- 787 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 23:35:12
ID:???
- 勝手にマユ種版32話書いてみた。
ステラの身体をデストロイのコクピットから引きずり出すと、マユは尻餅を着いた。
今目の前にいるのは、間違いなくステラだ。マユは一瞬、自分は夢を見ているのではないかと錯覚した。
いくつもの金属片が突き刺さり、彼女の全身を引き裂いている。マユの小さな身体が、カタカタと震え出す。
ミネルバは依然アークエンジェルを警戒したまま。上空では連合の漆黒の機体が滞空している。
マユはその機体を睨んだ。彼女を内から食い破らんとする程の激しい憎悪が、その機体の主に向けられる。
「マ……ユ……?」
弱々しい、掠れた声。それが愛しい少女のものだと気付くのに、マユはたっぷり2秒かかった。
「ステラァッ!!」
彼女に飛び寄ると、マユは両手で彼女の上体を支える。
「マユ……会いに、きた」
「ステラ、ステラ……!」
どうして。
どうしてこんなことになったんだろう。
ステラを帰した。
あの人は確かに、ステラを優しくて、暖かい世界へ連れて行ってくれると約束した。
なのに。
「マユ……」
「……なぁに?ステラ」
ステラが自分のパイロットスーツの胸元に手を入れる。
マユは幾筋もの涙を流しながら、優しい目で、彼女の様子を見ていた。
「これ」
彼女が取り出したのは、小さな桜貝のネックレス。
ディオキアの海でステラからマユに。ゲンという少年にステラを帰した時、マユからステラに。
あの桜貝だ。
「ス……テ、ラァ……ッ!」
堪えきれず、マユは嗚咽を漏らす。頬を伝った涙は、ポタリ、ポタリとステラの頬に落ちて―――
―――ステラ自身の涙と、ゆっくり交わる。
- 788 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 23:36:34
ID:???
- 「これは……ステラ」
一瞬彼女の言ったことの意味が分からずに、マユは目を丸くする。
ステラが桜貝のネックレスを持ち上げると、マユの手が彼女のそれを包み込む。
それを見てステラは、ニッコリと笑った。
「マユを、まもる」
続いた彼女の言葉に、マユの心は崩れた。
「ずっと……マユと、いっしょ」
「……ステラァァァーッ!!」
ステラの身体を抱きしめると、マユは大声を上げて泣きじゃくる。
最期の力を振り絞ると、ステラはそんなマユの背中に腕を回して、優しく微笑む。
「うあぁぁぁーん!!」
「ゲンを……ゆるしてね……」
どうして。
この娘はあんなにも、あんなにも死ぬことを恐れていたのに。
死を目前にした今、彼女は自分ではなく、自分やあの男の身を案じている。
「ステラァ……死なないで、ステラァッ!」
「マユも、ゲンも……みんな」
彼女は最期に、マユの頬に優しく口づけた。
「好き」
それを伝えるのが最後の役目だったと言わんばかりに、彼女の腕がダラリと垂れ下がる。
「っ――――!!」
マユの口から言葉が漏れ掛け、中へと押し戻される。
物言わぬステラの身体を、マユは持てる力で強く抱きしめた。
死んでしまった。
ステラが、死んでしまった。
彼女の顔は、事切れて尚微笑んでいた。
ステラは幸せだったのだろうか。自分と出会えて、幸せだったのだろうか。
「ステラァ……ッ」
ここで逝く事ができて、幸せだったのだろうか。
ステラの頬に落ち続けていたマユの涙は、スルリと流れていく。
もう、ステラのそれと交わることも無く。
- 789 :通常の名無しさんの3倍:2005/07/23(土) 23:38:47
ID:???
