- 100 :隻腕十六話(01/18):2005/12/04(日) 11:34:06
ID:???
――初めて彼ら2人が顔を合わせたのは、十年ほど前のこと。プラントの宇宙港だった。
「久しぶりね〜、ギル坊。メンデル以来かしら? なんかもうすっかり立派になっちゃって」
「いい加減『ギル坊』はやめて下さい。バレル女史こそ、お変わりないようで。相変わらずお美しい」
「アハハ、ありがと。でもダメね〜、子供産んじゃうと。あちこち体型崩れてきちゃって」
そう言って笑う女性。肩の高さで切り揃えられた黒髪は、知的な美しさを感じさせて。
『ギル坊』と呼ばれた黒髪の青年の評する通り、とても子供がいるような年齢には見えない。
その「子供」は、笑う「母」の背後に隠れるように、スカートを握って身を硬くしていた。
サラサラの金髪。賢そうな目つき。整った顔。年齢で言えば、5歳くらいだろうか。
……確かに美形だ。しかし、瞳の色も髪の色も、顔のつくりをとってみても――「母」とは似ても似つかない。
「――で、こちらが例の?」
「ええそうよ。研究所が襲撃されたあの日あの時、私が持ち出した最後のサンプル。
ほらレイ、お兄さんにご挨拶なさい。これからお世話になるんだから」
「……レイ・ザ・バレルです。はじめまして」
「ギルバート・デュランダル、君のお母さんの昔の同僚だ。はじめまして」
黒髪の青年は、しゃがんで少年と同じ高さに目線を合わせると、手を差し出した。
少年は促されるままに青年と握手をして――彼の微笑みに、心捕らわれた。
――「母」を乗せた地球往還シャトルが、宇宙港から出て行く。
その姿を、金髪の少年と黒髪の青年は、並んで見ている。
「……お母さんは、ボクのことが邪魔になったんだ」
「レイ?」
「バレル家は、古い家だから。ほんとうはお母さんがシングルマザーになるのも認めたくなかったんだ。
もし成功だったら役に立つ、って言って名前はくれたけど、『しっぱいさく』だからもういらないって」
「…………」
「コーディネーターにはなれたけど、長生きはできないんでしょう? だから」
「レイ!」
淡々と自分の立場を語る少年を、黒髪の青年はひっしと抱きしめる。
少年は、聡明すぎた。賢すぎた。そのように「創られて」しまっていた。
いったいどんな大人たちが、この少年の前であけすけに毒を吐いてしまったのだろう?
少年は知らなくても良いことまで知ってしまい、理解しなくても良いことまで理解してしまっていた。
そんな少年を抱きしめて――青年は、彼に誓う。
「……レイ、君は失敗作じゃない。いらない存在でもない。
君は未来に続く人類の歩みの中の、貴重な一歩なんだ。
私が、それを証明してみせよう。私が、君の次に続く未来を見せてあげよう。
だから――自分が無価値だなんて、言わないでくれ――」
- 101 :隻腕十六話(02/18):2005/12/04(日) 11:35:02
ID:???
――記憶の彼方から、少年は急速に引き戻される。
ザフト側の手に落ちたロドニアのラボ。放棄された研究所。
ミネルバに同乗していた、ザフトの歩兵や白衣の研究者がひっきりなしに出入りしている。
その研究所の入り口、夕陽に照らされた玄関ホールの片隅で――
パイロットスーツに身を包んだ金髪の青年が、立ち尽くしていた。
彼の目の前には1つの胸像。この種の「偉いヒト」の銅像にしては、比較的若い顔つき。
なんとはなしに、モデルとなった人物の尊大さや傲慢さを感じさせる像だった。
「う〜、嫌なモノ見ちゃったぁ。しばらくご飯食べられないかも……。
……あれ? レイ、どうしたの? レイも手伝い?」
廊下の1つから、両手で山ほどの書類を抱えて出てきたのは、青い顔をしたメイリン・ホーク。
研究所の資料を運び出す作業で人手が足りないため、ミネルバのブリッジクルー等も急遽応援に駆り出されたのだ。
いったいどんなものを見てしまったのか、見るからに気分が悪そうで。
そんな彼女は、玄関ホールで大きく深呼吸したところで、ちょっと尋常でないレイ・ザ・バレルの姿に気付く。
全てのものが真っ赤に染まるホールの中、その青年の横顔はちょっとした絵画のようでもあり。
「何見てるの? 銅像?」
「…………」
「あれ、この銅像って……レイ? ううん、ちょっと違う? でもなんか似てる。
え〜っと……『アル・ダ・フラガ』、って読むの? この研究所の――創設者?」
メイリンは両手に書類を抱えたまま、胸像の台座に刻まれた文字を読み上げる。
その名前に、レイの顔が、歪む。
「……のかッ……!?」
「れ、レイ!?」
「ギル……まさか……このことを、全部知ってたのかッ……!?」
それは――怒り。それは――困惑。それは――混乱。
いつも仮面のように感情を押し殺し、端整な顔を崩したことのないレイが見せた、剥きだしの感情。
メイリンは驚くしかない。
「つまりアレは……あいつらは、俺の兄弟、いや従兄弟みたいなものじゃないか……!!」
周囲をひっきりなしに出入りする人々も無視して。近くに立ちつくすメイリンも無視して。
レイは、金髪の青年は、その場に崩れるように膝をつく――
- 102 :隻腕十六話(03/18):2005/12/04(日) 11:36:08
ID:???
