190 :隻腕十七話(01/18):2005/12/06(火) 18:50:59 ID:???

アスラン・ザラは――目の前の光景が、にわかには信じられなかった。
シン1人で帰ってきたフォースインパルス。堂々と下りてくるシン。
すぐさま周囲を兵士に取り囲まれ、銃を向けられるが、抵抗の様子すら見せず。
不敵な笑みを浮かべたまま、従順に独房に向かう彼に、人垣を掻き分けたアスランが叫ぶ。

「シン! なんでこんなことを!」
「……? ああアスランさん。すいませんね、あなただけ除け者にした格好になってしまって」
「何故、お前たちは……こんなことをした! このままじゃ……!」

なおも叫ぶアスランに、シンは笑みを崩さずに言い切った。迷いのない口調。

「仲間の判断を疑うのに――理由が要りますか?」


――ミネルバの奥。
3つ並んだ鉄格子の小部屋の1つに、シンは入れられる。残る2つには、それぞれ先客の姿。
兵士たちが出て行くのを待って、彼は大きく溜息をつく。

「……悪いなシン。お前まで巻き込んでしまって」
「ご苦労様。で、ステラはちゃんと返してきたの?」
「オーブのアスハが出てきた。悔しいが、アイツなら良くしてくれるだろう」

隣りあう2つの房から声をかけてきたのは、レイとルナマリア。
2人とも抵抗もせずに捕まったのだろう、見たところ新しい傷はない。

「で、俺たちこれからどうなるわけ?」
「アタシに聞かれても分かんないわよ。まあレイがやるくらいなんだから、大丈夫だと思うけど」
「――普通に軍規を適用すれば、銃殺刑。情状酌量が認められても、重い刑は免れん」
「「ええッ!?」」

今回の件、言いだしっぺのレイの厳しい言葉に、思わず揃って声を上げる2人。
しかしレイはその端整な顔を崩すことなく。

「……心配するな。もし『普通に規則を適用すれば』の話だ。今回の件は、普通じゃない」
「普通じゃない、って……」
「今回は、俺たちに与えられた任務自体が、極秘のものだ。逃亡させた捕虜も、存在自体が秘されているはず。
 普通の軍事裁判は、そもそも開かれもしないはずだ。それに何よりも……」

レイは天を見上げ、祈りの言葉を吐く。

「それに何より、議長はあのようなことは望んでいない。
 議長は、分かってくれる」


191 :隻腕十七話(02/18):2005/12/06(火) 18:52:42 ID:???

――ディオキアの街。ザフトが徴用した、街一番のホテルの一室。

「……ふむ、事情は良く分かった。ミネルバにはひとまずこちらに帰るように伝えてくれ。
 処分は彼らが戻ってからだ。それまでは緘口令を敷いて、この件について外部に漏らさぬように。
 いいな?」

電話に向かって話していたのは、ガウン姿のギルバート・デュランダル。
窓の外には、活気づく朝の町。
寝覚めに入った予想外の一報に、しかし彼は動じることなく指示を飛ばす。
やがて、電話は切れて。

「………ふぅ。レイにも困ったモノだな。
 少し、刷り込みが強すぎたか。元々私の専門外のこととはいえ、上手くいかないものだね」

受話器を置き、ソファに深々と沈み込む。
今回の事件、要するに「手に入らないだろう」と思っていたものが、予想通り手に入らなかっただけのこと。
彼の計画にとっては、ほとんど痛手と呼べるものではない。多少の遅れは想定の範囲内だ。
それよりも、ミネルバの戦力を消耗せずに、ラボの資料を持ち出せたことの方が遥かに大きい。
デュランダルの顔に、抑えきれない笑みが浮かぶ。

「フフフ……。これで、計画が進められる。
 アル・ダ・フラガの失われた遺産。これがあれば、新たな世界が築ける。
 『デスティニープラン』を実行段階に移し、全ての問題に決着をつけることができる――!」


              マユ ――隻腕の少女――

             第十七話 『 破滅への船出 』


「――不問に処す!?」
「まあ端的に言えば、そういうことね。議長はこの件について、正規の軍法会議を開きたくないそうよ」

ディオキアの港に到着した、ミネルバの艦長室。
タリアから聞かされた議長の処分に、アスランは思わず叫び声を上げる。タリアも不機嫌そうな表情を隠せない。

「要するに今回の件そのものが、極秘任務なわけだから。記録に残したくないと言っていたわね。
 『捕虜が自分1人で脱走、インパルスが追いかけて再捕獲を試みるも残念ながら死亡してしまった』――
 ――ということで通すみたい」
「そんな! いくら何でも、無茶苦茶だ!」

アスランは叫ぶ。こんな不正な情報の改竄、そして軍規の無視。
いくら最高評議会議長でも、許される範囲をいささか超えている。

「ただ、流石に無罪放免ってのはマズい、ってことでね。非公式にだけど懲罰任務を与える、って言っていたわ」
「懲罰任務?」
「近く予定されている大規模攻撃の、先陣を切らされるそうよ――艦まるごと、連帯責任ってことで、ね」

192 :隻腕十七話(03/18):2005/12/06(火) 18:53:26 ID:???

『……なんで『バカンス』の最中に、そんなことやらなきゃいけないの! 何かあったらどうするのさ』
「見捨てられるわけがないだろう! 彼らはここまでの戦いで我々を守ってくれた、戦友なんだ。
 それに、いいだろう。今回の件で、オーブ軍に犠牲は出ていない」
『そーゆー問題じゃないんだよ、カガリぃ』

遥か離れたスエズとオーブ。タケミカズチ艦上の執務室と、行政府の執務室。
電話越しに怒鳴りあっているのは、ユウナとカガリ。
互いに何かと忙しく、また時差もあるため、なかなかこうして直接会話もできない。
たまたまタイミングが合い、直通電話が繋がったが……しかしこの通り、いきなり2人は怒鳴りあいを始めて。

『こっちは全然芳しくないヨ。『彼』からも連絡はないし、交渉も全然進まない。
 和平への道筋そのものがまるで見えてこない、ってのが本音でね』
「そうか……すまないな、無理をさせてしまって」

愚痴を漏らすユウナに、力なく笑うカガリ。彼がそこまで言うというのは、本当に八方塞りな状況なのだろう。
カガリは受話器を手にしたまま、天井を見上げる。遥か遠くを見据えた視線。

