272 :隻腕27.5話(01/04):2006/04/06(木) 22:09:53 ID:???

             マユ ――隻腕の少女――

            第27.5話 『 迷いの残り香 』


軌道上の激闘は、終了した。
適当なところで戦闘を打ち切り、撤退したロンドたち。降下部隊の方も追い討ちをかける余裕もない。
そしてイズモとオルテュギアは、急ぎその場を離れた、わけではなく……
微妙な距離を開けたところでその場に留まり、艦載機を出してなにやら作業をしているようだった。

「……ミナ様、動けずに漂流していた敵兵の回収、終了しました。
 ザフト側が回収したものも含めれば、我々が確認できた漂流者はこれで全てです」
「ご苦労。予備の避難艇に乗せ、あちらの戦艦に向けて打ち出しておけ」
「了解しました」

イズモの一室、ゆったりとしたソファにくつろぐミナは、せっかく拾った捕虜の解放を指示する。
オーブ正規軍でもない彼らにとって、捕虜の扱いは確かに頭の痛い問題だ。
報告に来たフォー・ソキウスはミナに一礼すると、新たな命令を実行するために部屋を出て行った。
そして、ソキウスと入れ替わるように入ってきたのは……傭兵カナード・パルス。その表情に笑みはない。

「カナードとやらも、ご苦労だったな。傭兵部隊X、今後も贔屓にさせてもらうぞ」
「そう言われてもあまり嬉しくもないな。
 死人こそ出てないが、メビウスが4機もやられた。全く嫌な条件を追加してくれる」

極めて高い性能を誇るカスタムMS1機と、最弱とも揶揄されるMA10機のコンビネーション。
これはこれで、傭兵部隊の運営上それなりに合理的な構成なのだ。
メビウス隊のメンバーはMSを操縦できないナチュラルばかりだが、いずれもそれなりの腕利き。
10人もいれば1機や2機は被弾を免れないが、しかし致命的損傷を受ける前に機体を捨てて脱出してしまう。
時代遅れゆえ格安で手に入るメビウスだからこそできる戦術。他の機体ではとても採算が合わない。

と、言っても――戦闘の途中で依頼主が言い出した「敵を可能な限り殺すな」という追加条件。
これがために戦闘は長引き、4機もの損害を出してしまったのだ。負傷者も出ている。
カナードでなくても、不機嫌になろうというものだ。

「それにな、俺はこんな面倒な任務は性に合わん。もっと単純明快な方がいい」
「フフフ、しかしあのような戦いができる傭兵は、なかなか居ないのでな。
 それにメリオルとやらは案外乗り気のようだぞ? 厳しい追加料金を要求してはくれたがな。
 全く、大人しい顔をしてタフなマネージャーだ」

微笑むロンド・ミナ・サハク。カナードは小さく舌打ちする。
舌打ちして……その表情が、少し曇る。怒りよりも憂いに近い表情。彼らしくもない迷いの表情。

273 :隻腕27.5話(02/04):2006/04/06(木) 22:12:41 ID:???

「……どうした傭兵? 顔色が優れぬようだが」
「俺には……分からない。未だに分からない」
「何がだ?」
「殺す気もないのに戦うという、その根性が……分からん」

普段は自身たっぷりの態度を崩さぬカナード・パルス。しかし今の彼の顔には、苦汁が満ちている。
彼の目は、今さきほどの戦いだけでなく、過去のとある決闘にも向けられていて。

「あれから……いろんな戦場で戦った。様々な任務をこなした。
 だが分からない。今でも分からない。
 殺すつもりもなく、なお戦うというのは……何をどう考えれば、そんなことができる……?」
「ふむ」

ミナは静かに目を細める。
本来は付き合うまでもないカナードの悩み。けれどミナは彼の語りに付き合うつもりらしく。
しばし考えた後、ゆっくりと口を開く。

「――傭兵。『戦争をする』とは、どういうことだと思う? 戦争の本質は、何だ?」
「は!?」
「質問が突飛だったかな? では言い方を変えよう。
 何をどうすれば、戦いに勝ったことになる?」
「相手を殺したら勝ち、では――」
「違うな」

