- 255 :隻腕18話(01/24):2005/12/11(日) 12:28:31
ID:???
『そう、我らの真の敵の名は――『ロゴス』!』
プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルによる、突然の演説。
あらゆるメディアを通じて発表され、一部では連合側の通信網までハイジャックして流されたそれは――
世界に困惑をもたらしていた。
「マジかよ、オイ!」
「言われてみりゃ、コイツらに有利な法案は必ず議会を通ってたよな」
「ロゴスを倒せ! 俺たちの手に政治を取り戻すんだ!」
「いやーしかしこれ本当かね? なんか『出来すぎている』感じがしなくねーか?」
議長の演説は、「そう考えれば色々と辻褄が合う」部分が多くあり、説得力のあるものではあったが……
同時に、冷静な目で見れば、証拠能力に欠け、またその宣言も唐突な感が拭いきれず。
常々「敵はナチュラルという種族そのものではない」と言っていた議長の論の、延長線上ではあるが、しかし。
世界の大半の者たちは、議長の真意が読みきれず――
その反応は、「困惑」というのがまさにぴったり来るものがあった。
もちろん、その演説は、宇宙で戦いを続けるザフトの兵士たちにも届いていた。
巨大宇宙空母ゴンドワナの重力ブロックでも、兵士たちはその話でもちきりで。
反応は――おおむね似たようなもの。
「これで敵が明確になった」と意気込む者半分、「で、どーすんのよ」と醒めた目をするもの半分。
そして――そんな噂に花を咲かせる兵士たちの間を、足音荒く歩いていたのは、白い軍服の銀髪の青年。
精鋭ジュール隊を預かる、イザーク・ジュールだった。
「ディアッカ! ディアッカはいるか!」
腐れ縁の仲間、最も信を置く部下の名を呼びながら、イザークは食堂に踏み込む。そこは彼らの平時の溜まり場だ。
食堂の壁面モニターにも議長の顔と演説が映っていて、多くの兵士はそれに釘付けで。
当のディアッカは……食堂の片隅で、ノートパソコンを広げて何やら熱心に打ち込んでいた。
イザークの接近に近づくと、慌ててパタンと閉じる。冷や汗を浮かべながら、わざとらしい笑い顔を作る。
「おう、居た居た。……って、こんな非常時に何をやっていたんだ、お前は?!」
「いやぁ、ちょっとミリィにラブレターをね♪」
「……お前、まだあのナチュラルの女に執着してるのか? 前にも振られたと言ってただろう!?」
「うん、だからコレ、8回目の愛の告白。イザークが相手でも、ちょっと見られたくはないな〜♪」
「誰が見るか、そんなものッ!!」
まるで懲りる様子もなく、にこやかに笑うディアッカに、イザークは呆れ半分・怒り半分で声を荒げる。
イザークについてきたシホも、毎度のやりとりに肩をすくめる。
- 256 :隻腕18話(02/24):2005/12/11(日) 12:29:27
ID:???
「それでイザーク、わざわざ何の用?」
「……議長の演説は聞いたか?」
「ああ、さっきね。そこのモニターでも垂れ流されてたよ」
「これを受けて、連合側も何らかの動きを起こす可能性がある。あるいは兵士の亡命などが起こる可能性もある。
我が隊はそれらに備えて、独自に周辺宙域のパトロールを行うことにした。許可が取れ次第、すぐに動くからな。
ディアッカも――そんな遠くの女などに気を取られてないで、準備をしておけ!」
「はいはい。全く、イザーク隊長の真面目さには頭が下がりますねぇ」
まるっきりやる気のない態度で答えるディアッカに、しかしイザークは怒らない。
彼のこういう反応はいつものこと。それに、何だかんだ言ってもディアッカはちゃんと仕事してくれるのだ。
どうせイザークがいくら熱心に即時のパトロールを望んでも、上層部の許可が取れるまでは時間がかかるわけだし。
イザークはそれ以上何か言うことなく、他の隊員を探しにその場を立ち去る。
シホも、真意を探るような目つきでディアッカを数秒間観察した後、イザークの後を追って足早に去る。
「……ふぅ。さて、と」
――2人が遠くに行ってしまったことを確認すると、ディアッカはノートパソコンを再び開く。
中断していた文書の作成を、再開する。
彼の表情が、真面目なものになる。とてもではないが恋文を書いてるようには見えない、厳しい顔つきに。
「この分じゃ、9回目の『ラブレター』も近いうちに送らなきゃならねーなァ……」
画面に表示されていたのは、とても恋文などからは程遠い、固い文章。ほとんど報告書の類の文体。
テーマは「現在のザフト軍内部での『ラクス・クライン』の評判と評価について」。
彼の広く浅い交友関係で聞き集めた噂、そして食堂などで聞き耳を立てて収集した噂をまとめただけだが……
それでも、今現在のザフト内部の空気を、極めて適切に、分かり易く整理した優秀な報告書となっていた。
ディアッカは、ほとんど完成していたその報告書の最後に、一文を書き加える。
『なお、この報告書の執筆中に行われた『ロゴス』糾弾演説の影響については、次回の報告書にて報告予定』と。
それだけ書き加え、その報告書を電子メールで送って……ノートパソコンを閉じる。
閉じてから、ふと思い出してハッとする。
暗号化のし忘れや偽装、軍の検閲対策のこと――ではない。
それは心配しなくても、メールを中継してくれる『仲間』たちがなんとかしてれる。それよりも――
「……しまった。『ディアッカからミリアリアへ、愛を込めて』って書き添えるの、忘れてた」
マユ ――隻腕の少女――
第十八話 『 散りゆく生命(いのち) 』
- 257 :隻腕18話(03/24):2005/12/11(日) 12:30:34
ID:???
目の前に迫る、ザフトの艦隊。先頭を行くのは、縁も深く、敵ながらも愛着ある万能戦艦、ミネルバ。
そして、彼らの足元を切り崩すような、デュランダルの演説――
ざわめくオーブ軍。そんな彼らの耳に飛び込んで来たのは――カガリ・ユラ・アスハの声だった。
『親愛なるオーブ軍の諸君。先ほどのデュランダル議長の演説、聞いたものと思う。
だが迷うな。議長の戯言は、目の前に迫る戦闘と、本質的には無関係なものだ!』
言葉の端に怒りを滲ませて、しかしカガリは、はっきりと言い切る。全軍に向けた放送で、言い切った。
『議長の語った『ロゴス』、その内容が真実であろうとなかろうと、この戦闘はもはや避け得ない!
議長も恐らくそれを分かっているだろう。
分かっていて……この戦いに、あの演説をぶつけたのだ! 動揺するであろう我らを、労少なくして討つために!
たとえ、彼の言葉が真実だったとしても――このようなやり方をする今のザフトに、正義などあろうはずがない!』
カガリはある意味、天性の将だった。
心理学や陰謀などには、はっきり言って疎い方だったが、しかしここは戦場。これは戦いの上での駆け引き。
一瞬にして、議長の思惑を見抜いてしまっていた。見抜いた上で、それを真正面から斬り捨てた。
『無論――我が国としても、調査はする。あの件について、独自に調査すると約束する。
特に我が国の宰相ウナト・エマ・セイランには、徹底的に問い糾し、真相を明らかにすることを誓おう!
だが、それもこれも、全てはこの戦いが終ってからだ!
真実を確かめる、そのためにも! 今は、目の前の敵の撃退に集中せよ!』
「おおう!」
「そうだ、カガリ様の言う通りだ!」
「デュランダルめ、ふざけやがって! こんなことで、我らオーブの精鋭が惑うと思ったか!」
「セイランも許せんが、それ以上にザフトは……!」
カガリの言葉の威力は、絶大だった。
揺らぎかけていた兵士たちの心も持ち直し、一時の動揺は怒りと戦意に置き換わる。
誰もが意気込んで、戦闘態勢を取る。先駆けのムラサメ隊が、出撃を開始する――
「――ふぅ。これでなんとか、持ちなおしてくれればいいが」
「ご苦労様です、カガリ様。お見事でした」
タケミカズチのブリッジにて。マイクを握っていたカガリは、溜息をつく。手の平にはじっとりと汗が滲んでいる。
労をねぎらったのは、艦長のトダカ。
カガリとて――今の議長の演説には、少なからず動揺していたのだ。
動揺しつつも、しかし、このまま戦ったら確実に負ける、多くの兵が死ぬと直感し――咄嗟にマイクを掴んだのだ。
- 258 :隻腕18話(04/24):2005/12/11(日) 12:32:02
ID:???
