業に専念する。
陸上輸送艇に運び込まれる、スティングとアウルを収めたままの調整ベッド。
今は、彼らの心的拘束の初期化作業中で。いまここで彼らを起こし、応戦させることはできない。
ひとまず今は、連合軍がしっかり守ってくれる後方まで、撤退せねば――
- 443 :隻腕15話(17/21):2005/11/25(金) 19:10:09
ID:???
高速で駆けるガイアが、大地を蹴って空に跳躍する。
目の前に迫るビームブレイドを、フォースインパルスは咄嗟に盾を構え、受け止めて――
衝突で姿勢が崩れたところに、ダガーLが背負った巨大な2門の大砲が、狙い撃ちする。
PS装甲ゆえに実体弾は致命傷にはならないが、激しい衝撃を受け、地面近くまで落下する。
「……ちッ! 連携がいい!」
「気を抜くなシン! 新型が来てる!」
悪態をつくシンのインパルスの眼前に、見慣れぬダガー系MSが迫る。
それは、走りながら倒れこむように前傾すると……変形して、四足獣の形になる。
ユニコーンの角のように頭部にガドリングガンを装備した他は、ほとんどガイアそのままのシルエット。
「アーモリーワンで得たガイアを、早くもコピーしたのか?! 何て手の早さだ、連合は!!」
その連合ガイア、正式名称ワイルドダガーは、そのままインパルスに突進する。凶暴な突進。
背中にビームブレイドはないが、腰にあったビームサーベルの基部が90°回転し、同じように両脇に刃を形成する。
間一髪、盾で受け止めるも機体の一部を掠められ、激しい火花が散る。
見慣れぬ新型の動きに、押されるシンのインパルス。しかし彼もただでは転ばなかった。
彼自身は体勢を崩し、すぐには追い撃ちできなかったが……彼は、1人ではない。
盾で身を守りつつ……他の仲間の配置も考え、敵の動きを誘導していた。
インパルスを襲ったワイルドダガーは、攻撃の後に一瞬だけ無防備な姿を晒し――ビームに貫かれ、爆発する。
撃ったのは後方に控え支援体勢を取っていた、ルナマリアのガナーザクウォーリア。
「まず1つ! この調子で行くぞ!」
「どいつもこいつも、反応がいい! 普通のナチュラルじゃないぞ、油断するな!」
「ケリオン! くッ!」
「……前に出過ぎ……。みんな落ち着いて……!」
防衛側でも、ケリオン・レリアードの撃墜は衝撃だった。動揺走る仲間たちに、ステラが檄を飛ばす。
ワイルドダガーを前衛、砲戦装備ダガーLを後衛、という配置は悪くなかったが、それでも出過ぎれば討たれる。
「……輸送艇は? まだ出られない?」
『積み込みは終ったが、施設破壊の準備に手間取っている。自爆システムに異常が発見され』
「……それ、こっちでやる。外から壊す。だから早く出て。そう長くは……持たないッ!」
研究所との通信、そして仲間への指示を出しながら、ガイアはミネルバ隊相手に奮戦する。
言葉の途中でセイバーからビームを浴びせかけられ、横っ飛びに避ける。避けつつ、こちらもビームで反撃。
「クロスとサニィーは、輸送艇の防衛に。残る3人は、もうちょっとここで……頑張って!」
ダガーLとワイルドダガーを1機ずつ、カオス・アビスと共に撤退支援に当てて。
残るワイルドダガー1機、ダガーL2機と共に、カオスはしんがりとしての務めを果たさんと――!
- 444 :隻腕15話(18/21):2005/11/25(金) 19:11:01
ID:???
「パイロットは殺さずに、とお願いしたではないですか」
「今はそんな余裕ないわ! 見て分かりませんか!」
「あとあの陸上輸送艇、アレを逃がさないで下さい。貴重な資料の塊です。
また、逃げるということは、残った施設の破壊も図るかもしれません。決して許さないように」
「努力はしますけどね、こっちは落とされないだけでも精一杯なのよッ!
