- 267 :隻腕二十話(01/17):2005/12/27(火) 16:10:08
ID:???
――激動の時代をいくつも潜り抜けてきた古都に、雪が舞う。
ついこの間までは、ユーラシア連邦の重要な都市だったこの街。
今は、ドイツ方面の反連合レジスタンスの一大拠点であり、ザフトの支援部隊が駐留する街。
古き時代の街並み残す古都、ベルリン。
何故か人影絶えたその街の中。雪を頭に肩に被りながら、街頭の公衆通信端末に向かう人物があった。
ツナギのような動き易そうな上下の上に、これまた実用的なフード付きの外套。
重ねた衣類の上からも、その豊かな胸が良く分かる。
「……ええ。だから、このベルリンも戦場になりそうなの。
合流は取り止めましょう。ちょっとそれどころじゃないわ。
私? 私は――もうちょっと留まってみるわ。
フリーダムも一緒に来るなら、あの子とも会えるかもしれないし――」
彼女の言葉は、遠くから伝わる振動に遮られる。はッとなって通りの向こうに目をやる彼女。
テレビ電話の向こうでは、突如途切れた言葉に、1人の青年が心配そうな声を上げていた。
『どうしました?! マリューさん! マリュー艦長!?』
「――どうやら、予想よりも早く来ちゃったらしいわよ。
もし私に何かあったら、貴方は貴方の判断で動いて頂戴。いいわね、サイ君?!」
『ちょ、ちょっと、艦長……ッ!』
通信画面の向こうで慌てるメガネの青年をそのままに、彼女は電話を切る。
街に向けゆっくりと迫り来る巨体、そしてその傍に控えるモビルスーツ。
マリュー・ラミアス、あるいはマリア・ベルネスと呼ばれていた彼女は、厳しい顔でその影を見上げる。
雪が舞い狂う寒さだというのに、彼女の額に汗が浮かぶ。
「これは、私たちの責任よ。
覚悟も何もないあの子を、戦場へと送り出してしまった、私たちの……!」
見上げるような、黒い巨体のデストロイ。それを守るように空に留まる、フリーダムとカオス。
蒼い翼を広げる死の天使を見上げながら、無力な生身の人間1人、ギュッと拳を握り締める。
「既にもう、取り返しはつかないのかもしれない。カガリさんも亡き今、意味なんてないのかもしれない。
けれどせめて、マユちゃん、貴女だけは、私が……!」
マユ ――隻腕の少女――
第二十話 『 交差する刃 』
- 268 :隻腕二十話(02/17):2005/12/27(火) 16:11:09
ID:???
2人の意識は――明かり1つ見えぬ暗闇の中にあった。虚空の中に、2人の体だけが浮いている。
「……ねぇ、ステラ?」
「なに、マユ?」
「ステラって好きな人いる?」
「な、なんで、そんな、こと……」
「ふぅん。その様子じゃ、居るんだね。ネオ? それともスティング? あるいはラボの誰か?」
「……その……ス、スティ、え〜っと……」
マユは質問を重ね、ステラを顔を赤らめて言葉に詰まる。
マユの態度は、好奇心と野次馬根性剥き出し――では、ない。むしろ、やけに淡々とした態度。
「もう告白した?」
「……まだ…………」
「なら、ちゃんと言わなきゃダメだよ。あたしの見たところ、スティングもやぶさかじゃないと思うし」
「…………」
「……なぁ、お嬢ちゃん方」
「なぁに、ネオ?」
「そーゆー会話はさ、回線使わず2人きりの時にやってくれ」
「あれ? 聞こえてた?」
「あのなぁ、最初っから全部俺たちにも筒抜けだッ! あと時と場合を弁えろ! 戦闘中だぞ!?」
2人きりの世界に、急に割り込んで声を荒げたのは、ネオ・ロアノーク。
少女2人の意識が――暗闇の世界から、急速に現実に引き戻される。
――そこは、戦場だった。魂も凍るような雪景色に包まれた、戦場だった。
半ば無意識のまま引き金を引かれたデストロイの攻撃が、押し寄せるバクゥとガズウートをまとめて吹き飛ばす。
女の子同士の会話をしながらも振るわれたフリーダムのビームサーベルが、迫るディンを次々と斬り落とす。
ウィンダムもカオスも、それぞれに圧倒的多数の敵を相手にしている真っ最中で。
ベルリンの街が、血と炎に赤く染まる。
「でもさ、ネオ。ネオも聞き耳立ててたんでしょ? スティングも」
「……戦いながら突っ込めるか、そんな話題ッ!」
「スティング〜? 聞こえてたなら分かるよね〜? 女の子から先に言わせちゃうなんて、最低だよ〜?」
「うるせぇッ! 黙って戦えッ! 文句なら後で聞くッ!」
呆れるネオ。明らかに照れて動揺し、そして怒るスティング。耳まで真っ赤に、言葉も出なくなってしまったステラ。
確かにそれは、戦いながら――人を殺しながらするような話題では、なかったのだが。
ただ1人、平然とした態度で薄っすら笑みすら浮かべ、マユは口の中で呟く。誰にも届かぬ、小さな呟き。
「そうだよ……言えるうちに、言っておかないとさ。
あたしたちみたいに、言えなくなってから気付いたんじゃ、遅いんだから――」
ベルリンの街、吹雪の中で、激闘が続く。
デストロイの圧倒的な火力、そしてフリーダムたちの戦闘力の前に、ザフトの大部隊が街ごと壊滅させられてゆく――!
- 269 :隻腕二十話(03/17):2005/12/27(火) 16:12:04
ID:???
