419 :隻腕25話(01/18):2006/02/19(日) 11:26:25 ID:???
「おー、凄いですな〜、エアーズロック。撮影でもしておきますか?」
「……呑気なものね、アーサー」
「はい?」

ブリッジの外、左舷方向には、地上最大とも言われる巨大な一枚岩の姿。
しかしそんな圧倒的な光景にも、ミネルバのブリッジは無感動なままで。
たった1人歓声を上げていた副艦長は、艦長に呆れられてもなお、そんな空気が読めてないようだった。

『ラクス・クライン』影武者の曝露。ブルーコスモス盟主の曝露。『もう1人のラクス』の登場。
再度のデストロイの登場に、ニーベルングによる降下部隊の撃滅。そして、ヘブンズベース攻略戦の失敗――

その衝撃的なニュースは、カーペンタリアを目指すミネルバにも届いていた。
速報が入ってから既に丸一日以上経ってはいたが、なおブリッジの空気は暗いままだ。
南氷洋を経由し、オーストラリア南岸から上陸したミネルバは、静かに大地を北上していく。

「……アスラン、貴方、あの『ラクス』のこと知ってた?」
「ええ、私の役割上、最初から……。ただ、喋る訳にもいかなかったもので……すいません」
「……ふぅ。ギルも本当に人が悪いわ。ま、知らされていたところで、どうなったものでもないけれど――」

ミネルバのブリッジで、タリアは嘆息する。アーサーを無視し、アスラン相手に愚痴り続ける。
一方のアスランは、問われるままに生返事をしていたものの、彼もまた混乱しており、まるで上の空だ。

彼には――アスランには、本物のラクスの意図がまるで読めない。何が目的で、何をしようとしているのか。
ジブリールの放送に介入するなど、生半可な準備ではできるはずもないのに。
そこまでして、何を? 今まで沈黙を続けてきたのに、何故このタイミングで動き出す?
付き合いの長いアスランにも、まるで訳が分からない。

……いや、アスランには過去の長い付き合いを通しても、ラクスの考えが読めたためしはない。
思考は飛躍しがちで、理解不能で、不可解で、でもどうやら悪気はないらしくて。
生真面目な彼にとって、彼女はとことん「分からない」存在だった。分からないながらも、憎めない存在だった。
ある時など、お茶の席で秘密めかして「未来が分かる」ようなことを打ち明けられたこともあったが――
アスランは、それを冗談だと受け取った。笑いどころの良く分からないジョークだと思って、流してしまった。

――アスランは、知らない。
彼が、何の気もなしに笑い飛ばしたその瞬間――ラクス・クラインがアスラン・ザラを「諦めてしまった」ことを。
常識に囚われ、まともに聞こうともしない彼の態度に、彼女が寂しげな笑みと共に溜息をついたことを。
以来、ラクスは真の自分を理解してもらう努力を一切放棄して――
アスランは、そんなラクスの変化に一切気付くこともなく――
2人はいつまでもどこまでも、丁寧ではあるが、少し距離のある関係を維持し続けて――
とうとう今に至るまで、アスランはラクスを理解していない。ラクスはアスランに期待していない。
互いに、大事な存在だとは思ってはいるのだが。

「……まぁ、それでもラクスは大丈夫だろう。彼女はあれで結構タフだし、傍にはキラも居るはずだ。
 むしろ心配なのは、ミーアの方か……」

アスランは口の中で呟く。
彼女が襲われ、殺されかけたことを知らぬアスランは、ラクスについては楽観的に見ていた。
それよりも心配なのは……こんな形で正体を暴露され、糾弾されてしまった「替え玉」の方だ。

420 :隻腕25話(02/18):2006/02/19(日) 11:27:25 ID:???

果たしてこれから、ミーアはどうなるのか。議長はどうするつもりなのか。
ミーアは、本物のラクスのようにタフではない。キラのように支えてくれる者も、身近には居ないはずだ。
アスランには、心配でならない。

一方、おざなりな返事を返されたタリアの方も、心はここにない。
ようやく理解したギルバート・デュランダルの真意。
しかし、彼がそれを実現するためには、様々な困難が待っているはずだ。
おそらくあの「偽ラクス」の起用も、そのための方策の1つだったのだろうが……

ブリッジに、沈黙が降りる。ミネルバは、乾いたオーストラリアの大地を淡々と進んでいく。

と――静かに作業を続けていたブリッジに、小さな電子音が鳴る。
画面を覗き込んだブリッジクルーが、タリアの方を見上げる。

「カーペンタリア基地、通信可能域に入りました」
「そう。じゃ、こちらの到着予定時間と、基地司令への挨拶の言葉、送っておいて」
「分かりました。……え? これは!?」

新顔のオペレーター、アビー・ウィンザーは、タリアの言葉に従おうとして……急に驚きの声を上げる。

「どうしたの?」
「いえ、何やらカーペンタリアから通信が……今モニターに出します!」
『ミネルバか? 今こっちはそれどころじゃ……ああ待て待て、むしろ急いで来てくれ!』
「何があったのです!?」

画面に映ったのは、明らかに混乱している基地の管制室の様子。
慌しく人々が行き交い、罵声が飛び交っている。

『連合軍の艦隊が迫っているんだ! カーペンタリア湾の中にまで!』
「なんですって!?」
『もうすぐ攻撃が始まる! 長旅で疲れているところ悪いが、防衛戦への協力を要請したい!』

画面が切り替わり、敵艦隊の位置や数が送られてくる。大小取り混ぜ、その艦艇の数、およそ30余り。
その情報に、アスランもタリアも驚きを隠せない。
ザフトの庭先とも呼べるカーペンタリア湾、そこに既にこれだけの軍勢が?
こんな距離まで押し寄られる前に、察知し、体勢を整え、迎撃できるはずなのだが――

「それは構いませんが、しかし一体、どこからそんな艦隊が――」
『オーブだ! あの国に、こっそり少しずつ部隊を集結させていたんだ! 完全にしてやられた!』


              マユ ――隻腕の少女――

            第二十五話 『 運命の道化師 』



421 :隻腕25話(03/18):2006/02/19(日) 11:28:44 ID:???