「トダカ――率直に言って、お前は議長の演説、どう思った」
「……軍人の私が判断すべきことでは、ないのかもしれませんが……私が思うに、おそらくほぼ真実でしょう。
作り物の嘘なら、あのような嘘は選びません。少なくとも、我らを揺さぶるためだけに言う内容ではありません。
恣意的に真実の一部だけを開示しているのかもしれませんし、誇張もあるでしょうが、それでも」
「そうか……」
年を重ねたトダカの適切な分析に、カガリは小さな、ひきつったような笑みを浮かべて、頷いて。
カガリは、俯いたまま、身を翻す。
「あッ、カガリ様、どちらに!?」
「……私もルージュで出ておく。ああは言ったが、まだ兵の動揺が抜けてはいないだろうしな。
ザフトは……議長は、なりふり構わぬ覚悟で来ている。こちらもカードを出し惜しみしていては、勝てん。
艦の指揮と、艦隊の指揮……しばらく、頼む」
呟くような声で、トダカに後を託し、彼女はブリッジから出て行く。小さな音を立てて戸が開き、閉じる。
残されたトダカは……傍らに控えるアマギ一尉と、目を合わせた。
互いに厳しい顔つきで、しかし、言葉よりも深い覚悟を交わし、頷きあう。
「オーブ艦隊から、MSの発進を確認!」
「こちらもMSを出して頂戴。インパルス、セイバー、レイのザクファントムは前進して攻撃。
グフと、オレンジショルダー隊のザクは艦の近くに留まり、艦の防衛を!
オフェンス、ディフェンス共に、ミネルバの動きに気をつけて。その時に射線上にいたりしたら、死ぬわよ!」
ミネルバをはじめとしたザフト軍の側でも、戦闘態勢は整っていた。
タケミカズチからムラサメの第一陣が出てきたのを確認すると、ザフト側からもMSが次々と出てくる。
空中には主にバビとディン、海中にはゾノとグーン。
海面直下には、大きな2枚の円盤を背負ったザクの姿もある。強襲揚陸用装備のノクティルーカ・ウィザードだ。
ザクたちは、次々に海面に顔を出し。足裏のスキー板と背中の大型フィンで、海面を縦横に滑走し始める。
ミネルバからも、続々とMSが吐き出される。
MA形態で飛び出したセイバーは、身を捻りながら急速上昇、上空へ。
カタパルトで飛び出した白いザクは、空中で滞空して、後から射出されたグゥルの上に着地。低空を維持。
そして、次々と飛び出すパーツと合体したインパルスは、最後にブラストシルエットを背負って、海面に――
沈むか、と見えたブラストインパルスは、しかし海面上に留まる。シルエットが変形し、ホバー走行を実現する。
向き合う互いの艦隊から、無数のミサイルが吐き出される。
尾を引いて飛んでくるその死の矢にまるで怯むことなく、両軍のMSは前進を開始して――
スエズ沖海戦が、始まった。
- 259 :隻腕18話(05/24):2005/12/11(日) 12:33:10
ID:???
「……っと、まだ出撃してなかったのか、マユ」
「あ……カガリ……」
更衣室を出て、タケミカズチのパイロット控え室に駆け込んだカガリは、思わず声を上げた。
ほとんどのパイロットが出撃し、あるいは自らの機体で出撃を待っている今、広い控え室にいるのはマユ1人。
浮かない顔で、椅子にちょこんと座り込んでいる。
「……デュランダル議長の演説、気にするな、ってわけにはいかないか」
「……うん……」
「しかし、今は戦うしかないぞ。気持ちを切り替えろ、でないと、死ぬのはお前だぞ」
カガリは自らのヘルメットを被りながら、マユに声をかける。
その凛々しい横顔は、少なくとも外から見た限りでは、何の迷いも感じさせない。
「マユ、お前が私に言ったんだぞ。『オーブのみんなを守るためなんだから、間違ってるはずはない』と。
ウナトが本当にロゴスかどうかは、別にして――ユウナも私も、そのために働いているのは確かだ。
それさえも疑っているのか、お前は?」
「それは……」
「もっと、しゃっきりしろ。温泉でのあの啖呵を、忘れたのか?
オーブのみんなを守るためにも、ここで私たちが死ぬわけにはいかないんだ。そうだろう?」
かつて温泉で、マユがカガリに言った言葉。その時とはまるで逆さまの立場。
カガリの励ましに、マユはようやく笑顔を浮かべる。それは、無理やり作ったようなひきつった笑顔ではあったが。
カガリはクシャクシャと、マユの髪を乱しながらマユの頭を撫でる。
「そうだ、その笑顔でいい。行って来いマユ、オーブの守護神フリーダム。
お前が居るだけで――我々に、幸運が微笑んでくれるんだ」
「うん! 行ってくる! カガリも――気をつけてね。ルージュで出るんでしょ?」
「私もバカじゃない、立場は弁えているさ。無茶はしないよ」
立ち上がったマユの背を、カガリは平手で叩く。フリーダムへ向けて走り出すマユを、そのまま見送る。
見送って、マユの姿が角を曲がって見えなくなるまで見送って――脱力する。
激しい自己嫌悪に、捉われる。
「……『オーブを守るため』、か。これでは私も議長のことを責められんな。
こんな詭弁であんな子を煽って、戦場に送り出そうっていうんだから……
私は……本当の、バカだ……」
そう、カガリは――自分のやっていることに、自覚があった。
自覚を持った上で、しかしオーブ軍の勝利のため、マユ自身の言葉を改めてマユの意識に呼び起こさせた。
自責と自嘲の笑みを浮かべたまま、カガリは、足取りも重くストライクルージュへと向かう……
- 260 :隻腕18話(06/24):2005/12/11(日) 12:34:04
ID:???
互いの軍の第一陣が、ぶつかり合い、戦闘を開始する。
バビとディンの編隊に対して、オーブ軍からはムラサメが。
海上を滑走するノクティルーカザクに対しては、同じく2枚のフィンを背負ったM1アストレイの大群が。
それぞれに、向き合う。
空中の戦力は、ほぼ数も質も互角。
海面近くの戦いは、機体性能ではノクティルーカザクが上だったが、M1アストレイは数でそれに対抗する。
一瞥したところ、互いに決め手のない戦い。すぐに乱戦になる。
双方のエース級パイロットの活躍次第、といった雰囲気だが、しかしそれもほぼ均衡が取れている。
オーブ軍の動揺を狙った議長演説も、カガリの一喝に吹き飛んで、見たところさほどの影響はない。
むしろ、オーブ軍よりも、正規の連合兵の方が動揺している始末である。
しかし、この均衡が保たれ、長期戦が予想される戦場において、著しい不均衡を呈している空間があった。
それは――
「ナチュラルめ! 海の中は地上よりむしろ宇宙に近い環境! すなわち、我らコーディネーターの独壇場!
我らの力を、思い知れ!」
海中で、連合製水中用MS、フォビドゥン・ヴォーテクスが無数の魚雷に追い回される。
5機のグーンから放たれた魚雷の群れ、それを回避しようと大きく動いて……1機のゾノに、先回りされている。
慌てて三叉の槍を構えるが、既に遅い。
大きな手に胴体を鷲掴みにされ、ゼロ距離で放たれた掌のフォノンメーザー砲に撃ち抜かれる。
「弱い! 弱すぎるぞナチュラル! 『白鯨』のような歯ごたえのある奴はいないのか!?」
叫ぶのは、ゾノのパイロット、マーレ・ストロード。ザフトでは水中戦のエキスパートとして知られた人物である。
部下のグーンの魚雷で相手の動きを制限した戦術を見ても、個人技だけでなく指揮官としての才もあるようだった。
そう、海面より上では拮抗している戦場だが、海面より下では、ザフト側が圧倒的に優位。
単機の性能を比べればヴォーテクスの方がザフト系水陸両用機よりも勝っているのだが、しかし数が違い過ぎる。
海中からオーブ艦隊に迫り、その柔かな腹を下から噛み千切れば、ザフト側の勝利は間違いない。
マーレは、己の勝利を想像し、にんまりと笑みを浮かべる。
連合・オーブ側の海中には、今倒したヴォーテクスが、あと数機残っているだけ。これなら、間違いなく――
と――そんなマーレの想像は、突如海中に響き渡る爆発音に遮られる。
見れば、オーブの巡洋艦に迫りつつあった別のチームのグーン隊が、次々に撃破されていく。
その爆音の中心に居たのは――
「――アビス! アーモリーワンの、あの時の連中か!」
- 261 :隻腕18話(07/24):2005/12/11(日) 12:35:13
ID:???
