278 :隻腕22話(01/19):2006/01/16(月) 23:41:16 ID:???

雪の舞う北海の上。滑るように進むミネルバの中――
母艦に帰還したシンは、整備兵たちの拍手と歓声に迎えられていた。
傷だらけのインパルスから降りてきた彼を、皆が囲む。

「よぉ、やったなシン!」
「いや、ほんと凄いよ。あんな戦い方があるなんて」
「ご苦労様! こりゃもう勲章モンだな!」

皆、強敵の撃破に笑っている。仇を討てたことを喜んでいる。
彼らとて――機体の整備を預かる者として、忸怩たる思いでいたのだ。
フリーダムに齎された被害、その責任の一端を感じていたのだ。
特に、ルナマリアの死に関しては、彼らは今なお激しい後悔を抱えていて。
だから――自分たちが必死に整備してきたインパルスの勝利を、まさに自分自身のこととして素直に喜ぶ。
ボロボロになってしまったことは少し哀しいが、また頑張って直せばそれで良いだけのことだ。

「上手く策が嵌ったようだな、シン」
「ありがとう。レイの分析のお陰だ!」

白と赤の入り混じるザクから降りてきたレイも、シンを称える。
彼のザクもまた被弾し、今度は左腕を肩から失っていた。ユークリッドとの激戦の跡だ。
2人はしっかりと握手を交わす。互いに、深い信頼に満ちた視線を交わす。
シンは周囲の皆を見渡し、改めて頭を下げる。

「レイだけじゃない。ハイネも、アスランも。メイリンも。整備のみんなも。
 これは、みんなの力があっての勝利だ。決して、俺1人の力じゃない。
 みんな……本当にありがとッ……!」
「頭を下げる必要はない。やり遂げたのは、お前だ」
「そーそー。いつもの自信たっぷりの態度でいいんだよ、シンはさ!」
「全くどうしたんだ、いつもの狂戦士は? こっちまで調子狂っちまうよ」

珍しく素直に感謝を表すシンに、レイも、整備の面々も逆に気恥ずかしくて。
お世辞でもなんでもなく、シンを持ち上げる。素直に、シンの能力を讃える。

思い起こせば、アーモリーワンの襲撃事件から始まった、このミネルバの激戦の旅。
因縁深いファントムペインの面々。彼らとミネルバとの縁に、途中からフリーダムも深く関わって――
最初は味方。やがてその仲は絶たれ、渋々ながらの対立を経て、最も憎しみ深い敵と化した。

いわば――この勝利によって、開戦以来ミネルバに付きまとっていたライバルとの因縁が、全て片付いたのだ。
こちらも失ったものは少なくない。犠牲も数多く出してしまった。
けれども、最終的に、勝ったのは彼らであり。
そんな彼らが、半ば浮かれたような高揚感に酔い痴れるのは、致し方ないことだろう。
彼らの長く辛かった闘いは、彼らの勝利で幕を閉じ――


279 :隻腕22話(02/19):2006/01/16(月) 23:42:14 ID:???

「――シンッ! お前ッ!」

――それは、唐突に。
格納庫に満ちた明るい雰囲気を打ち砕く、厳しい叫びを上げたのは――

アスラン・ザラだった。
壁に手を突き荒い息を挙げ、脂汗を顔に滲ませて。
裸足に、上半身裸。胸にはきつく包帯が何重にも巻かれ、しかしそれでもうっすらと血が滲み。

アスランは、シンの苦労を讃えることもせず、厳しい目つきで彼を睨みつけ。
しかし高揚し興奮していたシンは、彼の目つきにも体調にも気付かず、そのままの表情でアスランに近づく。

「アスラン! 怪我はもう大丈夫なんですか!?
 結構心配したんですよ。でも、思ってたより傷は軽いのかな。なら、良かった」
「シンッ……! お前ッ……お前はッ……!」

シンは何の邪気もなく、アスランの身体の心配をする。
全ての憑き物が落ちたかのような、すっきりした表情。今まで見たこともないような、明るい笑顔。
そこには、狂犬とも狂戦士とも呼ばれた戦闘狂の面影は、まるでない。
そんなシンの表情に――アスランは、躊躇する。動揺する。混乱する。
一体、何をどう言えばいいと言うのだ。あるいは、どう黙っていればいいと言うのだ。
こんな、幸せそうなシンを前にして――

アスランの目の前で、世界が回る。シンの笑顔が、底抜けに明るい笑顔が、目の前で歪む。
無理が祟ったのか傷が開き、包帯のシミがゆっくりと広がっていく。貧血を起こす。
意識が朦朧とする。考えがまとまらない。周囲の声は、まるでエコーがかかっているかのようだ。

「アスランが提案した戦法、インパルスのパーツの自爆に巻き込む作戦も、使って見ましたよ。
 結構効果あったようで――お陰で、仇は取れましたよ! セイバーの分も!」

シンはアスランの傍に歩み寄り、誇らしげに報告する。実に晴々とした笑顔。
それが――その一言がその表情が、とうとう我慢の限界を越えさせてしまった。もう、耐えられなかった。

「シン……お前って奴はあッ!」

バシッ。
発作的に繰り出された拳が、真正面からシンの顔面を捉える。格納庫に響き渡る打撃音。
だが――殴られたシンよりも、むしろ殴ったアスランの身体の方が、グラリと崩れる。
鼻血1つ出ないシンが呆然と、状況を理解できぬまま、それでも反射的に、アスランの身体を抱いて支える。
周りを取り囲んでいる整備兵たちも、唖然としたままで。何がなんだか、分からない。分かるわけがない。


280 :隻腕22話(03/19):2006/01/16(月) 23:43:01 ID:???

「なッ……い、一体何をッ!?」
「仇だと……あれが、仇だとッ!?」

シンに抱えられたまま、アスランは荒い息をつきつつ、小さく叫び。
シンの両肩に手を当て、身体を引き剥がす。肩の肉に、アスランの指が痛いほどに食い込む。

「あれは――フリーダムに乗っていたのは、お前の妹、マユ・アスカだッ!!」
「は――!?」
「あれは、2年前の戦争で片腕を失い! 両親を失い! 兄さえも失ったと思い込んだ……お前の、妹だ!」
「ちょっ、なっ……! た、タチの悪い冗談は……!」
「どういう縁でセイランの養女になり、どういう経緯でフリーダムに乗ったかまでは知らないが……
 ――お前と同じように戦い続けてきた、お前の妹なんだよ!」

涙を流しながら、声を震わせて叫ぶアスラン。
今まで勝利に沸いていた格納庫は、一瞬にして静まり返る。

 ――紅葉舞う中はしゃぎあった2人。普段から仲の良かった兄妹。2年前のオノゴロ島の悲劇。
 ユニウスセブンでの邂逅。オーブの軍港で割り込む灰色のフリーダム。オーブ沖海戦。カーペンタリア湾。
 ロドニアのラボ。スエズ沖。ベルリン。そして、北海での決着――。