マユ ――隻腕の少女――
第十六話 『 生命(いのち)の価値 』
――ロドニアのラボを放棄し、大地を駆ける陸上輸送艇。周囲は急速に夕闇に包まれてゆく。
大質量を浮かべるホバークラフトが、大きな音を立てる。
その前後左右を固めるのは、カオス、アビス、ワイルドダガー、ダガーL。
「ミシェルも、アニーも……やられちまった……」
「クロスもケリオンも、腕は良かったはず。やはり実戦は違うか」
「ステラ……ヒック、ステラぁ……」
「俺たち、これからどうなるんだ?」
たて続けに4人の仲間を失い、自分たちの居場所を失い、頼りになる先輩の1人も捕らえられ……
思いもかけぬ犠牲に、彼らは消沈を隠せない。
しかし、彼らの思いを無にすることはできない。追っ手を気にしつつ、彼らはなおも進む。
と――
進行方向の上空に、いくつか光る点が現れる。空を飛ぶ航空MSの編隊。彼らは思わず足を止め、身構える。
このあたりに、戦闘態勢を整えた友軍はいないはず。MSのシルエットも見慣れぬもので。
よもやザフトに挟撃されたか、と、彼らの額に冷や汗が浮かぶ。
既に日も落ちたこの暗さでは、はっきりと判別がつきにくい。
が、ようやく個々のMSの姿がはっきり見える距離になって、彼らの緊張は安堵に変わる。
大半が見たことのない機体であるのは変わりなかったが、その先頭を飛ぶ機体には見覚えがあったのだ。
前進翼持つ可変MSとM1アストレイの編隊、桜色のエールストライク、翼広げたフリーダム。
そして――先頭に立つのは、紫色のウィンダム。
「――ネオだ! ネオが救援に来てくれたぞ!」
- 103 :隻腕十六話(04/18):2005/12/04(日) 11:37:03
ID:???
太陽の最後の光が窓から差し込む、ミネルバの廊下。青年が駆ける。
息を荒げて駆け込んだのは――ミネルバの、医務室。
「ルナッ! ルナはどうなったッ!?」
「あ、アスカさん。大きな声を出さないで」
髪を振り乱して叫ぶのは、シン・アスカ。パイロットスーツそのままの姿である。
ザクウォーリアからルナマリアを救出した彼は、そのまま救護班と一緒に医務室に向かおうとした。
しかし彼はインパルスのパイロットでもある。自分の機体をその場に放置しておくこともできない。
仕方なく、インパルスを艦に戻し、整備兵に後を託して――着替える間も惜しんで駆けつけたわけだ。
「今治療中です。診察した限りでは、深刻な怪我はないようです。
軽い打撲の他は、右前腕の骨と肋骨にヒビが入ってるくらいですかね、今のところ。
ただ頭を強く打ったようですから、安全を取ってしばらくは経過を観察する必要がありますけれど」
「じゃ……大丈夫なんだな?」
「……だいじょーぶよ……心配性なんだから……」
勢い込んで聞くシンに答えたのは、カーテン越しの声。彼は急いでカーテンを引き開ける。
「ルナッ!」
「……そんな顔、しないでよ。ったくアンタらしくもない」
「で、でもよ、だってさ……」
「約束したでしょ? 私は死なないって」
カーテンの向こう、ベッドに横たわっていたルナマリアは、泣きそうな顔のシンに向け挑発的に微笑む。
診察と治療の過程でパイロットスーツは脱がされたのか、裸の肩がシーツから覗く。
外に出した右手を、軍医にギプスで固められながら、ルナマリアは左手で隣のベッドを指す。
「まー、ちょっとヘマやっちゃったけどね……そこの子相手に」
「!!」
言われて初めて、シンはもう片方のベッドの相手に気付く。
全身を拘束バンドで束縛されつつ治療を受けていたのは――ベッドで目を閉じたままの、ステラ・ルーシェ。
その存在を認識した途端に、シンの表情が一変する。不安の表情から、激しい怒りへと。
「でも私だけのせいじゃないわよねー、2人がちゃんと足止めしてくれなかったから……」
「てめぇッ! よくもルナをッ!!」
「……え?」
ルナマリアがはッとして見てみれば――そこには、医療スタッフに取り押さえられるシンの姿。
3人がかりで組み付かれて制止され、なお彼らを振り回さんばかりの勢いで暴れ続ける。
拳を硬く握り締め、動けぬステラに殴り掛からんと――
- 104 :隻腕十六話(05/18):2005/12/04(日) 11:38:02
ID:???
「――どういうことだ! すぐに助けにいかないと!」
「……ご好意は有り難いのですが、しかしアスハ代表……」
荒野の真中、星空の下。輸送艇を囲むように降り立ったオーブ軍の真ん中で、カガリが声を荒げる。
困った表情で頭を掻くのは、初老の研究者。
ミネルバに襲われ、占拠された研究所。距離もそう遠くないし、襲撃からも時間が経ってない。
ならば今すぐ救援に向かうべき、と主張するカガリに、しかし研究者たちは良い顔をせず。
「ロアノーク大佐、なんとか言ってやって下さい。これは我々の問題だと」
「ん〜、連合軍の助けもすぐには来ないし、他所の派閥に首突っ込まれてもなぁ。しかし……オーブ軍も、なぁ」
「おいネオ、何が困ると言うんだ!? よほどタチの悪い実験でもしてるとでも言うのか?!」
「いや、そうは言わないけど、でもなぁ……」
研究者たちとカガリ、その双方に責められ、ネオも困り果てる。
正直な話、ネオはオーブ軍を信用している。下手な連合軍正規部隊より、よほど信頼している。
ただあの中にある「もの」を、この潔癖で融通の利かないお姫様が見てしまったら、いったいどうなることやら……
そんなネオに決断を促したのは、暗がりからの2つの声だった。
「……ったく、何やってんだよアンタらは。言い争いしてるヒマがあったら、さっさと動けよ」
「おいネオ、もういいんじゃねーの。みんなで戻ろうぜ」
「ステラのことが心配だ。アイツのことだから、簡単には死なないとは思うけどよ。
ダーボ、レイア、俺たちと操縦代われ。お前らにはその機体、まだ荷が重い」
「マユ、お姫さん、オーブのオッサンたち。手ェ貸してくれよ!」
それは――陸上輸送艇から出てきた、スティングとアウル。
輸送艇の中で続けられていた「再調整」、その過程を繰り上げて2人を起こしたのだった。
2人は寝覚めとも思えぬテキパキした態度で、場を仕切り、後輩たちに指示を飛ばす。
そんな彼らを、闇の中から冷たく観察する視線がひとつ。
防菌服に身を包んだ若き女性研究者、ロッティ・フォス。
「おかしな人たちですね、01 スティング・オークレー、03 アウル・ニーダ。
あなたたちも02と同じく、相当に変化していますよ。気付いているのですか?