「――数だけ居たってなァ!」
圧倒的に数の差のあるザフト水中部隊に、アビスは単身飛び込んで行く。
グーンから放たれる超音速魚雷を、その進路と発射を先読みして回避し、逆に魚雷を打ち返して。
オーブ艦隊の海中の守りは、弱い。オーブ軍は未だ水陸両用MSを実用化できていないのだ。
オーブ系MSはその設計思想上、連合系・ザフト系MSと比べ根本的に装甲が薄いのだ。水圧に耐え切れない。
プロトタイプアストレイが水中用装備をつけて戦った先例はあるが、未だ量産レベルでは目途も立っていない。
自前の水中の守りを持たぬオーブ軍は、スエズ基地からフォビドゥンヴォーテクスの部隊を借りてはいたが……
しかし、そのヴォーテクス部隊は、そもそも数が少な過ぎた。敵のザフト水中部隊は軽く4倍以上いるのだ。
しかも開戦直前のデュランダル議長の演説で、みな浮き足立ってしまっている。これでは、勝てない。
1機でも艦隊の方に通してしまえば、艦が沈められる――そんな絶望的な海中の戦場を、アビスが単機駆ける。
一瞬でグーンの1部隊を壊滅させ、今度はヴォーテクスを葬ったばかりの、ゾノを中心とした部隊に向かう。
「あの艦隊はなァ……俺の、僕の国になってくれるかもしれない連中なんだ!
マユの大切な、仲間たちなんだ! お前らなんかに沈められて、たまるかよ!」
アビスは、突進する。魚雷を乱射するグーンたちにひるむことなく、水中とは思えぬ急スピードで――
「ナチュラルめ……アーモリーワンでの借りを、返してやる!
円輪陣、『垣網の計』だ! 奴がいかに速かろうと、俺たちほど水中戦の経験はあるまい!」
マーレは迫るアビスに、むしろ嬉々とした笑みを浮かべる。
因縁浅からぬ相手。恨みつのる相手。そして――知り尽くした、相手。
目の前の難敵アビス、しかしそのテストパイロットを務めていたのが、他ならぬマーレなのだ。
アーモリーワンでは、格納庫にいたところを襲撃され、MSに乗る間もなく撃たれてしまったのだが……
水中で縦に円形に並んだグーンたちが、標的を包み込むように魚雷を連続的に撃ち放つ。誘導をかけず、直線的に。
魚雷の弾幕の壁を避けたアビスは、自然と魚雷が形作る円錐の中に追い込まれる。
スピードはあるが方向転換や停止の困難なアビスMA形態では、直撃が嫌ならそうするしかない。
ちょうどそれは、魚の進路を遮るように配置した垣網で魚群を集める、定置網漁法の要領。
そして、その円錐の頂点に待ち構えるのは捕獲用の主網ではなく、必殺の態勢を整えた、隊長マーレのゾノ――
「PS装甲に耐圧を頼ってるから、装甲の出力バランスが崩れ兼ねない魚雷の直撃は、受けたくないよなァ!
でもって……コイツは、PS装甲でも防ぎづらいんだよなァ!」
マーレのゾノが、追い込まれたアビスに向けて両手を突き出す。フォノンメーザー砲が、発射される。
ビームのようにも見えるが、実際は水中でも使える超音波兵器。PS装甲は直接は破れないが――
水中で直撃を受ければ、センサーやカメラ、インテーク部など「装甲に覆われてない部分」が大ダメージを受ける。
しかし、今の状況から横に避けようとしても、魚雷の壁に突っ込むのは間違いなく。
まさに、必殺の布陣、必中の攻撃――
- 262 :隻腕18話(08/24):2005/12/11(日) 12:36:19
ID:???
だが――アビスは、アウルは、その最強の布陣に対し、瞬時に対応してみせた。
容易には停止も方向転換もできぬMA形態から、MS形態に変形して水中で急ブレーキ。
すぐさま再びMA形態に戻って――しかし、その時にはその向きを180°逆側に向けていて。
距離を詰めた時の勢いそのままに、距離を開く。
この変形を生かした急ブレーキと方向転換は、マーレでも想像すらできぬ方法だった。だから対応が遅れた。
向かってくる者を仕留めるには最高の陣形、円輪陣。最高の戦術、垣網の計。
しかし遠ざかる者に対しては、それは単なる散発的な攻撃に過ぎない。
アビスはあっさりマーレの攻撃を回避した上に、遠ざかりながらも反撃をする。
MA形態では後方の敵しか狙えぬ実弾兵器、バインダー外部に突き出した計4門の速射砲が、海中で火を噴く。
「な、なんだとぉ!?」
マーレが驚く間もなく、部下のグーンが次々に撃ち抜かれる。撃ち抜かれて、ゾノの至近距離で爆発する。
爆発による轟音と泡のために、ソナー的にも視覚的にも、マーレはアビスの存在を見失う。
「どこだ!? どこに行った、奴は!?」
慌てふためくマーレの眼前に――泡を掻き分けるように、アビスが現れる。ツインアイがギラリとゾノを睨む。
遠ざかっていたはずなのに、いつのまに反転してきたのか。いつの間にこんな距離に近づいていたのか。
要するにアウルは、さっきと同じことをもう一度しただけなのだが、マーレには分からない。ただ、混乱する。
咄嗟に突き出したゾノの鉤爪は、紙一重のところで避けられて、お返しとばかりにアビスの槍が一閃する。
大きく胴体を切り裂かれ、動きを止めるゾノ。全ての機能を停止して、ゆっくり海底に沈んでゆく。
浸水の始まったたコクピットの中で、マーレは天を仰いで呪いの言葉を吐いた。
「……訳が、分からんッ……! これだから、ナチュラルは嫌いなんだッ……!」
「……ハァ、ハァ……。これで、半分ッ……!」
目の前のゾノが動きを止めたのを確認し、アウルは荒い息をつく。
急ブレーキに急加速。急な方向転換は、宇宙での機動と同じように、パイロットの身体にGによる負担をかける。
またソナーよりも速く飛んでくる超音速魚雷やフォノンメーザーの回避には、凄まじい集中力とカンが要求される。
強化されたアウルの身体でも、それは容易なことではない。
「まだだ、まだ3部隊ほど残ってる……。敵の潜水母艦も、叩かないと……!」
額に汗を滲ませて、アウルは自らの気力を奮い立たせて。
再びアビスをMA形態にすると、新たな敵を求め飛び出していった。
後には、無数のグーンとゾノの残骸が、ゆっくりと沈んで行くだけ……。
- 263 :隻腕18話(09/24):2005/12/11(日) 12:37:12
ID:???
――アウルが孤軍奮闘する海の中。その上空でも、激闘は続いていた。
「敵のトンガリ頭、片手の武器を変えているぞ! 気をつけろ!」
「ビームライフル! カーペンタリア沖での反省か!」
本格的に量産態勢に入ったバビは、その装備を変えていた。対艦対要塞用バズーカ2門の片方を、ビームライフルに。
元々重爆撃機に近い性質を持つバビであるが、その攻撃力を落とさず対MS戦にも対応するための方策だろう。
勝手の違う相手に、ムラサメ隊も以前のようには容易には落とせない。戦闘が、膠着する。
ムラサメ隊の一隊を率いる馬場一尉は、正直、焦っていた。
敵の通常の艦艇は、さほど怖くはない。甘く見るつもりもないが、艦の攻撃力ならオーブも負けてはいない。
ただ問題はミネルバだ。より正確に言えば、ミネルバ艦首の陽電子砲タンホイザーだ。
あれを撃たれれば、防ぐ手はない。巨艦タケミカズチでさえも、一撃で沈みかねない威力。
だから一刻も早くミネルバを沈める、あるいはせめて、発射を妨害するため、プレッシャーを加えねばならぬのに……
と――焦る馬場一尉の頭上を、5色の光が駆け抜ける。続いて、4条の光と、無数のミサイルが撃ち放たれる。
その攻撃に、隊列を乱し、あるいは落ちていくバビの陣形を、2つの影が突破していく。
「フリーダム! カオス!」
「みんな、艦隊の守りはお願い! ミネルバは、あたしたちが!」
「後は頼むぜ、オーブのおっさんたち!」
速力と火力に優れた、2機のエースの突撃。確かに適任だ。
すぐに意を察した馬場隊は、彼らの突破を支援する。バビたちは2機を追うこともできない。
馬場一尉は、部下に檄を飛ばす。
「我らは我らの務めを果たす! 機さえあれば、我らもフリーダムに続くが……今は、この場を死守するぞ!」
そして馬場は、フリーダムを見送って――
自らの教え子、短期間にマンツーマンで軍規と戦術論を叩き込んだマユの背中に、目を細めた。
「……立派になったものだ、マユ・セイラン。適切な判断だ。もう、私が教えることもなさそうだな――」
バビの編隊を突破したフリーダムとカオスは、海上を滑走する別のザフト部隊の頭上を駆け抜ける。
大きなファンを2つ背負い、水上スキーのように滑るノクティルーカ・ザク隊。
海面から彼らを狙ってビームが撃たれるが、2人は相手にせずに回避だけして、ミネルバ目掛けて走り抜ける。
と、マユは視界の隅に見慣れた、忘れられない機体の姿を見る。
同じように海上を滑走する、ブラストインパルス。
しかしフリーダムはその相手をすることもなく、そのまま速度を落とさずに――
「インパルスは気になるけど……あたしは、あたしの務めを果たさなきゃ――」
- 264 :隻腕18話(10/24):2005/12/11(日) 12:38:15
ID:???