「――ベルリン、見えました。既に戦闘が始まっている模様。光学映像入ります」
ミネルバのブリッジ内に、緊張が走る。
モニターに大写しになるのは、燃えるベルリンの街と、その中央に鎮座する巨大な影。
どうやら駐ベルリン部隊は街に散らばり抵抗を続けているらしい。
「新型巨大MS、フリーダム、カオス、ウィンダム、ムラサメ4機、熱紋確認。
前線司令部……応答ありません。相当な被害が出ているものと思われます」
「前線の部隊への呼びかけを続けて。市街戦は避けたいわ。せめて、街から離れるようにと――」
タリアは焦る。こんな状況で戦い続けていれば、街の被害はどこまで広がるか分かったものではない。
ザフト兵たちは街を障害物として利用しているようで、そのことはザフトと現地人の関係を如実に示していたが……
しかし、デストロイの火力は、その障害物もろともに、ザフトのMSを吹き飛ばしてしまう。
はっきり言って、盾にもなっていない。ただひたすらに被害が増えるだけだ。
最も――ミネルバの任務は、街を守ることではない。あの巨大MSを、倒すこと。
「メイリン、シンたちを出して。戦闘に入るわよ!」
――シンを乗せたコアスプレンダーが、専用エレベーターでゆっくりと上がっていく。
パイロットスーツ本体とは色合いの違う、紅いヘルメットを被ったシン。引き締まったその顔が、今はよく見える。
『――シルエットはフォースを選択。カタパルト推力正常。コアスプレンダー、発進どうぞ!』
「メイリンの指示聞くのも、これが最後か――今まで、ありがとな。
シン・アスカ。コアスプレンダー、行きます!」
中央の専用カタパルトからは、コアスプレンダーを先頭にインパルスのパーツが次々と吐き出されてゆく。
左右のカタパルトに、セイバーとグフが歩みを進める。続いて待機するのは、白いザクと、無人のグゥル。
『セイバー。グフイグナイテッド。両機カタパルトエンゲージ。発進どうぞ!』
「了解だ。今度こそ、決着をつける!
アスラン・ザラ。セイバー、発進する!」
「お姉さんの分まで、みんなで仇取ってくるぜ。待っててくれよ!
ハイネ・ヴェステンフルス、グフ、行くぜッ!」
『続いて、ブレイズザクファントム。支援用グゥル。進路クリアー。発進どうぞ!』
「メイリン、最後までオペレートをしっかり頼むぞ。
レイ・ザ・バレル。ザク、発進する!」
『艦載MS、全機発進確認。皆さん……無理しないで……!』
次々に4つの影が打ち出され、最後に飛び出した白い影は、空中でグゥルの上に着地して。
メイリンの搾り出すような声に見送られ、4人の男たちは、強大な敵に向け、飛んでゆく――
- 270 :隻腕二十話(04/17):2005/12/27(火) 16:13:08
ID:???
「……ザフトの援軍が来るぞ! ミネルバだ!」
「またあいつらかッ……!」
もちろんその発進の様子は、マユたちの側でも察知できていた。
元々ベルリンに居たザフト軍をほぼ蹴散らしてしまった彼らは、休む間もなく新たな敵に向き合う。
「ステラ! お前は、ミネルバを落とせ! 母艦さえ潰せれば、おそらくこちらの勝ちだ!」
「うん……」
「スティング、マユ、俺たちはあの連中の足を止めるぞ! デストロイに近づけるな!
ムラサメは、デストロイの近くに待機していてくれ。俺たちを抜ける奴がいたら、頼む」
「分かってるぜ!」
「了解です、大佐」
「…………」
「……お〜い、マユ? 分かってるか? 返事しろ!」
「……あ、ネオごめん。うん、ちゃんと分かってるよ」
ネオの指示が飛ぶ中、マユだけは返事がなく。少し間を置いて、慌てたような返事が返ってくる。
ネオは溜息ひとつつくと、改めて気合を入れる。
「しっかりしてくれよ、フリーダム。この間のように、頑張ってくれよ。
じゃ――いくぞ、みんな!」
――ネオに注意された、そのマユは。
『……ザザッ……ちゃん、マ……ガガッ……聞こえ……ザザーッ……』
どこからか混線したらしい無線、ネオたちとの正規の回線でない声に、ちょっとだけ注意を乱されていたのだが。
通信機の設定を操作し、そのノイズをシャットアウトする。
元々ひどいノイズ交じりの通信だ。女性が誰かを呼んでいるようだ、としか分からない。
なんだかほんのちょっとだけ気にはなったが、結局無視する。
目の前には、ミネルバのMS隊。今度は、余計なことを考えながら蹴散らせるような相手ではない――!
「……マユちゃん! マユちゃん、聞こえる!? ああッ、もうッ!」
その足元、ベルリンの街の中。
打ち捨てられた古いビルの一室で、通信機を弄っていたのは、ツナギ姿のマリューだった。
さきほど、一瞬だけ繋がりかけた感触はあったのだが、また届かなくなってしまったようで。
Nジャマーの電波影響が強い戦場では、軍用ではない無線通信は最初から厳しいものがある。
彼女は焦りを滲ませて、ベルリンの空を見上げた。既に戦いは始まってしまっている。
この位置からは、ウィンダムと向き合うインパルスの姿しか見えない。
「せめて――彼女たちに、街から離れるように言わないと! このままじゃ、街の人たちにさらに被害が――!」
- 271 :隻腕二十話(05/17):2005/12/27(火) 16:14:03
ID:???
