759 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 03:44:31 ID:???
PHASE 0−1 「運命の日」
マユ・アスカというその少女が、ザフトの士官学校に「直訴」しにくるのはその頃、既に日常のヒトコマと化していたという。
その日、まだ議長になって間もないデュランダルが激励に士官学校に来るとその日も守衛にくってかかる少女の姿があった。
「あれは一体何事かね?」
運転手に尋ねるデュランダル。当然、運転手がそんなことを知っているわけもない。
だがこのままでは、車が門をくぐれない。守衛もデュランダルの来訪に気づいたのか、顔が青ざめた。
と、それまで少女をなだめるのに回っていた守衛が拳を振り上げた。自分のせいで、プラント議長の職務を滞らせるわけにはかない、そう考えたのだろう。
だが、ただ暴力に訴えるというやり方は、デュランダルの最も嫌うものだった。
「待ちたまえ」
守衛を制止し、デュランダルは2人の間に割って入った。
背をかがめ、少女と目線を合わせると、少女は負けじとデュランダルの目を見つめ返す。
「君は、ここで何をしているのかな?」
自分こそ何をやっているのだ。内では苦笑しながらデュランダルは問いかけた。
通行の邪魔だからと守衛にどかせ、自分は学校内に入り人気取りの演説をする。それだけでいいはずだ。
だが実際には、自分はこうしてこの小娘に話しかけている。何故だ。
デュランダルは、少女の目を見つめるうちに気がついた。真っ直ぐなのだ、あまりにも。
若さか。デュランダルは再び、心の中で苦笑した。自分が失って久しいものだ。
やがて、少女がぽつりと口を開く。
「私は、力が欲しいの」


760 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 03:46:01 ID:???
少女の名はマユ・アスカ、オーブの難民だそうだ。
失ったものは戻らない、だがこれから失うことのないように力が欲しいと。
その為に、士官学校に入りたいという。
無論、士官学校はこんな子供が入れる場所ではない。だがデュランダルはなんとなく、そんな理由でこの少女の思いを断ち切りたくはないと思った。
ふと名案がひらめく。
「では、夕方またここへきなさい。私と面会できるようにしてあげよう。そこでレイという、私の秘蔵っ子にシミュレーターで勝つことができれば、議長権限で入校させてあげよう」
これでいい、大人の決めた理由で思いを断たれるのではなく、少なくとも自分の力の不足が原因だと割り切れるだろう。
希望に目を輝かせる少女を見ながら、デュランダルはそう思った。
本当になんとなく、ただそうしてみたかった。それだけの理由だったのだ。
しかし、それこそが運命だったのかもしれない。

当初圧倒的だったレイが、追い詰められると同時に突然動きが変わったマユ機に攻守を逆転され、ついには判定負けに持ち込まれたのをシミュレーション筐体備え付けの観戦モニターで眺めながら、デュランダルはそう思った。
まさかこんなところで、自分が欲してやまない素養の持ち主に出会ってしまうとは。

その日、特例中の特例でマユの士官学校入校が決定した。
769 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 18:55:19 ID:???
PHASE0−2 「育む友情」

誰もが、この光景を疑っていた。それは、機械的に少女のことを紹介する教官でさえ同じだった。
ただ2人、複雑な表情のレイと、元気よく挨拶をした少女本人だけが例外だった。
「今日から一緒に学ばせていただくマユ・アスカです。よろしくお願いします!!」

「へぇ〜、オーブから来たんだ?」
最初の休み時間、マユはクラス中の人間から質問漬けにあっていた。時代がCEに変わっても続く、転入生への伝統的な反応である。
中でも、マユに最も親しく接しようとしてくれたのがルナマリア・ホークだった。
彼女自身、姉御肌なところがあるのだろう。とにかく色々と世話を焼こうとしてくれる。
きっと、女の子からもてるタイプなんだろうな。マユはそんなことを考えながら、女の子同士楽しく話をしていた。
「おいおい、そんなガキにMSのパイロットがつとまるのかよ」
いきなり、1人の少年が割って入ってきた。後ろで彼とそっくりの青年が「やめろよ、ショーン」と言っている。
ショーンとゲイル、双子のパイロットで兄のゲイルが凄く嫌な奴なの。あそこにいるレイの取り巻きよ。ルナが耳打ちしてくれた。
ショーンはなだめる弟に耳を貸さずに、とにかく一方的にマユに嫌味を言ってくる。たまりかねたルナが言い返そうとすると、そこにレイが割って入った。
「やめろ、ここへ入れたのは。この子がそれに見合う実力をもっているからだ」
普段、無口なレイが口を開いた。それも他人を庇うとは。
あっけにとられるクラスメート達をよそに、マユはレイに話しかけようとする。
レイはそれを制し、不器用な笑みを浮かべた。
「気にするな、俺は気にしてない」
ますますクラスメート達が混乱する。そこへ、教室に入ってきた教官が怒鳴った。
「何を騒いでいる。席につけ」
全員が席につき、静まると再び口を開いた。
「明日のデブリ回収の実習、キメラを使うからな」
たちまちクラス中から沸きあがる不満の声、それを手で制し続ける。
「扱いやすさと装甲では、キメラはかなりものだ。そこだけはジン以上だな、まずは宙間作業に慣れろ」
まだ続く不満の声に構わず、教官は授業に入る。


770 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 18:57:07 ID:???
そしてその夜、格納庫に忍び込んできたショーンとゲイルの姿があった。
止めようとする弟に構わず、ショーンは自分が搭乗するキメラのセッティングをいじっていく。
転入生のガキに、格の違いを見せてやるよ。ショーンは暗闇でほくそ笑むのだった。

そして次の日、実習生のキメラ達はジェネシスの残骸の撤去作業を行っていた。
大きな破片は後日、ジャンク屋ギルドに任せることになるが、細かい破片は経験を積ませるために生徒達にやらせることになったのだ。
一生懸命、なれない手つきでジャンクを拾うマユ機を見ると、この間のシミュレーションは夢ではないかとレイには思えた。
と、マユ機と破片の間にショーン機が割り込んでくる。
邪魔しないでくださいとマユが通信を呼びかけると、その歳で入学してくるくらいならこれくらい楽勝だろうとショーンが挑発する。マユはなんとか避けようとするが、改造されたショーン機は易々と回り込む。
止めようかとレイが考えたとき、異変が起こった。
突然ショーン機のスラスターが火を噴き、あらぬ方向へと飛んでいったのだ。
「ショーン!!」
ゲイルが叫ぶ、素人がいじったツケが出たのだ。
「せ、制御できない」
泣きそうなショーンの声が聞こえてきた。
「なんだって!!」
教官が叫ぶ、ショーン機の先には巨大な破片があった。
このままではショーンが、誰もが慌てる中でマユがルナにいった。
「私を抱えて、フルブーストを!!」


