- 262 :1/14:2005/09/16(金) 00:10:58 ID:???
コズミック・イラ70年……。
地球連合軍によるユニウスセブンへの核攻撃、『血のバレンタイン』の悲劇。
この事件を契機に、地球連合軍とザフト軍は全面戦争に突入した。
長引く戦争は両軍の過激化を招き、やがて世界を二分していく。
長らく中立を保ち、また中立を標榜してきたオーブ。
しかしその『中立』という態度こそが、焦る連合軍にとっては許しがたいものとなり――
CE71年6月15日、ついに、連合軍によるオーブ侵攻が開始された。
――沖合いに居並ぶ戦艦。襲い来るストライクダガー。迎撃するM1アストレイ。
閃光と爆音が飛び交い、あちらこちらに火の手が挙がる。
オノゴロ島は、揺れていた。
そんな激しい混乱の中で。
山の中、港に向け避難する家族の姿があった。
先導する兄。幼い娘の手を引く母親。後ろを気にする父親。
眼下の港では、避難用の船に、一般市民が列を成して乗り込み始めている。
さらに急ぐ一家。
と、栗色の髪の少女のポーチから、ピンク色の携帯電話が転がり落ちる。
「あー! マユの携帯!」
「そんなのいいから!」
「いやー!」
崖下に手を伸ばす少女。引き止める母親。足を止める父親に、引き返してくる兄。
――と、少女は、何かの気配を感じ、ふと顔を挙げた。
こちらに駆けてくる兄の向こう。落下するように近づく一機のMS。
それは、一家の頭上で羽根を広げて、急停止。
鋭角に進路を変えて飛び去った、その瞬間――
閃光が。巨大な砲を背負った重MSの殺意が。衝撃が。
翼持つMSのいた場所に、そしてその先にいた一家の方に、飛んできて――
- 263 :2/14:2005/09/16(金) 00:11:49 ID:???
「……それで? 君のご家族は?」
「両親は……バラバラで。お兄ちゃんは……クレーターだけ残して、跡形もなくて。
遠くに……あたしの腕が、転がってて……」
日の暮れたオノゴロ島の、軍施設の一室。
警察の取調室にも似た、殺風景な部屋の中で。マユは促されるままに己の過去を語っていた。
マユと向き合い、目の前で話を聞いているのは、白髪交じりの髪もダンディな優しい老紳士。
軍服をきっちり着こなし数多くの勲章をつけてはいたが、高圧的な雰囲気は全く感じられない。
慈愛に満ちた微笑みに励まされ、マユはさらに言葉を続ける。
少し離れた机では、無口な兵士が黙々と会話を記録している。
「……結局、あたしは乗るはずだった避難船に、乗り損ねました。
発見されたのは、1日目の戦闘が終わった後で……」
「ふむ……」
「……後から聞いた話ですが、命が助かったのも奇跡、みたいな怪我だったそうです。
半分生き埋めになってたのが、かえって良かった、って。
手を押しつぶした岩が、逆に出血を押さえてくれた、って。
でも、手術まで時間が経ちすぎたから、千切れた手は諦めるしかなかった、って……」
辛い思い出がありありと蘇り、マユは俯いて震えだす。
尋問役を勤めるオーブ軍人・トダカは、小さな肩をポンポンと叩き、慰める。
蛍光灯の照明の下、白手袋を外された右手――金属の輝き持つ精巧な義手の上に、涙が落ちる――
マユ ――隻腕の少女――
第三話 『辿りし道』
- 264 :3/14:2005/09/16(金) 00:12:41 ID:???
