- 384 :隻腕19話(01/18):2005/12/16(金) 13:09:13
ID:???
タケミカズチ轟沈、オーブ艦隊全滅、スエズ陥落、そしてカガリのMIA……。
その一報は、すぐに本国オーブにも届いた。
「ふざけるな! 探せ、カガリを探すんだよ! 行方不明なんて、そんな!」
「しかしユウナ様、もはやあの海域一帯はプラントの勢力圏に……」
「そんな言い訳、聞けるかッ! 連合軍は何をしている! あと、プラント側にも捜索要請だ! 早くッ!」
オーブ行政府、代表首長の執務室で。
ユウナは、余裕も何も全てかなぐり捨てて叫ぶ。公務の場では珍しい、感情剥き出しの顔。
もちろん彼の部下たちも、この状況を甘んじてなどいない。取り得る限りのルートを使い、各所に働きかける。
だがそれらの努力は、どう考えても絶望的で、実のある結果が得られるとはとても……。
そんな、あたふたと慌しい執務室に、悠然と入ってきた人影が1つ――
オーブ宰相、ウナト・エマ・セイラン。
「……騒ぐな、ユウナ。みっともない」
「父上!」
ウナトはユウナとは対照的に、余裕たっぷりの態度で、笑みさえ浮かべて息子をたしなめる。
「今回の件、実に不幸なことだな。送り出した時より覚悟はしていたが、こんな結果になるとは」
「何を……!」
「しかし、せめてスエズだけでも守りきって欲しかったものだな。大方、あの娘の采配ミスといったところか。
責任を追及しようにも、死んでしまったのでは仕方ないのォ」
「…………!!」
言葉とは裏腹に、ニヤケ顔を隠せぬウナト。ユウナは色を失って立ち上がる。
ウナトの態度は、誰がどう見ても……。
ユウナの中で、ある疑いが決定的なものになる。艦隊壊滅直前に飛び込んできた、1つの大疑惑。
「……父上。まさか貴方は、本当に、連合の……?!」
「ん? ああ、あのデュランダルのバカげた妄言のことか? あんなもの、言うだけならなんとでも言えるからなァ。
ただ、もしもだ。もし万が一、真実だとしても……我らがオーブは、連合と共に行くと決めたのだ。
あの名士の方々とお近づきになれたとしたら、実に素晴らしいことだと思わんかね?
それこそ――艦隊の1つや2つ、惜しくはないくらいだよ。
いやァ、アレが根も葉もない妄想に過ぎないのが残念なくらいだな、ハッハッハ!」
「…………」
わざとらしく笑うウナト。その態度は、もはや認めているようなものだ。
ウナト自身、ロゴスのメンバーだと。デュランダル議長の投げかけた疑惑が、真実だと。
そして今回のオーブ派遣艦隊全滅も、ロゴスのシナリオの内だということを……。
俯いたままのユウナの身体が、震える。その手が、机の上にあった「あるもの」を握り締める。
- 385 :隻腕19話(02/18):2005/12/16(金) 13:10:06
ID:???
「……まぁこれで、いい加減バカな夢からも目が覚めたろう、ユウナ。
あんなバカ娘のことなど忘れ、これまで以上にオーブを繁栄させて行こうではないか。我らセイランの名の下に。
なぁに、気にすることはない。嫁なら良い娘を探してやる。あんな色気のない小娘よりも素晴らしい相手を、な。
そうだな――大西洋あたりの伝統ある良家のどこかから、誰か縁組の相手を探すとするか……」
「……父上」
「ん?」
1人ホクホクと今後のことを語っていたウナトは、ユウナの冷たい声にふと振り返る。
見上げて目にしたのは――凶刃のきらめき。
「なぁッ!!」
「あなただけは……あなただけはァァァ!!」
振り下ろされる手。
飛び散る鮮血。
その場に尻餅をつくウナトの身体。
ユウナは、その血走った目を見開き、凶器を手にしたまま――
「あなただけは……許せないィィィ!」
「な、なにを、ユウナ……!」
頭頂部から血を流し、腰を抜かして後ずさるウナトに、ユウナはなおもレターナイフを振り上げる。
紙を切るための道具とはいえ、逆手に握りしめ渾身の力で振り下ろせば、老人1人くらい軽く殺せる。
血のついた刃を振りかざし、本物の殺意を滲ませて、ユウナは実父にとどめを刺さんと――
「お、おやめ下さい、ユウナ様!」
「!! 離せ! こいつは、コイツだけはッ……!」
「だ、誰か! 誰か警備員を! 早く!」
ウナトに2撃目を加えんとしていたユウナは、その場にいた職員たちに羽交い絞めにされる。
どちらが正しいにせよ、彼らとて目の前で殺人を容認するわけにはいかない。ましてや、父殺しなど。
恐怖のあまり、腰を抜かしたまま失禁するウナト。数人がかりで組み付かれながら、なおも暴れるユウナ。
「カガリを……カガリを返せ! この人殺しがッ!
コイツだけは、この人だけは、ココで殺しておかないといけない人間なんだッ!」
「きゅ、救急車を! ウナト様のお手当てを!」
「――乱心! ユウナ様、御乱心!」
- 386 :隻腕19話(03/18):2005/12/16(金) 13:11:04
ID:???
マユ ――隻腕の少女――
第十九話 『 凍てつく魂 』
――鉄条網を上部に抱く、無機質なフェンスに囲まれた空間。
その扉が押し開けられ、小銃を担いだ男たちが中に踏み込む。
「……大丈夫か! 助けに来たぞ!」
「あなた方は……?」
「ここに収容されているのは、ザフトの協力者の方々か? 誰か責任者かリーダーのような方は?」
スエズ基地の近くに作られていた、捕虜収容施設。
解放に来たザフトの歩兵たちを、みすぼらしい服を着せられた人々が呆然と見上げる。
この一角に収容されていたのは、今回の戦争を機に立ち上がった各地のレジスタンス。捕虜と言っても、微妙な立場。
守ってくれる者も、守ってくれる法もない彼らは、ある意味でザフトの正規兵よりも酷い扱いを受けていた。
ザフト兵の捕虜と違い捕虜交換の可能性もなく、連合の一大拠点であるスエズが落ちるとも思えず。
希望すら失い、正気さえ危うくなりかけていた者が少なくなかったのだ。
だから彼らは、解放されたのだ、という事実そのものがなかなか飲み込めず、ただただ呆然として。
ザフト兵に声をかけられた男も、無精髭がぼうぼうに伸びた顔で、言葉に詰まる。
「責任者と言われましても……。ここでは、あちこちの地域の者が一緒くたにされていますから」
「そうか――どうしたものかな。あなた自身はどちらの?」
「私は、ガルナハンで抵抗運動に参加していて、連合軍に」
「ガルナハン……ああ、ローエングリンゲートの」
「タンホイザーゲートが落ちた時に、逃げ遅れてしまって」
「で、ガルナハン地方の捕虜の、リーダー格の方は? 出身地別にまとまっていてくれるとやりやすいのですが」
ザフト兵たちも、この収容者たちの扱いは頭の痛いところである。
かなりの人数がいるから、とてもバラバラには処理できない。せめて地域ごとにまとめて扱いたいところであった。
「ああ、我々の組織の現在のリーダーは、連合に捕まらず脱出したはずですが……
今は亡き前リーダーの、娘さん。彼女が、この収容所に来てからは我々のまとめ役に。
まぁ、そのせいで連合の兵にも目をつけられ、酷いこともされていたようですが……。昨日も呼び出されて……」
「その娘はどこに?」
「確か……ああ、いたいた! ミス・コニール!」
- 387 :隻腕19話(04/18):2005/12/16(金) 13:12:09
ID:???
