465 :隻腕第八話(1/21):2005/10/09(日) 15:44:36 ID:???
――宇宙に浮かぶ、無数の影。
円錐を2つ繋ぎ合わせたソレは、天秤型と呼ばれるコロニーの群れ。
ドーナツ型のミラーを伴い、整然と並んで回転するその姿は、どこか幾何学的な美しさを感じさせる。
いわゆる、『プラント』と呼ばれる、コーディネーターたちの宇宙国家である。

その、プラントは――揺れていた。
ここ半月ほどの間に連続して起こった、数々の事件に。

ザフトの新型戦艦の進宙式――の直前に起こった、アーモリーワン襲撃事件。
奪われた3機の最新鋭MS。正体不明の敵『ボギーワン』。
どさくさにまぎれ、議長まで巻き込まれたボギーワン追撃戦。
ザラ派過激派残党による、連続宇宙港襲撃事件。
そしてそのテロリストたちの本命、ユニウスセブン落下作戦。
オーブ軍とザフト軍の共同作戦による、ユニウスセブン破砕。
その後の地球の被害。敵意をむき出しにする地球連合。

これらの、一連の動きを受け……プラントもまた、戦争開始に世論が傾きつつあった。
元々、プラントには潜在的にザラ派の強硬路線を支持する層が存在する。
前の大戦末期、パトリック・ザラの暴走によって、一時期その勢力は減じてはいたのだが……
この緊迫した情勢下、再び彼らの強気姿勢が望まれるようになっていた。



……ザフト軍の中でも、話題は間近に迫った戦争の話ばかりだった。
ザフト側はまだ揺れていても、連合側の好戦的な態度は疑いようもない。

「……ミネルバはギリギリで回避したらしいな」「しかしオーブは連合につくとか」「いやまだ分からんぞ」
「ザクの増産が決定されたよ」「連合側も新型機を開発……」「オレンジショルダーが地球に降りるってマジ?」

そんな、雑然とした噂を思い思いにする兵士たちの間を、苛立ちも隠さず乱暴な足音で歩く男が1人。
切り揃えられた銀髪。吊り上がった目。純白の制服は、指揮官クラスの地位の証。

「……まったく、どいつもこいつもッ! そんなに戦争が待ち遠しいのかッ!」
「そーとも限んないんじゃない? みんな不安なのさ」

後について歩くのは、浅黒い肌の青年。一般兵扱いの緑の服でありながら、馴れ馴れしい態度。
そう――ヤキンの英雄として広く知られた2人、イザーク・ジュールと、ディアッカ・エルスマン。
赤服の女エース、シホ・ハーネンフースと3人で、基地を歩きながら激しく言葉を交わす。


466 :隻腕第八話(2/21):2005/10/09(日) 15:46:41 ID:???

「大体だ! 今の状態で戦争始めて、勝てるとでも思ってるのか!?」
「それは……厳しいですね。もう少し地球上に味方を増やさないことには……」
「前の戦争で広げた勢力範囲、全部チャラになっちまったもんなァ」
「先の戦いでは、Nジャマーの投下で奇襲ができた。MSの力で、優位に立つこともできた。
 しかし今はどうだ!? Nジャマーにも皆慣れた。ナチュラル用のMSもできてしまった。
 以前のようなアドバンテージは、ないんだぞ!?」

イザークは吼え、シホは真剣に考え込み、ディアッカは肩をすくめる。

「でもさぁ、そういうの考えるの、オレたちの仕事じゃないんじゃない?」
「ああそうだ。その通りだ。だから、怒ってるんだよ!
 議長は何をしておいでなんだ! これだけの状況下で、『何もしない』のはそれだけで罪だッ!」



その――議長は。
ギルバート・デュランダル評議会議長は。
罵声飛び交う評議会の場から逃げ出して、執務室でようやく一息ついているところだった。
椅子に深々と沈み込み、深い息をつく。

「……やはり、このままでは無理か……。もう少し、時間が欲しかったのだが」

目の前のチェス盤を見るともなく見ながら、一人考えを巡らす。
今は穏健派の議員であり議長である彼だが、しかし本職は遺伝子工学の専門家。
元々、コーディネーターの優位性を説くパトリック・ザラの下で、出生率低下問題に取り組んでいた人物である。
結局彼はその難問を解決できず、またパトリックの暴走と破綻を見て、穏健派に転じたわけだが……

時に裏切り者と罵られ、時にコウモリと揶揄され、時に定見がないと批判されても。
いや、だからこそ――彼は、本能的に最善の選択肢を嗅ぎ分ける能力については、一流なのだった。
理性的な外見によらず、ある意味、理屈よりも直感に頼るタイプの人間だった。

「敵を分断する策もある。建造中のアレが完成すれば、一気に逆転することも……。
 だが、まずは今の状況だ。まずは緒戦を凌げなければどうにもならん。
 ……やはり、穏健派・好戦派の枠を越え、プラントを1つにまとめる『看板』が必要だな――」

議長は手元の4枚の写真を改めて眺める。
キラ・ヤマト。カガリ・ユラ・アスハ。アスラン・ザラ。そして、ラクス・クライン――
議長は、手元の受話器を取り上げ、どこかに通話する。

「……ああ、デュランダルだ。キング氏の提案を、承認することにした。
 できるだけ早く、ミーア・キャンベルを『使える』よう準備してくれ――」


      マユ ――隻腕の少女――

      第八話 『血に染まる海』


467 :隻腕第八話(3/21):2005/10/09(日) 15:47:41 ID:???

