- 189 :1/18:2005/10/02(日) 17:24:01 ID:???
青い、抜けるような空の下。
穏やかな海を――進む巨大な影。
引き絞った弓矢のような姿の巨大戦艦と、剣のような姿の宇宙戦艦。
ザフト軍最新鋭多目的戦艦・ミネルバと、オーブ軍伝説の戦艦・クサナギ改。
本来クサナギは宇宙専用で、重力下での運動性能は極めて低いのだが……
今この場では、ミネルバに曳航される形でその欠点を補っていた。
縦に1列に連なり、ゆっくり海上を進む2隻の艦(ふね)。
やがて……行く手に、緑豊かな島が見えてくる。
オーブ連合首長国、オノゴロ島。
太平洋の真ん中に着水した2隻が、数日の船旅の末に辿り着いた目的地。
破片の直撃を免れた島には、被害の様子はまるで見えない。
オーブ軍の軍艦が何隻も出迎え、2隻を包むように位置を取る。
クサナギの曳航役を、2隻の戦艦がミネルバから引き継ぐ。
やがて、彼らは港に入港し。
そこには、世界を、そしてオーブを救った英雄たちを迎える民衆の姿。
みな手に手に旗を振り、笑顔と歓声でクサナギを迎える。
クサナギを一目見ようと押し合いへし合いする民衆に、警備の警官たちも抑えるのに一苦労。
中には、大きな横断幕を掲げる者たちもいる。
真っ二つに割れる隕石の絵と共に書かれた、その言葉は。
『ありがとう、クサナギ
ありがとう、フリーダム』
熱狂的なまでの、オーブ国民の歓迎。この一連のフリーダムの活躍、今や知らぬ者はない。
しかしその歓声は、同時に入港したミネルバをほとんど無視したもので――。
――その、ミネルバ内で。
鉄格子で仕切られた、薄暗い一角。
1人の青年兵が、退屈そうに寝転んでいる。
赤い『赤服』を着た彼は、他ならぬインパルスのパイロット、『血染めの赤』シン・アスカ。
世界を救った英雄の1人でありながら――命令違反の罪で、営倉入りを命じられたのだった。
外のお祭り騒ぎとは、全く対照的な扱い。
しかし、彼の顔に不満の色はない。不敵な笑みが、浮かぶだけだ。
アカデミー始まって以来の問題児にとって、この程度の処分など既に慣れっこ。
むしろこの薄暗い牢の方が居心地が良い、と言わんばかりの態度で、戦いの記憶を反芻する。
舌なめずりせんばかりの顔で、先の戦闘を思い出す。満腹のライオンのような、満ち足りた表情。
「――ドサクサ紛れに、フリーダムも撃っておくんだったかな――」
- 190 :2/18:2005/10/02(日) 17:25:00 ID:???
「……すごいすごい! あ、見てください、カガリさん! 『ありがとうフリーダム』だって!」
「はしゃぎ過ぎだぞ、マユ・セイラン」
インパルスのパイロットとは対照的に、陽の当たるクサナギのブリッジで歓声を上げていたのは。
フリーダムのパイロット、マユ・セイラン。
市民の横断幕を見てはしゃぐ彼女を、隣に立つカガリが苦笑しつつたしなめる。
「まったくユウナの妹にしては、素直でいい子じゃないか。なあアス……じゃなかったアレックス」
「全くです、カガリ代表」
「あたしも、あんな兄や父ができるなんて、びっくりです」
しみじみと呟く2人、あっけらかんと応えるマユ。
ここまでの、航海の途中――クサナギに移ってからも、連絡や情報収集で多忙だった彼女たちだが。
限られた時間で、断片的にマユから聞き出した話では……
「トラ……じゃなかった、バルディや、マリュ……マリアは元気なのかな」
「さぁ? あたしも全然連絡取れてませんから……。あの2人なら大丈夫だと思いますけど」
何でも、『家出してて、長いことアンディとマリアの所でお世話になっていた』とか。
そして『フリーダムで戦った後に初めて、セイランの家に招かれることになった』とか何とか……
「……やっぱ、ウナトの隠し子か?」
「まあ、あの人なら1人2人居ても不思議じゃないが……本人に聞かれちゃまずいぞ、カガリ」
「いや、でもどう考えても、あんな奴から産まれてくるようには……」
「どうやらコーディネーターのようだから、容姿のパラメータも弄れば、あるいはこの程度は……」
マユに背を向け、こそこそと言葉を交わすカガリとアレックス。
2人の脳裏に浮かぶのは……好色そうな太目の腹。絶倫らしいハゲ頭。脂ぎった顔。
……そんな『父』に似ても似つかぬその『娘』は、クサナギ艦長キサカに、軽くイジメられていた。
「本土に帰ったら……すぐにでも猛勉強を始めてもらうぞ、セイラン三尉」
「え〜〜っ」
「えー、ではない! 信号弾も読めない者をMSに乗せられるかッ!」
家柄など歯牙にもかけず、ガミガミ叱るキサカの剣幕も、ある意味平和を得られたからこそで。
舞い散る紙吹雪と市民の歓声の中、クサナギはオノゴロの港、軍用ドックに到着する――。
マユ ――隻腕の少女――
第七話 『軍靴の足音』
- 191 :3/18:2005/10/02(日) 17:25:46 ID:???