オーストラリア北岸・カーペンタリア湾に臨む一大拠点、カーペンタリア基地。
この基地の歴史は、そのままザフトの地上作戦の歴史と重なり合う。

前の戦争の初期、ニュートロンジャマーの大量投下作戦、『オペレーション・ウロボロス』。
――その混乱に乗じ、カーペンタリア基地は一瞬のうちに地上に「出現」した。
軌道上から基地施設を分割降下させ、同時に降下したMSの手で組み立てるという驚くべき作戦。
わずか48時間で基地の基礎は出来上がり、慌てて妨害を試みた連合軍艦隊は、混乱のままに大敗している。

以来長らく、この基地はザフトの地上における要、橋頭堡としての役割を果たし続けてきた。
地上におけるザフトの中心、と言っていい。

周囲にも目を向ければ、この地がザフトの支配下にあり続けた理由が分かるだろう。
まず、オーストラリア亜大陸は、親プラント国家の筆頭である大洋州連合の土地である。
彼らは基地の土地を提供したのみならず、軍事的にもザフトと連携。
前の大戦末期にも、連合はカーペンタリア攻略を狙う大作戦を展開したが、大洋州連合との協力で撃退。
とうとう休戦まで持ちこたえてしまった。

さらに周囲を見渡すと、オーストラリアの周囲には細かい島々が散らばっている。
大洋州連合の他の島々、赤道連合、そしてオーブ。いずれも中立、あるいはザフト寄り、あるいは内乱状態。
連合の体勢が磐石な土地は、ほとんどない。連合寄りの大規模基地もない。
カーペンタリアに攻勢をかけるには、東アジア、あるいはアメリカ大陸から延々艦隊を派遣せねばならない。
この地は、極めて安全な拠点だったのだ。

だが――実は既に、その「安全」は崩れていた。
オーストラリアの北東に浮かぶ群島、オーブ首長連合国。小国ながら、技術大国であり経済大国でもある島国。
オーブは先のユニウスセブン落下事件の後、地球連合との同盟を、半ば強引に結ばされた。
カーペンタリアと目と鼻の先に、連合寄りの立場を掲げた国が出現したのだ。

それでも――その時点のザフトでは、そのことを脅威に感じた者は少なかった。
なぜなら、オーブの少なからぬ者がこの同盟を快く思っていない、ということが分かっていたからだ。
表向きは伏せられていた、「艦隊派遣の他は一切協力しない」という協定も、プラントには筒抜けだった。
あの派遣艦隊を除けば、オーブ本国は相変わらず中立国も同然、と見られていたのだ。
そうであるならば、この国をあえて本格的に敵に回す必要はない。あえて虎の尾を踏む必要はない。


だが……派遣艦隊が壊滅し、カガリが倒れ、MIAと認定され姿を消した後。フリーダムが倒された後。
オーブは、急速に連合に近づいた。ウナト・エマ・セイランの専横体制、それを止められる者もなく。
ザフト側が気付くよりも早く、オーブ軍の基地は連合軍の臨時前線基地として作り変えられ、部隊が集結し……

奇しくも、ザフトが地上での勝負をかけるべく、ヘブンズベース攻撃を決定したのとほぼ同時期に。
連合側も地上での決着をつけるべく、ここカーペンタリアの急襲を決定したのだ。

そして、元より数で劣るザフト側は、その戦力の多くをヘブンズベースの方に回していて……!


422 :隻腕25話(04/18):2006/02/19(日) 11:30:01 ID:???

カーペンタリア湾を、連合軍の艦隊が進む。
「湾」とは言うが、しかしカーペンタリア湾は巨大な湾だ。その対岸は見えず、西には水平線が広がる。
北に向かって大きく開いたコの字型の湾、その東岸に沿って、艦隊は南下する。

対するザフト側も、慌てて艦隊を発進させ、迎え撃たんとする。
カーペンタリア基地は、海上に浮かぶ空港を中心に作られている。
ここに流れ弾が着弾するだけで、基地の機能は著しく低下してしまう。なるべく遠くに防衛線を張る必要があった。
概してザフト系の基地は、連合系基地に比べて空港等の使い勝手が良い反面、防御をさほど重視していない。

「しかし……守りきれるのか……?」

次々と港を出発する艦を、そして羽を広げて飛び立つ航空MSを見ながら、基地司令は脂汗を滲ませる。
救援要請は各地に出したが、しかし応援は間に合うまい。少なくともこの第一波は、自力で凌がねばならない。
しかし――

「グフは全てジブラルタルに回してしまったし、ノクティルーカウィザードも、水中用MSも……!
 手持ちの部隊で……支えきれるのかッ!?」

そう、ヘブンズベース攻撃のため、カーペンタリアにあった強力な部隊は、大方出払っていたのだ。
最新鋭航空MSグフイグナイテッド。海上の戦いで便利なノクティルーカザク。そして水陸両用機。
これらはほとんど姿を消しており、代わりにあるのは、旧式のディンやゲイツR……。
あとは、かろうじてバビが十数機いる程度。出し惜しみする余裕もなく、全て飛び出していく。

と――基地司令は、管制室のモニターに、連合側艦隊の動きを見る。
どうやらこちらの迎撃の動きを見て、向こうもMSを出撃させたようだった。
その様子を見た司令の顔が、さらに青ざめる。

「……い、一体……何機いるのだッ!?」

連合艦隊から飛び立ったのは――いずれも、航空用のジェットストライカーをつけたMSたち。
全て、最新鋭の量産機、ウィンダム。ヘブンズベースでグフと互角の戦いを繰り広げたという強敵。
それが――比喩でも何でもなく、空を埋め尽くさんばかりの勢いで、次々と飛び立つ。
数十機……いやひょっとすると百機以上も居るだろうか? あまりにバカらしくて、いちいち数える気さえ萎える。
さらに海面には、生半可な艦艇よりも巨大なMAユークリッドの姿も、10機ほども……!


地球連合の一番の強みは、その国力。
ヘブンズベース防衛とカーペンタリア攻略、その両面作戦を可能にするだけの、基礎体力。
その数の暴力を存分に活かし、彼らは攻撃を開始した。
北から迫る連合軍、南から迎え撃つザフト。双方のMSが、基地の沖合いで衝突する。


423 :隻腕25話(05/18):2006/02/19(日) 11:31:04 ID:???

『……どうも情勢は思わしくないわ。とんでもない数のウィンダムと、ユークリッドが出てきているそうよ。
 防衛隊は、押されているみたい。レイも、気をつけなさい』
「はい。ミネルバもお気をつけ下さい。私も注意しますが、艦の防衛まで手が回らないかもしれません」

ミネルバのパイロット控え室。
パイロットスーツに身を包んだレイが、モニタの向こう、ブリッジのタリアに厳しい表情を見せる。
ミネルバは山を越え砂漠を越え、ようやくカーペンタリア湾が見える位置。水平線上に戦闘の光が見える。

と――そんな控え室の戸が開き、入ってくる者があった。
専用パイロットスーツにフェイスの徽章も目に眩しい、アスラン・ザラだ。
彼はつかつかと通信用モニターに近づき、真剣な表情でタリアに訴える。

「艦長、私も出ます。出撃の許可を」
『アスラン!? で、でも貴方はまだ傷が……』
「もう大丈夫です。何より、この状況でジャスティスを遊ばせておくわけには行きません」
『…………』
「艦長!」

判断に悩むタリア、強い口調で返答を迫るアスラン。
しばし考え込んだ末に、タリアは渋々決断を下す。

『……いいでしょう。あなたがそう言うのなら。
 ただし、決して無理はしないこと。少しでも無理してるようなら、帰艦を指示します。
 その時はちゃんと従って。いいわね?』
「ありがとうございます。では」