無精髭の男は、壁際にもたれて座り込んでいる小柄な人影に声をかけたが、彼女は動こうとしない。
やむなく、兵士の方から彼女のところに歩み寄る。
そこに居たのは、まとめ役、と呼ぶには、あまりにも年若い少女だった。
「コニールさん……ですか?」
「………」
「ザフトです。助けに来ました。できれば、ガルナハンの皆さんを集めて頂けると有難いのですが……」
「………」
「……コニール、さん?」
声をかけられても、少女は虚ろな目のまま、虚空を見つめていて――。
明らかに、まともではなかった。
――以前の彼女を知っている者なら、その変わり様に驚いたことだろう。
後頭部にまとめ上げていた髪は、いまや乱れるままに肩にかかり。
への字に結ばれていた口元は、だらしなく開いて。
強気な視線を崩したことのなかった目には、意思の光が見えない。
その衣服は他の虜囚に比べても一際傷みが激しく、ところどころ破けてさえいて。
そこから覗く素肌には、痛々しくも生々しい傷跡も――
彼女が連合の兵士たちから「捕虜に対しては本来許されない」ような扱いを受けていたことは、一目瞭然だった。
その立場も、性格も、そして整った顔も。目立つ要素は山ほどある。
しかし、それにしたって、こんな少女に……。
「大丈夫ですか!? しっかりして下さい、今、救護班を呼びますから……」
「……ミネルバ、は?」
「は?」
「ミネルバは……来てるの?」
「あぁ――ミネルバなら、スエズ沖の海戦にも参加してたし、そろそろ入港しているはずですが――」
「……来て、くれたんだ……」
コニール・アルメタは、虚ろな表情で呟いて――
ザフトの兵は、彼女の言葉の意図が掴めず、首を傾げる。
コニールの目の端から、涙が一筋零れる。そのまま、彼女は壊れた表情のまま、笑い出す。
「アハハ……来て、くれたんだ……。
シンたちが、また、助けに来てくれたんだ……! アハ、アハハ……!」
困り果てるザフト兵を、まるきり無視したまま。
コニールは、心身に深い傷を負った少女は、涙を流しながら笑い続ける――
- 388 :隻腕19話(05/18):2005/12/16(金) 13:13:24
ID:???
スエズ基地に、ミネルバが入港する。
――満身創痍とは、まさにこのことだ。ムラサメ3機の特攻と、フリーダムやカオスの攻撃によるダメージ。
外に出したまま、収納することもできなくなったタンホイザーからは、今なお一筋の煙が上がっている。
強引な砲撃によって、回路の一部が破損しているのだ。
「……よく、あんな状態で撃てたよなァ」
「陽電子砲を撃ったのは、カミカゼ喰らった直後だったらしいぜ」
「ミネルバの艦長、変なウワサもあったけど。でもこりゃ本物だな」
「変なウワサって?」
「なんか、新鋭戦艦の艦長の座を、寝技で取ったって。でもコレ見ちゃうと、やっぱ選ばれたのは実力なんだな」
「何を今さら! ユニウスセブンの時とローエングリンゲート突破で、みんなもう分かってるって」
先行して基地を制圧した者たちはミネルバを見上げ、感嘆する。ま、一部下世話な噂話も混じっているようだったが。
ミネルバの接岸した場所は、ちょうど以前タケミカズチが接岸していた場所だったが、そのことを知る者はいない。
その、ミネルバの格納庫の中では……整備兵たちが、傷ついた艦載MSを前に困り果てていた。
「インパルス、海水に浸かっちまったからなぁ。洗浄が大変だ」
「グフの方もスレイヤーウィップの交換しとかなきゃ。アレ、整備面倒なんだよなァ」
「それよりザクだよ。無傷なのが1機もない」
「とはいえ、すぐに動けるパイロットはレイだけだし、とりあえずそこから……」
言いかけて、さすがのヨウランも暗い顔になる。同じような会話を、スエズ戦の直前にもしたからだ。
あの時、寝る間も惜しんでルナマリアのザクも完璧な状態に仕上げておけば、おそらくは――
と、そんな整備兵たちのところに、歩いてくる人影が1つ。何かを片手にブラ下げた、シン・アスカだった。
今まで話していた話題が話題なだけに、思わず彼らは言葉を失って。
「……すまないな。インパルス、塩水まみれにしちまって」
「い、いや、仕方ないさ。あのアビスをついに倒せたことだけでも、すごい戦果だよ」
「ああ……。あれは敵が弱っていただけだから。自慢にもなりゃしない。
それより――忙しいところ悪いんだが、1つ追加で仕事を頼まれてくれないか?」
ヴィーノの必死の賞賛にも、シンはニコリともせず。彼は1つのヘルメットを差し出す。
MSパイロット用の、赤い、ヘルメット。見覚えのあるその色に、整備兵たちはみな息を飲む。
「それは……!」
「こいつを、俺に合わせて設定変えておいてくれないか? 頭のサイズ自体は、問題ないはずだ。
前に俺が使っていたヘルメットは、捨てておいてくれ」
そう、それは――ルナマリア・ホークが使っていた、彼女専用のパイロットスーツの、ヘルメットだった。
亡き彼女の遺品と共に戦う――そのシンの静かな覚悟に、彼らは圧倒される。差し出されたそれを、黙って受け取る。
「もう、ミラーバイザーで顔を隠す必要もない。
『シンの戦闘中の顔が怖い』って言ってた奴は、もう、居ないから……!」
- 389 :隻腕19話(06/18):2005/12/16(金) 13:14:38
ID:???