夕陽さす、行政府の建物に――カガリ・ユラ・アスハの怒鳴り声が響く。

「駄目だ、駄目だ、駄目だ!
 なんだその『条件』は! そんなもの、我が国が受け入れるとでも思っているのか!」
「自分に怒鳴られても困りますなァ。自分はただ、本国の意志をお伝えしただけで」

すさまじい剣幕のカガリに対して、飄々とした態度を崩さぬ仮面の大佐。
その場に居並ぶ首長会議の面々も、みな渋い顔。
あのウナトも浮かない顔で考え込んでいて――なぜかユウナだけは、その席にいない。

つい先ほど、大騒ぎを起こしつつ入港してきた連合軍所属戦艦、J・P・ジョーンズ。
それが持ってきた『重要な書簡』とは、例の『同盟』の締結に関する非公式な条件提示だった。
非公式と言っても「まだ一般には公開できない」というだけのことで、大西洋の真意であることに違いはない。
その、内容は……

「同盟締結と同時に、一個艦隊を派遣せよ、だと? それもご丁寧に、『フリーダム』をつけろなどと……」
「その代わり、資金援助も、オーブの軍事施設の使用も、オーブの技術協力も要求しません。
 恥ずかしながら我らの軍も、例のユニウスセブンでかなりの損害を受けましてなァ。
 金より基地より技術より、ともかくこの場をしのぐための補充部隊が欲しいらしく」
「そんな、そちらの事情など聞いてはいない! こちらの意思は聞く気すらないのか、お前らは!」
「ん〜、不満なら別に蹴っても良いんじゃぁないですか? ま、自分が言うべきことでもないでしょうが」
「貴様ッ……! どの口でそんな事をッ……!」

カガリの顔が、怒りに歪む。

「『同盟を拒まれた場合、最悪2年前のような事態になることも覚悟されたし』……。
 こんな露骨な脅迫をしておいて! 何が『断っても良い』だッ!」
「自分に怒鳴られましてもなァ。自分はただのメッセンジャー、その文章を考えたわけでもありませんから」
「……ッ! ぬけぬけとッ!」

カガリの怒りも、暖簾に腕押し。仮面の大佐は口笛でも吹きだしそうな態度で。
流石に見かねて、宰相ウナトが助け舟を出す。

「……ロアノーク大佐。この話、我らオーブの者だけで話し合い、考える時間を頂けまいか?」
「ん〜、まぁいいでしょ。コッチも簡単に答えを頂けるとも思ってませんしねェ」

ウナトのもっともな言い分に、あっさり引き下がるネオ。
交渉の場は一旦お開きということになり、みな散り散りに席を立ち、解散する。
窓の外には、今まさに水平線上に沈み行く太陽。

「……しかし、大西洋の大統領も舐めた態度を取ってくれるものだ。こんな使者をよこすとは」
「こんな使者、と言われますと?」

立ち去ろうとするネオをジト目で睨むカガリ。相変わらず飄々とした態度のネオ。
その態度に、再度カガリは怒りを爆発させる。

468 :隻腕第八話(4/21):2005/10/09(日) 15:48:42 ID:???
「その仮面だ! 重要な使者が素顔も晒さないとは、バカにしてるのか、お前らは!」
「ああ、これでありますか。恥ずかしながら、前の大戦で顔にひどい傷跡を負いまして」
「……中途半端に顔隠されるとな、余計似てる気がしてきてムカつくんだよ」
「似てる、と申しますと?」
「……昔の知り合いだよ。声も態度も顔の輪郭も、そっくりだッ。
 もっとも……ソイツはお前ほど性格悪くはなかったがな!」

吐き捨てるように言い放つと、カガリは部屋を出て行く。
残されたネオは――口元だけを歪めて笑うと、小さく呟く。

「――存じておりますとも、お嬢ちゃん♪ ソイツのことは、よ〜く、ね♪」



水平線に、太陽が沈む中――
行政府に姿の見えなかったユウナは、天を指すマスドライバーの基部、宇宙港にいた。
一人の男を、見送りに。

「……すまんね、カガリでなくて。彼女も間に合えば来たかっただろうが」
「いや、構わない。俺だってカガリの置かれた立場は分かってるさ」

シャトルに乗り込まんとしているのは、アレックス・ディノ。
カガリ・ユラ・アスハの個人秘書の1人にして、ボディガードの1人……ということになっている青年。
相変わらず、似合わぬ大振りなサングラスと、似合わぬ髭に顔を隠している。

「事態は、悪い方向に進んでいる。今日の件もそうだし、この先もだろう。
 ひょっとしたら……キミがプラントに到着する頃には、さらに悪くなっているかもしれない」
「ああ……」
「しかし、それでも……最悪の事態だけは避けたいのだよ。カガリのために」
「……そして、セイラン家のために、だろ」

大袈裟に語るユウナに対し、アレックスの反応は鈍い。どこか冷たい目で、どこか投げやりに、しかし。
隠し切れない敵対心を、ユウナに滲ませて。

「…………」
「まあいいさ。俺だってカガリの悲しむ顔は見たくない。
 今のオーブにとって、俺の『存在』は数少ないプラントに対するカードだしな」
「…………」
「心配しなくても、俺は俺の務めを果たしてくる。カガリのために、カガリの愛したこの国のために。
 言いたいことも山ほどあるだろうが……俺が何をしようとも、信じて、待っててくれ。
 だから……後のことは、頼んだぞ。ユウナ・ロマ・セイラン」

アレックスは言い残すと、シャトルに乗り込む。
シャトルはやがてマスドライバーのレールの上を走り出し、煙の尾を引いて天に昇っていく。
見上げるユウナは……自嘲気味に、つぶやく。陽は沈み、完全にシルエットだけの横顔で。

「……男の嫉妬って奴ァ、手に負えないねェ。果たして本当に冷静なのか、心配だヨ。
 ボクも、そしてカレもさ――」

469 :隻腕第八話(5/21):2005/10/09(日) 15:49:53 ID:???

陽が、沈む。あたりがゆっくりと闇に包まれていく。
オーブの港に停泊するミネルバの中で、どこかと通信をしていたタリアは、溜息と共に通話機を置く。
副長が、恐る恐る彼女の様子を伺う。

「……ふう。仕方ないのは、分かるけど……ね」
「艦長? どうしました?」
「……アーサー、全艦に通達。本艦は明日オーブを出発し、カーペンタリアに向かう、と」
「えぇぇぇ!? も、もう出るんですか!? まだ修理は済んで……」
「装甲の傷はまだ残るけど、他は問題ないわ。こうなってしまった以上、これ以上留まるのは危険よ。
 オーブ政府も露骨に嫌がってるし、ダラダラして良いことはないわ」
「確かに、そうですが……」
「何かあるの?」
「あの〜、その、自分はまだ上陸してないもので……オーブ観光したかったなー、とか……」
「アーサーッ!」

事態の重大さを理解してない副官の言葉に、思わずタリアの語調も荒くなる。

「そんな状況じゃないでしょ! いい加減立場を理解なさい!
 大体あなた……ウチの『狂犬』がこれ以上我慢できると思ってて?」



「ねぇ、シン……?」
「ん?」
「今日のアレ、どこまで本気だったの?」
「冗談だよ、冗談。全部ジョーダン」
「うそ」
「嘘じゃないさ。あまりにアホらしくてやる気が失せた」
「やる気が失せた、って……やっぱやる気だったんじゃない」
「しつこいな、ルナは。なんでそんなに絡むんだよ」
「だって……シンってば、危なっかしいから」
「危なっかしい?」
「なんというか……死にたがってる、って言うか。自分なんてどーでもいい、って言うか……」
「…………」
「見てて不安になっちゃうのよ、あたしとしては。コイツちゃんと帰ってくる気あるのかなー、とか」
「……帰ってくる気のない奴が、こんなことすると思うか?」
「え、ちょっ、ま、また!?」
「悪いな。今日は『殺り損ねた』せいか――な。
 ま、ルナが魅力的だってせいもあるが」
「ちょ、待って、そんなのズルい、うンッ……」
「………………」
「…………」
「……」


470 :隻腕第八話(6/21):2005/10/09(日) 15:51:04 ID:???