原因はやはり――彼らでしょうか?」
彼女は周囲を見回す。
彼らを取り囲むように立つオーブ軍のMS。スティングたち3人がしばらく行動を共にしていた存在。
見上げれば、頭上には大きな存在感を感じさせるフリーダム。
そのコクピットからは、1人の少女が身を乗り出して、眼下のスティングたちを心配そうに見下ろしている……
- 105 :隻腕十六話(06/18):2005/12/04(日) 11:39:10
ID:???
「……ねえ、お姉ちゃん」
「何?」
「なんでお姉ちゃん、『あんなの』と付き合ってるの?」
シンの起こした騒ぎから、しばらく経ったミネルバ医務室。
彼の狼藉そのままに、破けたカーテンが空しく揺れる。ひっくり返り、大きく歪んだワゴンは打ち捨てられたまま。
姉のために衣類を持ってきてあげたメイリンは、心底不思議そうに問いかける。
結局シンは、数人がかりで医務室の外に連れ出されて、今は自室で謹慎中だ。ほとんど軟禁と言っても良い。
駆けつけたレイとアスランに諭され叱られて、ようやくなんとか落ち着きを取り戻した感じである。
普段のシンは、強気に好戦的に笑っているか、さもなくば口数少なく暗い目つきで座しているか……
そんな彼しか知らぬミネルバクルーにとって、この取り乱し方は一種の驚きだった。
「『あんなの』ってのは酷いわね。姉の恋人捕まえて」
「でも、傍から見てても分かんないんだもん。普段はアイツ、全然お姉ちゃんのこと心配すらしてないしさ」
そう、メイリンの言う通り、この2人の付き合いは外からは理解しにくい。
あまり人前ではベタベタしないし、2人が一緒にいる時でも、シンは普段通りつまらなそうな態度を崩さず。
戦場でも、平気でルナマリアを危険に晒し敵と戦わせ、特に庇う様子も見せない。
メイリンでなくても首を傾げるのは無理からぬことだった。
「ん〜、みんな誤解してるんじゃないかな……。彼って、ああ見えて臆病よ。ちょっと可愛いくらいにね」
「臆病!? あの暴走機関車が? 自分から喜んで危険に突っ込んでく、あのバーサーカーが?!」
「自分の身については、確かに無頓着ね。けど、『親しい人』を失うことには、とっても臆病」
ルナはメイリンから受け取った自分の服を着ながら、どこか楽しそうに語る。
ギプスに固められた右腕を、苦労しながら袖に通す。
「アイツが普段無愛想なのも、『特別な人』をあまり増やさないため、のつもりなんでしょうね。
戦争やってるわけだから、いつ誰が死ぬかも分からないし。かといって、後方に下がるのも性に合わないみたい。
『中立国に居たって戦争からは逃げられないんだ』『この地球圏で安全な場所なんかない』とか言ってたわね。
――そうそう、アイツがあたしの告白受けた時のセリフ、何だか分かる?」
「何て言ったの?」
アカデミーでも成績優秀、飛びぬけた存在だったシン。その憂い顔に惹かれて愛の告白をした娘は少なくない。
そんな中で何故ルナマリアだけが受け入れられたのか、メイリンも気になってはいたのだが……。
「それはね――『ルナなら、簡単には殺されない程度には強そうだから、別にいいか』だって。ひどいでしょ?
デートとか言って居残り特訓させられたし、卒業前には私が赤服取れなかったら別れる、とか言い出すし。
でもこれもそれも、アイツなりの優しさなのよね――アタシを死なせたくない、っていう」
「……なんか、聞けば余計にヒドい男にしか思えなくなったんだけど。
それを『優しさ』とか言えちゃう、お姉ちゃんの感性が心配だわ」
メイリンは溜息と共に肩をすくめる。恋する乙女の心理は、やはり身内でも理解し難いものがあるようで。
- 106 :隻腕十六話(07/18):2005/12/04(日) 11:40:09
ID:???
――その姉妹の会話を、カーテン越しに聞いていた者が1人。
先ほどシンに殺されそうになった、ステラ・ルーシェだった。
彼女も何箇所か骨折しており、処置は受けてはいたが身体は自由にならない。
さらにその上、彼女の抵抗を恐れてなのか、全身をベルトで拘束されているので……これはもう、全く動けない。
この絶対絶命の状況下にあって、しかし彼女の心は折れていなかった。
余計なことを語らぬよう沈黙を守り、じっと周囲を観察し。負傷したのを良いことに、意識朦朧を演じつつ。
ステラの脳裏によぎるのは、ガルナハンで虜囚の身になったマユのこと。
「ステラも……頑張るから……諦めないから……」
そんな彼女は、淡々と周囲を観察し、情報を得ようとしていた。
そして聞こえてきたのが、姉妹のあけすけな会話。
どうやら文脈からして、ステラのガイアを倒したインパルスのパイロットについての話のようで。
名前は直接出てこなかったが、その人柄や想いはよく分かる内容。
つられてステラは、仲間たちのことを想った。
ラボの厳しい訓練。最初の3人に選ばれたステラたち。
そしてその3人の中で、自然と仕切り役となり、残る2人を牽引してくれていたのは――
「スティング……!」
どこか、今盗み聞いてしまったルナマリアとその「恋人」に重なるものを感じ、彼女はちょっとだけ頬を染めた。
今まで全然そういう意識はなかったが、しかし、今は彼を思い出すだけで、元気が沸いてくる――!
――その、スティングは。
「見えた! ネオ、まだ連中はラボにいるぜ! ミネルバも着地したままだ!」
「1人で走り過ぎだぞ、スティング! カオス1機であいつら全員相手にするつもりか!」
ロドニアのラボに向け高速飛行するカオス、遅れてついてくる残りの面々。
空中での機動性ならともかく、最高速度ならカオスが1番。
その彼が本気で機体を急がせれば、残りの面々はついていけない。ましてや、光量の少ない夜間飛行なら尚更。
ピーキーなチューンナップがしてあるネオのウィンダムと、マユのフリーダムがなんとかついていける程度。
編隊を崩さないムラサメ隊とストライクルージュは少し遅れていたし、陸上輸送艇やアビス、M1は遥か後方だ。
そして、暗い夜空を最高速度ですっ飛ばせば、そのスラスター噴射が目立つのも明らかで。
カオスの接近を察知して、3つの影がミネルバから飛び出す。マユが叫ぶ。
「――ネオ、来たよ! セイバーに、インパルスに、白いザク!」
「だから言ったんだ、スティング! オーブの連中と一緒に奇襲かけるつもりが、これじゃ台無しだ!」
「うるせぇ! のんびりしてたら逃げられちまうだろうが!」
「……仕方ない、3対3だ、2人とも無理すんなよ! お姫様とムラサメ隊が追いついてくれるまではな!」
- 107 :隻腕十六話(08/18):2005/12/04(日) 11:41:06
ID:???
