87 :隻腕二十壱話(01/18):2006/01/08(日) 11:44:19 ID:???

――森に囲まれた高原の湖に、雪が降る。
周囲には人の気配どころか、生き物の気配すらなく。
湖面は静かに澄み渡り、舞い落ちた雪が音も無く溶けてゆく。

そんな、世界から見放されたような湖に、金属的な足音が響き渡る。
湖の中をゆっくりと進む1機のMS。フリーダム。
それは腰まで水に浸かったところで歩みを止め、コクピットハッチを静かに開ける。

座席が上にスライドし、中から出てきたのは――1人の少女。パイロットスーツ姿の、マユ・アスカ・セイラン。
その腕には、彼女よりも大柄な、金髪の少女を抱えていて。
見かけよりも力強い腕。普段は思い出しもしない、コーディネーターの筋力。
けれど流石に、脱力しきったステラの身体は、少し重い。

「――本当は、アウルと同じ海まで、連れて行ってあげたかったんだけどね」

マユはステラの遺体を抱えたまま、差し出されたフリーダムの腕に飛び降りて。
しっかりした足取りで腕を伝い、掌の上まで歩み出る。
水面の高さに固定されたその手の先で、彼女はゆっくりと、ステラの身体を湖面に浮かべる。

「――ここで、我慢して。アウルや、オーブ軍のみんなと同じように――自然に、還ろう」

透明度の高い高原の湖。ステラは満ち足りたかのような笑顔を浮かべたまま、深い湖底へと沈んでゆく。
それを見守るマユの顔には――表情が、ない。
怒りも。哀しみも。喜びも。笑みも。
全ての感情が欠落したかのような、不思議なまでに落ち着いた顔つきで――

「――ラボの標本の1つに、されるくらいなら――ここで、静かに――」

きびすを返して、コクピットに戻るマユ。
フリーダムの腕にはうっすらと雪が積もっていて、彼女が歩くまま、小さな足跡がつく。
胸の上、外に露出したままの座席の上で、どこかと通信を繋ぐ。

「――うん――分かった。こっちは大丈夫。
 ……意識不明? でもスティングは生きてるんだね? なら良かった。
 ネオは? ……指揮官って大変だね。後片付け、頑張って。大丈夫、1人でもやれるから。
 ターゲットの座標を送って。あたし、直接行くから。向こうの隊長さんにも、そう言っておいて」

無人の湖に、少女の声が響き渡る。通信機を置き、マユは一回だけ湖の方を見る。
ステラの身体は、もう見えない。

「――ミネルバ、見つかったって。
 ステラ、アウル、カガリ、馬場一尉、トダカ一佐、タケミカズチのみんな……
 あたし、行ってくるよ。今度こそ、全部、終らせてくる――」

マユの身体は、座席と一緒に降りてゆく。フリーダムは再び翼を広げて、湖から飛び起つ――


88 :隻腕二十壱話(02/18):2006/01/08(日) 11:45:11 ID:???


              マユ ――隻腕の少女――

            第二十壱話 『 終着点 』


――雪の積もった渓谷を、巨大な影が飛んでゆく。
引き絞った弓矢のような美しいフォルムの万能戦艦。ミネルバだ。

その巨躯に向け、様々な角度から放たれる幾筋もの光。
ミネルバは大きくその身体を傾けて避け、空振りに終った攻撃は雪の積もった山肌に突き刺さる。
避け切れなかった数発が命中し、ミネルバの巨体を大きく揺らす。

「後方にスカイグラスパー5! ランチャー装備3、ソード装備2!
 さらに右前方に、ダガーL6機! こちらは、連装無反動砲のようです!」
「台地の影に回りこんで! 砲戦ダガーは艦砲で牽制! 振り切るわよ!」
「目標、ダガーL隊! イゾルデ、てーッ!」

ミネルバのブリッジに、激しい声が飛び交う。誰もが必死だ。
外では垂れ込めた空の下、インパルスが単機奮戦している。

「……ふうん、戦果が欲しいってか。だがな、俺は翼の星の1つになってやる気は、さらさらないんでなッ!」

ランチャー装備の制式スカイグラスパーが、その大型ビーム砲・アグニをミネルバに向けるが……
閃光が放たれるその前に、抜刀したフォースインパルスが襲い掛かる。
スカイグラスパーの隊列にインパルスが飛び込んで、通り過ぎざまに次々に切り裂き、あるいは蹴り飛ばす。

しかし、インパルスは1機、スカイグラスパーは5機。数の差はいかんともしがたい。
ソード装備のスカイグラスパー2機が、猛る狩人の手を逃れ、ミネルバに迫る。
対艦刀を機体の下にぶら下げるように伸ばして、ミネルバを切り裂こうとするが……
ミネルバの側、思いもかけぬ角度から放たれた一条のビームに、撃ち抜かれる。砲塔も何もないはずの場所。
艦の左舷、開けっぱなしのMSデッキから顔を出していたのは、白いザクファントム。
ガナーウィザードを背負い、立て膝の姿勢で……いや、違う。
右足を半ばから失った、傷ついたままの姿で、それでもなおオルトロスを構えていた。

「……流石、ルナマリアの遺品だ。良く調整されている。照準と着弾のブレがほとんどない」

ザクファントムのコクピットで、レイが感心したように呟く。
MSでの狙撃を得意としていたルナマリア。彼女が愛用し、ほとんど彼女専用となっていた砲戦用装備。
レイのザクが構えていたのは、まさに「その」ガナーウィザードだった。
彼は亡き戦友を想いつつ、さらにトリガーを引く。スカイグラスパーがまた一機、打ち落とされる。

傷つき、固定砲台のような役目以外は何もできない、ザクファントム1機。
母艦に置いていかれぬためにはフォース以外の装備を使うわけにはいかない、インパルス1機。
――それが今、連合勢力圏にたった一隻取り残されたミネルバの、全戦力だった。


89 :隻腕二十壱話(03/18):2006/01/08(日) 11:46:05 ID:???

