166 :1/14:2005/09/12(月) 21:53:34 ID:???

「どうして……こんなものがここにあるのよッ!!!」

涙を撒き散らし叫ぶマユに、マリアもアンディも俯いて答えられない。
その空間はどう見てもMS専用の格納庫。『フリーダム』は立位で整備用スペースに納まっている。
シェルターの床面から大きく掘り下げられた構造で、マユの目の前からMSの胸元に向け橋が渡されている。
同じ高さに巡らされた回廊の端、コンソールパネルに向かっていた2人は、言いにくそうに口を開く。

「これは……その、あのね、マユちゃん……」
「まぁ、とにかく落ち着いて聞いてくれ、マユ……」
「これが落ち着いていられるわけないでしょう!」

二人の煮えきらぬ態度に、マユはヒステリックな叫びを上げる。
物凄い形相で、目の前のガンダムを指差す。

「どう見たってこれは『フリーダム』だし、
 どう考えたってこの家はこのために作られたようなもんじゃない!
 あたしの……マユの『右手の事』も知ってたのに、ずっと黙ってたってことなの!?
 マユのこと、ずっと裏切ってたの!? ねぇ!?」

珍しく怒りも露に、2人をなじる。見せつけるように掲げられた右手の、白手袋の破れ目から覗く金属光沢。
何について『裏切った』と言い張るのか判らぬが――後ろめたい事情でもあるのか、2人の態度は弱々しい。

「ちゃんと説明してよ! どうしてコレがココにあるの! 一体何者なのよ2人は!」
「これは……その、ラクスさんの提案で、カガリさんが……」
「何でそこであの無神経女の名前が出るのよ! 何でそこでお姫様の名前が出るのよ!」

歯切れ悪く答えるマリアに、さらに噛み付くように言葉を被せるマユ。
もう火に油を注いでしまったようなものだ。今にも掴みかからんばかりの剣幕。
いや、そのままの勢いなら、間違いなく掴みかかり、殴りかかっていただろう。


167 :2/14:2005/09/12(月) 21:54:20 ID:???

が……そのやりとりを遮るように。
再び激しい振動が格納庫を襲う。大きな爆発音。マユも思わず頭上を見上げ、責めなじる言葉が途絶える。
振動が収まった時、静かに口を開いたのはアンディだった。

「……その位にしておけ、マユ」

先ほどまでの『申し訳なさ』はどこへやら。彼は一つしかない目で、マユを睨み付ける。
強い意志の篭った視線、コーヒー屋の主人らしからぬ迫力。マユは一瞬で『呑まれる』。貫禄の差。

「悪いが今は、それどころじゃない。今は――アッシュの始末が先だ」
「アッシュ……?」
「さっき、落ちてきたジンに乗ってたのはマユだな? なら見たはずだ、あのMSだよ。
 ザフトの新型だ――って言っても、正規の軍の命令で動いてるかどうか、怪しいモンだが――
 早く止めないと、せっかく直した街が焼け野原になるぞ」
「焼け野原って……」
「どうもオーブ軍は、マスドライバーを中心に防衛線を張ってるようだからな。街を守る気がまるで見えん。
 おまけに、避難勧告も遅れてると来た。このままじゃ、市街戦の煽りで死人がたくさん出るぞ」
「………ッ!!」

息を呑むマユを横目に、アンディはパネルの操作に戻る。
格納庫の天井、何重にも閉ざされた隔壁が次々と開いていき、発進ルートを確保していく。

「戦闘に横から割り込む形になるが、コイツで俺が守ってやらんとな。
 でないと、マユみたいな子がまた――」
「マユちゃん! 何してるの!」

背を向けパネル操作を続けていたアンディの言葉は、マリアの悲鳴に掻き消される。
振り返れば――カンカンカン、と音を立て、フリーダムへ渡された橋を駆ける小柄な影。

「なっ!? マユ、駄目だ! お前は……!」
「帰ってきたら、全部しっかり説明してもらうからねッ!」

二人の制止の声も振り切って。
マユは大声で言い捨てると、開かれていたコクピットの中に踊りこむ――!