「どういうことだ、ユウナ・ロマ・セイラン! フリーダムを拘束したとは――」
「キミにどうこう言われる筋合いはないよ、キサカ。ボクは自分の仕事を果たしただけだ」
「しかし、カガリが不在の今、こんな――!」
「それより、ちょうど良かった。後ほど正式な命令は回しておくけどさ――
レドニル・キサカ一佐。キミに大至急取り掛かって欲しいことがある」
「大至急――だと?」
「キミが艦長やってるあの艦(ふね)、クサナギね。いつでも出れるようにしておいて」
「……クサナギを? 一体何のために?」
「それはボクにも分からない。今は見当もつかないが――きっと、遠からず必要になるハズさ。
だから頼むよ、すぐにでも宇宙(そら)に上がれる準備だけは、しておいてくれたまえ――」
――オーブを脱出するクサナギの映像――それを少女が見たのは、病院のベッドの上だった。
回収され、緊急手術を受け、目が覚めて――病室のテレビで、流されていた実況。
なおも続く戦闘をよそに、煙の尾を引いて宇宙(そら)に上がっていく一本の剣。
自分たちを見捨てて、逃げる兵。捕まって飛んでいく、フリーダムとジャスティス。
ベッドの上に起き上がり、TVに視線を向けた、そのままの姿勢で。
左手が、右肩から順に腕をなぞり――包帯を越えて、途中で止まる。
それ以上、なぞりようがない。右腕が、途中から、ない。
改めて厳しい現実に直面した少女の顔には――しかし、動揺はない。
驚きもない。哀しみもない。怒りもない。悲嘆もない。笑いもない。喜びもない。
なんにも、ない。
感情全てが鈍磨しきった様子で、ボーッとTVの映像を眺めている――
「マユ・アスカ、先の大戦で両親を失った戦災孤児、ね――。
痛々しい話だけどさ。どっかの施設で引き取れなかったの? そういう子って?」
「記録の上では――国立病院を退院後、孤児院に収容されています。
ただ、どうやら本人が脱走してしまったようですね」
「ふーん。ボクたちが頑張っても、そーゆー子が出ちゃうのは仕方ないのかねェ。
ボクらだってそれなりに、福祉政策とか施設の建設とか、養子縁組の斡旋とかやってるのに」
「ユウナ様が責任を感じられる必要はありませんよ。恐らく彼女の方に問題があったのでしょう。
なにしろ彼女を受け入れたというマルキオ導師の孤児院。悪い評判は聞きませんから――」
- 265 :4/14:2005/09/16(金) 00:13:26 ID:???
――オノゴロ島の戦闘から、1ヶ月後。
表情を失った少女は、盲目の導師の祈りの庭にいた。
周りの子供達がはしゃぎ、笑い、遊んで走り回る、そんな海辺の孤児院で。
一人その輪から離れた彼女は、ベランダの縁に腰掛け、黙って海を見つめている。
彼女の隣では、座る者もないロッキングチェアが、風が吹くたびキィキィと音を立てる。
死人のような無感動な顔で、ただ左手にピンクの携帯を握り締め、海を眺める隻腕の少女――
そんな彼女を、盲目の導師は離れたところから見守っていた。閉じられたままの目で。
顎に手を当て、何やら思案する。
……ある日の夕食の後、導師は少女を呼び寄せる。
相変わらず人形のように無表情な彼女に、導師は棒状の何かを差し出す。
それは――小さな義手。神経接続技術を応用した、精巧な最新技術の塊。
導師に呼ばれて出てきたジャンク屋らしき男が、カチャカチャと弄り、少女に合わせて微調整を施す。
やがて――新たな腕は、少女の右手の断端にしっかりと取り付けられ。
驚いて目を見開く少女の前で、手を開き、閉じ、肘を曲げ、伸ばし。
生身の腕と同じように動くソレに、取り囲む子供たちから歓声が上がる。
自分の意のままに動かせる、新しい右手。
ようやく、少女の表情が――口元だけが微かに緩み、小さな笑みを形作った。
「……緊急記者会見の準備、できてる?」
「もう既に。あとはユウナ様だけです」
「最新の被害報告、見せて。何人死んでる?」
「現時点では、軍人が14名、民間人が3名。まだ少し増えるかもしれません」
「案外少ないね。フリーダム様のお陰かね」
「あの、それですがユウナ様。あの機体については、どう発表なさるおつもりで?」
「オーブ軍ってトコだけ認めて、詳しい話聞かれたら軍事機密と言って逃げるさ。
フリーダムに関する緘口令、ちゃんと全軍に行き渡ってるよな?」
「ええ。しかし、少数ですが民間人にもパイロットを遠目に見た者がおります。
軍の中でも、その正体を詮索する声が絶えません。
市民に知られるのは、時間の問題かと」
「ナニ、ほんのちょっと時間稼ぎができりゃ、ソレでいいさ。
さて――それじゃ、精一杯カメラの前で、情けない涙を流してきますかね♪」
- 266 :5/14:2005/09/16(金) 00:14:52 ID:???