ベルリンの戦闘と前後して――
地球上の両軍の勢力図は、大きく塗り変えられていた。

スエズ基地陥落と、ロゴス糾弾の勢いに任せ、あらゆる戦線で大きく拡大したザフトの勢力圏。
しかし――いささか、彼らは調子に乗りすぎていたのだ。
勢いだけでは、いずれ息切れする。実力を超えた頑張りは、長くは続かない。
ロゴスへの非難も、連合側からの反論が重ねられると、やがてその効果も弱まってゆき。

連合の大反撃が始まったのは、そういう下地があってのことだった。
デストロイの投入は、そのほんの一部に過ぎない。
ヨーロッパに南北に広がったザフト勢力圏、それは東西からの大軍に磨り潰され、瞬く間に削り取られて。
ほぼ全てが、再び連合軍の支配下に置かれることになってしまった。
取り残されたザフト軍は、みな撃破され、あるいは捕虜となり。
失った戦力を考えれば、ザフト側はスエズ基地奪取で得た優位をすっかり相殺されてしまった感さえある。

デストロイ打倒のために急行したミネルバも、同じような窮地にあった。
ベルリンに来る時に通った道は、既に連合軍がひしめく敵地だ。そのまま引き返すこともできない。
さりとて進むにしても、四面楚歌のこの状況。一体どこに向かえば良いのか――

散発的に、しかしアトランダムに攻撃を仕掛けてくる連合軍。
ミネルバはこれを撃墜し、あるいはそのスピードを活かして振り切ってゆく。
この無敵戦艦を落とせる火力はそうそうないし、この高速戦艦に追いつける兵器もそうありはしない。
だが、先の見えない逃走戦、休む間もない連戦は、戦力を、そしてクルーたちの精神を確実に削り取っていて――


「――艦長! これは……友軍からの緊急入電です!」
「何!?」
「ミネルバは自力で海上に脱出せよと! 北海沿岸まで、ボズゴロフ級1隻が迎えに来てくれるそうです!
 合流ポイント、今モニターの方に出します!」
「――! こ、こんなところまで、わざわざ!?」
「ああッ! み、見捨てられたわけじゃ、なかったんですねぇッ!!」

その一報は、まさにブリッジの空気が絶望一色に染まろうとしている時に飛び込んできた「蜘蛛の糸」だった。
メイリンの言葉と共に示されたデータに、タリアは驚き、アーサーは涙と鼻水を撒き散らして歓喜する。

こんな距離までデータを送ってきたということは、向こうは通信・偵察用のコマンドザクでも使っているのだろう。
示された潜水母艦の位置は、ミネルバの現在地から北北西の沿岸付近。ミネルバの足なら、決して遠くない。
連合は陸上部隊を主力としてヨーロッパの制圧を行っていたが、海軍による制海権の掌握は少しだけ遅れている。
その隙間を突いての潜水艦派遣、なのだろうが……救出に来たボズゴロフ級にとっても、これは危険な任務だ。
ザフト軍上層部がどれだけミネルバ1隻を重視しているのか、これだけでも分かろうというものだ。

「メイリン、シンを一旦戻して。空の敵を片付けたこの間に、僅かでも補給と休息をとらせてあげて!
 ――進路変更! 合流ポイントへ、向かうわよ!」


90 :隻腕二十壱話(04/18):2006/01/08(日) 11:47:00 ID:???

――ミネルバのMSデッキに、インパルスがMS形態のまま着艦する。
座り込んだ格好のまま立てない白いザクと、整備兵たちが彼を迎える。

「お疲れ様。急いで補給するよ。何か調子の悪いとこ、ある?」
「いや、大丈夫。俺よりも、レイのザクを急いで直してやってくれ。
 あっちも交換したらどうだ? インパルスのようには行かないだろうけどさ」

シンは昇降用ワイヤーで降りながら、ヨウランたちと言葉を交わす。
ヘルメットを取って溜息をついた彼に、ストロー付きの容器に入ったドリンクが差し出される。
同じように休息に入っていたレイだった。彼のもう片方の手には、自分用の飲み物。

「――ご苦労だったな、シン。」
「レイこそ、あんな状態で良く当てたよな。助かった。……それより、アスランの容態は?」
「緊急手術は成功したそうだ。とりあえず危機は脱したが、未だ意識は戻らん」
「そうか……」

互いに労をねぎらい、またここには居ないもう1人の心配をしつつ、2人は格納庫の片隅に腰を下ろす。
慌しく整備が行われる自分たちの愛機を見上げながら、2人はしばしボーッとする。

「……改めて思ったんだが……『戦う』って、凄いことなんだな」
「? どういう意味だ?」

しみじみと呟くシンに、レイは眉を寄せる。まるで彼の言葉の意図が掴めない。
シンもまた、自分が掴んだ感触をどう伝えるべきか迷っているようで。

「いや、最近さ……戦っている敵の、感情とか事情とかが――漠然とだけど、分かるようになってきた。
 MSで向かい合ったその瞬間に、動きの端々や、まとっている雰囲気でな。
 『コイツ怯えているな』とか、『復讐に燃えてるな』とか。『功名心に逸ってるな』とか」
「…………」
「俺、今さらだけどさ。何で自分が戦いに惹かれていたのか、分かったような気がする。
 戦いは――殺し合いは、最高のコミュニケーションだ。一瞬の攻防が、一万の言葉にも勝る。
 お互い必死だからな。口では嘘が言えても、命までは嘘はつけない。余すところなく、理解できる」
「…………」
「ステラは、怯えていた。デストロイという巨大な鎧を着込んでなお、世界そのものが怖くて泣いていた。
 さっき斬ったスカイグラスパーは、撃墜マークを増やしたかったらしい。ライバルでも居たのかな。
 2番目に斬った奴は、そんな隊長にうんざりしていた。3番目の蹴り潰した奴は、全部仕事だと割り切ってた」
「…………」
「人それぞれに人生があって、人それぞれに戦う理由があるんだ。人それぞれに、正義があるんだな――」

レイは何も言わない。静かに、しかし熱を込めて語るシンを、冷たい目で観察し続けている。
レイは、問わない。問うてしかるべき疑問を、彼に問うことをしない。
「何故お前は、そこまで理解していながらなお、そんな平然と殺すことができるのか」などとは……。


91 :隻腕二十壱話(05/18):2006/01/08(日) 11:48:03 ID:???

