130 :隻腕ゼロ話(01/18):2005/12/22(木) 16:42:26 ID:???

――アーモリーワンは、揺れていた。
MSが立ち並ぶ格納庫に、ビームが突き刺さる。機動させる間もなく、爆発するディンやゲイツR。
散発的な攻撃が「その3機」にも向けられていたが、それらは全て空を切り、あるいはシールドに防がれ。
すぐさま反撃を受け、ガズウートが立ち上がる途中で爆発する。

「なんで、あの3機が……!」
「誰が乗っているんだ!? まさか……敵!?」

逃げ惑うザフト兵が、その影を見上げて信じられない、といった顔をする。
そう、炎の中に立ち、堂々と周囲を睥睨する、この大破壊をもたらした張本人は……。

カオス。ガイア。アビス。
ここ、新たに作られた軍事コロニー、アーモリーワンで作られテストされていた、ザフトの新型MS――
PS装甲を備え、圧倒的な攻撃力を持ち。さらには、防衛態勢が整うよりも早い、一方的な不意打ち。
誰一人、この勢いを止めることなど、できそうにはなかった。

「簡単なモンだな、オイ!」
「……つまらない……」
「ねースティング、競争しねぇ? 何機倒せるか」

カオスのコクピットで、拍子抜けしたように不敵な笑みを浮かべるのはスティング・オークレー。
ガイアの中、暗い顔で吐き捨てた少女はステラ・ルーシェ。
アビスを操りつつ、嬉々として撃破数競争を持ちかけたのはアウル・ニーダ。
どの顔も、みな若い。

と――唐突に、彼らのところに、飛来してくるものがあった。ミサイルだ。
咄嗟に彼らは散開して避ける。避けながら、攻撃をしかけてきた者の方を見る。
それは――小さな、歪な形をした戦闘機。

「せ、戦闘機!? コロニーの中で!?」
「……なに、あれ?」
「き、聞いてねぇぞ、あんなの!」

彼らが唖然として見守る中、それは次々に空飛ぶ灰色の塊と合体して、腕がつき、足がつき、そして……
五体を揃えたモビルスーツの姿に、なる。
最後に、2本の剣を備えたバックパックと合体し、MSは赤と白に染め上げられる。PS装甲だ。

出現したそのMSはその巨大な剣を振り上げ、未だ動揺醒めぬスティングたちに斬りかかる。
そのパイロットの表情は、ミラー仕立てのバイザーに隠されて見えない。
しかしそれでも、隠し切れぬ喜びと狂気とが、声に滲み出る。
長らく待ち望んだこの機会に、我慢しきれずに、彼は叫ぶ。赤い目を光らせ、口の端に笑みさえ浮かべて。

「――また、戦争がしたいんだなッ! あんたたちもッ!」

――赤服の『狂戦士』、シン・アスカの、初陣である。

131 :隻腕ゼロ話(02/18):2005/12/22(木) 16:43:22 ID:???



            マユ ――隻腕の少女―― 番外編

              第零話 『 怒れる瞳 』


――新造コロニー、アーモリーワン。プラント主導で作られた、天秤型宇宙コロニーである。

2年前に終結した、プラントと地球連合の間で争われた大戦。
その過程で――いくつかの宇宙コロニーが損傷し、あるいは破壊されていた。
それによって宇宙に溢れることになった難民の扱いは、連合・プラント双方にとって頭の痛い問題であった。
しかし頭の痛い問題であると同時に――そこにあぶれた優秀な人材、経験豊富な労働者は、宇宙開発上重要な存在。
上手く有効活用できれば、その価値は大きい。

そこで、戦後の復興計画の一環として、ここL4宙域に新たなコロニー群を作る計画が立てられたのだ。
アーモリーワンは、その計画の第1号である。
周辺にはいくつか建設途中のコロニーが浮かび、中には植樹も終わり大気循環の始まっているところもある。
だが今のところ、人が住んでいるのはここアーモリーワンのみ。それも2つある大地の片方だけであった。

新興コロニー・アーモリーワンは、また同時に、軍事コロニーでもある。
この新たなコロニー群を災害や海賊から守るためのザフト軍駐留基地が、まず最初に築かれたのである。
今はまだ、先遣隊として赴任した少数の軍人たちと、その軍人の生活を支える僅かな民間人しか住んでいない。
しかしいずれは基地の規模も拡大させ、街も大きくしていく予定であった。

――そんな開発途上にあるアーモリーワンが、この日はいつになく賑わっていた。
ザフト兵など限定された人々による試験的な運用を終え、本格的な難民受け入れを目前に控え。
プラント主催で、大々的な式典が行われることになっていたのだ。
実際に移住を予定している人々だけでなく、復興計画に関係した各国からの代表使節や、式典見物の観光客。
まだ真新しさの残る宇宙港は、アーモリーワン始まって以来の人出にごった返していた。

そんな宇宙港で、混雑を避けVIP用の通路を行く一団があった。
その中心にいるのは未だ年若い金髪の娘。ズボン姿だ。すぐ傍には大きなバイザーをした、髭面の青年。
2人の周囲を取り巻くように、SPらしき黒服の男たちが控える。

「……服はそれでいいのか? ドレスも一応持ってきているよな?」
「いいだろう? このままで」
「しかし……」
「そういう演出が必要なことがあるのは知っているがな、今日はむしろ、妙な第一印象は持たれたくない。
 まずは議長に、ありのままの私を知って欲しいんだ。式典本番の時には、ちゃんと着替えるさ」

金髪の娘の言葉に、明らかに似合っていない髭を蓄えた青年は、肩をすくめて納得の意を示す。
彼らはこれから会うことになっている相手のことで、頭が一杯で……
――だから2人は、VIP用通路の眼下、込み合う一般用通路にいるその3人には、気付きもしなかった。


132 :隻腕ゼロ話(03/18):2005/12/22(木) 16:44:14 ID:???

