317 :1/13:2005/09/17(土) 20:24:57 ID:???

穏やかな日差しが差し込む、屋敷の一室で――

「『兄ちゃん』」
「にいちゃん」
「『兄様』」
「にいさま」
「『お兄様』」
「おにいさま」
「『兄上』」
「あにうえ」

何やら、青年の発声を、少女のソプラノがリピートしている。
仕立ての良いスーツ姿の青年と、フリルで過剰なまでに装飾されたドレスを着せられた少女。

「うーん、こういう古風なのも捨てがたいなぁ。『兄君』」
「あにぎみ」
「これは硬すぎか。じゃあ気さくに、『兄さん』」
「にいさん」
「うーん面白味がない。ロリ系で行くかな? 『お兄ちゃま』」
「……おにいちゃま」
「流石にこれはやり過ぎか。基本に戻って、『お兄ちゃん』」
「…………」

楽しそうに言葉を選ぶユウナ。
着慣れぬフリフリの衣服に埋もれるように座る少女は、無感動な声で復唱していたが……
とうとう、俯いて黙り込んでしまう。

「ん? どうした? ホラ繰り返して、『お兄ちゃん♪』って」
「……これって、確か――礼儀作法の、言葉遣いのレッスンのはず、でしたよね?
 セイランの名に恥じぬ存在になるために、って」
「そうだよ。それが何か?」
「で――これのどこが『礼儀作法』なのよ!
 さっきからいったい、何やらせてんの、アンタは!」

飄々と答えるユウナに、とうとうブチ切れるマユ。
しかしユウナはその剣幕に怯えることもなく、嬉しそうに身をクネクネとさせる。


318 :2/13:2005/09/17(土) 20:25:55 ID:???

「だぁってぇ♪ せっかく可愛い妹が出来たんだから、どう呼んで貰うかは大事な問題じゃない♪
 男の ロ・マ・ン、ってやつ? ウフフ♪」

実に嬉しそうに、満面の笑みで身悶えするユウナに、マユ・アスカ・セイランはげんなりした表情で。
ジト目で『新しい兄』を睨みつつ、低い声で言い捨てる。

「アンタなんて、『バカ兄貴』で十分よッ」

張り手の音響く屋敷の窓から外を見れば、穏やかな日差しがさんさんと照りつけ。
空は雲ひとつない青空。鳥たちのさえずりが心地よく響く。
何の憂いも感じられない、平和な雰囲気――



――が、視線を空へ、その向こうの宇宙(そら)へと向けてみれば。
星の海の中――不穏な雰囲気に包まれた、巨大な廃墟が。
浮遊する死の大陸の中心、巨大なシャフトの残骸に、チカチカと光るフレアモーター。
設置作業を急ぐ、MSの姿。

やがて、一機の黒いジンが片手を上げると――それらは一斉に、火を噴いて。
巨大な大地が、ゆっくりと動き出す。
蒼く輝く、地球を目指して。
長き平和を破らんと、ゆっくりと――


 世界は、今まさに破滅に向かわんとしていた。
 世界は、まだ――その危機を、知らない。




      マユ ――隻腕の少女――

       第四話 『運命の兄妹』




319 :3/13:2005/09/17(土) 20:27:12 ID:???

「――ユウナさま、そのお顔は?」
「気にしないでくれたまえ。それより、何か動きはあったかい?」

廊下を足早に歩きながら、秘書官に問うユウナ。
さきほどマユと遊んでいた時とは、別人のようにキリリとした表情だったが――
頬にくっきりと赤い手の跡が残ってるため、イマイチ締まらない。
思わず笑いそうになるのをこらえつつ、しかし秘書官も流石プロ。
きっちりと、ユウナに命じられた調査の報告をする。

「まだ、全ての情報が出揃ってはいないのですが――
 わが国の事件の後、立て続けに、世界中の主要な宇宙港で同様の事件が起きています。
 ギガフロートは航行システムを破壊され漂流中。
 ヴィクトリアは襲撃MSの自爆により、マスドライバーのレールの一部が欠損。
 他にも、襲撃の事実を隠蔽しているらしいところもありますが……
 何らかの損傷を受けているのは、間違いないようです」

