- 15 :1/11:2005/09/28(水) 00:20:55 ID:???
――それは、場にそぐわない、呑気な歓声。
「ヒョウ、割れたぜおい!」
「……すごい………」
「どうなってんだ、こりゃ?」
奮戦するマユたちを、抵抗するテロリストを、割れていくユニウスセブンを――
密かに、眺める者たちがあった。
条約違反のミラージュコロイドで身を隠した、一隻の戦艦。
つい先日まで、他ならぬミネルバに追われていた者たち。
その一室で、窓の外に広がる壮大な光景を、そして望遠カメラで捉えた戦闘の光景を――
特等席で見ているのは、若い3人組。青年2人に少女1人。
いずれも、地球連合軍の制服をそれぞれに着崩し、それぞれに改造している。
そういう特例が認められていること自体、彼らの特異な地位を表しているのだった。
と、その部屋の扉が開き、1人の士官が入ってくる。
これもまた、正規品にない黒の連合軍制服を着込み――顔の大半を、仮面で隠した金髪の男。
「ネオ!」
「俺達の出番はないのかい?」
仮面の男に、次々に声をかける3人組。
ネオと呼ばれたその男は、3人と並んで窓の外を眺める位置に来る。
「俺も、出たいと思うんだけどねェ……。
命令が、『事態に干渉せず、とにかく映像を撮って来い』だからね。
NダガーNでもありゃ良かったんだが。今は仕方ないさ。
間違っても、あの3機を出して変な勘繰りされるわけにも行くまい?」
『あの3機』――格納庫に並ぶ、灰色の3機のMS。
カオス、ガイア、アビス。
この艦に残されたほぼ全ての戦力であり――
確かにこの場に彼らが出て行けば、無用の混乱を招くだけ。
「まあ、どっちにしろ……コイツでトドメだろうねぇ。
俺たち『ファントムペイン』の、表舞台へのデビューも、もうすぐだ。
戦争が、始まるぞ――もしこの後、世界が残っていたなら、だが」
- 16 :2/11:2005/09/28(水) 00:21:51 ID:???
マユ ――隻腕の少女――
第六話 『流星群』
「何をしている、お前たち!」
ミネルバのブリッジに――声が響く。
賓客であるカガリ・ユラ・アスハの、焦りに満ちた叫び。
「まだメテオブレイカーも残ってるはずだ! 諦めるな!
ことは我がオーブだけじゃないんだ――あの塊を、早く!」
「分かってます!」
カガリの叫びを、ミネルバ艦長タリア・グラディスの叫びが遮る。
半ばうんざりしたような苛立ちが、隠しきれていない。
わざわざ言われずとも、タリアとてむざむざ残りを地上に落とす気などない。
しかしこの状況下での作業続行は、MSパイロットに「死ね」と言うに等しい――
タリアは頭をフル回転させて、対策を考える。
「――議長、それにアスハ代表。連絡艇を用意しますので――艦を降りて頂けますか?」
「え!?」
タリアの唐突な申し出に、2人のVIPは揃って驚く。
振り返った艦長は、真剣な目で。
「これより本艦は、限界まで陽電子砲で残る岩塊を砕きながら、共に地球に降下します」
「えぇえぇぇ!?」
「どこまでできるか分かりませんが。でも出来るだけの力を持っていてやらないわけには。
MS隊に通信、いや信号弾発射。すぐに撤退し帰還するように、と。
アーサー、降下ルートの確定、急いで。平行して降下シークエンスの最終確認を!」
『グラディス艦長、クサナギも同じく陽電子砲による破砕に移行する。以後連絡を密に』
「了解です、キサカ艦長」
悲鳴を上げる副官を無視し、事態の推移についていけない国家主席2名を無視して。
2人の艦長は、厳しい表情で互いの顔を見合わせる――
- 17 :3/11:2005/09/28(水) 00:23:08 ID:???