『……ミネルバは先ほど、突如進路を変更した。今、最新の情報を送る』
「了解です。――これ、ずっと当ても無く逃げていたのが、急に目標を見つけたような動きですね」
『おそらくその通りだろう。ひょっとしたら、救援の部隊でも来るのかもしれんな。
 だがこちらもようやく準備が整った。決して逃がしはしないぞ』
「ミネルバの戦力は?」
『自由に動ける艦載機は、どうやらインパルス1機のみだ。
 あとザクが1機いるが、こちらは脚部を損傷しているそうだ。艦の上で砲を撃つのが精一杯らしい』
「それは、好都合ですね。弱っている今こそ、容赦なく叩かせてもらいましょう――」


――灰色の空の下。再び雪が降り始め、ちょっとした吹雪の様相を呈してきた。
スカイグラスパー隊を撃墜し、ダガーLたちを振り切ってからは、敵の姿もない。
おそらくその姿は捉えられているのだろうが、タリアたちは構わず艦を進める。

一応、支配権を取り戻したとはいえ、連合軍にもさほどの余裕があるわけではない。
彼らもここまでの戦闘で疲れているし、制圧したばかりの街を維持するにも、戦闘力は必要だ。
そして、その上で使える余剰戦力の中で、ミネルバの進路と速度に合わせて出せる部隊となれば、これは限られる。
限られるが――しかし、限られるからこそ。本格的に仕掛けて来られたら厳しい戦いになると、直感できた。
この状況下でシンたちに休息を取らせたのも、タリアのその直感に拠るもので。
途絶えた攻撃に、ブリッジでも僅かに弛緩した空気が流れ、激戦続きだった彼らは少しだけ息をつく。


と――そんなブリッジクルーの1人が、目の前のモニターに灯る光点に気付き、はッとする。
一瞬で緊張感を取り戻し、声を張り上げる。

「前方進路上、MS1! 待ち伏せです! ――同時に、後方からも大型MA3機、接近中!」
「ええッ!?」
「熱紋確認……後方のモビルアーマー、ライブラリーに該当なし! 新型です!
 前方のモビルスーツは……こ、これはッ!」

ミネルバの光学センサーが、最大望遠で前後にいる敵を映しだす。
後方から迫るのは、雪の大地を滑るように走る、3機の見慣れぬMA。
流れるようなラインのボディから突き出した、2本の大きな砲身。一見しただけで、高い攻撃力と速度が想像できる。

そして――ミネルバの進路上上空、立ち塞がるようにホバリングしていたのは。
10枚の蒼い翼を大きく広げた、告死天使。
舞い散る雪を背景に、神々しくも寒々しい、その姿は――

「――フリーダム、です!」

フリーダムのツインアイが。マユの醒め切った冷たい目が。
視線も鋭く、ミネルバを睨みつける――


92 :隻腕二十壱話(06/18):2006/01/08(日) 11:49:04 ID:???

『か、カタパルト推力……正常……。い、インパルス、発……はっし……!』
「……どうした、メイリン?」

通信画面の向こう。発進指示の途中で言葉に詰まったメイリンに、シンは不審を感じて問いかける。
見れば、メイリンは――深く俯き、その身を小さく震わせて。
彼女は――泣いていた。

『て、敵は……フリーダム、だよ。
 お姉ちゃんも、ハイネ隊も、ハイネも、アスランさんも……みんな、やられちゃった、フリーダムだよ?
 なのに、シンが1人でなんて、そんな……!』
「メイリン」

悪い予感に、怯えるメイリン。そんな彼女の名を、シンは優しく呼びかける。
狂犬、狂戦士とまで呼ばれた彼の、別人のように優しい微笑み。メイリンは泣くことも忘れ、見とれてしまう。

「大丈夫だ。俺がみんなを守ってやる。ミネルバを、メイリンを、守ってやる。
 メイリンは、俺にとっても家族のような、妹のようなものだからな。今度こそ、守ってやる」
『シン……』
「それに、俺1人で戦うわけじゃない。ハイネやアスランと一緒に考えた『策』が、いくつもある。
 メイリンも一緒に戦うんだ。ひょっとしたら面倒な指示出すかもしれないが、ちゃんとやってくれ。な?」
『……うん』
「ベルリンじゃ『これで最後』とか言ってたけど……メイリンの仕事、予定よりも伸びちゃったな。
 でも、今度こそ本当に、これで最後だ。だから――俺をちゃんとサポートしてくれ。な?」
『うん……』

シンの優しい言葉。義理の兄になっていたかもしれない青年の言葉に、メイリンは無理やり笑みを浮かべる。
どうやら彼には、あのフリーダム相手にもそれなりの勝算があるらしい。
ならば……オペレーターは、そんな彼を笑って送り出し、しっかりフォローするのがその仕事だ。

だけど――と、メイリンは思う。
顔では頑張って笑みを作っても、どこか暗さが拭いきれない。
胸の内に湧き上がる、この嫌な予感は何なのだろう。

今ここで、シンとフリーダムを戦わせてはいけないような気がする。
フリーダムの強さを抜きにしても、この戦い、何か、絶対にやってはいけない理由があるような気がしてならない。
メイリンの中に、確信めいた予感がある。予感と呼ぶには強すぎる何かがある。
予感があるのに――その理由が、見つからない。止める理由も口実も、もはや思いつからない。
それに、今ここでシンが出撃しなければ、ミネルバが沈むだろうことも、間違いないのだ。
彼女は後ろ髪を引かれる思いのまま、己の責務とシンの優しさに背を押され、インパルスの発進を告げる。

『――カタパルト推力正常。進路クリア。インパルス、発進して下さい!』
「シン・アスカ。フォースインパルス、行きますッ!」


93 :隻腕二十壱話(07/18):2006/01/08(日) 11:50:16 ID:???