カナードの答えを、ミナはきっぱりと遮る。

「戦いは、相手の心を折った方が勝つのだ。相手を諦めさせた方が、勝者と呼ばれるのだ。
 相手が逃走するか、白旗を揚げるか、抵抗が不可能な状況に陥るか……」
「…………」
「殺人など、それを達成するための1つの手段に過ぎん。最も良く使われる手段ではあるがな。
 決して最終目標でも勝利条件でもないのだよ。
 敵を殺しなお勝負に負けた、などということも、過去に例が多い」
「…………!」

どこか楽しげなミナの言葉、表情が強張るカナード。そんな彼を横目に、ミナはワインのグラスを傾ける。
血のような赤い液体が、彼女の喉を潤す。

「しかし――稀に、戦いの目的が『敵を殺すこと』そのものになることがある。
 ときに傭兵、歴史はどれほど嗜んでいる?」
「一応、一通りは叩き込まれたが」
「ならばエスニック・クレンジング、民族浄化という言葉も知っていよう」

民族浄化。それは他民族の者を皆殺しにして自分たちの国を作ろう、という、過激な民族主義運動。
汚物を焼却するが如く他民族を「浄化」し、「民族的に清浄な」社会を作らんとする動き。
多くの民族や宗教が入り混じる国で、時折見られた大規模殺戮だ。
再構築戦争を経た現在、もはや個々の「民族」がそこまで過激な政争の種になることはなくなったが……


274 :隻腕27.5話(03/04):2006/04/06(木) 22:13:34 ID:???

「民族浄化運動においては、敵を殺すことそのものが目的と化す。
 そして――今現在のコーディネーターとナチュラルの戦争、これにも同じような性質がある」
「…………」
「ブルーコスモスのような、過激なナチュラル至上主義。
 パトリック・ザラとその信奉者のような、過激なコーディネーター至上主義。
 歴史を知っていれば、別に驚くにも値せん。むしろ実に分かりやすい連中と言える。
 異質なモノを受け入れられぬ、恐怖に踊る臆病者たちの過剰反応だ」

ミナの言葉に、カナードの拳が、きつく握り締められる。
カナード・パルス。スーパーコーディネーターの「失敗作」としてこの世に生を受けた存在。
世界のどこに行ったとしても、絶対的なマイノリティの地位を逃れられぬ運命。
そんな彼にとって、この民族主義的・人種的な偏見というのは、どこまで行っても共感できぬもの。
そして、長年彼を縛り、彼を苦しめてきたもの。
そんな彼を横目に見ながら、ミナはなおも言葉を紡ぐ。彼女にしては珍しい饒舌。

「ま、その上に連合とプラントの経済問題や各国の思惑が重なり、事態はもっと複雑になっているがな。
 とはいえ、戦いが避けられぬからとて、こっちまで向こうの流儀に付き合う義理もない。
 そういう意味では、マユの着目点はなかなか悪くないな。
 こちらにとっては殺しは目的でも手段でもない――なら、やらずとも良いわけだ」

楽しげなミナの言葉、しかしカナードは未だ納得しきれていない雰囲気で。

「そこまでは分かるが、しかし銃を向けておいて、殺す気がないと言われてもな。
 それに恐怖を減らすと言ったが、あのような戦い方ではかえってパニックに陥る者もいるだろうに」
「フフ、確かにな。だが、マユの覚悟はもう少し深いようだぞ?」
「……覚悟?」
「マユはな、『できる限り』殺したくない、と言っていたのだ。決して100%など望んでおらん。
 『殺人者になるやもしれぬ』覚悟はある。『手が滑って殺してしまう』可能性も覚悟の上だ。
 自分が撃った相手が、別の味方になぶり殺しにされる可能性も、気付いていないわけでもない。
 もちろん『敵に殺されるやもしれぬ』覚悟もある。味方の被害を増やす可能性も分かっているだろう。
 どこまで頑張っても、それらがゼロにはならぬことくらい、マユ自身しっかり理解しているよ。
 その上で――なお、死者を減らしたい、と思っているのだ。
 双方を殲滅戦に駆り立てるその感情を、減らし、無くしていきたいと思っているのだ」