――アーモリーワンの市街。
真新しくまだ小さな街ではあったが、今日は人通りが多い。事情は宇宙港と一緒だ。
式典を間近に控えて多くの店が開店し、以前からいるザフト兵たちにとっても目新しいものが多い。
外から来た来客たちと合わせ、大勢の人々がウィンドウショッピングを楽しんでいた。

そんな華やいだ雰囲気の街の中を、歩く若い3人組。男2人に女1人。
パッと見た所、年齢以外に共通点はない。
どうやら目的らしい目的もないらしく、街の店を覗くともなく覗き、冷やかして歩いていた。

と――突然、その少女は小さく笑いながら、クルクルと回りだす。
歩く速度を少しだけ速め、踊るように、軽やかなステップを踏みながら。
金色の髪と白いスカートが、回転と共にふわりと広がる。
どうやら彼女、店々のウィンドウに映る自分の姿が楽しいようで。罪もなく笑いながら、回り踊る。

「……なあスティング、ステラはアレ、何やってんだ?」
「おおかた、『浮かれるバカの演出』……じゃねぇの?
 お前もやれよ、アウル。バカの真似を、さ」

置いていかれた格好の男2人。青い髪のアウルは呆れた声を出し、緑の髪のスティングは皮肉な笑みを浮かべる。
確かに今のこのアーモリーワンの街は、そんな浮かれた人間をも許容するような雰囲気があった。
少女はなおも、踊りながら街を進む。いくつかの店の前を通り過ぎ、いくつかの横断歩道を渡って。

だが――いささかステラは、浮かれ過ぎていたようだった。
とある小路との交差点で、足早に出てきた人影とぶつかりあう。

「……あッ、すいません!」
「…………」

謝る青年。少女はその声にようやく相手を認識したのか、フラリと振り返る。
そこに居たのは、紙袋一杯に荷物を抱えた、浅黒い肌をした青年だった。
青年はもう一度軽くステラに会釈すると、そのままその場を立ち去る。ぼんやりと見送るステラ。
互いに、ちょっと出会い頭にぶつかっただけのことだ。すぐに互いのことなど忘れてしまった。

後にこの2人、再び顔を合わせることになるのだが……しかし、互いに互いをすっかり忘れていた。
捕虜と、捕虜を捕らえた戦艦の下っ端整備士。まあ、覚えていたところで、大した関係ではない。

紙袋を抱えた青年を見送った彼女は、少しだけぼんやりとその場に立ち尽くして。
ふと気付いて、後ろを振り返る。一緒に来た2人。少し遅れてついて来ているはずの、2人。

「……スティング? ……アウル?」

彼女は小首を傾げ、2人の名を呼ぶ。しかし答える者はない。
彼女の後方――大勢の人で賑わうメインストリートに、その2人の姿はなかった。
忽然と、消えうせていた。


133 :隻腕ゼロ話(04/18):2005/12/22(木) 16:45:03 ID:???

「てめぇ――人のムネ揉んでおいてイイ度胸だな!? このラッキースケベ野郎が!」
「わざとじゃねぇって言ってるだろ!」
「や、やめてよシン。もうあたし、気にしてないから……!」

――アーモリーワンの街の一角。
開発途上のこの街は、メインストリートから横道1本入っただけで一気に人気が無くなる。
空き店舗に挟まれた狭い道で、4人は2組に分かれて向き合っていた。険悪な空気。

片方は、先ほどメインストリートで踊っていた少女と一緒にいた2人。スティングとアウル。
もう片方は、年齢としてはちょうど同じくらいだろうか、男女のカップル。黒髪の青年と、赤い髪の娘。
黒髪の青年は、緑の髪の青年に掴みかからんばかりの剣幕で。
赤い髪の少女は、顔を赤らめつつもそれを止めようとしていた。青い髪の少年はどこか楽しそうに傍観中。

金髪の少女が、浅黒い肌の青年とぶつかっていた頃――
こちらの2人も、別の路地から出てきたこの2人と衝突していたのだった。
しかもその際、うっかり、この赤い髪の娘の胸を掴んでしまうというアクシデント付きで……。

「ルナマリアが気にしなくてもな――俺が気にするんだよ!」

叫びながら、シンと呼ばれた青年は殴りかかる。
しかしその顔は、怒りというよりも、歪んだ喜びに満ちている。闘いの愉悦に酔った、歪な笑み。
どう見ても「彼女を辱められたのが許せない」というより、「良いケンカの口実を見つけた」といった雰囲気。

「別に減るもんでもねぇだろッ! このッ!」
「……なあスティング〜、俺も手伝おうか〜?」
「アウルはそこで見ていろッ! すぐに片付けるッ!」

スティングは、叫びながらもその拳を的確に捌く。平手で拳の軌道を変えて逸らし、反撃の貫き手を突き出す。
シンの耳スレスレを掠める、鋭い槍のような一撃。わざと外したのではない、シンが紙一重で避けたのだ。
2人はさらに拳や蹴りを繰り出し合い、捌き合う。街のケンカと呼ぶには高度過ぎる、スピーディな攻防。
一発でも当たれば大怪我は避けられないような連打。しかし互いに、一発のクリーンヒットも許さない。
ニヤニヤと笑いながら見ているアウル、はらはらしながらも見守るしかないルナマリア。

と――その攻防の最中、2人は同時に視界の隅にある人影を察知する。
一瞬にして攻撃を止め、息の合った動きで飛び下がる2人。距離を開けると同時に、その人影の方を向く。
2人が戦っていた路地に入ってくる第三者。治安維持のパトロールか何かなら、面倒なことになりかねない。
――そのように一瞬で思い至り、ケンカを中断したシンとスティングだったのだが……。

「スティング……? アウル……? 何やってるの……?」

それは――1人で先に行ってしまっていた、金髪の少女だった。
追いつかない2人を探しに、メインストリートを引き返してきたのである。


134 :隻腕ゼロ話(05/18):2005/12/22(木) 16:46:05 ID:???

どうやらその少女はこの2人の連れらしい――
そのことは、シンとルナマリアにも容易に想像がついた。
シンは拍子抜けしたような表情を浮かべ、ルナマリアを庇うようにしながら、一歩下がる。

「――なんだ、ちゃんと『彼女』が居たのか。女に餓えて妙な真似したわけじゃ、なかったんだな」
「……! ち、違……!」

慌てて声を上げたスティング。その言い方では、シンの言葉のどこを否定したのか良く分からない。
だがシンは構うことなく。ニヤリと笑うと、言い放った。

「いいぜ。そこの彼女に免じて、許してやる。俺の気が変わらないうちに、さっさと失せろ」
「……! てめッ、何を偉そうに……!」
「スティング、諦めな。時間切れだぜ。そろそろ行かねーと。
 そっちの兄ちゃん、機会があったら今度は俺とヤり合おーぜ! じゃーな!」