――雪の舞う街の遥か上空、2つの影が視界を遮る濃い霧の中で戦っていた。
いや、これは霧ではない。分厚い雪雲の中だ。雲の中、稲妻が遠くに走るのが見える。
MA形態のセイバーと、ハイマットモードのフリーダム。
たまにセイバーがMS形態になり、2門の大砲を撃ち放つ。時折フリーダムがフルバーストでセイバーを狙う。
しかし互いに互いの足を止めるには至らず、機動力で逃げられてしまう。
どちらも、火力はある。機動力もある。
しかしその2つの力は、どちらも変形によって使い分けるために、同時に発揮することができない。
フリーダムには中間形態であるハイマットフルバーストもあったが、これはいささか機動力と命中率が犠牲になる。
互いに、高機動形態では相手を制しきるだけの攻撃力がなく、高火力形態では敵を捉えきれない。
有利な位置を取り合い、競いながら戦ううちに、いつしか2機は高く高く上昇していて――
――突然、2機の視界が晴れる。
蒼い空。どこまでも広がる雲海。眩しいほどの太陽。
いつの間にか2機は、雲を越える高さまできてしまっていた。
吹雪が舞い狂う地上とはまるで別世界の光景。一瞬止まる攻防。
その機を逃さず、MS形態のセイバーが平手を突き出し、フリーダムに静止を訴える。
フリーダムは反射的に銃を向けたものの、そのままこちらも静止する。
「……少し、話したいことがある。そちらのフリーダム、乗っているのは『セイランの娘』だな?」
「……だとしたら何よ!?」
突然入った通信に、マユは声を荒げて。通信画面の向こう、セイバーのパイロットはヘルメットを脱ぎ、その顔を晒す。
「俺の名は、アスラン・ザラ。あるいは、こちらの名を名乗った方がいいかな。
『アレックス・ディノ』と名乗り、かつてカガリの傍にいた人間だ」
「――!!」
「キミもセイランの人間として考えれば、分かるはずだ。コーディネーターとして考えれば、分かるはずだ。
キミはこんなところで、こんな殺戮に手を貸しているべき人間ではない!」
アスランは、言葉に迷いながらも、切々と訴えて。その叫びを受けた、マユは――
――厚く垂れ込めた雲の下でも、激しい空中戦が繰り広げられていた。
武装も装備も、実によく似た2機。フォースインパルスと、ジェットストライカーのウィンダム。
「――ああもう、腕上げやがったなァコイツ。ストライクモドキめ!」
「この動き……アーモリーワンの時の、黒いストライクか! 面白い!」
時に街の建物をこするくらいの低空飛行をしながら、互いにビームライフルで撃ちあう2人。
しかし互いに、有効打がない。いずれも避けられ、あるいは盾に防がれる。
標的を捉え損ねた流れ弾が、次々に街の建物に突き刺さる。
- 272 :隻腕二十話(06/17):2005/12/27(火) 16:15:03
ID:???
「……インパルスね。ちと反則だが……ズルい手を使わせてもらうか。心理戦も戦争のうち、ってね♪」
ネオは呟くと、遠くで戦闘中のデストロイの巨体をチラりと眺める。
思い出すのはステラが戻ってきたあの時の様子。恐らくは軍規に違反してまで、彼女を返しに来たインパルス。
ネオはベルリンの街の上を駆けながら、通信機のスイッチを入れる。
「おい、聞こえるか、インパルスの坊主ッ!」
「!?」
「この前、ウチの部下がお世話になったそうだなァ! その礼に、特別に教えてやる!」
「こんな時に、何をッ!?」
目の前の敵の意図が分からず、戦いながら疑問の声を上げるシン。
ネオは、構わず叫ぶ。デストロイを指しながら、シンに向けて告げる。
「アレに乗っているのはな――ステラだ! ステラなんだよ!」
「!!」
その衝撃の事実に、一瞬動きを止めるインパルス。
まさに、狙い通りの反応。ネオはニヤリと笑って、間髪入れずにビームライフルの引き金を引いて――!
同じく、街の上空で。
カオスは――厳しい戦いを強いられていた。
しつこいほどに追い縋り、剣や鞭で打ち掛かってくる、オレンジ色のグフ。
カオスの逃げるルートを塞ぐように射撃をしてくる、白いザク。
他の2組がほぼ互角な状況なのに対し、この不均衡な闘いだけは、カオスは守勢に回らされていた。
「ちくしょうッ! なんで俺だけ、2対1なんだよ!」
スティングは思わず愚痴っぽい叫びを上げる。
あるいは状況が違えば、カオスの速力で一旦振り切って、仕切りなおす手もあったのかもしれない。
しかし、今はそれはできない。いや、彼も一度は、それをやりかけたのだが。
カオスが逃げる、と見たこの2機は――それを幸いとばかりに、デストロイに接近しようとしたのだ。
今のスティングの仕事は、デストロイに敵を近づけないこと。これでは本末転倒だ。
慌てて彼は、2機の前に立ち塞がって――こうして変わらぬ劣勢を、強いられている。
「だがな……ここを通すわけには、いかないんだよ!」
思い出すのは、つい先ほどの、マユとステラの会話。
ただひたすらにコーディネーターを憎み、奴らを倒すためならいつ死んでも良いと思っていた昔とは、もう違う。
ステラだけではない。ネオも、マユも。ここまでの戦いの中で、彼の中にも失いたくないモノが生まれていたのだ。
そう、アウルの時のようなことは、もう二度と、決して――!
- 273 :隻腕二十話(07/17):2005/12/27(火) 16:16:05
ID:???
