625 :隻腕9話(1/16):2005/10/11(火) 00:19:05 ID:???
それは――遠い記憶。


「お姫さまーぁ……? どこにいるの……?」

……6歳ほどに見える少年が、恐る恐る呼びかけながら、林の中を歩いていた。
いや、林と呼ぶのは適切ではない。この国一番の大邸宅、アスハ家の屋敷の庭の一部だ。
庭、ではあるのだが……しかし、大きな木々の生い茂ったこのエリア。
少年の目には、ちょっとした森のようにさえ思えるものだった。

「おかしいなぁ。あのおばさんは、こっちのほうだっていったんだけど……」

少年はクセの強い紫の髪を掻いて、あたりを見回す。見える範囲には、人影ひとつない。
と――その頭上に、ぽんッ、と、小さな木の実が落ちる。

「………?」

自分の頭に手を当てるが、何もない。
そこに立て続けにポポポンッ、と2個3個とさらに落下する。
少年は、頭で跳ねて足元に落ちたドングリに気がついて。
ふと、顔を上げた少年は――ようやく、そこにいる人物に気がついた。

「よぉ。やっときづいたか。どんくせーな、おまえ」

大きな木の上、太い枝に足をかけてさかさまにぶら下がっていたのは――金髪の子供。
年の頃は、紫の髪の少年と同じくらいだろうか。半ズボン姿で、みるからにやんちゃな雰囲気で。
あっけらかんとした笑顔で、木の下の少年を見下ろしている。

「え、えっと……キミは……?」
「おまえも、コッチあがってこいよー。きもちいいぞー、ここは」
「む、むりだよ、そんなたかいトコ……」
「ちぇッ、木登りもできねーの? なっさけねーの。男だろ、おまえさー」

オドオドと怖がる紫の髪の少年に、金髪の子はバカにしたような声を上げて。
クルリと鉄棒で一回転する要領で、木の枝の上に腰掛けなおす。

「で――なにやってんの、おまえ?」
「『おまえ』じゃないよ! ボクは、『ゆうな・ろま・せいらん』だよ!」
「ふーん。で、その『ユウナ』はなにやってんの?」
「ひとをさがしてるんだ。『かがり』ってお姫さまなんだけど……しらない?」

木の下で問いかける真顔の少年に――木の上の子供は、一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になり。
すぐに、大声で笑いだす。

626 :隻腕9話(2/16):2005/10/11(火) 00:19:51 ID:???

「アッハッハッハッハ! ハッハッハッハ!」
「うぅ……! な、なにわらってるんだよぉ!」
「いやスマンスマン。ちょっとおかしくてさ」

金髪の子は、涙目で怒る少年に軽く謝ると、ヒョイッと木の枝から飛び降りて。
子供にはいささか高すぎる位置から、猫のように軽々と着地すると、少年の前に歩み寄る。

「なんだ、わたしをさがしてたのか、ユウナ。
 そーいや、今日はあたらしい子がくるってマーナもいってたっけ」
「え……? じゃ、キミが……カガリお姫さ…ま?」

あまりのイメージの違い。正直、この瞬間まで性別すら勘違いしていたユウナ少年は、言葉もない。
てっきりこの「金髪の少年」も、自分と同様「お姫様」の遊び相手として呼ばれた者だと思ってたのに――

「おひめさま、なんてやめてくれよ。『カガリ』でいい。
 これからよろしくな、ユウナ?」

片手を差し出し、ニッコリと笑うその笑顔は、ユウナ少年にとっては実に魅力的で。
優雅さなどカケラもない、奔放な「アスハ家のお姫様」の姿に――

――少年は、初めて会ったその時から、恋をしてしまっていたのだ。


           マユ ――隻腕の少女――

            第九話 『ユウナ』


――このボク、ユウナ・ロマ・セイランは、『オーブ五大氏族』の「6番目」の家の長男としてこの世に生を受けた。
遠く遡れば、オーブ五大氏族は共通の先祖を持つという。この地に辿り着いた時には、既に分かれてたとも聞くが。
セイランの家は、比較的最近、つまりこの地に根を下ろしてから分かれた、「分家筋」だ。
最近、と言ってももはや親戚という感覚はなく――氏族の末席に名を連ねる程度。もちろん実権はない。
名家と呼ぶには、実に中途半端な位置付け。万が一どこかの氏族が断絶した時のための、血筋のスペア。
そして、滅多に起きやしないからこそ「万が一」なのであって――
大体、養子縁組を平気で認めてるんじゃ、家が断絶するはずもないよねぇ。

今、こうしてアルバムをめくれば、少年時代の我がセイラン家の位置付けが良く分かる。
アスハ家を中心とした、氏族たちの集合写真。見るからに「偉い」人たちが沢山映っている写真。
真ん中にいるのはカガリの父親、ウズミ・ナラ・アスハ。その隣にはカガリ・ユラ・アスハ。
ボクと父上は、いつも一番端っこ。一番の末席。
まあ、年が近いこともあって、カガリとボクは、遊び相手として仲は良かったんだけど――
いや、あれは「仲が良い」と言っていいのかな? ま、サハクの双子と比べりゃ、そりゃ「仲が良かった」んだろうけど。


627 :隻腕9話(3/16):2005/10/11(火) 00:20:48 ID:???