「……フリーダムか。それにあっちは、カオスだな」
シンもまた、その姿を海上から見上げ、認識していた。表情を隠すハーフミラーバイザー越しに、その姿を確認する。
それがミネルバに行くことを認識しつつも、しかしシンも戻ろうとはしない。
「ミネルバの守りは、ハイネたちに任せたんだ。俺は、俺の敵を討つ。
そう、あの、オーブの艦隊を――!」
シンは呟くと、ブラストインパルスの2門の大砲を抱え込む。
海面を滑るように移動しながら、低空飛行で出てきたシュライク装備型M1アストレイの部隊に、襲い掛かる。
波を蹴立てて向こうからの攻撃を避けながら、正確な射撃で、1機ずつ、確実に――!
ノクティルーカ・ザクが、M1の数の前に苦戦する中、ただ1人シンだけが逆に押し返していた。
「……やあ、また会ったな、白いボウズ君。いや、レイ・ザ・バレルとか言ったっけな?」
「……ネオ・ロアノークッ……!」
混戦の中、惹かれあうようにばったり出くわしてしまったのは、白いザクと紫のウィンダム。
レイのザクファントムはグゥルに乗ってブレイズ装備。ネオのウィンダムは、相変わらずジェットストライカーだ。
「全く、『ギル坊』は何を考えてるんだ。あんなことを唐突に宣言するなんてなァ」
「……ギルのことを、その名で呼ぶなッ……!」
「名門バレル家の名を持つ者としては、構わんのかね? バレルの名もあったろう、公開されたリストの中には」
「……うるさい……」
「まあ君は、バレル家の中でも鬼子のような存在だろうしなァ。本家よりも母よりも、ギル坊の方が大事だと……」
「うるさいと言っている!」
ネオの飄々とした口調に、レイは珍しく激昂して。
エネルギーの温存も何も考えず、激しくビームを連射する。ネオのウィンダムは、慌てて避ける。
白いザクはビーム突撃銃のエネルギーパックに手をかけると、手つきも荒く交換する。
「おー、怖い怖い。あのエゴイストの分身が、こうも他人のために怒るなんて。
ギル坊め、随分と上手く飼い慣らしてるようじゃないか。一度会ってそのコツを伺いたいモンだねぇ」
「俺は……ギルに飼われているわけではない! 俺自身の意思で、ギルに従っているんだッ!」
レイはなおも激しい攻撃を重ねる。ビームトマホークを抜き放ち、グゥルごと体当たりするように斬りつける。
ネオのウィンダムの盾が、大きく切り裂かれる。
ウィンダムもまた、ビームサーベルを抜き、応戦して――
ロドニアのラボの時とは対照的に激しい戦いは、しかし今度も容易には決着はつきそうになかった。
- 265 :隻腕18話(11/24):2005/12/11(日) 12:39:06
ID:???
マユとスティングは――ミネルバの眼前にまで迫っておきながら、苦戦していた。
相手は、これも因縁深い、オレンジショルダー隊。こうして戦うのもこれが3度目である。
1度目は、彼らの機体を奪っての急襲で――奇襲は上手く行ったが、機体の性能差でグフには歯が立たなかった。
2度目は、ガルナハンの攻防戦で――勝ったのはマユたちだが、数の暴力で押し切った感は否めず。
そして、この3度目の争いは――今度こそ互いの実力を如実に反映するものとなりそうだった。
「あのオレンジの奴に突っ込む! マユ、支援頼む!」
「了解!」
スティングの指示に、マユのフリーダムがフルバースト射撃。一箇所に固まっていたハイネ隊をまとめて撃つ。
その攻撃をハイネ隊は散らばって避けて――そうやって個別に分断しておいて、カオスがグフに襲い掛かる。
MA形態のまま足から4本のビームの刃を出し、すれ違いざまに斬りかかる。並の兵士は反応すらできぬ速度。
だが――ハイネもまた、並の兵士ではない。
フリーダムの射撃をかわし、態勢が崩れていたにも関わらず、ギリギリで刃を避ける。
カオスの胴体に蹴りを叩き込み、橙色のボディを噛み砕かんとしていたビームの顎を突き放す。
そのまま、逆に態勢の崩れたカオスに向け、右手から鞭が伸びて――
「喰らうかよ、そんなのッ!」
カオスのスティングも、また只者ではない。
即座にMS形態に変形、自由落下に転じつつ、腰からビームサーベルを抜き放ちざまに振りぬく。
カオスを捉えようとしていた鞭はすっぱりと切り落とされ、機体に届くことはない。
追い討ちとばかりに、鞭を出した姿勢のまま放たれた4連装ビーム砲の攻撃も、盾を構えて受けきる。
一方、敵を分散させたマユは、グゥルに乗ったザクウォーリアたちを無視して、ミネルバに攻撃しようとしていた。
だがオレンジショルダーの面々が、その攻撃を許さない。
ミネルバのブリッジに銃を向けたフリーダムの手足に、左右から飛んできたワイヤーが絡みつく。
量産されたザクの純正の武器ではない。おそらくは隊のメンバーが独自に使いやすいように改良した、改造武器。
左右から拘束され、フリーダムの動きが一瞬止まる。
「ゼロ、グレイシア、ナイスだ!」
「アキラ、頼んだわよ!」
動きを止めたフリーダムに、残る1機のザクが勢い良く襲い掛かる。
グゥルの上で、何やら派手な、巨大な剣を構え、動けぬフリーダムを斬り倒さんと――!
しかし、マユも易々と斬られるような相手ではない。
そしてフリーダムは、両手両足を封じてもなお封じきれるようなMSではない。
空中に磔にされたような姿勢のまま、その翼が、その腰のレールガンが、展開される。
左右の翼の中のビーム砲が、左右から拘束するザクへ。両腰のレールガンが、真正面から斬りかかるザクへ。
それぞれ狙いをつけて、火を噴く。
拘束していたザクたちはワイヤーを断ち切られてバランスを崩し、大剣を持ったザクはその巨大な剣を打ち砕かれる。
激戦は、なお続く。
- 266 :隻腕18話(12/24):2005/12/11(日) 12:40:06
ID:???
「……まずいな、このままでは」
激しい戦いの続く戦場を後方から俯瞰しながら――カガリは、呟く。
エールストライカー装備の、ストライクルージュ。兵士たちから見える位置に立ち、しかし流石に前線には出ない。
将としての自分の役目を果たすため、僅かな護衛と共に後方に留まったまま。
冷静に、戦場を観察する。
「今は、拮抗しているが……向こうには温存している戦力がかなりあるようだしな。
スエズ基地攻撃用の戦力なんだろうが……アレをこちらに回されたら、ひとたまりもないぞ……!」
ミネルバや、第一線に並んだザフト艦艇からは、MSが出撃する姿が見えたのだが。
その後方、守られるように居並んだ艦船には、未だ何の動きもない。それらの艦にもMSが載っているはずなのに。
おそらくオーブ艦隊の作る壁に乱れが生じたら、増援を加えて一気にスエズ基地まで押し切るつもりなのだろう。
その敵軍の意図を見通していながら――カガリには、打てる良策がない。
「スエズからの増援はまだ来ないのか! いい加減来てくれても良い頃合だろう!」
『先ほどから何度も呼びかけているのですが、まるで返事がなく……』
「ええい! 基地司令は、無能者かッ!」
トダカの報告に、カガリは苛立ちを露わに怒鳴る。
本当なら、スエズ基地からジェットストライカー装備のダガーL部隊が出てきてくれることになっていた。
カガリの計算では、それらを加えれば、敵の増援が出てきても十分に渡り合える。上手く連携できれば撃退もできる。
だが、まるで連合軍には、やる気が見えない――というより、オーブ軍を見捨てようとしているようにしか――
「まさか――オーブ軍を突破した敵だけを基地で叩く、そういうつもりなのか!?