「やはり……ひとまず、戦争を終らせるしかないか」
『カガリ……』
「銃を向け合っていては、話し合いのしようがない――つまりは、そういうことだろう?
 まずは、戦いを終らせる。そのために、私も戦おう。これまで以上に、戦おう」

それはカガリの信念。このオーブ軍派遣艦隊に参加した、彼女の目的。

「どちらの勝利であろうと、戦争が終わりさえすれば交渉はできる。
 交渉ができれば、そこから共存の道を探ることもできよう。
 オーブを焼かせないための努力は、ただオーブ1国のためだけではないんだ。
 戦後にあるであろう交渉のステージ、その時に我々が発言力を維持し、共存への道を模索するために必要なんだ」
『カガリ……! そうだね、うん、そうだね!』

カガリの力強い言葉に、ユウナは励まされる。受話器越しにも、激しく頷く気配が感じ取れる。
そんな彼の様子に、カガリはちょっと苦笑して。

「だから……プラントがどんなに固くドアを閉ざしていても、諦めずにノックを続けてくれ、ユウナ。
 例え今その扉が開かれなくても、私たちの気持ちを示しておくことが、きっと戦後に繋がるんだ」
『分かったよ、カガリ。諦めずに頑張ってみる。
 カガリこそ――無理しないでくれよ。カガリが死んだら、元も子もないんだから』
「大丈夫、」

心底心配そうなユウナに、カガリは微笑む。自信に満ちた表情で、言い切った。

「私は、2年前の激戦も生き延びた、悪運の強い女だぞ? 今度の戦いも、きっと生き延びられるさ」


193 :隻腕十七話(04/18):2005/12/06(火) 18:54:34 ID:???

『……バカンス返上で頑張ってくれたのは嬉しいがね、なんともハンパなことをしてくれたものだ』
「まったくですな、ジブリール卿」
『特に、ノコノコと生体CPUを返しに来たという、インパルス。
 どうしてその場で討たず、あっさり返してしまったのやら。
 奴が我が軍にどれだけの損害をもたらしているのか、分かってるのかね?』

オーブ行政府、情報処理室。大西洋連邦、ワシントンの某所。
タケミカズチとほぼ逆の方角とも、ホットラインが結ばれていた。
通信画面越しに言葉を交わすのは、ロード・ジブリールと、ウナト・エマ・セイラン。

『ハンパと言えば、キミの息子もそうだぞ。
 どうも聞いたところによると、今だにプラントと接触を取ろうとしていると言うじゃないか?』
「ハハハ、お恥ずかしい話で。わたくしは無駄だと申しておるのですが、諦めの悪いバカ息子で」

ジブリールの蛇のような視線に、ウナトは笑いながら頭を掻く。
笑いつつも、その広い額に脂汗を滲ませる。

「遅すぎる反抗期とでも言うのでしょうかね。私が止めろと言うと、ますますムキになりおって。
 まあ、我らとプラントが手を結ぶなど有り得ませんので、ご安心を」
『当たり前だよ、ウナト。
 大体ね、あんな未来のない連中と手を組んで、一体どんな展望があると言うのかね?』

ジブリールは哂う。実に不敵な笑みを浮かべる。

『2年前に奴らの歌姫が言った通り、子孫を残し得ぬコーディネーターに未来はないのだ。
 ならば、未来のある我々ナチュラルの踏み台になってもらう他あるまい?
 ナチュラルとコーディネーターのこの戦争、我々ナチュラルが最終的に勝利するのは、既に決まっている。
 あとは、いかに早く、いかに少ない損害で戦争を終らせるか、というだけのことだ』
「全くもってその通りですな。流石ジブリール卿は先見の明をお持ちだ」
『ついてはそのために、ひとつキミにお願いしたいことがあるのだが』

手を揉むウナトに、ジブリールは軽い口調で、しかし恐るべき「お願い」を投げかける。

『軍の方でね、オーブの出したあの派遣艦隊、使い潰したいと言っているんだが……構わんかね?
 どうもザフトの連中が大規模な攻勢を計画してるようでね。壁として使いたいのだそうだ』
「兵の消耗は、構いませんよ。そもそも派遣艦隊に志願した兵どもは、熱狂的なアスハ派でして。
 命令よりも国よりも、アスハの娘が大事という困った連中です。あの娘もろとも消えて欲しいくらいですよ。
 ただ……タケミカズチは、少し惜しいですな。アレには金がかかっている」
『ふむ。ではあの空母の代金として、モルゲンレーテの製品を買わせてもらおうか。少し値段に上乗せしてね。
 巨大空母を再建できるくらいの金は、出させてみせると約束しよう』
「ありがとうございます。くれぐれも、中途半端にはなさらぬようお願いしますよ。特に、代表のお命については」


194 :隻腕十七話(05/18):2005/12/06(火) 19:09:43 ID:???

「……いったいどういうことなのですか、あの処分は!」
「そう怖い顔をしないでくれたまえ、アスラン。私も、どうするべきか悩んだのだがね」

ディオキアの街、古い伝統あるホテルのテラス。白い丸テーブルと白い2脚の椅子。
アスランは、議長との直接の面会を望み、偶然時間に余裕があった議長は、彼を迎え入れた。
会うなり彼が叫んだのは、ロドニアのラボの一件。特に、シンたち3人による、捕虜の解放。

「……あの処分だけではありません。あの任務そのものが、私には不可解です。
 議長、一体あなたは何をやろうとしているのです? 何を企んでいるのです!」
「『企む』とは、随分な言い方だね。まるで私が悪いことをしようとしているみたいじゃないか」

アスランの剣幕に、議長は余裕たっぷりで。
椅子の1つにゆったり腰掛けながら、アスランにも身振りでもう1つの椅子を勧める。
アスランが憤然と腰掛けたのを待って、彼はゆっくりと口を開く。

「私がやろうとしているのはね――放り出されたままの、『宿題』だよ」
「宿題……ですか?」
「その通り。2年前の戦争の際、君たち『3隻の英雄』たちが中途半端に放り捨ててしまった、『宿題』だ」