「アハハ、はやくこいよ、ユウナ!」
「ま、まってよ、カガリぃ……!」

笑いながら芝生を駆ける金髪の子供、ヒィヒィ息を荒げて追う紫の髪の少年。少年はとうとう膝をつく。
金髪の少女――少年のようにしか見えないが、れっきとした少女――は、腰に手を当てて少年を見下ろす。

「なっさけねーな、ユウナって。おまえ男だろー?」
「お、おとこもおんなもかんけーないよ! か、カガリがすごすぎるの!」
「そーかなー?」

まだ息の整わぬ少年を見下ろして、少女は首を傾げる。
――実際、少女の運動能力は、この年頃の子供にしては非常に高いもので。
木登り、水泳、自転車、腕相撲、竹馬、一輪車、鉄棒、鬼ごっこ……。
こうして一緒に遊んでいても、いつも少女が暴走し、少年がギブアップしたところで終了するのだった。
少女は、ジト目で少年を見下ろす。

「おまえさー、なにか1つでもわたしに勝てるものないの?」
「さんすう」
「!!」

少年の短い一言に――余裕をかましていた少女は、ギクりと身を硬くする。

「まだカガリ掛け算できなかったよね? もう九九覚えた? ボクもう2ケタの掛け算できるよ」
「う、うるさい、こ、これからやるんだッ!」
「あとー、国語にぃ、地理にぃ、歴史にぃ――」
「う、うう……ッ」
「カガリも、もうちょっとまじめに勉強したほうがイイよ。
 頭良くないと『せーじか』になれないって父上も言ってた」

すっかり攻守逆転した格好の2人。
カガリは脂汗をかきながらも、なんとか誤魔化そうと虚勢を張る。

「そ、そんなの、べつにできなくたっていいんだ。できる奴にまかせれば」
「それじゃダメだよー」
「おとうさまも言ってたぞ。『ヒトの上にたつものは、じぶんで何でもできる必要はないんだ』って。
 できるヒトの言葉をすなおにきいて、できるヒトにまかせればそれでいーんだ、って」
「そーなのかなー?」

精一杯胸を張る少女と、疑いのまなざしを向ける少年。
と――そこに、2人を嘲けるような笑い声が響く。

628 :隻腕9話(4/16):2005/10/11(火) 00:21:50 ID:???

「クックック」「クックック」
「やれやれだね」「ああ、やれやれだ」

いつの間にいたのか――そこに立っていたのは、2つの小さな黒い影。
長い黒髪に、白い肌。服まで黒づくめの――2人の子供。
鏡に映したように、そっくりな2人。2人揃って、性別不詳。

「おまえら……ギナとミナ!」
「相変わらず低レベルだな、君たちは」「相変わらず低レベルだな、君たちは」
「なにおぅっ!?」

ステレオスピーカーのような2人の挑発に、カガリは食って掛かる。だが2人は平然としたもので。

「運動か勉強、片方しかできないなんて」「これだからナチュラルはダメなんだ」
「支配者の器じゃないね」「ああ、支配者の器じゃないね」
「おまえら……そんなに『こーでぃねーたー』がえらいのかよッ!」
「まあまあ、おちついてよカガリぃ」

今にも殴りかかりそうな少女を、少年が必死に抑える。
黒づくめの2人の子供は、馬鹿にしたような笑いを残してその場を立ち去る。
遠くには――同じく黒づくめの大人の姿。双子と一緒に黒い車に乗り込む。
どうやら、サハク家の誰かがアスハ家に用事があり、そこに双子もついて来た、ということだったようだが。

その姿を見送りながら、カガリはポツリと呟く。

「……わたしは……あいつら、キライだっ」
「こーでぃねーたーがキライなの?」
「ちがうっ!」

少年の誤解に、少女は声を荒げて。
拳を握り、力説する。

「あいつらは……『こーでぃねーたー』とか『なちゅらる』とか、そんなくだらないことできめつけて。
 かけ算できなくても体力なくても、おんなじ人間じゃないか。
 それを、あいつらはバカにして……! あいつらこそ、『しはいしゃのうつわ』じゃない!」
「でもカガリ、九九くらいはいいかげん覚えたほうがいいとおもうよ」
「うるさいッ!」

ポカッ。
ユウナを殴ったのは、まあ明らかに筋違いだったが……
それでも、少女はこの時点で既に、「なにが正しいことなのか」を嗅ぎ分ける直感を持っていたのだった。


629 :隻腕9話(5/16):2005/10/11(火) 00:22:43 ID:???