- ――やがて戦争は佳境を迎える。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦。それは、長き戦争の勝者を決める、最終決戦。
双方、禁断の大量殺戮兵器を持ち出し、互いの殲滅を図る。
プラントに襲い掛かる無数の核ミサイルを――フリーダムが、ジャスティスが、打ち落とす。
そんなTVの向こうの戦争に、孤児院の子供たちは歓声を上げ――
盲目の導師は、哀しげに首を振る。
そして、TVに群がる子供の輪から、少し離れたところで――
ドン!
突如テーブルに叩きつけられた鉄の拳に、TVに夢中だった子供たちも思わず振り返る。
そこには――思わず言葉を失うほど凄まじい形相で、義手の少女が拳を震わせていた。
ようやく笑いを取り戻したばかりの彼女が、初めて露にした怒りの表情。焦げつくほどの憎悪。
次々と核ミサイルを落としプラントを守るフリーダムを、焦点の合わぬ瞳で睨みつけ。
怖がる子供たちの視線など気にもとめず、口の中でブツブツと呪詛を呟き続ける。
「……れなかったのに……んでアイツらだけ……『フリーダム』……
……あたしたちは……マユたちのことは……守ってくれなかったのにッ……!」
「フリーダムと言えば、初の『ニュートロンジャマーキャンセラー』搭載核動力MS。
事実上、エネルギー補給を必要としない最強のMSとして有名だが……
国際法・国際条約の専門家であるキミに、少し尋ねたい」
「はぁ」
「あのフリーダム、さ。我々オーブが保持したとしたら……ユニウス条約的に、どうなる?」
「ユニウス条約の有名な条項の一つ、『NJCの軍事利用の禁止』ですな。
しかしこの条項、実は『穴だらけ』と指摘される、実に頼りないものでしてな……」
「どういうコトだい?」
「全ては条約締結の直前に、ジェネシスのプロトタイプがジャンク屋組合の手に落ちたことが原因。
その経緯については色々な噂を聞きますが……ともかく、この事件が条項を複雑にしました。
世界最大のゴミ処理業者にして技術者集団、ジャンク屋組合。プラントも連合も敵にしたくない相手。
結局――この条項の対象を、『連合軍・ザフト軍に限る』としてしまいました」
「それじゃ、ボクたちは?」
「そう、オーブ、スカンジナビア、コペルニクス……『中立』を掲げる国家・都市は、対象外です。
傭兵やジャンク屋も対象外。もっとも、どちらかの軍に肩入れすれば、たちまち対象とされますが……。
ともかく、各国の感情や世論は抜きにして、法律論に限って言えば何の問題もありません」
- 267 :6/14:2005/09/16(金) 00:16:07 ID:???
――それは、戦争終結のニュースからしばらくして。
その若い男女は――孤児、と言うには大きすぎる二人は、宇宙(そら)から降りてきた。
穏やかな笑みを浮かべた、桃色の髪の娘。口数少なく、目の焦点も合わぬ疲れきった様子の青年。
桃色のハロが、その周囲を飛びまわる。
「ラクス・クラインと申します。みなさん、よろしくお願いしますわね」
「……………」
「そして、こちらがキラ・ヤマト。……ほら、キラ。ご挨拶して。
ご覧の通り、キラは少し疲れていらしゃいまして……
彼の心の傷が癒えるまで、わたくしたち2人、こちらでお世話になりたいと」
『テヤンデイ! 逆ダヨー! オマエモナー!』
「……あらあら? いけない、お世話をするのは、わたくしたちの方でしたわね?」
挨拶すらロクにできない青年、一人ボケる娘、突っ込むのはピンクのハロ。
多くの少年少女が笑顔で2人の英雄を迎える中――ただ1人。肩を震わせる少女が。
「なんで……なんでアンタたちがこんなとこに来るのよ!」
「え?」
それは――金属の義手をつけた少女。栗色の髪の少女。
キョトンとする娘に噛み付くように、少女は叫ぶ。三箇所で結わえられた長い髪が揺れ動く。
「何が『心の傷』よ、何が『こちらでお世話』よ!
どうして、あなたたちが、癒されなきゃならないのよッ!」
「あ、あの……え?」
「大声張り上げて! フリーダムで暴れて! そりゃアンタたちは満足かも知れないけどさァ!
『平和にしたのは自分たちだ、だから休ませろ』ってェ!? ふざけんじゃないわよ!!」
少女の剣幕に、圧倒される桃色の髪の娘。
それは、逆恨みにも、言いがかりにも近いものだったが、そこに込められた怒りと苛立ちは本物で――
「でもキラは、みなさんを守ろうとして……」
「『皆さん』って誰よ! 一体どこの誰を守ってるつもりだったの、あなたたちは!