デュランダルはそう言ってニヤリと笑う。思わぬ話の成り行きに、アスランは目をしばたかせる。

「あの時、確かに君たちは戦争を止めた。人類の破滅と、大量殺戮と、一部の権力者の暴走を止めた。
 だが君たちは――ただ、目の前の争いを止めただけで、何も示しはしなかった。示そうともしなかった」
「それは――!」
「まあ、元々君たちは、寄り合い所帯だったからね。ザフト・連合両軍の脱走兵と、亡国の残党。
 統一した政策やビジョンを要求するのは、確かに酷だったかもしれない。
 だが、ビジョン無き君たちによってもたらされた休戦は、一体どういう結果になったかね?
 一切の代案なき戦争介入は、一体どんな世界を生み出した?!」
「――!!」
「戦争は終れども、コーディネーターとナチュラル、この両者の間に横たわる問題は何も解決されず――
 2年の平和は、ただ戦争の準備をしていただけで終ってしまった。
 世界は、何も変わってはいない。あれだけ多くの犠牲を出して、なお何も」

議長の言葉に、アスランはうな垂れる。
そう、そのことは、彼にとって大いなる迷いとなっていた。まさに、彼の最も痛い部分であった。
2年前、あの頃も大いに悩んだ。父パトリックが間違っているのは分かる、しかし「ではどうすれば良いのか?」
その答えも持たず、しかし走り続けるしかなかった2年前。そして、何もできなかったこの2年間――

195 :隻腕十七話(06/18):2005/12/06(火) 19:11:07 ID:???
「ただ無心に『両者の融和を、共存を』と唱え続けるだけでは、何にもならない。
 具体的にどうやってその融和を進め、どのような形での共存を図っていくのか。
 説得力ある策を提示できねば、誰も矛を収めはしないよ」
「……確かに……その通り、です……」
「さらに2年前のラクス・クラインの演説で、余計な難題も加わってしまった。
 『子孫を残せぬ我らコーディネーターが、どうやって未来に想いを繋いで行くのか』という問いだ。
 あるいは、オーブの姫なら融和と共存だけを考えていれば良いのかもしれないが――
 私はこれでも、コーディネーターを束ねるプラント最高評議会議長だからね。避けて通れない問題なのだよ」

遥か遠く、未来を見つめて語るデュランダル。
その確信に満ちた横顔に自分たちの敗北を感じつつも、なおアスランは抗弁する。

「でも議長――それらの問題が、ロドニアのあの施設と、一体どう繋がってくると言うのです!?
 あなたはそれらに、どのような回答をすると言うのですか!?」
「アスラン君、」

勢い込んで問いをぶつけるアスランに、デュランダルは真正面から向き合う。彼の眼の中を、覗き込む。
覗き込みながら、また話題を大きく変える。

「私はね――君の能力を、高く評価しているのだよ。
 君は、一兵士に終る人材ではない。過去に挙げた名声だけに価値があるわけでもない。
 私は君に『本当の意味での同志』になって欲しいのだ。『本当の君』が欲しいのだ。
 ――くだらぬ取り引きに縛られた奴隷ではない、君自身の意志と能力が、ね」
「それは……!」

議長とアスランの取り引き。
「『アスラン・ザラ』の名と戦力を好きに使わせる代わりに、オーブを攻めることだけはしない」。
それを破棄し、改めて自分に従って欲しいと望むデュランダル――

「今はまだ発表はできない。技術的な問題もいくつか残っている。
 けれども、既に青写真は出来上がっているのだ。成功の見込みは十分にあるのだ。
 コーディネーターとナチュラルの、果てしのない争いに決着をつけ――
 同時に、我らコーディネーターのアイデンティティを未来に繋ぐ『宿題の答え』。
 私の考える人類の最終解答、『デスティニープラン』。
 ……私はね、アスラン。これを一緒に進めてくれる同志をこそ、必要としているのだよ」
「デスティニー……プラン……」

アスランは、計画名を反芻する。運命の計画。人類の最終解答。宿題の答え。
デュランダルは底知れぬ笑みを浮かべたまま、その計画の全貌を、ゆっくりと――!


196 :隻腕十七話(07/18):2005/12/06(火) 19:12:04 ID:???

「おーい、マリュー。キラはいるかー」
「あらアンディ、お久しぶり。ちょうど居るわよ、教授はちょっと出ちゃってるけど。さ、入って」

オーブの高級住宅地。表札に『加藤』とニホン語で書かれた一軒の屋敷。
豊かな胸を揺らし、マリュー・ラミアスはアンドリュー・バルドフェルドを招き入れた。
バルドフェルドも、勝手知ったる他人の家、とばかりに上がりこむ。日本式の玄関で靴を脱ぎ、スリッパを履いて。
ずかずかと上がりこんで、一室のドアを開ける。
部屋の中には――何やら複数のモニター画面を見比べながら、高速タイピングを続ける1人の青年。

「……あ、バルドフェルドさん」
「よぉ、少年。製作は進んでるかい?」
「ええ。本体の設計は既に上がっていて、工場で作り始めています。そっちはエリカさん任せですね。
 それより、例の新型装甲の制御が難しくて。プログラム的に強引に押し切っちゃうつもりですけど」
「なんだ、キミの手にも余るのか、アレは」
「ま、こっちに専念できればいいんですけど……孤児院の子供たちも放ってはおけないですから。
 今日は母にお願いして、任せてきちゃいましたけれどね」
「大変だねぇ、保父さんってのも」
「好きでやってることですから。苦労もある分、喜びもありますし。それで今日は、何の用で?」
「ああ――ちょっとこれから、スカンジナビアに発とうと思ってな。それで挨拶に」
「スカンジナビア?」
「オーブに留まっているより、少しでも現場に近い方が都合がいい。あの国なら色々と融通も利くしな」

バルドフェルドは頷く。どうにも要領を得ぬ会話だが、当事者たちはそれで意が通じ合うらしい。
特にそれ以上突っ込んで聞くこともなく、キラも頷く。

「そういえばマリューさんも、そろそろ出発するって言ってましたっけ」
「ええ。連合軍時代の古い知り合いを頼って、ヨーロッパの方から入るつもり。
 あのパーツと武器、マユちゃんに届けてあげないとね。カガリさんとも直接会って話したいし。
 アンディがスカンジナビアに入るなら、丁度いいわ。オーブから直接空輸しようかとも思ったのだけど。
 私が渡りをつけるまで、あの追加パーツそっちで預かってて貰えるかしら?」
「構わないぜ、それくらいの無理は利くはずだしな。何せあそこには、クラインの……」