- 「逝ったか」
自分の背後から聞こえた声。マユは激しい怒りに震えながら、ゆっくりと振り返る。
いつの間にか着地していた漆黒の機体。マユとステラから数メートル離れた位置に、あの男――ゲンが立っていた。
「……どうして」
マユはゆっくりと立ち上がり、ゲンを睨みつける。
「どうして、ステラを助けてくれなかったの!?……約束したのにっ!!」
怒りに身を任せ、マユはゲンに飛び掛った。
だが彼はその場から一歩も動こうとせずに、片腕でマユの身体を殴り飛ばす。
「ぐぅ……っ、げほっ!」
ゲンは弾き飛ばされたマユには目もくれずに、真っ直ぐにステラの所へ向かう。
片膝を地面に着くと、彼はマユがそうしたように、ステラの亡骸を抱き上げる。
「ステラ」
優しい――とても優しい声。
その声を聞いただけで、立ち上がったマユの眼にまた涙が滲む。
ゲンはゆっくりと、その仮面を外した。だがマユの位置からでは素顔を確認することはできない。
何をするのかと見ていたマユの目の前で、彼は両足を地面について――――
ゆっくりと、ステラの亡骸と唇を重ねた。
「愛してる」
ゲンの言葉を聞いたマユの胸中に、様々な思いが渦巻く。
憎悪、憤怒、嫉妬、悲哀、憐憫、安心、郷愁。
ゲンは仮面を着けると、ステラを抱き上げ、真っ直ぐに漆黒の機体へ向かう。
「待って!」
マユが呼びかけるが、彼は止まろうとしない。
「待ってよ!」
ステラを抱えたままのゲンが、機体の足元で立ち止まる。
「愛しているのなら……どうしてまたステラを戦場に出したりしたの!?」
答えが聞きたい。
ステラはどうして最後にこの男を案じたのか、知りたい。
答えを期待するマユに向かって、ゲンは冷徹な声で告げる。
「俺にはどうにもできなかったからだ」
「……この……ッ!!」
マユの怒りが爆発しそうになったところで、ゲンはステラと共に機体のコクピットまで上がっていた。
「……ついてこい」
「え……?」
それだけ言い残すと、彼はコクピットに滑り込む。
マユは急いでインパルスのコクピットに戻る。警戒を解いたミネルバが着陸姿勢を取っていたが、マユはそれを無視した。
『マユ、どうしたの!?』
「敵機の追撃に移ります」
『追撃って、あなた』
マユは通信のスイッチを切ると、モニターに映る漆黒の機体を睨み、それを追うべくインパルスを駆った。
桜貝のネックレスを、堅く握り締めながら。
- 229 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/03(水) 23:18:02
ID:???
マユが前方の漆黒の機体を追い続けると、やがて向こうは速度を緩め始める。
「(湖……?)」
眼下には湖。
それほど広くは無く、空の鈍色を映し出した水面はどこか無機質な冷たさを感じさせる。
漆黒の機体はゆっくりと湖の辺に降り立つと、片膝を着いた。
まさか。
マユの中に焦りが生まれる。
彼女はインパルスを急いで着地させると、シートの下に隠していた拳銃を手に取ろうとした。
そこで彼女は今まで自分がずっと貝殻のネックレスを握っていたことに気付き、それをシートの上に置いた。
手にとってみると、いつも訓練で使っているはずの拳銃が、とても重く感じる。
彼女はコクピットから飛び出すと、急いで駆けて行く。
予想したとおり、バイザーの男――ゲンは水辺に立ち、こちらに背を向けたまま、物言わぬステラの身体を抱きかかえていた。
「待ちなさいよっ!」
マユはゲンに拳銃を向けると、思い切り怒鳴りつけた。
「彼女をどうする気なの!?答えてっ!」
答えは解かっている。
解かっているのに、疑わずにはいられない。
ゲンはしばし空を仰いだ後、自分の背後で叫んでいる少女を見る。
彼女は大粒の涙を零しながら、震える手でこちらに拳銃を向けていた。
「……ステラ、を」
普通に答えようとしたはずなのに、上手く声が出なかった。
弱々しく、震えた、擦れた声だけが、無音の空間に響く。
少女はこちらの答えを聞きたがっており――同時に、恐れているようでもあった。
ゲンは少し冷たい空気を吸い込んで、ステラの白い顔を見つめた後、呟いた。
「この湖に、沈める」
「……ふざけないでっ!」
当然の反応だと思った。
愛する者をこんな冷たい世界に送るなんて、俺だってしたくは無い。けれど。
「ステラをこっちに」
彼女は引鉄にかけた指に力を込め、こちらを睨んでいる。
―――いつの間にそんな眼をするようになった。
頭の中を一瞬掠めた憤りにも似た疑問に、ゲンが気づくことはなかった。
- 230 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/03(水) 23:21:32
ID:???