妹との記憶が、そしてフリーダムと戦いの記憶が。一瞬でシンの中を駆け抜ける。
そんな事は有り得ぬと頭から決め付け、憎しみに捕らわれ目を背けた、数々の符合。
戦いという「最高のコミュニケーション」の中で、感じながらも無視してしまった、あの違和感。
勝利を目前にして、「命は嘘をつけない」と言った己の言葉も踏みにじり、自分自身の命に向けてついた嘘。

「確かに、アイツには討たれるだけの理由はあった。フリーダムは、俺たちの敵だった。
 けれど……けれど! おまえが討っては、いけない相手だったんだよッ!」
「そん、な……!」

最後の叫びと共に、アスランは倒れこむ。全ての気力を使い果たしたアスランは、その場で意識を失ってしまう。

シンは、そんな彼を、気にする余裕もなく。ポカンと、口を開けたまま――
がっくりと、膝をつく。格納庫の真ん中、気絶したアスランのすぐ傍に、膝をついた。
整備兵が、レイが、2人の名前を呼ぶが――その全ての声が、シンにとっては遥かに遠く――

シンは、『戦士としての』シン・アスカは、こうして『終った』のだ。


                マユ ――隻腕の少女――

           第二十二話 『 そして、なお終らぬ世界 』



281 :隻腕22話(04/19):2006/01/16(月) 23:44:07 ID:???

ゴポッ……。
暗い海に、泡がゆっくりと上がる。吹雪の海も、その海面下に潜れば、実に穏やか。

暗い海の中、2つ並んだライトが灯っていた。
自らライトで辺りを照らし、長いアームを伸ばす潜水艇。
いや――これは、潜水艇ではない。水中作業用の、MAだ。
宇宙では一般的な作業用MA、ミストラルを海中でも使えるよう、仕様変更したものだった。
そのライトの間には、六角ナットを模した、黄色と黒の六角形のマーク。ジャンク屋ギルドの正式メンバーの証。

海の中、ミストラルはアームで巨大な塊を捕まえる。ミストラル自身にも匹敵しようかという、巨大な金属塊。
ミストラルの背面につけられていた大きな籠に入れようとするが、入らない。籠よりも大きい。
仕方なくジャンク屋のミストラルは、その塊を抱えたまま、海面に向かって引き返す。
――よく見れば、その籠の中には、既にMSの手や足の一部らしきものが入っている。

海面には、寄り添うように2隻の船がいた。片方はジャンク屋ギルドの旗を掲げた船。もう片方は、連合軍の船。
ジャンク屋の船の船底には大きな入り口が開いており、水中用ミストラルが直接船内に帰れる構造になっている。
拾った荷物を抱えたまま、作業用MAは船の中に入る。
海水と一緒に飲み込まれる。入り口が閉じて、ゆっくりと水が引けていく。

『――どうだい、ボウズ! 目的の品は見つかったかい!?』
「はい! ――あ、いえ、そ、その……み、見つかりませんでした……」

船に回収された、ミストラルのコクピットの中。青年は、一旦思わず頷きかけ、慌てて言葉を濁す。
画面の向こうに居たのは、連合の士官。隣の船からの通信。
人懐っこい笑顔を浮かべた、人の良さそうな髭面の男だが、一見して出世には縁のないタイプだとも思える雰囲気。

『ああ、いいって、いいって。ソッチの事情も分かってるからよ。
 ――じゃ、上には『見つからなかった』って報告しておくぜ。海流に持ってかれちまったようだ、ってよ』
「……本当に、すいません」
『いいってことよ! アルスターの親父さんには、返せなかった恩もあるしな!』
「いや、もう僕は『彼女』とは……そもそも『彼女』は、もう……!」
『――知ってるよ。でもこれも何かの縁だ。今がどうこうって話じゃねぇ。
 何より俺ァ、ボウズが気に入っちまったからな! クソッタレでブルーコスモスな今の上官よりもよ!』

画面の中、大口を開けて笑う髭面の士官。
青年は――色のついた眼鏡をかけた青年は、彼の気遣いに頭を下げる。

『なぁに、上層部が欲しいのは、『一応探した』という建前だけさ。
 本気で助ける気があるなら、ジャンク屋が出てくる前に、自分らでMS隊出して海底攫ってるさ。
 だからボウズ、とっとと行っちまえ。そのハコ開ける前に行っちまえ。
 こちとら任務上、友軍の兵士見つけたら回収せにゃならんからな』
「本当に……ありがとうございますッ」

ジャンク屋サイ・アーガイルの言葉に、髭面の男は茶目っ気たっぷりのウィンクで答え。
2隻の船は、別かれて別の方向に進んでいく。青年と髭面の男は、別々の方向に向かう――


282 :隻腕22話(05/19):2006/01/16(月) 23:45:05 ID:???

――ミネルバは進む。北海を抜け、北大西洋に出て、そのまま大西洋を南下。
地中海の入り口、ジブラルタル基地に到着する。
海上に浮かぶ滑走路を中心にした、大きな基地。今はもう揺るぎもしない、ザフトの一大拠点だ。

「ふぅー、疲れましたねェ艦長。ここまで来ればよーやく一安心、ってとこですか」
「それにしても……混んでるわね。何か大規模な作戦でも始めるつもりなのかしら、ギルバートは……」

アーサーを無視してタリアが呟いた通りに。ジブラルタル基地は多くの艦船で賑わっていた。
MSも多く集められているらしく、輸送機から続々と降りてくる姿が見える。
特に目を引くのは、青一色のMSたち。かつてハイネが乗っていたグフイグナイテッドの、量産バージョンだ。

満身創痍のミネルバは、兵士たちの歓迎の声を浴びながら。
基地の港に、入港していく――。


ミネルバが入港する、ちょうどその上空を。
1機の小型飛行機が、ジブラルタル基地に入っていく。
その機内では、1人の男が通信画面と向き合っていて――

「――そうか、よくやったベリーニ。第一陣のテストは、成功か」
『まだまだ成功率は低いですがね。やはり『ブロックワード』は無くてはならぬようです。
 2名ほど、調整不要なタイプの成功例も出来ましたが……やはり、総合能力で劣ります。
 せいぜいハーフコーディネーター程度の能力かと』
「……それでは使えんな。まあ、ハーフ程度でも、才能の方向性と努力次第だが……。
 我々が欲しいのは『コーディネーター並の存在』だ。誰の目にもそうと分かる存在だ。
 今後は基本的に、ブロックワードを使う方向で進めてくれたまえ。
 ……それで? すぐにでも使えそうな成功例は、あるのかね?」
『1名、成長著しい者がおります。本人の意欲が高いのか、MS操縦訓練で素晴らしい成績を上げている者が。
 現在すでに最終調整に入っています。近いうちに実戦投入できるレベルになるでしょう』