言いかけて、バルドフェルドは口を噤む。3人の間に、しばしの沈黙。

「……間に合うのかね、今回は。どうにも後手後手に回っちまってる」
「取り返しのつかない事態になる前に、何とかなれば良いのだけど……」
「大丈夫ですよ、きっと」

不安そうな色を隠せぬバルドフェルドとマリューに、キラは曖昧な笑みを浮かべて、頷いてみせる。
彼自身も、不安ではあったのだが……だからと言って、ここで歩みを止めるわけにもいかない。

「あの時にやり残した『宿題』、2年間かけてここまで解いてきたんですから。
 ここまでのみんなの努力を無にしないためにも、僕たちは――!」


197 :隻腕十七話(08/18):2005/12/06(火) 19:13:08 ID:???

「お、アスラン。英雄殿のお帰り、か」

議長との面談を終え、ミネルバに戻ってきたアスランは、馴れ馴れしく声をかけられて目をしばたかせた。
艦の廊下で出くわしたのは、自信に満ちた笑みを浮かべた赤服の男と、それに従う3人の兵士。

「ハイネ隊長……それに、ハイネ隊のみなさん。どうして、ミネルバに」
「『ハイネ』でいいってば。いや俺たちさ、今日からミネルバに配属でさ。今みんなに挨拶してきたとこ」
「ミネルバに!?」
「なんか、次の作戦から一緒に参加しろ、ってよ。これからよろしく頼むぜ?」

そういってにこやかに笑うハイネ。背後の3人も、自信ありげに微笑む。
そんな彼らに、アスランは何か少し違和感を感じて……はッと、思い至る。
人数が、おかしい。おかしいと言うより、足りない。

「ハイネ隊長、それはそうとして……残りの隊のみなさんは? 確かあと3名いましたよね?
 いや、今のミネルバに7機もMSを追加する余裕はなかったはずだから……隊を縮小したのですか?」
「ああ……あいつらは死んだよ。ガルナハンでな」


格納庫に、4機のMSが運び込まれる。
右肩がオレンジのザクウォーリアが3機。全身オレンジのグフイグナイテッドが、1機。
その搬入の様子を見下ろしながら、ハイネとアスランは会話を続ける。

「スエズ攻撃の先駆け、か……。懲罰任務ってのは、俺たちも同じさ。
 楽にスエズに攻め込めるはずの拠点、ガルナハンを守りきれなかったんだから」
「ハイネ……」
「スエズを攻めるってことは……オーブの連中も出てくるかな。強いぜ、あいつらは」
「…………」

ハイネの言葉に、アスランの顔が歪む。
カーペンタリア湾での遭遇戦で、ストライクルージュと交わした会話が思い出される。
『もう、会いたくはないものだな。戦場では』『そうだな。会いたくはないな、カガリ・ユラ・アスハ』
それは――演技というオブラートに包みはしたものの、偽りのない彼の本音。

「アスランは、この2年オーブに居たんだってな。やっぱり戦いたくないか? オーブとは」
「…………」


198 :隻腕十七話(09/18):2005/12/06(火) 19:14:07 ID:???
格納庫では搬入が続く。MSを乗せて空を飛べる無人飛行機、グゥル。それが4機。
ハイネ隊のザク3機と、あとは、レイのザクファントム用……なのだろうか。ルナマリアはまだ戦力外だ。

「キースはさ」
「?」
「キースは、酒好きでどうしようもない奴だった。猫みたいな奴で、身が軽くて、勘が良くてさ。
 ジョーは、女好きで、しょっちゅう女を連れ込んで……いやアレは普通のスケベとはちょっと違ったのかな?
 カルマは、本当は結構な年なんだけど、見た目も中身もガキでさ。しょっちゅう規則を破って怒られてた」
「ハイネ……」
「どいつもこいつも、軍の組織とは折り合いの悪い連中でさ。俺の隊は、何故かそんな奴ばっかりだった。
 けど、どいつもこいつも――本当は有能で、いい奴で、愛すべきバカたちだった。
 部下を失うのはこれが初めてじゃないが……流石にあの3人を一度に失ったのは、キツイな」
「…………」
「カルマなんて、ああ見えて心理学の専門家だぜ。誰よりも群集心理とかを理解してた奴だ。
 それがフリーダムに落とされて、熱狂した連合兵にコクピットから引きずり出されて、それで……
 せめて、苦しませたくはなかったな、とか思っちまう」

どうしようもない程に醜く厳しい、戦争の一側面。
アスランは自問せずにはいられない。この被害、2年前のやり方次第では、回避できたのではないか、と。
すっかり暗くなってしまった2人。その空気を破ったのは、ハイネだった。

「けどよ――頼むアスラン、そんな顔しないでくれ。誰が悪いわけじゃない。
 あいつら3人が殺されたからと言って、別にオーブを恨んでもいないしな」
「いや、しかし」
「戦争してるんだ。不幸は覚悟の上、だろ?
 俺たちが倒してきたナチュラルたちにだって、同じような人生はあったはずだ。
 むしろエースとして数多くの敵を葬ってきた俺たちは、こういう苦しみを何倍も生み出してきたんだ」
「…………」
「でも、戦わなきゃ終わらない。それを嫌だと言ってたら、何も変えられない。
 だから――こんな戦争、さっさと戦ってさっさと終らせようぜ。目の前の戦いに集中しようぜ。
 お前も、割り切れよ。でないと今度は――お前が死ぬぞ」

アスランの肩をポンと叩くと、ハイネは格納庫から出て行く。
その気配を背後に感じつつ、しかしアスランは動けない。セイバーを眺めながら、考え込む。
思い出してしまうのは、2年前の戦争で失ったクルーゼ隊の仲間たち。

「……割り切る、か………」


199 :隻腕十七話(10/18):2005/12/06(火) 19:15:05 ID:???