深夜。
ユウナ・ロマ・セイランは――多くの書類を前に、自室で頭を抱えていた。
突き付けられた条件。現在の世界情勢。既に同盟参加を表明している国々。
――事態は既に、ユウナの当初の予測を上回るスピードで進行していた。

「カガリの決断の遅さは、覚悟はしていたけれども――
 連合だよ……連合の動きが、早すぎる。こっちから見ても、上手い。
 あっちにとっても計算外の要素は多かったハズなんだけどねェ……」

再び、J・P・ジョーンズの持ってきた『同盟参加の際の条件』を手に取る。
要求される派遣部隊の規模を、計算する。手元のノートパソコンに現状のオーブ軍データが出る。

「……全く、絶妙なバランスじゃないか。コッチの出せる限界をしっかり分かってる。
 ただ、人選が問題だねェ。帰ってこれる保障はないし、オーブを直接守るための戦いでもない。
 どうやってメンバーを選ぶのか。そして、誰を指揮官に指名するのか。
 それに――もう1つの問題は」

フリーダム。画面に表示されたその機体は。
わざわざ連合側が名指しで要求した、たった1機のMS。『パイロット込みで』派遣を要求したMS。

「……元々、我が軍にとっても予想外だったからねェ。急にいなくなっても、国土防衛計画には支障はない。
 支障はない、のだけど……」

考え込むユウナの脳裏に、これまでのフリーダムの活躍がよぎる。
想定外の危機の中、さらに想定を上回る活躍でオーブを救ってくれた蒼い翼の天使。
アッシュの襲撃の時も。ユニウスセブン破砕作業の時も。ミネルバと連合艦の緊張の際も。
そして――それを駆る、小さな女の子の笑顔。
喜怒哀楽をはっきり示し、誰とでもすぐに打ち解け、誰からも好かれる素直な女の子。

果たして、フリーダムを、彼女を、人身御供のように連合に差し出してよいものだろうか――

――じっと考え込んでいたユウナは、ふと気配を感じて後ろを振り返る。
そこにいたのは、他ならぬ、マユ・アスカ・セイラン。
戸口に立って、じっとユウナを見つめて。どこか、思いつめたような表情で。

「なあんだ、誰かと思ったらキミか、マイ・スゥィート・シスター。
 こんな時間に珍しいねェ。もっともマユの訪問ならいつでも大歓迎だヨ。
 眠れないのかな? ひょっとして、愛しのお兄様に添い寝して欲しい、とか?」
「…………」
「……ん〜、せめてツッコんで欲しいとこなんだけどな、ここは。あんまり冷たいとお兄ちゃんスネちゃうぞ?」
「…………」


471 :隻腕第八話(7/21):2005/10/09(日) 15:52:04 ID:???

おどけて見せるユウナの態度にも、マユの表情は硬いままで。
何かを決意したような表情で、静かに口を開く。

「ユウナ――あたし、聞いたよ。連合の言ってきた、『条件』のこと」
「――――!!」

マユの言葉に、ユウナの顔がこわばる。
まだこの件は、マユには話していないのに。本決まりになるまで伏せておくはずだったのに。
彼の脳裏に、1人の人物の顔が浮かぶ。こんなことをしそうな人は、他にはいない。

「――父上か。全くあの人は勝手なんだから。
 ねぇマユ、何を聞かされたのかは知らないけれど――」
「あたしが――フリーダムが戦争に行かないと、オーブが大変なことになるんだよね?」
「それは――」
「なら」

なんとか誤魔化そうとするユウナの目を、マユはまっすぐ見据えて。
強い意志を、その目に宿して。

「あたしは、いいよ。あたしでいいなら、行くよ。
 ……ううん、あたしを――フリーダムを、行かせて。オーブを、守るために」



――窓の外の空には、煌々と照る月。
マユの去った後、1人残されたユウナは、しばらく黙り込んでいた。
机に両肘をつき、顔を伏せて深く深く考え込む。

最初は、利用するつもりで拾い上げた。
最初は、ただの駒としてしか見ていなかった。
最初は、その戦闘力と話題性以外、何も必要とはしていなかった。
けれど――この短い時間のうちに、マユの存在はそれらの思惑を遥かに超えて――

――ゆっくりと、ユウナは顔を上げる。
そこには、彼には珍しい強い決意が張り詰めて――。

「マユ――わかったよ、キミの決意は。キミの想いは。
 このボク、ユウナ・ロマ・セイランも、今、覚悟を決めよう――」


472 :隻腕第八話(8/21):2005/10/09(日) 15:53:23 ID:???
翌朝。
出港の準備を進めるミネルバ。
その傍らで、艦長タリア・グラディスと、見送りのカガリ・ユラ・アスハが言葉を交わしていた。

「すまないな――追い出すような格好になってしまって」
「いえ、代表のせいだとは思っておりませんわ。
 むしろこちらこそ、我々の存在が余計な火種になってしまって申し訳ありません」
「謝るのはこっちの方だ。私の力不足のせいで――」

タリアとカガリは、視線を交わす。
短い間ながら、生死を共にし同じ目的のために戦った同志。深い信頼ができていた。
2人とも、不幸な成り行きを嘆きつつも、まだ事態が好転する望みを捨ててはいない。
がっちりと握手を交わし、2人は別れる――