「……お前の読み通りだな、ユウナ」
「いや、ボクの読み以上だよ、この展開は。嬉しい誤算だけどね」
クサナギとミネルバを迎える、軍港で。
オーブ氏族としての準礼服、えんじ色のジャケットをまとい、待ち受ける親子がいた。
ユウナ・ロマ・セイランと、ウナト・エマ・セイラン。
「お前があの小娘を我が一族に迎える、と言い出した時には、正直疑問も感じたが……
まさか、これだけの働きをしてくれるとはな。良い拾い物をした」
「素直で強くて良い子だよ、マユは。ぼくらの家族には勿体無いくらいだ」
そう、マユを養子に迎えたことは、セイラン家に大きな変化をもたらしていた。
公式発表は未だされず、表向き「ノーコメント」「軍事機密」を繰り返していたが……
ユウナの「計算された迂闊さ」で漏らされた情報は、口コミで広がり、ゴシップ誌が取り上げ。
確実に浸透していた。
曰く、あのフリーダムに乗っていたパイロットは、一般には知られざるセイラン家の娘だったと。
曰く、その少女は、永らくセイラン本家から遠ざけられていた日陰者だったのだと。
曰く、どうやらその少女、セイランの隠し子、ウナトの妾の子らしいと。
曰く、少女の母はその関係を秘す代償に、不義の子にコーディネーター化処置をしてもらったと。
曰く、それらの過去の恥を隠すための「ノーコメント」、隠すための「軍事機密」なのだと。
真贋入り混じった、噂の数々。中には少々飛躍し過ぎたものも無いわけではなかったが。
それらはセイラン家の「沈黙」に説得力を与え、かつセイラン家への好感度上昇にも寄与していた。
過ちを恥じて隠し、それでも罪無き胎児に「恵まれた遺伝子」という形の愛と庇護を与えた、という筋書き。
その愛情が、巡り巡ってセイラン家を、そしてこの国を守ってくれたというストーリー……
それは、とても分かり易い物語で。陳腐なドラマながら、民衆好みのお話で。
実際にフリーダムに助けられた人々の体験談と合わせ、その虚構は広く市民に受け入れられていった。
「やってもいない浮気を勘繰られるのは、あまり良い気持ちではないがな」
「い〜じゃないですか、父上。あんまり喋ってボロ出すよりは、勝手に勘違いしてもらった方が。
それに――たとえ噂の上とはいえ、モテないよりは色男の方が良いと思いますがね?」
「そういうお前も、浮いた話の1つや2つはないのか? いい年をして」
「ヤハハ、ボクはカガリ一筋ですから。婚約も決まってることですし、いま醜聞を起こすわけには……」
「いや、無理にあの話を進める必要もないかもしれん。お前の機転のお陰でな」
軽口を叩き合っていた2人だったが……ウナトの何気ない一言に、ユウナは目を剥く。
一転して、あたふたと慌て始める。
「ちょっ、待っ、ち、父上!? それってどういう……」
「マユのお陰で、我がセイラン家の支持も強まった。もうアスハ家の威光を借りずとも大丈夫だろう。
この上は、時期を見計らい、アスハの娘には適当な罪と失策を背負って消えて貰った方が良い。
わざわざ一人息子のお前を婿入りさせ、セイランの名を潰すまでもない」
「――いや待ってよ父上! そりゃ話が違うよ!!」
- 192 :4/18:2005/10/02(日) 17:26:45 ID:???
- なにやら本気で慌て、大声を出すユウナ。
と、そこへ――ドックに入港したクサナギの、昇降用ブリッジが接続する音が響く。
「――まあ、今後の成り行き次第では、そういう可能性もありうる、ということだ。
全ては我らセイランのため。心しておけ、ユウナ」
「――――ッ」
「今は、形だけでもカガリ首長殿、お前の『婚約者』を迎えねばな。
連合の言ってきた例の同盟、そしてあの問題の『映像』。
形式上だけでも、報告しないわけにもいくまい――」
出迎えに向かう父の背を、半ば呆然と見送りかけたユウナは、ハッと気づいて後を追う。
やがて響き渡るカガリの声。慇懃無礼なウナトの言葉がそれを受ける――
――テレビの中で、演説するのは、大西洋連邦大統領、ジョゼフ・コープランド。
それはユニウスセブン落下事件をプラントの悪意と説明する、実に政治的な内容。
その演説が、ただそれだけで終わるなら――あまりにも「当たり前」な反応だっただろうが。
「これを、御覧下さい!」
一通り地上の被害の大きさを嘆いた後、彼が示したのは3機のMSの姿。
アーモリーワンで強奪された、カオス・ガイア・アビス。
胸を張り、禍々しく両目を光らせ、力強くカメラを見下ろし。
いつの間に地上に下ろされ、撮られたのか――その実力を存分に感じさせる映像が流れる。
空を疾走り雲を突き抜け、機動兵装ポッドで多角的攻撃を演じる緑の鷲、カオス。
大地を駆け4本の足で跳躍し、岩を蹴立てながら人型に変形する黒い狼、ガイア。
海中を突進し波を割り、海面に跳躍しつつ無数のビームを放つ青き海魔、アビス。
そのいずれもが、素人目に見ても、それぞれの地形への高い適応を感じさせるもので――
空・地・海。地上の全ての地形をカバーしていることがテロップで説明され。
それらを示しつつ――コープランドは語る。
「これらは、プラント側が極秘に開発を進めていた新型MSであります。
これらの悪用を避け地球を守るため、先日我が軍の特殊部隊が奪取したものでありますが――
この映像を見て頂ければ一目瞭然、明らかに、地球侵攻を前提としたMS開発。
こんなモノを作っておいて、『今回の件には無関係だ』と主張して、どうして信じられましょう!」
その演説は――原稿をチラチラと確認しながらの、いささか迫力に欠けるものではあったが。
どこか棒読みで、感情の起伏に欠けるものではあったが。
背後の3機の映像は、実にわかり易くその機能と設計意図を伝えるもので――
- 193 :5/18:2005/10/02(日) 17:27:30 ID:???