――迫るミネルバから、閃光弾がいくつか撃ち出される。
それはマユの目を焼き、フリーダムのセンサーを一瞬マヒさせる。

「ジャミング弾!? くッ!?」

艦から発進してくるその瞬間、あるいは合体の際の隙を狙い撃ちするつもりだったマユは、その機先を制されて。
距離を置きセンサーが回復したその時には、目の前には盾とライフルを構えたフォースインパルスの姿。
彼女は素早く頭を切り替えて、こちらも盾とライフルを構え、迎え撃つ。
互いの放ったビームが、お互いの盾の表面で弾けて――
空中で、目まぐるしい高速戦闘が開始される。


「セイラン少尉は、予定通りインパルスを足止めしてくれてるようだな……
 我々も行くぞ! デストロイの仇、この『ユークリッド』で討つッ!」

その様子を後方から見ながら声を上げたのは――先ほどマユと交信していたMA隊の隊長。
ホバーで雪を蹴立てて走りながら、大型MAはビームを放つ。
ミネルバからも反撃が来るが、機体前方に張り出した部分が蓋を開けるように開き、光る板が出現する。
その光の板が攻撃を受け止めて……爆煙の晴れた後には、傷1つない。その速度も、まるで衰えない。

「ユークリッド02はミネルバの右に回りこめ! 03は左からだ!
 我らの自慢のこの新型……足の速さでは、ミネルバにも負けん!」

TS−MB1B、ユークリッド。
同時期に製作され実戦投入されたデストロイが、とことんまで攻撃力を突き詰めた機体だとすれば……
このユークリッドは、総合的な能力のバランスを追及した機体だった。
攻撃力。防御力。速度。そして、量産性や操作性、整備性といった面でも。

武装の数と種類こそ少ないが、1つ1つの威力と命中精度は十分以上に高く。
展開方向こそ限られているが、リフレクターを標準装備しており、防御力も高い。
空こそ飛べないが、そのスピードと加速はMAならではの圧倒的なもので。
そして新型機を一度に3機も投入できること自体が、習熟訓練やコストの面でも効率が良いことを示している。

問題点と言えば、母艦や基地での多数運用を困難にする、50mを超えるそのサイズくらいのものだ。
大型化を許すことで多くの相反する命題に折り合いをつけることに成功した、モビルアーマーの佳作機。
それが、このユークリッドだった。

恐るべき猟犬たちに駆り立てられ、流石のミネルバも逃げるしかない。
反撃を加えながら、ただひたすらに合流地点目指して駆ける。
ユークリッドからの砲撃を避けきれず、ミネルバの巨体が大きく揺れる。


94 :隻腕二十壱話(08/18):2006/01/08(日) 11:51:10 ID:???

――振動と共に、医薬品が棚の上でカタカタと音を立てる。
医務室に響く耳障りな音に――1人の青年が、呻きながら意識を取り戻す。

「――ッ!」
「あ! アスランさん! 先生、アスランさんが!」

状況が理解できないまま、アスランはベッドの上で起き上がろうとして、痛みに呻く。
身体を起こしきるだけの力が出せず、再び柔かなベッドに沈み込んでしまう。
ふわりとはだけたシーツの下には、包帯が巻かれた裸の胸。

「無理しないで下さい! 縫ったばかりの傷が、また開く恐れが……」
「……ダムは」
「え?」
「フリーダムは……どうなった……?」

どこまで回復しているのか、イマイチ判断できぬ虚ろな雰囲気のまま。アスランは医療スタッフに問いかける。
彼女はアスランのシーツを掛け戻しながら、優しい口調で彼を諭す。

「もう心配しなくて、いいですよ。大丈夫ですから。今はそんなこと考えずに、早く傷を治さないと……」
「……フリーダムはどうなった、と聞いているッ!」
「キャッ!」

アスランは、誤魔化そうとしたスタッフの言葉を、強い口調で遮って。
戻したシーツを離そうとしていたスタッフの手首を、捕まえる。厳しい目で、睨みつける。
半死人とは思えぬその握力に、彼女は思わず悲鳴を上げる。アスランの恐ろしい形相の前に、あえなく屈する。

「教えろ! あれから、フリーダムは一体――!」
「――あれから……アスランさんが倒されてから、ハイネさんが挑みましたけど……返り討ちにされました……」
「ハイネも!? ハイネはどうなった!?」
「機体の回収も、できませんでした……。恐らくは……戦死されたかと……。
 現在ミネルバはベルリンを放棄し、連合軍に追われて逃走中です。
 追っ手には例のフリーダムも居ますが、あの巨大MSも倒したシンさんが頑張ってますから、きっと……」

ガタンッ!
医療スタッフの言葉が終るか終らぬかのうちに、医務室に大きな音が響く。
アスランが荒い息をつきながら、無理やり立とうとしたのだ。
とても起きれるような身体ではないはずなのに、なお起き上がる。
点滴用のスタンドが倒れ、腕から何本もの針がはじけ飛ぶが、アスランは気にも留めない。

「ダメだ! お前たちは、戦ってはいけないんだ!」
「アスランさん! 落ち着いて下さい! あなたはまだ、絶対安静で――」
「うるさいッ! シン、お前だけは、お前だけはダメなんだ――!」

アスランの必死の叫び。数人がかりで押さえ込まれてなお、彼は怪我人とも思えぬ怪力で暴れ続ける。
彼の声は、医務室の外、廊下にまで響いていたが――艦の外、闘い続けるインパルスまでは届くことなく――!


95 :隻腕二十壱話(09/18):2006/01/08(日) 11:52:04 ID:???

――世界が、回転する。
雪に埋もれた灰色の世界。吹雪の中、2機のMSはアクロバティックな飛行を続ける。
急降下で振り切ろうとしているのは、インパルス。ぴったりと追うのはフリーダム。
インパルスの背後からフリーダムがビームを浴びせ、インパルスは回転しながら回避する。
激しいGに双方のパイロットは揺さぶられ、白一色の世界の中で大地の方向を見失う。

地面スレスレまで勢いを落とさずに降下したインパルスは、急激な方向転換で地面との激突を回避する。
インパルスを追うことだけを考えていたフリーダムは、減速が間に合わずそのまま雪に突っ込む――
――かと思いきや、こちらもギリギリで方向転換に成功する。つま先が雪を掠め、新雪が大きく舞い上げられる。
この一瞬の隙を突いて、振り返ったインパルスがフリーダムを撃つ。攻守が入れ替わる。

「お前はッ……フリーダムッ、お前はどうしてこうも、俺たちの邪魔をォッ!」
「やっぱりインパルスッ、あたしの邪魔をするのはッ!」

互いの声は、聞こえない。互いに通信など入れている余裕はない。
けれども、2人は叫びながら。再び雪降る空に舞い上がる。
嵐のようにビームを撃ち続けるインパルス。だがいずれも避けられあるいは盾で防がれて、有効打はない。