「あーあ、俺たちもスパ入りたかったなー」
「仕方ないよ。あんなミネルバがやってくるようなとこじゃ、安心して遊べないって」

スエズ基地の港に停泊する、タケミカズチ。
バカンスの予定は繰り上げられ、帰ってきた彼らはしかし相変わらず艦上の人。基地にはほとんど上陸せずに。
その巨大戦艦のデッキの1つで、マユとアウルが何をするともなく並んで座っていた。
揃って艦に背を預け、床に足を投げ出し、見るともなしに運河を眺める。だらけきった雰囲気の2人。

「じゃ、このタケミカズチのスパでいーや。一緒に行こうぜー」
「だーかーら、ここのはジャパニーズスタイルなの。一緒には入れないんだよ? スティングと行ったら?」
「スティングなー。なんか知らねーけど、ステラが戻ってきてから雰囲気が変でさー。声かけ辛いんだ」
「ステラ、一緒に戻れなかったしね……」

ザフトの捕虜から戻ってはきたものの、深く傷ついていたステラ。
すぐに前線に復帰するのは困難と判断され、彼女だけは治療が済むまでラボに留まることになった。
しばらくステラがファントムペインから脱落する――その事が決まってから、確かにスティングは機嫌が悪い。
マユたちも、そんな彼を心配しつつ……気がつけば、こうして彼抜きの2人きりになってしまっていた。

「……じゃあさ、全部終ってオーブに戻ったら、行こうよ温泉。4人で一緒に」
「本当!?」
「確か、諸島のどこかに混浴のとこがあったはずだから。水着着用だったかな? ちょっと今度調べておくね」
「……あー、でも、マユは戦争が終ればオーブに『戻れる』けど、俺たちは分かんないんだよなー」

目の前の運河を、コンテナを満載した輸送船が通る。地球連合の旗を掲げた民間船。
だらけきった格好の2人は、見るともなくその積荷を見る。コンテナに書かれているのは、会社名。
アクタイオン、モルゲンレーテ、大西洋運輸、モルゲンレーテ、モルゲンレーテ……

「戦争終ったら、アウルはどうするの?」
「どうしよっかな。故郷に帰っても誰もいねーし、行く場所なんてねーし。でも軍人続けるのはやだなー。
 ログみたいな奴なら、軍に留まった方がいいんだろうけどなー。でも、他にできることなんてねーしなー」
「なら――オーブに来れば? オーブに来ちゃえば?!」
「…………」
「オーブなら、いろんな人いるから。コーディネーターも、ナチュラルも。いろんな人が、普通に暮らしてるから。
 きっと、エクステンデッドでも大丈夫だよ。
 お義父さんやユウナに頼めば、アウルたち3人くらい、ううん、ラボのみんなくらい、なんとかなるだろうし。
 それにアウルたちって、MSの操縦できるでしょ?
 だったら作業用MS使って、工事現場とか、宇宙港の荷物の積み下ろしとか。仕事はいくらでもあるからさ」
「あー、いいねー、そういう『普通の生活』……。俺たち、すっかり忘れちまってるもんな、そーゆーの……」
「……アウル?」

マユは、不思議そうにアウルの名を呼ぶ。
心底羨ましそうに呟いたアウルのその両目から、大粒の涙がこぼれて……マユには、その涙が理解できない。
できないが、しかし彼女はその意味を問うことはしなかった。ただ、黙ってアウルの頭を胸の中に抱きしめる。

「僕にもできるのかな、そういう普通の生活……こんな僕にも、さ……」
「できるよ、きっと。戦争が全部終れば、きっと、みんなで、ね……」


200 :隻腕十七話(11/18):2005/12/06(火) 19:16:03 ID:???

「戦争終ったら、シンはどうすんの?」
「なんだよルナは、唐突に」

ディオキアの街に停泊しているミネルバの甲板。
艦内からは、ハイネ隊の歓迎会の騒ぎがここまで聞こえてくる。
隊長を始めとする面々は、なかなか賑やかな連中らしい。アーサーの陽気な笑い声が聞こえてくる。
そんな宴会からこっそり逃げ出してきたのは、赤服を着たシンと、未だ右手を吊ったままのルナマリアだった。
2人は並んで暮れ行く街を眺めながら、静かな会話を交わす。

「そういうルナこそ、どうする気なんだ?」
「あたし? あたしは――そうね、軍で溜めたお金で、大学でも行くわ。何をやるかはまだ決めてないけど」
「なんだそりゃ?」
「もともと、そういうつもりだったしね――」

ディオキアの街は、海岸に沿った斜面に張り付くように広がった、坂の町だ。
夕陽を受けて、街は絵画のように美しい朱に染まる。陰影のくっきりした建物の数々。

「前に話したっけ? あたしの両親、いないって」
「確か、揃ってシャトルの事故で亡くなってるんだっけか。ブルコスか何かのテロか?」
「ううん、純粋に単純に不幸な事故。誰も恨むことできないような、そーゆー事故」
「…………」
「ただあの時は、途方に暮れたわねー。これからどーやって生きてこうか、って。
 メイリンと2人、揃って進学して生活していくには、親の貯金と生命保険足しても、ちょっと無理っぽかったし」
「……それで、ザフトのアカデミーか」
「そ。試験は難しかったけど、学費かかんないし、在学中もお手当て出るしね。
 どーせ、特にやりたいことがあったわけでもなかったから。
 最初は、メイリンを学校に行かせる間だけ……って思ってたんだけど。
 そしたら、あの子までザフトに入るって言い出して。どうしようか迷ってるうちに、こんなことになっちゃった」
「…………」
「ま、ここまで来ちゃったら、中途半端じゃ辞めないけどね。
 でも戦争が終ったら、軍も辞めて、今までできなかったこと一杯やるって決めてるんだ。
 だから――とりあえず大学でも行って、学生生活とか楽しんじゃおうかなー、って」
「…………」
「シンは? 何かやりたい事とか、ないの? 移民のアンタも、生きるために軍に入ったんでしょ?
 戦争終る頃には、多少は好き勝手できるだけのお金も溜まってるだろうし……使い道とか、考えてない?」

ルナマリアの問いに、黙り込んでいたシンはさらに深く考え込む。
考えて、考えて――大きな溜息と共に、首を振る。

「……ダメだ、思いつかない。軍に居る以外の自分が、想像もできないな」
「じゃ、一緒に大学行く?」
「そうだな――もし全部終ったら、その時改めて考え直すさ」


201 :隻腕十七話(12/18):2005/12/06(火) 19:17:17 ID:???