「――コープランドめ、頑張りおるわい」
「ジブリール、これは君の仕込みかい? あの彼にこんな筋書きは思いつくまい」
「パルテノン神殿が潰されてしまったのは頂けないのォ。文化遺産は守らねば」
「この場に来るはずのメンバー、2名減ったと悲しむべきか、2名の犠牲で済んだと喜ぶべきか」
「厄介なライバルが2人も消えた、と喜ぶのはなしですよ、ご老公」
大統領の演説を、ビリヤードに興じつつ、カクテルを舐めつつ眺めているのは――
皆、それなりの年齢と地位を感じさせる老人ばかり。
揃ったメンツの中で、最も若いのは――メディア王ロード・ジブリールだろうか。
連合の政財界に詳しい者ならば、他にも大物がゴロゴロいることに驚くだろう。
豪奢な屋敷の中、思い思いにくつろぎ、歓談する。
「確かにワタシの書いたシナリオではありますが――どうも彼の演技は見るに耐えませんな。大根役者め」
「そうイジメてやるな、ジブリール。これも民主主義だよ」
「民衆が慕う看板くらい、民衆に選ばせてやれ。足りぬ分は我ら『ロゴス』が補ってやれば良い」
そう、この会合は――地球連合の背後に在ってそれを操る秘密結社、『ロゴス』の主要な面々の集まり。
形式の上では、地球連合所属の各国家は民主主義の形態を取り、またそれに従って政治をしているが――
やはり、財界の力は無視できない。官僚組織を否定しては、実際の政治は立ち行かない。
財界の大物。右翼のドン。官僚OB。元大統領――
そういった、地球連合を実質的に動かす大物の集まりが、『ロゴス』なのだった。
特に発言力があるのは、軍需産業を押さえ軍にも通じている一派。
彼らぬきには、戦争はできない。彼らこそが『強大な地球連合』を支え、ロゴスの利権を支える。
先の大戦で散ったアズラエル財団の主、ムルタ・アズラエルも、かつてこの場に名を連ねていた1人だ。
その一方で、近年になり発言力を増してきていたのが――各メディアを押さえ、世論を操るジブリールだった。
「元より、あの忌まわしい事件がなくとも戦争を始めるつもりじゃったしの。むしろ好機と見るべきか」
「もう少し時間が欲しかったのだがね、私としては。しかしこれだけの被害、大衆も黙ってはおるまい」
「元より無理な条約、不安定な平和よ。アレが長持ちすると思う方が間違っておる」
「それはコーディネーター共にとっても同じだったようで」
そう――2年前に結ばれたユニウス条約の、内容は。
乱暴に言えば、「戦争以前の状態に戻す」というもので。「双方共に戦争で得たものがほとんどない」という状態で。
そんな和平では、どちらの側からも不満が出るのは、避けられない。
言ってみれば――あの戦争とそれに伴って流れた血、その全てが無意味だったことにもなりかねないからだ。
それでも互いに疲弊し、傷が癒えきらぬ間は、均衡も保たれていたが……しかし、2年も経てば。
「いっそ核でも撃って、手っ取り早く終わらせたらどうかね? まだ長い戦争はキツかろう」
「愚の骨頂ですな。かつてそれで痛い目を見たことをお忘れか?」
一人の老人の言葉を、ジブリールは鼻で笑う。
- 194 :6/18:2005/10/02(日) 17:29:59 ID:???
「連中に、落とすための『ユニウスセブン』を大量に与えてどうします?!
別に、慌てて殲滅する必要もないのですよ。もはや彼らには、それだけの価値すらない。
2年前、彼らの偶像(アイドル)が自ら告白したではないですか。
『コーディネーターに未来はない』と。
我らはただ、待てば良いのです。既に約束されている、連中の落日を」
ジブリールは滔々と語る。老人達も大方は頷き、納得した様子を見せる。
毛並みの良い黒猫が退屈そうに欠伸をし、スルリとビリヤード台の下に潜り込むが、誰も見ていない。
「奴らもそれなりに研究などしとるようだが、全然効果は上がってないようだしな」
「じゃが、滅びゆく奴らのヤケに巻き込まれてはたまらんのォ」
「その通り。我々が本当に恐れるべきは、奴らが自暴自棄になり、破滅的な攻撃をしかけてくること。
例えば、2年前のジェネシスのように。例えば、先日のユニウスセブンの事件のように。
それを防ぐために――我らは戦い、奴らの戦力を削ぎ、武装解除させねばならないのです」
「今度は勝てるのだろうな? また前のような泥仕合は御免だぞ?」
「無論!」
彼は拳を振り上げる。ここぞとばかりに居並ぶ面々を見渡し、自信たっぷりに言い切る。
「要は、地球を1つにまとめ上げれば良いのです。玉虫色の『中立』など出ないように。
ましてや、プラントに味方する者など出ないように――。
さすればおのずと、国力の差で我らが勝利するでしょう。
幸か不幸か、この被害。我らが手間と金を惜しまねば、人々はいくらでもついてきます」
TVの中ではコープランドの演説が終わり、ユニウスセブン落着による被害映像が流されていた。
津波に飲まれた家々。巨大なクレーターと化した街。川の流れが変わり、氾濫した水に飲まれる田畑。
『どうしてこんなことになるんだ!』
『息子が見つからないんです……あたしだけ残されて……』
『ママが……ママが……うぇェエェェェーン……!」
家を失い困惑する家族。親を失い泣き叫ぶ孤児。進まぬ救助。あふれる避難民。
ロゴスの面々がくつろぐこの豪華な屋敷とは、全く対照的な風景。
それらを指し示してから、ジブリールはニヤリと笑う。
「まずは、既に各国に提案した『あの同盟』を進めましょう。
援助欲しさにこちらに転ぶ国は、少なくないはず。
戦争に勝利しプラントを屈服させれば、その程度の金など後からいくらでも回収できます」
「ふむ。確かにの」
「問題は――戦うか戦わないか、ではない。いつ始めるのか、でもない。
どうやって始めて、どうやって勝つのか、なのです」
- 195 :7/18:2005/10/02(日) 17:30:57 ID:???