アスランは敬礼すると、通信画面を切る。そして大きく溜息。
そんな彼に、レイが声をかける。

「……本当にいいんですか、アスラン」
「まだ100%とはいかないけどな。でも、やるしかないだろう?」
「オーブが絡んでるから、ですか?」

射るような視線のレイ。アスランはそれを真正面から受け止め……しばし考える。

「そうだな……そういう部分もあるかもしれない。
 だが俺は、冷静だよ。……少なくとも、冷静なつもりだ」
「なら、いいでしょう」

何が良いのか問いただすヒマも与えず、レイは身を翻す。
出撃準備がすっかり整った自分の新たなる愛機、レジェンドへと向かう。
彼の小さな呟きは、同じく愛機∞ジャスティスに向かうアスランには、届くことはなかった。

「思ったより落ち着いている。これならしばらくは、大丈夫か……」


424 :隻腕25話(06/18):2006/02/19(日) 11:32:03 ID:???
太陽が西の空に傾きつつある、カーペンタリア湾。
雲ひとつない空は、しかし立て続けに起こる爆煙に、僅かに煙っていた。

「じょ、冗談じゃねぇ……!」

バビのパイロットの1人が、恐怖の声を挙げる。怯えながらも、ミサイルを乱射する。
蝗の群れのように押し寄せるウィンダムの大群、もはや狙わずともどれかに当たる。
当たるのだが……しかし向こうは慌てて避けたりせず、しっかりと盾で防御して。
何機かがバランスを崩しフラフラと落ちるのが見えたが、しかし大多数はお返しとばかりにライフルを構える。
撃ち放った無数のミサイル、それに数倍するビームの雨が、バビ目掛けて降り注ぐ。
バビも必死に避けるが、避けきれるものではない。とうとう翼と両腕に被弾し、海面に向けて落ちてゆく。

「このままじゃ……! 誰かいないのかッ! フリーダムを倒したインパルスのような、ヒーローはッ!」

なんとか海面に軟着水できた彼だが、もはや戦闘力はない。頭上を飛んで行く敵の大群を、絶望的な目で見上げる。

と――その時だった。
急に、ウィンダムの編隊が乱れたと思ったその途端――目も眩むほどの閃光が、空を駆け抜ける。
逃げ遅れたウィンダムが何機もその光に飲み込まれ、爆発する。
この光、そしてこの破壊力。間違いない。最強クラスの威力を持つビーム兵器、陽電子砲の一撃――!

「あれは……ミネルバ! 勝利の女神が来てくれたのかッ!」

赤みがかかり始めた空の下、南から飛んでくるのは、そう、タンホイザーを展開したミネルバの姿。
さらにその左右のカタパルトから、2機の見慣れぬMSが飛び出してくる。
彼らはウィンダムの群れの中に飛び込んで――そして彼は、そこに待ち望んでいたヒーローの姿を見た。


「ウィンダムか。手強い機体だが、ネオ程のパイロットはそうそう居ないはずだ。やれますね、アスラン?」
「数が多い。俺が突っ込む。レイは……」
「大丈夫です。フォローは任せて下さい」

一瞬で作戦を決めると、アスランとレイは雲のように広がるウィンダムの隊列に突っ込んで行く。
∞ジャスティスのリフター、ファトゥム01が背中から分離して、翼を広げ機首を伸ばし――
その翼と機首に、ビームの刃が展開される。MS本体は、リフターの下側にぶら下がるような格好でとりついて。
そのまま、リフターごと体当たりするように切りかかる。赤い疾風が駆け抜ける。
あまりのスピードと迫力に、盾を構える間もなく次々と切り裂かれるウィンダム部隊。
なんとか盾でリフターの刃を受け止めた1機も、その衝撃に大きく体勢を崩して。
追い討ちのように放たれた、ビームの刃の張られたMS本体の蹴りを、避けきれない。綺麗に真っ二つにされる。

隊列の乱れたウィンダム隊は、それでもこの自殺志願まがいの突撃兵を仕留めんと、ライフルを構える。
だが彼らが引き金を引くよりも早く、彼らの側面からビームの嵐が襲い掛かる。正確無比な十数本のビーム。
レイの駆るレジェンド、その背中の円盤から突き出した6本の突起が前を向き、それぞれビームを放っていたのだ。
本来は射出してドラグーンとして使用するユニットなのだが、このように本体の固定武装として使うこともできる。
単体のMSとしては非常識なまでの大量同時射撃に、ウィンダムは次々に撃ち抜かれ、爆発する。

多勢に無勢であるにも関わらず、鬼神の如き奮戦を見せる2機のMS。無為に損害を増やすウィンダム隊。
その姿に、連合軍艦隊の側も、作戦の変更を考え始めていた――

425 :隻腕25話(07/18):2006/02/19(日) 11:33:04 ID:???
『……で、俺らの出番ってわけかァ? 情けねぇなァ、一般人って奴ァよ!』
『もー、ガルってばそういうこと言わない! 感じ悪いよッ☆』
『あーあ、可哀想だな、ザフトの連中。俺達を引っ張り出さなきゃ、もっと楽に死ねたのに』
『どっちにしたって、あいつらはあたしらの敵なんだ。全部やっつけるまでさ』

通信越しに会話を交わすのは、4人の若い男女。4人とも、肩当のついた独特のパイロットスーツを着ていて。
銀髪の青年あり、明るい少女あり、目つきの悪い小柄な青年あり、姐御肌の浅黒い少女あり。
そう……彼らはかつて、ロドニアのラボにいた4人である。それぞれに思い思いの感想を口にする。
そんな彼らの会話に、割り込む通信が1つ。

『おしゃべりはそこまでです、エクステンデッド04、05、06、07。新しい指令は理解しましたね』
『うーい。ダーボ・ダルチェ、了解だよ』
『いちいち確認すんな。視線恐怖症の臆病モンに言われなくても分かってるよ』
『だーかーらー、ロッティさんにそーゆーこと言わない方がいいと思うよー?』
『放っておきな、レイア。コイツはそういう口の利き方しかできないんだ』

防菌服に身を包んだ担当の女研究者は、相変わらず話を聞こうとしない彼らの様子に、溜息をついて。

『全くおかしな人たちですね。こんな風でも戦闘になれば急にしっかりするのですから。
 もう、さっさと出撃して、さっさと終らせてきてください――!』


「……ん? 何かあったのか?」

その異変を最初に察知したのは、敵の大群の真ん中で奮戦していたアスランだった。
左手の盾、そこに仕込まれたアンカーで補足した敵機を、右手のサーベルでぶった斬ってから、気付く。
次の犠牲者を探すが、手の届くところにはもう居ない。いつの間にか、足並みを揃えて後退していく。

「……敵が引く?」
「ウィンダムだけではないな。海上のユークリッドもだ」

低空にホバリングして並びながら、アスランとレイは目の前の光景に首を捻る。
文字通り潮が引くように、あれだけ大量に押し寄せてきていたウィンダム隊が下がっていく。
後には∞ジャスティスやレジェンド、そして何とか頑張っていた基地防衛隊のMSだけが取り残されて。
しかし――撤退、というには少しおかしい。敵の母艦そのものは、全く引こうとはしていない。

と――連合の艦隊、その中でも一際大きな1隻の空母に、動きが起こる。
空母の中心、大きなドーム状のハッチが開く。通常のMSにはいささか大きすぎる、巨大なハッチ。
そして、その中からせり上がり、姿を現したのは――

「で……デストロイ!? ヘブンズベースの他に、こっちにももう1機、用意していたのか?!」
「いや……どうやら、それどころの話ではなさそうですよ……!」

戦慄を隠せぬアスランの呟きに、レイが絶望的な声で応える。常に冷静な彼には珍しい、震える声。
見れば、目の前の空母の後方、同型の空母3隻の中からも、同じように黒い巨体がせり上がってきていて――!