――スエズ基地で、日が沈む。
タケミカズチの執務室で、カガリは1人、仕事をするでもなく、椅子に座っている。
差し込む夕陽の中、手の上で転がしていたのは――1つの指輪。
密使「アレックス・ディノ」出発時に受け取り、以来肌身離さず持ち歩く、誓いの指輪だった。

カーペンタリア近くで会ってから、直接会話はない。
この間のロドニアの時も、セイバーを遠くに確認はしたが、言葉を交わす余裕はなかった。
彼女にしては珍しい憂い顔で、カガリは手の中の指輪を弄ぶ。

「……ったく、何をしてるんだ、あのバカは。
 私だって、女なんだぞ……。連絡の1つくらい……」

それが困難であることを重々承知の上で、彼女は呟く。呟かずにはいられない、といった風に。
その「バカ」とは対照的に、ユウナはこまめに連絡を送ってくる。それこそちょっと鬱陶しいくらいの頻度で。
お互いの都合が合うことは滅多にないから、先ほどのような直接対話は珍しいのだが、それでも。

カガリは机に突っ伏して、指輪を握り締める。カガリは彼女らしからぬ脱力しきった表情で、呟いた。

「まあ、いいや……。もし全部終ったら、その時改めて考え直せば、それで……」


――ディオキアの街にも、日が沈む。
夕陽に照らされたミネルバの甲板。シンとルナがいる位置からは逆の方。アスランは1人、物思いに耽っていた。
手の中に握り締めていたのは――首から下げられた、1つのお守り。
2年前カガリから貰い、以来肌身離さず持ち歩いていた、ハウメアの守り石だった。

彼の脳裏に、デュランダルが説明した『デスティニープラン』の詳細がよぎる。
2年前やり残した宿題、運命の計画、最終解答。
それは、ある意味で荒唐無稽で破天荒で、強引で無理やりで無茶苦茶な代物、ではあったのだが。

「それでも、ジョージ・グレンは、そしてコーディネーターは、世に受け入れられた。
 ならば、議長のプランも、恐らくは……」

それと比するように脳裏に浮かぶのは、自分の歩んできた道。2年前の自分たち。この2年間の自分。
何もかも救いたくて、何もかも守りたくて、けれど、何もできなかったアスラン・ザラ――
ハウメアの守り石を握り締めた拳が、震える。

「すまない、カガリ……。俺は、議長に……。
 もし全部の戦いが終ったら、その時、改めて君に、………」


202 :隻腕十七話(13/18):2005/12/06(火) 19:18:04 ID:???

すっかり日の落ちたディオキアの街。
街灯が灯り始めた街を見下ろしながら、デュランダルはなおホテルのテラスにいた。

「スエズ攻略戦……大事な戦いだ。
 スエズを潰し、地中海とインド洋の交通を手にすれば、ザフト側の優勢は間違いない。
 しかし現状では、決め手に欠けるね――何か、連合側を崩す一手が欲しいところだ」

彼は考える。手持ちのカードを、頭の中で並べる。

「……デスティニープランの発表は、まだ時期尚早だ。テストも重ねておきたいしね。
 ミーアの言葉は……ふむ、積極的に活動させてはいるが、残念ながらまだ連合兵には通じまい。
 やはり――あの名を利用するしかないか。
 連合の裏にいる秘密結社『ロゴス』、その存在を――!」



――スエズを取り巻く情勢を、もう一度見直しておこう。
スエズ運河、そしてCEに入ってから運河の中ほどに作られたスエズ基地は、連合のものだ。
大西洋連邦が直接支配する、重要な飛び地である。

その周囲、中東一帯は、汎ムスリム会議の支配する地域。ただしこの国家、内部での反目がなお絶えない。
絶えないため、世が乱れればすぐにバラバラになって、親連合と親プラント、そして中立の各勢力に分裂してしまう。
大雑把に言って、紅海に面したあたりはおおむね連合寄り。そのままスエズまで連合の勢力圏が繋がる。
ペルシャ湾沿岸はプラント寄りで、ザフトのマハムール基地があるのもこの地域だ。

北アフリカは、前の大戦で連合が支配する土地となっていたが、戦争が再開されてからザフトが巻き返している。
しかし、エジプトあたりまではまだ連合勢力圏だ。ザフトは今、ジブラルタルの再奪還を目指し戦線を築いている。

ペルシャ湾沿岸から、死海、黒海にかけての一帯は、親プラント勢力となりザフトの勢力圏だ。
オーブから西に旅して来たミネルバも、ペルシャ湾から上陸して黒海沿岸のディオキアに向かっている。
しかしここからスエズに挑むには、再び連合の支配下に置かれたガルナハンを通る他はない。
ローエングリンゲートも再建され、ここは鉄壁の守りを取り戻している。

そして、スエズから地中海を挟んだヨーロッパは――連合の支配地域。
ただ、この地を巡る大西洋連邦とユーラシア連邦の争いにつけこんで、ザフト側がじわじわと勢力を広げていた。
黒海沿岸地域を起点に、東欧の国々を侵食するように、ゆっくりと。
今「ラクス・クライン」が積極的に巡業しているのもこのエリアだ。
ゆくゆくはザフトの勢力圏は北海にまで到達し、大西洋とユーラシアを完全に分断することだろう。
この連合2大勢力の分断作戦が成功すれば、ザフトはかなり戦いやすくなる。

このような状況下、ザフトがスエズの連合軍を叩き潰そうと思ったら、事実上取れるルートは1つしかない。
陸路は無理だ。ガルナハンのローエングリンゲートは依然強固だし、エジプトを丸々突破するのも困難。
紅海からも無理だ。スエズに届くまでに、紅海の両岸からの攻撃で叩き潰される。
となると、残された可能性は――


203 :隻腕十七話(14/18):2005/12/06(火) 19:19:58 ID:???
――大艦隊が、黒海を出て地中海を南下する。先頭に立つのは、美しいフォルムの戦艦ミネルバ。
後に続くのは、親プラントを表明した勢力から提供されザフトが徴用した、元連合海軍の戦艦や空母。
海面下には、MS運用のための潜水空母、ボズゴロフ級が何隻か。