771 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 18:57:55 ID:???
コクピットの中で、ショーンは神に祈るばかりだった。子供を苛めようなどと考えるからバチが当たったのだ。神様ごめんなさい、もうしません・・・・・・。
しかし、無常にもモニターの中の破片はどんどん近づいてくる。
と、その時、ショーン機に追いついてくるキメラがあった。
マユ機である。ルナ機に抱えてもらいフルブーストをしてもらう。そのまま放り投げ手もらった後、自分自身もフルブーストを使って追いついたのだ。
「お前、どうして・・・・・・」
「もう、嫌なの。誰かが死ぬのは!!」
マユ機はそのまま、ショーン機のスラスターを剥ぎ取る。
だが、キメラ1機の推進力では破片への激突前に速度を殺しきれない。
「もういい、お前は逃げろ」
叫ぶショーン。しかし、マユは諦めなかった。まだ、方法はあるはず・・・・・・。
その時、あの休み時間の終わりの教官の言葉が、マユの脳裏にリフレインしてきた。
「扱いやすさと装甲では、キメラはかなりものだ」
マユはにっこりと笑うと、ショーンに話しかける。
「ショーンさん、ごめんね♪」
「え?」
マユ機のアームが自分の機体を殴りつけてくる光景を、ショーンはやけにゆっくりと見ることができた。

「やれやれ、大したものね・・・・・・」  
コクピットの中で、ルナは感心したような、呆れたような声をだした。
彼女のモニターには、マユ機のパンチで大きく装甲がへこんだキメラがアップで映っている。
最後の最後、マユは殴りつけることでショーン機を破片への軌道からずらしたのだ。
「言っただろう、それに見合うだけの実力があると」
レイからの通信が入る。
「あら、もしかしてあの子に惚れた?」
「・・・・・・冗談でも怒るぞ」
「きゃ、怖〜い」
ふざけた声を出しながらルナは思った。
楽しくやっていけそうね。


813 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/24(日) 19:39:34 ID:sB6wmwIo
マユ種学園編
PHASE 0−3 「鈍る狼」

その日、レイは夢を見ていた。
シミュレーターで戦闘訓練をしている夢だ。機体は相手も自分もノーマル装備のジン。
戦闘は終始、自分に有利に展開している。負ける要素など微塵も無かった。
しかし、とどめの一撃を加えようとしたとき、それは起こった。
敵のジンはこちらのサーベルをくぐり抜けると、コクピット部にパンチを食らわせてきた。
振動に襲われる。勿論、その程度のことで装甲は貫けないが不覚にも動揺してしまった。
レイの反応が遅れるうちに、相手はさらに肉薄してくる。
「・・・・・・舐めるな」
押し出すように呟き、レイはサーベルを投げ捨て敵機に拳を振るわせた。
しかし、敵はそれすらも読んでいたのだ。
レイのジンの右腕を左脇で絡めとると、そのままレイ機の背後に回りこみ、エルボーで右腕の関節を破壊した。 
たまらず離れるレイ。そのせいで右腕は完璧にちぎれてしまった。
やられる、そう思った。勝てる気がしない。
そして敵機が、ゆっくりと近づいてくる・・・・・・。

「・・・・・・夢か」
レイは呟き、ベッドから降りた。
あの時の夢だ。デュランダルに言われるままに、マユとシミュレーションを行ったあの時の夢。結局、あの後すぐに時間切れで判定負けになったのだった。
レイは先日、自分がマユに言った言葉を思い出した。
(気にするな、か・・・・・・)
拳を壁に叩きつける。
「馬鹿か、俺は」
自分自身のプライドがズタズタであることを、ようやく彼は自覚した。


814 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/24(日) 20:01:29 ID:???
「やっぱり強いなぁ、レイは」
気楽な声を出したのはゲイルだ。
今日のシミュレーション訓練の授業で、彼はレイと10戦して、その全てに敗北。しかも、全て一分以内に撃墜されていた。
ショーンが見てられないぜと、代わりにシミュレーション筐体に乗り込む。
そしてシミュレーションが始まると、あっという間に顔が青ざめていき・・・・・・。
結局、ショーンは30秒と持たずに撃破されてしまった。
「どうやって勝てっていうんだよ」
頭をかかえる兄を見て、ゲイルは肩をすくめていた。
さすがに疲れたので、少し休もうとレイが席を立つと。
「あー、負けちゃった」
隣の筐体から、マユの声が聞こえてきた。
「・・・・・・!!」
レイは無言で振り向くと、すさまじい勢いでその筐体に近づく。
そこでは、マユと対戦相手であろうルナマリアが筐体の観戦モニターで自分達の戦いの映像を、リプレイで流していた。
マユが負けた、映像をである。
(一体どうやって)
真剣に覗き込むレイ。そのあまりの形相にルナマリアが驚いているが、そんなことにはかまっていられなかった。
が、それがすぐさま失望に変わる。
「・・・・・・こんなものじゃないはずだ」
首をかしげるマユの肩をつかみ、レイは怒鳴る。
「こんなものじゃないはずだろう、お前は!!」
ビクリとするマユ、そのレイの腕をルナマリアがつかんだ。
「今のあんた、最低だよ」
レイははっとなると、マユの顔を見た。
ひどく、おびえている。
レイはマユの肩から手を離すと、そのまま背後をむいた。
放送用スピーカーから、予鈴が流れていく。


815 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/24(日) 20:03:42 ID:???
その日、ユニウスセブン近くの宙域でパトロールをしていたジュール隊が所属不明MSと戦闘を行うという事件があったが、戦後のこの時期に弱みを見せるわけにはいかないと、そのことは極秘にされることになった。
隊長であり、自ら矛を交えたイザークの報告書によると、敵のゲイツの左肩には白い鬼のパーソナルマークが描かれていたという。

授業が終わった後、マユとルナマリアは街にショッピングにくりだしていた。
気を落とすマユのために、ルナマリアが無理に連れ出したのである。
その2人の行く先で、1人の男がギターをかき鳴らしている。
ストリートミュージシャンだろうか、こんなところでと思いながら、ルナマリアはマユと通り過ぎようとする。しかし、ギター男が前に出てきて進路を塞ぐ。
「気をつけなお嬢さん方、死相が出てるぜ」
「な・・・・・・」
口をあんぐりと開けるルナマリア。
「あんた何よ、いきなり」
「俺か?俺は・・・・・・鬼だよ」
くっくっくと、肩を震わせて男は笑う。
「ともかく忠告はしたぜ。じゃ、あばよ」
笑いながら男は歩み去って行った。
なんなのよ、と怒るルナマリアをマユがなだめる。
歩く男の含み笑いはついに高笑いと化し、男の口から舌べらが覗いた。
男の舌には、白い鬼の刺青があった。