「……状況は?」
「どのMSも、動けないようです。駐ベルリン部隊は、ほぼ壊滅かと……」
「……分かったわ。本艦はこれより、あの巨大MSに攻撃をしかけます!」
「えぇぇぇぇぇッ!?」
この状況に、ミネルバ艦長タリア・グラディスは決断を下す。悲鳴を上げる副官のアーサー。
ミネルバのMS隊は、いずれも強敵を相手に膠着状態に陥っていた。
残る戦力は、このミネルバ自身。
「ブリッジ遮蔽、トリスタン、イゾルデ起動。各ミサイルランチャーは、対艦対要塞戦用弾頭を選択。
敵はモビルスーツと言うより、手足のついた戦艦のようなものよ。そのつもりで!」
「トリスタン、イゾルデ起動。パルシファル、装填完了」
「では、微速前進。これより、対艦戦に――」
部下の報告を受け、命令を発しかけたタリアの言葉が、途中で凍りつく。
モニタの向こう、デストロイの巨体が、周囲の敵をあらかた片付けて、ゆっくりと向きを変える。
円盤の上に備えられた、非常識なまでに長く巨大なビーム砲。それが上下2連、左右2組、合計4門。
タチの悪い冗談のような巨大砲が、ミネルバの方を向き、狙いを定める。
「――回避! 急速回避ーッ!!」
攻撃をしかけようとしていたミネルバは、タリアの絶叫を受け、慌てて回旋する。
一瞬遅れて放たれる、4本の閃光。
それらはつい先ほどまでミネルバがいた空間を貫いて、虚しくそのまま直進し……
遠くで、とてつもない大爆発を起こす。爆風が、ミネルバの巨大なボディを揺らす。
着弾点には、呆れるほど巨大なクレーター。蒸発させられた積雪が、もうもうたる湯気となって舞い上がる。
「あ、あんなの喰らったら……!」
「喰らわないようにするのよ! こちらからも反撃、急いで!」
動揺したまま、ミネルバから放たれるミサイルとビーム。
しかし戦艦の主砲の攻撃さえ、黒い巨体の前に出現した光の壁に遮られる。ミサイルが突っ込み、虚しく爆発する。
ミネルバの攻撃は、その余波でただ街を破壊しただけに終わって――
「あ、あれって、オーブ沖やガルナハンの時のモビルアーマーと同じ……!」
「……そのようね。でも、だからって引けないわよ!」
デストロイの、円盤状の縁にズラりと並んだビーム砲が、ランダムにビームを撃ち放つ。
回避しきれなかった何発かが命中し、ミネルバにも激しい振動が走る。悲鳴の上がるブリッジ。
空中戦艦としても破格の機動力と防御力、そしてタフネスを誇るミネルバだったが……これでは、ジリ貧だ。
彼らの視界の隅では、膠着していたMS同士の戦いにも、新たな変化が見られていて――
- 274 :隻腕二十話(08/17):2005/12/27(火) 16:17:04
ID:???
灰色の空の下、向き合うインパルスとウィンダム。
――何かが砕け散るような音が、響き渡る。焦点の合わぬ紅い目が、限界まで見開かれる。
そこに浮かんだ色は――歓喜。困惑でも後悔でもない、歪んではいるが純粋な喜び。
「――ハハハハハッ!
そうか、そうなのか! アレに乗っているのは、ステラなのかッ!」
「……!!」
ネオの「ズルい手」。戦闘中に、敵が助けた相手の存在を教えることで、動揺を誘う卑怯なやり口――
だが必ず当たる、と思ったその射撃は、あろうことかインパルスの抜き放ったビームサーベルに、打ち落とされる。
飛んできたビームをビームサーベルで相殺する――原理的には可能でも、ほとんど人間技とは思えぬ神業。
「そうか、あいつは、アスハは馬鹿正直に『約束』を守ってくれたかッ! こいつァ傑作だッ!」
「や、『約束』、だと……!?」
カガリとシンの間に交わされた詳しいやりとりまでは知らないネオは、相手の様子に困惑する。
狂ったような笑いを上げるインパルスのパイロット。その様子に、思わず動きを止めて――
――そして、その間隙を突かれる。ネオの作戦とは、ちょうど逆の展開。
瞬間移動したかと見間違うほどの、急速接近。ウィンダムと口付けするかと思えるほどに迫った、インパルスの顔。
慌ててネオは咄嗟に突き放そうとするが、もう遅い。至近距離で、インパルスのビームサーベルが振るわれる。
大きく切り裂かれた紫のウィンダムは空中でコントロールを失い、落ちていく。
「ならば、約束を果たしてやる! またこの俺が、倒してやる!
ルナの分まで――そのケンカ、買ってやるぞォッ!」
そのままネオは、成す術もなくベルリンの街に墜落して――しかしシンは、もはや彼に対する興味を失っていて。
哄笑を上げるシンは、その紅い目を舞い狂う雪の向こう、デストロイの黒い巨体に向けた。
ウィンダムにトドメを刺す間も惜しむように、インパルスは翼を広げ、巨神に向けて駆けていく――
「――ネオ! くそッ!」
遠くにその光景を見たスティングは、苛立ちの声を上げる。
目の前を掠めるグフイグナイテッドのビームソード、テンペスト。肩を掠めるザクファントムのビームトマホーク。
カオスは相変わらず、2機を相手に苦戦中。あのネオも倒されてしまったし、このままではステラが危ない。
スティングは、一気に勝負に出る決意を固める。
「コイツら、数が多いからって、調子に乗りやがって……!
だがな、こうすれば、2対3だッ!」
- 275 :隻腕二十話(09/17):2005/12/27(火) 16:18:05
ID:???