「……3対3だ、2人とも無理するな。ミネルバが撤退するまで時間を稼げばいい」
「シン、くれぐれも冷静にな。熱くなり過ぎるなよ」
「わかってるよ。でも2人して言わなくたって……」
「しかし、あの紫のはともかく、フリーダムもか……オーブ軍が来ているのか? こんなところまで?」
同じような会話を交わしながら、ミネルバ側の3機も出撃する。
シンのインパルスは、遠距離用のブラスト装備。レイのザクファントムは、いつも通りブレイズ装備。
「さっきとは立場が逆だ。奴らの速度に付き合う必要はない、遠距離から撃って近づけるなよ!」
「分かってるってば!」
アスランの細やかな指示に苛立ちを感じながらも、シンのブラストインパルスは射程ギリギリから砲撃をかける。
その太い閃光に、散るように回避する連合側の3機。すかさずそこにセイバーのビームが襲い掛かる。
一気に接近しようとしたカオスの眼前に、ブレイズウィザードから放たれたミサイルの壁が立ち塞がる。
激しい戦闘を開始した彼らの足元で、研究者たちは急いでラボの資料をミネルバに運び込む――
――振動が、ベッドから伝わる。棚の医薬品が、カタカタと音を立てる。
ミネルバが、攻撃されているのだ――おそらく、施設の救援に来た連合軍によって。
やってきた部隊の構成までは分からないが、そのくらいのことは医務室にいても分かる。
「痛ゥッ……! 状況はどうなってる、の?」
「ホークさん、まだ寝ていて下さい! カオスなどが来てるそうですが、迎撃が出てますから」
痛みに耐えつつ起き上がったルナマリアに、医療スタッフが慌てて声をかける。
確かに今ここでベッドを降りても、彼女にできることはない。ルナマリアはベッドの縁に腰掛け、溜息をつく。
と――ふと彼女は気配を感じて、カーテンの向こうに視線をやった。もう1人の怪我人の収容されている場所。
ルナマリアは立ち上がると、病室を仕切るカーテンを引き開ける。
そこには、身体を拘束されたまま、しかししっかり目覚めていた金髪の少女の姿――
彼女を見下ろし、ルナマリアは挑発的に微笑む。
「………!」
「なんか、アンタのお仲間が来てるみたいよ? 一度は見捨てて逃げたってのに」
「見捨てたわけじゃ……ない……」
「あら、ちゃんと喋れるんじゃない。ずっと黙り込んでたのに」
「…………」
「でも、さっきの様子ならウチの男どもが軽く蹴散らしてくれると思うけど? 残念だったわね」
「たぶん……乗ってる人が、違う……。スティングなら……」
「へえ、それがカオスのパイロットの名前? あの青い髪の方?」
「違う、もう1人の……」
「ああ、あっちか。ひょっとして――恋人?」
「ち、違……! まだ何も……!」
つい先ほどまで、殺し合いを演じていた女2人。ルナマリアの挑発に、いつしかステラも口が軽くなって。
ステラの年相応の女の子らしい態度に、ルナマリアもいつしか共感を覚え始めて――
- 108 :隻腕十六話(09/18):2005/12/04(日) 11:42:06
ID:???
――夜の闇を切り裂く、目にも眩しいフリーダムのフルバースト射撃。
その5条の閃光を、ぎりぎりで見切ってブラストインパルスが避ける。
いや、ビーム砲の射撃はきっちり避けながら、しかし片方の腰のレールガンは胸に直撃を受ける。
大袈裟な回避をしなかったのは、PS装甲への信頼と、そして――即座に反撃できる姿勢を崩さぬため。
「お返しだッ、セイランのガキがッ!」
「ッ!!」
激しい振動と乱れるモニター画面にも関わらず、フリーダムに向けインパルスは正確に反撃する。
両脇の下から覗く巨大なビーム砲、右手のビームライフル、そして両肩のレールガン。
3本のビームと2門の電磁砲弾。配置こそ違えど、フリーダムと同じ数、同等の火力。
避けきれない、と見たフリーダムは咄嗟に盾を構える。アンチビームシールドの表面で、ビーム粒子が弾ける。
大地に両足を踏ん張るインパルスと、低空を飛びまわるフリーダムの、激しい砲撃戦が続く。
その遥か上空、星々の間を縫うように、2つの流星が高速で走り回っていた。
セイバーとカオスだ。共に航空戦用のMA形態を取って、激しいドッグファイトを繰り広げていたのだ。
目まぐるしく位置を変えながら、互いを撃ち合う。こちらも、他を気にする余裕はない。
互いに一撃も直撃がないが、これは撃ち手の腕が悪いわけではない。避ける側がどちらも超一流なのだ。
元々この種の高速戦闘は直撃を当てづらいものだが、そのことを差し引いても驚異的な機体コントロール。
「……ッ! こいつァダーボには荷が重すぎるぜッ……! 交代して正解だッ!」
「こいつ、腕が全然違う! こっちが本来のパイロットかッ!」
互いのビームが、際どいところを掠める。フェイントを取り混ぜながら、位置を取り合う。
決め手のない、しかし一瞬たりとも気の抜けない戦いに、スティングとアスラン、双方の額に汗が滲む。
そして――
周囲に流れ弾が飛び交い、時に施設やミネルバにも着弾する激しい戦闘の中。
対照的に動きが止まっていたのは、残る2機の間。白いザクファントムと、紫のウィンダムだった。
と、言っても、2人ともサボっているわけではない。
「……ッ!」
「……ちッ!」
膠着状態だった。
ザクが少し銃口を動かせば、ウィンダムがそれを先読みして盾を構える。
ウィンダムが距離を詰めようと膝を曲げると、ザクが後ろに飛び下がるために膝を曲げる。
……つまりは、完全に互いのやりたい事を見通しあっている状態。撃っても無駄と分かるから、互いに撃てない。
実際の動きはほとんどなく、撃った弾も2、3発だったが、互いの手の読み合いが凄まじい密度で行われていた。
白いザクの中のレイも、ウィンダムの中のネオも、激しい緊張に脂汗を滲ませる。詰め将棋のような心理戦。
見えない稲妻が、2機の間に何度も往復する。他の2組の戦闘にも負けず劣らぬ、激戦だった。
- 109 :隻腕十六話(10/18):2005/12/04(日) 11:43:15
ID:???