――コーディネーター。
例の『ジョージ・グレンの告白』で世界に広がった、遺伝子操作を受けて生まれた子供たち。
その出現は、比喩でなく、まさに世界を2つに割ったわけだが――
ボクたちオーブという国は、そんな世界情勢の中でも、稀有な存在だったと言えるだろう。

五大氏族の中にも、サハク家のように積極的にコーディネーターを作る家もあれば、作らぬ家もあり。
ある意味、「別に好きにやればいいじゃないか」という寛容さが、国の中に満ちていた。
コロニーという宇宙の「飛び地」を持つことで、地上で禁止されたコーディネート処理が可能だったことも大きい。

そして、その寛容さゆえに、差別にうんざりした人々が次々に移民し。
彼らの技術力を得て、我がオーブはかつてない繁栄を見せて――
しかし、オーブの外では、この新たなる「民族紛争」が、世界を覆いつくして。
あのジョージ・グレンも凶弾に倒れ、過激なコーディネーター排除主義者『ブルーコスモス』もテロを激化させて。
これらに抵抗して、少なからぬコーディネーターが宇宙の『プラント』に集まり、自衛軍『ザフト』を立ち上げ。

ボクらが育ったのは、そういう世の中の流れが固まりつつあった時代だった。
やがて――世界では二極対立が極限まで高まって。その頂点で起きたのが『ユニウスセブンの悲劇』。
――ついに戦争が、始まった。



「馬鹿な! お父様がそんなことをしているハズがない!」
「いやまあ、ウズミ氏が知ってるかどうかは疑問だがね。間違いなく我がオーブはしてるハズだよ」

吼えるカガリと言葉を交わすのは、ユウナ・ロマ・セイラン。どちらもまだ若い。
2人は戦争のニュースを見ながら、お茶を楽しんでいるところだった。

「この戦争、ザフトが当初の予想以上に善戦している一番の理由は、新型兵器『モビルスーツ』の存在だ。
 これからの戦争の主役はMSになるだろうし――連合も、我がオーブ軍も、これの導入を欲するハズだ。
 だが、単独でのMS開発は、おそらく困難を極める――」
「しかし、だからと言って連合と手を組むとは!」
「商売の上での関係なら、オーブの『中立』にはひっかからないさ」

肩をすくめるユウナ。納得いかない風のカガリ。
紅茶を一口含んで、ユウナは言葉を続ける。

「現に、モルゲンレーテ自慢の大容量バッテリーが連合軍に納入されたとも聞くしね。
 我が軍もコーディネーターの兵は少ないし、『ナチュラル用MS』開発のパートナーとしては妥当じゃないかな」
「しかし、そんな計画、どこでやってると言うんだ! モルゲンの工場では、そんなものどこにも……」
「宇宙じゃない? ほら、ヘリオポリスにある宇宙工場。
 あそこなら、工業カレッジもあるし、新型パワードスーツを研究してる教授もいるし。
 流用できる技術も、流用できる設備も整ってるはずさ。連合軍と接触しても目立たないしね」

軽い口調で言葉を紡ぐユウナ。その時点の彼らは、そんな重要な機密事項に触れられる立場ではなかったが……
しかし、ユウナの推測は実に見事なもので。手元にある僅かな情報から、ほぼ全ての事実を言い当てていた。


630 :隻腕9話(6/16):2005/10/11(火) 00:23:31 ID:???

と――クッキーを咥えてTVを眺めていたユウナは、カガリが黙り込んでいることに気付く。
クッキーを咥えたまま、彼女の顔を伺う。

「――ん? どうしたのカガリ?」
「……見てくる」
「へ? 見てくるって……何を?」
「ヘリオポリスの様子をだッ! こんなとこでウジウジ話してても、ラチが開かないッ!」

そのまま、カガリは椅子を蹴倒して、走ってその場を立ち去って。
後に残されたユウナは呆然と、その口からポロリとクッキーが落ちて……。


――まさかこのボクも、そのままカガリがヘリオポリスに向かうとは思ってもいなかったんだが……
マジに行っちゃうんだもんなぁ。それも、身分を隠してお忍びで。
なんだか男の子に間違われたとも聞いたけど、まあ無理もないよねぇ。知らない人にとってはさ。

しかも、カガリが行った、まさにそのタイミングで始まったのが――連合とザフトの戦闘。
史上初めての、連合製MSとザフト製MSの一騎打ち。
期せずして、ボクの予測が正しかったことが裏付けられたわけだが――そんなこと、喜べるはずもない。
なにせ、その激闘のあおりで、ヘリオポリスは崩壊・消滅してしまったんだから――



「……ただいま」

彼女が帰ってきた時――ユウナは思わず、涙と鼻水を撒き散らしながら彼女の腰にしがみついていた。
周囲のメイドたちの呆れた表情も気にすることなく、号泣する。

「カガリぃ! し、心配したんだよぉ、よく生きてたねぇ!!」
「ええい泣くな、うっとおしい! 男だろ!
 まったくユウナもお父様も、大袈裟なんだから」
「で、でもさぁ。もうこんな無茶はやめてくれよ。待ってるボクたちの寿命が縮むよ」
「んー、それは約束できないなぁ。またすぐ出かけるし」
「は?! ど、どこに?」
「どこにしようかな。戦争やってりゃドコでもいいんだけど」

飄々と呟くカガリ。その目は、既に遠い戦場を見ていて――


631 :隻腕9話(7/16):2005/10/11(火) 00:24:33 ID:???