次回に続く。


909 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/26(火) 03:41:02 ID:???
マユ士官学校編 PHASE 0−4 「せまる白鬼」

「へぇ、この子が噂の新人か」
陽気な声を出したのはヴィーノだ。その隣では、メイリンが久々に会った姉に抱きついている。メイリンの体で押しつぶされるルナマリアの胸を見て、ヨウランが少しうらやましそうな顔をしていた。
この日の訓練は、暗礁地帯での実機を使った模擬戦である。
ただし、普通の模擬戦と違うのは通信課から1名、整備課から2名、そしてパイロット課から3名でチームを組み、それら6人で小型の輸送船を用いるサバイバル方式になっていることだ。
今回、参加するのは全部で6チーム。この6チームが指定の宙域内で決められた時間まで戦い合い、最後に残った1チームか、時間切れの場合は最もスコアのよいチームが勝利者となる。
もちろん、使われるのは模擬弾や演習用に出力を落としたビームであり、いつでも救助に入れるよう教官達のジンがスタンバイしてはいるが、場合によっては命すら落としうる高度な訓練であった。
そして通信課からやって来たのがルナマリアの妹メイリン、整備課から来たのがヨウランとヴィーノだった。
2人とも物怖じしない性格で、ある種の有名人であるマユに興味津々であり、出身地やどうしてプラントに来たのかを、次々にマユに尋ねていく。
マユも負けじと整備課のカリキュラムなどについて尋ね、3人はすぐに打ち解けていった。やがてその輪にメイリンも加わり、和やかな雰囲気ができあがっていく。
その中で、ルナマリアには懸念があった。
レイのことである。
このチームのパイロットは3人、マユとルナマリア、そしてレイだ。
だがそのレイは、シミュレーションルームでの1件以来、マユともルナマリアとも話そうとしない。
命を落としかねないこの訓練で、それはあまりいいことではなかった。
意を決してルナマリアが話しかけようとする。しかしレイは、
「時間だ、出航させよう」
とだけ言い放ち、ブリッジに上がっていった。

そして訓練生と、それを補佐する教官達の輸送艦がプラントの港から出航していく。
それを付近のデブリに隠れ、見守るゲイツの姿があった。
そのコクピットの中にいるのは、マユとルナマリアが街で出会ったギター男である。
男は舌を口から出すと、そこに描かれた白鬼の刺青を人差し指でなぞっていった・・・。


910 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/26(火) 03:42:56 ID:???
>>909の続き。

訓練は順調だった。
大きなトラブルもなく目的地に到着し、滞りなく訓練は開始される。
しかし、マユのチームにだけは問題点があった。
レイのジンのバーニアが老朽化しており、なれない実習生の手によることもあって修理にかなりの時間がかかるとのことだった。
レイやマユ、ルナマリアも手伝うが、作業はなかなか進まなかった。
そこへ、今回の訓練で母艦は否攻撃対象なため、ブリッジで操縦も兼業しているメイリンから、コンディションレッドが発動される。
慌てて出撃するマユとルナマリア、メイリンは2人のバックアップに回り、残ったヨウランとヴィーノは大急ぎでバーニアの修理にかかっていった。

「ショーンのとこのチームか・・・・・・」
敵機の肩に描かれたナンバーから、ルナマリアは敵チームを特定する。
出てきているのは敵も2機、マシントラブルが頻発するとは考えづらいから、もう1機はどこかに隠れているのだろう。
いや、ショーンのことだから正々堂々だとか言いながら、本当に2機で出てきているかもしれない。
(もしそうなら、勝ち目は充分だけど・・・・・・)
そんなことを考えながら、ルナマリアは照準を敵機に合わせる。射程距離までもう間がない。
と、ルナマリア達と敵チームの間に、1機のジンが飛び込んできた。
いや、正確には飛び込んできたのではない。少なくとも自分の意思では。
そのジンは四肢とバーニアを破壊され、完全なダルマ状態だからだ。
肩のナンバーによると、ショーンのチームの機体である。
敵チームのジンは、変わり果てた僚機の姿に戸惑っている。
と、閃光が飛来し、そのジンの四肢を破壊していく。
閃光の主はゲイツだ。最初に飛び込んできたジンと同じ方向から現れると、次々にショーンチームのジンにビームを浴びせていく。
急所は狙わず、あえてメインカメラを残した状態で制御を奪っていくそのやり方に、ルナマリアは言いようの無い戦慄を感じた。
そのゲイツの肩には、白い鬼のパーソナルマークが描かれている。
あっという間に、ショーンチームの残りの2機を行動不能にしたゲイツは、今度はマユ達に向かってくる。
慌ててライフルを撃つマユとルナマリア、模擬弾とはいえ牽制にはなるはず。
しかしゲイツは、軽々とそれを交わしながら腰のエクステンショナルアレスターを放ち、2人のジンからライフルを奪い去る。
メイリンの悲壮な声が、通信機から聞こえた。


911 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/26(火) 03:43:52 ID:???
>>910の続き

その時レイは、ようやく修理が終わった自機のコクピットにいた。
一流のピアニストのような指裁きで、華麗にジンを起動させていく。
と、起動と同時に、メインモニターいっぱいにマユの顔が浮かび上がる。
避けられていたためにレイと会話することのできなかったマユの、苦肉の策であった。
メインモニターからビデオファイルが流れ、マユの独白が始まっていく。
マユは最初にこんな細工をしたことを詫びると、最初のシミュレーター勝負の時のことは自分でも良く分からなく、まぐれ勝ちに過ぎないと言い、自分はいかにレイに憧れているかなどを語ると最後に、
「大好きだよ」
と、言って締めくくっていた。
レイの口から知らず笑みがこぼれる。今なら、これまでにない力を出せる気がした。

そしてレイは、ゲイツ相手にあわやというところまで追い詰められたルナマリアたちの前に現れ、これまで彼女達が見たことの無いような素晴らしい動きでゲイツと渡り合っていった。
やがてエネルギーが尽きたのか、ゲイツは撤退していく。
喜びに沸くルナマリア達、レイはマユに個人回線を開いて言った。
「・・・・・・すまない」
そして、照れたようにひとこと。
「・・・・・・ありがとう」
マユも満面の笑顔で、それに答えた。