そんなに守りたかったって言うなら……避けたりしないで、全部受け止めなさいよ!」
大声で怒鳴り散らすと、少女は2人に背を向け駆けていく。
まるで、「こんな連中と一秒でも一緒にいるのは耐えられない」とでも言わんばかりの態度で。
残された娘は、何かもの言いたげに少女の背に手を伸ばしかけ――うなだれる。
その隣の青年は、虚ろな瞳に、少しだけ力が、意志の光が湧き上がっていて――
「――そうだね。ぼくたちは、被害者じゃない。もう立派な、加害者でもあるんだ――」
小さな、誰にも届かぬ小さな独り言が、その唇から漏れ出て虚空に消える――
- 268 :7/14:2005/09/16(金) 00:17:11 ID:???
「――首長代理! あのフリーダム、ロイヤルコードを使っていましたが……何者です?!
アスカ家の関係者ですか? ひょっとしてキラ様のような、知られざるカガリ様の妹君とか?」
「それについては、追って発表するよ。まだガマンしてくれたまえ。
それより、アマギ一尉。キミに頼んだ分析、どうなってる?」
「はっ、順調に進んでおります」
「宜しい。で――彼女の操縦。どう見るね、アマギ一尉?」
「才能はあります。しかし……天性のセンスと直感に頼りすぎです。基礎がなってない」
「それって、使えないってこと?」
「まあ――例えばこれが、わが軍のパイロット候補生の試験だったなら、落第です。
戦闘中に、通信機のスイッチを入れ忘れているなんてのは、もう論外ですし――
動きにも無駄が多く、武器の選択は不適切。キックなどに頼らず、ビームサーベルを抜いて貰わねば。
回避の技術も、見るに耐えません。PS装甲でなければ、おそらく5回ほど死んでいます」
「そうかなぁ。素人目には、強いように見えたけど」
「確かに強いです。ただそれはケンカに強い、というだけであって、戦争向きの技術ではありません」
「ああ――なるほどね。そのたとえは秀逸だ。ウォリアーであってソルジャーでない、か。
それで、どう? この子を鍛え直したとしたら――使えそう?」
「それは……おそらく。基礎を学び直して頂ければ、素晴らしいパイロットになるでしょう」
――マルキオ導師の孤児院を飛び出したマユは、一人、オノゴロ島を彷徨っていた。
何か目的があったわけではない。誰か頼れる相手がいたわけではない。
ただ、あそこにはもう居たくなかったし――
もう一度、自分が一体何を失ったのか、確かめたかったのだろうか。
――アスカ家の暮らしていた、小さいけれど美しい一軒屋。
モルゲンレーテのラボに近いから通勤がラクだ、と父が笑っていた家。
ガーデニングに凝った母のせいで、半ばジャングルみたいな印象のあった庭。
それらは――朽ち果てたストライクダガーの残骸に潰され、崩れ落ちていた。
――近所の公園の地下にあった、緊急避難用シェルター。
アスカ家のあるエリアの第一避難場所として指定され、安心を約束してくれるはずだった空間。
そこは――入り口が流れ弾で壊されて、アスカ一家が辿りついた時には入れなかった。
そのことはマユも既に知っていたが、今は瓦礫が一部撤去されている。
どうやら、中に閉じ込められた人たちは、救助してもらえたらしい。
ほんの少しの時間差で、分岐した運命――
- 269 :8/14:2005/09/16(金) 00:18:05 ID:???
「――で、キミが代わりに乗ったとして……同じような動きができるかね、馬場一尉?」
「やれ、と命じられれば、それは出来るだけの努力は致しますが――
正直なところ、あの少女ほどに乗りこなせるかと言われれば、自信はありません」
「キミよりもあの子の方が腕がいい、と? オーブ軍の誇るエースの君が?