- マユの心の中は今、憎悪に満ちていた。
どうして。なんで。ステラはこんな世界を望んではいない。
彼女が、私が望んだのは、何よりも優しく、暖かい世界。
それは絶対に、こんな冷たい灰色の世界じゃない。
なのに。なのにどうして。よりによってあなたが―――
ステラが誰よりも愛していたあなたが、そこに彼女を送るというのか。
「早くしないとあなたでも撃ちます。脅しじゃありません、私はあなたを撃ちます」
そんなことはさせない。私がいる以上、絶対に。
ゲンは表情一つ変えずに、じっとマユを見ている。長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「……なら、あんたは」
マユは拳銃を握る手に力をこめる。返答次第では、この男をこの場で射殺しても構わないと思った。
だがそんな彼女の決意は、続く言葉にかき消される。
「ステラを守ってくれるのか」
それは全く予想もしていなかった言葉――いや、本当は予想できていたのかもしれない。
それでも聞きたくなかったから。現実を認めたくなかったから、頭の中から閉め出していた答え。
「彼女はエクステンデッドだ。戦死した以上、連合に連れ帰っても何をされるかは解かっている。
そして―――お前たちザフトが連れて行っても、だ」
「それは……っ!!」
ゲンはマユを見続ける。
だがバイザー越しのその眼差しに敵意は微塵も感じられず、マユは戸惑う。
悲しんでいる……?
- 231 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/03(水) 23:23:56
ID:???
- 「お前がステラを返してくれた時」
ゲンの言葉で、マユは我に返り拳銃を構え直す。
だが彼はその様子に全く構わず、ステラを見つめて優しく微笑んだ。
「帰艦するコクピットの中でステラ、言ってたんだ。
"これからは、ゲンも、マユも、ずっと一緒"って」
マユの顔が歪む。
どうしてそんなことを言うのだろう、この男は。
愛する者を湖に沈めようとする、この冷血漢が。
マユの目から流れる涙は、更に勢いを増していた。
視界が霞む。もうまともにゲンの姿を見ることもできない。
「ステラを守ってくれて、ありがとう」
たった一言。
その一言を聞いただけで、マユの手から拳銃が落ちる。膝から力が抜けて、彼女はその場にくずおれた。
彼女はゲンが見ているにもかかわらず、四つんばいのまま地面を思い切り叩き続ける。
「ぅ……あぁ……ステ、ステラぁ……うぅ……!!」
ここに降り立ってから、必死に堪えていた嗚咽が漏れる。
ゲンはそんなマユに近づき、ステラを抱きかかえたまま、マユに語りかけた。
「ステラの心は、お前が守ってくれた」
その声は震えていた。マユは彼の顔は見なかったが、間違いなく彼は泣いていた。
「だから――こんな方法しか思いつかないけど」
彼は再び湖の方を向くと、はっきりと通る声で言った。
「彼女の身体ぐらいは、俺に守らせてくれ」
- 232 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/03(水) 23:25:45
ID:???
