436 :1/14:2005/09/23(金) 15:34:01 ID:???
CE71年6月15日、ついに連合軍によるオーブ侵攻が開始された。

――沖合いに居並ぶ戦艦。襲い来るストライクダガー。迎撃するM1アストレイ。
閃光と爆音が飛び交い、あちらこちらに火の手が挙がる。
オノゴロ島は、揺れていた。

そんな激しい混乱の中で。
山の中、港に向け避難する家族の姿があった。
先導する兄。幼い娘の手を引く母親。後ろを気にする父親。
眼下の港では、避難用の船に、一般市民が列を成して乗り込み始めていた。
さらに急ぐ一家。
と、栗色の髪の少女のポーチから、ピンク色の携帯電話が転がり落ちる。

転がり落ちる携帯電話を、取りに行こうと手を伸ばす少女。引き止める母親。
一家が足を止めた、まさにその頭上で――
白いガンダムが青い翼を広げて一旦停止し、すぐさま角度を変えて飛び去る。
そしてその直後、目も眩む光が、ガンダムのいた虚空を、そしてその先にいる家族を飲み込んで――

――1人の少年が、山肌を転がり落ちる。
崩れる土砂と一緒に、転がる岩々と一緒に。
少年はなんとか受身を取り、避難船待つ港の近くまで来てようやく止まる。

「……うッ………」

頭を振りながら、よろよろと起き上がる少年。擦り傷以上の外傷はない。
ハッとして、少年は自分の落ちてきた崖の方を振り返る。

「父さん……? 母さん……?」

惨劇が、そこにあった。

それはかつて両親だったモノ。ばらばらに千切れ飛んだ残骸。
父の足が。母の手が。良く分からない肉塊が。
溢れる血が、土に黒いシミを広げていく。

「父さん……ッ!! か、母さんッ……!!」

思わずその場に泣き崩れかける青年。
数秒前には想像すらできなかった日常の終わりに、心は砕けかけ……
それでも彼はもう1人、忘れてはならない者を思い出す。

437 :2/14:2005/09/23(金) 15:36:56 ID:???

「マユ!? マユはっ!?」

血走った瞳で周囲を見回した彼は、土に埋もれるようにして伸びる手を見つける。
見覚えのある袖口。何かを掴もうとするように広げられた右手。
その先には――彼女が拾おうとしていた、ピンク色の携帯電話が転がっていて。

「マユッ、マユッ! 今助けるからな、しっかりし――」

生き埋めになった彼女を掘り出そうと、素手で土を掻き分け、小さな手を引っ張った彼は。
途中で、言葉に詰まる。

  その腕は――腕だけ、だった。

あまりにも軽く、土砂の中からすっぽ抜けた手。
その場に尻餅をついた彼は、ただ呆然と、それを見つめる。
無惨に断ち切られた切断面から、滴る血。
少年の手の中から妹の一部だったモノがこぼれ落ち、地面に転がる。

「あは。はは。ははは。ははははは……」

とうとう、限界を超えて。目を見開き、虚ろな笑いを漏らし始める少年。
その背後に、焦燥を滲ませる兵士たちが駆け寄る。

「何やっているんだ、キミ!」
「早く乗船したまえ!」

少年を捕まえたのは、避難民の乗船支援をしていたオーブ兵たち。
彼らの任務は、1人でも多くの一般市民を助けること――もちろん、生き残った市民を、だ。

「離せ、離してくれッ! マユ、マユッ!!」
「キミの命まで、失うわけにはいかないんだ! わかってくれ!」
「また弾が飛んできたら、船も危ない! さっさと脱出するぞ!」

色鮮やかな携帯に伸ばしかけた少年の指は、すんでのところで届かず。
狂ったように暴れる少年は、屈強な兵士2人掛かりで引きられていく――。


――その時、どうして少年に想像などできよう。
妹が、生きているなど。腕1本失ってなお生きているなど。
両親の、希望などカケラも持てない身体を見てしまったというのに――


438 :3/14:2005/09/23(金) 15:38:11 ID:???