ソファの上、ゆっくりくつろいだ様子で、歌うように言葉を紡ぐロンド・ミナ・サハク。
そんな彼女に、立ったままのカナードは疑いのまなざしを隠そうともせず。

「……本人でもないのに、よくそこまで語れるものだな」
「1度は私も考えたことだ。現実的に厳しいと、切り捨てかけたやり方だ。
 誰も死なぬ戦争。親しい者を戦いの中に失い、泣いた経験のある者なら、1度くらい夢想するさ。
 ――それにな、想いの強さなど、目を見れば大体分かるものだよ。目を見ればな」

並大抵の男でも失禁してもおかしくない程の、ミナの鋭い視線、それを真っ向から見返したマユ。
その方法論はまだ未熟だ。今先ほどミナたちが行っていた敵の回収、こういった手間まで考えていたかどうか。
けれどその覚悟と、根底にある想いは、確実に伝わっていた。
ミナの心を、短い刹那の間に確実に揺り動かしていた。


275 :隻腕27.5話(04/04):2006/04/06(木) 22:14:44 ID:???

しばらくそのまま黙り込んでいたカナード。やがてため息ひとつつくと、サッと身を翻して。
部屋を出ようとして、その戸口で足を止める。背を向けたまま、口を開く。

「……それでも、完全に納得できたわけじゃない。
 できたわけじゃないが――最後に1つだけ教えろ」
「何だ?」
「……何故、俺にこんな話をした?」

背を向けたままのカナードに、ミナも背を向けたまま。小さく含み笑いをして。

「なに、貴君はどこか我が愚弟を思い出させるものがあるのでな。放っておけんのだよ」
「……俺は貴様のような姉など、願い下げだがな。弟とやらも随分可哀想なヤツだ」
「フフフ、このロンド・ミナ・サハクを捕まえて随分な口の利き方だな。
 しかしカナードのそういう所も気に入っているのだぞ?」

どこまで本気か分からぬミナの言葉に、カナードは答えない。今度こそ部屋を出て行く。
その気配に、ミナは軽く肩を竦めて。

「――やれやれ、振られてしまったか。
 あの類い稀な胆力と、優れた戦闘力。そして未だ進む道を見出せずにいる魂。
 傭兵という地位に留めず、ソキウスに並ぶ我が片腕として迎えたかったのだがな――」


『――貴方はもう少し、他人の好意に対して素直になった方が良いと思いますよ』
「フン! あれが好意か?! 頭から喰われるかと思ったぞ!?
 それより、奴が言っていたのは、本当に……」

イズモからオルテュギアに戻るドレッドノートHの中。
何者かに語りかけられたカナードは、問い返そうとして相手が居ないことに気付く。
元より1人きりのコクピット。誰か他の者が居たはずもない。
けれど、確かに『彼』がいたその気配が、コクピットの中には満ちていて――
カナードは、何かに納得したように頷く。

「――全く、死んだというのにお節介な奴だ。
 確かにそうだな、ロンド・ミナ・サハク。
 殺したところで勝ったとは限らない――嫌というほど知っているよ、そのことはな。
 いいだろう。これからしばらく、お前の戦に付き合ってやる。お前の戦いを見届けてやる。
 あくまで、傭兵としての立場からな。それでいいだろう?」

かつての宿敵であり、無二の友であり、彼が最期を見取ったドレッドノートの元パイロット。
プレア・レヴェリーの幻に向け、カナード・パルスは小さく微笑んだ。

そして、これよりしばらくの間。
傭兵部隊Xの母艦・オルテュギアは、イズモと行動を共にすることになる――


                        第二十八話 『 新たなる道 』へ続く