169 :3/14:2005/09/12(月) 21:55:47 ID:???
暗いコクピットの中。
フリーダムの起動画面が灯り、マユの顔を照らし出す。

「操縦系統はザフト系、出力正常、異常無し。全部、シミュレーターと同じ。
 うん、これならやれる……! あたしにもできる……!」

計器類を確認する彼女の前に、大きくザフトのシンボルマークが映り、OS名が表示される。

  Generation
  Unsubdued
  Nuclear
  Drive
  Assault
  Module

「………??
 ガ・ン・ダ・ム……?」

目の前に並ぶ文字を拾い、思わず呟くマユ。
そのまま、彼女はギュッと操縦桿を握る。どこか楽しげに、不敵な笑みを浮かべる。

「『フリーダム』なんて名前より、こっちの方がよっぽど語呂がいいじゃない。
 いくわよ、『ガンダム』……! 今度こそみんなを、ちゃんと守って……!」

呆然と見守るしかないアンディとマリアをよそに、『ガンダム』のツインアイがギラリと輝く。
灰色の姿のまま、力を溜めるように膝を曲げ。
翼を広げ、バーニアを吹かし、勢いよく頭上の通路に飛び出していく――!


      マユ ――隻腕の少女――

      第二話 『蒼い翼の天使』



170 :4/14:2005/09/12(月) 21:56:43 ID:???

――岬の上に建つ立派なお屋敷、だった残骸の上で。
1機のアッシュが、なおもワークスジン、だったものに執拗に攻撃を加えていた。
……と言っても、もはやそれは原型すら留めてはいなかったのだが。
アッシュの顔面には、スタンプのように足跡がくっきりつけられている。

「こいつめ、こいつめ――!」
「もうよせって。それより、ちょっと移動した方が良くないか? オーブ軍が来ない」

なおも暴れるその機体に、近づいてきたもう1機が声をかける。
確かに――2機は派手に『民間人の邸宅』を破壊しているというのに、M1アストレイは近づきもしない。
この高台の上からは、軍の展開の様子が手にとるように分かる。

「どうやら連中、よりによって市民を見捨てて、マスドライバーの守りを固めてるらしい――
 もう少しこっちに惹きつけないと、本隊が『目標』まで到達できんぞ」
「でもよォ、民間人のナチュラルなんぞに蹴り入れられて、黙っていられるかってんだ。
 パイロットは中に逃げ込んじまったしよォ! 殺し損ねたぜ、クソッ!」
「この国じゃ、別にナチュとは限らんだろ。ま、コーディネーターだとしても許しちゃおけんがね。
 それに――この有様じゃ、とっくに下敷きになってるさ。
 万が一生きていても、どうせ『あの作戦』が発動すれば――」

怒りの収まらぬ様子の男を、もう1人が物騒な言葉で宥める。
確かに豪奢な建物はあらかた崩れてしまい、いまや瓦礫の山と化している。
中に逃げ込んだところで、到底助かるとは思えない――それこそ、軍用のシェルターでも備えていない限り。

「……わかったよォ。もうココはいい。死体を確認できねぇのがシャクだがな。
 ウサ晴らしに、街中にでも踊りこんで、派手に殺しまくるかね――」

ようやく気が済んだのか、足跡付きのアッシュは立ち上がり、街の方に向き直る。
2機が並んでその場を飛び立とうとした、その時。

瓦礫の山の一部が吹き飛んで――1つの影が、彼らの頭上に翼を広げる――!


171 :5/14:2005/09/12(月) 21:57:42 ID:???