なんかアマギ一尉と言ってること違うなァ」
「いえ、パイロットの腕の差、と言うより――フリーダムという機体が、クセが強すぎるのです。
おそらくM1やムラサメ同士で腕を競えば、自分の方が上でありましょうが――
自分には、あれだけの火器を同時には扱えません。あれだけのパワーを御しきる自信がありません」
「ふーん、そういうモンなのかね。ボクみたいな素人には、強けりゃ強いほどイイように思えるけど。
つまり何かな、あの子とフリーダムは個性的な者同士、とっても相性がイイってわけか」
「そのようにご理解頂ければ」
――あの日、一家が走った、山の道。
第一避難場所のシェルターはもう入れず、近場の他のシェルターは満員で――
仕方なく、他の島へ出る避難船目指して走った、あの日。
道はやがて、立ち入り禁止の看板で遮られ――その向こうには、惨劇の現場。
既に血の跡も父母の遺体も残ってはいなかったが、ほとんどあの日のままに残されていた。
マユの腕を奪った巨大な岩塊、マユの腕を止血して彼女を救った巨大な岩塊も、そこに鎮座したままだ。
――あの日、マユが乗り損ねた避難船の停泊していた桟橋。
そこは既に日常を取り戻し、今や軍用船でなく商用の貨物船が何隻も停っていて。
忙しく働く男たちは、迷い込んだ小柄な少女のことなど、省みもしない――
――もう、行くべき場所もない。帰る場所もない。
日が暮れて薄闇に包まれるオノゴロ島で、彼女は目的もなく朽ち果てた街を彷徨っていた。
歩き疲れて、路地の片隅に座り込む。建物の壁に背を預け、虚空を仰ぐ。
生きる気力全てを失ったような彼女に――怪しげな、2人組の影が近づいて――
「しかし、あの子の右手。あれホントに機械なの? 何かまだ信じられないんだけど」
「私も驚きました。あれは現在の医療の最先端を行く代物です。
ジャンク屋ギルドの医療機器部門が発表したばかりのもので――たしか、腕一本で家一軒余裕で建ちます」
「へぇ〜。よく買えたもんだね、そんなモノ」
「恐らくマルキオ導師の力でしょうな。彼はジャンク屋にも太いパイプを持っていますから。
何でも、MSの手足の技術を応用したとかで――義手だけでなく、義足も商品化されてるとか」
- 270 :8/14:2005/09/16(金) 00:19:17 ID:???
――戦争で荒廃したオノゴロの街の、人通りも絶えた裏通り。街灯もまばらな薄闇の中。
少女の悲鳴が、無人のビル街にこだまする。
「返してェッ! マユの右手、返してェッ!!」
「へ〜ぇ、こいつァ立派なモンだ。高く売れそうだぜ」
「あんま暴れんじゃねぇ! 煩いようなら刺しちまうからな」
「ひッ……!!」
義手を奪われ、必死に暴れていた栗色の髪の少女は、目の前に突き出されたナイフの輝きに身をすくめる。
見るからにガラの悪い、二人組。一人はナイフ片手にマユを羽交い絞めにし、一人は義手をもてあそぶ。
……敗戦と荒廃は、かつて「世界で最も安全な国」と呼ばれたオーブでも、治安の悪化を招いていた。
「こんな高価なモン、隠しもせずにブラブラしてるから悪いんだよ!」
「良く見りゃこの子、結構かわいくねぇか? 結構イイとこのお嬢ちゃんかも」
「あァ? 何お前、ロリコンだったの? こんくらいのが好み?」
「いや俺はもっと胸あった方がいいけどよォ。でもこの子も金になると思わねェ?」
ナイフを突きつけ、「再び」少女の腕を奪い、あまつさえ自分を売り飛ばす相談まで始める強盗2人。
拘束されたマユの目に、涙が浮かぶ。
孤児院を逃げ出した自分への後悔と、理不尽過ぎる世界への憎悪とがごちゃ混ぜになって。
治りかけた精神の傷に、再び亀裂が走る。心が、バラバラになる。
泣き笑いのような表情で、虚ろな瞳で、狂気の世界に、堕ちて行きそうに――
「……やれやれ、この国も堕ちたものだね。ちょっと散歩しただけで、こんな現場に出くわすとは。
こんな連中が野放しになってるようじゃぁ、一時の北アフリカ戦線にも劣るね」
「……その子を、離しなさい。そして奪ったものを返してくれるなら……見逃してあげるわ」
はッ! とマユの精神が、深淵の縁から戻ってくる。
強い意志の篭った2つの声。いつの間にか路地に入ってきた、2つの影。
コート姿の片目の男と……ツナギ姿の若い女性。
それが、マユ・アスカと、アンディ・バルディ、マリア・ベルネスとの出会いだった。
「マリア・ベルネス――モルゲンレーテ造船課B所属の技術者。
アンディ・バルディ――通販コーヒー店『タイガーコーヒー』経営。
……っと、言われてもねぇ。こりゃどう見てもさァ」
「あの屋敷に住んでいた2人の素性については、その資料の通りです。
どちらも2年前、戦争終結後にこの国に移住してきて、正規の市民権を得ております」
「そんなこと言ってもさ。この経歴、偽造なのは見え見えじゃん。その辺見抜けなかったの、移民局は?」
「いや、それが……この2名、審査の場において、ちょっと無視できない書類を提示しまして」
「何だよ、そりゃ?」
「実は……カガリ様の署名の入った、身元の証明書で――」
「……分かったよ。もう全部分かっちゃったよ、クソッ!