帰艦命令を示す信号弾が、2つの艦から打ち出され。
M1アストレイが、ゲイツRが、ザクが――続々と帰艦する。
「――で、どうする気なの、これから? これで終わりってわけにも行かないでしょう?」
ミネルバに着艦し、MS格納庫に戻ったルナマリアは、管制担当のメイリンに事情を問いただす。
てんやわんやのブリッジではあったが――艦載機が戻ってくれば、逆にMS管制は楽だ。すぐに雑談になる。
「なんかね、タンホイザーで砕くんだって。大気圏突入しながら」
「え、なに? まさか、このまま地球降りるの?」
「そうみたい。だからいまコッチは大変よ。2つの大仕事を同時に進めなきゃならないって」
「確かにそれは我々に取れる数少ない方法だが……覚悟を決めねばならんぞ」
少し遅れて着艦した白いザクファントムのパイロット、レイも会話に割り込む。
いつも生真面目で表情の起伏の少ない彼だが、今はやや緊張の色が伺える。
「覚悟って……何のこと、レイ?」
「タンホイザーは、確かに我々の手持ちの兵器の中で、最も高い火力を持つが――
あれだけの質量に、有効打を与えられるかどうか怪しいものだ。
そもそも、それだけでは不足と見られたからこそ、メテオブレイカーなど持ち出したのだからな。
そして砕ききれなかった場合、それが及ぼす被害は、我らにとっても他人事ではない。
なにせ我々自身が、他ならぬその『地球』に降りていくことになるのだからな」
「そんな――」
「運が良ければ、岩盤に入ったヒビを広げ、砕くことができるかもしれん。
だが、運が悪ければ――いや、普通に考えれば、ただ撃つだけでは――」
淡々と語るレイ。息を呑むルナマリア。
そんな分析を遮ったのは、オペレーターのメイリンの声。
「ねぇ、レイ、お姉ちゃん――シンは?! インパルスは、どうしたの!?」
「どうしたの、って――あたしが最後に見た時は、敵と戦ってたけど?」
「帰ってこないのよ! レーダーにも映らないし! 通信も繋がらないし!」
「……『オーバーキル』のシンめ、また悪い病気を発症したか?
斬っているのが『敵だけ』なら良いがな……」
帰らぬインパルス。地球降下の準備を進めるミネルバは、その一報に困惑に包まれる。
そして同じ頃、クサナギでもまた――
- 18 :4/11:2005/09/28(水) 00:23:56 ID:???
――高速で落下していく、ユニウスセブンの片割れ。
その上で――壊れかけ、放棄されたメテオブレイカーを、担ぎ上げる影があった。
クサナギ所属のMS、フリーダム。
被弾し支脚が一本失われたソレを、残った足で地面に設置し。手で支えて無理やりバランスを取って。
操作用ハンドルを握り、何やら操作を始める。
……と、そこにフワリと飛んでくる、一つの影。
散歩の途中で知り合いを見つけたかのような気軽さで、フリーダムに声をかける。
「……どうしたんだ? 帰還信号、出てるぞ」
「あの光ってたのがそうですか? 大丈夫、すぐ帰ります」
「ひょっとして……信号弾の読み方も知らないのか? 素人が」
インパルスのパイロットは、呆れた声を出す。
いくつかの色を組み合わせてメッセージを送る信号弾は、確かに訓練なしには読めない。
軍ごとに法則も違うし、彼だってクサナギから出た信号の意味は判らない。各軍の重要機密、一種の暗号なのだ。
少女の従うべき命令についても、ミネルバ側から出た信号と、M1アストレイの動きから推測しただけだ。
『すべてを差し置いて最速で戻れ』――その意味を知ってなお留まる青年が、意味を知らぬ少女に問い掛ける。
「……で、何やってるんだ?」
「このメテオブレイカー、足が壊れてますけど……本体のドリルは無事です!
セーフティーが働いてこのままじゃ使えませんが、自動作業プログラムを弄ってやれば……」
モニター越しに問うミラーマスクの青年に、円筒ヘルメットの少女は手を動かしつつ答える。
本来、MS2機がかりで設置する設定になっているのを、フリーダム1機で。
しかも支脚が破損したままの状態で、強引に作動させるためのプログラム変更。
原理や仕組みは建築用ドリルと同じ。工事現場での経験を、フルに活かしたイレギュラーな操作。
キーボードの上を素早く指が走る。少女の必死な表情は、しかしスモークフィルムに遮られ、見えない。
「ふん。いまさら、そんなの1つでどうなるって?」
「岩盤には、既に細かいヒビが入ってるはずです。これで少しでも後押しすれば、ひょっとしたら……」
「無駄だと思うがな!」
「手伝って欲しいとは言いませんけど……邪魔しないで下さい!」
互いの言葉が、必要以上に刺々しいものになる。
互いに――懐かしい、しかし生きているハズもない大切な人に『似た声』に、苛立ちを覚える。
(くそッ、なんで……セイランの娘なんかが、マユにそっくりな声してるんだよ!