「……艦を、降りる?」
「はい……。ダメでしょうか……?」
ミネルバ艦長タリア・グラディスは、艦長室を訪ねてきたメイリン・ホークの言葉に、眉を寄せた。
眼下の港では、ミネルバから続々運び出される黒い袋。
ムラサメのカミカゼ・アタックで犠牲になったクルーたちの、遺体だった。
「軍を辞めるのね?」
「はい……。あたしは、もう、戦えません……。姉が、あんなことになっちゃって……」
「…………」
いつも元気で明るく、ブリッジ要員のムードメーカーだったメイリン。
その彼女が、俯いて身を震わせている。さしものタリアも、かける言葉が見つからない。
「姉は……あたしと違って、優秀でした。運動も勉強も、よくできて。
同じ両親から生まれた第二世代なんだから、遺伝子的には条件変わらないハズなんですけど……なんでですかね」
「…………」
「スタイルだって、良かったんですよ。あの人あたしより筋肉ついてたのに、ウェストとかはあたしより細くて。
アカデミーに入ってからだって、なんだかんだ言ってあっさり赤服ですから。
あたしなんて、早々にパイロットの道は諦めて、通信科に鞍替えしなきゃいけなかったのに」
「…………」
「連合と戦う動機なんて、お姉ちゃんにもなかったはずなのに。
お姉ちゃんったら、あたしには学校行け、学校行けってうるさくて。あたし、勉強なんてできないのに。
お姉ちゃんって、やれば何でもできちゃう人だったから。だから、何にも執着なかったんですよ、きっと……
でも何も、あんな無理しなくたって……! せめて、自分の命くらい、もっと大事に……!」
問われもせずに、メイリンは姉の思い出を語り始め……やがて、堪えきれずに、泣き出してしまう。
タリアはそんな彼女を、優しく抱きしめる。ポンポン、と優しく背中を叩く。
「辛いわね……。艦のクルーも、大勢亡くなったし……。失ったものが、多すぎるわね……」
「…………」
「メイリンの除隊、私からも上層部に働きかけてみましょう。しばらくは修理のために動けないですしね。
その間に、補充人員を要請して、仕事の引継ぎをしてもらって……それからで、いいかしら?」
「はい……すいません……」
「貴女が謝ることはないわ。謝らねばならないのは、部下を守りきれなかった、私の方よ」
泣き続けるメイリンを抱いたまま、タリアは呟く。
それは、自分の子供のように愛しく思っていた亡きクルーたちの魂に向ける、誓いの言葉。
「貴方たちの犠牲は、無駄にはしないわ。早く終らせないとね、こんな戦争は……!」
- 390 :隻腕19話(07/18):2005/12/16(金) 13:15:34
ID:???
その緊急番組は、世界中の街に流されていた。
艦隊壊滅のニュースで揺れるオーブの、街頭モニターでも――
『……本日の討論番組、ゲストをお招きしております。
デュランダル議長の主張の中でも、秘密結社『ロゴス』の一員と名指しされたお1人。
大西洋広域放送など数社のオーナーでいらっしゃる、ロード・ジブリールさんです』
『どうも、ロード・ジブリールだ』
『さてジブリールさん、まずはあの議長の演説、どうご覧になりましたか?』
『全くもってとんでもない話ですな。旧世紀の荒唐無稽な陰謀論を思い出させます。
『イルミナティ』や『フリーメーソン』、あるいは『ユダヤの見えざる帝国』などなど。
そして今度は、『ロゴス』……でしたか? 全く、バカらしい』
『は、はぁ』
ザフト兵たちが渋面で見上げる、スエズ基地の食堂のモニターでも――
『……しかし、作り話にしても、よくできている。私自身が当事者でなければ、作者を褒めたいくらいですよ。
デュランダル議長は政治家よりも小説家でも目指された方が良さそうですがね。いや、実に上手い』
『と、言いますと?』
『確かにあそこに並べられた面々は、政策など多くの面において近い意見を持つ者ばかりなのですよ。
実際、あの何人かとは、個人的な付き合いもあります。商業上の取り引きのある者もいます。
私も含め、議会にロビイストを送っているものも少なくないですしね。
ある意味では、我々が連合を動かしている、と言う表現も、間違ってはいないでしょう』
『で、でも、だとしたら、あれは真実と同じことになりはしませんか……?』
『……キミはバカか?』
『は!?』
雪の舞い散る、ヨーロッパのとある都市でも――
『あの議長の発言で問題なのは、『ロゴスが連合の全てを操っている』という部分だろう?!
確かに私はロビイストを使って働きかけてはいるがね、それらは法の範囲内だし、全てを操れているわけでもない。
法で許される行為さえも問題視し、疑惑でもって疑心暗鬼を煽る、議長の手口が分からんのかね?』
『はッ、はぁ……』
『あのリストに出ていたメンバーだってね、そりゃ大方の意見は一致しているが、対立している部分もあるのだ。
例えばアズラエル財団とは軍事予算の配分で意見を異にしているし、例の議員とはエネルギー問題で対立した。
しかしそういう対立した意見をぶつけ合い、議論をもって最善の策を探るのが民主主義だろうに。
それこそ、プラントの方が歪んでいるよ。評議会などを置いていても、あれは事実上議長の専制体制だろう!?』
『あ、あの、ちょっと、ジブリールさん……』
『奴らには未来がない。政治形態的にも、そして出生率の問題においてもだ。
この戦争の大元の根っこを探るならば、行き着くのはプラントという歪んだ社会の存在そのものだよ!』
『……あッ、すいません、そろそろこの辺で、一旦CMです。
CM終了後、ジブリールさんも交え、『ロゴス』疑惑について徹底討論を……』
――不意打ちのように殴りつけた、デュランダルのロゴス疑惑。
ジブリールたちは、そしてロゴスの側は、それに対して真正面から反撃を開始したのだった。
そして、その効果は、じわじわと、じわじわと――
- 391 :隻腕19話(08/18):2005/12/16(金) 13:16:32
ID:???