互角なケンカだったはずのシン。その尊大な態度に、スティングは再びキレそうになったが。
アウルが時計を見ながらスティングを促すと、舌打ち1つ残してその場を立ち去る。
アウルもシンとの再戦を望みつつスティングの背を押し、ステラは状況を理解しないまま、彼らに続く。

メインストリートの人波に消えていく彼らの姿を、シンは馬鹿にするようにヒラヒラと、手を振って見送る。
すっかり見えなくなってからようやく、ルナマリアは彼に喰ってかかる。

「……もうッ、シンったら何してんのよ! せっかくのデートなのに! 明日からしばらく遊べないのよ?!」
「――悪いがルナ、デートはここで終わりだ。急いで基地に帰るぞ」
「え? ど、どういうこと!?」

怒るルナマリアに、しかしシンはきっぱりと言い捨てて。ルナは目をぱちくりさせる。
シンはどこか、楽しそうな表情すら浮かべて呟く。

「あいつの闘い方、素人じゃない。それもスポーツ格闘技でなく、素手で人を殺す訓練を受けた者の動きだ。
 俺だって、手ェ抜いてたわけじゃないんだぜ? アカデミーじゃ徒手格闘も1番だった、この俺が。
 しかも、それを見ても顔色も変えない仲間が2人もいる。
 こいつは――何か起こるぞ。それも今すぐに、だ」



「アイツ、どーやらシロートじゃなかったみたいだなー。ザフト兵かな?」
「ひょっとしたら、俺たちの『ターゲット』のパイロットかもな? だとしたらご愁傷様、だ♪」
「……仕事……」

スティングたち3人も、歩きながら黒髪の青年たちのことを少しだけ思い、互いの顔を見合わせて。
3人の顔が、一気に引き締まる。3人が3人とも、別人のように厳しい表情に。
彼らはいつしか街を抜け、ザフトの基地区画に近づいていた。
もうすぐ、戦いの幕が上がる。


135 :隻腕ゼロ話(06/18):2005/12/22(木) 16:47:04 ID:???

――ザフトの基地区画にて。
周囲に多くの護衛と文官たちを引き連れながら、歩く2人がいた。
黒い長髪の男、ギルバート・デュランダル。プラント最高評議会の、現議長。
金髪の娘、カガリ・ユラ・アスハ。オーブ連合首長国、代表首長。
デュランダルのすぐ後ろには、金髪の赤服の青年。カガリのすぐ後ろには、髭と大型バイザーの青年。
明らかに他の護衛や文官とは別格のこの2人は、しかし黙り込んだまま静かに付き従っていた。

「……すごい基地だな。予想以上の戦力だ」
「ほう、お分かりになりますか、姫?」
「私も2年前は戦場に居た身だからな。こういうことは分かるんだ。
 あの緑のは、新型の量産機か? 核エンジン搭載で一時期問題になった『999』と似ているようだが――」
「ご心配なさらずとも、アレはバッテリー機です。これもまた、今回の式典で一般公開する予定でしてね。
 ZGMF-X999Aを、ユニウス条約に合わせて仕様変更した量産機『ザクウォーリア』。新たなるザフトの顔です」
「……着々と、軍備は整えているというわけか。ザフトもまた」

基地の中を、議長に案内されて歩きながら、カガリは呟く。
彼らの視線の先にあるのは、格納庫に収められ並べられた新型MS。左右非対称なシルエット。

「このザクも、この基地も、ここに集う兵士たちも。全ては『守るため』の力です。
 このコロニー群とて、力なくば守りきれない。そのことは姫もご存知でしょう?」
「だがいささか、守るためだけにしては数が多すぎはしないか? 意図がよく分からぬものも多いし……」

うそぶくデュランダルに、カガリは不信も露わに睨みつける。
確かに――この基地に並べられたMSは、少しその数が多すぎた。
多すぎて、果たして本当に非常事態に即応できるのか? と訝しむくらいに、格納庫にぎっしりと。
しかもその種類が問題だ。空戦用のディンや陸戦用のバクゥ、ガズウート。水陸両用のグーンやゾノまである。
コロニー群の外から来る敵に対する備えとしては、いささか不適切な機体たち。式典用にしても数が多い。

「……まるで、地球との戦争を仮想した、大規模訓練場のようにも見えるぞ。この陣容は」
「ハハハ、これは手厳しいお言葉ですね」
「ユニウス条約でMSの保持数が制限されている中での、この数だ。気づくのは私だけではあるまい。
 本気でボケ通すつもりなら、もう少し気をつけた方がいい」

笑って誤魔化す議長に、カガリは直截に警告を発する。議長は完全に白旗を挙げた格好で。

「そこまで言われてしまっては、降参するしかありませんな。
 もちろん、こちらから平和を破る気はさらさらありませんが――しかし、有事への備えは必要なものです。
 抑止力、という考え方もありましてね。我らが十分に強ければ、向こうも仕掛けてはこないでしょう。
 そのようにして守られる平和も、あるのです」
「だからと言って……!」
「宜しければ、あと2つ3つ、我々の『とっておき』をお見せしましょうか?
 明日の式典の際、同時に公開する予定の新型戦艦とMSです。
 あれこそ、我らの『抑止力』としての力の象徴。是非、姫にはご覧頂きたい」
「新型の戦艦と……モビルスーツ?」


136 :隻腕ゼロ話(07/18):2005/12/22(木) 16:48:03 ID:???

――ザフトの整備兵の服を着た男たちに手招きされ、3つの影が格納庫の裏を駆ける。
いささか場違いな、民間人風のいでたちをした彼らは、スティング、ステラ、アウル。
彼らは議長やカガリたちから建物1つ挟んだだけの距離を、駆け抜け、姿を隠し、周囲を見回す。

やがて彼らが辿りついたのは、1つの格納庫。
同じくザフトの整備兵の姿をした男たちが、彼らを招き寄せ、いくつかのスーツケースを渡す。
当然のような顔をしてそれを受け取り、無言で開くスティングたち。
中から出てきたのは、銃やナイフといった凶器の数々。ステラがゆっくりと、一際大きなナイフを抜き放つ。
3人は互いの顔を見合わせ、頷きあって。
彼らの目の前、格納庫のシャッターが、ゆっくりと上がっていく――


――基地の最深部、水路に面した大型のドック。
そこに鎮座しているのは、見慣れぬ大型宇宙戦艦。美しいフォルム。

「これがザフトが誇る最新鋭戦艦、『ミネルバ』です。現在、最終チェックの真っ最中でありまして。
 明日の式典のイベントの一環として、この艦の進水式も行われることになっています」
「ザフト系とは思えぬデザインの艦だな……強いて言えばエターナルに近いか?
 ……ああ、各部の規格は、確かにザフトのものなのか」