――暴れる少年を無理やり載せて、避難船が桟橋を離れた後。
少年が膝をついた所から、少し山側にカメラを振れば――巨大な、岩塊。
山が崩された時に吹き飛んだソレは、少年の視線を遮る形で。
その後ろには――半ば生き埋めになった、栗色の髪。

「……ッうぅ………」

意識を取り戻し、薄く目を開けるが、少女は土砂の下から這い出せない。
かろうじて動く首を、回して見れば――

離れたところに散らばる、父母だったモノ。
さきほどの騒ぎで少年が放り出していった、自分の腕。
目にも鮮やかな、携帯電話。

しかし、そのショックを受け止めるだけの気力も体力も、その時の少女には残っておらず。
一言残して、再び意識を失う。

「シンお兄ちゃん――――」


――その時、どうして少女に想像などできよう。
兄が、生きているなど。まだ息のある自分を置いて行ってしまったなど。
両親の、希望などカケラも持てない身体を見てしまったというのに――


2機の白いMSが、激しい戦いを繰り広げ飛び去っていく。
翼を広げたフリーダムが、エールストライカーを装備したストライクが。
今なお少女の埋まる悲劇の現場の上を、今なお少年泣き叫ぶ避難船の上を――


      マユ ――隻腕の少女――

       第五話 『怒りの空』



439 :4/14:2005/09/23(金) 15:39:07 ID:???
空の上で、ミネルバとクサナギが向かい合う。姿勢制御し、寄り添うように位置を取る。
両者のブリッジ同士で、通信が繋がる。互いの艦長が、真剣な顔で敬礼を交わす。

「……ザフト軍ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」
「オーブ軍クサナギ艦長、レドニル・キサカ一佐だ」
「今回の協力、心から感謝申し上げます」
「こちらこそ。さて、失礼ですが時間がない。手早く作戦の確認を――」
「キサカ! 来てくれたか!」

と――その画面に、割り込むように声を上げる人影がひとつ。
嬉々として声を上げる国家代表に、思わず驚くキサカ。
よく見れば傍には、護衛のアレックスと、プラント評議会議長ギルバート・デュランダルの姿も……

「カガリ!? 議長も! なぜミネルバに!? いやなぜこんな場所に!?」
「アーモリーワンの事件の後、成り行きでな。
 たまたま襲撃犯を追ってデブリ帯に来ていて……そのまま来た。わたしも、議長も」
「それにしたって……!」

流石に言葉を失うキサカ。
アーモリーワンの一件の際、一時行方不明となり、その後無事が伝えられ……
非常事態の連続に、キサカ個人はカガリの動向を把握する余裕はなかったが。
まさか、こんなとこに出張ってくるとは――しかも、議長も一緒にとは。

「それよりキサカ、クサナギの戦力は? わたしも状況を把握したい」
「あ……ああ。メテオブレイカーにスペースを取られたので、MSはあまり乗せれなかった。
 設置及び護衛に、ザフト軍のみなさんの力を借りることになるだろう。
 こちらの戦力は、メテオブレイカーが10基、汎用のM1が3機、宇宙用のM1Aが3機。
 そして……フリーダム1機」
「「フリーダム!?」」

予想もしてない機体名に、カガリとアレックスの声が唱和する。慌ててカガリが問いかける。

「パイロットは誰だ!? キラか!? それともトラ……じゃなかった、バルディか?」
「……そのどちらでも、ない。
 乗っているのは……ユウナ・ロマ・セイランの、妹君……だ、そうだ」
「「はぁ!?」」

議長の前だということも忘れ、思わず2人は疑問の声を上げる。

「ユウナに妹なんて……居たっけ!?」


440 :5/14:2005/09/23(金) 15:40:03 ID:???

「「フリーダム!?」」

その驚きは――そのまま、ミネルバのMS格納庫にも伝わる。
発進を待つパイロットたちの声が、期せずして重なる。

「なんでそんなモノがあの国にあるのよ?」
「あの戦争で破損したものを回収したか、それとも真似て作ったレプリカか……
 オーブの技術力なら、どちらでもありえる話だな。味方としては、心強い」
「全く相変わらず、無茶苦茶な国だな! 恥知らずにも程がある!」

オペレーター、メイリン・ホークから伝えられたニュースを聞いた反応は3人3様で。
単純に驚くのはメイリンの姉、ルナマリア・ホーク。冷静に分析するレイ・ザ・バレル。
そして、怒りを露にするのは――何故かMSでなく、小型戦闘機のコクピットに収まる青年。

「詳しい事情は、こっちでも分からないんだけどね――例の『お姫様』も驚いてたし。
 乗ってるのは、『セイラン』とか言ったかな? なんか名門のお嬢様らしいよ」
「セイラン家が名門なものかよ! 占領下で連合に尻尾振ってのし上った、成り上がりだッ。
 そんなとこの娘持ってくるなんて……人気取りの売名行為以外の、何だって言うんだよ!」