だがな、それは浅はかな計算だ! 実戦というものを、まるで理解していない!」
確かに、単純に数学的に計算するならば。
増援を出して互角なら、増援分を温存すれば突破してくる敵軍とは互角。基地の固定砲台も考えれば優位に立てる。
しかし――カガリが言う通り、それは机上の計算に過ぎない。実戦の「勢い」というものを、考慮に入れていない。
オーブ軍を破ればザフト側は勢いづくだろう。対する連合側は、守りに入った時点で気持ちが負けている。
思い出せばスエズの基地司令は、太り気味でいやらしい目つきの中年男だった。
実戦で鍛え上げられた軍人というより、事務的な業務と政治力でのし上がったような雰囲気の男。
戦場の空気をろくに知らず、数字だけを追って「合理的」な計算をしがちなエリートが、犯しやすそうな過ち。
あの基地司令なら、十分に有り得る。
「このままでは……! 仕方ない、危険を冒すぞ!
トダカ、全軍の指揮をお前に任せる。それから、『アレ』を射出しろ。エールでは攻撃力不足だ!」
『何をなさるおつもりです、カガリ様!』
「私も前に出る。前線に立つことで、士気を高める! そして私自身と、私の護衛部隊も戦力に追加する!
ザフト側も、指揮官の私を落とそうとして隊列が乱れるだろう。その隙を、他の隊に突かせる!」
『そんな、おやめ下さい! 万が一にでもカガリ様が落とされたら……』
「うるさい! なんとか均衡を保っている今、こちらから仕掛けねば、どうしようもなくなってしまうぞ!」
- 267 :隻腕18話(13/24):2005/12/11(日) 12:41:05
ID:???
カガリの叫びに、トダカは沈黙する。
返答の代わりに飛んできたのは――タケミカズチから射出された、I.W.S.P.ストライカー。
エールストライカー同様、飛行のための翼を持つが、加えて2門のレールガンと2門の単装砲、2本の対艦刀を備える。
さらに一緒に飛んできた複合兵装、コンバインドシールドには、30ミリガドリング砲とビームブーメランも。
思いつく限りの武器を詰め込んだ、攻撃のことしか考えていない好戦的な装備だ。
ストライクルージュは空中でエールパックを排除すると、IWSPとドッキングする。
すぐさまカガリは右手に対艦刀を抜き放ち、天に掲げて大きく宣言する。
「我こそは、オーブの獅子とも謳われたウズミ・ナラ・アスハの娘、カガリ・ユラ・アスハ!
ザフトの兵どもよ、我が首取れるものなら取って見せよ!
勇敢なるオーブの兵よ、我が後に続け! 一気に押し切るぞ!」
勇ましい掛け声をかけ、ストライクルージュが突進する。護衛のムラサメ隊も、後に続く。
その勢いに、バビとディンの隊列が乱れ、突き破られ――戦場の空気が、大きく変わる――!
――カガリが名乗りを上げ、空中の戦況が変わりつつある、その頃。
海中でも、情勢が大きく変わりつつあった。
「……こいつで……最後だッ!」
アウルのアビスが、ザフトの潜水空母、ボズゴロフ級の横腹に、槍を突き入れる。
本来なら潜水艦相手に槍を使う必要もないのだが、残念ながら既に魚雷も速射砲も弾切れだ。
突き刺した槍を抜こうとして、アウルは舌打ちする。何やら奥で引っかかって、抜くことができない。
咄嗟に潜水空母を蹴って、その場を離れる。直後に爆発するボズゴロフ級。
「……ふぅ、ふぅ……これで、海中の敵は全て……」
流石に疲労の色を隠せないアウル。
残念ながらアビスの救援も間に合わず、フォビドゥン・ヴォーテクスの部隊は全滅させられてしまっていたが……
しかし同時に、アビスもまた、ザフト側の水中MS部隊を全滅させ、潜水母艦群も全て戦闘不能に追い込んでいた。
「へへへ……今日1日で、トリプルエース以上のスコアじゃねーかよ……すげーじゃん、俺って……」
ほとんど1人で全て倒したようなものである。しかもマーレのようなエースも入り混じった大部隊相手に、だ。
アウルが疲れているのも、当然だった。
「さて……もう弾も魚雷もねーし、そろそろ電池もヤバくなってきたし。
上はどうなったかな……補給して、出直してくるか……」
アウルはヘルメットを取って汗を拭うと、アビスをゆっくり浮上させ始めた。
- 268 :隻腕18話(14/24):2005/12/11(日) 12:42:15
ID:???
「馬場一尉! ここはいい、お前たちはフリーダムの応援に!」
「これはカガリ様! ……分かりました! 我々はセイラン三尉の支援のため、ミネルバへ!」
「頼んだぞ!」
馬場一尉の隊が相手をしていた敵部隊を蹴散らし、カガリが叫ぶ。
一瞬驚いた馬場一尉は、しかしその場をカガリたちに任せて、ミネルバへと駆ける。
カガリの打った大博打は、どうやら上手く行っていた。
今までなら恐らく、馬場一尉の隊が突破を図ろうとしても、妨害する者がいただろう。
しかし多くの敵は、戦場でも目立つ薄桜色のストライクに釘付けで。
馬場一尉の隊は、敵の囲みを突破して、その向こうに見える敵艦へと向かう。
その分、カガリたちは集中砲火を受ける形になっていたが……
護衛のムラサメが次々に落とされていく中、カガリの中で何かが弾ける音が響く。
対艦刀の2刀流。バビのバズーカの砲弾を斬って捨て、身を捻ってビームを避け。
焦点の微妙に合わぬ目で敵を見据え、恐るべき正確さで打ち落とし、斬り捨ててゆく。
「どうした! 私はココだ! いくらでもかかってこい!
……自分の命が惜しくなければ、だがな!」
カガリの叫びと共に、ストライクルージュがビームブーメランを投げる。
円弧を描いて飛ぶその光の刃は、次々に空中のディンを切り裂き、撃墜して……
再び戻ってきたところを、ルージュが受け取ろうとした、その時。
彼らの頭上、さらに高い上空から、ビームライフルの一撃が放たれて……空中のブーメランを、撃墜した。
「……その辺で止めておくんだ、カガリ。
いや、オーブ首長国連合代表、カガリ・ユラ・アスハ!」
「お前は……アスラン・ザラ!」
そう、ビームの射線を追い、皆が見上げたそこにいたのは。
高々度から太陽を背に舞い降りてくる、血のように紅いMS。ZGMF−X23Sセイバー。
慌てて迎え撃とうとした護衛のムラサメの腕を、翼を打ち抜き、次々に無力化していく。
「邪魔をするな、アスラン! 私の邪魔をするというのなら、お前だって……!」
「邪魔だと? 俺が一体何の邪魔をしていると言うんだ、カガリ」
反射的に叫んだカガリに、アスランはしかし、対照的に静かな口調で問いかける。
その、一種異様な雰囲気に……カガリは思わず、言葉に詰まる。
「教えてくれ、カガリ。俺は一体、何の邪魔をしていると言うんだ」
「それは――この戦闘を、オーブ軍の戦いを――」
「何のための戦闘だ。何のための戦いだ。お前は、お前たちは――何を目指して戦っている!?」
「何を目指す、って……」
- 269 :隻腕18話(15/24):2005/12/11(日) 12:43:08
ID:???
カガリには、突如現れたアスランが何を言いたいのか、咄嗟には分からない。彼には珍しい饒舌ぶり。
攻撃することも忘れて、呆然と通信画面の向こうの彼を見つめる。
「2年前もそうだった。俺たちは何を目指すのかも分からず、何をしたいのかも明確にせずに戦っていた。
ただひたすら、戦争を終らせることだけを目的に。そこから先の展望を、何一つ持つことなく」
「…………ッ!!」
「今だってそうだろう。お前は、この戦争を終らせてから考えれば良い、とでも思っているのだろうが……
だが、何を目指す。何を求める。戦後の世界で、どうやって融和と共存を実現するつもりなんだ!
果たして、俺が邪魔してしまうとマズいようなビジョンが、お前にあると言うのか!?」
アスランは叫ぶ。叫びながら、銃をカガリに向ける。
カガリは反射的にコンバインシールドを構えるが、その反応さえも読まれていて。
咄嗟に盾で上半身を、コクピットを覆ったルージュの、無防備に晒された両足が吹き飛ばされる。
「ま、待てアスランッ! 私の話をッ……」
「……俺は待ったんだ。2年もの間、何かが変わることを。カガリの手助けを通じて、世界を変えられる機会を。
だが、その結果はどうだッ! 何も変わりはしなかったッ、あれだけの犠牲を生んでおきながらッ!」
叫びながら距離を詰めたセイバーが、ビームサーベルを手に斬りかかる。
ルージュも咄嗟に対艦刀で応戦するが、哀しいかな、実体兵器はPS装甲の前には無力。セイバーは避けもしない。
両足を失い剣も弾かれ、バランスを失ったルージュに、セイバーのビームサーベルが振り下ろされる。
白獅子の紋章の描かれた左肩にビームサーベルが食い込み、複合シールドもろとも腕が吹き飛ばされる。
「親友同士が、敵味方に分かれて!