架けられた橋を渡り、艦内に案内するデュランダル。周囲を見回し、鋭い目でその特徴を見極めるカガリ。
多くの護衛や文官はドックの側に残り、金髪の赤服の青年と、髭とバイザーの青年だけが後に続く。

「しかしコレ、全体の設計思想としては、むしろ連合のアークエンジェルを真似ているだろう?
 あるいは、我が国のクサナギの影響もあるか。3陣営の優れたところを合わせた艦、とも取れなくもない。
 ……このミネルバ、設計に関わっているのだな。我らがオーブからの、亡命技術者たちが」
「さて、どうでしょう。その辺りは重要な機密ですので、『ノーコメント』としかお答えできませんが」
「今さら誤魔化さないでも良いよ。そこを責める気もないしな。だが……」

ブリッジに上がるエレベータの中で、カガリは隣に立つデュランダルを見上げる。

「私が今日ここに来たのも、議長との非公式な面談をお願いしたのも……全て、このためなのだ。
 我が国でもヘリオポリスの再建計画がある。宇宙難民や亡命コーディネーターの帰る場所を準備している所だ。
 だが――その彼らがこのような最重要軍事機密に関わってしまえば、帰るに帰れなくなってしまうではないか!
 議長には、切に訴えたい。筋が通らぬ話であることを承知の上で、なお お願いしたいのだ。
 彼らが帰国を欲した時に、それらの問題が障害にならないよう、何らかの手を打って欲しいと……ッ!」
「……難しいお話ですね。機密に関わった者の出国を認めぬのは、我らプラントだけの話ではありませんし……」

カガリの絞り出すような言葉に、デュランダルは温和な、しかし含むところのある笑みを浮かべただけで。
エレベーターはやがて停止し、ブリッジへの戸が開く。

「まあ、考えておきましょう。何が出来て何が出来ぬのかも、詳しく検討せねばなりますまい。
 それより今は、ミネルバをご覧下さい。艦の性能、差し障りのない所は一通りお見せ致しますよ」


137 :隻腕ゼロ話(08/18):2005/12/22(木) 16:49:21 ID:???
――格納庫は、まさに血の海だった。一方的な虐殺と襲撃。
ステラは無表情のまま大型ナイフを振るって血を払い、アウルは全弾打ちつくした両手の拳銃をほうり捨てる。

「じゃ、行くか」
「ここまでは計画通り、ってね」
「…………」

3人はそれぞれに、格納庫の中に横たわる3機のMSのところに駆ける。灰色の3機。
格納庫に散らばる死体や、負傷し呻き声を上げる兵士たちを顧みることもなく、次々にMSを立ち上がらせる。
ツインアイに、光が灯る。暗い格納庫の中、灰色だった3機に鮮やかな色がついて――!


――カガリとデュランダルがその一報を聞いたのは、格納庫で艦載MSの説明をしている時だった。
予定よりも搬入の遅れていた3機の艦載予定MS。そのことを訝しんだ、そのタイミングで入ったニュース――
彼らは格納庫に最も近い大型モニターのある部屋、すなわちMSパイロットの控え室に入る。
急いで通信回線を、情報の集中しているであろうブリッジに繋ぐ。

「タリア、いやグラディス艦長! 何がどうなっている!」
『……まだ状況は分かりませんが、どうやら何者かにあの3機が奪われたようです。
 カオス・ガイア・アビスの3機が、格納庫ごと基地のMSを攻撃している、との情報が』
「…………!」

その報告に、色を失うデュランダル。分割表示されたモニターに、コロニー各所の被害状況が映し出される。
先ほど議長が自慢気に解説していたザクウォーリアたちが、パイロットが乗り込む間もなく撃ち抜かれる。
ディンが、バクゥが、戦闘体勢を取る間もなく撃墜される。
その、圧倒的な破壊をもたらしていた、3機のMSは――

「……『ガンダム』!? フリーダムやジャスティスのように、連合・オーブ系MSの技術を応用した機体か!
 まさか議長、先ほど言った、『抑止力としてのMS』とは、これのことか!?」

その特徴的なツインアイとアンテナ類の配置。一瞬で見抜いたカガリが叫ぶ。
デュランダルには、言葉もない。下手な回答よりも雄弁な沈黙。
モニタの向こうでは、カオスはMAとなってディンを翻弄し、ガイアは四足獣形態でバクゥを手玉に取っている。
PS装甲の絶大な防御力と、ビーム兵器を主とした絶大な攻撃力。数の差などものともしない圧倒的な戦闘力。

「あの緑のは空戦仕様、あの黒は陸戦用か。青いのは、どうやら水陸両用か?
 ……確かにコレは、立派な『力』だな。
 だが、強すぎる力は、それ自体が争いを呼ぶんだ!」
「ではアスハ代表は、力など最初から持たぬ方が良いと?」
「我々は誓ったはずだぞ! もう悲劇を繰り返さないと! 互いに手を取って歩む道を選ぶと!
 そもそも何故、あれほどの力が必要なのだ! これでは、ヘリオポリスの二の舞に――」

「――流石、綺麗事はアスハのお家芸だなァ!」

怒鳴るカガリを遮ったのは、嘲笑混じりの悪意ある声。怒りというより、侮蔑の色。カガリは驚いて振り返る。
そこに居たのは――パイロットスーツを着込んだ、黒髪の青年。
紅い目が、馬鹿にしきった表情でカガリを見下ろす。口元に、不敵な笑みが浮かんでいる。

138 :隻腕ゼロ話(09/18):2005/12/22(木) 16:50:20 ID:???