そう、ウィンダムとユークリッドが引いたのは、これから起こるであろう圧倒的な破壊の巻き添えを避けるため。
かなり傾き赤みを帯びてきた太陽に照らされて、4機の巨大な怪物が海面に滑り出してゆく――!

426 :隻腕25話(08/18):2006/02/19(日) 11:34:10 ID:???

――日がだいぶ傾いた、海の上。
1隻の船が、静かに波の上を進んでいた。スケイルモーター技術を応用した、最新鋭の高速輸送艇である。
護衛の戦艦など一切つけず、しかしそれだけに相当なスピードで海を渡っていく。

そんな船の揺れる舳先に、1人の青年が立っていた。
口元に浮かぶのは、不敵な笑み。赤い服の裾が、黒い髪が、潮風に揺れる。

「……なんだか楽しそうだね」
「分かるか?」
「何が楽しいのかまでは、分からないけどね」

背後から声をかけたのは、小柄な少女。いやあるいは、その体格に見合う程の年なのだろうか?
緑の軍服。男物のズボン。ぶっきらぼうな口調。髪は後ろに高く纏め上げられ、見るからに動き易そうだ。

「匂いが、するんだ」
「におい?」
「戦場の匂いだ。俺の大好きな匂いだ。
 オイルのにおい。硝煙のにおい。焼ける鉄のにおい。
 血と、失禁と、ブチ撒けられたはらわたの臭いが入り混じった――そんな匂いだ」

青年は歌うように呟く。陶酔した口調で呟く。
こんな距離で、嗅覚で察知できるはずがない。Nジャマーの影響下とはいえ、レーダーもまだ利かぬ距離なのだ。
けれど、青年は確信を込めて言い切って。
夕陽に染まる甲板の上、太陽よりなお赤いその瞳で、虚空を見つめる。

「そろそろ準備をしておこうか。楽しい楽しい地獄が、俺たちを待っている――!」 


ウィンダム隊が引き、急にがらんとなった海上で。
夕陽の中、恐ろしいまでのビームの嵐が吹き荒れる。
翼を広げたディンが、グゥルに乗ったゲイツRが、海面から顔を出したグーンが、次々に撃ち抜かれる。
そんな中――空中で奮戦するMSが、2機。

「くッ……! あの腕、予想以上に厄介だッ……!」

海上に浮かぶデストロイに、果敢に接近をかける∞ジャスティス。
しかし、その進路を遮るように、左右から攻撃が浴びせ掛けられる。宙を舞う2本の腕だ。
咄嗟に突進を諦め、左手の盾で受ける。盾の表面に張られたビームシールドが、∞ジャスティスの身を覆う。
四方八方から襲いくる大火力の攻撃に、それ以上距離を詰めることができない。
苦し紛れに放ったビームライフルの一撃も、デストロイの張る陽電子リフレクターに、あっさりと弾かれる
あるいは体調が万全であれば、∞ジャスティスの機動力を最大限に使い、接近できたかもしれないが……

「近づけば……手の届く距離に入れば、なんとでもなるんだがッ……!」


427 :隻腕25話(09/18):2006/02/19(日) 11:35:04 ID:???

「見え見えだッ……! しかしッ……!」

一方、レイの駆るレジェンドの方は。
同じく身を捻りながら、襲い来るビームを避け続けるレジェンド。
どうやら彼には空中を舞う腕の動きが予測できるらしく、∞ジャスティスよりも多少は余裕が感じられる。
こちらも左右の手の甲にビームシールドを展開し、最小限の動きで距離を詰める。
しかし……彼のレジェンドには、デストロイに対する有効な武器が、ない。
先ほどウィンダムに対して圧倒的な威力を見せたドラグーン砲の一斉射撃も、全てリフレクターに弾かれる。

「だが、あのリフレクターがユークリッドと同じ性質のものなら……!」

両腕の猛攻を掻い潜った彼は、デストロイ本体から攻撃が放たれるよりも速く、手から光る短槍を投擲する。
デファイアント改、ビームジャベリン。レジェンドの脚部に収納されている、ビームサーベル兼用の武器だ。
それはレイの目論見通り、一瞬リフレクターと干渉して火花を散らし、そのまま光の壁を突破する。だが……

「……! まるで応えてないッ……!」

コクピットを狙ったその投擲は、僅かにズレてデストロイの脇腹に突き刺さる。
しかし、見たところ何のダメージも感じさせない。まるで動きは衰えない。
……言ってみれば、巨象に針を突き立てたようなものだ。
この巨大MS、決して強力とは言えないジャベリン程度では、よほど上手く急所を狙わぬ限り仕留められない。
レイの端整な顔が、思わず歪む。


有効打のない戦闘、それでも諦めずに奮戦を続ける∞ジャスティスとレジェンド。
4機のデストロイのうち、2機がこれに足止めされる格好になっていたが――しかし、残る2機は。
他のザフトのMS、基地の防衛隊を蹴散らしながら、さらに前進する。
前進して、ザフト側の艦隊、ミネルバ、そしてその向こうのカーペンタリア基地へと近づく。

「ど、どうします艦長! こ、こっち来ますよ!」

慌てるアーサー。ギリッ、とタリアは奥歯を噛み締める。悩んだのは一瞬、彼女は決断を下す。

「……タンホイザー起動! 目標、接近するデストロイ!」
「えええッ!? で、でも、あいつらには……」
「利かないだろうことは分かってるわ! でも、リフレクターで防御している間は、足が止まる!
 少しでも多く時間を稼げば、アスランとレイが間に合ってくれるかもしれない……だから、急いで!」

ミネルバ艦首の陽電子砲・タンホイザーが、再び顔を現す。
ウィンダム隊を蹴散らした時と同様、すさまじい光量のビームが撃ち放たれる。
対して、接近してくるデストロイたちは……陽電子砲着弾の直前、2機が急に寄り添うように接近して――
タンホイザーとリフレクターがぶつかり合い、激しい光が起きる。海水が蒸発し、視界を遮る。

やがて、閃光と爆煙が晴れた後には……
防御姿勢を取り、陽電子リフレクターを大きく展開していた1機のデストロイと。
その影に隠れ、円盤の上、4本の馬鹿でかいビーム砲の発射態勢を整えた、MA形態のもう1機。
1機が盾になることで、もう1機は悠々と攻撃準備をしていたのだ。まるで足止めの役に、立ってない。

428 :隻腕25話(10/18):2006/02/19(日) 11:36:04 ID:???