やがてゆっくりと、ミネルバが動き出す。
なおも留まるJ・P・ジョーンズが、それを見送る。
至近距離を、すれ違う2隻。

ミネルバのブリッジには、厳しい顔のタリア。
J・P・ジョーンズのブリッジには、歪んだ笑みのネオ。

ミネルバの甲板上には、3人のMSパイロット。シン、ルナマリア、レイ。
J・P・ジョーンズの上にも、3人のMSパイロット。
期せずして、どちらも若い男2人・若い女1人の組み合わせ。
双方は視線を交叉して――

「……やっぱりアイツらか」
「なに、彼らって確か……アーモリーワンでシンと……!」
「知ってるのか、2人とも?」
「ああ、まあな。俺とルナは、あっちの3人のうち2人とは、ちょっとした因縁があってな」
「……てか、嬉しそうな顔しないでよ、シン。ケンカしたくて堪らないって感じよ」

「ふぅん、あの時の。タダ者じゃあないとは思っちゃいたが」
「……スティング、知り合い?」
「知り合いっつーか、殴り合い? 少なくとも、仲良しじゃあないな」
「ホラ、アビスとか奪う前にさ。軽くモメたじゃん。ステラも覚えてない?」
「……覚えてない……」

6人6様の表情で、互いに互いを確認して。
6人は、お互いが見えなくなるまで、甲板に留まり互いの姿を追い続けた。


ミネルバはゆっくりと、港を出て行く。
カガリが、ユウナが、ウナトが、オーブ兵が、ネオが、スティングが、ステラが、アウルが。
それぞれに、その姿を見送る。
何隻ものオーブ軍艦が見送りのため、その後に随伴する――

473 :隻腕第八話(9/21):2005/10/09(日) 15:55:02 ID:???

晴れ渡った良い天気の下、1人の青年がオーブの街を歩いていた。落ち着いた雰囲気の青年、キラ・ヤマト。
彼は何やらメモを片手に高級住宅地を歩き、一軒の大きな家にたどり着く。
表札には――ニホン語の漢字で、『加藤』の文字。
深呼吸1つして、インターホンを押す。

『……はい、どなたでしょう?』
「あ、あの、こちらカトー教授のお宅でしょうか?
 僕は――以前ヘリオポリスのカレッジで教授のゼミにいた、キラ・ヤマトと申します」
『少々お待ち下さい』

マイク越しの短い会話の後、ガチャガチャと玄関の鍵が開く音がして。
中から顔を覗かせた人物に、キラは思わず驚く。

「はーい。キラ君、久しぶりねー」
「マリューさん! い、いや、マリア……さん。なんでこんなところに!?」
「本名でいいわよ」

笑顔でキラを迎えたのは、カトー教授ではなく、マリューと呼ばれた女性。
そう、かつてアークエンジェルの艦長を務めた人物であり……マユにマリアと呼ばれてた人物だ。

「たぶんきっと、キラ君と同じ用件よ。ようやく覚悟決めてくれたのね。
 さ、入って。これまでの経緯を説明するわ。まぁ何というか泥縄な状況なんだけど。
 キラ君が参加してくれるなら助かるわ〜」

キラはマリューに促されるままに、家の中に消え。
朝の住宅地には、再び静寂が訪れる。



外洋に向かう、ミネルバ。
随伴していたオーブ艦隊が、動きを止める。そろそろオーブ領海の境界線。
オーブ艦隊の上にMSが立ち並び、ミネルバを見送る。

「いやー、盛大な見送りですなァ。良い国です」
「呑気なものね、アーサー。あれは監視よ」

すっかりご満悦な副官に、艦長は深い溜息。

「監視、って……」
「わたしたちとあの連合艦が、決してトラブルを起こさないように。
 そして、出て行ったわたしたちが、決して戻ってこないように」
「そんな――」
「ま、カガリ代表の誠意は本物なのでしょうけれど。あの国にも現実的な人たちがいるってことね」


474 :隻腕第八話(10/21):2005/10/09(日) 15:56:30 ID:???

ミネルバは、横列をなして見送るオーブ艦隊から、離れてゆく。
行く手には水平線。その彼方、カーペンタリアのザフト軍基地を目指しての船旅の始まり――

と、その時。
オペレーターの1人が、あるニュースに気づいてタリアを見上げる。

「か、艦長! こ、これは……」
「何? どうしたの?」
『……ガガッ……が、未だ納得できる回答すら得られず、テロリストの摘発も進まぬ現プラント政権は……』

オペレーターは艦長の問いに答える代わりに、そのニュース映像をブリッジのモニターに映し出す。
それは――大西洋連邦大統領、ジョゼフ・コープランドの演説。
ついに来た、宣戦布告。とうとう始まる、戦争――

『よって地球連合各国は、本日午前0時を以って、武力によるこれの排除を行うことを通告しました――』
「午前0時って、えーと今お昼だから、だいたい12時間後ですか? なら、なんとかカーペンタリアには……」
「違うわよ! 今、グリニッジはちょうど地球の裏側だから……!」
「艦長! 本艦前方20に熱紋多数! 連合軍艦隊です!」
「!!!」

タリアがアーサーの勘違いを正すヒマもなく。
悲鳴のようなオペレーターの声が響く。
水平線上に、ポツポツと艦隊の姿が――!

「あの、ボギーワンの一味の仕業ね……! 完全に、先回りされたわ!」



「……良いタイミングだ。今、ちょうど大西洋時間で午前0時――思う存分撃ち込んでやれる」
「これだけの戦力、注ぎ込む必要があるのか疑問ですがね」

連邦軍艦隊の方でも、当然ミネルバの姿は捉えられていた。
20隻ほどの艦隊は、横一直線に大きく広がりながら包み込みにかかる。

「甘く見るなよ。あの万能戦艦、おそらく我ら艦隊の全艦と同程度のコストが注ぎ込まれているはずだ。
 速力、陽電子砲、MSの搭載、ラミネート装甲……。ロアノークの報告が正しければ、相当な強敵だ」
「しかし、ここは地上。やつらのメリットはその速度と陽電子砲のみ。あの大砲さえ封じれば……」
「ザムザザー、いつでも出れるようにしておけよ。ダガーLも、新型パック装備だ。
 ザフト自慢の新型戦艦……ここで潰して、やつらの士気を初っ端から削ぐ!」


475 :隻腕第八話(11/21):2005/10/09(日) 15:57:37 ID:???