――救命ポッドで命からがら脱出したってのに、カガリは全く懲りてなかった。むしろ無茶に加速がついた感じだ。
なんでも、ウズミ氏に「世界を知れ」と言われたらしいが……
それにしたって、砂漠のゲリラに加勢する理由にはならないような気がするのは、ボクだけだろうか?

彼女が向かったのは、北アフリカの反ザフトゲリラの村。
なんでも彼女のお目付け役だった、キサカの出身地でその縁を頼って、と言うんだが……
それって、「お目付け役」の意味、間違えてない? ねぇ?

まあともかく。
カガリはその地で、『アークエンジェル』と『ストライク』、そして『キラ・ヤマト』と再会することになる。

……カガリの行動は、本当に予測しづらい。熱血なのはいいんだが、いつも周囲が見えなくなっちゃうのさ。
アークエンジェルの艦載機、スカイグラスパーで実戦に参加した、と聞いた時には実に驚いた。
そりゃ、幼い頃から活動的な性格で、飛行機も戦車もボートも、何でも操縦できるのは知ってたけど……。

『砂漠の虎』を撃破したアークエンジェルに、カガリもまた同乗した。
黙って見ていられなくて、スカイグラスパーで戦闘に出ちゃうのも相変わらずだ。
そして、撃墜された彼女は――『彼』と出会うことになる。
奪われた『イージス』のパイロット、パトリック・ザラの息子、『アスラン・ザラ』と。

その一夜の話は、ボクもロクに聞いていない。聞きたくもない。

……まあ紆余曲折あって、彼女はオーブに帰ってきた。連合の戦艦、アークエンジェルに乗って。
それが修理を終え、出港する際、彼女も一緒に行きたがったが……止められた。当たり前だ。
ボクは内心ホッとしていた。これで、彼女はもうバカな戦争に関わることもないだろうと。
けれど――



「アークエンジェルから、救命要請!?」
「ああ、MSが飛行中に墜落し、人道援助を求む……とは言ってはいるけど。
 これって要するに、戦闘中に撃墜されたってことだよなァ。
 ザフト側のイージスもあるみたいだし、ちとマズいかもしれないよ?」
「馬鹿言うんじゃない! アレに乗ってるのはキラだぞ! アスランだぞ! 放っておけるか!」
「あ、おい、カガリ!」
「わたしが直接行く! ヘリを出せ!」
「なんでカガリが行かなきゃいけないんだよ! そんなの下の者に任せておけば――!」

ユウナの叫びも完全に無視して。カガリはそのまま飛び出していく――

632 :隻腕9話(8/16):2005/10/11(火) 00:26:49 ID:???

――結局、ストライクのパイロットは見つからず……カガリが助けたのは、イージスのパイロット。
そう、あの男だ。
2人がザフトの迎えを待つ間、どんな言葉を交わしたのかは知らない。知りたくもない。
だが、帰ってきたカガリの顔は――明らかに、それまでの彼女とは違っていて。
あるいはひょっとしたら、その変化に気付いたのは、ボクだけだったのかもしれなかったけれど。
ボクは1人、拳を握り締めることしかできなかった。

先にも言った通り、オーブの『五大氏族』は、互いに『親戚』ということになっている。
もちろんそれは、6番目の氏族、分家筋のセイラン家にとっても同じこと。
そして同族結婚で血が淀むことを避けるために、『一部の例外を除いて』氏族同士では結婚できない。
この頃のボクは、既にその辺の理屈はちゃんと分かっていて――だから、とうの昔に諦めていたのだが。
いたのだが。――流石に、ね。

戦争は続く。ボクの傷心など気にも留めずに世界は転がっていく。
アラスカのジョシュアの戦いで、連合・ザフト双方は手痛い打撃を受けて。
その、非道な自爆作戦に反発して――アークエンジェルはオーブに亡命してきた。
首長会議ではその受け入れの是非を巡り、激しい議論があったとも聞く。猛反対したのは父上だった。
しかし、末席の人間の言葉など聞き入れられることもなく――ウズミは受け入れてしまった。
その直後だ。連合からありえない要求が突きつけられたのは。

父上が見透かし恐れていたのは、本当はこういう事態だった。
せめて連合に脱走兵を引き渡し、彼らの信用と歓心を勝ち得ていれば、ひょっとしたら……
いやいや、無為なことは言うまい。愚痴ったところで歴史は変わらない。問題はいかに歴史から学ぶかだ。