「――キャァあァァァァ!」

マユの悲鳴が狭いコクピットに響く。シミュレーターではありえない凄まじいGに、顔が歪む。
勢い余ってはるか上空に飛び出したフリーダムは、2つ3つその場で回転し、翼を広げてようやく止まる。

「全く――なんて出力なの、この子は!」

暴れ馬のような圧倒的なパワー。翻弄されるマユ。
と、そこに、ピピピピ……と警告音が鳴る。

「え、何、これ?
 って……ロックオン、されてるの?!」

慌てて彼女が視線を下にやると、2機のアッシュの背中から、無数のミサイルが放たれて――!
盾を構えるヒマもなく、未だ灰色のままのフリーダムが爆炎に包まれる。



「やったぜ、畜生が! 驚かしやがってよォ!」
「所詮は2年前の型落ちMSだ。ましてや乗り手がトーシロじゃあ――」

頭上を見上げる2機のアッシュは、フリーダムの撃墜を確信し、笑いあう。
流石に相手を確認した時には驚きもしたが、上空でジタバタする姿は素人丸出しで、戦闘態勢も取れてない。
あまりにも容易くロックオンし、あまりにも容易く全弾命中できた、のだが――

――爆煙が晴れるよりも先に、煙を突き破って閃光が空から降り注ぐ。
驚きの声を上げる間もなく、2機のアッシュの腕が、足が、ミサイルポッドが――吹き飛ばされる。

「なぁっ!?」

比喩でも何でもなく、文字通り達磨のような格好になり、崖下の海面に転落していく2機。
2人が太陽の中、逆光の中に見たものは――

間一髪で展開したPS装甲の防御力、無数のミサイルの直撃にも耐え抜く恐るべき悪魔。
蒼い翼を広げ、2つの眼に力強い光を宿した、白い天使の如きMS――。


172 :6/14:2005/09/12(月) 21:59:55 ID:???

オーブ国防本部。
防衛とMS発進にあわただしい現場に、新たな一報が入る。

「街外れの岬の上空に、新たなMSが出現! 当該するオーブ軍部隊、ありません!」
「なんだと!? 敵の新手か? どこから来た!」
「いや、まさに『出現』したとしか、表現のしようが……」
「熱紋照合、出ました、これは……『フリーダム』です! 敵水陸両用MSと、交戦中の模様!」
「はぁ!?」

あまりに突拍子のない乱入者に、国防本部もざわめき立つ。
新たな指示を出すよりも先に、事態の方が動いていく。

「所属不明の『フリーダム』、市街の方に移動します! 速い!」
「『フリーダム』の識別信号を確認、どうやらオーブ軍の信号を出しているようです。
 所属部隊のコードは……!! ちょっ、こ、これって!?」
「何……!? アスハ家専用のロイヤルコード!?」
「『フリーダム』旧市街区域で敵MSと交戦中! 前線の部隊が本部の判断を求めています!」
「ソガ一佐、ご指示を!」

判断を求められた上官は、一瞬難しい顔で迷いを見せたが――すぐに決断を下す。

「よし。暫定的な処置と断った上で、『フリーダム』を友軍と見なすよう、前線の部隊に指示。
 『フリーダム』との交信、まだ繋がらないか?」
「ダメです。どうやらあちらはチャンネルを合わせていないようです」
「全回線を使って呼びかけを続けろ。誰が乗っているのか確認したい!
 それから前線の部隊には、現場の判断で連携・フォローするようにと!」
「はッ!」
「行政府のユウナ殿・ウナト殿にも連絡! こちらの対応を伝えた上で、指示を仰げ!」

前の大戦で本土防衛戦にも協力し、凄まじい戦果を上げた『フリーダム』の伝説。オーブ軍に知らぬ者はない。
心強い援軍の出現に、国防本部の士気が上がっていく……。

173 :7/14:2005/09/12(月) 22:01:12 ID:???

人々が逃げ出し、無人のゴーストタウンと化した街の中。
見る者もいない街頭モニターに、オーブ軍とアッシュの交戦の様子が映し出される。

『これは映画ではありません! これは映画ではありません!
 本当に、今まさにオノゴロで起こっている映像です!』

先程までのニュースと同一人物とは思えぬほど、上ずって冷静さを欠いたキャスターの声。
彼の興奮とは裏腹に、画面の中に展開される映像には、アーモリーワンの事件と同レベルの迫力しかない。
一斉に放たれた5条の光にアッシュの手足が吹き飛んで、達磨と化したソレをM1と戦闘ヘリが撃ち抜く。
あまりにスマートな闘いぶりに、台本でもあるのかと疑いたくなるような殺陣。
ただ1つ違うのは――絶え間なく続く爆音と破砕音が、直接街の空気を揺るがしているということだけだった。