- スティングの叫びと共に、カオスの背中から2つの影が飛びだす。
カオス最大の特徴である、機動兵装ポッド。連合のガンバレルやザフトのドラグーンの流れを汲む、遠隔操作兵器。
無線式だから動きを束縛するものはないし、大型バッテリー搭載だからドラグーンよりも稼動時間が長い。
ビーム砲だけでなくマイクロミサイルも備え、攻撃のバリエーションは大いに広がっている。
ただしこの機動兵装ポッド、カオス本体に装着されている時は、本体のバーニアの1つとして働いている。
そのため、兵装ポッドを射出してしまえば、MS本体の動きは格段に落ちてしまう。
特に、空中に留まるためにもその推力を利用している重力下での空戦では、その影響は大きい。
だからこそこれは危険な賭けであり、またスティングの最後の切り札だったのだが。
分離された2基の兵装ポッドが、それぞれ独立した生き物のように宙を走り、ザクとグフに狙いを定める。
事実上、手勢が増えたようなもの。対応などできるはずない、そう思っていたスティングだったが――
――空中に、思念が稲妻のように走って。
白いザクが振り返りざまに撃った一発のビームが、あっさりと片方の兵装ポッドを貫き通す。
真後ろから、相手の不意を突くはずだった兵装ポッドが、一発の攻撃を放つ間もなく爆散する。
「なにッ!」
「……ふん、この程度か。お前のやりそうなことは、このワタシには、容易に想像がつく!」
驚くスティングに、哂うレイ。
いつも控えめで落ち着いていて、一歩下がっている印象のあったレイだったが……この表情を見たら、皆驚くだろう。
大いなる自信と相手への侮蔑に満ちた、悪意の表情。一人称までいつの間にか変わっている。
「大方、ドラグーン2機で精一杯なのだろう、カオス! 空間認識能力のレベルが違うのだよ、ワタシとはね!」
「くッ……畜生ッ!!」
スティングは叫ぶ。残る1機の機動兵装ポッドが、全てのミサイルを放出しながら、ザクに迫る。
直後、これまた撃ち抜かれる兵装ポッド。しかし同時に、無数のミサイルの中のたった一発が、グゥルに直撃。
「ちぃッ……! 分かっていても避け切れんか、ザクの性能では……!」
「ザマぁ見やがれッ……!」
フラフラと墜落していくザクとグゥル。快哉を上げるスティング。
しかし、そんな彼の目の前に、色鮮やかな影が飛びだした。
もう1機の敵、ハイネ・ヴェステンフルスの、グフイグナイテッド――!
「だが、この戦いは……俺たちの2人の、勝ちだッ!」
「――!!」
兵装ポッドを全て失ったカオスの身体を、振るわれたビームソードが切り裂いて。
胸元から火花を散らしながら、スティングのカオスは、真ッ逆さまに堕ちてゆく――
- 276 :隻腕二十話(10/17):2005/12/27(火) 16:19:03
ID:???
はるか上空――雲の上、天上世界のような、何もない空間。
抜けるような青空の下でも、激しい戦いが行われていた。
と、言っても――片方が片方に一方的に斬り付け、片方が逃げ回っているだけだったのだが。
「やめろフリーダム! キミの力は、フリーダムの力は、こんなことに使うものではないんだ!」
アスランは叫ぶ。叫びながら、セイバーを後退させつつ、盾で身を守る。
一方のマユは、攻撃だけを考えているかのような、狂ったような斬撃を加え続ける。
アスラン・ザラの告白。アレックス・ディノと同一人物であるという告白。
それは――まさに、マユの逆鱗に触れる一言だった。絶対に許せぬ態度だった。だから、叫ぶ。
「何も知らないくせに、何を偉そうに! オーブを裏切ってザフトに渡った人間がッ!」
『何も知らないくせに、何を偉そうに! プラントを捨ててオーブに渡った人間がッ!』
それは――どこかで聞いた台詞。いつか聞いた怒りの言葉。
アスランの脳裏に、誰かの叫びが重なるように響き渡る。
「俺のことは憎んでくれていい、軽蔑してくれてもいい! だが、この闘いは!」
「あたしの家族は、2年前オノゴロ島で死んだ! フリーダムに、見殺しにされたッ!」
『俺の家族は、2年前オノゴロの戦闘で死んだ! アスハの信念に、見殺しにされたんだッ!』
アスランの声を聞く素振りも見せず、一方的に攻撃を続けるマユ。
再び蘇る、誰かの叫び。その既視感の正体に思い至ったアスランは、はッとする。
「パパの身体はバラバラで、ママの身体は首がなくて!」
『父の身体はバラバラで、母の身体は首も飛んでしまって!』
「お兄ちゃんなんて、クレーターだけ残して跡形もなくて!」
『妹に至っては……千切れた右手だけを残し、跡形もなくてッ!』
「あたしも、右手を奪われたッ! 今でも痛むのよ、もうないはずの右腕がッ!」
かつてシンの語った言葉が、一つ一つアスランの耳に蘇る。
二人の叫ぶ顔が、オーバーラップする。全く同じ、2人の表情。
思い出すのは、白い長手袋に包まれた右腕。事情を聞くに聞けない雰囲気があった、あの右手。
――なぜ、気付かなかったのか。なぜ、誰も辿りつかなかったのか。
全てのパズルのピースが、アスランの中に揃う。
何度もニアミスを繰り返してきた運命が、ようやく一つに繋がる。
彼の脳裏に、恐ろしい推測がよぎる。それはもはや、疑いの余地ない確信。
「お、お前……お前たちは、まさか……!」
「『だから!」』
そして――そんなアスランの動揺を、セイバーの隙を、見逃すマユではなく。
記憶の中のシンと、目の前のマユが、アスランの中で唱和する。
マユの中で、何かが砕け散り、眩しいほどの光が溢れ出す。
- 277 :隻腕二十話(11/17):2005/12/27(火) 16:20:01
ID:???
『もう二度と、アスハなど信じない!』
「もう二度と、オーブは焼かせない!」
『俺は――シン・アスカは、オーブなんて国を、許さないと決めたんだ!』
「私は――マユ・アスカは、オーブを脅かす可能性を、許さないと決めたのよ!」
「やめろ、駄目だ、お前達は――!」
雲の上、蒼い翼を広げた死の天使が、ユラリと剣を振るう。幻惑するような動きで、かつ、目にも止まらぬ速度で。
アスランの叫びは、閃光のように駆け抜けたビームサーベルに、無慈悲にも断ち切られる。
セイバーの、腕が、足が、首が、翼が、一瞬のうちに斬り飛ばされて――
一瞬遅れて落下を開始したセイバー身体が、雲の海に沈んで、天上世界から消え失せる。
『こんな悲劇は、俺たちだけで、十分なんだ……!
俺を最後に、二度と起こさせては、いけないんだ……!』
アスラン自身がかつて放った、血を吐くような叫び。誓いの言葉が、虚しく脳裏に木霊する。
底なしの雲の中、終わりのない落下に、アスランの意識は掠れていく――!