- と――その均衡を破ったのは、一本の通信。
『……なんだかなー。やはり俺たちは他人ではないようだな、白いボウズ君!』
「!!」
睨み合いのまま、ザクファントムに通信を送ってきたのは他ならぬ目の前の敵、紫のウィンダム。
奇妙な仮面を被った、連合の士官の姿が通信画面に映る。
『……他人ではない、だと? どういう意味だ』
『ほぉ、やはりその顔。そしてザフトに居るってことは、恐らく正真正銘のコーディネーター。
俺のカンは間違っちゃいなかったようだなァ、メンデルの兄弟!』
厳しい表情で通信を返したレイに、ネオは笑うように答える。仮面の下で唇が歪む。
それは――奈落のように暗く、深く、歪つな、微笑みとも呼べぬ笑み。
『いや『兄弟』ではなく、『お父さん』とでもお呼びしようかい? あるいは厳密に『叔父さん』とでも?』
『俺は……俺は俺だッ……! 俺は、レイ・ザ・バレルだッ……!』
『しかし年齢が合わんなァ。生き残った研究員か何かが、勝手に胚を持ち出して育てたか?
まあ、ジョージ・グレンにも次ぐ伝説の男の分身だ、トチ狂った奴がいてもおかしくないけどよ』
『貴様ッ……! 貴様は一体ッ……!?』
『ネオ・ロアノーク。ナチュラルだ。
おそらくはキミに不足しているのであろう『ある要素』を補うための、実験台だよ。
しかし、ひどい話だよな。俺とキミが両立しない、なんてなァ。
俺、キミ、そして『キラ・ヒビキ』。『夢のたった1人』に到達するための、3つの踏み台(ステップ)――
その3つの流れの統合がそもそも不可能、ってなァ、残酷じゃないか。生前のヒビキ博士が知ったら泣くよ』
ネオの言葉に、レイの顔が歪む。
フリーダムの撃った流れ弾が、ザクファントムの足元に着弾する。セイバーの流れ弾がウィンダムの腕を掠める。
しかし2機とも、互いに銃を向け合ったまま凍りついたように動かない。
『しかしどういう偶然かね、こうして俺たちが向かい合うのが、このロドニアのラボの前とは』
『……ッ!』
『お、その顔だと、研究所の中を覗いたな? 自己顕示欲むき出しの悪趣味な銅像があったろう。
そう――ココもまた、あの男のエゴが産んだ遺産の1つだよ。
己の『運命』さえも金で買えると思いあがった、あの男のな。
ここはアル・ダ・フラガでさえも早い段階で見捨てた、袋小路だ』
『……!』
『その遺産を『ブルーコスモス』は喜んで拾った。まあ気持ちは良く分かるさ、奴らには必要だったしな。
しかし、今さらザフトが漁りに来るってのは、どういう了見だ? 貴様らは何を狙ってる!?』
『それはッ……』
レイは一瞬言葉に迷い、しかしすぐに表情を引き締める。
強い意志で、はっきりと宣言する。均衡を破って、ザクファントムがビーム突撃銃のトリガーを引く。
『……それは、未来に繋がる人類の歴史のため、だッ!!』
- 110 :隻腕十六話(11/18):2005/12/04(日) 11:44:12
ID:???
「…………」
「……メイリン? メイリン! 各機に伝えて。離陸するわ。乗り遅れないように、と」
「え? あ、は、ハイ艦長!」
激戦に揺れるブリッジの中――メイリンは、急にタリアに指示を受けてはッとなった。
すぐさま、戦闘中の各MSに通信を送る。
見れば遠くには編隊を組んだムラサメ隊の姿。
研究員や歩兵の収容も終ったことだし、早くこの場を離れないとミネルバごと落とされてしまう。
艦長からの指示通り、撤退を各機に命じながら、しかしメイリンは別のことを考えていた――
――艦載MSの管制担当ゆえに、聞くつもりもなく盗み聞いてしまった、レイとネオの会話のことを。
オーブ軍の援軍が近づく。ミネルバが大地から浮き上がる。
3対3の戦いは膠着したまま、終結を迎えつつあった。
「……逃がさない!」
「やらせん!」
マユたち3人の狙いは、ミネルバの機関部への攻撃。彼らの足を止めれば、オーブ軍も加わって彼らの勝ちだ。
シンたち3人はそれを阻止しながら、ミネルバに合流する。
ブラストインパルスとブレイズザクファントムが、それぞれミネルバ後方の左右にある甲板に着地する。
着地しながら、なおも追いすがる敵に砲撃を加える。
加速を始めたミネルバに、フリーダムとウィンダムが迫る。
しかし今まで相手にしていた2機に加え、ミネルバそのものからも砲撃が加わる。
対空砲の弾幕に、無数の大型ミサイル。正面の主砲が使えずとも、圧倒的な攻撃力。
さらにそこに、ブラストシルエットとブレイズウィザードからのマイクロミサイルが加わって……
圧倒的な弾幕に、回避と迎撃だけで手一杯。完全に足を止められてしまう。
上空では、カオスとセイバーが神経を削るようなギリギリの空中戦を続けていたが、こちらも状況が変わる。
そのままの勢いで攻撃を続けるセイバー。対するカオスは、めっきり反撃が減っていた。
「くそッ、バッテリーが……!」
同じように動いていても、母艦から万全の状態で出てきたセイバーと、補給の機会のなかったカオスの差は大きい。
レッドアラームが点滅を始めたのを見て、スティングはやむ無く戦闘継続を諦める。
彼が少し間合いを離したその隙に、セイバーは身を捻り、ミネルバと共に飛び去っていく。
数発の流れ弾を受け、破壊されたラボの近くに立ち尽くす3機。
その背後に次々に着陸したムラサメ隊も、東に向け飛び去るミネルバを同じように見送る。
ミネルバは、全軍を通してみてもずば抜けた高速艦だ。本気で逃げに入れば、追うのは難しい。
激戦は不完全燃焼の感を残したまま、ミネルバの逃走で決着する――
- 111 :隻腕十六話(12/18):2005/12/04(日) 11:45:10
ID:???