「…………ッ!」

デストロイの身長そのものにも匹敵するほどの、巨大なビーム砲4門。
その黒い巨体に過剰に搭載された火器の中でも、とりわけ威力の高い武器。
当初連合側がデストロイを温存しようとしたのも、これをカーペンタリア基地に直接叩き込みたかったため。
そんな、戦術レベルからいささかはみ出したような巨砲が、ゆっくりとチャージされ、光があふれ出す。
目標――陽電子砲を抱える最も厄介な戦艦、ミネルバ。

「悪いな、スティング……! ステラとアウルの仇は、俺がここで取っちまうぜェ!」

デストロイの中、エクステンデッド04、ガル・ゼファンが壊れた笑みを浮かべる。
この距離、この状況でミネルバを外すことは有り得ない。そして当たれば一発で沈めることができる。
目の前で盾になってくれた仲間、もう1機のデストロイが射線から避けるのを確認し、彼は引き金を――!


「……フン。やらせるかよ」

それは、唐突に。
今まさに放たれんとしていた、デストロイの4連装ビーム砲。
それが――爆発する。
はるか遠く、誰も予想していなかった方向から飛んで来た、細くも強力なビームに撃ち抜かれ、爆発する。
当然、ミネルバに攻撃が放たれることはなく。巨砲を撃ち抜かれたデストロイは、大きくバランスを崩す。

「……なッ!?」
「誰だ!? どこから!?」

腰を抜かしたアーサーが、覚悟を決めかけていたタリアが、事態を把握しきれていないアビーが。
それぞれ、自分たちを救ってくれた者の姿を探す。
北に向いて布陣していた自分たちの、左側から飛んで来たビーム。しかしそちらには友軍も敵軍もいないはず。
大海原の広がる西の方角に、光学カメラが向けられる。見上げたモニタの中に、大きくズームアップされる。


――そして彼らは、見た。
今まさに水平線に沈もうとする夕陽をバックに、近づく一隻の高速輸送艇。
甲板の上、燃える太陽の中に威風堂々立っている、2つのシルエット。

1つは力強い人型の影。背中には大きな翼を畳んでいるらしい。
1つはその足元に、忠実な犬のように従う四足獣の姿。
人型の方の左脇には、ケタ外れに長い銃が抱えられているのが分かる。
……まさか、こんな超遠距離から狙撃を成功させたとでも言うのだろうか? こんな常識外れの距離から?

誰もが唖然とする中――新たに現れた2機は、それぞれ翼を広げて、輸送艇を蹴る。
海の向こうに沈み行く太陽の最後の光に照らされた、その姿は……

「あれは――ガイア?! しかし前とは色が違う……それに、空を飛べるとは……!」
「それに、あのもう1機は、一体……!?」


429 :隻腕25話(11/18):2006/02/19(日) 11:37:17 ID:???

「あれは……!」

4機のデストロイの内の1機と向き合うアスランも、その乱入者の姿に、驚きを隠せなかった。
あのMSに、見覚えがある。
白いボディ、青い肩、赤と黒の翼……色こそ初めて見るものの、そのラインは間違いない。

 『確かに、出来上がったモビルスーツは最強だった。あらゆる距離に対応でき、あらゆる戦闘が可能だった』

脳裏に、デュランダルの説明が蘇る。
先ほどの超遠距離狙撃は、明らかに砲戦専用MSにも匹敵する……あるいは、並みの専用機を遥かに超える。
急速に距離を縮めるそのスピードは、まるっきり空戦専用機。
そして、その速度を維持したまま、背中のウエポンラックから抜き放ったのは……MSの身長を越える程の大剣。

背中のビーム砲を失ったデストロイが、この生意気な乱入者に向き合い、迎え撃つ。
両腕が外れ宙を舞い、10本の指からビームを放つ。
しかし……大剣を構えたMSの翼から、赤い光の粒子が飛び散って。
暮れ行く海の上、光り輝きながら回避する。まるで残像が見えるかのような、激しい動き。いや――

「いや――目の錯覚、ではないのか?! これは……ミラージュコロイド!?」

それは完全に姿を消すミラージュコロイド・ステルスを、裏返して逆向きに使った新技術。
空中に残像が……いや、分身が無数に出現する。センサーでも肉眼でもまるで見分けのつかない、十数機のMS。
標的を決めかねているデストロイを嘲るように、その分身は一斉に剣を振り上げて――
そのうちの1機が、デストロイの片腕を空中で叩き斬る。攻撃が当たって、初めて「本物」が分かる。

「高機動戦闘も接近戦も、強いということか……しかし……!」

 『けれども――それに対応できるパイロットが居なかった。乗り手がついていけなかった』

「一体、誰が乗っているんだ!?」

アスランは絶句する。機体性能もさることながら、それを存分に活かしてみせる乗り手の技量に圧倒される。
どこかで見たことのある戦い方のような気もしたが……しかし、そいつはこんなに強かっただろうか?


「ZGMF−X42S『デスティニー』……ということは、乗っているのはアイツか」

アスランと同様、レイの視線も新たな援軍に釘付けだ。
『運命』、それはあのMSの名前。ギルバート・デュランダルの祈りを込めた名前。
そして、それが今ここにあるということは……

「思ったより、早い仕上がりだな。これほど心強い仲間もない……!」

デストロイの片腕を叩き斬った「デスティニー」は、光の翼を広げ、デストロイ本体へと肉薄する。
その姿を遠目に眺めながら……レイは、『彼』の勝利を確信した。


430 :隻腕25話(12/18):2006/02/19(日) 11:38:33 ID:???

「な……何なんだよ、コイツは!」

片腕を失い、背中の4連装砲を失ったデストロイの中で――銀髪の青年ガル・ゼファンは混乱していた。
デストロイは、最強のMSのはずだ。何よりも強いはずだ。
未完成だった1号機のステラこそ接近され過ぎて倒れたが、この完全版のデストロイにはそんな欠点はない。
なのに――

「なんなんだ、お前はァ! このデストロイが、怖くないのかッ……!?」

空中に浮かぶデスティニーの分身、その全てを薙ぎ払う勢いで攻撃を加えるデストロイ。
けれど、光の翼を広げたデスティニーの動きは、まるで衰えず……
なんと、分身ごと全ての攻撃を避けてしまう。中のパイロットが持つとは思えぬ、信じられない動き。

デストロイの顔のすぐ近くまで、デスティニーが迫る。
すっかり陽も落ち、急速に暗くなっていく海の上、しかし敵MSの顔は光の翼に照らされ、はっきり見える。
血涙を流しているような――あるいは、道化師のような、赤いラインの入ったガンダムタイプの顔。
この状況でその顔は、どんな悪魔よりも恐ろしい。
その悪魔が、何も持たぬその掌を、デストロイの顔面に向かって突き出す。
光る掌が、デストロイの巨大な顔面を鷲掴みにして――爆音と共に、その頭部を吹き飛ばす。
パルマ・フィオキーナ。ゼロ距離で放つことを前提として作られ、掌に仕込まれたビーム砲……!