「……ご苦労だったね、アスラン君。キミには辛い戦いをさせてしまったようだ」
「いえ……私自身が、選んだ道ですから」
今やザフトのものとなった、スエズ基地。
ザフトの手による修繕と改造の進むこの地に、今なお地上に滞在していたデュランダル議長が訪れていた。
かつて、マユとジブリールが対面したその部屋で、顔を合わせていたのは呼び出されたアスラン・ザラ。
「まったく、早くこんな戦争は終らせてしまいたいものだね。
そして、みんなが幸せに暮らせる、戦争のない世界を作らねば」
「はい……」
「ついては、アスラン君。キミに、渡したいものがある」
デュランダルは立ち上がると、小さなバッジのようなものを差し出した。
その意味を理解したアスランは、驚きを隠せない。
「これは……!」
「特務隊『フェイス』の証だよ。私からの信頼の証として、これを贈りたい。
これでキミは、ザフト内部でのかなりの裁量権を与えられ、自己の判断で自由に行動することができる」
「…………」
「キミが勲章や名誉のために戦っているわけでないことは、百も承知している。
だが軍という組織には、他に信頼や期待を形に現す手段がないのでね」
「…………」
「現在、キミが乗るに相応しい、ザフトの看板ともなりうるMSも、新たに建造中だ。
総合性能ではセイバーをも凌ぐであろう機体だよ。
キミには、これから先も頑張って欲しいのだ。一日でも早い、戦争の終結のために」
「…………」
「受け取って、もらえるね?」
「…………」
アスランは、しばらくその羽を模したマークを見つ、迷いの色を見せていた。
思い出されるのは、2年前の自分。父から特別任務を命じられ、ラクス・クラインに銃を向け――
そうした自分を完全否定し、ザフトに、父に銃を向けた自分自身。
耳に蘇るのは、ラクス・クラインの厳しい言葉。
『アスランが信じて戦うものは何ですか?!
いただいた勲章ですか? お父様の命令ですか?』
が、しかし……
アスランは、強い意志の篭った目で議長を見つめて。
「私が信じて戦うのは、私自身の信じる正義と未来です。
そして、それに最も近い位置にあるのが、議長、あなたの計画……。ならば。
アスラン・ザラ。つつしんでフェイスへの任命、お受け致します」
- 392 :隻腕19話(09/18):2005/12/16(金) 13:17:19
ID:???
「……アスラン・ザラをフェイスに、ですか?」
「ああ。彼はもう、私を裏切ることもあるまい。ならば自由に動いてもらった方が良い。
それよりベリーニ、どうかねそちらの状況は?」
アスランと入れ替わりに部屋に入ってきたのは、縦ロールを揺らした金髪の娘。白衣姿。
そう、以前ミネルバに同乗してロドニアのラボに向かった研究者、ヘンリエッタ・ベリーニだった。
「丁度いい具合の『材料』が多数手に入りました。わざわざスエズにまで来た甲斐があったというものです。
早速、遺伝子検査を行い、適性のある候補を絞り込みます」
「いつ頃から第一陣の実験に取り掛かれそうかね?」
「サンプルたちも概ね協力的ですので、そうですね……1週間以内に、最初の報告ができるかと」
「早いね」
「ただし、成功率については未知数ですよ。失敗が多数でることも御覚悟願います」
「ふむ。その辺りは仕方ないね。キミたちも経験がないわけだから」
何やら恐るべき会話を、無造作に交わす2人。
その場を辞すベリーニを見送って、デュランダルは1人ニヤリと笑う。
「これで――『デスティニープラン』が本格的に始められるな。
ロゴス問題など、そのための時間稼ぎの一手に過ぎない。
せいぜい、ムキになって反論を続けていてくれたまえ、ジブリール……!」
修繕作業の進むミネルバ――から少し離れた、小さな広場。
運河を見渡せるそこは、以前マユとスティングたちが言葉を交わした場所だが、もちろんそれを知る者はいない。
「……そうか、アスランも今日からフェイスか。俺と一緒だな。
ま、フェイス特権なんて、持っててもほとんど使ったことなんてねーけどよ」
「ハイネは、どうでした? ゼロと、グレイシアの様子は」
「あいつらは――どちらも峠は越えたそうだが、まだ意識が戻らない。前線に復帰できるかどうかも怪しいな」
アスランは議長の所から、ハイネは病院から、それぞれミネルバに戻る途中で出くわした2人。
広場の片隅にあった自販機でコーヒーを買い、啜りながら、2人で運河を眺める。
戦いを恐れてなのか、運河を行く船はまだない。いずれ、親プラント勢力の商船が行き交うことになるのだろう。
「これで『ハイネ隊』も俺だけか……。グレイシアなんて2度目だぜ。あいつらに病院送りにされるのは」
「そういえば、3回も戦っているんでしたね。ミーアの誘拐騒ぎの時と、ガルナハンと」
「ガルナハンの時は、ゼロとグレイシアはまだ病院だった。治ったと思った途端に、これだものな」
ハイネの笑いには、しかし普段の彼の底抜けの明るさはなかった。無理もあるまい、とアスランも思う。
「……いい加減、終わりにしたいもんだな。こんなことは」
「全くです。こんな思いをするのは――俺たちが、最後でいい」
- 393 :隻腕19話(10/18):2005/12/16(金) 13:18:07
ID:???
――ミネルバ、艦内。
居住ブロックの一室、暗い部屋の中で端末に向かう人物がいた。金髪の青年、レイ・ザ・バレルである。
「……ん? 何やってんだ、レイ?」
「ああ、シンか」
同室のシンが、部屋に帰ってくるなり不審な声を上げる。レイは、幾分柔らかい顔つきで答える。
「これまでの戦闘の、データ分析をしている」
「フリーダムか?」
「いや、ウィンダムの方だ。あの紫のやつさ」
レイの手元のモニターには、確かに赤紫色のウィンダムの戦闘中の映像が映っていた。
解析ソフトが分析を進め、その動きの特徴などを抽出していく。
「数値だけを見た限りでは、強くはあるが、そこまで苦戦する相手とも思えぬのだけどもな――
やはり、数値化しづらい乗り手同士の相性の問題か」
「相性?」
「どうもコイツとは、縁があるようでな。互いに手の内が予想できてしまって、千日手になってしまう」
「ふぅん……」
いまいち納得できないように頷いたシン。彼はモニタに顔を近づけ、解析されたデータを読む。
確かにエースの名に恥じぬ強敵ではあるが……それでも、延々膠着するような相手にも見えない。
「相性か。そういう意味じゃ、俺とフリーダムと似たようなものか」
「シンと……フリーダム?」
「互いに噛み合い過ぎるって言うか……レイとウィンダムみたいに、乗り手同士の問題かもな。
ソード装備で戦ったとしても、どうなることやら」
2人の頭の中に、これまでの戦いが浮かぶ。
フォース装備で戦った、カーペンタリア湾での短すぎる一戦。ブラスト装備で戦った、ロドニアのラボでの砲撃戦。
ソードシルエットで挑んだ戦いはないが、フリーダムの接近戦ならスエズ沖での対ハイネ隊戦が参考になる。
それらを踏まえた上で、シンは冷静に判断する。
かつて「狂犬」「狂戦士」などと呼ばれた彼には珍しい、冷え切った目で。相手を屠るための最善の策を探す。
「出来れば俺自身の手で討ちたい相手だが……悔しいが、1対1じゃ、決着つけられる気がしない。
誰かの援護が得られれば良いが、そんな戦力に余裕があるとは限らないしな――」
「――じゃあ、交換するか?」
「交換?」
「俺の敵、相性の合い過ぎるウィンダムと、シンの敵、相性の合い過ぎるフリーダムの交換だ。
あの2機が出てきたら、互いの相手を交換するんだ」
レイは真顔で提案する。シンも、真剣にその提案を検討する。
- 394 :隻腕19話(11/18):2005/12/16(金) 13:19:04
ID:???