吐き捨てるように言い捨てると、青年はヘルメットのスイッチを押す。
ミラー加工されたマスクが降り、その不機嫌そうな表情が完全に隠れる。


ちょうどその頃――その『お嬢様』は。
オーブ軍の整備員と一緒に、宇宙服と格闘していた。
宇宙服。そう、パイロットスーツは、軍服のように簡単に仕立て直すわけにもいかず……
軍用正規品でサイズの合うものがなかった彼女は、当座の代用として市販の宇宙服を与えられていた。

「……これ、邪魔くさいなぁ」
「マユ様専用のパイロットスーツは大至急作らせておりますが、今回はこれで我慢して下さい。
 これでも市販品では最も軽量、最も性能の良いものなんですよ、マユ様」
「まあ、首から下は別にいいんですけど」

様づけで呼ばれることに違和感を感じつつも、彼女は思わず愚痴を漏らす。
確かに、首から下はパイロット用スーツにも匹敵する薄さで、操縦にも影響なさそうなのだが。
渡されたバケツのようなヘルメットに、げんなりする。

「なんかこう、見るからに肩がこりそうなのよねェ」

愚痴りつつ、円筒形のヘルメットを被り――宇宙線対策のスモークフィルムに、その顔が隠れる。


441 :6/14:2005/09/23(金) 15:41:11 ID:???

ザフトのマークの代わりに差し替えられた、オーブのマークの起動画面。
その後に続くのは、これは変わらぬGUNDAMの文字。
黄色い画面に顔を照らされ……

「マユ・アス……じゃなかった、マユ・セイラン、『ガンダム』、行きます!」

クサナギのカタパルトから、フリーダムの身体が射出される。
大きなGに、少女の顔が歪み……一瞬の後には、星の海の中。

「……うわぁ……!」

眼前に大きく広がるユニウスセブンの廃墟、その光景に――少女は、言葉を失う。
凍りついた街。ひび割れた平原。踊るように天に伸びるシャフト類。虚空に浮かぶ大地。
それは――冷たく、荒れた光景ながらも、感動的で。不謹慎ながらも、芸術的で。
まるで、シュールレアリズムの絵画に飛び込んだような風景に、しばし魅了される。


クサナギ、ザフト艦双方から、それぞれ続々とMSが吐き出される。
M1アストレイがメテオブレイカーを抱えて飛び出し、合流したゲイツRと共に2機で1基を運ぶ。
護衛・支援を命じられたフリーダムのマユは、その隊列を少し離れたところから眺めていた。
と、その時。
ミネルバから――MSにしては小さすぎる影が、飛び出してくる。インパルスの、コアスプレンダー。

「え? 戦闘機……!?」

驚く彼女の目の前で。
その戦闘機は次々飛び出してきたパーツと合体し、一機のMSとなる。
最後に、2本の巨大な砲身パーツを背中につければ……それは、ブラストインパルス。

「へぇ、合体するんだ……って、キャッ!!」

ドッキングシーンに目を奪われていたマユは――少し、反応が遅れた。
合体を終えたブラストインパルスが、フリーダムを掠めるように超至近距離を通り過ぎたのだ。
反射的に避けようとフットペダルを踏み込むが……強すぎるスラスター出力に、コントロールを失う。

「キャァアあぁア!?」

無重力の宇宙空間で、スピンを始めるフリーダム。三半規管を揺すられ現在地を見失い、マユはパニックに陥る。
回転を止めようと慌ててスラスターを吹かすが、それは回転方向を複雑に変えるだけで。さらなる混乱。
青い翼を広げ、コマのように回転しながら、MSの隊列から離れあさっての方向に――!


442 :7/14:2005/09/23(金) 15:42:04 ID:???