血を分けた父子が、銃を向けあい!
愛を誓い合った2人が、剣で斬りつけ合うような悲劇は……
……俺たちだけで、十分なんだッ! 俺を最後に、二度と起こさせては、いけないんだ!」
「待て、アスラン! お前は、根本的なところで勘違いを――」
「俺は変えてみせる! 今度こそ、戦争のない世界にみんなを導いてみせる!
――デュランダル議長の、『デスティニープラン』で!」
カガリの叫びは、アスランに届かず――アスランの中でも、何かが砕け散る音が響く。
セイバーの両手に握ったビームサーベルが、一瞬の間に何度も虚空を切り裂いて――
頭を、足を、腕を、翼を、砲塔を、切り飛ばされたストライクルージュが、成す術もなく落下を開始する。
「アスラぁぁぁンッ! お前はァぁぁぁッ!」
「……殺しは、しない。今すぐ、軍を引け。逃げに徹すれば、生き延びることはできるはずだ――」
醒めた目で、アスラン・ザラは落ちて行くカガリを見下ろして――
落下するルージュの胴体を、海面近くで1機のM1アストレイがキャッチした。
慌てて逃げ出すその後姿を、セイバーは撃とうともしない。ただ次の敵を探して、その場を飛び去る――
- 270 :隻腕18話(16/24):2005/12/11(日) 12:44:09
ID:???
「艦長! 敵の一角が崩れます!」
「……アスランね。あのオーブの姫獅子を落としてくれるとは、予想以上の働きね」
その様子は、ミネルバの側での察知できていた。
正直なところ、タリアも他のクルーも、アスランがオーブ相手にここまでやるとは思ってもいなかったのだが……
「シンとレイは?」
「レイのザクファントムは、敵ウィンダムと交戦中。
ブラストインパルスは……どうやら水中のアビスと、交戦中の模様!」
「……わかったわ。セイバーの開けてくれた穴を、さらに抉じ開け、広げ、決着をつけましょう。
タンホイザー発射準備! アーサー、敵艦の位置を計算して、艦の姿勢を調整して頂戴。
メイリン、射線上の友軍MSに、退避勧告を。
目標、オーブ軍巨大空母、タケミカズチ! 一気に決着をつけるわよ!」
「はいッ!」
この機を逃がすまいと、ミネルバが動く。ミネルバ先端の装甲がゆっくりと開き、陽電子砲が展開する。
ストライクルージュの撃墜、それに動揺したオーブ軍からの攻撃が減ったのを見ての、タリアの決断。
タンホイザーは確かにミネルバで最大の攻撃力を誇る兵器だったが、装甲に覆われていないという欠点がある。
その起動は、見方を変えれば弱点をむき出しにすることと同義なのだ。
射程も特筆すべきほどの長さはないことから、ここまで温存せざるを得なかったのだが……
「……悪いわね、トダカ一佐。貴方には、恨みはないのだけれど」
『ええ。覚悟しております。……お気遣い、感謝いたしますわ』
『……その一言は余計ですよ。では、ご武運を』
タリアの脳裏に、オーブ沖で交わした言葉がよぎる。
互いに艦を預かる責任者として、確かに通じ合った心と心。しかし今は、敵同士。
胸の内に湧き上がる甘い感傷を、タリアは無言で握り潰した。
「タンホイザーを展開するの!?」
「……やらせるかよ!」
その光景を見たマユとスティングは、さらに苛烈な攻撃を加え始める。
残弾を気にすることなく、ミサイルを大量に吐き出すカオスの機動兵装ポッド。
バルカンまでも撃ちっ放しにする、フリーダムのフルバースト連射。
だがオレンジショルダーの面々は、冷静にそれらを受け止め、あるいは打ち落とす。
1機のザクが盾で止めきれず、脇腹から煙を上げて迷走を始めるが、残る3機は動じることなく己の任務に集中。
数は減れども、マユにもスティングにも、付け入る隙を与えない。
- 271 :隻腕18話(17/24):2005/12/11(日) 12:45:11
ID:???
「グレイシアのザクが被弾!? こっちに戻ってこれるか?」
『無理のようです、グレイシアさんとの交信も途絶しています! グゥルはコントロールを失っている模様!』
ミネルバの格納庫で、メイリンとヨウランが画面越しに怒鳴りあう。
格納庫では、いつ艦載MSが戻ってきても大丈夫なように、消火や救護の態勢を整えていたが……
しかし肝心のMSが戻ってこれないのでは、どうしようもない。撃墜された仲間を心配しつつ、何もできない。
と、その時――整備班に加わっていたメンバーの1人が、艦内通信モニタのところに駆け寄る。
予めこのような事態も想定していたのか、既にパイロットスーツに着替えていて。
右袖だけが大きく肘のあたりまでまくり上げられ、ギプスに固められたままの腕が見えている。
「ねえメイリン、あたしが出るわ! あたしがグレイシアを拾ってくる!」
『お、お姉ちゃん!? で、でも、お姉ちゃんケガしてるし、ザクだって……!」
「戦闘はしないわ。ちょっと回収に出て戻るだけなら、大丈夫。彼女?を見捨てるわけにはいかないわ」
『……艦長、どうします? ……わ、分かりました。
ルナマリア機の出撃を、許可します。ただし回収後すぐに帰還するように。カタパルトは使わないでね』
「了解。お姉ちゃん、物分りのいい子は好きよ♪」
悩みつつも、メイリンは即座にタリアに判断を仰ぎ、タリアも即座に頷き、同意したのだった。
仲間を見捨てることはできない。ルナマリアの腕なら、現状でも回収作業くらいできるだろう、との判断。
ルナマリアは頷くと、右腕を手近な壁に叩きつけ、邪魔なギプスを叩き割る。
「ヴィーノ、あたしのザク、30秒で用意して! すぐに出るわよ!」
「タンホイザーを撃つのか!? 今落とされたのは……誰のザクだ!?」
「どっちを見ている、インパルス!」
その光景を海面近くから見ていたシンは、横から襲ってきた無数の光に、慌てて身をよじる。
見ればアビスが上半身だけを海面に出し、左右バインダー内の3連装ビーム砲を撃っている。
ギリギリで回避しつつ、反撃のビームを放つが、既にその時にはアビスは海の下。
「全く、鬱陶しい! 」
モグラ叩きのような際限のない戦いに、シンは苛立ちを隠せない。ミラー加工のバイザーの下で、舌打ちする。
敵が顔を隠したこの隙に、とばかりにオーブ艦隊に大砲を向けるが、その途端にまたアビスが攻撃を仕掛けてくる。
避けて反撃すれば、すぐにまた海中に逃げられる。この繰り返し。
海の中から直接攻撃されない分、まだなんとか持ってはいるが、これが延々続けばどうなるか分からない。
一方、攻撃を仕掛けるアウルの方も、焦っていた。
海中から攻撃できる武器は既になく、残された手段は、海面に顔を出してのビーム攻撃だけで……
そのエネルギーさえも、そろそろ危険域に到達しつつあった。アウル本人の体力と集中力も、いい加減限界に近い。
そう、アウルは補給を受けるために海面に顔を出した所で、艦隊に迫るインパルスを見つけてしまったのだ。
無視もできず、退くに退けず、膠着した戦いを強いられていたが、このままで良いとはアウルも思ってはいない。
大きく深呼吸をして――最後の賭けに出るチャンスを、海中から窺った。
- 272 :隻腕18話(18/24):2005/12/11(日) 12:46:09
ID:???
――遠くにミネルバの姿が見える。
展開されるタンホイザー。こちらに向けられる砲口。
それを眺めながら……トダカは、自分たちの敗北を覚悟した。
「……カガリ様は?」
「ルージュを確保したM1が、先ほど着艦しました。これからコクピットをこじ開けるところです」
「……アマギ。後は頼む」
トダカはアマギを呼び、目と目を合わせて頷きあう。
黙ってブリッジから出てゆくアマギ。その動きに、他の兵士たちは首を傾げる。
「ど、どうなされたのですか?」
「ミネルバが狙うのは、おそらく本艦だ。
そしてあの巨砲を避ける機動力は、本艦にはない。発射の阻止も、どうやら間に合わん。
遺憾ながら、本艦を放棄する。総員――退艦!」
アマギとトダカの意図を尋ねた部下に、トダカは何も答えずに――その最終命令を、発した。
「総員退艦! ミネルバの陽電子砲の着弾の前に、総員退艦せよ! 急げ!」
陽電子砲のチャージが、行われる。
矢印のような形のミネルバの突端、タンホイザーの砲身が、気味の悪い光を放ち始める。
それらを眼前に見ていながら、マユとスティングは打つ手がない。
粘り強く奮戦するハイネ隊を前に、ミネルバ本体への有効打を加えられない。
と、フリーダムとグフが交錯し、互いに弾き飛ばしあったその時――
マユも、スティングも、ハイネも、ゼロも、アキラも。5人とも、その影に気づく。
ミネルバに向け飛んでくる、前進翼持つ3機の航空MAの姿……!