ゲイツのコクピットの中で、男はひたすら自分の舌をなで続ける。
最後の1機も想定外だったが、あのマユとかいうターゲット・・・。

「この俺相手に、どんどん動きが速くなっていきやがった・・・・・・面白いじゃねえか、議長さんよ」

950 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/27(水) 20:29:00 ID:???
マユ種士官学校編 PHASE 0−5 「リフレイン」

オーブ軍最新鋭機、ムラサメのコクピットは狭い。
元々、MSのコクピットは狭く、パイロットの中には「鋼鉄の棺」と呼ぶものもいるほどだが、試験的に変形機構を持たせたムラサメのコクピットの狭さは尋常ではなかった。
その居住性の悪いコクピットの中で、それでも彼は笑顔を浮かべていた。
嬉しかった。ただただ、嬉しかったのだ。
自分に出来ることは、破壊だけではないと証明できるのが。その為に厳しい訓練を仲間達に、何より自分に強いてきた。
「キラ」
僚機のアスランから通信が入る。キラはうなずくと、通信機に向けて声を張り上げた。
「ゴー」
その声に合わせて、続々とムラサメが発信する。
その数は、キラとアスランのものを合わせて5機。それぞれが、カラフルなスモークを引いていた。
スモークが組み合わさり、文字が組みあがっていく。
文面は、共通語で平和と博愛を意味していた。
ザフト友好使節団の乗ったシャトルにキラからの通信が入る。
「オーブは、皆さんを歓迎します」
あれがヤキンの英雄、キラ・ヤマト・・・・・・。
感嘆の声が収まらない船内で、マユは1人、うかない顔をしていた。



951 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/27(水) 20:31:28 ID:???
>>950の続き

CE72、ザフトの最高評議会議長ギルバート・デュランダルは、復興したオーブと国交を正常化した。
そして信頼と友好の証として、使節団が派遣されることになった。
マユもその中に選ばれることになった。
オーブの難民であり、この若さで仕官学校に入校、そして優秀な成績を残しているマユは、ある意味で格好の人材だったのだ。
そのマユの前では今、オーブの元姫であり、現在は若手政治家として頑張っているカガリ・ユラ・アスハが演壇で熱弁を振るっていた。
演説の内容も良いが、なによりも彼女には熱意があった。それはその場にいた全員が感じたことだ。
大戦後オーブは元の王政ではなく、民主国家として生まれ変わっている。
当然、今まで独裁的に政権を握っており、その政権時に国家を滅亡させたウズミの娘であるカガリへの民の反発は根強いものがあった。
だがカガリは、夫であるザフト前最高評議会議長パトリック・ザラの息子アスラン・ザラ。
プラントの元歌姫であり、現在でも大きな影響力を持つラクス・クライン。
そして、そのラクスとのラブロマンスの噂が絶えず、カガリとの双子の弟であるとの噂まである英雄キラ・ヤマトの力を借りて、再び民の信頼を取り戻していった。
そして今、マユ達使節団の目の前で演説を行っている。
今シンが見たら、きっと自分のことを軽蔑するだろう。マユはそう思った。
どれだけ誠意を尽くそうとも、どれだけ綺麗事を言おうとも、マユにはアスハ家への憎しみを止めることができないから。
そしてマユがそんなことを考えていた時、それは起こった。
演説会場の扉がいきなり大きな音をたてて開いたかと思うと、1人の男が乱入し、手にした拳銃をカガリに向けて発砲したのだ。
脇に控えていたアスランが慌ててその男を撃ち倒す。男は、
「俺の家族は、連合の進行で死んだ・・・・・・」
と言い残すと、こと切れた。
アスランがカガリに向けて振り向くと、そこには蒼白のカガリと、彼女を庇って銃弾に貫かれたマユの姿があった。
マユの肩口から、ドス黒い血が流れていく。
「救急車を!!」
キラが叫んだ。


952 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/27(水) 20:32:16 ID:???
>>951の続き

3日後、マユは共同慰霊碑の前にいた。
左腕がギプスで吊られている。
幸いにも、銃弾は肩を貫いただけですんだ。
マユはこれまで病院で安静にされていたが、今日は無理を言ってここまで連れてきてもらったのだ。
彼女をここまで連れてきてくれたのは、他ならぬキラ・ヤマトである。
「本当はカガリ自身が来たかったようだけど、事後処理とか色々あるから、代わりに僕が来た」
彼はそう言うと、これまでかいがいしくマユの面倒を見てくれたのだ。
しかしその間、マユはキラと一度も口を開かなかった。
マユは慰霊碑を見ながら、キラには背中を向ける格好で尋ねる。
何故そんなに優しいのかと。
いぶかしむキラに、マユは涙を見せながら叫んだ。
あなた達がそんなに優しかったら、私は誰を恨めばいいんですかと。
更にマユは、自分の家族はあの時キラが放ったレールガンの一撃で死んだと伝える。
キラはその言葉に衝撃を受けながらも言う。
「君が僕を憎む理由は・・・・・多分、僕は誰よりも良く分かる」
止めを刺したときのクルーゼの笑い声が、聞こえたような気がした。
「だから、許してとは言わない。憎しみの持つ力は、誰にも否定できないから。だから、もし君が憎しみに押しつぶされそうになったら。その時は・・・・・・」
ひと息吸って、続きを言った。
「・・・・・・僕を殺していいから」
マユは何も言わずに、涙をぬぐいながら海岸に咲く花に近づいていく。
ここには、もっとたくさん花があったのに、また咲いたのはこれだけ。
寂しそうに、マユは呟く。
「同じなのかもしれない、どれだけ綺麗に咲いても、押し流されていく・・・・・・」
キラが優しく否定する。
花が何度でも咲くのは、それでも強く生きたいからだと。
マユはうなずくと、懐から兄の形見である携帯電話を取り出し、海に投げ捨てた。
いいのかと尋ねるキラに、マユは無理矢理に笑顔を浮かべて言った。
「きっとこれで、いいんです!!」

PHASE 0−5 了
83 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/31(日) 00:54:54 ID:???
マユ士官学校編 PHASE 0−6 「赤の魂」