「誰か助けてェ……ッ!」

マユが悲鳴を上げる。漂流の恐怖。身も蓋も無く絶叫する。
と、その機体が――がっし、と受け止められて。
赤い腕がフリーダムの回転を止め、ふんわりとその身体を隊列の方に戻す。

「大丈夫?」
「……え、ええ、ありがとうございます……」

通信画面越しに微笑んでいたのは――赤い髪も鮮やかな、女性パイロット。
フリーダムを助けてくれたのは、赤い専用カラーも目に眩しい、ガナーザクウォーリア。

「ひょっとして、宇宙は初めて?」
「は、はい、MSでは……。シミュレーターは結構やったんですけど……」
「慌てなくても大丈夫だからね。スラスターは吹きすぎない。姿勢制御はオートに任せて。
 スピンしちゃうと厄介だから、マニュアルで動く時はちゃんと重心のバランス取ってから。ね?」

赤いザクのパイロットは、フリーダムがバランスを取り戻したのを見ると、手を離し自身も隊列に戻る。
マユは『優しいお姉さん』の指導に感謝しつつ、おっかなびっくり翼を広げ、再びユニウスセブンを目指す。


「……何、あんな素人助けてるんだよ。放っとけ、あんな奴」
「いーじゃない。今は仲間なんだしさ」

ザフト−オーブ軍混成工作部隊を先導しながら。ユニウスセブンの上空に入りながら。
赤いザクと、ブラストインパルスは言葉を交わす。

「それよりアンタ? ワザとあの子脅かしたでしょ? あんな危険な飛行してさァ」
「あんなので驚く方が悪いんだ。あの程度の奴を乗せてる国が悪い」
「あーあ、アンタって相変わらず性格歪んで――」
「「!?」」

軽口を叩き合う2人は、急にはッと口をつぐむと――
両者揃って、眼前に盾を構える。
一瞬遅れて、その盾を叩く無数の散弾。眼前の、何もない所で急に起こった爆発。
メテオブレイカーを運ぶ1組のゲイツとアストレイが、防御が間に合わずまともに被弾し、爆散する。

ユニウスセブン外周部、チカチカと光るそのセンサーは。
無人で自動作動する、悪意のトラップ。MSサイズの、クレイモア地雷――!

443 :8/14:2005/09/23(金) 15:43:33 ID:???

「――来たか、偽りの平和に笑う者たちよ! 我らが敵!」

そのトラップ作動の光を、ユニウスセブン中心部から眺めていたのは。
黒と紫の装甲を持つ、数機のジン。運動性を強化された、ハイマニューバ2型。
彼らこそ、この一連の事件の犯人であり――あの地雷を設置した者でもある。

「……サトー隊長! 侵入者の動き、止まりました!」
「それでいい。手間をかけ設置した甲斐があったというものだ。
 さあ、侵入者どもよ! せいぜい、たっぷりと悩め! 躊躇しろ! 命を惜しめ!
 貴様らが考え戸惑う分だけ――我らの悲願、達成に近づく!」

ユニウスセブンの外周付近に、散らして設置した無数のトラップ。
散弾を撒き散らすクレイモア地雷に、ワイヤー作動式のグレネード。槍ぶすまのように飛び出す剣。
上空からの接近も、シャフト残骸に設置したトラップが対応し、迎撃する。
それらは、決して敵を倒すためではなく――敵の動きを、止めるためのもの。
これ見よがしなダミーも織り交ぜて、2重3重にトラップを設置し、相手の判断を迷わせる。
これがもし十分な時間があれば、地道に潰され侵入ルートを見つけられ、突破されるのは間違いないが……

今、この場においては、時間こそが全ての鍵。
ただ時が経てば、それだけでサトーたちの勝利が確定する――
そしてこのトラップ地帯を突破せねば、ユニウスセブンの破砕などとてもできはしない。
サトーたちは第一段階の首尾の良さに、にんまりする。

と――その時。
しばらくの沈黙を破り、再びトラップの爆発の振動がサトーたちの足元を揺らした

「懲りない奴らだ。何重にも張り巡らせたこの罠、通れる所など――」

言いかけたところで――再び、爆発。
爆発。また爆発。続けざまに作動するトラップの振動が、着実に彼らに近づいてくる。

「何だ!? 何が起こってる!?」
「まさか、奴らも――命を捨て、真正面から突破にかかったというのか!?」

彼らは顔を見合わせる。
確かに、地雷原を突破する一番簡単な方法は、『誰かに踏ませる』ことだ。死の行進だ。
踏まれた地雷は、もう爆発しない。一度作動したトラップは、もう障害にはならない。
だがそんな方法、兵士が何人いても、命がいくつあっても足りはしない――


444 :9/14:2005/09/23(金) 15:44:42 ID:???