そう――ユウナたちが事件の後処理に追われ、またマユを尋問していた、その間に。
世界中で同時多発的に、事件は起きていたのだった。
ある場所では、同じようにアッシュの群れが襲い掛かり。
ある場所では、ハイジャックされたシャトルが管制塔に突っ込み。
ある場所では、廃棄されたはずのミラージュコロイド搭載機、ディン・レイブンが忍び寄り。
そして――ユウナのような采配も、フリーダムのような救世主もなかったそれらの場所では――

「やっぱり、襲撃犯はザフトなのかね?」
「確かに、使われたのはザフト系MS、なのですが……ザフト軍の地上基地も襲われております。
 プラントは、ザフト内部にテロリストが潜伏していた可能性も含めて調査中、と」
「やれやれ、呑気なことだね。調査なんてしてる間に、次のイベントが始まっちゃうよ?」
「それは、どういう……」

やけに自信たっぷりに予言するユウナに、秘書官は思わず立ち止まる。
ユウナは頬に手形をつけたままの顔で、格好良く指を振る。

「キミも、首の上に載せてるのが頭なら、自分で考えてみたまえ! 何、簡単な推理さ!
 もっとも――このボクをもってしても、次に何が起こるのかは、まだ予想もつかないんだけどね」


320 :4/13:2005/09/17(土) 20:28:26 ID:???

――ちょうど、同時刻。地球の裏側で。

「キミの首の上に載せているのは、いったい何かね? 簡単な話だよ、自分でも考えてみたまえ!
 もっとも――このワタシをもってしても、次に何が起こるのかは見当もつかぬのだがね――」

まさに同じようなことを電話に向かって喋る、一人の男がいた。
中性的な容貌。細い体。酷薄そうな目。エキゾチックな服。
無数のモニタが並ぶ広い部屋の中央、ゆったりした椅子に身体を沈ませ、膝の上の猫を片手で撫でる。
――大西洋連邦では知らぬ者なき、ロード・ジブリールその人だった。

大西洋連邦国内のテレビ・ラジオ・新聞などを軒並み押さえ、絶大なる発言力を持つメディア王。
大西洋の世論を自由に操り、巷の噂では大統領の首さえ自在にすげかえられる、と言う。
彼のメディアグループはいささか反プラント・反コーディネーターに偏っていたが、その言説には説得力があり。
大西洋連邦全体の空気を、ブルーコスモス寄りに傾ける大きな要因の一つになっていた。

そして――今。そんな彼が注目していたのが――

「そうだ、例の宇宙港連続襲撃事件だよ。ザフトのMSが使われたことを、ちゃんとアピールしろ。
 デュランダルの奴が留守にしている間に、叩けるだけ叩いておくんだ!
 あの男は――内容は空虚なくせに、妙に演説だけは上手いからな。喋らせると面倒だ――!」

世界中で起こった、宇宙港連続襲撃事件。
それを、彼のメディアは被害を強調し、襲撃犯の非道さを強調し。
ザフト軍基地の被害については、自作自演を疑うような論調で視聴者を誘導して。
――少しずつ、しかし着実に、世界の世論は動きだしていた。

ジブリールは、クラシカルな装飾の施された受話器を一旦置くと、改めて別の回線に繋ぐ。

「――オーブ支局かね? ロード・ジブリールだ。
 被害を受けた街の取材もいいが――大至急、マスドライバーの方にも取材クルーを回すんだ。
 そのまま、24時間体勢で張り付いていたまえ。必ず、近いうちに大きな動きがある。
 セイランの坊やが人並みの知性を備えているなら、既に手を打っているだろうからね――」

指示を出し終え、ジブリールは大きな溜息をついて椅子に沈み込む。
猫を撫でながら、誰にとも無く小さく呟く。それは……祈りの言葉。

「全ては、蒼き清浄なる大地のため、さ……」

彼の視線の先のモニタ上には――オーブ市街を守り戦うフリーダムの姿。
彼はその鋭敏な嗅覚で直感していた。今後の世界情勢、鍵を握るのはこの小国だ、と――

321 :5/13:2005/09/17(土) 20:29:26 ID:???