「シン! お前ッ!」
「や、やめなよ……」

慌てて声を上げたのは、議長の護衛の金髪の青年。
恐る恐る制止したのは、黒髪のシンの後から入って来た、紅い髪の女性パイロット。ルナマリアだ。
しかしシンは構わず、デュランダルに軽く一礼すると、通信モニターの方に向かう。

「タリア艦長。こちらも出た方が良くないですか?
 とりあえず俺は、コアスプレンダーで待機しておきます」
『し、シン!? あなたまだ休暇中じゃ……』
「こんな状態で休暇も何もあったもんじゃありませんよ。では!」

シンはそれだけ言うと、再び議長に一礼して控え室を飛び出して行く。誰にも有無を言わせぬような素早い動き。
ようやく我に返った金髪の青年が、申し訳なさそうにカガリとデュランダルに頭を下げる。

「申し訳ありません、議長。この処分は後ほど必ず。
 ……それで、失礼を重ねてすみませんが、私も共に……」
「そうだな。彼の判断は適切だよ。レイ、君も着替えて出撃してくれ。
 タリア、議長権限で緊急に要請する。ミネルバもすぐに戦闘態勢に入り、事態の収拾に当たってくれ。
 あの3機は、可能ならば捕獲したい。不可能ならば、せめて破壊してくれ」
『……判りました。では、インパルスを出しますわよ? 宜しいですね?』
「ああ、仕方ない。今さら機密も何もないからな。噂に名高い『狂戦士』、存分に暴れさせてやれ」

完全にカガリを置いてけぼりで話を進める議長。
レイと呼ばれた金髪の青年は控え室から飛び出して行き、ルナマリアも議長に頭を下げると格納庫へ駆けてゆく。
未だシンからの暴言のショックの醒めぬ様子のカガリに、デュランダルは優しく声をかける。

「本当に申し訳ない、姫。
 彼は――オーブからの移住者なのですよ。2年前の戦争をきっかけに、国を離れたコーディネーターで」
「!!」
「よもやあんなことを言い出すとは、思いもしなかったのですがね。
 ただ彼は優秀でしたし、政情が落ち着いてもオーブに戻る気はないと言うので、最新鋭機を任せることに……」
「…………」
「先ほど姫が求められたのは、彼のような境遇の者の扱いについてでしょうが……
 果たして、彼らは法を曲げてまで国に帰りたいと思っているのでしょうかね?」

デュランダルの説明に、カガリは言葉を失う。
髭とバイザーに顔を隠した護衛役の青年は、そのバイザーの下で、僅かに眉を寄せた。

139 :隻腕ゼロ話(10/18):2005/12/22(木) 16:51:10 ID:???

――アーモリーワン内部で始まった異常事態。その様子を、天秤型コロニーの外側から見ている者があった。
しかし彼らの姿は、誰の目にも留まらない。禁忌の技術に隠されているのだった。

「……どうだい、連中は?」
「始まったようです。しかし少し遅れていますな。予想以上の抵抗に合っているようで」

戦艦のブリッジにて。艦長らしき男と、1人の士官が言葉を交わす。
変わった風体の男だった。
正規品ではない黒い制服。顔の上半分を隠す、ヘルメット状の仮面。溢れる金髪は、軍人としてはいささか長すぎた。
しかしそんな常識外れの格好をしていながら、つけている階級章は正真正銘、大佐のもので。

「じゃ、俺も出るわ。ダークダガー隊と一緒に」
「ロアノーク大佐、御自身が?!」
「元々そのつもりで『アレ』も持ってきたんだしな。イアン、指揮の方、しばらく任せるぜ。
 ミラージュコロイド解除と同時に、港湾部を守るナスカ級を撃ってくれ。俺たちも攻撃を仕掛ける」

仮面の大佐は艦長に言い置くと、無重力の中で身を翻す。格納庫に向かう彼の口元が、不敵な笑みを浮かべる。

「しっかし、あの3人が苦戦するとはなァ。2年前の機体で、なんとかなるかねェ」


――薄い雲を抜ける。
ここまで登ってくると、この人造の大地が円錐形をしていることが良く分かる。
強化素材で作られた多層構造の『窓』、天秤型コロニーの円錐を形作る透明の壁が、かなり間近に見える。
隕石や小惑星の衝突も想定して作られているこの『窓』、見かけよりもよほど強靭だ。
戦闘の流れ弾が『窓』にも当たるが、対MS用のビームぐらいで破れるものではない。
眼下の円盤状の『大地』では、未だにザフトの基地区画が炎上している様子が見える。

奪われた3機のMSは、あらかた基地を破壊し終わると、逃走に入った。
逃走と言っても、ここは閉ざされた大地。ただ『外』を目指して走っても、透明の壁に遮られて終わりである。
だから彼らは『上』に向かって逃げた。大地から真っ直ぐ伸びた、大きなシャフトに沿って、重力に逆らって。
円錐形の頂点に当たる部分には、回転の中心軸と、そして外部と出入りする港湾部がある。
おそらくは、そこを突破しようというのだ。

「行かせるかよッ!」

追いすがるのは、ソードインパルスと2機のザク。赤いザクウォーリアと、白いザクファントム。
そう、ミネルバにいた3人である。他のザフトMSは、ここまでの戦いであらかた倒されてしまっていた。
切り立った巨大な山のような、壁のようなシャフトを、蹴るようにして登っていく双方のMS。
……いや、ここまで登ってしまえば、もう遠心重力はかなり弱くなっているらしい。
重く、空中戦向きではないアビスも、スラスター推力だけで宙を舞いながら、追いかける3機に攻撃を浴びせる。
インパルスとザクたちは素早く避けて、目標を捕らえ損ねたビームがコロニーのシャフトに突き刺さる。

140 :隻腕ゼロ話(11/18):2005/12/22(木) 16:52:03 ID:???

「ちょっと、アンタたち〜ッ! 他人のコロニーだと思って、好き勝手を!」
「このままでは……! アーモリーワンが、持たないぞ!」

増えるコロニーの損害に、ルナマリアは怒りの声を上げ、レイもその顔に焦りを浮かべる。
先ほどから無数の流れ弾が、このコロニーのメインシャフトに当たってしまっている。
電気や通信など無数のライフラインが走り、また大地の重量を支えるメインシャフト。
その損害は、コロニー全体の命運にも関わる。自然と、ルナマリアたちの攻撃も控え気味になる。
その隙をついて距離を離し、さらに逃げていく3機。
巨大な円柱の周囲をグルグル螺旋状に登りながらの戦闘は、先ほどからずっとこんな調子だった。

「……だァッ! これじゃ、埒が明かないッ!
 メイリン! ブラストシルエットをくれ! 一気にカタをつける!」

そんなジリ貧の状況に苛立ちの声を上げたのは、シンだった。
叫びながら投げた2つのビームブーメランはいずれも避けられ、シャフトに突き刺さって動きを止める。
彼は眼下の大地にいる母艦に対し、装備変更を要請する。