高速で飛び回るフリーダムのコクピット内。画面上に複数の円がフラフラと揺れる。
ピピピ……と音を立て、それらが同時に焦点を合わせる。フリーダムの誇る多重ロックオン。
3つの円は、それぞれ綺麗に3機のアッシュの中心に合わされている。

「もらった、今度こそっ!」

マユの叫びと共にトリガーが引かれ、フリーダムのビーム砲が、レールガンが、ライフルが、一斉に火を噴く。
それらは吸い込まれるようにアッシュたちの身体を襲い……手を、足を、ミサイルポッドを、撃ち抜き壊す。

「……あれぇ?」

不思議そうな声を上げるマユ。だが第二射を放つ前に、体勢の崩れたアッシュにM1アストレイが襲い掛かる。
フリーダムが同時に数機の敵の動きを止め、M1がトドメを刺す。傍目に見れば絶妙のコンビネーション。
しかし、どうやらマユには不満なようだった。

「この子、照準ズレてるのかなァ……さっきから一発も真ん中に当たんないよ。
 もう、しっかりしてよね、『ガンダム』」

ぶつくさ言いながらもフリーダムはさらに戦場を飛び、街中に残ったアッシュを探しに行く――
この短時間の間に、マユはこのフリーダムを、完全に乗りこなしていた。

174 :8/14:2005/09/12(月) 22:02:03 ID:???


――静かに、波の音が規則的に刻まれる。遠くでカモメが鳴いている。
戦場の気配も硝煙の匂いも程遠い、静かなで自然豊かな島で――
桃色の髪の娘が、10人ほどの子供達の手を引き、砂浜を歩いていた。
ワイワイ騒ぐ子供達の周りを、ピンク色のハロが何やら叫びながら跳びまわる。どっちが煩いか分からない。

娘は子供達を引率し、浜辺に立つ家に近づいてドアを開ける。
子供達が自発的に大部屋に向かって駆けて行くのを確認すると、彼女は1人、海を臨むベランダに回る。
静かに揺れる無人のロッキングチェア。ちらりと確認すると今度は食堂へ。
――つけっ放しのTVの前に、彼女の探していた人物は座っていた。

「……こちらに、いらしたんですの?」
「ああ……」

言葉少なに、返答する青年。視線をTVに向けたまま、振り向きもしない。
TVの中では、オノゴロ島の戦闘。街頭モニターで流されていたのと同じ、リアリティの薄い映像。
フリーダムの射撃は百発百中の精度でアッシュの手足をもいでいく。
そしてバランスを崩したアッシュに群がり、確実に潰していくオーブ軍――

「また、戦争になるのですか?」
「……たぶんね」
「フリーダムは、どうしましょう? あなたの『剣』でしょう、あれは?」
「……あれは、あのままでいい」
「必要ない、と?」

桃色の髪の娘の問いに、青年は顔を上げた。
彼は不思議なほど穏やかな表情で、呟く。

「きっと、今は僕よりも必要としている子が、あそこにいるから……」

その顔は――どこか、憑き物が、重荷が降りたような、すっきりしたもので――



175 :9/14:2005/09/12(月) 22:03:38 ID:???

もはや、アッシュ部隊が全滅するのは、誰の目から見ても時間の問題だった。
街を挟んで、マスドライバー側に展開していたオーブ軍。反対側から襲撃したフリーダム。
挟み撃ちされた格好の侵入者たちは、奇襲の効果も薄れ次々に撃破されていく。
さらに、オーブ軍の増援が続々と到着し――既に、勝敗は決したかのように見えた。

増えていくM1アストレイ、減っていくアッシュ。
戦力バランスが逆転する中、マユのフリーダムは、いつしかアッシュへの攻撃を止めていた。
攻撃が胴体に当たらないから、ではない。そもそも「アッシュを倒すこと」はマユの目的ではない。
ある意味、それよりも大変な仕事に彼女は専念する。