「どうするんですか、トダカ一佐!」
「我らは……手出しできんッ」

この状況は、ミネルバを見送るオーブ艦隊でも捉えていた。
捉えてなお……領海の境界線近くに、横列に並んで停止し続ける。

「しかし、あれは地球を、わが国を守ってくれた恩人ですよ!?」
「たとえそうでも……命令は命令だ。このままなし崩しに、オーブまで当事者になるわけにはいかんッ!
 戦闘中の両軍の艦船を、我らの領内に入れるわけには……」

指揮官トダカは、下唇を噛む。
連合戦艦はゆるやかに弧を描きつつ接近し、目の前のミネルバを包み込む……。



「コンディションレッド発令! 全艦砲射撃準備!
 MSは全機発進用意! ザクは艦上で砲台代わりに。インパルスはフォースで空戦用意。
 敵艦隊の左翼を抜ける!」

ミネルバのブリッジで、タリアが気勢を飛ばし。

「ヨウラン、ガナーパックにエネルギーコード繋いで。有線で撃ちまくるわ!」
「予備のブレイズウィザード、ミサイル満載でいつでも使えるよう準備しておいてくれ。
 撃ち尽くした後、ウィザードごと換えた方が早い」

格納庫では、MSパイロットたちが戦闘準備を整え。

「俺はいつ出ればいい、メイリン? フォースってことは俺が斬り込むんだろ?」
「インパルスは少し待ってください。艦砲で進路確保しますから、その後に!」
「ちッ!」

専用カタパルトで、シンは出番待ちを強いられて苛立ち。

やがて……互いに手の届く距離に到達して。

「……敵空母上に、MS20! ダガーLのようですが……この装備は……!?」
「と、飛んだ!? 汎用の量産機が!?」

連合艦船から、次々と飛び立つMS部隊。
その背に背負われていたのは……折りたたみ式の、巨大な翼。
それは連合軍が初めて実戦に投入した、空戦用の量産ストライカーパック、ジェットストライカー……。

オーブ沖海上で、激しい戦闘が始まる。


476 :隻腕第八話(12/21):2005/10/09(日) 15:58:26 ID:???

……オノゴロ島の、とある浜辺で。
再開された戦争とはまるで対照的な、平和な空気の中。
のんびりと、砂浜を散歩する一団があった。
騒ぎながら波とじゃれあう子供たちと、その引率らしい、桃色の髪の娘。

「あー、あれ何ー?」
「光ってる! ピカピカ光ってる!」
「せんそーやってるの?」

その光に最初に気づいたのは、子供たちだった。
海の向こう、水平線上に、チラチラと光る閃光。爆発らしい赤い炎。
オーブ沖で交戦するミネルバと連合艦隊の戦いが、遥か遠くに見えているのだった。
艦船そのものは水平線に隠れており、上空の爆炎だけでは戦況が良く分からない。

「あれは……哀しい光です。喜んで見るようなものではありません」

桃色の髪の娘は、寂しげに呟き、海から目を背ける。
と、その拍子に思いもかけず……砂浜にいる、1人の人物と視線が合う。娘の顔が、こわばる。

「……みなさん、わたくしは少し用を思い出しました」
「用事〜?」
「みなさん、ちゃんとお屋敷に帰れますね? 先におうちに帰って頂けますか?」
「はーーい!」

娘の唐突な言葉にも、子供たちは従順で。
砂浜を騒ぎながら遠ざかる姿を見送ってから――娘は、ゆっくりと向き直る。

そこには、大きなバイザーで表情を隠した、スーツ姿の女性が1人、立っていた。

「いつもの使者の方とは、違うのですね。
 いらっしゃるのなら、あらかじめ言って下さればお茶でもお出ししましたのに」
「…………」
「けれども、何度お願いされても同じですわ。わたくしは、もう戦争には関わらぬと決めたのです」
「…………」
「そう、議長にはお伝え下さい。では」

桃色の髪の娘は、黙り込むスーツの女に静かに告げると、背を向ける。
そのまま、立ち去ろうとして……

「お待ち下さい、ラクス様」

女の声に振り返った娘は――見た。
彼女の手に握られた、小さな拳銃の銃口を。


477 :隻腕第八話(13/21):2005/10/09(日) 15:59:33 ID:???
「……ああ、なるほど。そういうことでしたか。
 やめて下さい、とお願いしても、きっと無駄なのでしょうね」

しかし、桃色の髪の少女には、あまり動揺もなく。
どこか寂しげな、どこか悟ったような笑顔で、さらに問いかける。

「……ではせめて、『何のため』かをお聞かせ頂けませんか?」
「…………」

女は何かを躊躇するように、しばし間を置き。
噛み締めるように、言葉を発する。それは――祈りの言葉。

「……ラクス様の、ためです。我らの愛した『ラクス・クライン』のために」
「ああ、」

女の呟きに、娘はため息をつくような声を上げ。
変わらぬ微笑のまま、諭すように――

「でもそれは、決してわたくしの……」

銃声。
彼女の言葉は、女の手から放たれた一発の弾丸に遮られ――
胸元から血を吹きながら、彼女の身体がゆっくりと砂浜に――

「……ッ!! 畜生ッ!」

横合いから、男の罵声が聞こえる。
砂浜を駆けてくるのは、片目の男。手足が1本ずつ義肢の男。
急に帰された子供たちに異変を察して駆け付けてきたが、しかし一歩間に合わず。
男は女に銃を向けるが、女は素早く身を翻してその場を走り去る。
一瞬、追いかけるかどうか迷った男だったが、舌打ち1つ残して倒れた娘に駆け寄る。

「おい、大丈夫か! しっかりしろ! おい!」
「……バルドフェルド、さん……」

娘の口元からは、一筋の血。
咳き込んだ拍子に、さらに血があふれる。肺を撃ち抜かれたのだ。白い砂浜に朱が広がる。

「あとは、よろしくお願いします、わね……」
「………ッ!!」

抱き上げられた娘の首が、ガクリと垂れて――
男は無人の浜で、声無き咆哮をあげる。
はるか遠く水平線上では、なおも戦闘の光がまたたいている――


478 :隻腕第八話(14/21):2005/10/09(日) 16:00:30 ID:???