『こんなモノを作っておいて、『今回の件には無関係だ』と主張して、どうして信じられましょう!』
「……全く、とんでもない言い草ね」
コープランドの演説を聞いていたのは、ロゴスの面々だけではない。
避難所に集まる難民たち。プラントの市民。連合の市民。オーブの市民……
そして――オーブの軍用ドックに停泊する、ザフト軍艦ミネルバの中でも。
ブリッジのモニターで報道を見ながら、ミネルバ艦長タリア・グラディスは溜息をつく。
「あの、艦長ッ、これっていったい、どういう……??」
「要するに、彼らも『やる気』ってことよ。
覚悟しておきなさい。きっとこれが、『戦争』前の最後の休息になるわ」
演説の意図を理解できない副官に、タリアはうんざりした態度を隠そうともせず。
窓辺に歩み寄り、ブリッジから眼下を見下ろす。ミネルバから渡された橋を、跳ねるように渡る数人の影。
臨時休暇の許可を得て、オーブの街に繰り出す私服姿の若いクルーたち……ただその中に、シンの姿はない。
「ちょっと異例な処置になっちゃうけど、独房にいるシンも開放してあげなさい。
遠くないうちに、また『狂戦士』の力が必要になるわ。今のうちに英気を養っておいて貰わないとね」
『こんなモノを作っておいて、『今回の件には無関係だ』と主張して、どうして信じられましょう!』
「何を言っている、こいつらは! あれだけのことをしておいて……!」
同じく、その映像を見て吼えているのは。
行政府に戻った、カガリ・ユラ・アスハ。そしてオーブの意思を実質的に決める、首長会議のメンバー。
「……要するに、彼らも『やる気』だということですよ、代表」
「何をやる気だ! また戦争がしたいとでも言うのか、こいつらは!」
「おそらくは。現場で実際に見てきた代表もご理解されているでしょう、そこは」
怒りを剥き出しにするカガリに、オーブ連合首長国宰相ウナト・エマ・セイランは淡々と語る。
「そしてまた――ザフト側も『やる気』なのも、また同様」
「待てウナト! あれはほんの一部のテロリストの仕業で、プラントは……議長は阻止しようと……」
「それも分かっています。しかしその議長が『一部のテロリスト』を抑えきれぬ現状が問題なのです。
そもそも我が国でも、その『一部のテロリスト』により少なからぬ犠牲者が出ております。
代表は、その被害者や遺族に言えますか? 『あれは議長が望んだことではない、だから許せ』と」
「……ぅッ! し、しかし!
しかし、彼らが戦争再開を望んでいればこそ、あんな同盟を受け入れるわけには……!」
ウナトに一方的にやり込められるカガリだが、しかし必死で抵抗する。
- 196 :8/18:2005/10/02(日) 17:32:06 ID:???
――同盟。
それは、ユニウス落とし事件の被害を契機に、地球連合から地球上の諸国に出された1つの提案。
地球上全体で相互協力体制を築き、この甚大な被害からの復興を協力して果たす、と謳っていたが――
そこに書かれた1つの条項、『2度とこのような事態が起きぬようあらゆる手段を取る』との一文は。
補足条項の数々と相まって、どう見ても軍事協力体制の構築にしか見えぬ代物だった。
先程のコープランド大西洋連邦大統領の演説も、本来はその賛同者を増やすためのもので。
今ここで開かれている緊急首長会議の議題もまた、その同盟提案にどう応えるか、という点にあった。
駄目だ駄目だ、と繰り返すカガリ。
そこに――まぁまぁ、と宥めたのは、ユウナ・ロマ・セイランだった。
「落ち着きたまえ、カガリ。我々も、別に戦争を望んでいるわけじゃあない。
平和が続くなら続いて欲しいし、たとえ彼らが戦争を再開しても、せめて我々オーブだけでも平穏を。
――でも、彼らはどうあっても我々の孤立を許す気はないらしくてね」
ユウナはリモコンを操作し、大統領の演説から別の映像に変える。
それは戦闘の記録。
ユニウスセブンの上で、戦うフリーダムの映像。破砕作業をするアストレイ。妨害するジン――
「こ、これは!!」
「代表が地球に降りてからオーブにつくまでの間に、既に出回っていた映像です。
出所を伏せることを条件に持ち込まれた、アングラ映像――
少なくともそういう触れ込みで、ジブリール系列のテレビ局が世界中に流しているものです」
「こ、こんな映像、いったい誰がどこから……!?」
「撮った者も問題ですが……良く見てください。何か気づきませんか、代表?」
「……??」
ユウナに促され、その映像をよくよく眺めるカガリ。自分が見てきた『現場』の様子を思い出す。
そして――気づく。重大な欠落を。
「……ちょっと待て。これって……ミネルバは!? ザフト正規軍は!?」
「そう、一切映っていないのですよ、ここには。我らオーブ軍と、テロリストだけ。
映像分析にかけても合成はしてないようですし、画面転換も少し多めですから……
恐らくザフト軍の映ったシーンをカットし、都合の良い所だけ残して編集したのでしょう」
「しかし、これではまるで……」
まるで、『オーブ軍単独で』ザフト系MSと戦い、ユニウスセブンを砕いたと言わんばかりの映像。
重要な部分を取り除いたにも関わらず、絶妙な編集技術で不自然さを感じさせない映像作品――
「明らかに彼らは、我々を巻き込みたがっています。そのためにあえて好意的な報道を重ねています。
ユニウスセブンの被害、『オーブは自分の身だけを守った』と報道することもできるのに――」
「それは――」
「そして、一方のプラントでは」
- 197 :9/18:2005/10/02(日) 17:33:02 ID:???