オーブでの一件から半年、マユはようやく傷が完治し、プラントに戻ってくることができた。
通常、コーディネイターの修学期間は短い。自然のままに生まれたナチュラルに比べて遥かに学習能力が高いため、あっという間に教わったことを身につけられるからだ。
マユが入学してから3ヶ月、オーブに滞在している間の6ヶ月、既に9ヶ月の時が流れている。
すでに士官学校は卒業に向けての締めくくりに入っており、マユは焦りを覚えていた。
しかし、自分だってオーブにいた間ずっと遊んでいたわけではない。
キラやアスラン、バルトフェルドなどは入れ替わり立ち代りマユにMS戦術を授けてくれたし、傷がある程度ふさがってからはシミュレーターの相手を務めてくれた。
それに今マユのポケットに入っている携帯電話は、オーブで再び迎えることのできた誕生日にカガリが贈ってくれたものである。
オーブの半年は、自分に多くのものを与えてくれた。
次の訓練はシミュレーターだ。
マユは笑みを浮かべる。今の自分にどこまでできるのか確かめるには、絶好の機会だった。

「それで、2人相手に1分で勝ったのかね?」
電話越しにデュランダルの声が届く。
レイは淡々とその問いかけに答えた。
マユは最初、ショーンと1対1でシミュレーションを行っていたのだがショーンが全く相手
にならず、情けないことにショーンは弟のゲイルを巻き込み2対1でシミュレーションに挑んだが、1分たらずで2人とも撃破されてしまったのだった。
最も私なら40秒で撃墜できますがと、レイは付け加える。
デュランダルは、思わず電話越しに苦笑してしまった。
今のレイの言葉からは、トゲが感じられなかったからである。ごく自然に、良い意味でマユをライバル視しているのが伝わってきたのだ。
レイも成長したということか、デュランダルは微笑みをたたえながら受話器に告げる。
「では、もう一段階進めるとしよう。我らがクイーンに、より強くなって頂くためにね」

次の日、教官からマユとレイに辞令が下った。
レイ・ザ・バレル、マユ・アスカ両名は本日で全ての訓練課程を終え、赤服をまとう資格を授与。しかるのち、軍の実験機のパイロットとして着任せよとの辞令である。
思わず立ち上がり、2人に拍手を送るショーンとゲイル。他の生徒達も次々に立ち上がって2人に祝福を送る。そんな中で、1人ルナマリアだけが複雑な表情を浮かべていた・・・。


84 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/31(日) 00:56:12 ID:???
>>83の続き

実験機があるという工場に着いたマユとレイを出迎えたのは、赤服を着た40代の女性だった。
その女性を見て、レイが驚いた顔になる。珍しいものを見たなと思いながら、マユはレイに知っている人なのかと尋ねた。
「知っているも何も・・・・・・」
レイはマユに小声で説明する。この女性の名はマーニャ。「血まみれマーニャ」の2つ名を持ち、あの英雄ヴェイア同様に機体に赤を塗ることを許された数少ないパイロットでフェイスだと。
「え、あのフェイスなの!?」
思わずマユが声を上げる。
「そう、そのフェイスさ」
豪快に笑いながら、マーニャがマユの顔を覗き込む。マユは慌てて姿勢を取り直し、敬礼をした。
マーニャはマユの頭をポンポンと叩きながら、とって食いやしないよと笑う。
「この工場で組み上げられた実験機は3機、あの赤いMSはザクウォーリアといってアタシが担当する。お前さん達の乗る機体はこっちだよ」
言いながらマーニャは、ズンズン工場の奥に進んでいく。
そして、ザクウォーリアの後ろに立つ白いMSを指差し告げる。
「こいつはザクファントム。レイ・ザ・バレル、あんたの担当だ。そしてこっちが・・・」
マーニャは更にその奥に立つMSを指差し、マユに笑いかけた。
「・・・プロトインパルス。マユ、あんたの相棒だよ」
一瞬、そのMSが自分を見据えたような錯覚にマユは襲われた。

自分はこんなところで何をやっているんだろう、ルナマリアは工場に積まれた廃材の陰でそう思った。
なぜ2人をつけてきてしまったのか、それは自分にも良く分からない。ただ何となく、学校を仮病で抜けてこそこそとついてきてしまったのだ。
ため息をついた・・・・・・。
どうかしている、こんなところ誰かに見つかったら何と言われるか。
「あれ、あんた誰だい?」
突然かけられた声に驚き、ルナマリアは思わず後ずさる。声の主はマーニャだった。
マーニャの声で気づいたマユとレイもやってくる。ルナマリアは覚悟を決めるのだった・・・。

意外にも、マーニャはルナマリアを攻めなかった。それどころか、これから宇宙で行われるテストを見学させてやると言ってきたのだ。
驚くルナマリアに、マーニャは実権宙域への輸送船内で言った。
あんた、嫉妬しているねと・・・・・・。
ルナマリアは否定しようとして、やめた。そうだ、それ以外の理由など考えられない。
自分はいつも頑張っているが、結局レイには勝てず2番だった。しかも、マユにまで負けてこの任務につきそこねてしまっている。
そう告げると、ルナマリアはうなだれる。
マーニャは、自分の制服を指差した。
「赤の意味って、分かるかい?」
ルナマリアは、いいえと答える。
「こいつはね、大切な物の為に戦う者に授けられる色なんだ。あの2人はあの2人なりにその決意があったってことだよ、少なくともあんたよりはね」
マーニャは続ける。
「あの2人に続く実力があるってんなら、あんたは赤服を着ることになるだろう。だが覚えておきな、大切なのは力を持つことじゃない。その力を振るう意思なんだって事をね」
マーニャはそこまで言うと、ニッと笑ってルナマリアにハンカチを取り出す。
ルナマリアは、自分が涙を浮かべていることに気づく。照れくさくなって、マーニャに笑いかけた。
マーニャも笑み返す。と、その時だった。
突如ビームが飛来し、輸送船に直撃したのだ。
当たったのはルナマリアと、マーニャがいた通路の付近である。幸いケガのなかったルナマリアは、頭を抑えながら立ち上がる。
思わず息を呑んだ。マーニャが頭から血を流して、通路いっぱいに血のしずくを浮かべていたからだった・・・・・・。


85 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/31(日) 00:59:41 ID:???
>>84の続き

「くっ」
マユはコクピットの中で呻いた。まだインパルスの調整は完全ではない。そもそも、その調整を行うためのテストだったのだ。ビームライフルを持ってはいるが、ロクに姿勢制御すら出来ない現状では、当たるはずもない。
襲ってきたのはゲイツ。肩の白鬼のマークから、先日の敵だと知れた。
ゲイツが右手のビームライフルを撃つ、インパルスはシールドを使って防いだが、いつまでも避け続けられるものでもない。