――また、爆発。
ビル外壁に仕込まれていた指向性爆薬の爆風に、真横に吹き飛ばされる。
2年前の大戦の英雄、天下に名の知れた最強MS『フリーダム』が――無様に地面を転がる。

「無茶だフリーダム! もうやめろ!」
「……大丈夫ッ……! PS装甲オールグリーン、まだまだやれますッ……!」

よろよろと立ち上がったフリーダムが、後ろから追いついたM1アストレイの手を振り払う。
ザフト・オーブ両軍のMSが見守る中、また中心に向けて十数歩進み、爆発に巻き込まれる。

「あの子、あんな無茶して……!」
「だが、確かに合理的で、しかもフリーダムにしかできない仕事だ。
 自分の役割、しっかり分かっている」

思わず涙ぐむ、赤いザクのルナマリア。淡々と評価する、白いザクのレイ。
インパルスの青年は――不機嫌そうに黙り込んだまま、その乱暴過ぎる『地雷除去』を眺めている。

そう、誰もがトラップの山を目の前に躊躇していた時――1人飛び出したのが、マユだった。
避けもせず、まともにトラップを喰らい、しかしそのことによって後の安全を確保して。
PS装甲と核エネルギーの組み合わせがあってこその、荒業。確かにフリーダムにしかできぬ芸当。
それでも、コクピットの中は酷いことになっているはずだが――少女は泣き言1つ言わずに。
周囲の制止も聞かず、独り地雷原を歩く。少女の口元から、一筋の血が流れる。
彼女の通った後に――1本の道ができる。

と、そのフリーダムが、キョロキョロと周囲を見回して。
どうやら、トラップ地帯を突破したらしく――少し動き回っても新たな罠が作動しないことを確認し。
後ろを振り向き、後続に手を振る。

「どうやらあそこまでのようだな。有難い」
「ほんと、マトモに通ろうと思ったら、いくら時間あっても足りないものね――って、危ない!」

思わず、ほっとしかけた皆の顔が、凍りつく。
こちらに向け、手を振るフリーダムの、さらに後方。
音も無く気配も無く、黒と紫のジンが忍び寄り。
過酷な地雷原突破に疲れきったマユは、それに気付かず。
ハイマニューバ2型が、ビームカービンを、無防備なフリーダムの背中に向けて、突きつけて――!


445 :10/14:2005/09/23(金) 15:45:41 ID:???
ビームの閃光――そして、爆発。

「キャァッ!?」

思わずマユは悲鳴を上げる。
事態の飲み込めない彼女は、慌てて周囲を見回して。
ようやく――理解する。
遠くに2門の大砲を抱えるインパルスと、背後で撃ち抜かれた黒いジン。
ずっと傍観者に徹してた彼が、紙一重のタイミングで、まさに撃たれる寸前のフリーダムを救ったのだ。
インパルスはそのままマユの作った『道』を突進し。
迎撃のため、次々と姿を現すジン・ハイマニューバ2型の中に、単身突っ込む。

「ようやく出てきやがった……撃っても許される、俺達の、『敵』ッ……!」


――インパルスのパイロット、シン・アスカが軍に入った理由は、単純だった。
『行き場のないこの怒りを、誰恥じることなく『敵』にぶつけたい』
ただ、それだけだった。八つ当たりの暴力を、合法化される場を欲しただけだった。
それは確かに、何の後ろ盾もない移民の少年にとって、数少ない生きる道ではあったが……
彼の暴力への志向、それはかなり常軌を逸したもので。

アカデミーの同級生とケンカになり、文字通り半殺しにしたこともある。
実戦派で知られるナイフ格闘術の教官を、『手加減しきれず』本当に刺して重傷を負わせたことも。
MSに乗れば、遠近を問わず攻撃技術はアカデミー1で。
何度も懲罰を受けながらも、その優秀さに何度も特別に赦されて。
しまいには――素行点以外は全てトップでアカデミーを卒業、見事に赤服の栄誉を得て。

ついた仇名は数多く。
『狂犬』『フレッド殺し』『血染めの赤』『暴力装置』『オーバーキル』『黒髪のジョーカー』
そして――『狂戦士(バーサーカー)』。

今やトレードマークともなった、ミラー加工のヘルメットも。
同級生だったルナの、「シンの戦闘中の顔、ちょっと怖すぎるよ」という言葉に応えてのことで。
敵よりも、むしろ味方にこそ恐れられる、激怒に狂った最凶戦士。

青年は――あの日、全てに絶望した少年は。
今なお胸の奥に燻り続ける怒りだけを、己の原動力として――


446 :11/14:2005/09/23(金) 15:46:27 ID:???