全くカガリはこういう工作下手なクセに、頑張っちゃって。露骨過ぎるよ。
だいたいさ、何なんだよ、この『アンディ・バルディ』ってふざけた名前は! 偽名になってないよ!」
- 271 :10/14:2005/09/16(金) 00:20:10 ID:???
- ――雲が晴れて、路地に差し込む月明かりの下――その2人は、静かに近づいてくる。
自信に満ちた表情で。見知らぬ少女を助ける、という強い意志を目に込めて。
「な、なんだよお前らは! 関係ねェだろ! ひっこんでろ!」
「これが、あながち無関係でもないんだよねェ――
俺たちも、別に君たちみたいな連中に好き勝手やってもらうために、戦争してたんじゃないんだ」
「あたしたちはね。『そういう子』が胸張って生きていけるように、頑張ってたのよ。お分かり?」
乱入してきた2人の「正義の味方」が引かないのを見ると――強盗2人も、目の色が変わった。
彼らとて、腐った生き方ながら生活が掛かっている。この程度で引いていたら、強盗などやっていられない。
「刺されたいか、ゴルァ! 戦争帰りだか何だか知らねェが、残った目も抉られたいか!?」
「そいつァ困るねェ。まだ色々と見たいものは残っているんだが」
強盗の脅しもなんのその。男は小さなナイフなど気にも留めずに、大胆に間合いをつめていく。
強盗は一瞬ひるむ様子を見せたが、しかし覚悟を決めると、ナイフを容赦なく突き出して――
「い、痛ェ! な、何仕込んでやがるんだ、その腕に!」
「別に、な〜んにも。ただ腕を刺されるのも勘弁だねェ。これも1本しか残ってないんでさ。
ついでに、足の方もスペアがないんで、遠慮しておきたいところ、だ!」
男は、左拳であっさり刃物を受け止め、打ち払うと、重たい蹴りを強盗に放つ。
鳩尾に右足を叩き込まれた強盗は、ハンマーで殴られたような衝撃を受け、その場にうずくまる。
……片目の男の、左腕と右脚もまた、少女の義手と同じような金属光沢を放っていた。
「ちょ、調子に乗るんじゃねェぞ!」
裏返った声で叫ぶのは、残されたもう一人の強盗。
懐から出した大型拳銃を、義手義足の男に向ける。
「い、いくら鉄の手足だってよォ! こいつにはかなわな……」
強盗の震える声が、終らぬうちに。
軽やかな銃声が響き――拳銃が、手の中から吹き飛ぶ。
「そんなもの出されちゃったら――次からは、手加減できなくなっちゃうけど?」
撃たれた手を押さえうずくまる強盗に、もう1人の女が半ば楽しげに告げる。
女の手には、いつの間にか取り出された小型拳銃。
ほとんど狙いもつけずに撃ったのだろうに、恐ろしい命中精度だ。格が違う。
「さぁ――お嬢ちゃん、立てるかな。
頼むから、こんなことで世界に絶望したりしないでくれよ。
君たちのような子が、これからの未来を作っていくんだからな」
腰を抜かして逃げ出す強盗2人を横目に。
片目の男は、奪い返したマユの右腕を、座り込んだままのマユに差し出した――
- 272 :11/14:2005/09/16(金) 00:21:10 ID:???