でもマユは――あいつは機械が苦手だったし――こんなマニュアル外の作業なんか――そもそもMSだって――)
(ホントに似てるけど――やっぱりお兄ちゃんじゃない! お兄ちゃんはこんな意地悪じゃない!)
「だいたい、手伝うでもないくせに、何でこんなとこに――」
- 19 :5/11:2005/09/28(水) 00:24:56 ID:???
ある意味もっともなそのマユの問いは――途中で、遮られた。
ビームライフルの閃光と、爆発によって。
「キャッ!」
「お前も地球も、どうでもいいんだが――まだ、『獲物』が残ってるんでね!」
フリーダムの鼻先を掠めた閃光は、背後から忍び寄るジン・ハイマニューバ2型を撃ち抜いて。
さらに続々と集まってきた3機ほどのジンに、インパルスは嬉々として襲い掛かる。
悪意ある叫びを、フリーダムに残して。
「お前は、『餌』だ! こいつらを惹き付けるための『餌』だ! せいぜい足掻いてろッ!」
「フリーダムとインパルスが、戻ってない!?」
その報告を受け――カガリ・ユラ・アスハは、驚きの声を上げた。
彼女がいるのは、未だミネルバの艦橋。既にデュランダル議長の姿はない。
タリア艦長の指示に従い、議長は既に随伴するナスカ級に移っていたが、彼女は拒んだのだ。
ちなみにカガリは、「出来ればクサナギに移りたい」とも言ったのだが……
それは連絡艇が1艇しかなかったことから、却下された。
「ええ……ノイズもひどく、レーダーにも映りません。
帰還が遅れているのか、それとも敵に倒されたか……」
『そろそろ、高度も限界が近い。あの2機は残念だが――陽電子砲の発射準備に入る』
「そんな! キサカ、なんとかならないのか!?」
2人の艦長の淡々とした態度に、1人叫ぶカガリ。
だが……
『彼らとて、覚悟はあるはずだ! 次善策としての陽電子砲使用も、知っている!
悪いがたった2人のために、地上に住む全ての人々を見殺しにするわけにはいかん!』
「そういうことです。我々は、命を選ばねばならぬ立場――
ではキサカ艦長、こちらも陽電子砲タンホイザーの射撃体勢に入ります」
『心得た。こちらもローエングリンの発射体勢に入る。陽電子チャンパー、充填開始』
「…………ッ」
自分の無力さに、下唇を噛み締めるカガリ。2人の艦長も想いは同じだが、彼らは職務の遂行に専念する。
カガリの肩に、護衛のアレックスの手が置かれ、彼女は振り返る。
バイザー越しにも、わざとらしい付け髭越しにも。彼が戻らぬ2人を、そしてカガリを案じているのが分かる。
カガリは目尻に涙を溜めながらも、小さくうなづいて彼に身を寄せ、陽電子砲の準備進む両艦を見守る。
- 20 :6/11:2005/09/28(水) 00:26:01 ID:???
「何故気づかぬ! 我らコーディネーターにとって、パトリック・ザラの――」
「五月蝿いッ! 雑魚が吼えるなッ! 弱者が語るなッ!」
一刀両断。
絶叫しつつ、サムライブレードで斬りかかったハイマニューバ2型は――
インパルスの盾を真っ二つに斬り裂きながらも、逆にビームサーベルに胴をなぎ払われる。
問答無用、容赦なし。『狂戦士』の仇名は、伊達ではない。
「偽りの平和で、何故笑える! 何故敵と手を取り合えるか、偽善者どもめ!」
「じゃあ何よ! いつまでも鬱々と泣いてなさいって言うの、あなたたちは!」
ジンの1機が、メテオブレイカーの操作で動けぬフリーダムの背後からビームを撃つが――
マユは背を向けたまま、左手の盾だけでそれを防ぐ。人間には不可能な、MSならではの関節の可動域。
そのまま振り返りもせず翼を伸ばし、翼の中に収められたバラエーナ ビーム砲を、後方に撃つ。
予想だにしない反撃に片手を飛ばされ、慌てて飛び下がるジン。
メテオブレイカーを守りながら、という制約があるにも関わらず。数の上でも差があったにも関わらず。
フリーダムとインパルスは、ジンを圧倒し。
やがて――プログラムを書き換えられたメテオブレイカーが、フリーダムに支えられ大地に潜り始める。
最後に残されたジン2機は、それでも諦めなかった。
片腕を失った1機が、後ろからインパルスを羽交い絞めにして動きを止め。
もう1機は、半ばまで地面に刺さったメテオブレイカーに、体当たりを試みる。
「我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ! この地で散った者たちの嘆き、今こそ世界に……」
「いい加減にしなさい!!」
タックルしてきたハイマニューバ2型は――逆にフリーダムに蹴り飛ばされる。
翼を広げ、空中でメテオブレイカーを支えたままでの、アクロバティックな蹴り。体操選手の鞍馬のような動き。
その回転の勢いのまま、メテオブレイカーの上で逆立ちするような姿勢になり――腰のレールガンが、火を噴く。
「どうしてそうなるのよ! 娘さんがここで死んで……なんでそうなるのよ!」
「小娘が、我らが怒りの、何を分かると……」
「理不尽に家族を失う、その痛みを知ってるのに! その哀しみを、誰よりも知ってるのに!