ユウナの指が再びリモコンを操作し、また新しい映像が出る。
プラントで起きているデモの様子。市民が手に手に掲げたプラカードには……
「『我らの父母の墓を返せ』『オーブは謝罪と賠償を』『どかせる遺跡をなぜ壊す』『フリーダムを返せ』
……いやはや、デュランダル議長はどんな説明をしているのやら。まるきり我々が悪党みたいですな」
「そんな……ッ! 議長は、確かに……」
『決して、尽力して下さったオーブの皆さんが恨まれるようなことには、致しませんよ』
デュランダル議長の優しい笑みが、カガリの脳裏に浮かぶ。
あれは、嘘だったのか――? いや、そうではなく――
「どうも議長側はこの反発を抑えたがっているようだけどねェ。どうも効果ないようだ。
このままでは、議長ごとプラントの政権が交代するか……あるいは、議長も彼らの側に流れるか」
「……ッ!」
要するに、議長の力不足。あれだけ大言壮語しておいて、結局彼は――
言葉を失うカガリに、ユウナはなおも続ける。
「どちらにせよ――この状況下。完全な中立の維持は無理かと思われます。
そして独自の道を行くのが無理なら……どちらにつくべきかは、言うまでもない。
「しかし、オーブの理念は――」
「今なら、まだこちらが主導権を握れます。まだこちらが条件を出すこともできます。
戦争の開始を遅らせ和平の道を探ることも、資金援助だけに留め軍事協力を拒む道も――。
オーブの理念、それは決して、孤立主義ではありません」
「理念も大事ですが、我らは今誰と痛みを分かち合わねばならぬのか。
奇跡的にも少ない損害で済んだ我が国、他の国々を見捨ててよいものか。
代表にもそのことを十分お考え頂かねば」
もっともらしい顔で呟くウナト。理で攻めるユウナに対し、こちらは情を強調する。
……カガリは、搾り出すような声でこう返すのが精一杯だった。
「……少し……もう少しだけ、考える時間を、くれないか………」
「カガリには、二枚舌と罵られるかもしれないが――ボクも決してこのままで良いとは思っていない。
我らオーブにとっても、プラントとの関係は今なお重要なのだよ」
「それで、俺に使者になれ、と? ユウナ・ロマ・セイラン」
「少なくとも――オーブに対して、ザフトが攻撃してくるような事態は避けねばならない。
そのための特使だ。多少の越権は許す。大概のことは許す。君の判断でどれだけ留まっても良い。
なんなら――君の『もう1つの名前』を使ってもらっても構わないんだ、アレックス・ディノ」
「………少し、考える時間をもらえないか」
- 198 :10/18:2005/10/02(日) 17:35:06 ID:???
――それは、嵐の前の静けさ。静かな夜。
ミネルバの食堂では、街に遊びに出たルナマリアたちが、買ってきた服やアクセサリーについて騒ぐ。
許しを得ながらなお外出しなかったシンが、暗い顔でつまらなそうに話を聞いている。
アスハ家の屋敷の一室では、カガリとアレックスが話し込んでいる。
何やら叫ぶカガリ、渋面のアレックス。彼女を宥めるようにアレックスが抱きしめ――2人の影が重なる。
セイランの屋敷で、マユの部屋を覗くユウナ。馬場一尉を家庭教師に、泣きながら教本に向かっているマユ。
頑張る『妹』の姿に、ユウナは声もかけずにそっと扉を閉める。
新しい屋敷に、はしゃぎ回る子供たち。彼らを寝かせつけようと、無駄な努力をするラクス。
前の孤児院を津波で失い、今ようやく完了した引越し。キラが見上げた窓の外には、煌々と光る満月。
今は、平和。今夜は、まだ……。
「しっかし、いいんですかい、こんなコトして? わたしゃ知りませんよ?」
『なあに、構いやしないさ。これくらいしなければ、あの寝ぼけた国は目を覚まさん』
満月の下、穏やかな海を進む、一隻の軍艦の中で――
命令書を手に、1人の男が通信モニターに向かっていた。
黒い軍服に、大佐の階級章。どこかふざけたような、軽い口調。軍人にしては、長い金髪。
しかし何より目を惹くのは、その顔を半ばまで隠した、奇妙な仮面――
そして、画面の向こうにいるのは――大西洋のメディア王、ロード・ジブリール。
「でもコレ、下手すりゃ戦争になるんじゃないですかねぇ」
『キミが下手をしなくても、すぐに戦争になるのだよ。ならばイニシアチブを握った方が良い。
この作戦も、起こりうる全てのパターンを考慮し、どう転んでも良いように考えてある。
最悪、キミらが全滅したとしても、その損害に見合うだけのモノは得られるようにな』
「はぁ、そりゃ用意の良いことで」
『――とはいえ、その中でも望ましい展開というのはあるのでね。
彼らは大丈夫なのだろうな? 勝手に先走ったり、相手の挑発に乗ったりするようなことは――』
「そいつァ大丈夫でしょう。あのラボの『作品』の中でも、特に優秀な3人ですから。
万が一暴走しても、止める手立てはありますしね」
『なら良い。厳しい任務で済まないが、期待してるよ、ネオ・ロアノーク大佐』
冷たい笑みを残し、通信は途切れ。
仮面の大佐は、ヤレヤレとばかりに溜息をつく。
「ったく、トンだ無茶を押し付けてくれるよ、盟主殿は。
オレたちみたいな裏方の黒子に、歴史の転換点を任せようってんだからなァ……!」
- 199 :11/18:2005/10/02(日) 17:36:29 ID:???
その日――
その戦艦の登場に――オーブ軍に、緊張が走った。
オーブ軍の警戒圏に突入し、まっすぐオノゴロ目指して水上を駆ける1隻の戦艦。
地球連合海軍所属の特務艦、『J・P・ジョーンズ』。
オーブ軍の警告にも、全くひるむことなく――
『そこの戦艦、進路を変えなさい! 貴艦は、このままではオーブの領海を侵犯します!』
『こちら地球連合軍所属、J・P・ジョーンズ。進路については了解している。
我らはオーブ政府に対する重要な書簡を携えた特使である。
海路にて貴国に向かうことは既に通達済みかと思うが? 当該省庁に確認されたし』
『確かにそれは記録にあるが……武装した船でなど』
『これは異なことをおっしゃる。この緊迫した情勢下、自分の身も守れぬ船で海が渡れますか!?
貴国と我が連合にとって非常に重要なこの手紙。船が沈められても保険も利きませんからなァ』
警備隊の焦りに、半ばからかうような軽い口調で挑発する戦艦。
なおも進路を変えようとせず、艦は進む。
『止まれ! 止まるんだ! 我が国は中立なのだ、他国の軍艦を受け入れるわけには……』
『そういうことは、例の『ミネルバ』とかいう戦艦を追い出してからおっしゃって欲しいものですなァ。
堂々と入港し停泊している姿、TVで我らもよ〜く拝見しておりますが』
『………ッ!!』
『我らを受け入れて初めて、バランスが取れて『中立』ということになるかと思いますがねェ?
それとも……彼らは受け入れ、我らには銃弾を浴びせますかな?