カチャ……カチャ……。
広い食堂に、食器がぶつかる微かな音が響く。
大きすぎるテーブルに、向かう者は2人だけ。背後にはメイド達が控えていたが、みな無言で。
昼食には豪華過ぎる料理の並ぶ食卓は、しかし冷え切った空気に包まれていた。

「……物を食べる時に、音を立てるな。いったい君はどんな教育を受けてきたのかね」
「は、はい……すいません……」

上座に座る男の、静かながらも凄みのある声に、ドレスに埋もれた少女は萎縮する。
ウナト・エマ・セイラン――つい数時間前から、マユの『義父』となった男。
しかし彼は、バカながらも親しく接してくれる『義兄』と違い、決してマユに心許してはくれなかった。
あくまで「モノ」を値踏みするような目で、マユを冷たく突き放す。

「ユウナの判断には、文句を言いたくはないがな――
 曲がりなりにもセイランの名を名乗る以上、それに相応しい存在になって貰わねば、困るのだよ。
 それができぬと言うのなら――牢獄なり処刑台なりに戻って貰うことになる。心苦しい話だがな」
「……はい……わかって……ます………」

ウナトの厳しい言葉に、マユは意気消沈する。マユの脳裏に、今朝のユウナの言葉が蘇る。


『オーブの有力氏族の間にはね――その子弟が若いうちに、軍に入隊させて社会勉強をさせる慣習がある。
 と、言っても、既に形骸化した風習でね。もう誰も真面目にやっちゃいない。
 名簿上登録されてるだけで、軍服に袖も通さぬ者も少なくない。何もしてないのに、肩書きだけ幹部さ』
『が――この慣習を利用して、年も若いのに 前線で指揮取って MS乗って 戦っちゃった奴がいる。
 今の国家代表、カガリ・ユラ・アスハさ。2年前の大活躍は、君も聞いていることだろう』
『あれが――良き『前例』となる。アレがあるから、誰も文句が言えない。
 君が『セイラン家の人間』になれば、軍への入隊も階級の問題も、処罰の問題も全部解決さ――
 君は今後もフリーダムに乗り、この国を、罪なき市民を守っていくことができる』


あれは――確かにマユの身を案じてくれての、ことだったのだろう。
他にも思惑があるとは薄々感じつつも、ユウナの提案を蹴るという選択肢は、マユには残されていなかった。
そのことは、まあ納得するしかないこと、なのだけれども。

今まで見たこともないようなご馳走を口にしてるのに、全く味気ない。卵抜きカルボナーラの方がまだマシだ。
控えるメイドたちも人形のようで、豪華なシャンデリアも眩しいだけで。
マユは、居心地の悪さに身じろぎする。

ユウナは――バカだけど、嫌いじゃない。裏もありそうだけど、イヤじゃない。
でも、この家は、セイラン家というものは、どう頑張っても好きになれそうにない――

322 :6/13:2005/09/17(土) 20:30:40 ID:???

と、その食堂へ。
バタン! と扉を開け、息せき切って駆け込んできた者がいた。

「ウナトさま! 大変です!」
「……食事中だぞ。よほどのことなんだろうな?」

ウナトは太り気味の身体を揺らし、口元をナプキンで拭きながら入ってきた男を睨みつける。
事務員風の男は姿勢を正して報告する。

「さ、さきほど発表されたところによりますと……
 デブリ帯に漂っていた、ユニウスセブンの残骸。これが地球に落下するコースに入ったとのことです!
 わがオーブも、もし直撃されれば島一つ消滅、直撃を避けられても津波の被害はとんでもないものに……!」
「なに!?」

思わず立ち上がるウナト。うなだれていたマユも、思わず顔を上げる。
見上げた天井、その上の青空、さらに上の宇宙に――隠し切れぬ悪意が、その牙を剥き出しにして――



その一報は、オニギリを咥えつつ復旧作業の指示を飛ばすユウナの所にも。
モニタ越しに情報操作の指示を飛ばすジブリールの所にも。
何も知らない一般市民の所にも。
穏やかな島の孤児院で、子供達と平和に暮らす2人の所にも。
どこかの街の裏通り、安宿に潜伏し世情を伺う、アンディとマリアの所にも。

   等しく、絶望が届けられる。

天が落ちてくる。
備えも何もない世界の上に、圧倒的な質量が降ってくる。
それは大気圏で燃え尽きることはなく、空気抵抗で予測困難な落下コースを描き。
海に落ちれば、未曾有の大津波を。
陸に落ちれば、成層圏まで届く粉塵を。
落下する場所次第では――その、双方を。
逃れようもなく、地上にもたらして。

予想される被害は計測不能。
環境・経済・人命・農業・産業・軍事、ありとあらゆる面での壊滅的打撃。
まさに、比喩でも何でもなく。
文字通り、世界が滅びかねない――

323 :7/13:2005/09/17(土) 20:31:59 ID:???