- 再び湖に向かって歩き出したゲンに、少女――マユが追いすがってきた。
「待って!」
ゲンが足を止めると、マユは彼の正面に回りこんだ。
「……せめて、お別れを」
潤んだ瞳でマユは彼を見つめる。ゲンが頷くと、彼女はステラの頬にそっと手を添えた。
「ステラ」
一人の人としてその名を呼んでくれる者など、そう多くはいなかった。
ゲンは目の前の自分よりもずっと小さい少女に、尊敬にも似た感情を覚える。
そして同時に、どうしようもない悲しみに押し潰されそうになる。
「先に待ってて。私もいつか、ステラと同じ所に行くから」
そう言って微笑みながらも、マユの眼からは涙が絶えず溢れていた。
しばしの沈黙の後、マユはゲンの顔を見上げると、こくりと頷く。
ステラ。
湖の辺から伸ばされたストライクMk-2の掌の上で、ゲンは想う。
どうして彼女をもっと守ろうとしなかったんだろう。
守れたはずだ。その気になれば、彼女を戦いの世界から守れたはずだ。
どうして俺は、それをしなかった。
どうしてそれをしようと、考えなかった。
「大丈夫だよ、ステラ」
ステラを横たえる。彼女の顔は白く、生気は全く感じられなかった。
「ここは少し、寒いけど……君を恐がらせるものも、苦しませるものも無い」
悔しい。
誰よりもステラを理解していると思っていた。なのに、あの少女は、自分よりもステラを余程案じていた。
俺にだってそれはできたはずだ。言葉で「守る」というよりも、実際に守ってやればよかった。
どうしてそれができなかった。
悔しい。悔しい。
「だから、安心して。静かに、ここで……」
ステラの亡骸が、水に沈む。
ゲンはもう涙をこらえることはしなかった。できなかった。
涙で滲んだはずの視界に、ステラの顔だけはハッキリと見えていた。
「――おやすみ、ステラ」
沈んでいくステラの両腕が、こちらに伸びるように広げられる。
まるで温もりを失うのを恐れ、必死に母親に抱きつこうとする子供のように。
- 233 :通常の名無しさんの3倍:2005/08/03(水) 23:28:18
ID:???
- マユはステラが沈むのを、湖の辺から見ていた。
ありがとうステラ。
たくさんの優しさを私にくれた。
生きることの意味を教えてくれた。
あなたとの出会いは、私に色々なものを与えてくれた。
悲しすぎるあなたとの別れは、私に色々なことを教えてくれた。
「見ててね……ステラ」
私は戦いを終わらせる。必ずこの戦争を、終わらせて見せる。
そのためなら……私は何とでも戦う。それが、この戦火を広げようとするものなら。
「どうしてだぁっ!!」
突如響き渡った叫びに、マユは身を強張らせる。
声の主は、漆黒の機体の掌の上で、両手両膝を着いて天を睨んでいた。
「運命よ!どうしてアウルを殺したっ!!どうしてステラを殺したぁっ!!」
先刻までの落ち着いた雰囲気からは決して想像もつかないような声を張り上げ、ゲンは立ち上がる。
「裁かれるべきならば!死ぬべきならば……他にいくらでもいただろう!!」
マユは耳を塞いだ。彼の叫びを聞くと、あまりに心が痛かったから。
「望まずに戦いを選ばされ、人を殺してきた彼らが許されぬ咎人なら、俺は何だ!?」
天を灼かんとする叫びも、やがて鈍色の空に消えていく。
「どうして最初に俺を殺さなかったんだ……貴様は!!」
マユは落ちていた拳銃を拾い上げ、インパルスのコクピットに引き返す。
最早ここに用は無い。ステラの眠る湖で、彼を撃つ事も自分にはできない。
「それとも俺に背負えというのか、この重すぎる痛みを!失った自身の一部を!!」
一瞬ゲンは叫ぶのをやめ、空を見つめる。
白い雪が降ってくるばかりの空は、どこまでも静かで、暗かった。
「…………!!」
インパルスが飛び立つ。だが彼は、その姿にすら気付かなかった。
「おおぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ただ全てを焼き尽くす怒りを込めた咆哮が、欧州の湖に響いた。