「お前のせいで、みんな死んだ! お前に殺されたッ!」

インパルスの中で、シンが絶叫する。
彼の脳裏に、フリーダムに倒された仲間たちの姿がよぎる。
ハイネ隊の面々。ルナマリア・ホーク。ハイネ・ヴェステンフルス。アスラン・ザラ――
シンの中で、何かが弾けて、光が溢れ出す。

「お前のせいでぇぇぇぇッ!」

絶叫と共に、インパルスはその左手の盾を投げる。投げると同時に、インパルスは右手の銃を構える。
だが、その銃口が向けられていたのはフリーダムではなく――マユの対応が一瞬遅れる。

放たれるビーム。それは、浅い角度で投擲したインパルスの盾に当たって……
いくぶん拡散し威力を減じながらも、盾に弾かれたビーム粒子の奔流が、そのままフリーダムに襲い掛かる。
アンチビームシールドの理論上、入射角によってはありえる現象ではあるのだが……まさか、実戦で応用するとは。
これにはフリーダムも、完全には避け切れない。左肩をビームが掠めて、肩アーマーが抉られる。
左肩の大型スラスターが破損し、一瞬フリーダムの姿勢が崩れる。

PS装甲の防御力を信じ、あえて実体弾の直撃を受けたことはある。ビームを盾で受けたこともある。
模擬戦ならば、ビームサーベルを避けきれない状況に陥ったこともある。
しかし……実にこれは、マユがフリーダム本体に許した、初めてのビームの直撃だった。
シンも流石にそこまでは知らない。知らないが、しかし、奇策の成功に、唇の端に笑みを浮かべる。


96 :隻腕二十壱話(10/18):2006/01/08(日) 11:53:05 ID:???

マユも、決して只者ではない。やられっぱなしではいない。
この攻撃のためにインパルスが盾を失ったとみるや、即座に反撃に入る。
翼を広げビームサーベルを抜いて、一気に距離を詰める。

「あなたのせいで……みんな死んだ! あなたに殺されたッ!」

フリーダムの中で、マユも絶叫する。
マユの脳裏に、インパルスに倒された仲間たちの姿がよぎる。
アウル・ニーダ。オーブ軍ムラサメ隊の面々。ステラ・ルーシェ。ネオ・ロアノーク――
マユの中でも、何かが弾けて、光が溢れ出す。

「あなたのせいでぇぇぇッ!」

絶叫と共に、フリーダムはビームサーベルを振るう。
ゆらり……と幻惑するかのような切っ先の動き。
シンも、避けようにも避けきれず、盾で受けようにも盾はなく。
たった一回振るわれただけのサーベルに、まとめて一度に頭と左腕を斬り飛ばされてしまう。
肩のスラスター1つとでは、まるで割りに合わない大損害。

それでも、シンはまるで動揺していなかった。
微妙に焦点の合わぬ目のまま、彼は母艦に向けて叫ぶ。

「メイリン! チェストフライヤー! フォースシルエット!」
『は、はいッ!』

そしてシンは――予備のパーツの到着を待つことなく、インパルスの上半身をシルエットごと切り離す。
切り離されると同時に、フォースシルエットのバーニアが、最大出力で噴射される。
思いもかけぬ行動に、マユは即応できない。首と左手のない上半身の特攻を、真正面から受け止めてしまう。
フォースシルエットの推力に、空中で押さえ込まれるような格好。

「だぁぁぁッ!!」

さらにコアスプレンダーが、その機首のバルカンを乱射する。
インパルスの上半身もろともフリーダムを……いや、明らかに、フォースシルエットを狙って。
バルカンの衝撃にフォースシルエットは激しく振動し、そのまま大爆発を起こす。
マユの側からは、何が起こったのかまるで把握できない。至近距離で起きた爆発に、混乱する。モニタが乱れる。
回転しながら墜落していくフリーダムの姿に、シンはニヤリと笑う。

「レイの推測通りだ……! コイツはイケる……!
 今日こそ、今度こそ、フリーダムを倒すことができるッ……!」


97 :隻腕二十壱話(11/18):2006/01/08(日) 11:54:09 ID:???

『あのフリーダムの、最も恐るべき点は何か、分かるかシン?』
『恐るべき……点?』

シンの脳裏に、レイの声が蘇る。
スエズ攻略戦直後の、4人での作戦会議。戦闘データを赤服4人がかりで研究していた時の一幕。

『フルバーストの火力……とか? それとも、核エンジンのパワー?』
『違う。確かにそれらも脅威ではあるが、しかしそれらはただの機体性能でしかない。
 真に恐るべきは、あのフリーダムのパイロットの、学習能力だ』
『学習能力?!』

突拍子もない発言に、思わず声を上げるシン。
レイは手元のノートPCを操作して、いくつかの映像を出す。

『まずはユニウスセブン破砕作業の際。宇宙は初めてだったにも関わらず、戦闘の終盤はまるでベテランの動きだ。
 続いてビームサーベルの扱い。これもユニウスセブンの頃はまるでダメだが、ここ最近の成長は著しい。
 フルバースト射撃も、初期は狙いがブレていたのか直撃がないが、最近はしっかり胴体にも当ててくる』
『言われて見れば……』
『確かに、剣の腕はメキメキ上がってるんだよな。相変わらず足グセも悪いけどよ』

レイの分析に、アスランもハイネも納得の声を上げる。
映像は、さらに次々に切り替わる。

『さらに細かく分析すると、初めて目にしたMSや武装に対しては、最初は動きが鈍いことが分かる。
 一番良く分かるのは……ほら、コレだ。ハイネ隊のワイヤー攻撃。一回目はあっさり捕まっている。
 アキラの剣は見え見えだったから対応が間に合ったが、それだって紙一重だ。
 逆に、例外的なのはハイネのグフだが……これはどこかで予め映像でも見ていたのかな』
『なるほどな』
『だから、逆にあのフリーダムを倒すには――アイツの知らない攻撃を出せば良いことになる。
 知らない攻撃には、対応が一瞬遅れる。あるいは一旦受ける。知らないことは、学習できない。
 それぞれたった一回きりだが、『あの』フリーダムに、一撃を加える余地はあるんだ』
『持てる『隠し札』、全て注ぎ込むくらいの勢いでやらなきゃダメってことか』