街の中、取り残され孤立したアッシュを、数でも勝るM1がグルリと包囲する。
そして容赦なく集中攻撃を浴びせるのだが……
残念ながら、外れるものも多い。標的を逸れ、あさっての方角に飛んでいく。
それが誰もいない海の方に向かうなら、マユも動かないが――内陸の、市民が逃げ出した方向だったその時は。
盾を構えたフリーダムが、急スピードで飛んでいく。
逃げ遅れた親子を襲うビームの奔流を、間一髪突き出されたシールドが遮り、守り抜く。
腰を抜かしたお年よりに迫る砲弾を、PS装甲のフリーダムが手を伸ばして受け止める。
助けられた市民の中には、まるで天使でも見たかのように両手を合わせ拝み出す者もいたが、マユには省みる余裕すらない。

「ハァ、ハァ……!
 きっついわね、コレ……!」

一瞬たりとて集中力を途切れさせることができず、右に左に飛びまわり。急加速・急停止の連続。
マユの額に、玉のような汗が浮かぶ。さっきまで普通に戦っていた時より、よほど消耗が激しい。
何故、こんな戦い方をするのか――いやもはやこれは、戦闘ではない。戦闘などと呼べる行為ではない。
記憶が鮮やかに蘇る。穏やかで呑気な女性の声と、激しい少女の怒りの声。

 『キラは、みなさんを守ろうとして……』
 『『皆さん』って誰よ! 一体どこの誰を守ってるつもりだったの、あなたたちは!
  そんなに守りたかったって言うなら……避けたりしないで、全部受け止めなさいよ!』

「……でも、あたしは諦めないからッ! 『アンタたち』と違って、言い訳なんてしないからッ!」

自分自身を励ますように叫ぶと、『ガンダム』は目標を外れ迷走するミサイルにバルカンを浴びせかける。


176 :10/14:2005/09/12(月) 22:04:45 ID:???

そんなマユの奮戦を、遠くから眺める人影が2つ。
――フリーダムが飛び出した、岬の屋敷跡。うずたかく積みあがった、瓦礫の上。

「才能ある、とは思っちゃいたが……まさか、これほどまでとはねぇ」
「あの子、あんな無茶な戦いかたを……!」

双眼鏡を手に戦闘を見守るのは、もちろんあの2人。
通販専門コーヒー豆店店主、アンディ・バルディと、モルゲンレーテ造船技術者マリア・ベルネス。
少なくともそう名乗り、その名前と肩書きで2年の年月を一緒に過ごしてきた2人。

「思い出さないかね? 俺と君が出会った、あの戦場を」
「え?」
「どこか、似たところを感じるんだがね……もちろん、戦い方や目的とするところは、かなり違うようだが」
「似てるって……まさか」
「ああ――あの頃の、『狂戦士(バーサーカー)』君さ。
 他の事が見えなくなってしまう必死さといい、的確過ぎる反応といい、そっくりじゃないか。
 『敵を倒す』という執念を、『人々を守る』に逆転させると、あんな風になるんじゃないかね――」
「そう……かしら……? わたしは逆に、全く違うタイプの『天才』だと思うけど……」

どこか楽しげに語るアンディに対し、いまいち同意できない風のマリア。
意見の一致を見ないまま、アンディは双眼鏡を下ろして瓦礫の山を降り始める。

「さて――マユには悪いが、そろそろ俺たちも潮時だ。とっととズラかるぜ、『マリュー・ラミアス少佐』!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、あの子は、マユちゃんはどうするの、『バルドフェルド隊長』!」
「悪いがどうにもならん。少なくとも今はな。お姫様が宇宙(そら)から帰ってくるまで、簡単には手出しできん」

 『帰ってきたら、全部しっかり説明してもらうからねッ!』
 
「まあ、それに――マユの方も簡単には『帰って』来れないだろうからねぇ。
 その辺、分かった上で出ていったのかね、あの子は?」

脳裏に蘇ったマユの叫びに、アンディ――『アンドリュー・バルドフェルド』は苦笑する。
彼らの頭上を、前進翼を持つ独特の形状の戦闘機が、編隊を組んで飛んでいく――
間もなく、幕引きの時間だ。

177 :11/14:2005/09/12(月) 22:06:31 ID:???