堕ち行くセイバーを見送ったマユは、しばし無言のまま。
焦点の合わぬ目で、セイバーの消えた雲を見つめていたが。
やがてゆっくりと、フリーダムは翼を畳み、自由落下に入る。
一番シンプルな、地上への帰還方法。灰色の世界を落下しながら、次の敵を探す。
「インパルスと、グフと、ミネルバ。よし――」
心を決めた彼女は、落下しながら翼を広げて。さらなる加速をつけて、新たなるターゲットへと――!
――ベルリンの街の中。狭い路地を、MSのボディが滑っていく。
撃墜されながらもギリギリで姿勢を制御して行った不時着。石畳と機体が擦れて、耳障りな音と火花が散る。
やがてそのボディは、打ち捨てられた古いビルに突っ込み、激しい振動と土煙を上げてようやく止まる。
「……イテテ。やれやれ、手ひどくやられちまったなァ」
ビルに半ば埋まったウィンダムの残骸の中、頭を掻いていたのは仮面の大佐。
パイロットスーツのヘルメットを打ち捨て、歪んだコクピットハッチを蹴り開けて、外に這い出す。
まだ街では戦闘が続いているらしい。遠くから伝わる振動の度に、ビルの天井からパラパラと破片が落ちる。
さてどうしたものか、とネオが思案した、その時――
「――そのまま動かないで、連合のパイロットさん」
硬い声が、ネオの背後からかけられる。撃鉄の上げられる、小さな金属音。
一瞬で状況を理解した彼は、ゆっくりと両手を挙げて、静かに振り返る。
- 278 :隻腕二十話(12/17):2005/12/27(火) 16:21:03
ID:???
- そこには――ツナギ姿の女性が、小型拳銃を両手に構え、ネオの方に向けていた。
その姿を一目見ただけで腕前が分かるような、そんな的確な構え。
「――ほぅ。これはこれは。ベルリンのレジスタンスか何かの一員なのかな、お嬢さん」
「茶化さないで。変なことをしたら、すぐに撃ちます!」
彼女は、厳しい表情で目の前の連合士官を睨みつける。
黒い、非正規品の制服。奇妙な仮面。大佐の階級章。そして何故か、どこかで聞いたことがあるような声――
「そのモビルスーツ、通信機はまだ生きているのかしら?」
「……ああ、多分な。なんだ、誰かと連絡取ろうってか? 他人に銃を突きつけて」
「貴方には関係のない事よ。そこをどいて」
コクピット近くに立つネオに、その場を開けるよう指示を出す彼女。
しかしネオは、素直に動こうとはせず、そのヘルメット状の仮面に手をかける。
「やれやれ、勝手な話だねェ。こっちの都合は無視かい?」
「変なことはしないように、と言ったでしょ! 本当に撃つわよ!」
「マリュー・ラミアス。元連合軍少佐、アークエンジェル艦長。……今の肩書きは知らんが、そうだよな?」
「!!」
どうやら自分を知っているらしい男の口ぶりに、マリューは驚いて。
その隙に、男は仮面を外し、素顔を晒す。傷がいくつも走るその顔に、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……あ、貴方はッ!?」
「まだアンタは、脱走兵として手配中の身のハズなんだけどねェ。何やってんだい、こんなトコで?」
気さくに語りかけるネオに、しかしマリューは呆然として。
有り得ないものを見たかのように、その身体は震えだし。両目から、涙が溢れ出す。
小型拳銃の重量さえ支えきれず、マリューの腕が下がる。そんな彼女に、ネオはゆっくりと歩み寄って――
「どうした、マリュー? 俺の顔に、何かついてるかい?」
「嘘……! 嘘よ、だって、貴方は……! 貴方は、もう死んだはz……!」
優しい笑みを浮かべて近づいたネオは、素早くマリューの鳩尾に、拳を叩き込む。
信じられない、という表情のまま意識を失うその身体を、ネオが優しく受け止める。
「――まさか、こんなとこで出くわすとは思っちゃいなかったんだが。
さて、コイツはどうしたモンだかなァ」
かつて、ムウ・ラ・フラガと呼ばれた男そっくりの素顔を晒したまま。
ネオはぐったりしたマリューの身体を担ぎ上げ、その場を立ち去る。
後に残されたのは、手からこぼれ落ちた小型拳銃と、ヘルメット状の仮面。
なお続く激しい戦闘に、半壊したビルは震え続ける――
- 279 :隻腕二十話(13/17):2005/12/27(火) 16:22:03
ID:???
――あの人が来る。
狂気にも近い殺意を剥き出しにして、あの人が来る。
何度も戦った人。強い人。怖い人。
アウルを殺した人。ラボのみんなを殺した人。私を、殺そうとした人。
ネオまで倒して、私のところにやってくる。
怖い。怖い。怖い。
あのミネルバでさえも逃げ惑うしかない、デストロイ。私の新しい鎧。でもコレに乗っていても、なお怖い。
MS越しにも、あなたの顔が分かる。あなたの浮かべている表情が分かる。
――笑っている。
戦いを、殺戮を、味方の被害さえも、あなたは笑って楽しんでしまう。
私とは、まるで違う人。怖いから、怖いのから逃げたくて戦っている私とは、全く違う人。
あの日――ミネルバから連れ出すために抱きかかえてくれた、あの力強い腕。
どうしてその同じ手で、彼は私に銃を向けられるのだろう。
分からない。分からない。分からない。
……スティング、スティングはどこ?
いつも、思っていることの半分も言えない自分。諦めて、黙り込んでしまう自分。
ふと気がつくと、何を言いたかったのか、自分でも忘れている自分。
でもマユにも言われた。それじゃダメだと。言わなきゃダメだと。
「スティ……!」
あれは何だろう。あれは何だろう。
オレンジ色の影に着られる緑色の塊。落ちていく緑色の塊。動かない緑色の塊。地面に追突する緑色の塊。
あれは……あのシルエットは……!