レイは、輸送船内のモニターでジッとそれを見ていた。2機のザクは、腰のバランサーの調整のために上半身のみ切り離された状態である。
(それにこれは、ギルの意思だからな・・・・・・)
そう、己に言い聞かせた。だが、なぜ自分は拳を握り締めているのだろうか・・・・・・。
と、上半身だけのザクウォーリアが突然に動き出す。
レイは驚き、自分の背後でマーニャの手当てをしている乗組員達に振り向く。
やはりまだマーニャは手当ての最中だ、だとすれば乗っているのは。
「ルナマリア!!」
レイは叫んだ。

ルナマリアは、コクピットの中で祈るような気持ちでいた。
気づかれたが最後、奴はロクに動けないインパルスを無視し、こちらを攻撃してくる。
そうなれば、ザクは戦闘不能となり、奴はまたインパルスをなぶりにかかるだろう。
一応、格納庫内にあったビーム砲を持ってはいるが、データによると専用バックパックもつけず、上半身だけの現状ではこのビーム砲は1発しか撃てない。
気づかれる前に、一撃で仕留めるしかない。
ルナマリアはコクピットの中につぶやく。
「あんたの色がマーニャさんの言ったとおりの意味なら、あの人を守るために力を貸して」
トリガーを押し込む。超長距離ビーム砲、オルトロスから閃光が放たれた・・・・・・。

「あんたさ、私のかわりにあの機体に乗ってくれないかな」
プラントの病院で、マーニャはそうルナマリアに言った。
「細かい手続きは、フェイスの権限でやっとくよ。このケガじゃ当分は復帰できないしね。・・・・・・それに、アタシはあんただからやってもらいたいのさ」
ルナマリアは、決意を込めてマーニャに敬礼をする。マーニャも、ベッドの上から上半身だけの敬礼でそれに返した。

PHASE 0−6 了

407 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/09(火) 01:59:50 ID:???
水がはぜる音と共に、もはや色すら失せ始めた胃液が洗面所に落ちる。
口中に酸っぱい味が広がり、目からは涙が滲んだ。
しかし、それでも止まらない。止められない。
マユはその夜から朝まで、ずっと胃液を吐き続けた。
涙を流しながら、吐き続けた・・・・・・。

マユ仕官学校編 PHASE 0−7 「撃つ者、撃たれる者」

事の始まりは、数時間前に及ぶ。
その日、マユ達テスト班は廃棄コロニー「メンデル」付近の宙域でガナーウィザードと呼ばれる砲撃戦用装備のテストを行っていた。
まずはレイ、ルナマリアの両ザクのエネルギーが尽きるまでテストを行い、次にマユのイン
パルスがテストを行おうという時にその電文がテスト班の輸送艦、そして3機のMSに送られてきたのだ。
その内容は、付近を逃亡中の犯罪者の乗ったシャトルを破壊せよというものだった。
暗号強度はAAA。最高レベルの機密である。その命令の意味は実行者であるマユ達にすら伝えられることは無い。
マユ達はすぐさまそのシャトルの追撃を行うことになった。
しかし、問題があった。
今回テスト用に運んできたのはガナーウィザードだけであり、他の高機動用のウィザードは持っていないということ。
そして、2機のザクは既にエネルギーが尽きており、追撃に使用できるのはインパルスのみということだった。
迷っている時間もなく、マユはシャトルを追った。
本来なら圧倒的な機動力を誇るMSであるが、それは戦闘時の複雑な機動性能に関しての話であり、単純な加速力ではシャトルとさして違わない。
ましてや、最初から距離が離れていたこの状況で砲撃戦用装備とあっては、最新鋭のインパルスでも簡単には追いつけなかった。
結局、インパルスがシャトルを射程圏内に捉えるにはほぼ全ての推進剤を使い切る必要があった。
マユはすぐさまインパルスに装備された長距離ビーム砲「オルトロス」を発射する。
が、当たらない。閃光はあさっての方向へと飛んでいった。
続けて2発、3発と放つがその全てが外れていく。
否、外しているのだ。
マユは自分の呼吸が荒れているのを自覚していた。
心臓も先ほどから激しく波打っている。
マユの脳裏に連合のオーブ進行時、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた家族の姿が思い起こされた。
それでもマユは自分の職務を全うするために、必死で引き金を引き続ける。
気づけば涙がとめどなく溢れ、ヘルメットの中はマユの口から吐き出された汚物と涙でグチャグチャになっている。
ようやくビームがシャトルに命中したとき、インパルスは全てのエネルギーを使い果たし、PSダウンを起こした。
後から追いついたレイとルナマリアがシャトルの生体反応を調べ、搭乗者の死亡を確認する。
その間、マユはコクピットの中で膝をかかえ続けた。結局マユは、自力で帰還することもできずザクに抱えられて帰還することになった。
そして、現在に至る。


408 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/09(火) 02:01:05 ID:???
その日から、地獄が始まった。
寝ることさえできない。自分が殺した人間の悪夢を見てしまうのだ。
その夢の中で、自分は見ていないシャトルのパイロットが爆散していくシーンが何度も繰り返された。
体重は激減し、睡眠不足と合わせて死人のようである。
それでも健気なのは、インパルスのテストを続行しようとすることだがそれは周囲に止められる。
この状態のマユをMSに乗せることはできないとはいえ、それが彼女にとってトドメとなった。
テスト中止を言い渡された次の日の朝、マユは書置きを残して自室からいなくなっていた。

マユは、自分が何をやっているのか分からなくなった。
守るために力を手に入れるはずだった。守るために力を振るうはずだった。
あの時、シャトルを撃ったのだってきっとプラントの人間のためになるはずなのだ。
笑ってしまう。つまるところ、自分の覚悟はその程度のものだったのだ。
と、誰かにぶつかる。ただでさえ小柄なのに、更に体重の減ったマユは簡単に転んでしまった。
「悪い悪い、大丈夫か」
ぶつかった相手が謝り、マユを助け起こす。
髪を逆立てた青年だ。左手にコンピュータのようなものを携えている。
助け起こされた勢いでマユは青年の胸に顔をうずめる形になった。
そして・・・吐いてしまう。
そのままマユは、意識を失った。