失敗に終わりつつある戦場で――
襲撃部隊のリーダー、ヨップ・フォン・アラファスは、しかしまだ諦めてはいなかった。
既に彼のアッシュは両手を失い、ミサイルは撃ち尽くし砲塔は曲がってしまっていたが――
機能停止に見せかけ道路に横たわったまま、チャンスを伺う。

やがて、孤軍奮闘していた最後の1機のアッシュが、動きを止めた時――
戦場に安堵の空気が漂い、緊張が解けるのを、彼は見逃さなかった。
素早く視線を巡らし、『ターゲット』へのルートを確認する。

「オルア――クラブリック――死んでいったわが同志たち。今、使命を果たすぞ!」


――最後の1機のアッシュが、四方八方からM1アストレイのビームサーベルに貫かれ、ガクンと力を失う。
もはや戦場に立っている敵はいない。撃たれ斬られ手足を失い、地面に無為に横たわるものばかり。
激戦の終結に、戦場はホッとした雰囲気に包まれる。

が――ただ1人、マユだけが。ただ1機、フリーダムだけが。
なおも空中にホバリングしながら、戦場を睥睨し、緊張を解いていなかった。

「……何が、目的だったの? 何を、したかったの?
 まさか、ただ暴れたかっただけ、なんてことないよね……?」

空から俯瞰で眺めれば……オーブ軍の動きと現状が一目瞭然。
マスドライバーを守るべく、強固に作られていた防衛線。
それは残り少なくなったアッシュを狩り立てて、いつの間にか崩れ、穴が空き、乱れていて。
M1たちの後方に取り残された1機の腕なしアッシュが、軋みながら立ち上がる――!

「……いけない!」

アッシュのモノアイが、ギロリとマスドライバーを睨み付ける。
その根元、レール上には、この一連の騒動で待機を強いられた民間シャトルが載ったままで――

178 :12/14:2005/09/12(月) 22:08:19 ID:???

両腕を失い、丸い胴体に足だけ残った無様な有様で、マスドライバーに向けて駆け出すアッシュ。
異変に気づいたM1たちが振り返り、反射的にビームライフルを向けるが――撃てない。
なぜなら、標的の向こう側には――

「くそ、今撃てばマスドライバーまで傷つけてしまう!」

仕方なくビームサーベルを抜いて追いかけるが、距離がある、不意を打たれた、時間がない。
これでは追いつく前に、マスドライバー基部に到達される――

「しかし、武器も何もないはずなのに――」
「まさか、自爆でもする気か!?」
「でも、なんでマスドライバーを――!」

そう、ヨップたちの本当の狙いは、自爆さえも作戦に入れた、マスドライバーへの破壊工作。
街で暴れたのも民間人の家を破壊したのも、全てそのための陽動。1機でもマスドライバーに近づくために。
……ユウナの冷酷かつ適確な采配により、その作戦は予想以上に厳しいものとなっていたが――しかし。

「災いの天蓋よ……今、その憂いを除いてやる。安心して、我が頭上に落ちて来るがいい!」

ヨップは天を仰いで絶叫すると、最後の距離を、大きく跳躍し、マスドライバーへ、民間シャトルの方へと――
空中を舞うアッシュの中で、彼の指が自爆スイッチの上にかかり――


――追いすがるM1部隊が諦めかけた、その時。
彼らを追い越し飛んでいく1つの影。
『フリーダム』。
十枚の翼を広げ、急降下しながら、全速力で。

「……させるかぁ!!」

少女の絶叫と共に、民間シャトルに向けてフリーダムの手が伸ばされ。
しかし、僅かに距離が、時間が速度が足りず。
それは――マユには知る由もないが、2年前、軌道上で避難民のシャトルに手を伸ばすストライクの構図にも似て。
シャトル内にいる親子が、幼い眼を見開き、フリーダムを見上げて――!

「……勝ったッ!」


179 :13/14:2005/09/12(月) 22:09:51 ID:???