ま、それでも別に構いませんがね――使者を撃つほどの覚悟がある、というなら。
Uターンして本国に帰り、『オーブは中立を捨てプラントと結んだ』と報告するだけですから』
『ま、待て、待ってくれ! いま上の判断を仰ぐから……』
『待てませんなァ。この書簡、『確実に、しかし大至急届けよ』との命を受けておりますゆえ』
艦橋でマイクを握るネオは、飄々と答え、そのまま艦を進ませる。
艦長の額には脂汗が浮かぶが、ネオの方は平然としたものだ。
彼の言葉は詭弁もいいところだし、足の遅い戦艦を使っておいて『大至急』も何もないものだが……
これだけの事態、現場の判断でどうこうできるものではない。
『連合から海路で使者が来る』という通告は本物だったし、時間も進路も合っている。
ただそれが、戦艦だとは聞かされていなかっただけで。
通常の領海侵犯対策のマニュアルが、適用できない。
ムラサメ隊が、スクランブルを受け発進するが、彼らとて迂闊に手を出せない。
戦艦や戦闘ヘリも臨戦態勢に入るが、動けない。
上の判断を待つ間に、そのままJ・P・ジョーンズは、オーブの領海に侵入し――!
- 200 :12/18:2005/10/02(日) 17:37:54 ID:???
セイラン家の屋敷の中、電話に向かって何やら話しているのは――ウナト・エマ・セイラン。
そこに、血相を変えたユウナが駆け込んでくる。
「……そうだ。決して手を出すな。そのまま丁重にお連れしろ」
「父上! どういうことなんだよ、これはァ!」
叫ぶユウナ。落ち着き払った父の様子に、彼はこの事態の裏にあるものを悟る。
人脈、特に地球連合への人脈を最大の武器とするウナトと、智略に通じ分析力に長けたユウナ。
この2人の能力が、互いに補いあってセイラン家の現在の隆盛に繋がっていた、のだが……
年若いユウナを軽く見るウナトは、しばしば息子に無断で、重要な話を進めてしまうのだった。
そして今回も、また。
「まあ落ち着け。連合との関係強化は、お前も望んでいたことだろう?
ここで事を荒げぬ方が良い。戦艦一隻、受け入れるだけで済むというなら……」
「分かってないよ! 父上は何も分かっちゃいない!
関係を避けられないからこそ、オーブは嘗められちゃいけないんだよ! それに!」
ユウナはバン! とテーブルを叩く。彼にしては珍しく、怒りを露にして。
「オノゴロには……ザフトのミネルバも停泊しているのをお忘れか!」
「忘れてはおらんよ。彼らにも事情を通告し、動かぬようにと……」
「それが通じる情勢ですか! どっちも戦争始める気マンマンだってのに!」
屋敷を揺るがす、激しいやりとりに……1人の少女が、そっと様子を覗きに来る。
開けっ放しのドアからこっそりと顔を出す。揺れる髪留め。
しかしユウナとウナトは、その小さな影に気付かない。
「……ボクには分かる。もう手に取るように、あの戦艦の後ろにいる連中の考えが分かるよ!
彼らは――ぶっちゃけ、どうなってもいいんだ。どんな事態になっても手があるんだ。
あの戦艦が、オーブに受け入れられても。追い払われても。あるいは最悪、ミネルバに沈められても。
彼らは、それを機に、戦争を始めるつもりなんだよ! オーブを巻き込んで!」
「ならば、どれを取っても同じではないか」
「八方塞りの状態でも、マシな選択肢ってのはある! 挽回可能なものもある!
アレの進路を塞いで足止めして、のらりくらりと時間を稼ぐべきだったのに!
父上、あなたは……またオーブを戦場にするつもりですか!」
ユウナの焦りは、しかしウナトには通じず。
そうこうしているうちに――つけっ放しのTVの中、オノゴロ島の見える距離まで近づく戦艦が映る。
上下左右をオーブ艦とムラサメに囲まれているが、それは警戒というより、ほとんど護衛のようなもので……
なおも激しいやりとりを続ける2人をよそに、覗いていた少女は、音も立てずにその場を立ち去った。
戸口を少し離れてから、どこかに向けて走り始める。
- 201 :13/18:2005/10/02(日) 17:39:25 ID:???
「連合軍の戦艦が!?」「えぇぇぇぇ!?」
その一報は――ウナトの言った通り、オノゴロに停泊するミネルバにもまた伝えられ。
しかし露天ドックで外装を修復中のミネルバは、動ける状態ではない。
連合軍の戦艦が迫る方向に無防備な背を向けたまま、なす術はない。
「どッどど、どうします、艦長!?」
「まさか、ここで仕掛けてくるとは思えない、のだけれど……あんな演説の後だしね」
見ていて可哀想なほどに動揺する副長と、腕を組んで考え込む女艦長。
しばし黙り込んだ彼女は、やがてキッと顔を上げ、ブリッジにいるクルーに号令を飛ばす。
「メイリン、今艦内にいるクルーは?」
「何名か休暇を取って上陸していますが、大半は艦内に」
「MSのパイロットは?」
「全員います」
「では――変則的状況ながら、コンディションイエロー発令。艦にいるものは準・戦闘態勢を取れ!」
「えぇぇえ!? た、戦うんですか!?」
「その準備をしておくだけよ、アーサー。できればそうなって欲しくはないけど……向こうがやる気なら」
タリアは、厳しい目で近づく戦艦を見る。額に汗が滲む。
「MSパイロットは、搭乗機にて待機。ただし――決してこっちからは手を出さないように、と。
こんなところで、わたしたちが戦争の引き金を引くわけには、いかないわ!」
――無数の視線を浴び、緊張した空気の中を進む戦艦J・P・ジョーンズ。
上空は、最新鋭の量産機ムラサメに守られ、左右を固めるオーブ戦艦の上にはM1アストレイ。
向かう先の港回りにも、無数のオーブ軍MSが待ち構えている。
それらは、『万が一の事態』に備えての警戒なのだろうが……ウナトの命により、彼らは手が出せず。
むしろこれは、MSまで出して戦艦を歓迎するような構図で。
「……ふぅん、ガマンしちゃうんだ。ま、コッチはやりやすいが……でもねぇ」
艦橋で、仮面の大佐ネオ・ロアノークはどこかつまらなそうに呟く。
「これって――盟主の書いたシナリオだと、3番目くらいの出来なんだよなァ。悪かないけどさ。
どうやらオーブのみなさん、予想以上に我慢強いようだから……もう一押し、してみるかな♪」
そしてマイクを握り――艦内の、薄暗い格納庫に彼の声が響く。どこか不真面目な、笑うような声。
『あー、みんな、出番だぞ〜。オーブの皆さんはMSまで出しての大歓迎だ。
こっちも、礼には礼をもって応えてやらんとな――』
- 202 :14/18:2005/10/02(日) 17:40:11 ID:???