「う〜ん……俺がウィンダムを相手するのは、構わないぜ。
けれどレイ、大丈夫か? レイの腕は信頼しているけど、ザクでフリーダムを相手にするのは……」
「確かにな。機体性能という点では、少し厳しい相手だ。だが――」
「――なら、俺たちも仲間に加えてくれないか?」
レイの言葉は、廊下の方から聞こえてきた男の声に遮られた。
レイとシンがはッと振り返れば――戸が開き、入ってくる2人の赤服の男たち。アスランとハイネだった。
「――盗み聞きしてたんですか?!」
「聞かれて困る話だったのか? なら、もうちょっと小声でやれよ♪ 廊下まで聞こえてたぜ。
ウィンダムに、フリーダムか……俺も戦ったことあるけど、ありゃ強いよなァ。助けは多い方が良いだろ?」
シンの厳しい視線にも、ハイネは笑って肩をすくめるだけ。一方のアスランは、レイの端末の画面を覗き込む。
「確かにフリーダムの相手は、ザクファントムでは厳しいな。なら、俺が受け持とう」
「アスランが?」
「セイバーなら、速度も火力も、あれに対抗できるだけのスペックがある。
それに、フリーダムのパイロットとは、面識もあるしな。彼女には、聞いてみたいこともある」
アスランも真剣だ。思い出すのは、クサナギに乗っていたあの少女。
家出中にフリーダムに乗ることになったと言っていた、セイランの娘――
「代わりにと言ってはなんだが、カオスをなんとかしてくれないか? あの部隊が相手ならカオスもいるはずだ。
セイバーとカオスは、機体の特性が似過ぎている。どちらかのバッテリーが切れるまで、勝敗がつきそうにない」
「なるほど、カオスか。まともに戦ったことはなかったが、アレの機動兵装ポッドは『気になって』はいた」
「俺は? 俺のグフは、どれを相手にすればいい?」
「カオスは接近戦も侮れない。あの足のクローは強力でトリッキーだぜ。ありゃハイネが適任なんじゃねーの?」
話しながら、4人の考えがまとまってくる。4人ともアカデミーを1番2番で卒業した秀才揃いなのだ。
誰が誰を落とす、などということに拘らなければ、自然と全員が最適解に辿りつく。
4人の想いが、共通の因縁の相手を前に、一致する。
「じゃあ、まとめるぞ――次にもし、あの3機、フリーダム・カオス・ウィンダムと戦うことになったら、だ。
フリーダムを抑えるのは、俺のセイバー。カオスに対しては、前衛ハイネ、後衛レイの2人掛りで挑む。
ウィンダムは装備したストライカーパックを見た上で、シンのインパルスが対応する。必要なら装備を交換する。
各自、少なくとも倒されないよう場を持たせ、敵を倒した者は随時仲間の援護に加わる――ってとこか。
もしタリア艦長が文句をつけてきたとしても、大丈夫だ。俺とハイネの『フェイス特権』で押し切れる」
「……あれ? アスラン、いつのまにそんなモノを」
「なんだシン、気付かなかったのか? 見れば分かるじゃないか」
「議長がな。ついさっき、任命してくれたんだよ」
アスランの言葉に、ようやくシンはそのバッジに気がついて。その驚く様子が、ちょっと可笑しくて。
暗い部屋に、4人の笑い声が響く。
それは、痛みを堪えつつ、痛みを忘れるために絞り出したような、そんな笑いだったが――それでも、笑うのだった。
- 395 :隻腕19話(12/18):2005/12/16(金) 13:20:04
ID:???
――街には、雪が舞っていた。
灰色の空の下、場違いに派手なピンク色の横断幕が、風になびく。
人気の絶えた通りの上に渡された横断幕には、『ラクス・クライン コンサート!』の文字。
と、唐突に、その横断幕が、閃光に引き裂かれる。ビーム兵器の射撃だ。
一瞬遅れて、流れ弾が着弾したビルが爆発し、激しい振動が伝わってくる。舞い散る粉塵。
途中で断ち切られた横断幕が、ユラユラと舞いながら、地面に落ちる。
白い雪の上に垂れ下がった、桃色の横断幕。
その横断幕を踏みつけたのは――急ぎ後退してきた、黒と紫のMSだった。
十字の形に切られたモノアイスリットの中で、紅い単眼が光る。肩に白抜きで刻まれた機体番号は「003」。
「……ちぃッ! ありゃ反則だろッ!」
ザフトの重MS・ドムトルーパーの中で毒づいていたのは、隻眼の女戦士、ヒルダ・ハーケン。
見る者にキツい印象を与えるその顔は、しかし今は隠しきれない焦りを滲ませている。
「マーズ! ヘルベルト! 聞こえていたら応答しな! おい!