――ラボを発ってから数時間。
ミネルバは、両陣営の勢力圏の間にある、一種の空白地帯にまで逃げ込んでいた。
ここまで来ればひとまず安心。艦は戦闘配備を意味するコンディションレッドを解除され、休息に入っていた。
整備担当者たちは流れ弾で受けた損傷の応急修理を開始し、ブリッジクルーも一息つく。
既に深夜と言ってもいい時間なだけに、仮眠を取り始める者も少なくない。
そんな状況の中、ブリッジの通信要員、艦載MSのオペレートを担当するメイリン・ホークは――
ミネルバの、とある小部屋を訪れていた。部屋の入り口には、『資料室』とある。
MSなど機械の整備関係の資料。様々な法規を記した本。歴史書。辞典類。
データの電子化が進んだザフトではあまり使われぬ、紙媒体による資料の類ではあったが……
しかし、紙媒体というのは、安全性が高い。電子機器にトラブルがあっても問題なく使える。
またネット上のデータと異なり更新頻度が低い代わりに、信頼性は高い。
まあ、普段なら――普通の調べ物であれば、電子データの検索で事足りてしまうのだが。
そんな、使用頻度の低い部屋でメイリンがページを繰っていたのは、人物名鑑。
古今東西の有名人、重要人物のプロフィールが簡単に記された分厚い本――
「あれ、メイリン。調べ物かい?」
「キャッ!? ……あ、アスランさん?! あーびっくりした」
目的の人物を探す途中で、急に声をかけられてメイリンは飛びあがる。
振り返ればそこにいたのはアスラン・ザラ。気の弱い笑みを浮かべ、メイリンを驚かせたことを謝る。
こんな部屋での調べ物、そうそう人が重なるものではない。メイリンが驚くのも仕方のないことだった。
「アスランさんは、何を調べに?」
「ああ、俺はちょっとある人について調べようと思って、って……」
言いかけて、アスランはメイリンの手にしている本に気付く。他ならぬお目当ての人物名鑑。
こんな艦上の小さな資料室では、1冊しか蔵書にない。
「あ、じゃあアスランさんお先にどうぞ!」
「いや、いいよメイリン。俺の方はそう急ぐ用事でもないし」
「え、でも悪いですよ」
「いいから、いいから」
お互い何度か譲り合う2人。
結局、既にページをめくりかけていたメイリンの方が先に調べることになって。
彼女が開いたのは――
「アル・ダ・フラガ。宇宙軍パイロット、実業家、投資家――」
- 112 :隻腕十六話(13/18):2005/12/04(日) 11:46:13
ID:???
――その頃、ラボでは。
「――なんだコレは! 一体お前らは、ここで何を研究していたんだ!」
「…………!」
懐中電灯が周囲を照らす暗い部屋に、カガリの怒鳴り声が響く。
マユは青い顔で口を押さえ、屈強なオーブ軍の士官たちも色を無くして。
ホルマリン漬けの胎児。明らかに人体の臓器の一部と分かるビン詰め。
マウスがベースなのだろうか、キメラのように奇怪な姿の実験動物が、重ねて並べられた檻の中に蠢いている。
辺りにはザフトの略奪の残滓か、書類が散乱し、割れたいくつかのサンプルが無惨な中身を晒している。
「……合法的スレスレな研究さ。昔はともかく、今は見た目ほど酷いことをしてるわけじゃない」
「ネオ!」
「ザフトの連中は手当たり次第に持ってっちまったらしーなぁ。せめてもうちょっと内容を吟味しろよ。
『レイ』とか言ってたっけ、あの白いボウズ君の上官は一体何をする気なんだか」
薄闇の中、ネオは肩をすくめる。
ミネルバを追い払った後――
カガリは、研究者たちの制止を振り切り、武装した部下たちを引き連れて半壊したラボの中に踏み込んだ。
「ザフト残存兵力の掃討、及び負傷者の救出」のためである。
あの状況で置いてきぼりの敵兵がいる可能性は低かったし、負傷者が残されている可能性も薄かったが……
しかし、もし居たとしたら放置はできない。カガリのことだ、本気でその可能性を心配していたのだろう。
そして踏み込んだ彼らが見てしまったモノが、ザフト兵でも負傷者でもなく、コレだった。
「ザフトの思惑も気になるがな。ネオ、私の質問に答えろ。
一体この施設は、何なんだ? ここで何の研究をしていたんだ?」
カガリは詰め寄る。ネオは仮面の下の顔色を変えもせず、投げやりに答える。
「ここかい? ここは、メンデルの兄弟みたいな施設だよ」
「メンデルの?!」
「一旦玄関ホールに戻って、見てみな。お姫様なら意味が分かるはずだ、あのクソオヤジの名前だけで。
そこまでは秘密でも何でもない。知名度は高くないけど、創設者の名前は一般にも公開されてるしね。
で、ココで何をしていたかと言うと――」
ネオは言葉を切って、親指で背後を指す。
正確には、ネオの背後に控えていた青年2人。スティングとアウル。
「アイツらを作ってた。
つまりは、『ナチュラルを後天的にコーディネーターと同等にする技術』……エクステンデッドの、開発さ」
- 113 :隻腕十六話(14/18):2005/12/04(日) 11:47:05
ID:???