その時、カガリ・ユラ・アスハは――走っていた。
先日の、アッシュによる襲撃事件と、その後のユニウス落としに伴う津波。
それらの被災地を自ら視察し、避難所で被災者を慰めているところに入った、『連合軍戦艦接近中』の一報。
こういうフットワークの軽さと行動力は彼女の長所であり、市民に好かれる要因の1つにもなっていたが――
今回は、それが完全に裏目に出た格好。
出張先から急ぎ行政府に戻ろうとした彼女だったが、混乱による渋滞で車が動かない。
「もういい! 私は走る!」
「あ、お待ち下さい、代表!」
部下の叫びも無視し、カガリはリムジンを飛び出し現場へ向かって駆けていく。渋滞の車の間を、坂道を。
体力自慢の若い代表の全力疾走には、SPたちもついていくのがやっとで。
やがて、カガリは港が見通せる所まで出てきて――思わず足を止める。ガードレールから身を乗り出す。
肉眼でもはっきりと確認できる、J・P・ジョーンズ。
既に艦砲の射程圏内、同じ視界内にはミネルバの姿。
ぐるりと取り囲み、しかし何もできずむしろ歓迎するような形になってしまっているオーブ軍――
「何をやっているんだ、ウナトは! 何をやっているんだ、ユウナは!
幾らなんでも……他の島や港に誘導するくらいの、気を遣え!」
カガリの叫びに関わらず、オーブ軍は動かず、J・P・ジョーンズはさらに接近を続け。
そして――その甲板に、ゆっくりとMSが姿を現す。
オーブ軍の歓迎を受けるかのように、堂々と。日陰者のはずの彼らが、太陽の下に。
特徴的なアンテナを備えた、その3機は――
「……カオス! ガイア! アビス! 連合の奪ったあの3機が、何故ここに!!」
「慌ててやがるぜ、コイツら」
「…………」
「うわ、ミネルバいるじゃん。なあネオ、撃っていい?」
その、J・P・ジョーンズの上、ふてぶてしくも胸を張る3機のMSの中。
ニヤニヤと笑うカオスのパイロット、無言でボーッと周囲を見回すガイアの少女、哂うアビスの少年。
『まあ待て、アウル。こっちから攻撃するのはマズい。向こうから仕掛けた形にしないとな』
「ちぇッ、つまんねーの」
『ま、銃口を向けないなら、好きに挑発していいぞ。あっちから撃ってきた後なら、反撃を許す』
「ふーん。じゃ、こういうのはどうかな――」
アビスに乗った少年は、実に楽しそうに操縦桿を握り締め。
ミネルバに向かって、青いMSが――すッと中指を、突き立てた。
卑猥で直截な、挑発の仕草――
- 203 :15/18:2005/10/02(日) 17:41:17 ID:???
「な、なによあいつら!」
「馬鹿にしているな。こちらが手を出せないと知りつつ、好き勝手を」
その光景は――もちろんミネルバの側からも確認できる。
カタパルトを使わず、歩いてミネルバの上に姿を見せた赤と白のザクは、眉をしかめる。
「安っぽい挑発に乗るなよ。中立国の領内で先制攻撃などしたら、プラントごと傾きかねない」
「わかってるわよ! でもまさか、アイツらから攻撃してはこないわよね……?」
高まる緊張。険悪な空気。我慢しきれず手を出した側が破滅する、チキンレース……。
――と、その最中に。
ミネルバから、おそらくこの状況下、一番の『危険因子』が――飛び出す。
「コアスプレンダー!?」
「ちょっと待つんだ、シン! お前はまだ待機のはず――」
「こんな状況で、黙って見てられるか! 相手は例の強奪犯だぞ!
向こうだってやる気なんだ、どうせ戦争になるんだ! なら!
下手な駆け引きで『1発殴らせてくれる』というなら、喜んでブチ殺してやる! 3機まとめてなァ!」
この場においてただ1人、世界情勢もその後のことも、何も考えていない――否、意に介さぬ狂戦士。
その赤い目は、ただ目の前の3機、討ちもらした怨敵だけに向けられて。
次々に射出されたパーツは、ミネルバ上空で合体してインパルスとなり。
ソードシルエットを背負った赤き暴力装置は、空中で2本の刀を嬉々として振り上げて――!
「やッ……やめろぉ!」
カガリは港を見下ろす道路の上から、絶叫し。
「何考えてるんだ、ミネルバは!」
ユウナはテレビに向かって毒づき、ウナトの顔は蒼ざめて。
「待ってましたァ!」
アビスのアウルは喜色満面、槍を両手に身構えて。
「……敵………」
ガイアの中の少女は、一転して鋭い目になり。
「ははッ……簡単なモンだな、オイ」
カオスの中の青年は、鼻で笑い。
「勝った、な」
ネオ・ロアノークは、仮面の下でニヤリと笑い。
誰もが、戦闘を覚悟した、その時――
- 204 :16/18:2005/10/02(日) 17:42:56 ID:???