画面の向こうにいるのは、金髪の女性研究員。白衣の上に縦ロールが揺れる。
彼女の報告に、黒い長髪の男は満足そうに頷く。

「それは頼もしいね。では、そろそろこちらも発表の準備をしておこう。――ああ、それと」
『なんでしょう?』
「キミがこの前、提案していた『オーバーエクステンデッド』計画の件だがね――
 ひょっとしたら、ちょうどいい『素材』が手に入るかもしれない。
 もしそうなれば、これもそちらに送ることにするよ」
『ありがとうございます、議長』
「なぁに、それもこれも、全ては我らの未来のため、全ては『デスティニープラン』のため、さ――」

ギルバート・デュランダルは、その端整な顔にニヤリと不敵な笑みを浮かべて。
彼を乗せた飛行機は、ジブラルタル基地に着地する。


283 :隻腕22話(06/19):2006/01/16(月) 23:46:00 ID:???

――ジブラルタルから見て、地球の反対側。
オーブ連合首長国行政府、代表首長執務室、改め、代表首長代理執務室――

「――ユウナ、おるか? ……おお、相変わらずか」

何やら書類片手に部屋に入ってきたのは、ウナト・エマ・セイラン。頭頂部には、一筋の傷跡。
薄暗い部屋の中、彼は散らかったゴミを避けながら、壁際に丸まっている影へと近づく。

そう――部屋は、かつての整然とした執務室は、荒れ果てていた。
壊れた調度類が散乱し、紙くずや食べかけのオニギリなどが乱雑に散らばって。
高級そうな壺が、半ばから割れて部屋の片隅に転がる。
名のある画家の絵が、投げつけられたインク瓶そのままに大きなシミをつくり、傾いたまま壁にかかっている。
電気をつけようにも、電燈すらその大半が割れているようで――

そんな荒れ果てた部屋の中、青年は壁に背を預け、膝を抱えていた。
仕立てのいいスーツはすっかり皺になり、常にセットし整えていた紫の髪は乱れたままで。
ろくに食事も取っていないのか、その頬は痩せこけ、顎には無精髭が伸び。
香水を欠かす事のなかった彼の身体からは、何日も風呂にも入ってないのか、饐えた体臭まで――

「ユウナ。おい、ユウナ」

ウナトの投げやりな呼びかけにも、彼は答えようとはしない。
膝を抱えたまま、虚ろな目で、床を眺めていて――

「まったく、仕方のない奴だな。いい加減、シャキッとしたらどうだ。
 連合軍が基地を借りる件でな、議会を通すのに代表代理の印が必要なのだが……勝手に押すぞ?」
「…………」

ウナトは一方的に尋ね、反応がないのを見ると執務室の机に向かう。障害物を避けながら。
汚れていない面を探して書類を置き、机の上に放り出されている代表代理の認印を、勝手に押す。

「……ったんだ」
「ん?」

ふと、ウナトは何かが聞こえたような気がして、振り返った。
見ればユウナが、相変わらず呆けた顔のまま、唇を僅かに動かしている。

「……妹がね……妹が、ずっと欲しかったんだ……小さい頃から、ずっと欲しかったんだ……」
「ほぉそうか。良かったではないか、短い間とはいえ妹ができて。実に良く役立ってくれたよ」
「ボクは……ずっとカガリに頼ってばかりだったから……ボクを頼ってくれる妹が、欲しかったんだ……」

ウナトの嫌味な言葉も、聞こえぬようで。延々と、ブツブツと、ユウナは呟き続ける。
虚ろな目から、涙が溢れる。

284 :隻腕22話(07/19):2006/01/16(月) 23:47:01 ID:???

スエズ沖での派遣艦隊壊滅、その直後の動揺が収まると――彼はひたすら、待ち続けた。
カガリ発見の一報を。彼女の無事を信じて。彼女の悪運を信じて。
けれど、2日たち、3日たち、やがて1週間を過ぎても何の報告もなく――

そんな所に入ってきた、フリーダム撃墜のニュース。カガリと同様、マユもまた連合軍に見捨てられたという事実。
――これが、とどめとなった。
大切な女性2人の、事実上の死亡報告。ある意味、彼自身が殺したとも言える2つの悲劇。
その自責の念が、ユウナの決して強靭とは言えぬ精神を粉々に打ち砕いた。
彼は一切の職務を放棄し――いや、一切の職務を遂行する力を失い、すっかり廃人同然となって――

そして――今やオーブの政治は、宰相であるウナトが、ほしいままにすることとなった。
ユウナが作り上げた優秀な官僚組織を自由に使い、連合の圧倒的な力を背景に議会を動かし。
セイラン家に反発する者たちも、カガリというシンボルを失い、そのまとまりを欠いていて。彼を止める力はない。

今ここにウナトが来たのだって、オーブ軍の基地を、連合軍が利用する手続きのためだ。
同盟締結時には「艦隊派遣の代わりに基地利用などは一切求めない」と約束していたにも関わらず――

「――これでよし、と。ではまた来るぞ、ユウナ。いい加減忘れるのだな」
「……妹が……欲しかった、ん、だ……」

ユウナの呟きは、誰にも届くことなく。
ウナトは廃墟と化した執務室を後にして。扉がゆっくりと、閉ざされる――



  『アハハハハ……! こっちこっち!』
  『もぅ、待ってよお兄ちゃん! ……ウフフ……!』

  ――夢の中に響くのは、無邪気な笑い声。
  紅葉舞うリゾート地。2人は追いかけっこをし、木に隠れ、笑い合う。
  彼女がクルクルと動く度に、そのカーディガンが、プリーツスカートが、束ねられた髪が揺れる。

  『お兄ちゃん……』
  『ん?』

  急に動きを止め、兄を見上げる少女。
  次の言葉はもう知っている。『お兄ちゃん大好き!』だ。彼も大好きな、とびっきりの笑顔で。
  少年は期待を込め、そのセリフを待つが――

  『お兄ちゃん……あなたの、あなたのせいでぇぇぇぇッ!』

  周囲の世界が、急速に色を失う。急激に様相を変える。
  舞い散る紅葉は白い雪となり、穏やかな秋の高原は寒々しい冬の海と化し。
  そして、愛すべき妹の姿は――

285 :隻腕22話(08/19):2006/01/16(月) 23:48:10 ID:???