アスランの呟きに、4人はそれぞれに考える。
武装そのものは、既に知られてしまっている。ならばそれをどう使うかだ。いかに知られていない方法で使うかだ。

『じゃあ――オレはスレイヤーウィップのあの技だな。自分にもダメージが来るから、普段は絶対やらないんだが』
『トリッキーな攻撃なら、ジャスティスが一番向いていたんだが。セイバーで、どうやるかだな』
『残念ながら言い出した俺自身、ザクでは手持ちのカードがそう多くはない。アスランのセイバーの方がまだいい』

三人三様、それぞれに構想を練る仲間たちを見ながら。シンはじっくりと深く考え込む。

『意表を突く戦い方か。シルエットの交換や排除は見られているから、それ以上のものを用意しないと――」


98 :隻腕二十壱話(12/18):2006/01/08(日) 11:57:19 ID:???

遥か高空から、爆風で叩き落されたフリーダム。
雪の斜面に叩きつけられる寸前、かろうじて姿勢を回復し、足から雪の中に着地する。
着地はできたが――勢いは止めきれない。
フリーダムは雪を舞い上げながら斜面を滑落していく。コクピットの中が、激しい振動とGに襲われる。

「………ッ! ………クッ!」

操縦桿を握り締め、マユは必死で機体をコントロールしようとする。
唇の間から、思わず苦痛の呻きが漏れる。

上空では――インパルスがこの隙に、悠々と予備のパーツと空中ドッキングを行っていた。
吹雪の中でフォースシルエットを装着し、ツインアイをギラりと光らせる。
新たな盾も手にしている。ダメージもない。先ほどの攻防で受けた損傷を、完全にリセットしてしまった格好。
インパルスはそのまま、ビームサーベルを抜いて、斜面を滑り落ちていくインパルスに斬りかかる。
フリーダムはギリギリでコントロールを取り戻し、飛び退がってそれをかわす。
激しい剣さばきに、積もった雪が一直線に切り裂かれ、蒸発する。
フリーダムは再び上空に避難するが、マユは動揺を隠せない。

「そんな……ッ! そんなッ!!」

斬り飛ばしたはずの頭と腕。全く残っていない損傷の跡。
いや、パーツを交換しただけ、というのは彼女も分かっている。そのパーツも、決して無限ではないことも。
だがしかし……一体、インパルスの予備パーツは、どれだけあるというのだろうか?
どれだけの頭と腕を斬り飛ばせば、相手を止めることができるのだろうか?
果たしてインパルスを倒しきるまで、フリーダムは持つのだろうか?

「なら……胴体を、コクピットを狙うまでよッ!」

空中に逃がれてもなお、インパルスの猛攻は止まらない。
機械のように正確に、閃光のように素早く、正統派の太刀筋で。誰もが認める、最善最良の剣さばき。
対するフリーダムは……ゆらり、と揺れるような動きで、酔拳のような回避を見せる。
空中でふわり、と、後方宙返りをするかのように回転する。宙返りしながら、ビームサーベルを構える。
幻惑されたシンが気付いた時には、逆にフリーダムがインパルスの胴を薙ぎ払うべく、突進してきていて――!

「…………ッ!?」

しかし、マユの剣はインパルスを捉えることはなかった。
回避不可能、と思われたその攻撃を、インパルスは咄嗟に腰から下を切り離し、回避したのだ。
インパルスの上半身と下半身の間で、虚しく空を切るビームサーベル。
予想外の動きに一瞬呆然とした彼女に、背後から衝撃が加わる。
すぐさま再合体したインパルスの、振り返りざまのライフルの一撃。
フリーダムの左の翼が、根元から吹き飛ばされて――!



99 :隻腕二十壱話(13/18):2006/01/08(日) 11:58:11 ID:???

――ミネルバが、揺れる。
ユークリッドの砲撃を受け続けて、とうとう艦の装甲が限界を超える。
ミネルバのそのボディ、ビームの直撃を受けた場所から、もうもうたる黒煙が噴き出す。
被弾した部署では悲鳴と断末魔の叫びが上がり、紙一重で難を逃れた者たちは、嘆く間もなく消火と救助を始める。

「エンジン出力、12%低下! 艦内に火災発生!」
「パルシファル、もうそろそろ残弾がありません! 撃ち尽くします!」
「レイは!? レイのザクはどうしたの!?」
「今、修理を終えました! すぐに出ます!」

ミネルバのブリッジに、怒号が飛び交う。
脂汗を滲ませながら、タリアは疲れているはずのクルーたちに檄を飛ばす。

「あとちょっとよ! 海岸線まで辿り着けば、迎えが来ているはず! それまで、頑張って!」


――ブリッジだけでなく、ミネルバの廊下もまた激しく揺れていた。
健康な者でも立っていられないような衝撃。アスランは無様に転倒する。
遠くで、鈍い爆発音が響く。
どこからどう伝わったのか、爆風の余波が廊下の空気を震わせ、倒れたままのアスランの髪を揺らす。

「くッ……! こんなところで、倒れているヒマなど……!」

医療スタッフたちを強引に振り払い、医務室から飛び出したアスランだったが、しかし身体は自由にならず。
呻きながら、苦労してなんとか立ち上がる。胸に巻かれた包帯に、じんわりと血が滲む。
本来なら、動くことなどできない程の重傷だ。それでも彼は、気力だけで強引に身体を動かす。

「あの2人を……! あの2人を、止めなくては……!」

どこか熱に浮かされたような表情で、アスランは呟いて。
なおも揺れ続ける艦内を、壁に手をつきながら、ヨロヨロと進み続ける――


100 :隻腕二十壱話(14/18):2006/01/08(日) 11:59:15 ID:???