海上では――激戦が続いていた。

「くそッ! なんだかんだ言ってコイツら、動きがイイ!」
「もうッ、逃げないでよッ!」

シンとルナマリアが叫ぶ。自然と愚痴っぽくなる。
ジェットストライカーを装備したダガーLの動きは、予想以上に素早く、数多く。
対艦戦を想定していたシンのインパルスも、急遽防空のために出されていたが、苦戦していた。

相手は、数が多いだけでなく……無理をする気がない。
ゆるやかな包囲を維持し、防御と回避を優先し、余裕のあるものだけが攻撃に転じる。
そのため、艦上から砲撃するルナマリアも、空中で多数を相手するシンも、倒されこそしないものの倒せない。
苦労して1機2機落としても、すぐに空母から補充が飛び立ち、三次元的な陣形を維持する。
そうして、ミネルバの動きを止めておいて――本命は、遠方からの艦砲射撃。
その命中精度は決して高くないが、威力は十分。幸いまだMSには直撃していないが、ミネルバの装甲が削られる。

「このままでは――ジリ貧だぞ」

ミサイル砲台の役目をし、全弾撃ち尽くしたブレイズの交換をしていたレイが、再び戦線復帰する。
彼が復帰したところで、しかしその状況はほとんど変わらない。
遠くから飛んできた、連合戦艦からの砲撃がミネルバに命中し、彼らの足場を揺らす。


「くッ! 被害状況は!?」
「右舷エンジン基部に被弾! エンジンはまだなんとか持ってますが……装甲がもう1層もありません!」

ブリッジでも、この絶望的な状況にあえいでいた。副官が悲鳴を上げる。

「なんでさっきから、損傷あるとこを正確に狙われてるんですか!? 偽装はしたのに!?」
「たぶんきっと――あの、ボギーワンの一味の仕業ね。こっちの艦の状態が、筒抜けになってる」

タリアはギリリと奥歯を噛み締める。
装甲も強固なこの艦だが――傷ついた部分に攻撃が重なれば、流石に持たない。
このままでは、いずれ自慢の足も潰される。そうなれば、囲みを突破することもできなくなる。
タリアは、決断する。

「――タンホイザー起動。陽電子砲で目の前の艦をMSごと吹き飛ばし、突破を図る!」


「ミネルバ、陽電子砲起動準備確認」
「来たか。ザムザ・ザー、発進せよ!」

――その様子を、察知した連合の空母では。
巨大な影がギラリと光って起動し、飛び出してくる――


479 :隻腕第八話(15/21):2005/10/09(日) 16:02:02 ID:???

それは――異形の存在だった。
ヤシガニのような体躯。大きな4本爪。耳のように張り出した突起。
体中に突き出した無数の砲塔。水上を滑るように疾走るその動き。
なにより――MSを大きく上回る、その巨体――

「なんだ、アレは?」
「巨大MA? 地上用の?」
「どうします、艦長!?」

動揺するミネルバ――しかし、それは相手を『脅威』と見てというより。
自ら陽電子砲の射線軸に飛び込んでくるその動きで。

「いまさら発射シークエンスは止められないわ! あのMAごと撃ち抜く!」
「は、はいッ!」
「タンホイザー……てーッ!!」


「敵艦、陽電子砲発射体勢確認」
「陽電子リフレクター展開準備」
「敵艦に向けリフレクション姿勢」

光を放ち始める、ミネルバ艦首のタンホイザーにもひるむことなく。
大型MAザムザ・ザーは、やや前傾した姿勢で突進する。
空中に展開していたMS隊は、少し引いてその後方に下がり。
ザムザ・ザーの突起が、淡い光の壁を展開し始めて――

轟音と共に、陽電子砲から放たれた光の槍が、ザムザザーに突き刺さる。
否――それは、ザムザ・ザーの直前に展開された光の壁に遮られて――

目も眩む閃光の後、そこにいたのは――無傷のザムザ・ザーと、無傷の連合軍――


「あれを防いだの!?」
「どっ、どどどうします艦長!?」

自分たちの最強武装を破られたミネルバは、動揺を隠せない。
そうこうしているうちに、再び連合軍の砲撃がミネルバを襲う。

「……シンに伝えて。あのMAを排除するように、と。艦の防衛よりも優先して」
「でも、それではミネルバが!」
「アレを倒せるか、その前にミネルバが沈められるか……これは、賭けよ。かなり分の悪い賭けだけど」

タリアの額に、脂汗が滲む――


480 :隻腕第八話(16/21):2005/10/09(日) 16:03:15 ID:???

その戦闘は、オーブ艦隊の方でも確認できていた。
多勢に無勢、雨のように砲撃を浴び、反撃はザムザ・ザーに止められ。
フォースシルエットを装備したインパルスが接近を試みるが、翼持つダガーLに進路を遮られる。

「このままじゃ……彼らが……!」
「しかし、我らは……」

心情的には、オーブの誰もがミネルバを見殺しにしたくはなかった。クサナギと共に奮戦した艦なのだ。
しかし一方で、こちらから手を出すわけにはいかないこの状況。
自国防衛を口実に介入するには、自軍を狙った先制攻撃か、領海内への侵犯を待たねばならない。
連合軍もミネルバも、それを分かってるのかオーブ領海には侵入しようとはしていない。
一定の距離を保ったまま、戦闘を続けている。

と――その時。
その空気を読んでか読まずか――1機のMSが、命令を待たずして勝手に飛び立つ。

「フリーダム!」「セイラン三尉、何を!?」

しかしフリーダムは制止を待たずに巨大空母タケミカヅチから飛び出し……
境界線ギリギリまで飛んでゆき、翼を広げる。腰のレールガンを、展開する。
そして――打ち落としたのは、2発のミサイル。
連合軍のダガーL、ジェットストライカーの翼下から放たれ、しかしミネルバを外して迷走してきたもの――

『独断で動いて申し訳ありません。ただ、許可を待っていたら間に合いそうになかったもので。
 本国の領域内に侵入しそうだったミサイル、無事撃墜しました』

マユの硬い声が、タケミカヅチのブリッジに響く。
一瞬呆然としていた艦隊指揮官たちは、ようやく我を取り戻す。

「何を勝手に! あんなのが本土に届くわけもないのだし、放っておけば良いものを……」
「――待て」

怒りを露にする部下を、艦隊司令のトダカ一佐が遮る。
なおもそのボーダーラインから下がる様子のないフリーダムの背中に、彼女の『思惑』を理解する。

「……なるほどな。確かに、『我が国の主権領域』に飛び込む『流れ弾』は排除せねばなるまい。
 艦隊を、領海ギリギリまで移動させろ。そして領海を侵す恐れのあるミサイル等を撃墜するように、と」
「ええッ!? は、はいッ!」

慌てて答える部下。他のオーブ艦にも連絡が飛ぶ。トダカは一人、フリーダムの背を見つつ、呟く。

「頼むぞミネルバ、我らの狙い、気づいてくれよ……!」


481 :隻腕第八話(17/21):2005/10/09(日) 16:04:01 ID:???