……ったく、ラクス様のご無事も確認できないってのに!」
斜め上方から、ビームが降り注ぐ。雨のように、降り注ぐ。ヒルダは苛立ちながらも、慌てて避ける。
ドムトルーパーの足がホバーによって浮き上がり、滑るように後方に下がる。
後退しながら、その手に持ったバズーカ状の武器、2つの砲口を持つギガランチャーを構え、撃ち放つが……
その攻撃は、虚空で光る壁に遮られ、虚しく爆発する。
先ほどから何度やっても同じ結果。何をやっても傷つけられぬ相手。ヒルダは忌々しそうに舌打ちをする。
東欧の、伝統ある落ち着いた街並みの向こう。光の壁で身を守り、無数のビームを撃ち放っていたのは……
MSから見ても、見上げるような怪物。巨大な円盤から2本の脚が生えたようなシルエット――
GFAS−X1『デストロイ』。
連合が計画を前倒しして実戦投入した、巨大兵器だった。
ザフト側は――いささか、調子に乗りすぎていたのだ。
スエズ基地の攻略成功、そしてロゴス疑惑による連合側の動揺。
それにつけ込んで、一気に攻勢をかけたまでは良かったのだが。
連合側が反撃体勢を整え、ロゴス疑惑に対しても反論が始まると、当初の優位はすぐに消えうせて――
ここ、ヨーロッパでも。
ザフトは当初の計画通り、支配地域を拡大させ、大西洋連邦とユーラシア連邦の連携の分断を図ったのだが……
目先の勝利に酔い、支援を求めるレジスタンスの口車に乗って、戦線を拡大し過ぎてしまったのだった。
その勢力圏は黒海沿岸から東欧、そして北海沿岸にまで到達していたが、その分、戦線は延々伸びきって。
そして、そんな脆弱な態勢になってしまったザフトに、連合は東西から挟み撃ちにするように襲い掛かった。
元々、連合の体制に不満ある住民を抱えていた地域である。地元の人間の多くも、ザフトと共に抵抗した。
しかし、頑強な抵抗に、連合軍側は、街もろともその排除にかかって――!
- 396 :隻腕19話(13/18):2005/12/16(金) 13:21:03
ID:???
ちょうど、ラクス・クラインがコンサートのために訪れていた、この街にも。
前線からは距離のある街だから、安全だろう――そんなザフト側の思い込みを嘲笑うように。
連合軍側は、ごく少数の部隊による急襲をかけて。
圧倒的な破壊力を誇る巨大な破壊神、デストロイを前に、街の防衛隊は一瞬にして総崩れになってしまった。
なおも生き残りが抵抗しているのか、あちこちで散発的な砲火が上がる。
ラクス直属の護衛隊長であるヒルダも、歌姫たちも見失い、仲間たちともはぐれて。ただ逃げるだけで精一杯。
しかしこのまま逃げ出してしまうわけにもいかない。彼女の立場上、最後の最後まで、諦めるわけには――
「ラクス様! ラクス様はどちらに!」
破壊されていく街の中を駆け、掠めただけで吹き飛びそうな強烈なビームを避けながら、ヒルダは叫ぶ。
街の建物は次々になぎ倒され、おそらく逃げ遅れた市民も犠牲になっているのだろうが、気にする余裕もない。
むしろ積極的にビルディングを盾にしながら、仲間を探して街を走る。
と――ヒルダは、ふと遠くに1機のMSを見つけ、一瞬動きを止めた。
すぐさま身を翻し、その、灰色の雪景色の中では一際目立つMSに駆け寄る。
「そこのザク! 誰が乗っている! ラクス様はご無事か!」
「あ……! ひ、ヒルダ、さん!」
「……ら、ラクス、様!?」
ピンク色の、式典用のザクウォーリア。派手なペイントの成された、コンサート用のMS。
必死に攻撃を避け続けるその機体に近づいたヒルダは、通信画面の向こうに映った相手に、目を丸くする。
画面の向こう、操縦桿を握っていたのは、他ならぬ護衛対象、ステージ衣装姿の歌姫ラクス・クライン――
「ま……まさかラクス様ご自身が乗っていられるのですか!?」
「り、リハーサル中に襲われて、と、咄嗟に、開いてたコクピットに……!
コンサートスタッフのみんなとも、はぐれちゃって、あたし、どうしたらいいか分からなくて……!
良かった、ヒルダさんに会えて……!」
「いや……それは良いのですが、しかし……」
まさか、ラクス自身にMSの操縦ができるとは思っていなかったヒルダは、言葉もない。
しかもこうして見た限りでは、少なくともその回避技術は正規のパイロット並。下手すればエース級と言ってもいい。
そうやって喋っている間にも、デストロイからの攻撃は次々に飛んでくるが、桃色のザクは的確に避けてゆく。
ビーム突撃銃を構え、飛んできた大型ミサイルさえ打ち落として見せる。これには流石のヒルダも、ただ唖然。
「ヒルダ隊長! こちらでしたか!」
「お前達! 生きてたか!」
やはり目立つ桃色のザクに引かれて来たのか、街の大通りの向こうからドムトルーパーが3機、近づいてきた。
肩に刻まれた番号は、それぞれ「005」「006」「008」。ヒルダの隊の者たちだ。
001、002は過去の戦いで戦死した前隊長のもので、永久欠番。003から009までの7機編成の部隊。
もっとも、当初からのオリジナルメンバーは今やヒルダを含めた3人だけで、後の4人は最近になって入った補充だ。
後から入ったとはいえ、その腕前もチームワークも、元からのメンバーに勝るとも劣らない。
- 397 :隻腕19話(14/18):2005/12/16(金) 13:22:06
ID:???
「ロイは殺られました。マーズとヘルベルトは、脱出経路を確保するため、先に街外れの方に」
「分かった。ラクス様はコンサート用のザクに乗っていらっしゃる! 撤退を支援しろ!」
「はッ!」
短い会話だけで、彼らにとっては十分だった。何を差し置いてもラクス・クラインをこの場から脱出させるのだ。
すぐさま4機のドムは、桃色のザクを囲むようにして、街外れに向かって移動を開始する。
だが――敵である黒い怪物は、その撤退を許してはくれないようだった。
撃破され、火花を上げているバクゥの残骸を踏み潰し、彼らの方に向かって一歩踏み出す。
円盤状の上体が、大きく後方に向かって起き上がり、腰から下も回転して――
「な――変形する!?」
「も、モビルスーツだったのか!?」
そこに現れたのは――漆黒の、巨大MS。円盤状のパーツを背負った、恐るべき巨人。
ガンダムタイプのツインアイを赤く光らせて、無造作にその手を彼らに向ける。5本の指先に光る銃口。
先ほどまでよりも数は減ったが、正確さを増したビームが、彼らに向けて襲い掛かる。攻撃をしながら、歩み寄る。
重心が上がって足の長さも伸びて、歩行の速度も増したようだ。
素早く機体特性の変化を見て取ったヒルダは、改めて毒づく。
「さっきまでは強襲形態で、今度は対MS戦用ってことかい!?