せめて優先順位をはっきりさせてッ!」
ミネルバのブリッジでは、女同士の激しいやり取りが響く。
敵の抵抗は激しく、時折ミネルバにさえ敵の砲撃が届くほど。
揺れる艦内でなお無茶を要求する研究者に、ブリッジの空気は険悪になる。
「……仕方ないわね。メイリン、ルナマリアに連絡。あの陸上艇の足を撃ち、逃亡を阻止せよ、と」
「は、はいッ!!」
「レイはミネルバ近くでそのまま艦の防衛。シンとアスランは、そのまま敵MSを引き付けて。
厳しい戦いだけども、頑張って!」
「――艦長も無茶言ってくれるわね」
『無茶言ってるのは艦長じゃなくて、あのベリーニとかいう女だけどね。だから無理しないで、お姉ちゃん』
「……無理なもんですか。見せてやるわ、赤服を着てるのは伊達じゃないのよ!」
ミネルバから指示を受けたルナマリアのザクは、さっそく動き出す。
白いザクをその場に残し、横から大きく回りこむように。
目の前では、なおも続く激戦。インパルスとセイバーが、倍の数の敵を相手に、それでも善戦し足を止める。
その2人のお陰もあって、ルナの動きには気付きつつも、敵は咄嗟に対応できない。
建物の向こう側、鎮座する陸上輸送艇。タンカーのような巨体が、ホバーで大地から浮き上がり、動き出す。
ルナマリアはしっかり大地に足を据え、ガナーウィザードの大砲オルトロスを構える。
「……貰ったッ!」
しっかり狙いをつけて、必殺の一撃を放つ。ホバーエンジンを貫き、相手の動きを止めるはずの閃光――
しかし、その光は途中で遮られる。
間に割り込んだのは、艦の護衛についていた、ダガーL。
壁になる形で割り込み、しかし彼の構えた盾だけでは防ぎきれず――輸送艇の代わりに、爆発する。
「……ちぃッ! でもまだまだッ!」
ルナマリアは叫び、第二射の狙いを定めて――ふと、コクピットに鳴り響いた警告に顔を上げる。
見れば、いつのまにインパルスとセイバーを振り切ったのか。頭上から黒いガイアが飛びかかって――!
- 445 :隻腕15話(19/21):2005/11/25(金) 19:12:03
ID:???
『スティングたち3人は、守らなき……』
「クロスッ! ……うおぉぉぉッ!」
眠り続けるスティングとアウルを載せた輸送艇を守ろうとして散ったのは、紅髪の青年クロス・アークハート。
それだけ『先輩』である3人への思いが強かったのだろうか。会えば悪態ばかりつく毒舌家だったのに。
彼の犠牲を無にするまいと、ガイアは半ば強引にセイバーを振り切り、ザクウォーリアに襲い掛かる。
あの長射程の大砲を潰さぬことには、輸送艇の安全は確保できない。
「でやぁああぁぁあァッ!」
「!! きゃッ!!」
空中で人型形態に変形したガイアは、ビームサーベルを振りかぶってザクウォーリアに斬りつける。
慌ててスウェーバックで避けようとしたルナマリアだったが、サーベルは長大な砲身を斬り飛ばして。
咄嗟に接近戦で対応しようと、赤いザクはガナーウィザードを排除しつつ、ビームトマホークを手にする。
しかしガイアの動きはそれ以上に速かった。振り抜いた右手のサーベルを戻すより速く、左手でザクに殴りかかる。
ガイアのシールド、その衝角にも似た分厚い突端が、ザクの腹に叩き込まれる。
吹き飛ばされ、大地に叩きつけられ、コクピットハッチを歪ませて――赤いザクは、動きを止める。
――その光景を、シンは全て見ていた。
目の前のワイルドダガーの激しい動き翻弄され、防戦一方だったシンは――見てしまう。
ガイアに迫られる赤いザク。斬りつけられる赤いザク。盾で殴られる赤いザク。倒れて動かぬ赤いザク。
機体を透けて通して、コクピットの中で頭から血を流し、意識を失ったルナマリアのイメージが『視える』。
「ルナ……ルナ……!? 死ぬのか……死んだのか……?! うそだろ……!?」
シンの目は、ルナマリアの危機に大きく見開かれ。
倒れたザクの姿が、何故か2年前のオノゴロ、家族を失った日のイメージに重なる。
脳裏によぎるのは、何故か妹の笑顔。
いやだ。
あんな想いは。
死なせたくない。
もう大事な人が居なくなるのは。
ダメだ。認めない。
頭の中に、形にならない想いが渦を巻いて――ついに彼は、限界を突破する。
シンの脳裏に、何かが砕け散るような音が、響き渡った。
- 446 :隻腕15話(20/21):2005/11/25(金) 19:13:03
ID:???