雪に覆われた大地を、3機のユークリッドが駆ける。
ホバーを吹かして湖を越え、スラスターを吹かせて障害物を飛び越えて。
隊長の言葉の通り、足自慢のミネルバにまるで遅れることなく。つかず離れず、追撃を続ける。
ミネルバからの攻撃はリフレクターによってほぼ全て防がれて、一方的にダメージを与えている状況。

「セイラン少尉には悪いが――このまま、ミネルバは我々が沈めさせてもらう!」

彼らは後方と左右からミネルバを包み込むような体制のまま、なおも攻撃を続ける。
と――その時、左からの攻撃を担当していた1機が、ミネルバの上に新たな影を見た。

「……ザクファントム!? 損傷しているという1機か! 何故今頃になって……!」

そのザクはしかし、『両足で』しっかりミネルバの上に立つと、構えたオルトロスを撃ち放ってきた。
彼は咄嗟にリフレクターで防御しようとしたが……レイの狙いは、最初からユークリッド本体ではない。
ユークリッドの眼前、雪に覆われた平原に突き刺さった強烈なビームは、激しく雪煙を上げ、MAの視界を奪う。

「なっ……!?」

思わぬ目潰しに混乱した彼は――しかし、次の瞬間、さらに信じられないものを見る。
目の前のモニターを突き破り、突如出現した板状のビーム。迫る確実な死。
彼は状況を理解する間もなく、ビームの刃に脳天から真っ二つに焼き斬られて。
コクピットにビームトマホークの直撃を受けたユークリッドは、そのまま真っ直ぐ暴走し、崖に激突。爆発した。

「――まずは1機」

ユークリッドの撃墜を確認し、レイは静かに呟く。すぐに愛機を翻し、ミネルバの反対側へとジャンプする。
そのザクファントム。全身、彼の専用色である白と薄紫に塗られていたが……ただ一箇所。
右足がその付け根から丸ごと、真っ赤なまま。
――背負っているガナーウィザード同様、主を失ったルナマリア専用機から、急遽移植したのだ。
塗装を塗り替えているヒマなど、ありはしない。まるでちぐはぐな滑稽な姿だが、それだけ必死だということだ。

「ヴィーノ! 格納庫にあるビームトマホーク、ありったけ掻き集めて、出しておいてくれ!
 やはりあのリフレクターには、ビームの刃を防ぐ力はない! コイツが有効だッ!」

レイは残るユークリッドたちに牽制射撃を続けながら、格納庫の整備兵たちに叫ぶ。
先ほど倒したのも、トマホークの投擲によるものだ。しかし、あんな方法が何度も通じるとは思えない。
本当は接近戦を仕掛けられればそれが一番良いのだが、ザクの足ではミネルバに置いていかれてしまう。
2本装備のうち1本投げて、残るは1本。残る敵は2機。かわされる可能性も考えれば、もっと必要だ。
格納庫に予備の戦斧を取りに行くタイミングを計りながら、レイはミネルバの上から砲撃を続けた。


101 :隻腕二十壱話(15/18):2006/01/08(日) 12:00:19 ID:???

ミネルバとユークリッドの死闘を横目に見ながら。
インパルスとフリーダムもまた、死闘を続けていた。

翼一枚失ってなお、フリーダムの動きは衰えない。機体性能の低下、バランスの崩れを乗り手の腕で補う。
対するインパルスも、先ほど両足を吹き飛ばされ、レッグフライヤーを交換したばかり。
シンも態度にこそ出さないが、実はこれでインパルスの予備パーツは打ち止めである。
マユの不安とは裏腹に、シンの方にも余裕などない。
余裕などないのだが……彼の顔には、うっすらと恍惚とした笑みさえ浮かんでいて。

「ああ……分かるよ、フリーダム。セイランの小娘。お前も、俺と同じだ」

激しいビームの撃ち合い。その合間に、インパルスの左手から放たれる小さなナイフ。
フォールディングレイザーの投擲。その直撃をカメラアイに受けそうになって、フリーダムは仰け反る。
ナイフはなんとか避けたものの、続けて放たれたビームライフルは避けきれない。
右手に持っていたビームライフルが撃ち抜かれ、手の中で爆発する。

「詳しい事情までは分からないが……お前もかつて、全てを失ったんだ。
 既に一度、死んだような身なんだ。だから、何も怖くはない。……そうだろう?」

シンは読み解く。フリーダムとの戦い、その究極のコミュニケーションの中から、そこまで見通す。
まるで歪んだ鏡を見ているような気分。

――実のところ、他にも何か、感じるものはあった。
懐かしさのような、愛おしさのような、何か漠然とした親近感のようなもの。
けれども、それは戦いのためにはむしろ邪魔になるような種類のもので――シンはあえて踏みにじる。

「どこか、似ているな……そういえば、声も似ていたっけ。忌々しい。
 ――けれど、騙されはしない。
 俺の妹は――マユは、もう、居ないんだ! お前らオーブに、殺されたんだ!」

戦いながら、2機は海に近づく。ミネルバもろとも、海に近づく。
水平線上には、迎えに来た潜水母艦、ボズゴロフ級の姿が見える。おそらく水陸両用MSも搭載しているだろう。
ならば、海の上に出ることができれば、その時点でユークリッドはもはや敵ではない。
ホバー式だから海上走行もできるが、真下、すなわち水中からの攻撃はリフレクターの死角になるのだ。
追うユークリッドもそれを認識しているのだろう。今まで以上に激しく、攻撃を加えてくる。
インパルスとフリーダムは、いつしかミネルバを追い抜き、先に海の上へと飛び出して。

「……メイリン! ソードシルエット射出! 早く!」


102 :隻腕二十壱話(16/18):2006/01/08(日) 12:01:08 ID:???

――シンの推測も、シンの叫びも、シンの狙いも知らぬままに。
マユはインパルスを振り切って、ミネルバの前方に回りこむ。
浮上したボズゴロフ級の存在は、フリーダムの側でも認識している。ならば、海上に逃がすわけにはいかない。
ミネルバの足を止めるべく、ミネルバの進路を遮るように、腰のレールガンを撃とうとして――

「――!?」

と、そのフリーダムに向け、大きく弧を描いて飛んでくる、光る飛翔物。ビームブーメランだ。
思いもかけぬ武器による攻撃に、咄嗟にマユは盾で受けることしかできない。
不十分な体勢で受けた盾は大きく切り裂かれ、フリーダムは海の上に弾かれるように姿勢を崩す。

マユは、知らなかったのだ。シルエットの諸武装は、別に背中に背負わなくても使えるということを。
シルエットフライヤーごと呼び寄せれば、フォース装備のままでソードの武器をも使えるのだということを。