「しかしユウナ様、それは……前例にありません!」
「一言目には『前例にない』二言目には『前例ではこうだ』……
軍人は考え方がカタいねェ。何が問題なの?」
「まず年齢です。いくら何でも、若すぎます」
「それは――大丈夫。他には?」
「パイロットとしてお使いになるのなら、規定により尉官以上の階級を持たねばなりませんが……
士官学校に入れ教育を施すのに、最短でも2年ほどかかります。とても、今すぐというわけには」
「それも――大丈夫。他には?」
「何より……兵が納得しません! よほど特別な立場か、何らかの前例がなければ――」
「なんだ、そんなことか。それなら――大丈夫。立派な『前例』があるからね」
「……はぁ!?」
「オーブ兵なら、誰もが知ってる『前例』さ。大丈夫、誰にも文句は言わせないよ」
――それは、マユ・アスカの知らぬ、過去の一幕。
2人に助けられ、屋敷に連れてこられて、疲れ果てて眠った後にあったお話。
「……はい。分かりました。ではこちらで何とか……」
声を潜め、どこかと電話をしているアンディ。静かに部屋に入ってくるマリア。
彼女は椅子に腰掛け、アンディの電話が終るのを待つ。受話器が、静かに下ろされる。
「……あの子は、寝たのかね?」
「ええ。よっぽど不安だったのね、ずっとわたしの手を握ってて――やっと寝てくれたわ」
「仕方あるまい。あんな目に会ってはな」
アンディは椅子に腰掛け、溜息ひとつ。
すっかり冷めてしまったコーヒーに、口をつける。
「……あの子な。どうやら導師に預けるわけには、いかないようだ」
「どうして?」
「なんでも……他ならぬ導師の孤児院から、逃げ出しちまったんだと。
オノゴロの戦いで両親を失った孤児だそうで……『守ってくれなかった』キラ君を憎んでいるらしい。
ウチの歌姫と大喧嘩して、それっきり、だそうだよ」
「でも……じゃあ、どうすれば……。わたしたちだって、彼らと無縁ってわけじゃないし……」
「まあ、しばらく様子を見て、時機を計って話すしかないだろうな。
ここでバラしたりしたら、すぐにでも飛び出して、またクズ野郎どもの餌食になりそうだ――」
アンディ・バルディ――かつて『砂漠の虎』と呼ばれた男は、冷たいコーヒーをすすり、溜息をつく――
- 273 :12/14:2005/09/16(金) 00:22:12 ID:???
「ああ、危ないですからヘルメットをお被り下さい。もう崩れないとは思いますが」
「いやはや、凄い設備だねェ。軍の基地も顔負けだ」
「まったくです。そこにあるのは最新のMSシミュレーター、わが軍にも納入されているものです。
あちらには、全自動式のシューティングレンジ。どんな射撃訓練にも対応できます。
こちらは、国防本部もかくやという情報処理端末で――どうやら軍のネットに繋がっているようです」
「で、トドメが一番奥の格納庫、か――いやはや全く。この屋敷の所有者はどうなってる?」
「今は書類上『アンディ・バルディ』となっていますが……記録を辿ると、アスハ家に行き着くようで」
「あーはいはい。やっぱりね。元からあった隠れ城、を改造したのかね――」
――それは、穏やかな日々。
笑い声の絶えない、岬の上の屋敷。
毎日バイクで仕事に出て行くマリア。一日中、電話とコーヒーと格闘しているアンディ。
掃除・洗濯を一手に担うことになったマユ。でもちょっと買い物だけは大変で。
坂道で転んで卵が割れて、卵抜きのカルボナーラに3人揃って眉をしかめたり。
――それは、自信を取り戻すための訓練。
マリアが教えてくれた、銃の扱い方。
アンディが教えてくれた、MSの扱い方。
コンピューターの扱い、サバイバルの心得。ナイフ格闘に素手格闘。機械弄りにコーヒーの淹れ方。
それらは全て、「一人でも生きていける」という自信を育ててくれて。
「……ねぇ、なんでこんなものがこの家にあるの?」
「まあ、俺たちも秘密が多いからねェ。下手に詮索すると、後戻りできなくなるぜ?」
――それは、自立への第一歩。
マリアの紹介で、勤めることになったビル建設現場。口うるさいマードック主任。
少女は社会を知り、モノを作る喜びを知り、額に汗して稼ぐことを知り。
作業用とはいえ、実物のMSを手足のように動かせる楽しさ。
右手の義手を隠す、白い手袋にもやがて慣れ。
日に日に、少女の顔に、笑顔が戻っていく。
- 274 :13/14:2005/09/16(金) 00:22:58 ID:???
「……というわけで、ボクの考えたこの計画。父上はどうお思いになられます?」
「――まあ、女の子だからな。後々面倒なことになることもあるまい。
いずれ成長すれば、他の使い道も出てくるだろうし――」
「そいつァ良かった。では、そのように」
「待て、ユウナ。1つ確認したいが――あくまでこれは、セイラン家のためなんだろうな?