――各国は素早く対策に取り掛かった。この危機の前に、敵味方などない。
これが人為的な事件であれ偶然の事故であれ、地球への直撃など避けねばならぬ。
本拠を宇宙に置くプラント政府とて、事情は同じ。
地上にはまだザフトの基地が残されているし、地球との経済的関係も大きなものがある。

だが――世界中が危機感を抱いているにも関わらず、有効な手立てが、ない。
地球連合軍・ザフト軍共に、その大規模艦隊はタイミング悪く地球の裏側に位置しており、とても届かない。
月面やコロニー、プラントから発進させたとしても、これも遠くて間に合わない。艦隊編成の時間もない。

たまたま、近くにいた艦船として――
ザフト軍の新鋭艦・ミネルバと、その補給・修理に来ていたナスカ級高速戦闘艦2隻が、デブリ帯にいたが。
彼らとて追いつけはしても、ユニウスセブンほどの質量をどうにかできる装備は、用意していない。
取り急ぎ彼らが調査に向かうことにはなったが、その報告を待てるほど事態には余裕はなく――

実はもう一つ、方策は考えられた。ユニウスセブンの方から『近づいてきてくれる』宇宙の拠点。
他ならぬ、『地球』からの工作部隊の発進。
破片の落下による環境汚染を考えれば、核攻撃はできないが――しかし、他にも方法はいくらでもある。
だがしかし、それさえも、例の連続宇宙港襲撃事件の被害で、実行できない。
連合もザフトもジャンク屋組合も、動けない。手持ちの戦力を、上げる手段がない。

ただ1箇所――海に浮かぶ小国、オーブ連合首長国のマスドライバー、新生カグヤを除いては――!



「――と、いうわけで。カガリ不在の今、大変なことになったわけだけど――
 蒼く美しい地球の命運は、ボクたちオーブ軍の双肩に掛かることになった」

事態の深刻さとは裏腹に、軽薄な声がブリーフィングルームに響く。
演台に立って話すのは、ユウナ・ロマ・セイラン。
彼自身、『名簿に名前を載せていただけで袖も通したことがなかった』軍服を身にまとい。
居並ぶ軍人たちの前で、思い切り芝居がかかった口調で作戦を語る。

「我々はこれより、君たちオーブ軍の精鋭と我が愛する妹の手により守られた、この新生カグヤを使って、
 改修が済んだばかりのクサナギを宇宙(そら)に上げ、この事態に対応することになる」

大型スクリーンに映し出されたのは、前の大戦でも活躍した宇宙戦艦、クサナギの姿。
ただし――従来、3つに分離して運用されていたそれは、全部揃った姿でマスドライバー上にある。
つい最近、モルゲンレーテの手で改修を受け――分離・合体の手間ない宇宙との往還を実現したのだ。

「ユニウスセブンへのアプローチだが……時間的に、推進器を取りつけ進路を変えている余裕はない。
 ゆえに、細かく粉砕し、大気圏突入時の摩擦で焼却・処分する方法を取る」


324 :8/13:2005/09/17(土) 20:33:00 ID:???

「……大丈夫なのか?」
「プラントが許すわけが……」
「議長は何と……」
「――この件については、既にプラント評議会の代理人の承認を得ている。大丈夫さ」

ザワザワと揺れる会議室に、ユウナは自信を持って答える。
プラントのコーディネーターたちにとって象徴的意味の大きなこの遺跡。休戦条約も結ばれた悲劇の地。
砕いて消し去ってしまうのは、感情論として大きな抵抗が考えられるのだが……
議長がとある事情で不在の今、ユウナはその舌先三寸を駆使してプラント側の了承を取り付けていた。

「粉砕のために使う道具は、このメテオブレイカー。地中深く穿孔した後、自爆して岩盤を破壊する。
 本来、コロニー等に接近する隕石を砕く道具で、地上のオーブには必要ないものだが……
 モルゲンレーテの工場で製造され、搬出を待っていたものが10基ほどあった。これを徴用し、利用する」
「これって……MSで設置するんですか?」