ともかく、オーブは連合の要求を突っぱねて――とうとうオーブは、戦争の当事者となった。
始めから、勝てるはずのない戦いだった。



1人の青年が、瓦礫と化した屋敷の残骸の上で、その煙を見上げていた。
マスドライバー・カグヤから打ち出され、天へと上っていくクサナギの姿。
その脇腹には、白と赤のMSが、しっかりと手を取り合ってしがみつき。
彼らの足元では、爆発するマスドライバーが赤い炎を上げる。

「………………くそッ!」

紫の髪の青年は、足元の石を蹴り飛ばし――その目に、怒りと苛立ちの混じった光が宿る。

「わかったよ。いいだろう。残ったこのオーブは、ボクが守り、建て直してみせる。
 だからお前ら――カガリを守ってくれ!
 カガリさえ、カガリさえ生きて返してくれれば――あとは何をしようと許すから!」


633 :隻腕9話(9/16):2005/10/11(火) 00:28:48 ID:???

――それから先の戦争の推移は、おそらく誰にも予測できなかったんじゃないだろうか?
ボクたちが連合の占領下、のらりくらりと無茶な要求をかわし、必死で復興に励んでいた頃――
宇宙に上がったカガリたちもまた、厳しい戦いを演じていた。
たった3隻の戦艦とその艦載MSだけで、この戦争を終らせようという暴挙。

しかし運命は、彼女たちに微笑んだ。
第二次ヤキン・ドゥーエ戦。連合とザフトの全面衝突。そこに介入した三隻同盟。
彼らは、プラントに襲い掛かる核ミサイルの群れを薙ぎ払い。
地球に照準を合わせたジェネシスは、発射直前で破壊して。

ああ、そういえば、ジェネシスを止めたのも、やっぱりカガリとあの男だったね――
まぁどうでもいいことなんだけど、さ。

ともかく――戦争は、終って。条約が、結ばれて。
我が国は独立を取り戻し――カガリが帰ってくることに、なった。



「ユウナ、お前に話しておくことがある――」
「なんだい父上、改まって」

それは、カガリの本国帰還が決まった日のこと。
ウナトに呼び出されたユウナは、用件が分からず困惑する。

「話なら電話でも何でもいいじゃない。ボクも父上も、忙しい身なんだからさ」
「お前の働きには感謝しているよ。人手不足の中よくやってくれている。
 だがこればかりは、まだ一般に知られるのはマズい話だからな」
「??」

首を傾げるユウナ。ウナトは、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「前の戦いで、オーブが落ちた際――当時の代表首長にしてアスハ家の長、ウズミ・ナラ・アスハが死亡した。
 そしてそれに伴い、彼の遺言状が何種類か、封印を解かれた」
「そりゃ知ってるよ。市民に公開するものから身内に当てたものまで、色々用意してたって話はさ」
「そのうちの1つ、遺された首長会議の面々に当てた遺言が――これだ」

ユウナは一枚の手紙を取り出す。
片隅にウズミの落款がある他は、何の変哲もない手紙。

「この中で――ウズミは驚くべき告白をしている。
 カガリ・ユラ・アスハが、己の実子ではなく、極秘裏に迎えた養子だった、と」
「なんだって!!」


634 :隻腕9話(10/16):2005/10/11(火) 00:29:43 ID:???

それは――衝撃の事実。

「カガリ姫が『生まれた』際、奥方が出産に伴い死亡していたのは知られていたが……
 実際には、その時に奥方の腹にいた胎児も一緒に死亡していたらしい」
「じゃ、じゃあカガリは!?」
「ほぼ同時期に、奥方の身内で妊娠・出産した者がおり――
 そこで産まれた双子の片割れを、引き取ったものだそうだ。
 まさかと思い、国に残されていたカガリ姫のDNAサンプルを調べたが――
 確かに、ウズミとは親子ではなかったよ」

淡々と語るウナト。が、急にその瞳がギラリと光り、呆然としているユウナに問いかける。

「さてユウナ。これの意味するところが、分かるか?」
「意味するところ、って……カガリは、アスハじゃなくて、氏族を継ぐことが……」
「違う! 養子でも氏族の家督は継げる、先代の当主が認めればな。だが……
 覚えているか? 『氏族の者同士は結婚することができない』という我がオーブの慣習を?」
「あ、ああ」
「しかしこの場合は、そのルールの『例外』に当たる。別の法則が適用される。
 養子が跡を継いだ場合、血筋の断絶を避けるため、逆に『氏族の中から』配偶者を選ばねばならん。
 そして――多くの者がウズミと運命を共にし、サハクの息子も死んだ今となっては――」
「――――!!」

そう。条件を満たせる男子は、事実上、ユウナ1人しかいない。
既に妻を亡くした老人や、オムツも取れぬ赤ん坊ならいたが――流石に年齢差がありすぎる。
ユウナの顔に、思わず喜びの表情が浮かぶ。