「ちょ、ちょっと、シン! こんなトコでブラストなんて使ったら……!」
「うるさいッ! そういうコッチの態度が見透かされているから、連中がつけ上がるんだッ!」

ルナマリアの制止も聞かず、彼はソードシルエットを排除する。赤から青に色を変えるインパルス。
こうなっては、母艦としても装備を与えないわけにはいかない。素のインパルスで勝てる相手ではないのだ。
無人航空機シルエットフライヤーが、巨大な2門の大砲を備えたバックパックを運んでくる。
ソードシルエットを外し、新たな装備にドッキング。黒いカラーリングになる。

「なんだあれ!? 装備を換えたぜ!?」
「……色……変わった……」
「ひょっとして、ストラカーシステムみたいなものなのか!? あれは……砲戦装備!?」

その様子は、逃げる3機も捉えていた。
装備とその特性に合わせ、PS装甲の強度と色を変えるVPS装甲。空中換装も可能な、シルエットシステム。
それらに驚く彼らに、巨大な2門の大砲が向けられる。
狙いの先は――垂直なシャフトの壁面を、重力を無視して駆け上がって行く黒い豹、ガイア。

「まずは……1つッ!」

シンの意図を咄嗟に察知し、赤と白のザクがガイアに牽制射撃を放つ。
2発のビームを避け、姿勢の崩れたところを、インパルスの太い2本のビームが撃ち抜こうと――

141 :隻腕ゼロ話(12/18):2005/12/22(木) 16:53:13 ID:???

だが、その光の槍がガイアを捉えようとした、その瞬間。
緑の影が、その黒い体をかっさらう。
MA形態のカオスが、素早くガイアの身体を捕まえ、その射線から救出したのだ。

シャフトのすぐ傍にいたガイアを狙った2本のビームは、そのまま目標を捉えることなく直進して――
コロニーのメインシャフトに、斜めに突き刺さる。
数秒遅れて周囲に響き渡る、嫌な音。メリメリと、シャフトが悲鳴を上げ始める。

「シンのバカッ! コロニー壊してどーすんのよッ!」
「わざとやったわけじゃねぇッ! あんなの予測できるかよッ!」

罵声の飛び交うミネルバ陣営をよそに、強奪犯たちはさらに逃走を続けて。
その向かう先、港湾部のある中央ブロックが――突然、大きな爆発を起こす。
シンたちの頭上に降り注ぐ、大小取り混ぜた破片。
コロニー全体に大きな振動が走り、ダメージを受けたメインシャフトが、さらに崩れ、千切れてゆく。

「……こ、今度のは、俺じゃないぞ」
「分かってるわよ、そんなこと!」
「別働隊がいたのか!? 外部からの、港湾部への攻撃!?」


――コロニーの外でも、戦闘が行われていた。
ザフト戦艦に砲撃を加える、謎の黒い戦艦。黒塗りのダガーLたちが、防衛部隊のゲイツRたちに襲い掛かる。
ミラージュコロイド搭載戦艦と、その艦載MSによる奇襲攻撃――それは確かに効果的だった。
しかし彼らは、いささか頑張り過ぎたようで――。

ブリッジを撃ち抜かれたザフト戦艦が、フラフラとコントロールを失い、コロニーの港湾部に突っ込む。
港湾部の奥深く、通常は戦艦など入り込まないところで、それは大爆発を起こす……!

その爆発は――それ単独では、そこまでの破壊はもたらさなかったのかもしれない。
けれどもそれは、傷つき痛んだ天秤型コロニーにとっては、十分なトドメとなった。
やがてメインシャフトのダメージは臨界点を越え、遠心力で自壊していく。
強靭な『窓』も、それだけでは『大地』の莫大な質量を支えきれない。
次々に『窓』が割れ、大気が流出する。
支えを失った『大地』は、力のバランスの崩れから、大きくうねり、割れてゆく。

圧倒的な乱気流に、カオスも、ガイアも、アビスも、インパルスも、ザクも。
皆、戦闘どころではなく、真空の宇宙に吸い出されてゆく――!

新興コロニー、アーモリーワン。
その新たなる大地は、世界へのお披露目の式典を翌日に控えたこの日――崩壊し、消滅した。
崩壊の前に起きた襲撃騒ぎにより、多くの人々はシェルターに避難し、人命被害は意外と少なかったが……
誰もがユニウスセブンの悲劇を思い出してしまうような、大損害である。
あるいは――ヘリオポリスの、崩壊事件か――


142 :隻腕ゼロ話(13/18):2005/12/22(木) 16:54:10 ID:???

――宇宙空間は……アーモリーワンがかつてあったその宙域は。
ただ、「混乱」の一言に尽きた。

コロニーの破片が無秩序に飛び散り、敵も味方も通信がロクに繋がらない。巨大な破片が周囲に漂う。
まるで、デブリ帯にいるかのような混沌とした状況。

壊れたのは2つの円錐の片方だけだが、重心のズレた残りの円錐も、軌道を見失い無秩序な回転を起こす。
L4のラグランジュ点から、回転しながら離脱していく。
あちら側の大地にはまだ居住者が居なかったことと、他のコロニーに衝突しなかったことはまず幸いと言って良い。
この軌道ならいずれ地球の周回軌道から外れ、外宇宙の彼方へと飛んで行くことだろう。

しかし、そんな混乱の中――なおも自分たちの任務を忘れぬ者たちがいた。
MA形態で飛ぶカオス。瓦礫を蹴りつつ駆けるガイア。両肩の盾をかざし細かいデブリの中を突破するアビス。
彼らは混乱の中、なおも恐れず外にいるはずの仲間のところへ向かう。

そんな彼らを、なおもしつこく狙う追跡者。
太いビームが2本、コロニーの残骸もろともに貫きながら、彼らに迫る。
紙一重で避けながら、彼らは毒づく。

「……! なんてしつこい相手だ!」
「くそッ、俺たちの乗るはずの『バス』はどこだよ?!」
「……手ごわい……」

これだけの残骸が散らばる中、さほど機動性がない砲撃戦装備で追いすがれるということ自体、只者ではない。
彼らは迎えに来てくれるはずの味方の艦を探しながら、必死で逃げ続ける。

一方、追うシンの側でも、この現状は望ましいものではなかった。
仲間のザクとは混乱の中ではぐれてしまい、ミネルバの現状も分からず。
3人がかりでも倒せなかった敵だ、彼1人で簡単に倒せる相手とも思えない。
それでも、せめて敵を見逃すまいと、必死で追いすがる。

と――そんなシンの視界の隅で、何かが光った。
直感的に、ブラストインパルスを急停止させるシン。彼の目の前を、鋭いビームが通り過ぎる。

「……新手ッ!?」

シンは周囲を見回すが、ビームの発射地点に、その火力に見合うだけの機影は見つからない。
あたりに漂うデブリに紛れてしまうような小さな影が、飛び去っていく。
その正体を見極める間もなく、別の方向から襲い掛かるビーム。
次々襲い来る多角的な攻撃。なんとかギリギリで回避しつつ、周囲を索敵し直す彼。
やがて彼は、全く別の方角に、その攻撃を仕掛けているとおぼしき新たな『敵』を見つけた。

それは――漆黒のストライク。その背に装備されたのは、これも漆黒のガンバレルストライカー。
2年前、同じような惨状を見せたヘリオポリスで初陣を飾った、あの伝説の機体の再来――!