揺れるミネルバのブリッジの中――タリアたちも、オーブ艦隊の動きに気づく。
境界線から大分離れた位置に陣取っていた彼らが、急に近づいてくる――

「あわわ……連合と一緒にこっちを撃つ気でしょうか?」
「いや――違うわね」

悪いほうに想像を巡らす副官。しかし艦長は素早くオーブ艦隊の意図に勘付いて。

「……針路変更! オーブ領海に、近づいて!」
「ええ!?」
「ただし、間違っても領海侵犯はしないように。ギリギリよ、分かるわね!」

ミネルバとオーブ艦隊の距離が近づく。艦砲射撃の届く距離になっても、なお近づく――
そんなミネルバのブリッジに、通信が入る。

『こちらオーブ艦隊司令、トダカ一佐。ミネルバに警告する、貴艦は本国の領海に近づきつつある』
「こちらミネルバ艦長、タリア・グラディスです。分かっていますわ、境界線は越えません」
『分かっているなら良い。当方は、このまま貴艦の動きを監視させて頂く。
 万が一貴艦が侵入した場合、即座に攻撃を加えねばならない。分かってくれますな』
「ええ。覚悟しております。……お気遣い、感謝いたしますわ」
『……その一言は余計ですよ。では、ご武運を』

通信は切れ――艦長は安堵の溜息をつく。

「……そちらも最後の一言は余計よ、トダカ一佐」
「あの、今のはどういう……??」
「気づかない、アーサー? 連合軍からの砲撃が、減ってること」

そう――いつの間にか、ミネルバを揺るがす砲撃は減り、ダガーL隊も困惑したようにホバリングするだけで。
例のザムザ・ザーも、その砲を撃つことができず、水面上に浮かんだままだ。

「これだけ近づいてしまえば、連合だって迂闊に撃てないわ。
 もし流れ弾がオーブ艦隊に当たりでもしたら、大事ですからね。
 ――それを分かってて、トダカ一佐たちは身体を張ってくれたのよ」

訓練された兵士は、敵を包囲する際、決して自分の射線が他の仲間に重ならぬよう、気をつけるという。
文字通り綺麗に「ぐるりと取り囲んでしまう」と、同士討ちが避けられないのだ。
一見すると、オーブ軍と連合で「完全に囲んでしまった」この状況は、まさにその「悪い例」。
まだ連合とオーブは『味方』ではないが、オーブを『味方』にしたい連合としては、撃つわけには――

「さあ――このまま境界に沿って、囲みを突破するわよ!」


482 :隻腕第八話(18/21):2005/10/09(日) 16:05:15 ID:???

「ええい、忌々しい……! オーブの連中め!」
「ここまで追い込んだのだ、ここで逃がしてたまるものか!」
「MS隊とザムザ・ザーをもっと押し出せ! 取り付いて仕留めるんだ!」

連合軍艦隊は、焦りを隠せない。
撃つわけにはいかない――必中の間合いなら飛び道具も使えるが、遠距離では下手な砲撃はできない。
残る手立ては、艦載機による接近戦ということになるが――

彼らは知らない。ミネルバのMSパイロットが、揃いも揃って一機当千の『赤服』であることを。


ミネルバの正面から、迫りくるザムザ・ザー。
その前に立ち塞がったのは――シンの駆る、フォースインパルス。

「メイリン! ソードシルエットを!」

彼は管制官に別装備の射出を命じると、そのまま洋上を駆けて敵の巨体に迫る。
MAは鉤爪を振り上げ、インパルスを捕まえにかかるが――空振り。
いくら接近戦用の武装があったとしても、MSと比べれば運動能力は大きく劣る。ましてやフォース相手では。
ヒョイとその背中に飛び乗ったインパルスが、バックパックをその場で外し――新たな装備がそこに飛び込む。
ザムザ・ザーは振り落とそうと暴れるが、片手でその角を掴んだインパルスは揺らぎもしない。
敵自身を足場とする無茶苦茶なロデオを演じながら、巨大剣エクスカリバーを両手にそれぞれ、逆手で構える。

「クハハハッ……この距離じゃ、あの光る板も出せないだ、ろッ!!」

そのまま――巨大な2本の剣を、足元に突き下ろす。突いて、差して、振りぬく。
インパルスが蹴って離れた途端に、綺麗に3枚に下ろされたザムザ・ザーはパカッと割れ――爆散する。

「メイリン! 艦長に、陽電子砲を撃つように言え!」
『え、ちょっと、シンは!?』
「俺は――もう少しミネルバの露払いをしておく。まだ暴れ足りないんでね――!」

そのまま、インパルスは海中に消え――


ミネルバ艦上では、赤と白のザクが奮戦していた。
白いザクファントムのバックパックから放たれたマイクロミサイルの群れが、ダガーLの進路を塞ぎ――
赤いザクウォーリアの抱える大砲が、動きを止めた彼らをまとめて貫き通す。
距離を置き、牽制と回避をメインにしていた先程までなら、彼らも決して弱い部隊ではなかったのだが。
前進と攻撃を命じられた途端、ダガーL部隊は、相手との力量差を思い知らされることになった。
そして――頼みの綱のザムザ・ザーが倒されるのを見るに及んで、彼らの士気はもはや維持できず――


483 :隻腕第八話(19/21):2005/10/09(日) 16:06:21 ID:???