メインカメラが吹き飛び視界を奪われたガルは、顔を引き攣らせる。
つい先ほどまでは、敵を狩り立てる側だった彼。恐怖を与える立場だった彼。今やその立場は全く逆転して。
いつものテンションの高さも口の悪さもすっかり吹き飛んで、彼の素顔が剥き出しになる。

『怖いのか……? 死ぬのが、怖いのか……?』

――声が聞こえる。悪魔の声だ。
乱れるモニタの片隅、サブカメラの捉えた映像に、光の翼を広げ巨大な剣を構えた悪魔が映る。
相変わらず無数の分身を従え、どれが本物かまるで見分けがつかない。

『生きる目標もなく、背負う物もなく、ただ死を厭うだけのお前が、怖いのか……?』
「あ、あ、あ……!」
『ヒドい人生だったんだろ? 同情するよ。共感するよ。お前がここで死なねばならぬ理由なんて、何もない』
「え……?」

あまりに意外な、通信越しの悪魔の言葉。恐怖に歪む青年の表情が、一瞬弛緩する。
しかし次の瞬間――デストロイのボディに衝撃が走る。
モニタを突き破りコクピットハッチを突き破り、ガルの身体に直接巨大な刃が迫り来る。悪魔が彼を嘲り笑う。

『だが――死ね。
 理由はないが、死ね。意味もなく死ね。ここで死ねとにかく死ね!
 無念と苦痛と絶望と敗北を噛み締めながら、己の運命を呪って死んでゆけ!!』
「い……いやだぁぁぁぁぁッ!?」

彼の悲鳴は、巨大な対艦刀アロンダイトに断ち切られ――
コクピットを大剣に貫かれたデストロイは、デスティニーが蹴るようにして離れた直後に、爆発した。

431 :隻腕25話(13/18):2006/02/19(日) 11:39:29 ID:???

デスティニーの信じられない強さに、残るデストロイ3機、そして背後に控えるウィンダム隊にも動揺が走る。
彼らとて、デストロイが無敵とまでは思っていない。ひょっとしたら被弾や撃墜もありえるか、とは思っていた。
だが――いくらなんでも、こんなにあっさりと倒されてしまうとは――

そして――アスランもレイも、その隙を見逃すような甘い兵士ではない。
もちろんデスティニーの活躍は気になったが、すぐに頭を切り替えて目の前の敵に挑む。

「要するに……幻惑できればいいんだなッ!」

アスランは叫ぶと、リフターを切り離し、単身突進させる。今度はMS本体はぶら下がらずにその場に残る。
ファトゥム01は、ビームの刃をその機首に突き出し、真っ直ぐデストロイ本体に突っ込んでゆく。
そのあまりに直線的な動きに、デストロイの両腕が向かい来るリフターを打ち落とそうとするが……

「……そこだッ!」

ビームがリフターを撃ち抜く寸前、後方に残った∞ジャスティスが、左手の盾のアンカーを放つ。
グラップルスティンガー、本来は敵を捉えるためのワイヤー付きの牙が、ファトゥム01を捕まえて……
後ろから急ブレーキをかけ、デストロイのビームを避けさせる。避けさせると同時に、その進路を大きく変える。
そのまま∞ジャスティス本体が、大きくリフターを振り回し……宙に浮くデストロイの片腕に、叩き付ける。
リフターは巨大な腕を貫通し両断し、再び∞ジャスティスの背中に戻る。奇策の成功に、彼は小さく喝采を上げる。

「まずは、腕1本! この調子で……!」


「なるほど、まずは腕からというわけか。むしろその方が良策か」

アスランの奇策を横目に見て、レイも唇の端に笑みを浮かべる。
再び背中の6本のドラグーンを砲撃体勢にし、デストロイに叩き付けるレジェンド。
当然、デストロイはリフレクターを展開し、ビームのシャワーは弾かれるが……その瞬間、本体の攻撃は止まる。

「今だッ!」

レイの短い叫びと共に、レジェンドのバックパック、上に突き出した2本の円錐が射出される。
レジェンドの切り札、大型ドラグーン。推力が高いので地上でも使えるが、しかし動きが大幅に制限される。
制限されるが……しかし、この状況なら。
それぞれの円錐の頂点に、光る刃が伸びる。大型ドラグーンだけが持つ武装、ビームスパイクだ。
高い空間把握能力を活かし、敵の腕の動きを読み、ドラグーンを突っ込ませる。
見事に2基が2基とも、それぞれにデストロイの腕を貫通し……空中で大爆発。敵の両腕を奪う。

「あとは……本体を残すのみか」

レイはレジェンドの持っていたライフルを背中に戻すと、開いた右手にビームサーベルを握らせる。
2本装備されているうち、1本は投げてしまったのでこれが最後の1本。
先ほど放った大型ドラグーンも、地上では片道通行、事実上の使い捨て。あとは肉薄して決着を図るのみ。
すっかり闇に覆われた海の上、レジェンドは光の剣と光の盾を手に、両腕を失った黒き巨人に突撃する。


432 :隻腕25話(14/18):2006/02/19(日) 11:40:40 ID:???

「レイア、サニィー! ここは一旦引くんだ!」
「でもダーボ、引くって言っても……!」

デスティニー相手に防戦一方になりながら、エクステンデッド06、ダーボ・ダルチェは仲間に撤退を促す。
デスティニーは分身で幻惑しつつ、平面的なリフレクターを回り込むようにしてビームライフルを放ってくる。
防ぎきれずに何発も被弾し、大きく体勢を崩しながらも、ダーボはなおもその場に踏みとどまる。

「2人だって腕壊されてるだろうがッ! 俺だってこの化け物相手じゃ、そう長くは持たないぞ!」

∞ジャスティスとレジェンド相手に防戦一方となった2機、ここにデスティニーまで加われば勝ち目はない。
ダーボの言葉に、∞ジャスティスの相手をしていたサニィーは下唇を噛む。

「……仕方ない、一旦撤退させてもらうよ! アンタもキリを見て逃げな、ダーボ!」
「ううッ、ごめんねぇ……!」

しんがりを務める格好となったダーボを心配するサニィー、悔し涙に顔を歪めるレイア。
2人が後退を始めたのを見て、彼は覚悟を決めて笑う。ラインの入ったボーズ頭から汗が一筋、顔に伝う。
と――そんなダーボのコクピットに、唐突に通信が入る。
目の前の敵、光の翼を広げたデスティニーからの声。地の底から湧き上がるような、そんな声。