143 :隻腕ゼロ話(14/18):2005/12/22(木) 16:55:10 ID:???

「へぇ、あの新型。なかなかいい動きじゃないか。スティングたちが苦戦するのも、納得だ」

黒いMS、『ストライクMk−U』の中で楽しそうに呟いたのは――同じく黒い制服を着た、仮面の士官。
彼はカオスたち3機を守るように、インパルスの前に立ち塞がる。

「ネオ! 来てくれたのか!」
「コイツは俺が足止めする。お前らはガーティ・ルーへ向かえ。今、変更した合流座標を送る」
「……気をつけて……」
「アイツ、ストライカーシステムみたいなの持ってるぜ。注意しなよッ!」

ネオの言葉に、スティングたち3人はそれぞれに頷いて。彼らは一直線に飛び去ってゆく。
黒いストライクは1人でその場に留まり、なおもインパルスに攻撃を加える。

「なるほど――つまりはザフト製ストライク、ってことかい!?
 では、その機体も頂くことにするか! 悪く思うなよ、ザフトのパイロット君!」



シンは、焦っていた。4基のガンバレルと1機のストライク本体に、一方的に翻弄され続ける。
通常の5対1、ならここまで苦戦したりはしない。多人数相手の戦いは、ある意味で彼が最も得意とするものだ。
しかし、この相手は。

どんな部隊よりも息の合った攻撃。完全に統一された1つの意思による動き。
そしてそれを担うのは、小型MAよりもなお小さなガンバレルと、PS装甲に身を包んだストライク。
有線式の遠隔操作は、無線のドラグーンよりも動ける範囲は小さいが、充電のために戻す必要もない。
延々と、神経を削るような戦いが続く。

「このッ! 連合の旧式がッ!」

叫びながら、両脇に抱えた大砲ケルベロスを撃ち放つが、いずれも命中しない。
逆にビームをかわしきれず、片方の大砲が爆散する。
体勢が崩れたところに、別のガンバレルが狙いをつけて――!

「畜生ッ!」

殺られる――とシンが思った、その瞬間。
別の方角から飛んできたビームが、まさにインパルスを撃たんとしていたガンバレルを、撃ち抜いた。
思わぬ乱入者に、ネオもシンも動きを止めてその相手を見る。

――両肩に翼のように盾を広げた、白いザクファントムが、両手でビーム突撃銃を構え、そこにいた。


144 :隻腕ゼロ話(15/18):2005/12/22(木) 16:56:14 ID:???

「レイ!」
「すまない、遅くなった。支援するから、お前はストライク本体を」

混乱の中ではぐれていたレイは軽く謝ると、縦横無尽に走り回るガンバレルに銃を向ける。
トリッキーな動きを繰り返す3基のガンバレル、しかしその動きをレイは完全に読みきって。
続けざまにもう1つ、打ち落としてしまう。残り2機。

「な……! なんだ、こいつは!?
 この白いボウズ、俺の『考え』を……読んでるのか!?」

思わぬ強力な援軍に、ネオは唖然とする。
最新の量産機、それも指揮官仕様とはいえ、目の前のザクはインパルスに比べ、性能も格も劣る。
なのに、何故……!? 何故、インパルスがあれだけ苦戦したガンバレルを、あっさりと……!

「どこ見てやがるッ!」
「!!」

そんなネオの思索は、急速接近したもう1機の敵に遮られる。
見ればインパルスは、破損し足手まといとなった砲撃戦パックを捨て、身軽になって襲い掛かる。
右手にビームライフル、左手にはいつの間に取り出したのか、折り畳み式のナイフを握り締めて。
ネオが身構えなおす間もなく――ストライクMk−Uのカメラアイに、フォールディングレイザーを叩き込む。

乱れる視界。潰されたメインカメラ。
状況を見失う黒いストライクに、インパルスは蹴りを入れて突き放し、右手のライフルでコクピットを狙う。
しかしネオも只者ではない。視界を失ったまま、咄嗟に左手の盾で機体の胴体を防御する。
アンチビームシールドの表面で、ビームが弾ける。

「ちぃッ! この辺が潮時か! 所詮、Mk−Uじゃこの程度か。
 やっぱPS装甲は、重いばっかりで俺の性に合わないな。カメラとか狙われたら結局一緒だしなァ。
 ――イアン、聞こえるか!? 撤退する、拾ってくれよッ!」

ネオは通信に向け叫びながら、逃走に入る。
インパルスたちも追いかけるが、ネオは彼らに向け、分離させた黒いガンバレルストライカーを特攻させる。
2基のガンバレルを失いつつも、本体のガドリングと残るガンバレルの砲を乱射しつつ、無人MAが突っ込む。
シンたちも、流石に無視はできない。慌てて反撃を加え撃墜したものの、その時には黒いストライクは遥か遠く。
そして、黒い敵の向かう先には――

見たことのない、戦艦の姿。
大雑把なラインとしては連邦系の特徴が見えるが、過去の記録には一切載っていない未知の戦艦。
黒いストライクを飲み込んだその戦艦は、インパルスとザクに向けて砲撃を放ち……
既に残りのバッテリーに不安の出てきた2機は、それ以上近づくことができない。
アーモリーワン周辺宙域から遠ざかるその後姿を、ただ見ていることしかできずに――


145 :隻腕ゼロ話(16/18):2005/12/22(木) 16:57:05 ID:???