一陣の風が、港に吹き抜ける。
叫ぶカガリの頭上を駆け抜け、M1アストレイの間を駆け抜け。
それは――フリーダム。今やオーブの守護神と化したMS。
仕立てあがったばかりの専用パイロットスーツに身を包んだマユが、操縦桿を握る。
「戦争するのは勝手だけど――場所をわきまえなさい!」
今まさにJ・P・ジョーンズに踊りかからんとしていた、ソードインパルスの直前に飛び出し。
その進路を遮るように、灰色の翼を大きく広げる――。
そう、『灰色の』翼。ディアクティブモードの、灰色の身体。その手には盾もライフルも持っておらず。
PS装甲をあえて作動させないままの、完全に無防備な姿で。
フリーダムは両手を広げ、間に入る。
空中で、時が止まる。
無敵のはずのフリーダム。山ほどの伝説を背負う巨人。
しかし今は、インパルスのバルカン1斉射で排除できる程度の、弱く脆い壁。
誰もが息を呑んでその姿に、その動きに注目し。
フリーダムの眼前、剣を両手に振り上げた姿勢で、インパルスは――
「……興が削がれた」
吐き捨てるように呟くと――そのまま、ミネルバの上、赤いザクの隣に着地する。
剣を持った両手が、ダラリと下がる。
「ちょ、ちょっとシン!?」
「俺はただ、『MSで待機しろ』って言われたから、『MSになった』んだ。
向こうが嘗めた真似したから、やり返しただけだ。
……もう飽きた。後は任せる」
ボソボソと暗い口調で、ルナマリアに言い訳の言葉を吐くと。
インパルスは背を丸めて、そのままミネルバの格納庫に引っ込んでしまう。
場の雰囲気が、一気に弛緩する。
カガリが、タリアが、ユウナが、ウナトが、そしてオーブ兵たちが――揃って溜息をつく。
「……ちぇっ、せっかく戦争できると思ったのにサ」
『フリーダムごと討ってオーブを敵にするわけにもいかんからねェ。今回は諦めろ、アウル』
がっかりと肩を落とすアビスを、ネオが慰める。
ミネルバとの間に、ホバリングする灰色のフリーダムを挟んだまま。
J・P・ジョーンズは港に入港し、ミネルバの間近に錨を下ろす――。
- 205 :17/18:2005/10/02(日) 17:43:56 ID:???
陽の傾いた、オノゴロ島で。
先程までの非常事態から一転。港は静寂に包まれている。
ミネルバもJ・P・ジョーンズも、そのままの位置だが、艦載MSを晒してはいない。
あの後、オーブ軍から正式に、互いにMSを引っ込めるよう要請が出たのだ。
両艦の間には、ライフルと盾を構えたM1アストレイが何機も並び、警戒体勢を取っている。
そこにフリーダムの姿はなく――戦場になりそこねた港は、平穏を取り戻していた。
そこから少し離れた、港町。
かつてマユが働いていた工事現場の、すぐ近く。
荒れた地肌を見せる崖の下に――小さな公園があった。実に小さな、猫の額ほどの公園。
申し訳程度に鉄棒がある他は、遊具らしい遊具もない。ベンチも1つしかない。
その片隅には、小さな慰霊碑。
……ここが、かつて悲劇のあった現場だと分かる人間が、どれくらいいるだろう?
その、慰霊碑に――歩み寄る小さな影。
手に花束を抱えた、マユだった。
オーブ軍士官としてのスパルタ教育の合間、わずかな休憩時間をぬって訪れた、彼女の原点。
「……また、守れたよ。あたし、頑張ったよ。
これからも頑張るから……オーブを守るから。見守っててね。パパ、ママ、お兄ちゃん……」
少女は慰霊碑に花束を捧げると、くるりと背を向ける。
公園の入り口には、少女を待つ大きな黒塗りのリムジン。セイラン家の令嬢のための専用車。
それは少女を飲み込むと、発進する。
動き出したリムジンは、すぐに歩道を歩く1人の青年とすれ違う。
青年の方はリムジンの中の少女に気付くが、少女の方は気付かない。
「あの子は、確か……?」
しかしその青年は後を追うこともせず、そのまま歩く。やがて公園前。
穏やかな空気をまとったその青年、キラ・ヤマトは、初めて見つけたその公園の中に入る。
慰霊碑に近づいてしゃがみ込み、そこに刻まれた文字を、解説をじっと読み込む。。
読み進めるにつれ――キラの表情が、悔恨に歪む。
「そうか、ボクはあの時……!」
- 206 :18/18:2005/10/02(日) 17:45:48 ID:???
と、その時。
キラの背後から、長い影が差す。
振り返れば、夕陽の中に立っていたのは――黒髪の青年。
決して大柄ではないが、赤く照らされた彼は、大きな存在感を感じさせて。
「……キミは?」
「…………」
キラの問いに答えようとはせず、青年は慰霊碑に近づく。
碑文と解説を一瞥し――唾を吐き捨てる。
「こんなもの――申し訳程度に立てたところで、仕方ないだろうに」
「キミも――この事件の、関係者?」
憎しみに満ちた視線で慰霊碑を睨む青年。キラは恐る恐る問いかけるが。
やはり彼は返事もせずに、ズカズカと近づいて。
慰霊碑の前に置かれた、真新しい花束を、蹴り飛ばす。花びらが舞い散る。
「こんな偽善で――世の中が変わるなら、誰も苦労しない。
怒りが、哀しみが消えるのなら、誰も争いなどしない。
死者は碑も花も、必要とはしていない」
「じゃあキミは――どうすればいいと思うの?」
明らかに常軌を逸した青年の様子に、しかしキラは怯むことなく問いかける。
初めて青年は、その赤い目をキラに向けて。
「何もしなくていい。偽善に逃げるような奴は、何もせず死んだ方がマシだ」
そのまま、青年は花束を踏みつけて。公園を、慰霊碑を後にする。
キラにはその背に、かける言葉が見つからず。黙って見送るばかりで。
緩い坂道を、黒いリムジンがゆっくりと行く。後部座席で、少女は過去に想いを馳せる。
緩い坂道を、黒髪の青年がゆっくりと歩く。歩きながら、青年は暗い想いを目に宿す。
2人の間には、公園に取り残された青年の姿。
兄妹は互いの存在に気付きもせず。夕陽差す坂道を、逆の方向に進んでいく――
第八話 『 血に染まる海 』 につづく