なんで、こういうことができるの、あなたたちは! なんで、同じことができるの!
あなたの娘も――きっとそんなこと、望んでない!」
「………!!」
少女の叫びに、蹴り飛ばされたジンは、言葉につまる。
この地で失った愛娘、それと同じくらいの年頃の娘の、切なる訴えに。
レールガンで頭を、翼を飛ばされながら、思わず動きを止め――
- 21 :7/11:2005/09/28(水) 00:27:21 ID:???
「――ヌルい、な」
動きを止めた彼に――疾風のようにインパルスが襲い掛かり、ジンの腹を、コクピットを貫く。
いつの間にか手にしていた刃は、折りたたみ式のコンバットナイフ、フォールディングレイザー。
見ればその背にフォースシルエットはなく。
背後で、彼を押さえ込んでいたはずの片腕のジンは、緊急排除されたシルエットに潰されている。
振り返ったインパルスはもろともにバルカンを浴びせかけ、蜂の巣にする。
「自分の『怒り』に言い訳なんか欲するから――こうなる」
「――!」
最後の2機のジンの爆発の中、しかしインパルスの呟きはフリーダムに届かない。
マユは、敵でありながら、少しは共感できてしまった2人のテロリストの死に、息を呑む。
目尻に涙が浮かび、珠となってヘルメットの中を舞う。
その、足元で。
メテオブレイカーの本体が、潜っていったその足元で。
大地が、割れる。
巨大なひび割れが、走る。
身構え直す時間も何もなく。
釜の底が抜け落ちて――フリーダムが、インパルスが、ジンの残骸が、重力に引かれ亀裂の中へ落ちてゆく――
――その異変は、外からも明らかで。
「……割れた!? さらに2つに!」
「まさか……あの2人がやったのか!?」
今まさに、陽電子砲を撃ち放たんとしていた、ミネルバとクサナギで。
目の前で割れる目標に、驚きの声が上がる。
半円状だった大地はさらに半分になり、さらに亀裂が目に見えて広がり……これなら、もう一押しすれば。
「――標的変更! ミネルバは向かって左の岩塊を狙う! クサナギは右を!
二つの岩塊の間に英雄たちがいるはずよ、そこは避けて!」
『了解だ。ローエングリン、照準変更!』
「『てーーッ!!」』
既にチャージの済んでいた両艦は、すぐに照準を横にずらし。2人の艦長の叫びが、唱和して。
タンホイザーが、ローエングリンが、目も眩む光の帯を撃ち出す。
大気圏に突入し、尾を引きながら――ユニウスセブンが、粉々に割れ、砕け、小さくなって――
- 22 :8/11:2005/09/28(水) 00:28:57 ID:???