地中海側からスエズ基地を叩き、この地域での連合の力を削ぐ。
同時に、スエズ運河を手に入れ、インド洋と地中海の間で戦力の融通ができるようにする。
この作戦は、地上での戦争の重要なターニングポイントになるものと思われた。

『改めて艦内の皆に伝える。今回の我々の任務は、後続の部隊のための突破口を作ることだ』

着々と戦闘準備を進め、緊張感高まる艦内に、ブリッジにいる艦長タリアの言葉が響き渡る。

『我々は地中海に出てくるであろう連合側の防衛隊を正面から叩き、その防衛ラインに穴を開ければ良い。
 スエズ基地まで到達し、直接攻撃を加えるのは、我々の役目ではない。深追いは厳禁だ。
 厳しい戦いになると思うが、皆の健闘を祈る』

その言葉に――
既にコクピットに待機しているシン、レイ、アスラン、ハイネ、ハイネ隊の面々が、深く頷く。
格納庫の整備班に混じっては、ルナマリアの姿も。右手はもう吊ってはいないが、まだギプスに固められたままだ。
今回彼女はMSでの出撃が困難と見なされて、整備の応援を命じられている。
緊急時には自機の整備をせねばならぬ関係上、ただの素人よりは整備関係のスキルを持っているためだ。
ハイネ隊のザクが装備する予定の各ウィザードを、チェックボードを持って最終確認していく。

ふと、彼女は視線を上げる。
そこには――コクピットハッチが破損したままの、赤いザクの姿。
今回の作戦、ハイネ隊などの受け入れもあって、修復が後回しになっていたものだった。
どうせそれに乗るはずのパイロットも負傷しているのだ。直さなくても誰も困りはしない。
ルナマリアは軽く溜息をつくと、再びチェック作業に戻った。


――大艦隊が、スエズ運河から地中海へと出ていく。
タケミカズチを中心とした、オーブからの派遣艦隊。J・Pジョーンズを始めとした連合軍の艦船も、ちらほらと。
海面下には、三叉の槍を両手に構えた水中用MS、フォビドゥン・ヴォーテクスの姿も何機か見える。

地中海を南下するザフト艦隊の姿は、連合サイドでも捉えていた。
そして防衛のために出されたのが、オーブ派遣艦隊。
この艦隊、狭い水路にいても邪魔なだけだ。戦闘が避けられないなら、先に広い場所に出しておいた方が良い。

『オーブ軍の諸君に伝える。私はカガリ・ユラ・アスハだ』

タケミカズチ他、オーブ艦隊の各艦内にカガリの声が響き渡る。

『我々はこれより、地中海を南下してくるザフト艦隊を迎え撃つ。防衛が目的だ、深追いする必要はない。
 スエズ基地からも増援が出て来てくれることになっている。戦力としてはほぼ互角。
 厳しい戦いになるかと思うが――皆の健闘を祈る』

カガリ自らの言葉に、士気の上がるオーブ軍兵士たち。
マユもパイロットスーツを着込み、タケミカズチのパイロット控え室で深く頷いた。

204 :隻腕十七話(15/18):2005/12/06(火) 19:21:02 ID:???

「――では議長、宜しいですか?」
「ああ、始めてくれたまえ」

戦闘を目前に控えた、緊張の中で――
なおディオキアにいるデュランダルは、目にも眩しいライトの下にいた。
周囲はセットが組まれたどこかのスタジオ。いくつものテレビカメラが彼を捉え、最高のアングルを探る。
スタッフが身振りで合図を出し、彼はカメラに向かって喋り出す。

「皆さん、私はプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルです。
 我らプラントは現在、地球連合の皆さん、そして連合に味方する皆さんと戦争状態にあります。
 そんな中、このようなメッセージをお送りするのは、ある意味非常識なことかもしれません。
 ですがお願いです。全世界の皆さん、特に地球連合と行動を共にする皆さんにこそ、聞いて頂きたいのです――」


「カガリ様! デュランダル議長が!」
「何だ、こんな時に!?」

その放送は、ザフトを迎え撃たんと展開中のオーブ艦隊でも察知していた。
タケミカズチのブリッジで、カガリは、トダカは、アマギは、みな頭上のモニターを見上げる。

『私は今こそ皆さんに知って頂きたい。何故戦争が終わらぬのか。一体誰が悪いのか。
 我らの本当の敵は、誰なのかということを』


その放送は、ミネルバたちザフト側の面々も聞いていた。
艦内に流れる放送に、誰もが耳を傾ける。

『わたくしたちは以前、申し上げました。
 我らの敵は『ナチュラル』ではなく、『間違った連合の指導者』なのだと。
 しかし、ではその指導者とは誰のことなのでしょう? 選挙で選ばれたコープランド大統領?
 ――いいえ、違います』

「ほぅ……ギルはとうとうそれを言うというのか。スエズ攻撃直前の、このタイミングで」
「なんだ、レイ? 知ってるのか?」

格納庫、白いザクファントムの中でレイはニヤリと笑う。
その笑みの意味の分からぬシンは、彼に問い掛けるが、返事はない。
代わりに、黙って聴いていろ、とばかりに唇に指を立てられ、シンは仕方なく続きを待つ。

205 :隻腕十七話(16/18):2005/12/06(火) 19:22:01 ID:???

その放送は――地球の裏側、ワシントンにも到達していた。

「止めろ! あの放送を止めるんだ!」

端整な顔を歪ませ、青筋を立てて怒鳴るのは、大西洋のメディア王ロード・ジブリール。
部下たちも慌てふためくが、しかし何一つ有効な手立てを打てずに。

『どういうことかねジブリール。情報操作はキミの担当だろう』
『何をしようというのだ、デュランダルは』
『これは、キミの責任問題にも――』
「ええい! ご老人方は黙っていて下さい!」

モニター越しに慌て、怒り、責め立てるロゴスの老人たちにも、ジブリールは怒鳴り返す。
その眼は血走り、一切の余裕を失って。

「責任を問うなら、あっさり通信網をジャックされた軍や情報部を責めて頂きましょうか!
 何、奴ができるのは、根拠なき疑惑を垂れ流すだけです!
 すぐにでも各メディアを使って反論の用意を! 市民の信、すぐにでも取り戻してお見せしましょう!」