  妹の幻影と入れ替わるように出現したのは、フリーダム。蒼き翼の悪魔。
  彼らの敵。恨みつのる怨敵。絶対に許すことなどできぬ、諸悪の根源。
  青年の心が、一瞬で激情に染まる。

  『フリーダムッ……! お前の……お前のせいでぇぇぇぇッ!』

  いつしか彼自身も、機械の身体。エクスカリバーを持った、フォースインパルス。
  フリーダムとインパルスは、凍てつく海の上で、激しくぶつかりあって――
  手にした巨大な剣が、フリーダムの腹を見事に貫く。しっかりとした手ごたえ。彼の顔に笑みが浮かぶ。

  『やった……やったぞルナ……! ハハハハッ……』
  『……お、お兄ちゃん……どうして……!』
  『!!』

  彼の高笑いは――掠れる少女の声に断ち切られる。
  周囲はいつの間にか、雪降る北海から紅葉舞い散る高原に戻っていて。
  フリーダムも居なければ、インパルスもない。あの2機と同じ間合いで、抱き合うように向き合う兄妹。
  そして――彼の手をゆっくりと濡らす、赤く熱い液体。
  いつの間にそんなものを持っていたのか、凶悪な輝きを放つ日本刀が、彼の手に握られていて――
  その刃は妹の腹を貫き、背中側に突き抜けている。のどかな風景とはまるでそぐわない、凄惨な光景。

  『そ、そんな……俺は、俺は……!』
  『ひどい……お兄ちゃん、ひどい……!』
  『ち、違う! 俺は知らなかったんだ! ま、まさか、こんなことになるなんて……!』
  『あたしの大事な人たちを、みんな殺して……! あたしまで、殺して……!』

  狼狽する少年。致命傷を負った少女は、俯いたまま、荒い息をつきながら、しかし淡々と呟いて……
  彼女の顔が、ゆっくりと上げられる。刀に貫かれたまま、シンを睨みつける。
  その口の端から血を垂らし、その目は憎悪に染め上げられた、実に恐ろしい形相で。

  『許さない……! 絶対に、許さないんだから……!』
  『う、うあ……ま、マユゥゥゥゥッ!!』


「マユゥゥゥゥゥッ!!」

――絶叫しながら、青年は飛び起きる。
そこは、ミネルバの一室。荒れ果てた室内。ユウナの執務室にも勝るとも劣らない、散らかり具合。
ベッドの上で――シンは、何度も繰り返される悪夢に、荒い息をつく。再びベッドの上に、倒れこむ。
顔を覆った両手の隙間から、もはや枯れ果てたと思っていた涙が、また溢れ出す。

「マユ……! 畜生ッ、なんでお前が……! ゴメンよマユッ……!」

彼はベッドに横たわったまま。いつまでも、いつまでも、混乱した叫びを上げ続ける……。


286 :隻腕22話(09/19):2006/01/16(月) 23:49:06 ID:???

――ジブラルタル基地の、一室で。
デュランダル議長は、金髪の青年を迎え入れた。

「色々と苦労かけたね、レイ」
「いえ、構いませんよ、ギル。これが私の仕事ですから」
「で――身体の方はどうかね? クスリは足りているかね?」
「まだ、大丈夫のようです。お気遣いなく」

臨時の議長執務室の一角。彼はレイにソファを勧め、紅茶のセットを持ってくる。
深々とソファに沈み込む議長。対するレイは、やや浅く、姿勢を崩すことなく腰を下ろす。

「で――やはりダメかね、シンは」
「予想以上に妹の存在は大きかったようです。それ以前にも危険な兆候はあったのですがね」

淡々と、レイは語る。「親友」と認識しあっていた仲間のことを、冷静に分析して丸裸にする。

「彼は元々、自らを『戦争の被害者』と規定することによって自己正当化を図っていた部分がありました。
 自分がやられたのだから、やり返しても良いのだ――まるで子供の論理ですが、それだけに強力です。
 『狂犬』とまで呼ばれた苛烈な態度の裏には、そんな無意識の自己欺瞞が見え隠れしていました」
「ふむ。誰もが陥り易い過ちではあるな」
「しかし、最近になって彼は、『敵の気持ちが分かる』ようなことを言い出すようになっていました。
 人それぞれに戦う理由があるのだ、とか、人それぞれに正義があるのだ、とか。
 しかし、そのことに気付いてしまえば……彼の子供じみた自己弁護は、早晩崩れざるを得ません」
「その向こうになお戦う理由を見つけられれば良かったのだがね。彼はそこまで到達できなかったか」
「もう少し時間があれば、あるいは……。タイミングが悪かった、としか言いようがありません」
「妹と出会ってしまったのが不幸ということか――」
「あの妹を含む家族の死こそ、彼の原点でしたからね――」

いままさに一皮剥けようとしていたその時に、出くわしてしまった最悪の悲劇。
脱皮が完了すればさらに強くなれたのかもしれないが、しかし脱皮の最中というのは最も無防備な時でもある。

デュランダルは、レイの分析に腕を組んで考え込む。
しばし考え込んで――紅茶を一口含み、決断を下す。

「しかし、その妹も今は居ない。見方を変えれば、もう彼を縛るモノはない。
 ――シンには、一旦ミネルバを降りてもらうことにしよう」
「ミネルバを?!」
「スエズに送る。あそこには今、『専門家』がいるからね。
 シン・アスカ、『裏切りのフリーダム』を倒したザフトの英雄は、今や無くてはならん存在なのだ。
 壊れたままで居てもらうわけにもいかん。
 彼自身がどう思うにせよ……早く『直して』戦場に復帰させなくば、私が困るのだよ――」


287 :隻腕22話(10/19):2006/01/16(月) 23:50:11 ID:???

ジブラルタル基地、軍病院。
多くの看護婦や医師、それにザフト兵が歩き回るその病棟の個室で。1人の青年が、見舞い客を迎えていた。

「……そうか。シンも結局、入院か――」
「なんでもスエズ基地に、精神科で腕の良いお医者さんが来ているとかで……。
 ついさっき、飛行機に乗せられて、出発してしまいました……」

ベッドに腰掛け、赤い軍服の上着に袖を通していたのは、アスラン・ザラ。いくぶん血色も良くなってきている。
見舞いに来ていたのはメイリン・ホーク。いつもの緑の軍服ではなく、かなり砕けた私服姿だ。

あれから再び医務室送りとなり、再度の緊急手術を受けたアスランは。
ジブラルタル基地に到着後、麻酔で意識を失ったままの状態で、すぐにこの病院に運び込まれた。
心身の回復が進むにつれ――あの時、シンにしてしまった真実の暴露を、激しく後悔したが。
それでも、吐いてしまった言葉は取り返しがつかない。彼にできることは、その後のシンを心配することだけだった。

「アスランは、もう大丈夫なんですか?」
「まだ激しい運動やMS搭乗は許されてないけどな。ちょっと強引に退院許可を貰ったよ。
 シンのこともあったから、早く出たかったんだが……そうか、スエズか……」

手早く退院のための荷造りをしながら、アスランは呟く。スエズ基地は同じ友軍基地とはいえ、いささか遠い。
アスラン自身が言う通り、本当は彼もまだ退院が許されるような体調ではない。
それでも寝てはいられない、と半ば無理矢理に、フェイス特権すら利用して、条件つきで退院を認めさせたのだ。
しかし……それすらも、今のシンの状態には、少し遅かったようで。深い溜息が漏れる。

「なんでだろうな。俺は、いつもそうなんだ……。いつも、遅すぎるんだ……」
「アスラン……」
「――メイリンは、本当に艦を降りるのか?」
「え、ええ……。昨日、後任のアビーさんに引き継ぎを終えまして。
 艦長の力添えもあって、今朝からもう、立場上は民間人です。
 軍籍離れると、色々面倒なんですね。アスランのお見舞いに来るのにも、手続きで手間取られちゃいました」

唐突に自分に振られた話題に、メイリンは慌てて答える。
自分1人、軍務から解き放たれ自由になってしまった彼女。しかしこれから一体、何をすれば良いのだろう?