「タンホイザー、てーッ!」

陽電子砲タンホイザーが2隻の軍艦をまとめて吹き飛ばし、連合軍の囲みに穴を開ける。
その穴に向かい、突進するミネルバ。速力の差で置いていかれるダガーL部隊。

それでもなお、開けられた穴を埋め包囲を取り戻そうと、数隻の小型艦船が移動するが――

「……なんだ、あれは?」「剣!?」

まるで、人喰いサメの背ビレのように海面に突き出されたソレは――ソードインパルスの対艦刀、エクスカリバー。
気づいた時には、もう遅い。魚雷などを撃つには間合いが近すぎる。
海面直下を移動しながら、インパルスは次々に小型艦船に襲い掛かる。レーザーブレードが艦を切り裂き、2つに割る。
混乱する艦隊の合間、海上に飛び出したインパルスが投げたブーメランは、次々と艦橋を切り裂いて――

「――ハハハハハハっ!!」

半壊した敵艦船を足場に、インパルスは跳躍する。その先には、包囲を脱するミネルバ。
眼下で炎上沈没する船を見ながら、シンは哄笑する――



――オーブ行政府。
周囲がすっかり暗くなった中、煌々と明かりが灯っているのは、会議室。

「……というわけで、我が国を取り巻く他の国々も、同盟への参加を表明しております。
 前の大戦時には、我が国と合わせ、連合とザフトを遮る『中立の壁』の役を果たしていたわけですが……
 もはや、状況は変わったと言わざるを得ない」

淡々と説明をするのは、ユウナ・ロマ・セイラン。モニター映るのはオーブ周辺の世界地図。
前の大戦時の勢力図では、プラント寄りのオーストラリアの北東に、中立の国々が帯のように広がっている。
これら中立地帯が、連合・ザフト双方にとって、「接点を減らす」役割を持ち、戦線の拡大を防いでいたのだが。
いまやかつての中立地帯は、オーブを除いて連合一色に染まり、オーブは取り残された虫食い穴のような状況。

「……で、我が国も屈しろと言うのか? あのとんでもない条件を呑んで?
 大体、誰を行かせると言うんだ、あんな『死んで来い』と言わんばかりの任務に」

腕を組んで憮然としているのは、首長であるカガリ。
この数時間の議論で――それは議論というより一方的な説得だったが――いい加減、カガリも分かってしまっていた。
もはや、現状が覆しがたいものであることを。理念の全てを守りきることは不可能だと。
「他国の侵略を許さ」ないためには、「他国の争いに介入する」以外方法はないと。
それでもなお、彼女は不満を隠そうとせず――ふてくされて俯き、他の面々の顔を見ようとしない。


484 :隻腕第八話(20/21):2005/10/09(日) 16:08:20 ID:???

……が、カガリはふと、気付く。
視界の片隅、机の上に置かれたユウナの手が、小さく震えていることに。
それは、緊張。それは、恐れ。そして――それらを上回る、覚悟。
カガリはハッと顔を上げ、ユウナの顔を見る。
彼の顔は、思わず泣き笑いになりそうな、しかし真剣な決意を秘めた、微妙な表情で――

「それは――ボクが行く。ボクが、派遣部隊の指揮官になる」
「なっ、ちょっと待てユウナ! そんなことは聞いておらんッ! 何を勝手にッ!」

慌てた声を上げ立ち上がったのは、宰相でありユウナの父である、ウナト。
しかしユウナは片手を上げて父を制し、震える声で、しかしはっきりと言い切る。

「この事態、責任の一端は外交を取り仕切ってきたわがセイラン家にもある。
 ならば――この任務、ボクが責任を取らないでどうする?
 我が愛する妹、マユも参加すると言ってくれているしね」
「ユウナ……!」
「どれだけの兵士がついてきてくれるか分からないが――派遣部隊は、志願した兵だけで構成する。
 ボクが、できるだけ時間を稼ぐ。だから……その間にカガリが、世界情勢の方を変えてくれ。
 双方への呼びかけと、外交努力で。その真っ直ぐな信念で。そのためならボクは――命をも捨てよう」

ウナトもカガリも居並ぶ面々も、このユウナの発言には言葉を失い。
……ようやく、カガリがゆっくり口を開く。

「……今夜はもう遅い。正式発表するにしても、明日になるだろう」
「カガリッ!」
「一晩、考えさせてくれ――」



――人々が立ち去った、深夜の会議室で。
たった1人残ったカガリは、机に肘をついて考え込む。
やがて、懐に手を入れ、取り出したのは――1つの指輪。
肌身離さず持ち歩き、しかし自らの立場を考え普段は懐にしまっている、ルビーの指輪。

 『……これを』
 『これって……おい、アスラン!』
 『離れていても、俺たちの気持ちが変わらないように、な……』

カガリは思い出す。
特使アレックス・ディノの出発前、アスハ家の屋敷の前でかわした短いやりとり。
その時2人がこの指輪に誓ったのは――男女の愛情だけでは、ない。

指輪をギュッと握り締め――カガリは顔を上げる。
そこにあるのは、強い意志の光。先程のユウナにも近い、覚悟の表情。


485 :隻腕第八話(21/21):2005/10/09(日) 16:09:27 ID:???

――翌朝。
急を告げるメイドに起こされたユウナは、慌てて自室から飛び出す。
慌てすぎて、パジャマで抱き枕を抱えたまま、というマヌケな姿だったが、構わず素足で階段を駆け下りる。
飛び込んだ居間の大画面モニターに、その緊急記者会見の様子が映る。

『……ゆえに、我がオーブもこの同盟に参加することが妥当だと判断した。
 また、この同盟の締結に伴い、我が軍から一個艦隊を派遣することに……』
「か、カガリッ!?」

それは、白い軍服に身を包んだカガリ・ユラ・アスハの姿。
ユウナにすら、首長会議の面々にすら知らせずに開いた、不意打ちのような早朝の会見。
彼女はそのまま、連合との同盟受け入れを国民に告げ――

『なお――本派遣部隊の指揮官は、この私、カガリ・ユラ・アスハが自ら務める。
 部隊はこの任務を志願した兵だけで構成するものとし、望まぬ者を無理やり戦場に送るつもりはない。
 私の不在中の全権は、首長代理ユウナ・ロマ・セイランに一任するものと――』
「なあッ!?」

カガリの言葉に、ユウナは悲鳴を上げる。
同じように起き出して来たパジャマ姿のマユも、パンツ一丁のウナトも……
ユウナ同様、その宣言に息を呑む。居間の戸口のところで、唖然として立ち尽くす。


J・P・ジョーンズにいるネオ・ロアノークも。
カトー教授の家で、MSの設計図と向き合うキラとマリューも。
工事現場の隣、プレハブ建ての小屋でテレビを見上げるマードックも。
地球の裏側でオーブの報道を逐一チェックするメディア王ジブリールも。
オーブに暮らす、多くの一般市民も――

その宣言に、みな驚きの表情を隠せずに。



「それじゃ……それじゃ、逆じゃないかッ! ボクは、キミを守るためにッ……!!」

拳震わすユウナの呟きは、画面の向こうに伝わるはずもなく。
テレビの中で、カガリは強い意志の篭った視線でカメラを、世界を見据えている――



                      第九話 『 ユウナ 』 につづく