「まだ国民には、姫の出生の秘密は明かされておらんし、公表することもできん。
 だがこの事実が明らかになった今――お前は揺るぎなき『婚約者』として、姫を迎えてやれ。
 長年無為な日々を強いられてきた『予備の血筋』セイランの、悲願を果たせ!」



――ボクが言うのもなんだが、父上は歪んでいると思う。
父上の若い頃の話は、あまり聞いたこともないが――きっと、色々あったんだろうね。
彼は『セイラン家』というものに囚われ過ぎているんじゃないかな。
有力氏族でありながら五大氏族でないもの。同じ祖先を持ちながらも『本家』でないもの。
明らかな差別と優遇の格差。「ひょっとしたらいつか」という淡い希望。それが延々60年。
なんというか、一族代々の恨みと劣等感と自尊心が、彼を突き動かしているようなところがある。

ある意味、ボクはカガリの奔放さに救われて、その呪縛から自由だったわけだが――
それでもその時は、素直に嬉しかった。
すっかり諦めていたあの「カガリ」が、ボクのものになるんだ、と――

635 :隻腕9話(11/16):2005/10/11(火) 00:30:40 ID:???

カガリ・ユラ・アスハと、旗艦クサナギのクルーの本国への凱旋――
それは、国を挙げての大歓迎になり。
オーブ再独立決定の時に、負けず劣らずのお祭り騒ぎ。

「カガリ様万歳!」「よくやったクサナギ!」「お疲れ様〜!」

みな、実際に連合の支配下で東奔西走した「セイラン家」の名を忘れ。
確かに戦争を終らせはしたが――国が一番大変だった時期に不在だった彼らに、賞賛を浴びせる。

宇宙から降りてきたクサナギが、復旧された宇宙港にゆっくりと着陸する。
やがて、停止したクサナギに橋が渡され。
ウナトを中心とした現首長会議の面々が出迎える中、カガリ・ユラ・アスハが姿を現す――

「ようこそお帰りなさいませ、カガリ様。
 ようやくご無事なお姿を拝見することができ、我らも安堵しました」
「出迎えご苦労、ウナト・エマ・セイラン。我々の留守の間、苦労をかけたな」

慇懃に頭を下げるウナトに、鷹揚に答えるカガリ。
どちらも自分の立場と周囲の視線を考えての言動だった。
が――出迎えの列の中にユウナの姿を認めた途端に、カガリの側のポーズが崩れる。

「……ゆ、ユウナ?」
「やぁカガリ、ご苦労だった……ね……」

カガリは、「まだこんな偉い人たちの前に立てる立場ではない」はずのユウナの立ち位置に驚き。
フレンドリーな態度で迎えようとしたユウナは、カガリの背後に控えるサングラスの青年の姿に凍りつく。
サングラスの青年は――なにやらバツが悪そうに視線を逸らす。

「……いや、ユウナ。迎えてくれるのは嬉しいんだが……なぜこんな場所に?」
「その前に……彼は、何者かね?」

ユウナの声は冷たい。
長年付き合ってきたユウナが初めて見せた爬虫類のような視線に、カガリは怯えつつも、しどろもどろに答える。

「彼は……アス……いや、アレックス・ディノだ。
 さ、先の戦いでわたしたちと共に戦った元ザフト兵の同志で、戦後はオーブに亡命したいと……」
「ふぅん。『アレックス』君、ね」


636 :隻腕9話(12/16):2005/10/11(火) 00:31:40 ID:???

ジロリとその『アレックス』を睨むユウナの目は、一瞬だけ熱く。
それは――紛れもなく、嫉妬の炎。

「……変装するつもりなら、もうちょっと頑張った方がいいな、『アレックス』君。
 ヒゲでも生やしたらどうかね? 有名人なんだしさ」
「ゆ、ユウナッ!」
「あなたは……??」

困惑するカガリの肩に手を置いて、アレックスが問う。
そのさり気ない仕草が、2人の距離を嫌でもユウナに教えてくれる。
チラチラとアレックスの表情を伺うカガリの顔は、ユウナでさえも見たことのない「女」の表情。

……ユウナは嫉妬に歪みそうになる顔を必死でコントロールし、無理やり笑顔を作る。

「ああ、コレは失礼。申し遅れました。ボクは、ユウナ・ロマ・セイラン。
 ウズミ氏の死去に伴いガタガタになった行政府で働いている――カガリの、『婚約者』だ」
「「婚約者ぁ!?」」

声を揃えて、思わず驚く2人。ユウナはカガリの耳に口を寄せて、

「キミは――ウズミ氏の実子ではなかったらしいね?」
「………!!」
「まあ、別に裏切られたとか何とか、そんな下らない事を言いたいわけじゃないんだ。
 ただそれなら、キミも分かっているだろう? 我らがオーブ五大氏族の決まり事を」
「それはッ……!」
「今現在のオーブの有力氏族の中では、ボク以外に選択肢はない。
 キミが今後『アスハ』の名の下に行動し、生活するなら――ボクとの結婚は、避け得ぬ運命なのだよ」
「………ッ!」

顔色を失うカガリ。
ユウナの方は平然とした態度を取り戻して、若い恋人たちに言い放つ。

「まあボクも、妻の『若い頃の過ち』を詮索するような狭量な夫になる気はないからね。
 好きにしたまえ。勝手にしたまえ。
 ただし――2人とも、己の『立場』というものを忘れないようにね」


637 :隻腕9話(13/16):2005/10/11(火) 00:33:27 ID:???