>【アル・ダ・フラガ】
> 宇宙軍パイロット、実業家、投資家。
> 若い頃より文武両道の俊才として名を上げ、複数の陸上競技でオリンピック代表となる一方、
>学業の面でも優秀な成績を残している。
> 軍に入ってからはエースパイロットの1人に名を連ね、いくつかの小さな紛争で大きな戦果
>を上げてる。またMAの改良・開発にも関わり、彼の考案した『分離式砲塔』は後にメビウス・
>ゼロのガンバレルとして完成を見る。
> 軍を退いて後は実業家・投資家として活躍。没落した名門フラガ家を、彼一代で再興させた。
> ただし彼の多能多才ぶりは、人々にかのジョージ・グレンを思い出させずにはおかないもの
>だった。そのため『実はコーディネーターではないか』との噂が絶えず付きまとった。本人は
>疑惑を明確に否定し、また遺伝子の鑑定書も公開したものの、なお疑いの声は晴れなかった。
> 実業家としての頂点にあったまさにその時期に、自宅の失火に巻き込まれて焼死する。この
>火災はなお不明な点が多く、彼のことをコーディネーターだと思い込んだ『ブルーコスモス』
>による放火殺人だった、という説は根強い。
「……こういうヒトだったんですか。ネット上での評価が両極端だった理由も、なんか分かった気が」
「アル・ダ・フラガ……しかしメイリン、なんでキミがこの人のことを……?」
「あのロドニアのラボに、銅像があったんです。あそこの創設者だって」
ミネルバの資料室。メイリンとアスランは揃って一冊の人物名鑑を覗き込む。
2人の頭に、揃って同じ疑問が浮かぶ。「何故、この人があのラボを作ったんだろう?」
特に、カガリやキラを通して、メイリンよりも多くの知識を持っているアスランは……。
「……あたしはこれでいいです。アスランさんは、誰について調べるんですか?」
「ああ、そうだな、じゃあ……」
>【ギルバート・デュランダル】
> プラント最高評議会議長。生物学博士・医学博士。遺伝子工学研究者。
> 幼い頃よりコーディネーターの中でも優れた学力を示し、8歳で大学に進学、10歳で卒業、
>12歳で2つの博士号を獲得。その後5年ほどメンデルの研究所を転々としながら研究生活。
> やがてプラントに移り、移民審査局に入局。私的に研究を続ける一方、遺伝子工学の専門家
>として、プラントの移民審査(コーディネーターか否かの検査)を指揮する。また最高評議会
>のオブザーバーも務め、婚姻統制など様々な政策決定に関与した。
> 彼の専門は遺伝子工学、特に遺伝子診断・遺伝子検査。
「議長……ですか?」
「ああ。しかしまさか議長もメンデルに居たとはな。電子データ上では抹消されてたぞ、この部分。
しかもコレで行くと、13歳で既に一線の研究者。年で言えば、CE54年頃から……。
俺の生まれがCE55年で、『アイツ』も生まれ年は一緒だから……接点があってもおかしくないな……」
「……アスランさん、誰のことを言ってるんです?」
全く理解できない、といった顔のメイリン。
そんな彼女を無視して、アスランは考え込む。議長の真意を、じっと考える――
- 114 :隻腕十六話(15/18):2005/12/04(日) 11:48:13
ID:???
――同じ頃。
レイ・ザ・バレルは、暗いミネルバの廊下を歩いていた。
ルナマリアを見舞おうと医務室に向かいかけて――前方から近づく足音と声に、足を止める。
その内容に、素早く曲がり角の闇に身を潜め、彼らの話し声に耳を傾ける。
「……というわけで、基礎データの重要な部分が欠落しているのですよ。彼らが既に持ち出していたのでしょう」
「困りましたわね、時間がなかったとはいえ。欠落部分の復元、できそうですか?」
「もう少し詳しく検討しないことには。しかし幸い、生きたサンプルが入手できましたから……」
「ああ、あのサンプルね。……そうね、イザとなればアレを解剖(バラ)すという手があるかしら」
「というより、実際に解剖するのが一番早い方法かと。
苦労して基礎的な実験を再現するよりは、よほど実際に即したものが手にできますし」
「そうね。議長にはわたくしから言っておきますわ。あなたは準備を進めて下さい。
別にサンプルが死んでも構いません、彼女自身はいらないのですから。
ただ各種のデータだけは取り損ねることのないように」
「分かりました、ベリーニ主任」
それは、ミネルバに間借りしている、白衣の研究者たち。
主任と呼ばれ、またブリッジで指示を出していた金髪の娘が、恐るべき指示を出す。
ステラは死んでも良いから、解剖してデータを取れ――
その内容に、レイは身を震わせる。
研究者たちが通り過ぎてなお、彼の身体の震えは収まらず……それどころか、もはや立っていられなくなって。
壁に寄りかかるようにして、ズルズルと崩れ落ちる。
目を見開き、涙を流し。涎すら零して、過呼吸気味に荒い息をつきながら。
「……ダメだ、ダメだ、ダメだ……!
ギルは……ギルは決して、そんなコトは望みはしない……!」
レイの脳裏によぎるのは、最初の記憶。
初めてギルバート・デュランダルという男と会った、少年の日の記憶。
それは――彼が今、生きている理由そのもの。
「無価値な命なんて、ない……。いらない命なんて、ない……!
それがギルの教えだ、ギルの言葉だ……!
あいつらは……ギルの想いを、読み違えている……!」
レイは、祈るように、自分に言い聞かせるように何度も呟いて――
やがて、落ち着きを取り戻す。いつものクールな表情の彼に戻って、立ち上がる。
いや――いつも通りと呼ぶには、その目の奥に、少し狂信的な、壊れた炎を宿らせて――!
- 115 :隻腕十六話(16/18):2005/12/04(日) 11:49:07
ID:???