「これからどうするんだ? 一旦プラントに戻るのか?」
「いえ……待ってる家族も居ませんし、懐にも少し余裕ありますし。
 もうちょっと考えがまとまるまで、色々と地球を見て回ろうかな、って。
 とりあえずは、スエズ基地までシンのお見舞いに行こうと思ってます」 
「そうか……気をつけてな。シンに、よろしく」

メイリンの言葉に、寂しげに笑うアスラン。赤服の襟を正し、まとめた荷物を持って立ち上がる。
病室を出ようと背中を向けた彼。その後姿に、何かを「感じた」メイリンは――

――衝動的に、その背に抱きついていた。

288 :隻腕22話(11/19):2006/01/16(月) 23:51:07 ID:???

「……どうしたんだ、メイリン?」
「アスランッ……! あ、あなたはッ、どうするんですかッ……!?」

背中にしがみつくメイリンに、振り返りもせずに問うアスラン。落ち着き払った口調。
メイリンは、自分でも良く分からぬ衝動に、声を震わせながら。

「どうする、って……?」
「これからずっと、ザフトで戦うんですか? このまま、続けるんですか……?」
「……? まあ、そうだな」

アスランには、メイリンの問いの意図がまるで分からない。
戦い続ける以外、他にどうすれば良いというのだろう? 2人は共に、これまでの戦いを思いだす。
カガリを倒してしまった、スエズ沖の戦い。マユを止められなかった、ベルリンの戦い。
そして、兄妹の悲劇を止められなかった、北海の戦い――

「俺は――今度こそ、やり遂げなければならないんだ。決めたんだから、やり通さなければならないんだ。
 でないと、ここまでの犠牲が全て無駄になってしまう。シンと妹の悲劇も、無意味になってしまう。
 だから、俺は――」
「アスランは――あなたは、軍を辞めた方が、いいと思います」

アスランを遮ったのは、メイリンの意外な一言。同じ記憶をなぞりながら、まるで違う方向を向いていた2人の考え。
思わずアスランは、彼女を振り払うようにして振り返る。
メイリンは俯いたまま、自信のなさそうな口調で。しかし、言葉にしにくい種類の確信に支えられて。

「なんだかアスランは――周りが見えなくなってるような気がします。このままじゃいけないような気がします」
「そうかな。確かにあの時は、身体の調子も悪かったし――」
「シンのことだけじゃなくて――もっと前から。多分、スエズ攻略戦の頃から」
「…………」
「アスランは……アスランも、一度このあたりで、ちょっと離れたところから見直すべきじゃないんですか?」
「…………」
「今を逃したら、もうアスランには、立ち止まるチャンスも無くなっちゃうような気がして。だから……!」

声を震わせながらメイリンは、おずおずと右手を差し出す。まるで「一緒に行こう」とでも言うように。
それに対し、アスランは。

「ありがとな。メイリンはメイリンなりに、俺のこと心配してくれてるんだ」
「う……そ、そういうことじゃなくて……!」
「でも、悪い。メイリンとは、一緒に行けない。
 俺はもう、立ち止まらないと決めたんだ。俺のせいで壊れたシンの分まで戦うと、決めたんだ」

アスランの手は、メイリンの手を取ることなく。彼女のツインテールの間に手を載せ、クシャクシャと撫でてから。
厳しい表情で身を翻し、病室を出て行く。
取り残された格好のメイリンは、その顔に不安を浮かべたまま。彼の背を見送るしかなく。

窓の外を見上げれば、そこは青空。残酷なほどに晴れ渡った、曇りなき空――


289 :隻腕22話(12/19):2006/01/16(月) 23:52:04 ID:???

――見上げれば灰色の雲の下、未だに雪が降り続くベルリン。
連合軍の部隊が大々的に展開し、いくつもテントを張っている。
瓦礫の下敷きになった人々の救出、家を失った難民の支援、食料支援に衛生管理。献身的な救援を進めていた。

要するに――厳しいムチの後には、しっかりとアメを、ということだ。
またこの救援により、この被害は「街を盾にして戦った」ザフトが悪いのだ、とアピールすることも狙っていた。
被害を受けた人々は釈然としないものを感じながらも、しかし目の前の支援の手を取らぬわけにはいかず……。

そんな状況にある街の一角。
奇跡的に生き残り、連合軍に接収されたビルの1つにて。

「よぉっ、美人さん♪ ご機嫌いかが?」
「……良い訳ないでしょう。こんな扱いされて……!」

軽い調子の声を上げながら、1人の男が部屋の戸を開ける。黒い軍服を着た、仮面の男だ。
そんな彼を睨みつけたのは、ツナギ姿の女性。その片足には錠つきの輪がかけられ、鎖で壁に繋がれている。
彼女が自由に動けるのは、この狭い部屋の中、硬いベッドと片隅の仮設トイレの間のみ、という状況で。

「……どうして貴方が生きているのか、どうして連合軍なんかにいるのかは、今は聞かないわ。
 けど……捕虜だとしても、犯罪者として扱われるとしても、この扱いはないわよ!
 一体少佐は、わたしをどうするつもりなの!?」
「『少佐じゃない』って何度言えば分かるんだ。勝手に殺したり降格させたりしないでくれ、マリュー・ラミアス。
 俺は、ネオ・ロアノーク、たー、いー、さー! 」

「大佐」の部分を強調して言うと、ネオは屈みこむ。ベッドに腰掛けたマリューの足元。
懐から取り出したのは、小さな鍵。マリューの足を束縛していた足枷を、カチャカチャと外し始める。

「変なことは考えるなよ〜。俺が傍にいなきゃ、アンタは未だに即時射殺もOKな重罪人なんだからな」
「……庇ってくれている、とでも言うつもり?」
「そーゆーこと。俺としても、アンタを死なせちまうのは惜しいんでね。
 ちょっとばかし移動するぜ。ようやくベルリンの敗戦処理が済んだんでな」