マユも姿勢を崩しながらも、インパルスへ反撃を加える。
ミネルバに撃つつもりで伸ばしていたレールガン、それをそのままインパルスに向けて撃つ。
ちょうど対艦刀を受け取っていたインパルスは、その虚を突かれて。
PS装甲が欠如している数少ない弱点、顔のツインアイに直撃を受ける。
砕け散るインパルスの両目。乱れて急に見えなくなる、シンの目前のモニター。

「だからってなぁ……ここまでやっといて、止められるかよッ!」

完全に視界を奪われたにも関わらず、シンの勢いは止まらない。
対艦刀エクスカリバーを右手に構え、開いた左手で、なんと自ら自分のコクピットハッチを引きちぎる。
インパルスのコクピットハッチは、合体機構の関係上、二重構造になっている。
MS外側のハッチ、PS装甲の防壁が剥ぎ取られ、コアスプレンダーの透明なキャノピーが露出する。
己の身体を無防備に晒しつつ、肉眼でフリーダムの姿を捉える。

視界の隅に、ビームトマホークが2本刺さったユークリッドが、滑るように海面に暴走していくのが見える。
レイがまた1機倒したのだ。暴走したソレは、海の上で大爆発を起こす。
激しい波飛沫が、爆風が、インパルスとフリーダムの真横から襲い掛かってくる中――

「今日こそ、お前をォォォォォッ!」
「今日こそ、あなたをォォォォォッ!」

インパルスが、巨大な剣を構えて突進する。
フリーダムが、ビームサーベルを構えて迎え撃つ。
インパルスの手にしたエクスカリバー、そのリミッターが外され、先端の実剣部までもがビームに包まれる。
対艦刀自身を痛めるため多用はできない、最強形態。これもまた、インパルスの隠し札の1つ。

「お前を……」
「あなたを……」
「「倒す!!」」

波飛沫の中、2機の影は交差して――


103 :隻腕二十壱話(17/18):2006/01/08(日) 12:02:15 ID:???

「――――え?」

長い闘いに決着をつけんとした、その瞬間。
世界が急に色を失い、スローモーションのようにゆっくりと動き出す。
インパルスの腹にカウンターで突きを叩き込もうとしていたマユは、目の前の敵の姿に、凍りつく。

剥ぎ取られたハッチの下、コクピットの中。操縦桿を握るインパルスのパイロット。
その顔は、ユニウスセブンの時と違い、ミラーバイザーで隠されてはおらず。
そういえば、あのヘルメットにも見覚えがある。ユニウスセブンで助けてくれた、紅いザクの女性パイロット。
しかし、そんなことよりも何よりも、それを被っている青年の顔は――

有り得ない。
それは、もう居ないはずの顔。永遠に失われたはずの笑顔。けれど、見間違えるはずなどない、あの人の顔。

「うそ――だって、お兄ちゃん、は……!」

――衝撃。
この状況でこの一瞬の動揺は、文字通りの命取りとなった。
マユの呟きは、構えた盾に真っ向から突き刺さったエクスカリバーの衝撃に遮られる。
ちょうど、その位置は――盾のその位置は、つい先ほど、ビームブーメランで深々と抉られた場所。
マユは、悪夢を見るような気分で、スローモーションのまま、盾を貫いて顔を出す切っ先を見つめる。
その刃は盾を貫いてなお勢いは止まらず、そのままマユの方へと――!



「――シン、ダメだ! そのフリーダムには……!!」

ミネルバの格納庫。
這うようにして、ようやく辿り着いたアスランは……
整備兵たちが見上げるモニターの中に、最悪の結末を見た。

フリーダムとインパルス。その双方の剣は、互いの身体を捕らえていた。
フリーダムの突き出したビームサーベルは、インパルスの首の付け根から突き刺さり、背中へと抜け――
インパルスのエクスカリバーは、傷ついた盾を貫通し、フリーダムの腹部をも貫通して――

「あ…… あ……! あああッ……!!」

アスランが唇を震わせ、わななく中――2機は激しい爆発の中に消える。
やがて視界が晴れたその中に、ただ1機立っていたのは――


104 :隻腕二十壱話(18/18):2006/01/08(日) 12:03:22 ID:???

――1機生き残ったユークリッド、あのMA隊隊長の機体が、諦めて引き返していく。
ミネルバを単機で落とすことは無理だと判断したのだろう。
それを視界の隅で認識しながら……

「フ……フハハ……」

シンは――笑っていた。
激闘を終え、メインバッテリーがついに尽きる。PSダウンの音が、ボロボロになったコクピットに響く。
コアスプレンダーのキャノピーは砕け、その破片がいくつか身体に刺さっていたが、シンは気にも留めない。
己の傷すら意に介さず、彼は壊れたように笑い続ける。

「ハハハッ…… フハハッ……!!」

インパルスもまた――酷い有様だった。
自ら引き剥がしたコクピットハッチや、フリーダムにまた壊された頭は言うまでもなく。
エクスカリバーを握っていた右腕は、負荷に耐え切れずにもぎ取られ。
咄嗟にコクピットを庇った左腕は、これもまた途中から失われている。
原型を留めていること自体、不思議なくらいの損傷。シンが生きているのが奇跡のような状況。

しかし――倒されたフリーダムは、それどころの話ではなく。
その姿は、既に海上にない。爆発し、四散して――海の中に、沈んでいった。
いくつかの破片は海面に浮かんで、ゆらゆらと虚しく揺れている。

『シン! インパルス、帰投願います!
 これ以上の追っ手が来る前に、早くこの場を離れないと……!』
「ハハハ……ハハハハハハハハッ! やった、やったぞルナ……! やっとこれで…… アハハハハハッ!」

メイリンの必死の叫びにも、シン・アスカは応えることなく。
その両目から涙を流しながら、誰もいなくなった海面で、虚ろに笑い続ける――!


――かくしてミネルバは、敵地からの脱出に成功し。
オーブ軍派遣艦隊は、その残党の最後の1人に至るまで、完膚なきまでに、使い潰された。
マユ・アスカ・セイラン三尉は――ミッシング・イン・アクション、戦闘中行方不明として、本国に報告された。

フリーダムは、オーブの守護神は――死んだのだ。


                      第二十二話 『 そして、なお終らぬ世界 』 につづく