白手袋に包まれた小さな手を挙げ、質問したのは……オーブの白い軍服に身を包んだマユだった。
女性用の一番小さなサイズの軍服を急ぎ仕立て直したものだったが、それでも少しブカブカな印象がある。
ユウナは嬉しそうに、スクリーン上に大写しになったメテオブレイカーを指して説明する。

「そう、その通りだよマユ・セイラン三尉。察しがいいねェ。さすが我が妹。
 ここのハンドルを握れば、MSのコクピットから操作できるそうだ。
 位置さえ決めてやれば、操作は全てオートで行われる。難しい土木作業の知識は必要ない」
「工事用のドリルや杭打ち機と、仕組みは一緒ですねー。あたしも何度か現場で使ったことが……」
「うぉっほん!」

余計なことを言いかけたマユを、ユウナのわざとらしい咳が遮る。
義兄の視線に、自分の失敗を悟り肩を竦ませるマユ。工事現場の経験など「お嬢様」が誇ることではない。
周囲の軍人はいまいちそのやり取りが理解できず、ポカンとしている。
ユウナはそれを取り繕うように、大声を張り上げ、場を強引にまとめた。

「さぁ――時間はないぞ。あとは宇宙に行って、ザフトのミネルバと協力しながら臨機応変だ。
 これが人為的なテロの場合、テロリストによる妨害もありえるが――みんな、信頼してるからね♪」

……どう考えても、ユウナの最後の言葉は余計だったし場にそぐわぬものだったが。
オーブ軍人たちは任務の重大さに、士気も高く準備に取り掛かった。


325 :9/13:2005/09/17(土) 20:33:53 ID:???

「こうなることを、予測してたのか?」
「まぁね。とはいえ、あんなものを落としてくるとは思いもしなかったが」

搬入作業で慌しいクサナギを、並んで眺めながら。
出発を控えたレドニル・キサカと、見送りに来たユウナ・ロマ・セイランは言葉を交わす。

「気づいたきっかけは――襲撃してきた、あのMSさ。より正確に言えば、その部隊規模だ」
「規模?」
「ボクはね――考えたんだ。あいつらが、何をしにオーブに侵入してきたのか。何が目的なのか。
 発見の一報があった時点からすぐに推測を初めて……敵MSの数が確定したところで、理解した」

彼らの目の前で運び込まれるメテオブレイカー。MSの身長をも超える、巨大なドリル。
今回の作戦の、鍵を握るアイテム。マスドライバーとクサナギがあればこそ、宇宙(そら)に上げられる工具。

「あの程度のMSの数では――たとえ、あの距離まで潜入できたとしても、大したことはできやしない。
 国防本部や行政府を落とすのは、流石に無理だし――街を破壊したところで、得るものなど何もない。
 できるのは――せいぜい、マスドライバーにちょっとしたキズをつけること、くらいさ。
 あの侵入経路から手が届く重要施設と言ったら、あれくらいのものだ」
「……それで、あんな指示を?」

『市民よりもマスドライバーを守れ』……
そんな非道な命令がありながら、意外なまでに少なかった市民の被害。
最初から、襲撃者たちの陽動を見抜き、本命を見抜いていたのなら……なるほど、確かに。

「それも、連中の戦力では、大した破壊はできない。
 せいぜい、そうだな――自爆やらミサイルやらが当たっていたとしても、完全修復まで数日ってとこか。
 間違っても、マスドライバー全体を崩壊させるような真似は、できるはずもない」
「確かに……その通りだ」
「ならば犯人たちは、その数日の間、マスドライバーが使用されなければそれで十分だったのだ――そう推理した。
 何かは知らないけれど、使われたら都合の悪い事情があるのだ、と。
 その数日の空白を得るために、十数機のMSを、そしてパイロットの命を、投げ出すだけの価値がある、と。
 別の言い方をすれば――あの襲撃は、あれで終わりじゃない。必ず近いうちに、『続き』がある。
 そしてそのときは――地上でなく、宇宙(そら)が舞台になるだろう、とね」
「そこまで考えての、クサナギ発進準備、か。
 予め用意してなければ、この準備とて間に合ったかどうか……」
「まだ安心するのは早いよ。たぶん、次が『本番』だ。キミたちの腕の見せ所だ。
 再度の攻撃がなかったってことは――クサナギ程度の戦力が来るのも、覚悟の上ってことなんだろう。
 ……これが天災などであるものか。きっと、犯人たちの『本隊』が待ち構えてるハズさ」