鍵を外し、立ち上がるネオ。自由になった足をさすりながら、マリューは不審の目で仮面の男を見上げる。
ネオの狙いは分からなかったが……しばらくは抵抗しない方が良いと見たのか、素直に従う。
そんな彼女に、ネオはやけに馴れ馴れしい口調で愚痴りだす。

「いや〜、もう散々でね。可愛い部下たちはみ〜んなやられちまうわ、俺自身も撃墜されちまうわ。
 おまけにマユまで返り討ちと来た。こりゃアンタくらいのお土産がなきゃ、冗談抜きに降格されちまう」
「……!? ちょっと、今、何て!? マユちゃんがどうしたの!?」

彼の何気ない言葉に、血相を変えて詰め寄るマリュー。
対してネオは、飄々とした態度を崩さぬまま、彼女を伴い部屋を出る。

「まぁ……その辺の事情は、ゆっくり機内で語り合うことにしよう。こっちも聞きたいことあるしねェ。
 ここから北アメリカまで、フライト時間はたっぷりかかっちまうからな――♪」


290 :隻腕22話(13/19):2006/01/16(月) 23:53:18 ID:???

――暗い格納庫の中、2人の人物が人を待っていた。
1人は、プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。
何やら感慨深い顔で、暗がりの中に立つ巨大な影を見上げている。
1人は、星型の髪飾りをつけステージ衣装を着た、歌姫「ラクス・クライン」。足元では赤いハロが跳ねている。
しかし彼女はハロに構いもせずに、胸元につけられたペンダントらしいきものを弄るともなく弄っている。
いや……それはペンダントではない。翼を模したバッジの形、それが意味するものは――

「――ミネルバ所属、レイ・ザ・バレルです。同艦所属、アスラン・ザラを連れて参りました」
「お久しぶりです、議長」

暗がりに声が響く。見れば、格納庫の向こう、通路の先に、2人の赤い影。
2人は敬礼をすると、デュランダルと歌姫の所に歩み寄る。

「ご苦労だったね、2人とも。特にアスラン、傷の方はもう大丈夫かね?」
「ええ、まだ本調子とは言いかねますが……」
「――アスラァンッ♪」

議長に答えようとしたアスランの言葉は、甲高い声に遮られる。
ステージ衣装姿の歌姫が、何の遠慮もなく彼に飛びつく。その勢いに思わずアスランは顔をしかめた。

「……痛ッ!」
「あッ! 怪我してるんでしたっけ! ごめんなさいアスラン、大丈夫?!」
「も、もう少し気をつけてくれ、ミ……ラクス」

大袈裟に両手を合わせて頭を下げる歌姫を、アスランは眉を寄せて。
文句の1つでも言ってやろうと彼女を睨んだ彼は、ふとあるものの存在に気付く。
先ほど彼女が体当たりした際、柔らかい胸の感触と同時に伝わってきた、硬いアクセサリーの感触――

「ラクス……それは!? その勲章は……!」
「ああ、わたしもこの前のデストロイの一件で、『フェイス』の一員に任命されましたの♪」
「なッ……!?」
「ピンクのザクをわたくし専用にして頂いて〜、ヒルダ隊のみなさんを、わたくしの部下にしてもらって〜。
 これからは、『歌って踊って戦えるアイドル、ラクス・クライン』で行くのです♪ ……ね、議長?」
「実際、彼女の戦闘力は意外に高いものでね。正直驚かされたよ。
 いささか危険も伴うが……今回のようなことがあると、かえってこうしておいた方が安全だろうと思ってね」
「これからは、同じ立場ですわね。一緒に戦いましょう、アスラン?」
「あ……ああ……うん……」

楽しげに報告する歌姫。楽しそうに語る議長。アスランは驚きのあまり、言葉もない。
ニッコリと微笑む歌姫が、呆然としたままのアスランの手を取り、強引に握手してしまう。
そんな3人に……レイは1人、冷静なままで。

「それより議長――我々をこんなところに呼んだ御用件は、そのようなことではないでしょう?」
「……ああ、そうだったね。2人には、見てもらいたいものがあるのだ」

291 :隻腕22話(14/19):2006/01/16(月) 23:54:05 ID:???

「時にアスラン。キミを『フェイス』に命じた時の、スエズでの会話を覚えているかね?」
「はぁ……一応は」

議長の唐突な言葉に、曖昧な声を上げるアスラン。あの時、どんな会話をかわしたのだったろうか?
確か、信頼を表すためには勲章くらいしか方法がない、とか何とか――

「その時に――私は約束したね。キミが乗るに相応しいMSを、建造中だと。
 セイバーをも凌ぐMSを、用意している最中なのだと」
「そういえば、確かに……」
「残念ながらベルリンの戦いには間に合わなかったが――見てくれるかね!?」

カッ! カカカッ!
議長が片手を振り上げるたのを合図に、格納庫の中に明かりが灯される。
照らし出されたのは、通路を挟むように並ぶ、2つの巨大な影。

「こ、これは――!」
「ZGMF−X19S、インフィニットジャスティス。ZGMF−666S、レジェンド。
 アスラン、そしてレイ。キミたち2人の、新しい機体だ」

アスランが息を飲んだのも、無理はあるまい。
そこに鎮座していたのは――どこか見覚えのある、しかし細部はかなり異なる、2体のMS。
全身灰色なのは、PS装甲を採用しているのだろうか。その点もあのMSたちと同様だ。

大型のリフターを背負い、突き出したトサカのような頭部を持つ1機。
円盤状のパーツを背負い、無数のドラグーンらしき装備を備えた1機。
間違いない、この2機は―ー

「見ての通り、2年前の名機・ジャスティスとプロヴィデンスを、現在の技術で作り直したもので――
 本来は、『連合側についた』フリーダムに対抗する、ザフトのシンボルとして作らせたものだ。
 幸か不幸か、フリーダムはもう倒してしまったが……それでもこの2機が優れたMSであることは変わりない」
「…………」
「ジャスティスのコンセプトを受け継いだ後継機、インフィニットジャスティス。
 これには、アスランに乗ってもらうつもりだ。いいかね?」
「はい……!」

アスランは新たな愛機を見上げ、頷く。彼は思わず考えてしまう。
もし、この機体がベルリンの戦いに間に合っていたら。
セイバーよりも強力で、セイバーよりもトリッキーな攻撃を可能とする、このMSがあの時あったなら。
――ひょっとしたら、自分がフリーダムを止められていたのではないか。
シンとフリーダムとの、あの悲劇的な戦いそのものを、回避できていたのではないだろうか。
もしもあの時、この力があったなら――!

292 :隻腕22話(15/19):2006/01/16(月) 23:55:01 ID:???