――ミネルバ、深夜。
艦の修復も一旦休止となり、明朝早くこの場から出発する、と宣言され――
そして数少ない夜勤の者以外は、ほとんど眠りについた艦の中。
1人の男が、医務室の扉の前に立った。
軽い音と共に扉が開き、赤い服を着た影が静かに滑り込む。
「……? あなたは、何を――ウグッ!」
「……!!」
揺れるカーテン。軽い打撃音、人が床に崩れ落ちる気配。
そして何やら、留め金を外す音――
「――何やってんのよ」
「!!」
ルナマリアは無造作にカーテンを開け放ち、その向こうにいた相手を半ば呆れた目で見やる。
彼女が眠っているとばかり思っていた侵入者は、バツの悪そうな顔で彼女を見上げる。
「とりあえずアタシ、もう既に怪我してるからさ――
殴る前に、せめて理由を聞かせて欲しいんだけど。事情によっちゃ、邪魔しないわよ?」
「…………」
「それにしても……まさか生真面目を絵に描いたようなアンタがこんなことするとはね、レイ」
そう、ステラのベッドサイドで、彼女を拘束するバンドを外そうとしていたのは。
金髪の青年、レイ・ザ・バレル。
その近くでは、夜勤の医療スタッフが、鋭い一発のパンチに意識を奪われて、倒れている。
ステラは何を考えているのか、そもそも起きているのかどうかも怪しい、ボーッとした表情。
レイはルナマリアの目を見つめると、小さく頷いた。
深夜のMS格納庫には、人の気配がほとんどない。
緊急事態にはすぐに動かせるよう、整備班の誰かが起きているはずだが……隣接する休憩室にでもいるのだろう。
そんな無人の空間に顔を覗かせたのは、3人の人影。
先頭はレイ。続いて医療用のパジャマ姿で松葉杖をついているステラ。最後に右手を首から吊り下げたルナマリア。
「よし、誰もいない……今のうちに、俺のザクファントムに」
「ステラ、声出さないでね。アタシらは見つかっても誤魔化し利くけど、アンタはシャレにならないんだから」
「うん……」
普段からは考えられぬほど積極的なレイ。捕虜とも思えぬほど従順に従うステラ。2人に協力的なルナマリア。
この奇妙な3人組が、戸口からザクファントムの足元に駆け出そうとした、その時――
- 116 :隻腕十六話(17/18):2005/12/04(日) 11:50:17
ID:???
「おい――お前ら、何やってんだ?」
「!!」
唐突に、頭上から声がかけられる。どこか投げやりな印象のある口調。
見上げれば――通常のMSとは別の扱いになる、インパルスの分離パーツ収納スペースの1つ。
コアスプレンダーの所に、シンの姿があった。
レイと同様、エリートの証である赤い制服に身を包んで――
「!! あ、あのね、その、これはね……」
「ひょっとして――そのガイアの女、向こうに返そうってんじゃないだろうな?」
「!!」
見事に言い当てられ、顔を強張らせるレイとルナマリア。身を硬くして成り行きを見守るステラ。
その様子を見て――シンはニヤリと笑う。
「――何故、とは聞かねーぜ。そんな野暮なこと、今聞いても仕方ない。
ただ1つだけ、俺の質問に答えろ」
「な、何よっ」
「もし、コイツを連合側に戻した後――コイツが再び、俺たちの『敵』になったとしたら。
レイ、ルナマリア。お前たちは一体、どうする?」
気味の悪い笑みを浮かべながら、底意地の悪い質問を投げかけるシン。
そんな彼を、キッと睨みながら――ルナマリアは、即答する。
「アタシは……戦うわ。
ステラとはなんかいい友達になれそうだし、ステラもそう思ってくれている、と勝手に思ってるけど――
それでもなお、この子がケンカ売るというのなら、あたしも容赦しないわ。今度はアタシが落としてやる」
「レイは?」
「俺は……このままミネルバに置いておきたくないだけだ。
この少女の身体を、あの研究者たちのオモチャにされたくないだけだ。
それさえ回避できるなら、後はどうなってもいい。
また敵になるなら、討つしかあるまい。その時には、躊躇する理由もない」
その2人の回答を聞いたシンは、底の知れない笑みを浮かべたまま――
「なら決まりだ。俺もお前らの話に、一口乗せてくれ」
「!! な、なんでアンタまで!?」
「なんだ、俺にだけ理由喋らせるつもりか? 悪いがそんな時間はない、帰ってきてからな!
それより――ソイツ、こっちに上げてくれ。レイのザクじゃ足が遅すぎる。
フォースインパルスで飛んでいった方が早い。準備手伝ってくれ。
あとゲート開閉のシステム奪取に、セイバーの足止めもだ! さっさと始めるぞ!」
何故か最後に加わったシンが、勝手にどんどん仕切ってゆく。
ステラを含めた3人は、その適切な指示に素早く従って――!
- 117 :隻腕十六話(18/18):2005/12/04(日) 11:51:11
ID:???
――翌朝。
世界が生まれ変わったかのような、爽やかで眩しい朝の光の中――
ロドニアのラボから東に十数キロの地点で、2機のMSが向き合っていた。
片方は、フォースシルエットを背負ったインパルス。
もう一方は――エールストライカーを背負った、薄桜色のストライク。
「1機で来い」とのインパルスからの通信を受けて執り行われる、非公式な捕虜返還。
「……まさか本当に1機で来るとはな。しかもお姫様が自らお出ましとはね」
「お前の言ってた通り、奇麗事は私のお家芸らしいからな。戦う気はない、という、お前を信用してのことだ」
「……ケッ! 本当に、とことんむかつく奴だな!」
コクピットハッチを開け、互いを直接視認する2人。
インパルスの手の平から、ストライクの手の平へ、ステラ・ルーシェの身柄が引き渡される。
見ればかなりの怪我が見られるが、どれも治療を受け、命には別状はないようだ。
ストライクの手の上で微笑むステラを確認してから、カガリはシンに問いかける。
「それより、インパルス。教えてくれ。何故お前は――お前たちは、彼女をこちらに戻す気になったんだ?」
「さてね、実はコレ、俺の発案でもねーからな。あの2人が何を考えていたかなんて、俺の知ったことじゃない。
ただ……これだけは約束してくれ」
「約束、だと?」
「ああ」
シンはそして、ぞっとするような凶悪な笑みを剥き出しにして、言い放つ。
「そいつを、ステラを――怪我が治ってからでいい、ステラを必ず――戦場に戻せ。
決して、戦争も争いも何もない、ぬるま湯のような甘ったるい世界には、解き放つなよ」
「お、お前ッ!?」
「そいつが戦場にいる限り、俺の敵だ。そして俺の敵なら、いずれまた倒す機会もあるだろうさ。
ベッドの上で縛られている女をただ殺したところで、俺は面白くもなんともないんでね――!」
シンは哄笑を上げる。哄笑を上げながら、フォースインパルスを飛び立たせる。
激しい風に目を細めたカガリとステラが気付いた時には、もう遥か遠くに飛び去っていて。
昇り始めた太陽に照らされた後姿を見ながら――カガリは、拳を硬く握り締めた。
血を吐くように、想いを吐き捨てる。
「お前は……お前らは、ザフトは、連合は、メンデルの連中は……
ヒトの命を、いったい何だと思っているんだッ……!!」
第十七話 『 破滅への船出 』 につづく