「いやぁぁぁぁぁぁッ!」
――あの人が来る。怖い人が来る。インパルスが来る。
スティングはいない。ネオもいない。マユもどこか行っちゃった。
デストロイを守るために控えていたムラサメも、あの人に落とされていく。どれもたった一撃で、倒される。
……死ぬ? 死ぬの?
みんな死んじゃうの? あの人に、殺されちゃうの?
「……みんな、死んじゃう?
……ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤd
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
- 280 :隻腕二十話(14/17):2005/12/27(火) 16:23:06
ID:???
――デストロイが、立ち上がる。異形の怪物が、巨大な巨人へと形態を変える。
その両手から、その胸元から、狂ったように打ち出される無数のビーム。
ほんの4発の射撃でムラサメ隊残党を瞬殺したシンも、その勢いが止まる。
両手の指先、それぞれ5門。前腕部にも1門ずつ。胸には3つ、顔にも1つ。16門のビーム砲の連続乱射。
インパルスを捉え損ねたビームが、そのままその背後の街並みを焼き払ってゆく。
しかし――冷静に見れば、その射撃は案外散漫だ。数は無闇に多いが、どれも分かり易すぎる攻撃ばかり。
シンは未だ焦点の合わぬ目のまま、1つ1つ丁寧に、最小限の動きで避けながら、さらに接近をかける。
「――ステラッ!」
そんなインパルスに、真上からもビームの雨が降り注ぐ。流石に接近を止め、これもまた丁寧に回避するインパルス。
見上げれば上空には――翼を広げたフリーダムの姿。眼下のインパルスに次々と撃ち掛ける。
デストロイとフリーダムの2方向からの集中砲火に、今のシンでさえも回避だけで手一杯になる。
「――ふりぃだむぅぅぅぅぅぅッ!」
その一方的な局面を、さらに破ったのは――空を駆けてきた、オレンジ色の影。
翼を大きく広げ、空中のフリーダムに盾で体当たりをしかける。そのまま押し切るように遠ざかる2機。
「ハイネッ!?」
「シンッ、お前はあのデカブツを! 悪いが彼女の仇は、譲ってもらうぜッ!」
ハイネは、そのまま遠ざかり――頭上からの砲撃の途絶えたシンは、改めて目の前のデストロイを見上げた。
ビームサーベルを抜き放って、シンは不敵な笑みを浮かべる。
「――フリーダムッ! 貴様だけはぁッ!」
「クッ!」
デストロイから大きく引き離すことに成功したハイネは、叫びながらフリーダムに斬りかかる。
元より剣技に長けたハイネだったが、今マユを圧倒しているのは技量というより、むしろ荒削りなその気迫。
あのマユに反撃すら許さず、恐るべき速度の連続攻撃を叩き込む。
「キースも! ジョーも! カルマも! アキラも! グレイシアも! ゼロも! 皆、いい奴だったんだッ!
バカで、お調子者で、どうしようもない連中だったが……大切な仲間だったんだッ!」
「…………」
「これが――割り切れるかよッ! 割り切ったりして、たまるかよッ!
俺はそこまで、大人じゃねぇッ! 大人じゃなくて――構わねぇッ!!」
それは、かつて彼がアスランに語った言葉とは、180度逆の叫び。虚飾を全て剥ぎ取った、ハイネの魂の叫び。
右手から放たれたスレイヤーウィップが、フリーダムの身体を拘束する。両腕ごと胴体を締め上げ、自由を奪う。
ハイネのグフは、左手で鞭の突端を握り締め、片足をフリーダムの胸にかけ、完全に捕まえてしまった。
この超至近距離では、フリーダムのレールガンも翼のビーム砲も、相手に向けることができない。砲身が長すぎる。
- 281 :隻腕二十話(15/17):2005/12/27(火) 16:24:16
ID:???
「き・さ・ま・だ・け・は・あ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・ッ!」
「!!」
そのままの姿勢で、ハイネはスレイヤーウィップの超高周波振動を開始させる。紅く光り始める鞭。
フリーダムが、そして捕まえているグフ自身もが、激しい振動に晒される。
本来これは、こういう形で使うような武器ではないのだ。自らの身をも削るような、決死の攻撃。
激しい振動に、フリーダムが、グフイグナイテッドが、それぞれ悲鳴のようなアラームを鳴らす。
だが――マユは、慌てなかった。動揺の色を、見せなかった。
暗く俯いたままだったその顔が、ゆっくりと上げられる。
その瞳に宿るのは――暗い、怒り。
「……何を、今さら」
「!?」
「それが――どうしたって言うのよッ!」
フリーダムの翼が、束縛を免れていた10枚の翼が、改めて広げられる。
自由にならぬ両腕のまま、かろうじて自由になるその手の指が、紅く光る鞭を握り締める。
そして、縛り上げているグフごと、引きずるようにして――!
「何を……今さらァッ!!」
「な、何ッ!」
「散々アンタらも殺しておいて……何を今さらァ!!」
拘束されたまま、フリーダムは最大出力で、飛ぶ。ベルリンの街を掠めるように飛んでいく。
空中で姿勢が入れ替わり、下側に回されたグフの身体が――次々に、建物に叩きつけられていく。
逃げようにも、今さら逃げられない。グフの鞭は前腕に収納式。自由に捨てられる構造には、なっていない。
「グハッ、うおッ、や、やめッ……!」
「あんたたちは……どいつもこいつも、何を今さらッ……!」
ベルリンの街は、フリーダムが駆け抜けた後そのままに、どんどん建物が壊れてゆき。
グフの身体は、叩きつけられる度に装甲が凹み破片が飛び散り、ボロボロになっていく。
やがて、ついには鞭の方が耐え切れなくなって、ブチ切れる。
両腕が自由になったフリーダムは、しかしなおもグフを許さずに。その頭部に露出したパイプを、握って捕まえる。
なおもそのままの勢いで、建物に叩きつけてゆく。
「……! ……!!」
「あたしはッ……今さら、止まるわけにはいかないのよッ!」
グフの足が飛ぶ。腕が飛ぶ。翼が千切れ飛ぶ。
声も出なくなった橙色の塊を、フリーダムは最後に、建物が途切れた空間、開けた広場に叩きつける。
広場の真ん中にあった、大きな噴水。その尖った突端が、グフの脆くなっていた胴体を貫き通して――
昆虫採集の標本のように串刺しになった「グフだったもの」は、一瞬遅れて、爆発した。
- 282 :隻腕二十話(16/17):2005/12/27(火) 16:25:11
ID:???