「そしてこちらのプロヴィデンスの発展機、レジェンドには……レイ、キミに乗ってもらおう」

続いて議長の発した言葉に、アスランはハッとする。
どうやらこのレジェンド、新型ジャスティス以上に原型機からは大きく変化しているようだった。
ボディはいくぶんスリムになり、背負った円盤状のパーツは2つに分けられ、どうやら可動するらしく。
円盤、そして腰のサイドから突き出したドラグーンにも、いろいろと変更が加えられている。

アスランは思い出す。かつて、プロヴィデンスに乗っていた1人の男のことを。
ラウ・ル・クルーゼ。仮面に顔を隠した、謎の男。
最初は、変わり者だが優秀な上官。アスランにとっては、尊敬の対象ですらあった。
しかし紆余曲折の末、彼は敵となり……やがて、彼が世界滅亡という野望のために動いていたことを知った。
最良の上官であり、最悪の敵。クルーゼの持っていた二面性は、アスランの中では未だに整理のつかない問題である。

そのクルーゼの最後の乗機プロヴィデンス、の上級機が、こうして仲間の機体として目の前にある。
確かに味方となるのなら、これほど頼もしいものはない。敵に回せばこれほど恐ろしい敵もそうそう居ないが。
アスランは複雑な感情を胸に、レジェンドを見上げる。

「私に、扱いきれるでしょうか……?」
「大丈夫さレイ。ラウは見事に使いこなしてみせた。キミにできないハズがない」

珍しく不安を滲ませるレイに、デュランダルは優しく答える。
その問答に、隣で聞いていたアスランは首を傾げる。
レイが問うたのは、おそらく扱いに特殊な才能と技量を要する遠隔操作兵器、ドラグーンについてだろう。
しかし――今の会話は、一体どういうことなのだろう? 「ラウ」とは……クルーゼ隊長のことか?
ちょうど彼のことを考えていたアスランは、不審を抱く。

「議長、それは――」
「分かりました。ではレイ・ザ・バレル、議長のご期待に沿えるよう、精一杯頑張らせて頂きます」

思わず問いかけようとしたアスランだったが、しかし背筋を正したレイの言葉に遮られて。
機を逃したアスランは、軽い溜息をついて視線を逸らす。
視線を逸らしたはずみに――彼はふと、格納庫の片隅に、もう1機見慣れぬMSがあることに気付く。
そんなはずみでもない限り、気付くことはなかったであろう心理的な死角。

「――どうしたのかね、アスラン?」
「あれは――あのMSは、何なのですか? ジャスティスやレジェンドと同じ、新型でしょうか?」

先ほど言おうとしていた疑問を飲み込み、アスランは反射的に「それ」を指さす。
スポットライトを浴びるジャスティスやレジェンドと違い、闇に半ば隠れたままの1機。
輪郭や全体の印象を見る限り、ザフトの量産系MSではなく、ガンダムタイプの試作機の系列だろうか。
背中には、何やら翼らしきものが見える。これもPS装甲なのか、今のところ灰色一色だ。
自分たちに与えられた2機と異なり、ベースになった機体も一見しただけでは分からない。

「ああ――あれは、『失敗作』さ」
「失敗作? 弱いのですか?」

293 :隻腕22話(16/19):2006/01/16(月) 23:56:02 ID:???

溜息交じりのデュランダルの態度に、アスランは首を傾げる。
ガンダムタイプのMSは、大抵は採算を無視して作られる、最高級の試作機、あるいはワンオフ機だ。
企画の時点で既に失敗が許されないし、また何らかの意味において強力な能力を備えているはずだ。
失敗作、という評価そのものが、ちょっと普通ではない。

「いいや、弱くはないよ。むしろ強いな。強いどころの話ではない、『最強』だ。
 攻撃力、防御力、機動力、信頼性。全ての点において、インパルスなどセカンドステージMSを大きく上回る。
 単体の戦闘力、スペック上での強さなら、現時点で『最強』だと言い切って良いだろう」
「では、どうして失敗作などと――」
「あれは、『強過ぎる』のだよ」

デュランダルは、呆れたように言い放つ。
暗くてよく見えないが、見たところ大きさとしても普通だし、遠目に見たところ特に変わった武装もない。
背中に何やら2本、大型の武装を持っているようだが、強いて言えばそれだけだ。
けれども、デュランダルが言うには――

「私はMSの開発者たちに、『最強のMSを作って欲しい』と依頼したのだ。
 MSが想定しているあらゆる距離・あらゆる局面において、常に最強でありうる機体を作って欲しい、と。
 ――彼らは、忠実に私の注文に応えてくれた。だがいささか、忠実過ぎたようでね」
「?」

最強にして万能のモビルスーツ。それは万人の夢だ。パイロットにとっても軍の上層部にとっても、それは夢だ。
……あくまでそれは夢であり、現実には実現不可能。不可能だから、様々なアプローチが試される。
特定の地形に専門化させて使い分けたり、武装を換装することで状況に対応したり。変形機構もその試みの1つ。
しかしどこまで行っても決定打が見えないのが、この問題。
一体何をどうすることで、その不可能を可能にしたというのか?

「確かに、出来上がったモビルスーツは最強だった。あらゆる距離に対応でき、あらゆる戦闘が可能だった。
 けれども――それに対応できるパイロットが居なかった。乗り手がついていけなかった」
「パイロットが?」
「アレに乗るということは、そうだな……
 ナチュラルが何の調整もないコーディネーター用MSに、無理して乗ることに近いかな。
 反射神経。対G耐性。情報処理能力。空間認識能力。直感の鋭さ。それこそ、第六感のようなものに至るまで――
 あらゆる面において、我々コーディネーターの手にも余るのだよ。最強最悪の、暴れ馬だ。
 テストパイロットの中には、狙撃や格闘のように、特定の得意分野に限ればなんとか対応できた者もいたけれどね。
 全ての能力を引き出せた者は1人としてない。そんなことは誰にもできないと、彼らは揃って断言したよ。」
「確かにそれでは、個々の分野に特化したMSを作った方がマシですね……」

過ぎたるはなお及ばざるが如し、ということか。
彼らは様々な想いを胸に、その「暴れ馬」を見上げる。
強過ぎるが故に、戦えぬもの。最強にして、無用の長物。
その力強いシルエットは、何故か同時に寂しさをも感じさせるもので……
デュランダルの唇から漏れた小さな呟きが、まさにその機体の全てを言い表していた――。

「まるで、道化だな――!」



294 :隻腕22話(17/19):2006/01/16(月) 23:57:06 ID:???