眼の下の隈が際立つその顔に、ヨップは満面の笑みを浮かべ。
自爆スイッチを押し込んだ――まさにその瞬間。
空中で、アッシュに激しい衝撃が走り。

「……なッ!?」

それは投げつけられたフリーダムのシールド。質量ある飛翔物との衝突に、アッシュの跳躍の軌道が変わる。
さらにそこに、軌道変更で生じたわずかなロスで追いついた、フリーダムの飛び蹴りが迫り――

自爆スイッチが押されてから、自爆装置が作動するまでの一瞬の刹那に。
アッシュの丸いボディは、もはやマスドライバーを巻き込めぬ距離にまで蹴り飛ばされ。
ヨップ・フォン・アラファスは、己の敗北を理解することなく、空中で爆死した。



――今度こそ、本当に終った戦闘。
動きを止めているアッシュを、M1アストレイがなおも取り囲み、機能停止していることを確かめる。
小銃を下げた歩兵がコクピットをこじ開け、乗っていたパイロットがみな自害している姿を確認する。

守り抜いたマスドライバーのすぐ隣、民間シャトルを見下ろし誇らしげに立つフリーダム。
シャトルの窓越しに手を振る幼い少女の姿に、疲れ果てたマユの顔にも笑顔が浮かぶ。

「やった……あたし、やったよ、お兄ちゃん……。
 今度は『ガンダム』が、ちゃんと守ってくれたんだよ……」
誰に聞かせるわけでもなく、虚空に報告する。頬を、一筋の涙が伝う。


その、フリーダムの上を――通り過ぎる複数の影。
機首方向に伸びた前進翼を持つ、見慣れぬ大型戦闘機。
それは、空中で素早く人型のシルエットになり――
次々と、フリーダムを取り囲むように着陸する。

「こ、今度は何!?」
再び登場した見慣れぬ機体に、慌てて身構えようとするマユのフリーダム。
だが、疲れきったマユよりも、可変MSたちの方が素早かった。
フリーダムが武器を構えるより翼を広げるよりも早く、ビームライフルを突きつける。
周囲も上空も同型の可変MSに固められ、逃げる隙はない。


180 :14/14:2005/09/12(月) 22:10:36 ID:???
と、戸惑うマユに、スピーカー越しに声がかけられる。

『こちらはオーブ軍ムラサメ隊隊長、馬場一尉。
 フリーダムのパイロット、抵抗せずに、降りて来て頂きたい!
 ……我々も、できれば恩人に銃を向けたくはないのだが――
 任務ゆえ、そして非常事態ゆえ――ご無礼をお許し頂きたい』

ムラサメ――それは、未だ一般には公開されていなかったオーブ軍の最新鋭制式MS。
馬場と名乗った軍人は、丁寧な、しかし有無を言わせぬ迫力で、マユに投降を求める。



夕日の差し始めた、戦場跡で。
フリーダムのコクピットから、ゆっくりと座席が上がってくる。
ムラサメ、M1アストレイ、国防本部、そして行政府。
直接間接に無数の視線が集中する中、姿を現したのは――まだ、あどけなさの残る、一人の少女。
軍人にはとても見えぬ、サスペンダー付きのデニムジーンズ。後ろでひとつにまとめた栗色の髪。
なぜか右腕だけが、肘まで覆う白い長手袋に覆われて――

「誰だ……!?」「子供!!」「女の子だぞ」「誰なのあれ?」「子供がフリーダムに……!?」

見ていた者たちの間に、ざわめきが走る。そしてその正体を問う声に、答えられる者はいない。
謎の少女は、強い意志を目にみなぎらせ、眼前のムラサメを真っ直ぐ見つめている――



誰もが少女の素性に首を傾げる中――ただ1人、歓声を上げている者がいた。
行政府の暗いモニタールームの中、膝を打って立ち上がる。

「……これだ! この子だよ、父上!」
「どういうことだ、ユウナ? この小娘をどうすると?」

静かに問うウナトに、ユウナは自信たっぷりに指を振ってみせた。

「この子こそ――今のボクらに必要な存在だ。
 ボクたちは、この子を『手に入れる』必要がある。フリーダムと共に、ね」


                           第三話 『辿りし道』 に続く