目を覚ますと、病院のベッドの中だった。
目の前にマユがぶつかった青年とその恋人だろうか、小柄の女性が立っていた。
女性の方が口を開いて大丈夫かと尋ねる。
青年の小脇におかれたコンピュータの画面が変わり、自分達は流れのジャンク屋だと告げた。
面白い手品だな、マユは思った。
「一体そんなになるまで何してたんだ?」
青年が尋ねてくる。
マユはしばし黙考した。いいや、喋ってしまえ。もう全てがどうでもよくなっている。
「人を殺したとしたら・・・・・・どう思いますか?」
喋ると、少し気が楽になった。
コンピュータの表面に「何をいってるんだ、こいつは?」とメッセージが浮き出る。
青年はしばらく唸ってから、答えた。
どうもしない、と。
青年は続ける。自分の知り合いには人を殺した人間もいるし、その事実が消えることはない。だが、そいつらとは今でも友達で彼らは今も己の信じるものを守るために戦っている。
大事なのは人の命を奪ったということではなく、何のためにその力を振るうかということではないか。青年はそう言った。
その時、病室の扉が開いてルナマリアとレイが顔を出す。
青年はニヤリと笑った。その気持ちがすぐ晴れることはないだろう。だが、共に心配してくれる仲間がいるのだから、きっと大丈夫だ。
邪魔をせぬよう部屋を出るとき、涙ながらにマユを抱きしめるルナマリアと、それとなく部屋の花瓶に花をいけるレイを見ながら、青年は思った。
十字架が消えることはない。だが、それでも人は前を向いて進めるのだから。

503 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/12(金) 22:27:12 ID:???
どことも知れない場所に建てられた洋館の地下、そこにその部屋はあった。
壁一面にビッシリと取り付けられたモニターに、その気になれば宇宙船航路の演算すら瞬時に行えるスーパーコンピュータ。そして、それらハイテク機材にはあまりにもミスマッチな豪奢な調度が備えられている。
その部屋の主、ネコを膝にかかえてブランデーを持った男・・・・・・彼こそが地球圏の裏の支配者ともいえる存在だった。
名をロード・ジブリールという。
君主を意味するその名は、偽名としてはあからさまに過ぎるかもしれない。しかし、その彼のまとう雰囲気はその名に相応しい高貴さがあった。
ジブリールは、右手のブランデーを掲げ叫ぶ。
「我ら、ロゴスの未来に・・・・・・」
それに呼応し、乾杯と唱和する声がスピーカーから流れる。
今頃彼らも、ジブリールすら把握しきれていない自分達の住居で酒を掲げているのだろう。
ジブリールは笑みを浮かべブランデーをあおった。
喉が焼け付くような感覚が広がっていく。だが、今はその熱さが心地よかった。
さぁ、楽しい戦争の始まりだ・・・・・・。

マユ士官学校編 PHASE 0−8 「乱れる運命」



504 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/12(金) 22:30:42 ID:???
>>503の続き

CE.73.10.2 
この日はプラントにとって特別な一日であった。
最新鋭艦ミネルバと、それに搭載される新型MSを中心とした式典が催されるからだ。
戦争が終結したとはいえ、ナチュラルとコーディネイターとの間にあるわだかまりは根強いものがあった。現在の評議会はナチュラルとの協調路線を進めているとはいえ、その思想がプラント市民全体にいきわたっているかと言えば答えはNOである。
今の状態は互いの疲弊の結果生まれた休憩期間であり、ナチュラルと雌雄を決する時が必ず来る。そう考えているものは多い。
それは、この祭典にかける市民達の熱意からも伝わってくるだろう。街はお祭りムード一色であり、どこから出回ったのか、ミネルバに搭載される新型機のパイロット達のプロマイドまで販売される有様であった。
「だからって、そんな変装する必要なかったんじゃないかな?」
そう言ったのはメイリンである。彼女もミネルバに配属となっていたが、顔が出回ったりしてはいないので気楽である。
彼女の隣で、帽子をかぶり、年齢に不釣合いの大きなサングラスをかけた少年が異を唱えた。
「メイリンは分かってないよ、レイやルナは基地から一歩も外に出てこないし、郵便受けみたら変な宗教のチラシとかまで入ってるんだよ」
少女のような声色である。実際、少女なのだから当然だが。
「いーじゃん、いーじゃん、人気者で。オーブの難民、そしてその若年ながら類まれなる操
縦技術で士官学校を2位で卒業。テストパイロットを経て最新鋭艦にMSパイロットとして配属。今じゃプラント中に知らない人はいないアイドルパイロット・・・私もそのくらい有名になりたいなぁ」
うっとりとして声でメイリンがいう。
それに少年・・・男装したマユは頬をふくらませる。
と、余所見をしたのがいけかったのだろう。マユの頭が何か柔らかいものにぶつかって弾かれ、しりもちをつく。
お尻をさすりながら、顔を上げると目の前で同じようにしりもちをついた少女と目が合う。
年齢の割に、豊満なバストを備えた金髪の少女だ。スカートがめくれているのだが、あまり頓着した様子がない。
おそらく連れだろう、青い髪をした少年が早く下着を隠すように促している。そしてもう1人の金髪の少年がマユに、
「ラッキースケベだな、坊主」
と声をかける。
とたんにマユの顔が真っ赤になった。誰がと言い返そうとするが、既に立ち上がった少女と共に彼らは素早く曲がり角に消えていった。
「ラッキ〜スケベ〜」
メイリンまでからかってくる。
マユは憤然としながら、道を急いだ。


505 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/12(金) 22:32:44 ID:???
>>504の続き

そしてその数十分後、式典の為に飾り付けが施され、演壇が用意された戦艦ドッグの控え室でマユは自分のスピーチの練習をしていた。
スピーチの原稿はもちろん暗記しているが、本番に備えて最後の練習をしているのだ。
事件が起こったのは、そんな時である。
謎の武装集団がアーモリーワンを襲撃、3機の新型機を強奪したのだ。
プラント内の各所に備え付けられた災害用スピーカーから、避難命令が流れ出す。
異変はミネルバの存在する戦艦用ドッグにもすぐに伝わってくる。
ドッグ全体に非常警戒発令がなされ、兵達が慌しく動き回り始めた。
その時、マユの携帯する通信機からコール音が鳴りだす。
マユが通信に出ると、副長の慌てた声が耳に入った。彼の話によると奪われた新型機は圧倒的な力で付近を蹂躙し、破壊の限りを尽くしているという。
しかも、最初にMS格納庫が破壊された為に殆どのMSが出撃できないというのだ。最後の手段として、インパルスを出撃させるというのが艦長の命令だった。
マユの脳裏に、完成したインパルスと共に行われた他の新型3機のテスト風景が蘇る。
確かに、あの3機の性能は桁外れだ。対抗できるのはインパルスだけだろう。
マユは了解と答えると、すぐさまミネルバに繋がっている通路に向けて走り始めた。
しかし、その途中で何か液体を踏みつけ思わず足を止めてしまう。
足元を見て、マユは驚きのあまり口元に手をやった。
血だ。血が近くの部屋から流れてきて水たまりを作っている。
血が流れてきているのは、ミネルバと情報をやり取りする管制室だった。
マユは恐る恐るその中を覗き込む。
部屋の中では男が椅子に座り、端末からディスクを取り出していた。
「ひっ」
マユの口から声が漏れる。男は右手に抜き取ったディスクを持ち・・・・・・左手には、人間の腕を掴んでそれを口に運んでいた。食っているのだ、この男の周囲には人間の体だったものが散らばっている。それらは徹底的に分解され、ところどころに口をつけられた跡があった。
男はマユのあげた声に気づき、こちらに振り向きながらニヤリと笑った。
「マズイ食材ばかりでイライラしていたが、なかなか良さそうな肉もあるじゃないか」
ベロリと舌をなめ上げ、左手に持った人の腕を投げ捨てる。
「我が名はシェフ、貴様を最上の料理に仕上げてやろう」
男がにじり寄ってくる。マユは恐怖のあまり身動きひとつとれなかった・・・・・・。