2人と別れ、ようやく1人になった、ユウナは。
薄暗い廊下の壁にもたれて…… ダンッ! と壁を叩く。
その肩が、小さく震える。

「……そりゃないよ、カガリ……。なんでそうなるのさ。
 ずっと好きだったのに。ずっと頑張ってきたのに。
 これじゃ、まるっきりボクだけ悪役じゃないか……!!

ユウナの慟哭は、しかし、誰も知ることはなく――



――まあ、ボクの見通しが甘かった、というだけの話なんだがね。まさかそこまで進展してるとは、さ。
その後、亡命者『アレックス・ディノ』は、カガリの紹介で行政府の職員として回されて――
しかし、使い物にならなかった。
バカじゃあない。むしろ優秀だ。何をやらせても、そつなくこなす。
だが――いささか、その優秀さが、元からいる職員たちにとっては鼻につくらしく。
コーディネーターに対する偏見でもないだろうから、ある程度はアレックス君のせいでもあるんだろうね。
きっと彼は、自分の優秀さに対し、オブラートをかける術を知らないのだろう。悪意なく他人を傷つける。
ともかく――無用のトラブルが頻発するので、悪いとは思ったが辞めてもらった。

他にも色々と試したらしいが、結局カガリの個人秘書、兼ボディーガード、という位置に落ち着いた。
――要するに、カガリと一日中一緒に居られる立場、ってことだ。
最初の頃は、会う度にそうイヤミを言ってやったてたんだが――彼自身、辛そうな顔をするんでね。
こっちも辛くなって、やめたよ。
元々ボクも、彼個人に恨みがあるわけじゃない。
単に、巡り合わせが悪かっただけなんだ。

オーブの復興事業は、カガリが帰還し代表の座に収まったことで、一気に進んだ。
カガリの人気は、凄かった。
元々、人に好かれやすい性格だったところに来て、あの戦果だ。大英雄だ。
戦後の混乱の中でも、移民が絶えることなく――わずか2年で、ここまで持ち直した。

ただ、懸念が1つあった。
この戦争で――オーブは一時期とはいえ連合に支配されていたこともあって、連合寄りに偏り過ぎてしまった。
元々連合との折衝役をしてきた父上などは、それで良いと言うんだけどさ。
やっぱ、イザという時にプラントとのパイプがないのは、マズい。バランスが取れない。
と、いうわけで――ここは、向こうの穏健派政権とも顔の効く、カガリ自身に交渉役を任せることになった。
まあカガリは交渉向きの性格じゃあないんだが。それでも風穴を開けるくらいはできるだろう。
彼女が議長と面談に行く、と言った時も、ボクは喜んで同意した。
……まさか、その出かけた先の『アーモリーワン』があんなことになるなんて、思ってもみなかったしねぇ。


638 :隻腕9話(14/16):2005/10/11(火) 00:34:27 ID:???
で――そんな大変な時期に起きたのが、あの事件さ。ボクの愛する『妹』、マユとの出会いとなった事件。
いやはや、凄かったね。マユの戦いは。
アレックス君が乗っt……いやいや、まあ誰かさんが乗ってた『ジャスティス』に並ぶ、伝説のMS『フリーダム』。
出てきた時に驚いて、戦闘見て驚いて、マユの姿を見て驚いて。
いや、驚いてるばかりでもなかったんだがね。ちゃんと手は打っていったし。

なんにせよ、あの襲撃事件で――ボクは勘付いたわけだ。また「続き」があると。
で、キサカにクサナギを準備させて、予想通り発覚したのが「ユニウスセブン落下事件」。
やっぱりこの時も、マユのフリーダムが頑張ってくれた。
最後の一押し、オーブ直撃コースの塊を割ったのは、マユだしね。



――マユは、いい子だ。
素直で、真っすぐで、逞しくて。
どんな相手でも物怖じしないし、誰とでもすぐに仲良くなれる。
MSの操縦センスはあるし、頑張り屋さんでもある。
本当に、ボクたち歪んだ『セイラン家』には、勿体無いくらいの子だ。

ただ少し――不安がある。
あの子はどこか、自分の命を軽く見過ぎるところがあるんだ。
街の人々を守った時も。ユニウスセブンを砕いた時も。インパルスの前に飛び出した時も。
みんなを守るためならいつ死んでもいい、と思ってる節がある。
キミは――キミ自身が思っている以上に、みんなにとって大切な女の子なのに――



――オーブはしかし、また戦争に巻き込まれようとしている。
ミネルバと連合艦の間に割って入ったマユの勇気も、ほんの一時しのぎ。
連合は宣戦布告を出して――オーブ近海でも、戦闘が始まってしまった。

まあ、それはいい。ボクとしては覚悟の上だ。
良くないのは。

カガリ……キミは、何を考えてる?
何のためにボクが、そして『アレックス君』が身体を張ろうとしたのか、分かってるのか!?