「レイ! シン! 大丈夫!?」
「ルナか。ルナも大丈夫……か……!?」

そんな彼らに向け、飛び込んで来た通信。同じく混乱の中ではぐれたもう1機、赤いザクウォーリア。
彼女の方を振り返ったシンは、赤いザクの向こうに浮かぶ巨大な影に驚きの声を上げる。
――ザクウォーリアの後を追う格好で、進水式を控えた新型艦・ミネルバが動き出していた。

『シン、レイ、一旦ミネルバに着艦して。ミネルバで追った方が、早いわ』
「ミネルバを……動かしたのですか!?」
『あの状況で、アーモリーワンの大地に潰されるわけにも行かないですしね。
 下ろすヒマもなかったから、議長と例のゲストも一緒よ。くれぐれも、さっきのような粗相のないようにね』

タリアは通信越しに、2人に釘を刺す。
ミネルバが、ゆっくりと格納庫の口を開ける。

『ルナマリア、先導はもういいわ。貴女も戻って。
 艦載MSの収容を確認次第、本艦はこのまま正体不明の敵艦の追撃に入ります。
 みんな、とんだ初航海になってしまったけれど、よろしくお願いね!』



――ミネルバ内、MSパイロット控え室。
インパルスはその分離合体機構の関係上、着艦後にせねばならぬ仕事が、少しだけ多い。
他の2人に少し遅れて控え室に戻ってきたシンは、彼を待っていたらしい1人の人物と出くわす。
カガリ・ユラ・アスハの護衛として、彼女にずっと付き従っていた青年――

「あなたは……?」
「アレックス・ディノ。昔プラントに居た事もあったが、今はオーブの人間だ」

シンの不審そうな視線に、彼はぶっきらぼうに答える。髭とバイザーのせいで、その表情は読みづらい。

「インパルス……とか言ったか、あのモビルスーツ。連合のストライクを思い出させる機体だな。
 机上の論理では便利なはずだが、実際にあの換装システムを使いこなせる奴はそう多くない。
 君も、赤服なのかな? あれだけの技量を身につけるには、相当訓練したはずだ」
「……一体、何の用ですか? 用事がないなら、これで失礼させて貰いますけど」

相手の意図が分からず、シンは慇懃な態度を取りつつも苛立ちを隠せない。
そんな彼に、アレックスは軽く笑う。

「ああ、大した用事じゃない。ただ1つ、ちょっと聞きたいことがあるだけだ。
 君はどうして、カガリにあんなことを言ったんだ?
 オーブ出身の君が、なぜアスハ家をそこまで憎む? 君の身の上に、一体何があったんだ?」

146 :隻腕ゼロ話(17/18):2005/12/22(木) 16:58:02 ID:???

「何があったか、ですか……?」

アレックスのあけすけな問いに、ヘルメットを脱いだシンの顔が強張る。
彼は噴き出さんばかりの怒りを押し殺しながら、絞り出す。

「俺の家族はね……アスハの連中に、殺されたんですよ……!
 奴らの空虚な、『理念』にね……!」
「こ、殺された!? いやしかし、そんなはずはないだろう?
 『他国の争いに関与せず、他国に侵略せず、他国の侵略を許さず』――その理念が、殺したって!?」

アレックスは、シンの言葉の意図が分からず、問い返す。
至極最もなその疑問は、しかしシンの怒りに油を注いでしまったようで。

「……何も知らないくせに、何を偉そうに! プラントを捨ててオーブに渡った人間がッ!」
「!?」
「俺の家族は、2年前オノゴロの戦闘で死んだ! アスハの信念に、見殺しにされたんだッ!」

シンは叫ぶ。その紅い瞳でアレックスを睨みながら、絶叫する。

「……! まさか、あの戦いの時に……!?」
「避難中に飛んできた一発の流れ弾で、俺は全てを奪われたんだッ!
 父の身体はバラバラで、母の身体は首も飛んでしまって!
 妹に至っては……千切れた右手だけを残し、跡形もなくてッ!」
「し、しかし、それは……」
「だから!」

抗弁しようとするアレックスを無視し、なおもシンは叫ぶ。その想いを叩きつける。

「もう二度と、アスハなど信じない!
 俺は、シン・アスカは――オーブなんて国を、許さないと決めたんだ!」


シンが去った後の、パイロット控え室。
1人取り残されたアレックスは、ベンチに腰掛け、うな垂れる。
ペリペリと付け髭を外しバイザーを取り、大きく溜息をつく。

「……俺たちは、どうすれば良かったんだ?
 2年前、何をどうすれば、彼のような人間を救えたんだ?
 なあ、どう思う、キラ……? どう思う、ラクス……?」

彼の呟きは、誰にも届かず。
アレックス・ディノならぬアスラン・ザラは、2年間繰り返した答えの出ない問いに、魂を彷徨わせる。

彼らを乗せたミネルバは、正体不明の敵を追いながら、デブリ帯の方へと向かって駆けてゆく――


147 :隻腕ゼロ話(18/18):2005/12/22(木) 16:59:35 ID:???

『……このアーモリーワン崩壊の際、式典に出席予定だったオーブの特使も行方不明となっており……』
「うわー、大変だねー。見て見て、アンディ、マリア! 凄いよ、凄い!」
「やれやれ。こりゃエライことだなァ」
「……ヘリオポリスの一件以来ね、こんなことは……!」

オーブ本国。崖の上に立つ、大きな屋敷。
星降る空の下、屋敷の片隅には明かりが灯り。テレビのニュースの声が、外にまで漏れ聞こえてくる。

湯気を立てるコーヒーを啜るのは、片目の男。よく見ればその左腕と右足も義肢だ。
眉を寄せ、トラウマに耐えつつロケットを握り締めるのは、豊かな胸持つ若い女性。
そして、壊れ行くコロニーの映像に、無邪気な歓声を上げていたのは。

金属光沢を放つ右腕の、1人の少女。
3つの髪留めにまとめられた栗色の髪が揺れる。
分かり易くクルクルと表情の変わる、愛らしい顔。

「それよりマユ、そろそろ夕食にしようか。テーブルの上を片付けてくれ」
「はーい!」
「今日はあたしが料理当番よ〜。おかわり、あるからね〜」

彼女はまだ、団欒の中にあった。平和の中にあった。
2年前の戦争で全てを失い、しかしそれでも必死に生き延びて。
彼女は、笑いを、日常を、大切な家族を――取り戻しつつあった。


――少女は、まだ知らない。
屋敷の地下に眠る、そのMSを。
平和なオーブに忍び寄らんとする、悪意を。
そして、これからの自分を待ち受ける、その厳しい運命を――!


                      第一話 『 長手袋の少女 』 につづく