ジブリールは怒りを剥き出しにしながらも、目の前の事態にすぐさま対処を始める。
デュランダルの演説の論理的飛躍のリストアップ。示されるだろう証拠を打ち消す疑問の用意。
ザフト側の非道を記録した映像データバンクの編集作業を開始し、プラントそのものの信用を落とさんと図る。
優秀なスタッフに反撃の準備を進めさせながら、しかしジブリールは緒戦の敗北を悟っていた。

「時間をかければ、反論も反撃もできるにしても――このタイミングはやられたな。
 スエズ防衛戦には、とても間に合うものではない。スエズ防衛の要、借り物のオーブ軍が――!」



『見てください、この非道の数々を!
 このようなことを、連合の民主的な政権が、議会が、民衆が、真に心から望んだと言うのでしょうか?
 ……否! わたくしたちも、あなた方がそこまで酷い存在であるとは思っておりません!』

議長の演説と共に流されたのは、地球上各地で繰り広げられた連合兵による暴虐の数々。
基地建造に駆り出され、重労働を強いられる現地住民。降伏したザフト兵を撃つ連合兵。
ガルナハンで行われた、連合兵によるレジスタンスへのリンチの様子も映る。

その映像を、ミネルバのブリッジで見ながら……メイリンは、ふとあることに気づく。
正確には、ある映像の欠落。手に入れたばかりの、あってしかるべき効果的な映像の欠如。
過激な映像ゆえに自主規制、ということはあるまい。同等にキツい絵は他にも出ている。
思わず彼女は、呟いた。

「……なんで、ロドニアの映像は出さないの……?」


206 :隻腕十七話(17/18):2005/12/06(火) 19:23:02 ID:???

『連合の背後にあって、人々の恐怖を煽る存在。
 コーディネーターは化け物だと説いて、我らの和解を妨害する者たち。
 連合においてもテロリストでしかないブルーコスモスが撲滅されぬのも、彼らが陰に援助しているからです』

デュランダルは、そこで一拍置いて、宣言する。

『そう、我らの真の敵の名は――『ロゴス』!
 連合の議会を操り世論を操作し、世界を意のままに操らんとする、巨悪です!』


「ロゴス……!」
「ろごす、って? 何ソレ?」
「何だそりゃ、今どき古臭い陰謀論かよ?」
「そんな奴らがいたのか……?」

連合、ザフト、オーブ各陣営、誰もが皆、半信半疑。動揺するもの半分、疑うもの半分といった雰囲気。
あまりにも唐突過ぎる『敵』の認定。あまりにもいきなり過ぎるその名前。
聴衆の困惑をよそに、デュランダルの演説の映像は、またも切り替わる。
現れたのは、何人もの人の顔。

『彼らこそ我らの敵。本当の意味での、我らの敵であります。
 逆に言えば――実際に前線で戦わされている連合側の兵士たちは、むしろ被害者。
 その心の奥の恐怖を煽られ、他の選択肢を隠され、その手を無為に汚しているのです』

議長の演説は続く。しかし人々の視線は、その顔写真と名前のリストに釘づけになる。

引退した元大統領がいる。財界の大物と噂される老人がいる。大銀行の頭取がいる。
死の商人と言われるアズラエル財団の代表。軍閥の長。連合の大物議員。
確かにコイツらが手を組めば世界を牛耳れる、連合を影から動かせる、と思わせるに足る構成。
そして、その中に――

「……な、なぜ、我らがオーブの宰相が」
「ウナト・エマ・セイラン!?」
「昔からやけに連合寄りだと思ったら……売国奴が!」
「セイランというのはそういう連中だったのか!?」

リストの片隅にあったハゲ頭に、オーブ軍の中に動揺が走る。
当然だ。今回の艦隊派遣、そして連合との同盟。
その主な推進役となったのがウナトであり、セイラン家の一派だったのだ。
そして、セイラン家にとって目の上のタンコブだったカガリが艦隊司令となって、危険な最前線に立つ――
誰が見ても、その意味するところは明らかだった。


207 :隻腕十七話(18/18):2005/12/06(火) 19:24:05 ID:???

「だがセイランがそうだと言うなら……じゃあ、フリーダムも?!」
「まさか! いや、しかし……」
「しッ! お前ら、聞こえてるぞ!」

タケミカズチの、MSパイロット控え室。
周囲に囁き声が聞こえる中、その視線の集中を受けていたマユは。
義父の顔があることにも、もちろん心底驚かされたのだが――もう1つ、気になる顔を見つけていた。

中性的な顔。エキゾチックな服。冷たい眼差し。
スエズ基地で顔を会わせ言葉を交わした、ロード・ジブリール。

「お義父さんも……あの人も、ロゴスなの……?」

『だからわたくしは、心有る連合側の兵士諸君に訴えます。
 あなた方が本当に仕えるべき国家、本当に守るべき国民の思いは、今の戦場にはない。
 国がロゴスに牛耳られてしまっている今、そこに正義があるはずもないのです!
 我々はあなたがたに求めます。一体何と戦うべきなのかを、一人一人が考えるように、と。
 真に戦わねばならぬ者と戦うために、一旦その銃を下ろして、我々と共に歩もうではありませんか!』

議長の演説は続く。
どんな国でも、軍人はその任務が真に国民のためになると思うからこそ、戦えるのだ。
中には私利私欲や戦闘そのものの愉悦のために戦う者もいないではないが、それは少数派。
国が自分たちの正義を後押しし、国民が彼らを称えてくれて初めて、殺人や暴力を自己正当化できるのだ。

デュランダルの演説が直撃したのは、まさにその軍人の心理の根っこ。
そこを疑ったらとてもではないが戦えない、という、自分たちの正当性の根拠――


「――敵艦の接近を確認! ミネルバです!
 他にも大小20隻ほどの艦艇が従っている模様!」
「!!!」

誰もが呆然としていたのだろうか、管制官の叫びに誰もがはッとする。
カガリたちは、急に現実に引き戻される。

「どうなされますか、カガリ様? 戦いますか、それとも……!」
「…………」

見るからに動揺したアマギ一尉の言葉に、カガリは即答せず。
両腕を組んだまま、遠くに見えてきたミネルバの姿を、睨みつける――


                      第十八話 『 散りゆく生命(いのち) 』 につづく