639 :隻腕9話(15/16):2005/10/11(火) 00:35:26 ID:???

「だってほら……、わたしは、バカだから」

ベランダで、心地よい風に吹かれながら……カガリ・ユラ・アスハは平然と言い放つ。
早朝の爆弾宣言から数時間。無数の質問攻めや書類攻めから逃げ出して――
ようやく取れた、ユウナと2人きりの時間。
行政府の首長執務室のベランダからは、眼下に広がるオーブの町並みが一望できる。

「でも……だからって……」
「外交とか、交渉とか、世界情勢とか。
 そういうのって、ユウナの方が得意だろ?
 で――戦争なら、わたしの方が得意だ。
 ユウナが艦隊指揮官になったって、どうせ船酔いで吐いて転げまわるのがオチさ♪」

さっきから泣きそうな顔のユウナに対して、カガリはどこか清々しささえ感じさせる表情で。
いろんなものを吹っ切れた、良い笑顔。

「わたしは幸せ者だ。
 バカで、体力しか自慢のないこんなわたしを、みんなが慕ってくれている。
 聞いたかユウナ? 派遣艦隊の志願者さ、発表直後から問い合わせ殺到だってさ。
 かえって誰を連れて行くべきか、選考するのが大変だ、って怒られちゃったよ。
 ……軍の者だけじゃない。アスランも、そしてユウナも、ウナトも。みんな頑張ってくれている」
「カガリ……カガリぃ……」
「泣くなよユウナ。男だろ? もっとシャキっとしろよ」

泣きじゃくるユウナの頭を、カガリはよしよし、と撫でる。
少年時代、転んで泣いたユウナによくやったように。
グシャグシャになったユウナの顔を、優しく胸の中に抱きしめる。
意外と豊かな胸に包まれて――ユウナも少しだけ、安心する。

「おまえさ……ちょっと男としては情けないし、カッコつける方向性間違ってるし、なんかマヌケだし。
 でもわたしは――キライじゃ、ないからさ。
 それなりに、信頼してるんだからさ。
 だから……わたしがいない間、オーブを……この国を、頼むよ?
 大丈夫、わたしは悪運が強いから。きっとまた、帰ってこれるさ――」


640 :隻腕9話(16/16):2005/10/11(火) 00:37:06 ID:???

しばらくして、ユウナはカガリの執務室から出てくる。
もう泣いてはいない。強い決意を秘めた目で。
小脇に何やら――さっきまでは持っていなかった、封印された大判封筒を持っている。
カガリから「万が一」に備えて託された「それ」には、ただ一言、『同窓会名簿』の文字が――

「おお、ユウナ。こんなとこでどうした」

背後から声をかけたのは、ウナト・エマ・セイラン。
ここは行政府の廊下だ、おそらく別件でたまたま通りかかったのだろう。
近くの秘書に一言二言何か言うと、秘書を置いてユウナに近づき、その耳に口を寄せる。

「しかしユウナ、上手くやったものだな」
「上手く、って……何を?」
「とぼけるなくても良い。アスハの娘を策略にハメた、あの手口だよ。
 いやはや、最初お前が『艦隊司令官になる』と言い出した時は、どうなるかと思ったが……
 まさかこの展開を読んでいたとはな。幼少の頃よりお前をあの娘に近づけておいた甲斐があったわ」

ほくそえむウナト。それを聞くユウナの表情は……

「これでお前は、晴れて無期限の代表首長代理。事実上の国家主席だ。
 加えてあのバカ娘が、出先で戦死でもしてくれれば、もう言うことないのォ……」
「……父上」
「ん?」

1人笑いを堪えられないウナトは、ユウナの硬い声に思わず息子を見上げ。
その、ポカンとした顔の真ん中に――ユウナの渾身の拳が叩き込まれる。

「うげッ! な、何をッ!」
「あんたは……あんたって人はッ!!」

鼻血を吹いて吹き飛んだウナトは――生まれて初めて受けた息子からの暴力に、何が起こったのか理解もできず。
生まれて初めて人を殴り、父親に反発したユウナは――荒い息をついてウナトを見下ろす。

「マユでさえも分かってる、この国を愛する気持ちというものを……少しは考えろッ!!」

激しく吐き捨てて、彼は足早にその場を立ち去る。
腰を抜かしてその背を見送るウナトは、言葉も出ない――。



                     第十話 『 緋色の剣(つるぎ) 』 につづく