……暮れゆく空。静かな波音。
海辺の孤児院の、その庭は、既に子供の声も聞こえず、人の気配もなく――
ただ1人、桃色の髪の娘がベランダの縁に腰掛け、歌を口ずさんでいた。
空には、赤く尾を引き始めた、無数の影。砕けたユニウスセブン。
「……シェルターに入らなくていいのかい。そろそろ、第一陣が来るぞ」
「……そういうあなたもどうするのです? 一緒に入りますか、バルドフェルド隊長?」
いつの間に近づいてきたのか、一人の男が少女に声をかける。
顔に疵持つ、義手義足の男。マユがアンディと呼んでいた男。失踪中とされていた男。
「子供たちと導師は、もうシェルターに入れたのかい?」
「ええ、キラも一緒に。マリューさんはどうなさいました?」
「アイツとは今、別行動中でね。どこか適当な避難所に潜り込めてりゃいいんだが」
どこか他人事のように言い捨てる男。娘はゆっくりと腰を上げる。
「……やはり、戦争は避けられませんか」
「なんだ、2年間考え続けた結果が、それかい?」
「あと少し……あと3年ほど今の均衡が続いていれば、打つ手もあったのですが。
今、こうなってしまっては……多かれ少なかれ、血が流れることは避けられないでしょう」
「よ〜やく歌姫殿にも覚悟して頂けましたか。全く貴女という方は――分からんお方だ。
そんなことは、我々にはとうにわかりきったこと、だったんですがねぇ」
哀しげに首を振る娘。どこか楽しげな男。
2人は並んで孤児院の中に入る。無人の孤児院。
「なんと言うかな――貴女には色々と、『視え過ぎる』んだろう、きっと。
俺たちには分からぬ先の先まで『視えて』しまうから、余計なことを考えちまうんだ」
「買い被りですわ。たぶんきっと、わたくしが愚かなだけなのでしょう。
何もかも分かっていたつもりで――傷ついた少女の気持ち一つ、理解できていなかったのですから」
「――ともかく、嵐が過ぎたら動きだしますぜ、俺たちは。どこまでできるか分かりませんが」
「……お願い、しますわね」
バルドフェルドは孤児院の食堂の隅の床、跳ね上げ式の扉をあけ、中に入る。
ラクスもその後に続いて入ろうとして――ふと思い出したかのように、窓の外の流星群を見上げる。
「ひょっとしたら――わたくしは、既に遅かったのかもしれませんね。
今から、何かを成そうというには」
一言、諦観の呟きを残し。
彼女もまた、床下のシェルターに姿を消し、無人と化した地上の孤児院は静寂に包まれる。
波の音だけが、変わらず響き続ける。
- 23 :9/11:2005/09/28(水) 00:29:48 ID:???
強烈な引力に、無重力に慣れた身体は押し潰されて。
際限のない落下。鳴り続けるアラーム。
コクピット内の温度が、肌に感じられるほど上昇してゆく。
「えっと、こうして、こうして……キャッ!」
必死にパネル操作を続けるマユは、目の前に迫る岩の塊に悲鳴を上げる。
慌ててその岩を蹴り姿勢制御するが、先程までの操作が無効になり、パニックに陥る。
MS単体での、大気圏突入――
それは、実に際どい、暴挙とも言える行為で。
スペック上は可能とされるフリーダムでも、実行するのはかなり難しい。
ましてや、直撃すれば軽くMSなど潰してしまう、岩塊の飛び交うこの環境では――。
遊び半分でやっていたシミュレーターの経験など役に立たず、マユは混乱していた。
明らかに無駄な動きをしながら、大地に向かって落ちていく。
と、その時、そのフリーダムを――抱きかかえる一つの影。
地割れに呑まれた後、一旦はぐれていた、インパルスだった。
「何やってる! 死にたいのか!」
「そ、そんなこと言ったって――」
「その盾をよこせ! こっちの腰に、しがみつくんだ!」
インパルスはあたふたするフリーダムの盾を奪うと、地上に向けてしっかりと構える。
マユは慌てて、言われた通りにフリーダムをインパルスの腰に抱きつかせる。
「姿勢制御、リンクさせろ。このまま降りるぞ」
「う、うんッ」
「落ち着いて操縦すればいい。PS装甲、切らすなよ。切れたらその場で焼け死ぬからな」
思いもよらぬ救いの手。今までの『彼』の性格からして、見捨てられるとばかり思っていたが。
頼りになるその背中に、マユは懐かしいものを見る。
2年前まで、自分を守ってくれていた背中の幻影。
(お兄ちゃん………ッ!)
2機はそのまま一体となって、岩の塊を避けながら、流星となる――
- 24 :10/11:2005/09/28(水) 00:30:36 ID:???