理路整然たるユウナの推理。実戦経験豊富なキサカも、脱帽する。

326 :10/13:2005/09/17(土) 20:34:58 ID:???
「でもね――ボクにできるのは、相手の動きを読んで策を練るまで、さ。
 その策の成否は現場のみんなに任せるしかないし――実際、先の防衛戦も危ういものだった。
 ボクの可愛い『妹』がタイミング良く暴走してくれなければ、どうなってたことか。
 持てる最大の戦力を投入し、君たちを見送った後は――ボクにできることは、何も残っちゃいない」

溜息と共に漏れた、ユウナの本音。
その言葉に、ある未解決の疑問を思い出し、キサカはハッとする。

「そういえば、あのフリーダムの少女、あれは本当にお前の――」
「キサカ一佐! 全MSの搬入、終りました! こちらに来て下さい!」
「――だってさ、キサカ」

キサカの疑問は部下によって遮られ。ユウナは話は終わりだ、とばかりに背を向け手を振る。

「お互い、積もる話はあるだろうけどさ――とりあえず、この仕事を終えてからだ。
 事態の方は、待っちゃくれないんだからね」

立ち去るユウナ。何か言いたげな視線で見送るキサカ。
彼の表情は雄弁にこう語っていた。「しまった、またフリーダムのことを聞きそびれた」と――
しかし、今はそんなことに拘ってる余裕もないのもまた事実で。彼も急ぎ、自分の艦に向かう。



出港直前のクサナギの中。MS用のハンガーの中で。
マユは、搬入されたフリーダムを見ながら、懐から携帯を取り出す。
ピンクのそれを開き、表示させたのは――黒髪の少年の写真。
澄んで真っ直ぐな目をした、明るい少年の笑顔。曇りひとつない表情。

「お兄ちゃん……」

それは、あの悲劇で失ったマユの兄。優しい兄。陽気な兄。頼りになる兄。
遺体の一欠けら、遺品の一つも残さずに、飛んできたビームの中に蒸発した兄。
だから、この携帯の中に残された写真は、彼を偲ぶ唯一の絆で――

「お兄ちゃん……マユを……世界を、守って……!」

胸に抱きしめれば、兄の霊が自分を守ってくれるような気がする。もっと頑張れる気がする。
そう――たとえ新しい『兄』が出来たとしても。自分の名前が変わっても。
後にも先にも、彼女が『お兄ちゃん』と呼べる人は、たった1人――


327 :11/13:2005/09/17(土) 20:35:44 ID:???

――やがて、全ての準備が整い。
クサナギ改が、マスドライバーのレールの上をゆっくりと滑り出す。
オーブのみならず、世界中の視線を浴びながら、剣の如き戦艦が走り出す。
軍人は敬礼し、市民は手を合わせて祈り。地上に住む全ての人の希望を乗せて。
マユとオーブ軍が守り抜いたマスドライバーを走り抜け、今、宇宙へと飛び出す――!

尾を引いて天に昇るクサナギの中で。
マユは、その窓から小さくなってゆくオーブを見下ろす。
彼女の脳裏に、病室で見た2年前の映像がオーバーラップする。
今度は。今度こそは。今度もまた。
この美しい島々を、守るために――!



――その、クサナギが向かう、空の上では。
2機のナスカ級を引き連れ、矢のような形の戦艦が急ぎ駆けていた。
ザフト軍最新鋭多目的戦艦、ミネルバ――
アーモリーワンの襲撃事件から、そのままMS強奪犯を追っていた、激動の艦。

そのブリッジでは――
艦長席よりもさらに上座、艦隊指令などを座らせるスペースに、3人の人間がいた。
一人は、現プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。
一人は、現オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ。
そして一人は、そのカガリの護衛役である、アレックス・ディノ。

「……先ほど、連絡がつきましてね。姫の母国・オーブから、クサナギが来てくれるそうです」
「クサナギが!?」
「メテオブレイカーも積んできてくれるそうですし……これで、何とかなるかもしれません」