「ハハハハハハハ! 旧式の分際で、生意気なんだよォ!」

狂ったように哂いながら戦場を駆ける、インパルス。
嬉々として、圧倒的多数の敵を蹴散らし、暴れ回り。
重たい大砲を抱えていながら、敵の攻撃はギリギリで回避し、敵の動きを先読みして撃ち抜く。

マユは――遅まきながら、理解する。
そう、彼は決して、危機にあったフリーダムを救おうとしたわけではない――
単に、ようやく姿を現してくれた『解りやすい敵』に、我慢できずに襲い掛かっただけ。
そんな彼を、赤いザクウォーリアと、白いザクファントムが追いかけ、援護する。

「1人で出過ぎよ! 背中を守る側のことも考えなさい!」
「思ったよりも敵が素早い。ブラストよりもフォースの方が効果的だ。援護してやるから、換装しろ」

文句を言いつつ、そして指示をしつつ。
絶妙な連携で敵を圧倒し、激戦の最中に空中換装を実行する。
高機動装備にシフトしたインパルスは、今までの重砲撃戦から一転、目も回る高速戦闘に移行する。
全く対照的な戦闘スタイルなのに――どちらも板についたように、馴染んでいる。
あらゆる局面に対応できる、才能溢れるオールラウンダー。どんな役目もこなせる『黒髪のジョーカー』。


「これが……ザフトの『赤服』の力……!」

鬼気迫る戦いぶりに、マユも、オーブ軍兵士も、圧倒される。
自惚れるわけではないが、自分たちにも多少の自信はあった。訓練を重ね、アッシュも倒した。
だが――目の前の3機の繰り広げる、戦闘は。即興ながらも無駄のない連携は。
格が、違う。

「敵は彼らに任せて、こちらは作業に入るぞ! フリーダムは、我々の護衛を!」
「りょ、了解!」

M1アストレイに声をかけられ、マユはフリーダムの操縦桿を握り直す。
メテオブレイカーを抱えて移動するゲイツとM1に、寄り添って飛ぶ。
……インパルスのパイロットの『声』に、後ろ髪を引かれつつ。

「……ちょっと、似てるけど……でも、そんなハズないよね……。
 ザフトなんかにいるはずないし……それに、お兄ちゃんはあんな乱暴じゃない……!」


447 :12/14:2005/09/23(金) 15:47:25 ID:???

――それは、まさに混戦。
戦場は、混沌としていた。

怒りに任せて暴れまわる、フォースインパルス。
同じく怒りを滲ませ、捨て身の攻撃を仕掛けるハイマニューバ2型。
その合間を縫って、メテオブレイカーの設置に走るM1アストレイとゲイツR。

テロリストのジンは、メテオブレイカーを目指して突撃してくる。
フリーダムが翼を広げ、盾を構え攻撃を受け止め。
返す刀で、全武装フルバーストでその腕を、足を、頭を吹き飛ばすが。
手足を失い胴体と翼だけになっても、なお突進を止めない。
設置されたメテオブレイカーに、体当たりを敢行しようと――

「何中途半端なことやってるんだ! お前は!」

そんな、完全に戦闘力を失いなお諦めぬジンに――駆けつけたインパルスが飛びかかる。
もはや抵抗もできぬ相手を、ビームサーベルで貫き通す。

「殺すしかないんだよ! こいつらは!」
「分かってる! 分かってるわよ、そんなこと!」

泣きそうな声で抗弁するマユに振り向きもせず、次なる獲物を求めてインパルスは飛び去る。
残されたフリーダムは、メテオブレイカーが地中に潜っていくのを確認し、その後を追う。

「あたしだって……仕方ないと、分かってるのに!」


その2機を遠くに見る、赤と白のザクは――

「あの子、本当に宇宙は初めてなの!? 全然、硬さがないじゃない!」
「恐ろしい適応力だな。フリーダムを任されているのは、伊達ではないということか」

見慣れたインパルスの戦闘力よりも、むしろマユの戦いにこそ注目していた。
つい先程、ルナマリアが『指導』した女の子は、完全に無重力のコツを掴んでいて。
少女の言葉が嘘でないなら、それは恐るべき学習能力の現れで――

「間違っても、敵には回したくないものだな。
 それに、あの戦闘パターンは――」

何事にも動揺しそうにない金髪の青年は、嘆息しつつ、己の目の前の敵に銃を向ける。
ひょっとしたら、彼だけが――この混乱の戦場で、冷静に全てを観察しているのかもしれなかった。

448 :13/14:2005/09/23(金) 15:48:52 ID:???