――傍目に見たら、インパルスが動きを止めていたのは、ほんの一瞬だった。
その一瞬の静止に勝機を見たワイルドダガーが、四足獣頭部のガドリングを乱射しつつ、インパルスに迫る。
ガドリングで動きを止め、通りすがりのビームサーベルの一撃で勝負を決せんと図る。
普段は大人しいワイルドダガーのパイロット、ミシェル・クルストの、別人のように激しい攻撃――
だがインパルスは――今まで苦労していたこの敵を相手に、信じられない動きを見せた。
滑らかな動きで、最小限の動きでガドリングの弾幕を回避しながら、何気ない素振りでビームサーベルを投擲する。
完全に相手の動きを読み切ったインパルスのサーベルは、吸い込まれるように敵のコクピットを貫いて。
その様子を見ていたダガーLが、攻撃によって姿勢の崩れたインパルスに砲撃する。
普段は陽気な黒い肌の少女アニー・アニータ・アーナンダ、しかし彼女も普段とは対照的な、機械のような無表情。
友人の死を目前にしても動揺なく、機械のように正確な射撃を放ったが。
崩れた姿勢から、インパルスはさらに空中で身を捻り、攻撃をかわす。砲弾が装甲を掠めるほどの、紙一重の動き。
かわしつつ、シンは焦点の微妙に合わない目で、抜きざまにビームライフルを放つ。たった一発。
たった一発で、これもまたコクピットを綺麗に射抜く。
散々苦戦したワイルドダガーと砲戦装備ダガーLのコンビネーション、これを破るのにほんの数秒。
そしてその2機の爆発を背にして、ザクウォーリアの上にのし掛かるガイアに、銃を向ける。
仲間の死を嘆くする余裕もなく、ガイアは慌てて防戦に回る――
「……なっ!? し、シン?!」
「何だ、あの動きは!?」
友軍さえも驚く、別人のような動き。
元々腕の良いシンではあったが、しかし今までは攻撃を意識しすぎ、どこか動きに無駄があったのだが。
今のシンは――まるで無駄がない。最適の動きを最速のスピードと最高の精度でこなす、非人間的な動作。
セイバーで上空から見下ろすアスランも、後ろから全てを見守っていたレイも、ただ驚いてしまって。
だから、敵の輸送艇が逃げ始めたことにも、すぐに反応できず……
「なに、これ……!」
そのインパルスを迎え撃つガイアのステラも、この変化には驚くしかない。
嵐のように激しい、それでいて寸毫も無駄のない連続攻撃に、たちまちガイアは無力化させられる。
腕を飛ばされ、頭部を飛ばされ、足を飛ばされ……苛烈な攻撃の中、コクピットは守り抜いたが、しかし。
片足で着地しそこね、バランスを崩した人型のガイアに――急速に迫ったインパルスの蹴りが、ヒットする。
激しい衝撃。地面に叩きつけられ、意識を失う瞬間、ステラが口にした名前は――
「スティングッ……!」
動きを止めたガイアの胴体に、インパルスはライフルの銃口を押し当てて、トドメを刺さんと引き金に指を――
- 447 :隻腕15話(21/21):2005/11/25(金) 19:14:08
ID:???
「……う……ア……し、シンッ……」
「!?」
シンの動きを止めたのは、掠れるような微かな声。普通なら聞き逃しかねない小さな声。
勢いのままにガイアを撃とうとしていた彼は、一瞬で正気に戻る。
「る、ルナッ! 無事かッ!?」
「……無事じゃ、ないっぽい、けど……、いちおー、生きてる、わよ……。
なんか、ハッチも、開かないけど……」
そう、それは、倒されたザクウォーリアの、ルナマリアの声。
通信画面に映る顔は、言葉を発する度に苦しそうに歪む。肋骨にヒビでも入っているのだろうか。
シンはもう動かぬガイアをその場に打ち捨てて、慌てて赤いザクに近寄る。
インパルスの手が、ザクの歪んだコクピットハッチを、強引に引き剥がす。
一方――上空にホバリングするセイバーは、遠ざかる敵を見送っていた。
向こうには、積極的に戦う素振りを見せなかったとはいえ、難敵であるカオスとアビスが無傷のまま温存。
ワイルドダガーも1機いるし、セイバーの相手をしていたダガーLも合流している。
この状態で、セイバー1機で追うのは、いささか荷が重すぎた。
上空に留まり、空中で周囲を警戒しながら、アスランは1人呟く。
「ま、施設の破壊を阻止できただけでもよしとするか。
――しかし議長は、何を求めているんだ?
こんな小さな拠点を占拠したり、あのパイロットたちの身柄を欲したり……」
眼下では、ミネルバがラボの近くに着地して、乗り込んでいた歩兵たちが下りてくる。
ガイアから、ぐったりした金髪の少女が引きずり出される。結局、生きたまま捕らえられた唯一の敵パイロット。
白衣の研究者の入り混じる歩兵部隊の一群が、無人の建物に侵入していく。
ザクからルナマリアを救出したシンは、遅れて駆け付けた救護班の手際の悪さを罵っていて。
白いザクファントムは、整備兵たちと共に赤いザクとガイアの機体回収に入る。
それらの動きを見下ろしながら――アスランは、議長の意図が読めずに、困惑する。
「議長は――いったい、何を考えているんだ?」
あたりはいつしか日も傾いて、夕陽の中に世界は紅く染まり。
アスランが漠然と抱く不安そのままに、世界は不穏な色を見せ始める――。
第十六話 『 命の価値 』 につづく