  ――白い光が、辺りを包んでいた。
  全てのリアリティが喪失した、夢のような世界で、少女は気がつけば1人。
  穏やかな風に、髪留めが揺れる。プリーツスカートが揺れる。

  『…………?』

  周囲を見回す。
  まるで、雲の上に立っているような風景。
  青空は眩し過ぎず、太陽は見当たらない。空気そのものが光っているかのように、光に包まれる。
  辺りの温度は寒くもなく熱くもなく、ちょうど良い暖かさで。

  『……何やってるの、マユ?』
  『こっちだよ。大変だったね』

  優しい声をかけられて、少女は振り返る。
  いつの間にそこにいたのか。穏かな笑みを浮かべた夫婦が、そこに揃って立っていた。

  『パパ! ママ!』
  『おーい、早く来いよ、マユー! 一緒に遊ぼうぜー!』
  『……マユ……もう、恐いもの、ないから……』

  両親の姿を認めた少女は、さらに彼らの背後に湧き出すように出現する人々を見る。
  アウルが、笑いながら手招きしている。ステラが、安心した笑顔を浮かべている。
  オーブ軍の軍人たちが、みな、優しい笑顔で見守っている。
  少女は、彼らの方に手を振る。気が付けばその右腕も、生身のものに戻っていて。

  『うん――!』

  少女は、駆け出す。笑顔を満面に浮かべて、駆け出す。
  幸せそうに微笑む大切な人々の所に、もう少しで手が届く――


  『――?!』

  それは、唐突に。
  何もないところで少女は、転倒する。
  この光溢れる世界に、足を取られるようなものは何もない。なのに、転ぶ。
  彼女はうつ伏せに倒れたまま、何故そうなったのか知りたくて、自分の背後を振り返る。

  左足が――千切れていた。

  2年前のあの日、自分の右腕を見た日のように。
  悪趣味な冗談のように、自分の足が転がっている光景を見た。膝下で断ち切られた足が、そこにあった。
  血は出ているが、痛みはない。あるいは、痛みを感じられなくなっているだけなのか。
  これじゃあ転んで当然ね――少女は妙に醒めた気分で、納得する。

295 :隻腕22話(18/19):2006/01/16(月) 23:58:22 ID:???
  『――そうか、マユはまだ来れないのか』
  『――まだ終われないんだな、この子は』

  見守る人々のざわめきが、マユの耳にも入る。彼女は伏したまま、はッと彼らを見上げる。
  あと少しで届きそうな距離。彼女の大切な人々は、一様にどこか寂しげな、しかしホッとした表情を浮かべて。

  『まだセイラン三尉には、やるべきことが残っているということなのだろう』
  『済まんな。我らの不始末を、君のような若者に押し付けてしまって』
  『待って! せっかく会えたのに! あたしは、あたしも――!』

  馬場一尉が、トダカ一佐が、少女を「拒絶」する呟きを漏らす。
  片足の少女は、それでも必死で立ち上がろうとするが――その途中で、右腕が煙のように消えうせる。
  少女は突然支えを失って、再び倒れこむ。
  見れば右腕もまた、上腕で断ち切られていて。袖の垂れた服越しにも分かる、見慣れてしまった丸い断端。

  『行かないで! あたしだけ置いて、行かないで!』

  少女は泣き出す。涙が溢れて、視界が滲む。
  何か決定的な一線が引かれてしまったことを直感し、彼女は哀しみに飲み込まれる。
  みんな、遠ざかっていく。せっかく会えた大切な人々が、遠ざかっていく。

  『……お願いが、あるの』

  ふと声をかけられ、泣いていた少女は顔を上げる。
  滲む視界の向こう、はて、これは誰だったろう?
  1人の女性が、彼女のすぐ側に屈み込んでいた。去り行く人たちの群れに従わず、1人残っていた。
  どこかで見覚えはあるのだが――名前が思い出せない。あるいは、名前など最初っから聞いてなかったっけ?
  短い赤い髪の、お姉さん。

  『シンを、助けてあげて。彼を、救ってあげて。
   きっとアイツ、今頃やさぐれちゃってると思うから――』
  『お兄ちゃん、を……?』
  『シンってばいっつも強がってるくせに、妙にモロいとこあんのよね。ま、そこが可愛いんだけど――』

  どこか苦笑するような、赤い髪の女性の言葉。その彼女も、彼女の声も、急速にぼやけてゆく。
  そのまま、世界は白い光に染め上げられて。
  少女の意識は急激に、「向こう側」に引き戻される――


……雪が、降っていた。

空から、白い雪が降っている。
舞い落ちてくる雪を、横たわって見上げながら……彼女はぼんやりと、目を開ける。

ここは、どこだろう。
あれから、どうなったのだろう。
未だ霞がかかったような意識。夢と現実の境界が、曖昧になっていて。
世界は、周囲の景色そのままに、白くぼやける。

296 :隻腕22話(19/19):2006/01/16(月) 23:59:16 ID:???

白い。全てが白い。
雪が降っている。白い雲から降っている。
だけども、身体は暖かい。周囲は春のような暖かさ。
横たえられた身体を柔らかく包むのは、降り積もった雪ではなく、白く清潔なベッド。
雪降る外界と暖かな内界を遮るのは、ガラス張りの壁と屋根。
ガラス屋根に舞い落ちた雪が、じんわりと溶けて、雪空が滲む。

雪の降り続ける、大きな屋敷の広い庭。その庭の中の、一番真ん中。
――そこは、温室の中に置かれた、大きなベッド。
寝かせられた少女の形に、シーツがやんわりと盛り上がって……
けれどもその輪郭には、揃うべきものが揃っていない。
上腕の半ばから途切れた、右腕のふくらみ。
太腿の半ばから途切れた、左脚のふくらみ。

少女は――今いる場所が、雪に半ば埋もれた温室の中だと認識してなお、現実味のないこの光景に呆然として。
静かだった。暖かかった。白かった。美しかった。
あまりにも突飛で幻想的な光景に――夢の続きにしか、思えなかった。

「……あらあら、お目覚めになられました?」
「心配したぜ。ずーっと眠り続けてたからな」

急に、沈黙が破られる。
温室と屋敷を結ぶ、温室同様にガラス張りの廊下。
そこを渡って、温室に顔を出したのは――

「お気分はどうですか、マユ・アスカさん」
「マユには余計な苦労かけちまったな。あの日から、ずっと」
「テヤンデイ! ハロハロ〜! オマエ、ゲンキカ!? ハロ、ラクス!」
「…………」

車椅子の上で微笑む、桃色の髪の娘。花びらを重ねたような、金の髪飾り。
その車椅子を押す、隻眼の男。微かに薫る、コーヒーの香り。
彼らの周囲を跳ねまわる、場違いに騒がしい桃色の球体。

それらの姿を、ぼーっと眺めながら……
マユは、自分がまだ生きているのだということを――ようやくにして、理解した。
目から、一筋の涙がこぼれる。

死闘の舞台から北海を挟んだ対岸、スカンジナビア王国。
かつて、クライン一族がプラントに移住する以前に暮らしていた旧邸。
全てを包み込むように、雪は降り続ける――


                           第二十三話 『 彼女の真実 』 につづく