間違っても、あの子に同情したとか、そんなことは――」
「ボクがそんな慈善家に見えますかね? ま、可哀想だとは思いますが――ボクは冷静ですよ」
――それは、ある満月の夜。豪奢な屋敷の、立派なベランダ。
月を眺めてコーヒーを啜る男の後ろに、パジャマ姿の少女が静かに歩み寄る。
「……どうした、お嬢ちゃん。寝付けないのかい?」
「右手が……痛いの……」
「そうか。でも仕方ないな。鎮痛剤も効きにくいからなぁ、コイツは」
アンディの左手は、袖から下がなく。
マユの右袖は、中身を欠いて潰れて揺れる。2人とも、寝る時まではつけていない。
2人は並んで、月を眺める。欠けるところのない、真ん丸な満月。
それは悔しいくらいに、静かで、綺麗で。
「アンディも……痛むの? その――左腕。
マリアさんと戦争した時の怪我だ、って聞いたけど――」
「まあな。だからこうして、月を眺めてる。
痛みはするが、不思議なことに、憎しみとか怒りとかは湧かなくてね。
お互い、殺して殺されて殺しあったが、相手を憎んでたわけじゃないからな――」
「あの写真に写ってた、女の人も――?」
「ああ。俺を庇ってね。いい女だったよ。
それでも、マリュ……マリアを憎む気には、何故かなれない。
最も――アイツが帰ってくるというなら、残る手足をくれてやっても惜しくはないんだがな」
淡々とした言葉。マユに聞かせるというより、自分に言い聞かせるような、男の言葉。
憎しみと嘆きを乗り越えた、大人の言葉。
「この、幻肢痛(ファントムペイン)って奴はさ。
本当に痛みを感じているのは、手足じゃなくて、俺たちの心なのかもしれないな――」
傷口を撫でつつ、呟く男に。親子ほども離れた少女は、静かにうなづく。
満月が、2人を、そしてその2人を窓越しに見守るマリアの顔を、静かに照らしている――
- 275 :14/14:2005/09/16(金) 00:24:02 ID:???
夜が明けて。
朝日に、傷跡残る街の様子が照らされる。
建設途中で、崩れたビル。道の真ん中に残る、クレーター。
完全に動きを止めたアッシュが、オフィスビルの前に頓挫している。
しかし、人々の顔に、嘆きの色は少なく。
「仕方ねぇなぁ。また直さなきゃなんねぇ」
「でも、大丈夫さ。前の大戦と比べたら、このくらい」
小鳥の囀りの中、人々が起き出した朝の町で。
まだ見る人もまばらな街頭モニターが、昨日のフリーダムの大活躍を、再び映し出す――
――ちょうど、その頃。
留置所のような硬いベッドから叩き起こされたマユは、一人の青年と向き合っていた。
仕立ての良いスーツ。線の細い身体。ビシッと決めてるつもり……らしい髪型。
徹夜疲れを顔色に感じさせないのは、流石だが――男の薄化粧は、マユとしては少し頂けない。
一言で言えば、二枚目を狙い過ぎて三枚目に踏み込んでしまった、という雰囲気の青年。
「……というわけで、君の世話をしてくれていたあの2人、昨夜から行方不明でね。
どこに消えたのか、とんと見当もつかない。まあ、失踪ということで処理することになると思うが――」
弁舌爽やかに滔々と語る青年。その空虚な自信が、かえって言葉から説得力を奪っている。
マユは疑いに満ちた目で、目の前の青年を睨みつける。
「――それとこれは言うまでもないことなんだが……
民間人が軍用MSで戦闘に介入する、ってのは、重大な罪でね。
このままじゃ、残念ながらキミの処罰は避けられない。
もう少し年が上なら、志願兵として軍に編入する方法もあるんだがねェ……」
「……で、あたしにどうしろって言うの?」
「おやおや、結論を急いじゃいけない。キミのことは調べさせてもらったよ、マユ・アスカ。
幸か不幸か、どうやらキミは、天涯孤独の身らしい。ならば――」
窓から差す朝日の下、青年は爽やかに微笑み、芝居がかかった口調で両手を広げる。
「このボク、ユウナ・ロマ・セイランの、『妹』になる気はないかね?」
第四話 『運命の兄妹』 につづく