くそッ、何があってもアタシらを殺す気かい! こっちにはラクス様も居るってのに!」
「……隊長! 我々は、アレに攻撃を仕掛けます! 隊長はラクス様をお守りして、ヘルベルトたちの所へ!」
「!!」
ドムトルーパー5番機の言葉に、ヒルダは顔色を変える。
この状況で、あの巨大MSへ攻撃を仕掛ける――そして、ヒルダたちに脱出を促す――
その意味の分からぬ、ヒルダではない。通常なら、素直に頷くことなど有り得ぬ提案。
だが、彼女たちには守らねばならないものがあった。自分の命より、仲間の命より大事な存在があった。
ヒルダは傍らの桃色のザクを一瞥すると、奥歯を噛み締め、頷いた。
「……分かった。
死ぬなとは言わないが、せめて無駄死にはしないでおくれよ! ラクス様のことは任せておきな!
先に地獄で待ってておくれ! アタシも、いずれソッチに行くからさ!」
「へへッ、そう簡単に死ぬつもりもありませんでさァ。気が早すぎますぜ」
「隊長の下につくことができて、楽しかったですよ」
「GOOD LUCK!」
「ちょ、ちょっと、みなさん!?」
「さぁ――ラクス様はこちらに!」
互いに笑いあうヒルダ隊の面々に、歌姫は信じられないといった表情を見せて。
そんな彼女の桃色のザクを、ヒルダのドムが引きずるようにして走りだす。今まで以上のスピード。
他の3機は、その場に留まって……足音も荒く迫り来る黒い巨体を見上げる。
- 398 :隻腕19話(15/18):2005/12/16(金) 13:23:02
ID:???
「……さぁて、やりますか。一世一代の、鬼退治」
「あの光の防壁は、どーやらコッチの『ソリドゥス・フルゴール』と似たようなモンみたいだな」
「なら、決まりだ。かい潜ってその内側から叩けばいい。『ジェットストリームアタック』、行くぞ!」
残された3機のドムトルーパーが、目の前の巨人に向け、雪を蹴立てて一直線に突撃を開始する。
先頭の5番機の左腕に、光る板が出現する。ザフトが初めて実用化に漕ぎつけたビームシールドだ。
5号機は右手にビームサーベルを抜き、6号機と8号機はギガランチャーを構えて。真っ直ぐ突進する。
ドムトルーパーたちの胸元から、赤い霧のような、きらめく粒子が放出されて……
デストロイの攻撃を、赤く光る霧が拡散させる。霧を抜けたビームも、ビームシールドに止められドムには届かない。
攻性防御フィールド、スクリーミングニンバス。ビームシールド、ソリドゥス・フルゴール。
この2大防御兵器を使用して相手の攻撃を受け流しつつ、正面から突撃するジェットストリームアタック。
隊のオリジナルメンバー、ヒルダ・マーズ・ヘルベルトの3人が完成させた必勝戦術だ。
本来は移動しながら敵の隊列に突っ込み、撹乱するために使われるもの。しかし、今は。
「よぉし! あの化け物の攻撃も、なんとか防げるじゃねぇか!」
「このまま突っ込んで、股ぐらの真下からぶっ放すぞ!」
「デカブツの足、ぶった斬って転がしてやらぁ!」
デストロイの攻撃を凌いだことで、意気込む3人。3機はさらに速度を速め――
しかし、彼らの攻撃がデストロイに届くことはなかった。
縦一直線に並んだ3機、その真横から、不意に無数の閃光が襲い掛かったのだ。
咄嗟に陣形を崩し、散らばって回避する3人。空振りして、古い街並みに突き刺さる5条の光。
彼らは振り向いて、その姿を見る。
舞い散る雪の中、蒼い10枚の翼を広げた、死の天使――
オーブの守護神とも謳われた、白いMS。
ZGMF−X10A、フリーダム。
フリーダムの背後には、カオス、ウィンダム、そして4機のムラサメの姿もあった。
比較的接近戦に弱いデストロイにつけられた、最強の護衛。電撃的な急襲を可能にした、足の速い少数精鋭部隊――
「てめぇら! オーブの残党が、なんでこんなとこで!」
「畜生、あっちが先だ!」
「元々そのフリーダム、俺たちザフトのモンだァな。手の内は全部割れてるんだよ!」
思わぬ妨害にいきり立つヒルダ隊の3人だったが、そこは流石に腕の良いプロ集団。すぐに気持ちを切り替える。
どうやらあの護衛部隊を倒さないと、少なくとも数を減らさないと、デストロイには近づくこともできないらしい。
ならば、まずはこの護衛たちから――!
彼らは改めて狙いをフリーダムに定めると、ジェットストリームアタックの体勢に入る。
- 399 :隻腕19話(16/18):2005/12/16(金) 13:24:08
ID:???
だが――そんな3機の素早い切り替えさえも、なお、今のフリーダムの前には遅過ぎるものだった。
突撃を開始した3機に向け、フリーダムの方から逆に突進する。防御フィールドを展開する間もなく、距離が詰まる。
「なッ! ちぃッ!」
先頭の5番機は、咄嗟に横薙ぎにビームサーベルを振るうが、フリーダムはフワリ、と上方に浮いて避けて。
ただ避けるだけでなく、同時に5番機の頭に足を乗せ、思いっきり大地に叩きつける。
5番機はヘッドスライディングのような格好で、雪の積もった道路の上に転がされ、滑らされる。
頭から大きな古いビルに突っ込んで、そのまま瓦礫の下敷きになる。
トドメとばかりに、ウィンダムとカオスが動けぬドムトルーパーをビームライフルで打ち抜く。
「つ、潰された!? …………?!」
慌てて小脇に抱えたギガランチャーを向けた、真ん中の6番機のパイロットは。
急に目の前のモニターがズレ、雪の混じった風がコクピット内に吹き込んでくる光景に、言葉を失う。
ユラリ、と振るわれたフリーダムのビームサーベルが、ギガランチャーの砲身ごと胴体を切り裂いたのだ。
斬られた瞬間には斬られたことすら分からない、伝説の達人のような剣さばき。
フリーダムがその脇を通過してからようやく、思い出したようにドムトルーパーの上半身がずり落ちて……
彼は、爆発の中に飲み込まれる。
「な……なんなんだ、お前はッ!」
叫びつつも、最後に残った8番機のパイロットは、肩に担いだギガランチャーをフリーダムの眼前に突きつける。
この距離この状況なら外しようがない。そう信じて、彼はビームと実弾、両方の引き金を同時に引いたのだが――
直前、フリーダムの左手がぬぅっ、と突き出され、ギガランチャーの砲口を鷲掴みにする。
そのまま発射されるギガランチャー。しかし、それはフリーダムを打ち砕くことはなかった。
下の発射口から放たれたビームは、砲身の向きを僅かに変えられ、フリーダムの頬を掠めるようにして空を切り。
上の丸い砲口、実体弾を放つはずの発射口は、PS装甲のフリーダムの左手に握られ、塞がれていて――
一瞬遅れて、ギガランチャーが暴発する。
肩に乗せていた武器が爆発して、ドムトルーパーの右腕と頭が、もぎ取られるように吹き飛ぶ。
そのままヨロヨロと、視界を失って数歩進んだドムトルーパーを……斜め上から放たれた1条の光が、貫き通す。
デストロイが、その大きな人差し指を向け、見下ろしていたのだ。ほんの、指一本。
3機のドムとフリーダムが交錯する間、わずか数秒。
ウィンダム・カオス・デストロイの支援はあったが、しかし無かったとしても無傷で倒せていたのは間違いない。
ヒルダ隊とて、決して弱くはない。むしろザフトの中でも腕の良い方だ。機体だって、ザクよりは数段パワーがある。
精鋭3人の訓練された連携攻撃を、真正面からほんの数秒で斬って捨てる――
――これが、今現在の、マユ・アスカ・セイランの、本気の実力だった。
- 400 :隻腕19話(17/18):2005/12/16(金) 13:25:06
ID:???