『……優しいなァ。
 好き好んで人間辞めたはずの『エクステンデッド』のくせに、やけに人間臭いじゃないか』
「……!? な、なんでそれを……」

デスティニーの言葉に、ダーボは驚く。
何かと誤解されやすい彼の本質を見抜いたこともさることながら、強化のことも知ってるとは……?
動揺する彼に、デスティニーは攻撃を続ける。動きはやや遅くなり、分身の数も減らしながらも、射撃を続ける。

『知らないわけがないだろう? だって俺たちは……同類なんだから』
「ど、同類……俺たち?」
『そう、『俺たち』だ』

ニヤリと笑う、デスティニーのパイロット。妙に強調された、一人称の複数形。
ダーボがその意味に気付くよりも先に――デスティニーの分身の1つが、急に乱れる。
ミラージュコロイドの幻を突き破って出現したのは、真っ赤な別のMS。すっかり忘れていたもう1機。

「が、ガイア!? いつの間に……!」

完全な不意打ち、そして唐突に変化した動き。ダーボは咄嗟に胸のビーム臼砲で迎え撃とうとするが、もう遅い。
赤いガイアは空中で四足獣となって身を捻り、拡散するビームを避けると、そのままデストロイの肩に飛び乗る。
飛び乗ると同時に、ビームの張られた翼が一閃。デストロイの頭部が、腕が、背中の円盤が斬り飛ばされる。
そして視界を失い混乱する彼の機体の腹に、いつの間にか接近していたデスティニーが、その掌を押し当て……

『優しさを抱いたまま……人間らしさを抱いたまま、地獄に落ちろ!』
「――――!!」

ゼロ距離からの、パルマ・フィオキーナ一閃。ダーボ・ダルチェの意識は、光の中に蒸発して消えた。

433 :隻腕25話(15/18):2006/02/19(日) 11:42:07 ID:???

――カーペンタリア湾に、静けさが戻る。
切り札である4機のデストロイのうち、2機を失い2機を中破させられた連合軍は、そのまま撤退に入った。
残された大量のウィンダムを展開して反撃する手も、ないわけではなかったが――既に心が折れていたのだ
デストロイ2機を軽々と倒してしまった恐るべき悪魔、デスティニーの姿の前に、戦意を維持できなかった。

対するザフト側も、これを追撃できるだけの余力は残っていない。
あるいはひょっとすると、デスティニーなら追い討ちできたのかもしれないが……しかし、彼は追おうとはせず。
赤い光の翼を広げ、遁走に入る連合軍艦隊を見送りながら、彼は邪悪な笑みを浮かべる。

「……今は逃げるがいいさ。どうせすぐにまた会えるんだ、この場は見逃してやる――!」


すっかり暗闇に包まれたカーペンタリア基地に、ミネルバが帰還する。
この非常事態の中、基地に錨を下ろすことなく素通りしたから、帰還というのは少しおかしい表現かもしれない。
ともあれ、ようやく彼らは基地に着き、一息つく。ミネルバのすぐ近くに∞ジャスティスとレジェンドも着地。
愛機から降りヘルメットを取り、アスランとレイは疲れた顔を見合わせる。
ミネルバから降りてきたクルーたちが、彼らの奮闘を讃えんと、駆け寄ってくる。

と――そんな彼らの頭上を駆け抜ける2つの影。彼らは揃って頭上を見上げる。
デスティニーと、赤いガイア。2機のMSは、一旦上空を通り過ぎた後、大きく弧を描いて引き返してくる。
∞ジャスティスとレジェンドに向き合うように、ミネルバのすぐ近くにゆっくりと着地する。

「な……? どういうことなんだ……?」
「挨拶、ということでしょうね」

助けては貰ったがまるで事態の飲み込めていないアスラン。何やら知っている様子のレイ。
アスランが彼に問いかけるよりも先に、デスティニーとガイアのコクピットハッチが開く。
そして、昇降用ワイヤーで降りてきた、2人の人物は……!

「どうかしましたか? 俺たちの顔、まさか忘れちゃいないですよね?」
「お久しぶりです。こんなのに乗ってるから、驚かせちゃったかな」

聞き覚えのある声。いや、しかし、まさかこの2人が……?
ヘルメットを取り、2人はアスランたちの所に歩み寄る。基地の照明が、彼らの顔をしっかりと照らす。
黒髪の青年。髪を纏め上げた少女。どちらの顔にも、自信に満ちた不敵な笑みが浮かんでいる。
そして、青年の胸には――特務隊『フェイス』の証である、鳥の羽を模したような徽章が光る。

「……シン! それに、コニール! お前たちッ……!?」
「相手がデストロイだったから、もっと楽しめるかと思ったんですがね。だいぶ拍子抜けだ」

アスランは、何も言葉が出ない。質問したいことは山ほどあるのに、どれから聞いて良いのか分からない。
そんなアスランたちに、シンは自信に満ちた口調で、名乗りを上げた。

「――そういえば、自己紹介がまだでしたね。
 特務隊『フェイス』所属、『デスティニー』パイロット、シン・アスカ。
 アスカ隊隊員、『ガイアR』パイロット、コニール・アルメタ。
 以上2名――議長特命により、今日この時より、戦艦ミネルバに配属となりました。どうぞよろしく――!」

434 :隻腕25話(16/18):2006/02/19(日) 11:43:03 ID:???

――窓の外に、広がるオアシスと砂漠の光景。すっかり暗くなった空。
オアシスの街の夜はどこまでも静かで平穏で、この地上のどこかで戦争をしているとは思えぬ程だ。

「なるほどな――苦労をかけたな、アマギ」
「いえ、我らの力不足で、未だこのようなところで足踏みを……」
「いやいや、ここにこうして居られるだけでも、まだ幸いだったよ」

ベッドの上、長い長い話を聞き終えたカガリは、アマギたちの労をねぎらった。
申し訳なさそうに身を縮こめるアマギたちに、カガリは優しく微笑む。
もっとも……カガリの手には小さな鉄アレイが握られ、早くもリハビリの運動をしながら、ではあったのだが。

今カガリがいるこの病院、そしてその病院を含めたオアシスの街は――中東はムスリム会議に属する、とある都市。
一応は国を名乗るムスリム会議であったが、その内情は決して一枚岩でないことは既に述べた通り。
歴史的に根の深い対立が再び火を噴き、連合寄り勢力とザフト寄り勢力との間で激しい国内対立が起きている。
しかし、中には――そのどちらにもつかず、独自の路線を行こうとする少数勢力も存在する。
このオアシスの街は、そんな「中立路線」を行く勢力の支配下にあるのだった。

石油が主要なエネルギー源の地位を追われて久しいCE70年代ではあったが。
未だに細々と、一部の化学工業の原料として使われており、この国の有力な収入源となっていた。
特にこの街の近くから湧く石油は、工業国であるオーブにも多く輸出。昔から友好関係が築かれていた。
この街の一帯は「中立勢力」というより、むしろ「オーブ寄り」と呼んでも差し支えないのだ。