「タケミカズチには、カガリ様がいる! あの艦はオーブ軍の要でもある!
時間がない、すまんがお前たちの命をくれ! 『特別攻撃』をかけるぞ!」
「はい、馬場隊長!」
「おおッ! 国を出たその時より、ここが死に場との覚悟はあります!」
「ば、馬場一尉! それに馬場隊のみんな! 一体、何を!」
マユの叫びにも振り返らず、馬場率いるムラサメ隊はそのままミネルバに向けて突進する。
文字通り、そのまんま、身体ごと。全く減速することなく、突進する。
オレンジショルダー隊が慌ててビームを浴びせかけるが、一発二発被弾した程度では、彼らの勢いは止まりはしない。
「セイラン三尉、後は頼むぞ! 我らの意地と覚悟――とくと見よ!!」
そして、彼ら3機は、そのままミネルバに体当たりを敢行し、大きな爆発を――!
- 273 :隻腕18話(19/24):2005/12/11(日) 12:47:08
ID:???
「な、何が起こったの!?」
「カ……カミカゼ・アタックです! ムラサメが3機、本艦に突っ込みました!」
「右舷カタパルトに被弾、火災発生!」
「左翼中央、及び右主砲基部に直撃です! 損害甚大の模様!」
「陽電子砲は? タンホイザーの損害は!?」
3つ続けての激しい振動に、ミネルバは文字通り揺れる。流石に予測すらできなかった、最悪の攻撃。
各部署から届く被害報告の中、タリアはそれでもまず真っ先にタンホイザーの安否を尋ねる。
「タンホイザーは……上部ハッチに歪みが出た他は、どうやら無事のようです! チャージ完了!」
「では、急ぎ姿勢を回復させて! 一瞬だけ安定すればいい! 回復次第、タンホイザー発射! 急いで!」
「は、はいッ!!」
タリアの指示に、副官のアーサーが大慌てで答える。
通常ならばここは、艦のダメージチェックと火災の消火が優先されるところであったが……今は、状況が違う。
この大ダメージでは、今すぐ撃たねばもう撃てるチャンスはないだろう。タリアの英断だった。
「もうちょっと、右エンジンの出力を上げて……よし! 安定した!
……タンホイザー、てぇッ!!」
慌しいアーサーの指示を受けて。
最初の予定から、十数秒遅れて――陽電子砲タンホイザーが、光の柱を、撃ち放つ。
その、太く、眩しく、破滅的な閃光は、ムラサメ隊の想いも何も、全て踏みにじりながら、タケミカズチへと――!
――タケミカズチの、がらんと人気の失せたブリッジで。
ただ1人残ったトダカは、死をもたらす閃光が迫るのを見ながら、制帽を被り直した。
心残りなことは少なくなかったが、しかし落ち着いた笑みさえ浮かべて。
「頼むぞ、みんな。いつかきっと、道を開いてくれ。
私と、今日この海に無念にも散った、皆のためにも…………!」
彼の呟きは、圧倒的なまでの光に飲み込まれて――
タケミカズチが、そのブリッジを中心に、ごっそりと削り取られる。
光が通り過ぎた後が、冗談か何かのように、円柱形に消滅していて――
一瞬遅れて、残された船体が、爆発を起こす。
炎に包まれる。脱出が遅れた兵士たちの、断末魔の悲鳴があちこちで上がる。
マユたちの私室のあった、居住区も。
マユたちが遊んだ、ゲームセンターのある厚生ブロックも。
マユを慕う店員たちが大勢いた、売店街も。
打ち捨てられた、ストライクルージュの残骸も。
全て、等しく炎と爆発に包まれて――そのまま、海の中へと沈んでゆく――!
- 274 :隻腕18話(20/24):2005/12/11(日) 12:48:06
ID:???
「……やったか!」
ブラストインパルスのシンは、その光景に喝采を上げる。
喝采を上げつつ――彼は彼の仕事を果たさんと、残されたオーブ艦隊に迫る。
旗艦を失い動揺する巡洋艦に、そのビーム砲の狙いをつけて――
「……させねぇって言ってるだろッ!」
その足元、海面を割って飛び出したのは――MA形態のアビス。
真下から突き上げるように、インパルスに体当たりを仕掛ける。
砲撃態勢を取っていたインパルスは、その急な出現を避けきれない。交通事故のように、空中に弾き飛ばされる。
「なッ! しつこいんだよ、お前は!」
「これ以上、やらせてたまるかよッ!」
弾き飛ばされたその空中で、しかしシンは素早く、大砲の中から長い棒を取り出す。ビームジャベリンだ。
空中で姿勢を回復し、光る槍を構えて突き出すが、咄嗟にMS形態に変形したアビスはそれをギリギリでいなす。
突き出された槍を腕ごと小脇に抱え込むようにして、2機一緒にもつれ合って海面に落下する。
「くそッ、離せ!」
「離してたまるか、こっちはもう武器がないんだ!」
アウルは必死で叫んで、インパルスを抱えたままフットペダルを思い切り踏み込む。
コアスプレンダーの排除で逃げられぬよう、相手の背中にも片手を回し、しっかり押さえ込む
アビスの圧倒的な水中推力を活かし、インパルスもろとも海中深くへまっしぐらに潜っていく。
そう、歩く武器庫とも言われたアビスだったが、もはや弾がないのだ。ビームでさえも、もう撃てない。
残っているものと言ったら、その水中での推力と、構造的な対水圧性能だけだ。
アビスはその名の通りの深淵に引きずり込み、水中対策のないインパルスを水圧で圧壊させようと――!
「……冗談じゃない! そんなのに、付き合っていられるか!」
たまらず叫んだのは、シンだった。彼の中で、何かが割れ、砕け散る音が響く。再び到達した、限界を超えた世界。
手にしていたビームジャベリンの柄を手放し、背中からもブラストシルエットを排除する。
シルエット排除のはずみで、ブラストシルエットにも片手をかけていたアビスの束縛が、一瞬緩む。
その隙を見逃さず、インパルスは両手を自由にし、左右の腰からフォールディングレイザーを手に取って……
「沈みたいなら、1人で沈んでいけッ!」
両手のナイフをアビスの両腰サイド、水中用の主推進器の、ウォーターインテークに、叩き込む。
水の取り入れ口は、さすがにPS装甲に包まれてはいない。鋭いナイフの刃が、深々と突き入れられ、破壊する。
動きを止めたアビスを、インパルスは蹴り飛ばして離れる。1機虚しく、深淵へ沈んでゆくアビス。
「……マユッ!! 僕はッ……!!」
アウルの叫びは、暗い水中に響く爆音に遮られ――腹部の両脇で起こった爆発に、アビスのコクピットも――!
- 275 :隻腕18話(21/24):2005/12/11(日) 12:49:15
ID:???
――水中のその惨劇は、マユには見えていない。気付いていない
気付いてはいなかったが――馬場一尉たちの特攻、そして轟沈するタケミカズチだけで、彼女には十分だった。
マユの目が、信じられない光景に、見開かれる。
馬場一尉。トダカ一佐。アマギ一尉。まるで娘のように可愛がってくれた、オーブ軍の軍人たち。
そして、姉のような存在であり、また将来の義姉として慕っていた、カガリ・ユラ・アスハ――
それら全てが、一瞬で、失われて――
マユの目の前が、真っ赤に染まる。
何故か重ね映しになるのは、2年前のオノゴロ島の悲劇。
バラバラになった父。バラバラになった母。そして、跡形も残さずに、閃光の中に消え去った兄――
マユの脳内に、何かが砕け散る音が、響き渡る。
動きを止めたフリーダム。
その姿に、相対していたオレンジショルダー隊が素早く動く。
ハイネ隊の1人、ゼロのザクウォーリアから放たれたワイヤーが、機動力の要であるフリーダムの両羽根を縛る。
動きを封じられたフリーダムに、アキラのザクウォーリアが、今度は標準装備のビームトマホークで斬りかかる。
だが、マユは――焦りの色も見せずに、ユラリと、動いた。
ゆっくりとした初動。ユラリ、というほか無い、微妙な動き。
翼を縛られたまま、全ての抵抗を辞めて自由落下。ビームトマホークは空振りし、ゼロのザクは逆に引っ張られる。
その機を逃さず、瞬時に両足のスラスターで急上昇。敵のトマホークの刃を利用して、ワイヤーを切断する。
敵の狙いを完全にズラしつつ、信じられぬほど適切な機体操作で、敵の武器さえも有効利用してみせる。
「な、何ッ!?」
「気を抜くな、アキラ!」
束縛から自由になったマユのフリーダムは、ユラリ、とビームサーベルを抜く。
スピーディな普段のフリーダムとは、むしろ対照的な静かな動き。
しかし、その見る者を惑わすような、武道の型を思い出させるような動きに、アキラはかえって反応できない。
蛇に睨まれた蛙のように、金縛りにあって――吸い込まれるように、ビームサーベルがコクピットに叩き込まれる。
「……アキラッ!」
思わず叫んだゼロも、ユラリ、と振り返ったフリーダムの剣を避けきれない。
コクピットへの直撃はかろうじて避けたが、肩から袈裟懸けに切り裂かれ――機能を停止して、海面に落下する。
「な……なんなんだ、お前は!」
MS同士の格闘戦に長けたエースであるハイネも、このフリーダムの剣技にはただ驚くしかない。
まるでその技は、達人の、それも悟りの域にまで達したような、究極レベルの達人が稀に見せる領域の――
- 276 :隻腕18話(22/24):2005/12/11(日) 12:50:10
ID:???