一旦はオーブを直撃するコースを取っていた、ユニウスセブンの残骸は。
途中で2つに割れたことで――大きく2群に分かれて地上に降り注いだ。
1群は、オーブ上空を通り過ぎて。もう1群は、逆にオーブより遥か手前に。
陽電子砲でさらに砕かれたソレは、主に赤道に沿って、広く広く散らばって。
そのほとんどは、大気圏で燃え尽きたが――いくつかが、なおも大きい隕石となって、地上を襲う。
海に落ちて、大きな津波を引き起こす隕石。
ジャングルに突き刺さり、木々を吹き飛ばす隕石。
人々が息を潜める街の上にも。
千年以上の時を越え、生き残ってきた遺跡の上にも。
世界中に万遍なく降り注ぐ、破壊の矢。
直撃による被害と、津波による被害と。
それらは、決して軽微ではなかったのだが。
それでも、世界は――救われたのだった。
それは決して、誰もが納得する形ではなかったが。
さらなる波乱の火種を、無数に孕んだ形ではあったが――
――いつしか灼熱地獄を抜け、青い空の中に突入していたフリーダムとインパルス。
インパルスを抱いたまま、フリーダムがその翼を大きく広げ、減速をかける。
核エンジンに支えられた強大な電磁推進システムは、MS2機分の重量をしっかり受け止め、速度を落とす。
と、そんな2機に、聞こえてくる通信。
『……フリーダム、応答せよ! こちらクサナギ、フリーダム応答せよ!』
『…ザッ……ネルバ。インパルス、応答願います! こちらミネルバ……』
電磁障害を抜け、ようやく2隻の母艦と通信がつながったのだ。
見れば2隻とも、ユニウスセブンの破片が当たったのか、多少のダメージはあるが、一応は無事なようだった。
マユの顔に、ようやく笑顔が浮かぶ。
こうして無事に地上に帰れたのも、今抱きしめるように支えるインパルスのお陰。
生死を共にした、ちょっと性格の悪いこの命の恩人に、お礼を言おうと思った、まさにその時――
「もういいぜ。離せよ」
「え? ちょっ、キャッ!!」
空中で、インパルスはフリーダムの手を振り払い――蹴り飛ばすようにして距離をとる。
さらに奪ったままだった盾を、投げて返す。
慌てて姿勢を建て直し、かろうじて盾を受け止めたフリーダムを、顧みもせず。
インパルスは――PS装甲をダウンさせ3機に分離し、ミネルバに向けて飛び去っていく。
たとえ単体でも、手足を畳みコアスプレンダーの翼を広げたこの姿なら、飛行できるのだ。
- 25 :11/11:2005/09/28(水) 00:32:30 ID:???
2機のフライヤーとコアスプレンダーの後姿を見送りながら。自身もクサナギに向かいながら。
ようやく、マユは理解する。
別にインパルスは、フリーダムを助けたわけではなかったのだ、と。
徹頭徹尾、彼はマユを助ける意思など、一切持ってなかったのだ、と。
最初から最後まで、奴は自分が好き勝手に暴れ、かつ生き残ることしか考えてなかったのだ、と。
大気圏突入時の協力も――単に、フリーダムの盾と翼を利用したかっただけだったのだ、と。
重たい円筒形ヘルメットを外したマユは、下唇を噛む。
一瞬信じかけた絆を裏切られ、懐かしさを裏切られ。
それは、どっちにしても、彼女の一方的な思い込みではあったのだが。
フリーダムとインパルスの出会いは、要するに、互いに最悪の第一印象で。
互いに、大きな思い違いを抱いたまま、分かれてしまうことになる――。
――世界が、今しがた受けたばかりの被害の確認に追われている、その最中。
既に『その先』を見据えて動いている人物が、1人。
膝の上、毛並みの良い猫を撫でながら――
「……そうだ。オーブだ。あの国だ。
これから再開される、我らの戦争――あのちっぽけな国を手中にした者に、勝利が微笑む。
今現在のギリギリの均衡、オーブという名のたった1個の小石で、大きく傾くことだろうよ」
自信満々に、電話に向かって話すのは、大西洋のメディア王ロード・ジブリールその人。
冷たい眼差しで、壁面を埋め尽くすモニターに映る、世界各地の被害の様子を眺める。
「まずは、外堀を埋めたまえ。今回の件を使えば、手はいくらでもあろう?
何、世論の方は任せておきたまえ。とっておきの素材が手に入ったからね。
――ではそういうことで、よろしく頼むよ、大統領閣下」
ジブリールは受話器を置くと、椅子の上に座り直す。
猫がするりと逃げてどこかに去るが、彼は気にも留めない。冷たい笑みでモニタの1つに注目する。
「よく撮れてるじゃないか、『ファントムペイン』! 戦争が終わったら、カメラマンにもなれそうだな。
さて――2年前の怨敵、フリーダムよ。今度は間違いなく、我らに恵みをもたらしてくれるのだろうね――」
そう、彼の視線の先には――1つのモニタの上には。
ユニウスセブンの残骸の上、ジンと交戦するフリーダムの姿が、はっきりと――
第七話 『 軍靴の足音 』 につづく