もはや――戦況は覆しがたいものになっていた。
サトーたちテロリストの奮戦にも関わらず、その戦力差は埋めがたく。
用意していた数々の罠も、もはや役には立たず。
彼らは各個に分断され、撃破され、数を減らしていく。

メテオブレイカーも、何基か撃ち抜き、壊したが。
その多くは乱戦の中、地中に向けて潜行し。
いくつかは現場の判断で、予定と異なる地点に打ち込まれていたが――
やがて、虚空に浮かぶ大地が、自然にはありえぬ地震に、激しく揺れ始める。

岩盤にヒビが入り、広がっていく。
地割れが、大地に走り、ビルを飲み込む。
ランダムに走る亀裂が、隣の亀裂と繋がり、やがて大きな一本の線となる。
激しい振動に、重力なき大地の上、粉塵が舞い上がる。
前例にないほど大量に投入されたメテオブレイカーは、その役目を存分に果たして。

 巨大なユニウスセブンが、真っ二つに割れる――

それは、実にダイナミックな光景で。それは、実に信じがたい光景で。
ある意味、それは美しい光景で。

敵も、味方も。MSも、戦艦のブリッジも。
誰もが、その圧倒的な光景に、思わず戦闘の手を止め、黙り込む――
時が止まったかのような、一時。


「クククッ……ハハハッ……アーハッハッハッハッ!」

それは、唐突に。
沈黙を破ったのは……1つの笑い声。
赤いザクが慌てて声の主に近寄り、心配そうに様子を伺う。

「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
「ハハハハハッ! これが、笑わずにいられるかッ!」

それは――インパルスのパイロットの哄笑。
表情を隠すミラーバイザー越しにも、それは明らかに、狂気を滲ませた笑いで。

「オーブの連中め、頑張り過ぎだ! ルナも自分で計算してみろ!
 あいつら――自分で自分の国を滅ぼしやがった!」


449 :14/14:2005/09/23(金) 15:50:52 ID:???
――ほぼ同時に。
彼の気付いた「そのこと」に、クサナギもミネルバも、ようやく到達していた。

「これは……このコースは!」
「まさか! いくらなんでも……!」

メテオブレイカーの作動により、大きく2つに割れたユニウスセブン。
その片割れは、割れた反動で進路が変わり、突入コースを外れ外宇宙に飛んでいくと計算されたが。
残る半分は、逆にさらなる加速を得て――

「このスピードだと……予定よりも早く大気圏に突っ込むぞ! 破砕が、間に合わん!」
「それに、このコースだと――落ちるのは、オーブ直上!」

2つに割っただけでは、まだ足りない。大気圏で焼き尽くすには、さらに砕かねばならない。
だが、この破片の高度とスピードは、そのために必要な作業の時間を許してくれなかった。
のんびり作業などしていたら――もろともに、大気圏に突っ込むことになる。
M1アストレイに、ゲイツRに、大気圏を突破する性能など、ない。

そして、落着予想地点は。
よりにもよって――奮戦するクサナギの母国、オーブ連合首長国。
空気抵抗による多少のブレはあれども、その領内のどこかに落ちるのは間違いない。
その被害は、想像するだに恐ろしい。


このままでは、成す術なく、ユニウスセブンの半分は地上に落ち。
大地は未曾有の大災害に襲われる。
オーブは壊滅し、地球環境の被害は甚大で。
彼らのここまでの努力が、徒労に終る――いやむしろ、オーブにとっては薮蛇に――!


誰もが、その最悪のシナリオに呆然とし――ただ1人インパルスのパイロットが哂う中。
一本の蒼い矢が、地球に落ち行く半円目指し、微塵の迷いもなく突進する。
インパルスの至近距離をかすめて彼を仰け反らせ、しかしニアミスにすら気付かず全速力で飛ぶソレは――

「フリーダム!」
「戻れセイラン三尉! 帰れなくなるぞ!」

制止の声を振り切って、マユ・アスカ・セイランのフリーダムが、ただ1人絶望の大地へ――


                        第六話 『 流星群 』 につづく