アーモリーワンの事件の場に居合わせ、なし崩し的にミネルバで飛び出してしまった、この2人。
どちらも一国のリーダーでありながら、国を揺るがす重大事に、本国に居られないという非常事態。
それが、2人に焦りをもたらし――近かったとはいえ、VIP自らがこんな現場に乗り出すことになってしまった。
現場に行ったところで、一国の長にできることなど何もないと言うのに――

「しかし、ユニウスセブンを砕くことになるとは……もっと他の方法はなかったのか、ユウナめ……」
「あなたが心痛められる必要はありませんよ、姫。
 確かに不幸な成り行きですが……プラント市民の反発、きっと私が宥め押さえて見せると、お約束しましょう。
 決して、尽力して下さったオーブの皆さんが恨まれるようなことには、致しませんよ」

自分たちの立場も状況も考えず。
カガリは他国の市民の気分を心配をし、デュランダルは根拠なき約束を口にする――


328 :12/13:2005/09/17(土) 20:36:33 ID:???

そのミネルバ内、MSパイロット控え室にて。
赤い髪の娘が、うんざりしたような声を上げる。

「あーあ。なんであたしらが、地球の連合とかを守らなきゃいけないのかしらねぇ」
「……文句を言うな、ルナマリア。これも任務だ」
「って言ってもさァ」

ふてくされる少女に、突っ込みを入れるのは金髪の青年。
整った顔に、無感動なまでの冷静さを湛えた、落ち着いた雰囲気。

「このまま、地球潰してくれちゃった方が手っ取り早いと思わない?
 アーモリーワンの一件にしたって、向こうだってやる気なんだろうしさァ」
「……そういうわけにもいかんだろう。我々プラントとて、地球抜きではやっていけん。
 それに今回のこの件、我々の仕掛けたもの、などと邪推されても厄介だしな」
「あーあ、レイはいっつもそうよね。確かにアンタの言うことは正論ですよ。
 ねぇ――アンタはどう思うの? 今回の件?」

ルナマリアと呼ばれた娘は、レイと呼んだ男の『まっとうすぎる』正論にうんざりして、矛先を変える。
控え室で黙って外を眺めていた、黒髪の青年に、話題を振る。

「………俺の知ったこっちゃない。どうでも、いい」
「どうでもいいってことはないでしょう?! 地球が滅びるか滅びないかの、瀬戸際なのよ?」
「それも、どうでもいい。ただ……」
「ただ?」
「落ちるなら、『あの国』の上がいい。
 『あの国』が滅びるなら、あとは死のうと生きようと、どうなってもいい」
「あーあ、アンタいっつもそれよね。そんなに自分の生まれた国が嫌いなわけ?」
「…………」

暗い口調で、淡々と滅びの欲求を口にする青年に、ルナマリアは肩をすくめる。
そして、ふと思い出したように一言。

「あ、でもさ……さっきメイリンに聞いたんだけど。
 地球から上がってくる『援軍』って、アンタの大嫌いなあの国の艦(ふね)らしいよ?
 別に、この艦にいるお姫様を迎えにきたわけじゃないらしいけど。
 えーっと、前の戦争でも大暴れした、そう、クサナギって艦とかで」
「……クサナギ!?」


329 :13/13:2005/09/17(土) 20:37:34 ID:???

黒髪の青年の目が、憎悪に染まる。それまでの鬱な雰囲気が、一転して真っ赤に染まる。
その、顔は……

「また、偽善を口にして、自分たちだけ地球から逃げ出したのかよッ……!」
「ちょッ、あたしに怒鳴っても仕方ないじゃない、シン!」
「あいつらは……オーブは、いっつもそうだ! あの国はッ!!」

――それは、失われたはずの顔。悲劇の中に消えたはずの少年。
澄んで真っ直ぐだった瞳は、2年の間に憎悪に歪み。
笑いの絶えなかった口元は、2年の間にめっきり口数を減らして。
すがるべき過去を持たぬ魂は、過去映す鏡を掴みそこねた手は、ただ苛立ちだけを握り締め――



悲劇の地、ユニウス・セブンを挟む格好で。
大気圏脱出用ブースターを切り離したクサナギと、2隻の僚艦を連れたミネルバが、向かい合う。
これからの運命など知る由もなく――
栗色の髪の少女が。
黒髪の青年が。
共に、近づく死の大地を、見つめている――



                         第五話 『 怒りの空 』に続く