――ビームサーベルが、コクピットハッチに振り下ろされる。
デストロイは、その巨体に似合わぬ反射神経で後ろに飛び下がったが、それでもなお避け切れない。
中までは届かなかったものの、掠めたサーベルの突端が、その分厚いハッチを切り裂いて。
雪の混じった冷たい風が中に吹き込み、ステラに襲い掛かる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
ステラは叫ぶ。目を見開き、滝のような涙を流し、壊れきった表情のまま、なおも戦い続ける。
ステラの心を責め苛むのは、過去のトラウマ。ブロックワードで封じられていた思い出。
2年前のパナマで遭遇した、大殺戮劇。
心に傷を負った少年少女ばかり集められた、ロドニアのラボの過酷な訓練と手術の日々。
崩壊するアーモリーワン。連合兵に蹂躙されるガルナハン。後からニュースで知った、オーブ艦隊の壊滅。
そして――目の前の、焼き尽くされてゆくベルリンの街並。
ステラが経験してきたあらゆる地獄絵図が、渾然一体となって彼女の精神を責め立てる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
彼女はなおもトリガーを引く。
目の前の幻影を打ち払うように。インパルスを薙ぎ払うように。この世の全てを吹き飛ばすように。
けれど、その度にベルリンの街だけが壊れてゆき、その光景が彼女のトラウマを刺激する。
どこまでも終らぬ苦しみ。止まることのできぬ悪循環。
「――辛いんだろ」
――不意に、その幻影が掻き消える。ステラは思わず、はッとする。
声が聞こえる。いつか聞いた声。優しい声。同時に、怖い声。
ああ――これは。
「ステラは、生きてることが――辛いんだろ。辛いことばかり、思い出してしまうんだろ」
通信画面の向こうで、微笑む青年。赤いヘルメットの中に、彼の顔がよく見える。
それは本当に、優しい微笑みで。本当に、柔らかい表情で。
「だから――俺が救ってやる。ステラを、辛いことから、守ってやる」
「あ――!」
青年の言葉に、デストロイの動きが、止まる。
ステラの壊れた顔に、歓喜の表情が浮かぶ。インパルスのパイロットの顔にも、同じく歓喜が満ちていて。
「俺が――お前を、今ここで、解放してやる!」
舞い散る雪の中――無防備に両手を広げたデストロイに、ビームサーベルを構えたインパルスが身体ごと突っ込んで。
その胸の中央に、光の剣が、深々と突き刺さる――!
- 283 :隻腕二十話(17/17):2005/12/27(火) 16:26:06
ID:???
――雪降る古都に、照明弾が上がる。赤と緑の光の玉が、灰色の街を鮮やかに染める。
ミネルバからの、撤退信号。
見れば――街の向こう、地平線の彼方に、蠢く影が見える。
デストロイに先払いをさせていた、連合軍の本隊。圧倒的なまでの数の、MSの群れ。
彼ら連合側の援軍が到着すれば――傷つき、艦載MSの多くを失った今のミネルバに、勝ち目はない。
デストロイを倒したインパルスが、ミネルバに向けて身を翻す。エネルギーが切れ、PS装甲がダウンする。
片足を失い、何やら灰色の塊を抱えた白いザクも、ブレイズウィザードの推力を最大にして、ミネルバに飛び乗る。
「インパルス、ザクファントム、セイバー、回収しました。グフイグナイテッドの帰還は、絶望的です」
「――分かったわ。本艦はこれより撤退します。軍司令部に連絡を取って。
あの巨大MSは倒したけど――これは、私たちの負けね。ベルリンの街も、守りきれなかった」
声を震わすメイリンの報告に、タリアは溜息をついて。
もはやベルリンの街は、跡形もない。どこまでも破壊された廃墟が広がっているだけ。
満身創痍のミネルバは敗北感を胸に抱いたまま、その身を翻す。
先の見えない逃避行が、始まる。
――連合軍が、廃墟の街に入ってくる。
抵抗などほとんど有り得ぬこの廃墟に、ちょっと多すぎるほどの兵隊があふれる。
連合軍の、東欧地域に対する再侵攻は、この街だけでなくあらゆる戦線で行われていた。
遠からぬうちに、ヨーロッパに広がったザフト勢力圏は、磨り潰されるようにして消滅することだろう。
連合軍に着実に制圧されてゆく街の中で。
フリーダムは、大地に大の字に横たわったデストロイの近くに立ち尽くしていた。
機体を降りたマユは、壊れたハッチをこじ開けて、ステラの身体を引っ張り出す。
――全ての力を失ったステラの身体は、少女の手にはずっしりと重く。
脈を取るまでもなく、もう死んでいると一目で分かってしまうような、そんな血の気の失せた身体。
外から見えるような大きな傷はなく、まるで彼女は眠っているようにも見えて。
デストロイの装甲の上、動かぬステラを膝枕するように抱きかかえながら、マユは小さく呟く。
なお降り続ける雪を見上げ、心の底から不思議そうに、呟いた。
「……なんでかなぁ……なんで、ステラ、こんなに幸せそうに……」
少女の問いに、答える者はなく。
安らかな表情を浮かべた少女の亡骸に、雪が静かに舞い積もる――
第二十壱話 『 終着点 』 につづく