――その、フリーダムの中。
マユは――悟りとは程遠い、激怒に染まった顔で、操縦桿を握っていた。
「よくも……よくも、みんなを!」
微妙に焦点の合わぬ、虚ろな瞳で。血の涙を流しながら。
目の前のオレンジ色のグフに、飛び蹴りを叩き込む。
怒りが先走りすぎて、かえって動きが遅くなっている状況。
それが絶妙な「呼吸と動きのズレ」を生み、揺らぎを生み、敵の対応を遅らせていた。
フリーダムの蹴りは吸い込まれるようにグフにヒットし、遥か遠くに蹴り飛ばす。
「あんたたちが……あんたたちさえ、居なければ……!」
ユラリ、と緩やかな、捉えどころのない動きで、フリーダムがフルバースト形態になる。
2門のビーム砲、2門のレールガン、1門のビームライフル。
そこだけが時間の流れが遅くなったような錯覚。ムラサメ特攻のダメージ深いミネルバは――動けない。
タリアが、アーサーが、メイリンが……その光景を確認しながらも、思わず凍りつく。
フリーダムは、ゆっくりとその5門の狙いをミネルバのブリッジに向ける。
ゆっくりと、ロックオンする。
ゆっくりと、引き金が引かれて、5本の光が、吸い込まれるように、ブリッジに――
「――させないわよ! そんなこと!」
突如、時間の流れを、元の感覚に引きずり戻したのは。
ブリッジの前に飛び出した、赤い影。1人の少女の叫び。
それは――ルナマリア・ホークの、ザクウォーリア。
気絶したグレイシアの機体を回収した直後、フリーダムの攻撃を見た彼女は、咄嗟に格納庫からジャンプして。
ウィザードもつけず、コクピットハッチも失われたまま、ブリッジの前に飛び出して――
その左肩の盾を、機体の前に翳す。
3本のビームが、そのアンチビームシールドに受け止められ、激しい火花を上げる。
高熱のビーム粒子が盾に散らされて、美しい花火のように周囲に飛び散る。
レールガンの弾丸が両足に直撃し、千切れ飛ぶ。ルナマリアのザクウォーリアは、そのまま海の上に落下していく。
それを受け止めたのは――いつの間に戻ってきていたのか、水中から飛び出したインパルスだった。
戦闘の過程で捨てたのか、その背にシルエットはない。
急な妨害に、マユは一瞬、追撃の機会を逃して。
舌打ち一つすると、改めてその銃をミネルバに向ける。
今度こそ、そのブリッジを打ち抜こうとして――
- 277 :隻腕18話(23/24):2005/12/11(日) 12:51:25
ID:???
- ――フリーダムの身体が、急に後ろから、かっさらわれる。
MA形態のカオス。それが通り過ぎざまに、その足のクローでフリーダムを鷲掴みにしたのだ。
2機が寸前までいた空間を、雨のようなビームの嵐が通り抜ける。
ハイネ・ヴェステンフルスのグフイグナイテッドの両手のビーム砲だ。フリーダムを狙っていたのだ。
「何するのよ、スティング! 邪魔しないで! もうちょっとであいつらを!」
狙われていたことも気にせず、助けられたお礼も言わずに、マユは半狂乱になって泣き叫ぶ。
自分などどうなっても良い、討たれても敵を撃ちたかったのだ、仇を討ちたかったのだ、と言わんばかりの態度で。
そんな彼女に――スティングは感情を押し殺し、短く、呟く。
それは攻撃に参加しつつも、冷静に周囲を観察していたスティングだからこそ気づいた、残酷な事実。
「――アウルが、殺られた。インパルスに――殺られた」
「え――」
スティングの言葉に、マユは何を言われたのか全く理解できず、呆けた顔で。
そのまま、フリーダムを捕まえたままのカオスは、その戦場を、完全に敗北が決まった戦場を、飛び去った。
――ミネルバ、格納庫。混乱続くその一角に、赤いザクを抱えたインパルスが降り立つ。
「ルナ! ルナマリア、大丈夫か!」
インパルスのコクピットを開けながら、シンは叫ぶ。表情を隠すミラー加工のヘルメットを、脱ぎ捨てる。
叫びながら、ルナマリア機のコクピット、ハッチの欠けた奈落のような空間に、駆け寄る。
「あはは……シン、ご免ね……。また、あたし……ヘマやっちゃった、みたい」
「ルナッ……!!」
「び、ビームの、高熱の粒子が……ッ!?」
コクピットの中を覗き込んだシン、そしてその後ろから覗き込んだ救護班は……
みな、一様に言葉を失う。肉の焦げる、嫌な匂い。パイロットスーツの溶ける、嫌な匂い。
コクピットの中の彼女は――その胸から下が、激しく焼けただれていた。表面など、ほとんど抉られたような格好だ。
アンチビームシールドの表面で弾かれ散らされた、超高熱の粒子。
その中の1粒が、ほんの1粒が、運悪く、欠けたままのコクピットハッチから飛び込んで――
たった1枚の板がなかったせいで受けてしまった、致命的な損傷。
即死しなかったことが不思議なくらいの、どうしようもないような火傷。顔が傷ついていないのが、奇跡的だった。
「ごめんね、シン……。あたし……約束……守れな……。メイリンを、あの子を……お願い……」
「喋るなルナ! 今すぐ手当てしてやるから。約束だって、守れるから……!」
「ああ……。シンと一緒に、学校。行きたかった、な……」
「…………!!」
それを最期に、ルナマリアの首は、ガクリと折れて――
格納庫に、シンの声にならぬ絶叫が、響き渡った。
- 278 :隻腕18話(24/24):2005/12/11(日) 12:52:22
ID:???
――スエズ沖海戦、決着。
旗艦タケミカズチを失ったオーブ艦隊は総崩れとなり、その全ての艦船が最終的には沈められた。
ザフト軍は、突破点を作った功労者、損害著しい戦艦ミネルバをその場に残したまま、スエズ基地を攻撃。
その勢いに基地の防衛隊も支えきれず、すぐに基地は陥落した。
基地指令は、早々にスエズ基地の放棄を決定、自らいち早く逃亡する。
しかしその命令が徹底していなかったため、連合兵たちは先の見えない抵抗を続け、無用の屍の山を築いた。
命からがら逃げ出すことに成功したオーブ軍と連合軍の残党は、エジプト方面に脱出して……
そこにいた連合軍に、救出された。
逃げ延びられたのは、ごく僅かだった。MSという足の速い乗り物に乗っていなかった者は、大方捕らえられた。
脱出しそこねた生存者の多くは、そのままザフトの捕虜となり、今やザフト軍の基地と化したスエズに、捕われた。
脱出できた兵、そして捕虜になった兵のリストの中には……
艦隊司令カガリ・ユラ・アスハ、そしてアマギ一尉たちの名前は、記されていなかった。
元より、死亡した兵士の遺体確認も困難極まる乱戦である。
最終的に連合軍は彼女たちを、他の撃墜が確実な兵士たちと合わせてMIA、『戦闘中行方不明』として処理した。
事実上の、戦死認定だった。
かくして、オーブ派遣艦隊は全滅し――スエズ基地はザフトの手に落ちて。
この戦争は、大きな転換点を迎えることになる。
勢いに乗ったザフト軍は、各地で攻勢を強め、地中海の入り口・ジブラルタルまでも、再びその手に収めて。
危機感を抱いた連合軍は、ある開発途中の新型兵器の実戦投入を、予定よりも前倒しにすることを決定した――
――そして、粉雪舞い散るベルリンに、血の雨が降る――
第十九話 『 凍てつく魂 』 につづく