あの、スパリゾートでの馬鹿騒ぎの後――
連合軍との関係に懸念を抱いていたトダカ一佐は、万が一に備え、アマギ一尉に極秘の任務を命じた。
オーブ軍に何かがあった際、逃げ込んで身を隠せる場所の確保である。
例えばタケミカズチが沈んだ場合……スエズの連合軍が、真摯に捜索活動をしてくれるとは到底思えなかった。
むしろ基地司令から露骨に嫌われていたカガリだ。好機とばかりに、抹殺される危険すらあった。

そして実際、スエズ攻防戦の中、オーブ軍は見捨てられ――
撃墜され負傷したカガリを抱え、アマギとその少数の部下たちは、退艦命令の出たタケミカズチを後にした。
連合軍に助けを求めるわけには行かない。ザフト軍に捕らわれるわけにも行かない。
彼らは混乱続くスエズ一帯から密かに抜け出し、予め渡りをつけておいたこの街に逃げ込んだのだ。

「後で、この地の有力者の方々に、お礼を述べねばならないな――
 匿ってくれたこと、治療をしてくれたこと、そして、秘密を守ってくれたことについて」

親オーブ地域と言っても、彼らが慕っていたのはかつてのウズミ、そしてその後を継ぐカガリだった。
連合べったりの態度を露骨に示すセイラン家、及びその支配下にある「今のオーブ」ではない。
彼らはカガリたちを受け入れ、カガリに最高の治療を施し、そして、彼女たちを連合・ザフト双方の目から隠した。
オーブ本国からも、隠し通した。


435 :隻腕25話(17/18):2006/02/19(日) 11:44:03 ID:???

「本当は、本国の信頼できる者たちにだけでも、カガリ様の御無事を知らせようとしたのですが……
 なにぶん、我々は軍人。そのような方策には長けてはおらず……。
 まかり間違って国賊ウナトに嗅ぎ付けられてしまえば、暗殺などの手が伸びる恐れもあったもので」
「確かにな。ユウナは信頼できるとは思うが、聞いた限りではアイツも実権を奪われているようだし……」

カガリは考え込む。
一刻も早く国に帰り、実権を取り戻したかった。ウナトの暴走を止め、間違った方向に進む国を止めたかった。
けれど、ここからオーブまでの道のりには、連合・ザフト双方の勢力圏が延々と広がっている。
そして下手な手を使えば、自分の無事が伝わる前に、ウナトに察知される危険もある。
八方塞りの中、これまでアマギたちが動けなかったのも致し方ないだろう。

「そうだな――ここは『プロ』の力を借りるか」
「……プロ、とは?」
「アマギ――連絡を取って欲しい相手がいる。今の居場所は分からんが、探せばきっと見つかるはずだ。
 彼らならウナトにもマークされていないだろうし、彼らを使えばおそらくは――!」



――相変わらず、窓の外には雪が舞う。夜空の下、白い花びらのように舞い踊る。
ラクスの「予言」を受けてなお、マユは1人、考え続ける。
雪の中の温室で椅子に座り、アンディの入れたコーヒーを時折啜りながら、考え続ける。

本当は――今すぐにでも国に帰りたかった。
帰って、ラクスの言った危機に備えたかった。
心配しているであろうユウナを安心させ、ムラサメでもM1でもいいからMSを用意して、守りにつきたかった。

けれど――
マユの中で何かが、それを押し留めた。拙速に走ることを許さなかった。
彼女を躊躇わせたもの、それは……

「同じ過ちを、繰り返すわけにはいかない……。
 今このまま戻ったら、あたしはまた……」

ベルリンを始めとする、凍てついた街々での戦い。デストロイでの圧倒的な破壊を、無感情な目で眺めた自分。
今思い返しても、あの頃の自分の言動が信じられない。
なぜ、自分はあのような状態になったのか。あんなところに堕ちてしまったのか。
それを、はっきりさせないことには――

窓の外には雪景色。淡々と降り続く雪。
その単調な光景に、マユの記憶が無秩序に湧き上がり、目の前にちらつく。
ユニウスセブン。ミーア誘拐。スエズ基地。ガルナハン。スエズ沖。ベルリン……


436 :隻腕25話(18/18):2006/02/19(日) 11:45:12 ID:???

 『偽りの平和で、何故笑える! 何故敵と手を取り合えるか、偽善者どもめ!』
 『見てください、この非道の数々を!』
 『本当に欲しいのは、『ラクス・クラインが襲撃された』という事実の方でね
  これでビビって活動を自粛でもしてくれるなら、連合側としては十分ってこと』
 『コーディかよ、この糞ガキ! お前らさえ、最初からいなければ……!』
 『なんであんたらはこんなことできるッ!
  あたしたちは、単に生まれ育った場所で、平和に暮らしたいだけなのにッ! なのに、何故ッ!』
 『そう、我らの真の敵の名は――『ロゴス』!』
 『別に、いいんじゃない。恐怖を伝える者も、必要だよ』
 『オーブを守る、ためなんだから。オーブを焼かない、ためなんだから』
 『あなたのせいで……みんな死んだ! あなたに殺されたッ! あなたのせいでぇぇぇッ!』

いくつもの声が、マユの中で蘇る。ある声は誰かが言った言葉、ある声は自分が放った言葉。
この雪の中の屋敷で目覚めてから、何度も思い返した戦いの記憶。その中で、特に繰り返し蘇ってくる声。

「……怒り……憎しみ……その根っこにあるもの……。ああ、そうか……そういうことか……!」

微妙に焦点の合わぬ目で、マユは呟く。彼女はとうとう辿り着く。彼女の過ちの根源。
天を見上げた彼女の目から、涙が1筋、溢れ出す。

「……ようやく、分かった。やっと、見えた。
 あたしの間違い。あたしが間違えた理由。
 そして、あたしが戦うべきものが――分かった気が、する……!」

きりりと締まったマユの横顔。そこにはもはや、迷いはない。憂いもない。
すっきりした表情で、夜空を見上げる。

「帰ろう、オーブへ。どこまでできるかは分からないけれど、できる限りのことをするために――!」



――夜のカーペンタリア基地。
照明に照らされ、ミネルバの中に搬入されるデスティニーとガイアを、シンとコニールが見守っていた。
シンは不敵な笑みを浮かべたまま、夜空を仰ぐ。その横顔を、コニールが不思議そうに見上げる。

「……楽しそうだね」
「またすぐに戦いになるからな。顔も綻ぶさ」
「戦いになる? でも敵は撃退しちゃったし、向こうに続けざまに攻撃する元気なんて……」
「だったらこっちから行くまでだ。上の方もそう判断するだろうよ」

シンの顔は、実に楽しそうで。狂気に満ちた笑顔を、隠そうともせずに呟く。

「次は、オーブだ。連合に喜んで尻尾振る、腐りきったあの国だ――!」



                      第二十六話 『 黄金の意思 』 につづく