フリーダムが、ふわりと浮かび上がって街の上空に上がる。巨大なデストロイと視点の高さを同じくする。
ウィンダムとカオスも、後に続く。
眼下に広がる、破壊された街。
泣き喚く子供の声が、子を探す母親の叫びが、雪と共に風に乗って微かに聞こえてくる。
デストロイの中で、厳しい目つきで操縦桿を握るステラ・ルーシェ。
ウィンダムの中で、腕を組むネオ・ロアノーク。
カオスの中で、仏頂面のスティング・オークレー。
そして、フリーダムの中で、今なお微妙に焦点の合わぬ目つきでいる、マユ・アスカ・セイラン――。
4人の間には、会話もない。4人が4人とも、感情を押し殺した表情で。
「……3機、いや4機、逃がしちまったな。追うか?」
「別に、いいんじゃない。恐怖を伝える者も、必要だよ」
「……そりゃ、そうだ」
ネオの言葉に、マユは冷たい答えを返す。あの明るかった少女と同一人物とは思えぬ素っ気無い態度。
彼女たちを遠巻きに取り巻くムラサメ隊の生き残りたちも、かけるべき言葉を見つけられない。
エジプトに脱出したオーブ軍の生き残り。結局そのまま戦える状態にあったのは、フリーダムも含め僅かに5機。
あとはスティングのカオスと、ネオのウィンダムだけ。
そして彼らは、連合側の一員として再編成され、怪我から回復しデストロイを与えられたステラと合流し――
――このような、厳しく、汚い戦場に放り込まれていた。ロクな支援も、与えられずに。
「さあ、行こう。一旦下がって補給を受けたら、次の街へ」
「あ、ああ」
「…………ハズはないよ……うん……」
「何か言ったか、マユ?」
「ううん、何でもない。急ごう。あたしたちが潰さなきゃいけない拠点は、まだ沢山あるんだから」
マユの独り言に、ネオは一瞬怪訝な表情をしたが、深く追求することもなく。
彼らはその場から身を翻し、戦闘の傷跡深い街を後にする。
街の制圧は彼らの仕事ではない。彼らの任務は、街に留まるザフト戦力を排除すること。ただ、それだけ。
彼らによる露払いが済むのを待って、連合の大部隊が後から来ることになっていた。
「……間違ってるハズはないよ。あたしは、間違ってないよ。
そうだよね、カガリ? カガリも、そう言ったよね?
オーブを守る、ためなんだから。オーブを焼かない、ためなんだから。
あたしが、頑張らないと……この力を、オーブに向けられないためにも……!」
マユは、虚ろな瞳のまま。自らの右腕、金属の腕との繋ぎ目を、握り締める。
少女の意識を責め苛む幻肢痛に、顔を歪める。
祈るように、自分に言い聞かせるように、口の中で呟き続けて。
もはやこの場にいないカガリに、確認を続ける……!
- 401 :隻腕19話(18/18):2005/12/16(金) 13:26:16
ID:???
「……というわけで、我々はこれよりヨーロッパ戦線に向かいます。
敵は、問題の巨大MS。我々の作戦目的は、これの撃退、あるいは破壊です」
――スエズ基地。ようやく一通りの修理が済んだばかりの、ミネルバ。そのブリーフィングルーム。
ラクス・クラインのコンサートが襲撃され、街1つ壊滅させられたニュースは、彼らの下にも届いていた。
未だ確認は取れていないが、敵は同じようにプラント側についた街を次々に襲っているという。
敵の数はごく少ないにも関わらず、既に信じられぬほどのザフト部隊が壊滅させられていた。
1機の巨大兵器によって、戦局がひっくり返されそうとしている。ザフトとしては何としても阻止したい所だった。
「可能ならば現地の残存部隊とも連携したいところだけど……あまり期待しないでね。
あのヒルダ隊でさえも半分以上がやられて、逃げだすのが精一杯だったようだし。
ああ、あと、それから――
どうやら、巨大MSには、フリーダムとカオス、ウィンダムやムラサメも随伴しているみたい。護衛でしょうね」
「!!」
「みんな、作戦目標を勘違いしないようにね」
タリアが思い出したように付け足した言葉に、MSパイロットである男4人は緊張した顔を見合わせる。
シン、レイ、アスラン、ハイネ。彼らは互いに互いの顔を、見合わせ、頷きあう。
タリアはしかし、そんな様子には気がつかずに。部屋の後ろの方に座っていた一人の女性クルーに声をかける。
「それから――メイリン」
「……はい」
「貴女は、どうするの? まだ補充の通信要員は到着していないけれども、事情が事情だし、相手が相手だわ。
無理は言いません。艦を降りたいのなら、艦長の権限において認めてあげても――」
「いえ――やらせて下さい。あたしは、平気です」
タリアの言葉に、メイリンは健気に笑う。
笑って、艦長の気遣いに感謝の意を示す。
「最後の仕事として、やらせて下さい。あたしも、これだけは見届けたいですから。
なんだかこの戦いだけは、見届けなきゃいけないような気が、しますから――」
「……分かったわ。では引き続き、MSの管制を担当して頂戴。
では、解散。準備が整い次第、出発するわよ――!」
――かくしてミネルバは、スエズ運河から離水する。スエズ基地を、出発する。
一路、北を目指し、真っ直ぐに。
全ての因縁の決着を、つけるために――!
第二十話 『 交差する刃 』 につづく