次回、最終回に続く。

681 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/25(木) 02:47:09 ID:???
マユ・アスカはごく普通の少女である。
コーディネイターではあるものの、それが不幸なことか幸福なことかはこの時代ではまだ定まっておらず、母国もオーブであるためにナチュラルに対して特別な感情を抱くことも無かった。
それは自ら望み、さらに類まれなる幸運が重なって軍に入れた現在でも同じであった。
軍人とは人を殺すものである。実際、やむを得ぬ事情で彼女は人を手にかけた。
しかしそれも所詮は、MSの装甲越しに起こった出来事に過ぎない。
むせ返るような血臭、飛び散った肉片。
まるで2年前、オーブで家族を失った時の再来だ。
ただひとつ違うことは、それらの命を奪った強大な悪意はまだ過ぎ去っていないという事だ。
その人の姿を持った悪意、シェフと名乗った男がゆっくりと歩み寄ってくる。マユは気を失わないようにするのがやっとだ。
そして銃声がこだまし、マユは我に返った。

マユ士官学校編 最終回 「くじけぬ紅」

銃弾を放ったのは、その場に居合わせた警備兵だった。
しかし弾痕は、シェフではなくその後ろの壁に残されている。
警備兵の手が震えている。当然だろう、こんなこの世のものとも思えない光景に出会っては。
シェフはマユから目を離すと、ゆっくりとその兵士に歩み寄っていった。警備兵は拳銃を放つが、当たらない。たまに命中しそうになる弾も、シェフは身をそらしてかわした。
ゴシカァァァァァン。
この世のものとも思えぬ音が響くと同時に、その兵士の頭は西瓜のように破裂した。
マユの目の前に、その手から吹き飛んだ拳銃が落ちる。
シェフはというと、そんなことは気にも留めずに手にこびりついた兵士の脳漿を咀嚼していた。
マユはあらゆる生物に備わる防衛本能に殆ど無意識に従う形で引き金を引いた。


682 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/25(木) 02:49:01 ID:???
シェフ。それが彼のコードネームだった。
名前など知らない。対人戦用エクステンデットである彼にとって、過去などはどうでも良かった。
エクステンデットの訓練は過酷である。常に被験者同士で殺し合い、生き残った者が任務で使用されるのだ。
シェフが他の被験者と違ったのは、限界を超えた恐怖の果てに生まれたある性癖だった。
食人行動である。
通常のエクステンデットは感情を制御する措置が施されるが、シェフは殺した相手の屍を喰らうことで自らそれを行ったのである。
彼は狂喜した、自分は選ばれし存在だと。そして今回、最新鋭艦のデータ奪取任務に選ばれたのもだからこそだと。
しかし、それは間違いだと彼は理解した。
本当に選ばれた者なら、脇腹に銃弾を受けはしないはずだ。
彼は己の血をなめ取ると、自分を撃った小娘に向き直った。
所詮、自分は捨て駒だったのだ。成功すればよし、失敗しても失敗作が減るだけである。
シェフは、狂人がその狂気の果てにふと得ることのできるわずかな理性でそれを理解した。
懐から、注射器を取り出し自分に打ち込む。
これは、過去エクステンデットに使用されていた薬物を何十倍にも濃縮したものだ。確実に死ぬが、しばらくの間は絶対的な力を得る。
通路の奥から複数の足音が聞こえた。恐らく銃声を聞きつけた兵士だろう。
シェフはペロリと下をなめた。死ぬ前にせいぜい暴れるか。


683 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/25(木) 02:50:56 ID:???
地獄、まさしく地獄であった。
駆けつけた兵士達はマユの目の前で、なすすべもなくちぎり飛ばされていく。
既に拳銃は取り落としている、マユは泣きながらその場を逃げ出した。
しかし、それすら上回る速さでシェフが追いかけてくる。さかんに壁に拳を叩きつけており、その手首から下は既に失われていた。
すぐに追いつかれ、壁に打ち付けられる。
そのマユを喰らおうと、シェフが大口を開けて迫ってきた。
その瞬間、マユの意識下では実に多くの時間が巻き戻る。走馬灯などという生易しいものではない。それは記憶の奔流というよりも、記憶の雷撃というべきものだった。
やがて過去のイメージが亡き兄に行き着き、さらにはこの2年で出たった人達に重なり合った時、突然マユの中で何かが芽生え弾ける。
それは人間の生きる力の根源とも言うべきものかもしれないし、あるいはもっと新しい何かだろう。
確かなのは、その力がマユを救ったという事だった。
あらゆる知覚が加速したマユは、シェフの口に自ら口を突っ込み、一瞬早くその舌を噛み切ったのだ。
途中から切断された舌が喉の中に巻き込んでいき、さすがのシェフものたうちまわる。
やがて痙攣が始まり、ついには動かなくなった。
最期の瞬間、シェフは胸元を強く叩く。それが引き金なのか体の内側から炎が広がっていき、全身を包み込んでいった。
正気に戻ったマユは、よろけながらもミネルバに歩いていった。

コアスプレンダーの加速時に生まれるGに耐えながら、マユは戦うということの意味を考えていた。
先程まで起こっていた出来事を、自分は生涯忘れないだろう。あれは戦いという行為の、最も原始的な姿だった。
だが、自分の戦いはあれとは違う。
この先、何が待っているか分からない。ただ、この穏やかな日常が崩れ去ったことだけは本能的に理解できていた。
ならばこの先、何があっても自分は進み続けよう。ここで得た幸福な記憶を、決して失いたくないから。
マユはコアスプレンダーを合体させ自らの第2の故郷、プラントの大地を踏み下ろさせる。
「また戦争をしたいの、アナタ達は」
だとしたら・・・・・・。
「アタシはこの場所を、守って見せる!!」