381 :1/9:2006/08/04(金) 22:23:41 ID:???
 大型輸送機内にある医務室のベッドに、男が1人寝かされている。全身に夥しい古傷が刻まれ、
傍らには仮面が置かれていた。
「では、今度も対症療法で良いのだな? ロアノーク大佐」
「お願いしますよ、センセ」
 40半ばの女医に笑みを向け、ネオは身体を起こした。病人服を脱ぎ、士官服に着替えて行く。
「しかし、これほど重度の放射線症は見た事がない。考えられるとすれば陽電子兵器だが……」
「ああ、まあ、色々無茶やった時期もあったんですかねぇ……」
 適当に言葉を濁しつつ、制服に袖を通して仮面を被るネオ。
「適当なところで任務に区切りをつけたまえ。君には3年程の療養が必要だ」
「えー、可愛いコばっかの病院なら行っても良いけどな」
「でなくば、死ぬ。もって1年」
 ふざけるネオに対し、女医は静かに宣告した。ネオの口元からも、笑みが消える。
 しばらくした後、飄々とした調子で言葉が紡がれた。
「俺はさあ、センセ……子供に、戦争させてんだよね」
「だから死んで楽になりたいとでも言うのか? それは逃避であり、あの子達への侮辱だ」
 ぴしゃりと言い放つも、女医にネオを縛る権限はない。電子カルテに入力し、ラップトップを
乱暴に閉じた。
「……ジブリール卿に、連絡入れてきます。中間報告中間報告って煩いんでね、あの方」
「そうか。お大事に、大佐」
 背を向けたままの女医に、ネオは口の中で何か呟く。そして医務室を後にした。

『やあネオ。作戦は成功したらしいじゃないか。クズ共は役に立ったかね?』
 私室の通信モニターに映ったジブリールは、何時も通り上機嫌だった。
「ええ。ウチの悪ガキも、ジン並にまで性能を落としたXXを上手く使いこなしてました」
『よろしい。実戦訓練としては成功だったようだな。マリアはどうだ?』
「被弾して機体は小破しましたが、本人に影響ありませんよ」
『なるほど……ところで、君らを基地へと帰投させるわけにはいかんのだよ』
「はあ、というと?」
『厄介事が迫っているのだ。手を打たんと、その、困る。……通信、大丈夫かね?』
 眉間に皺を寄せ、視線を横へやるジブリール。一つ頷くネオ。
「秘匿回線です。今、確認しました」
『ユニウスセブンがな、地球へと向かっている。約10時間後、大気圏に突入するだろう』
 ジブリールはそう言って、愉快気に笑った。

382 :2/9:2006/08/04(金) 22:25:50 ID:???
「何で、また? あれは100年単位の安定軌道に乗ってたでしょ」
『私にも解らん。ただ、動いている。この瞬間も。君らファントムペインにはもうひと働き
して貰うぞ。ビクトリア宇宙港へ向かえ。エクステンデッドの状態は問題ないだろう?』
 その問いに、ネオの唇が引き結ばれた。
「……ええ。初任務を終えた割にピンピンしてますよ」
『よろしい。…もしユニウスがまともに地球へ落ちた場合、二次、三次災害まで考慮に入れると、
少なく見積もっても地球人口の45%が死滅する。流石にそれはまずい』
「商売相手がいなくなる、と?」
 ネオの問い掛けに、ジブリールは口の端を持ち上げた。
『他に何があるのかね? 人が死んで儲かる時代は終わったのだ。ビジネスモデルを変えねば
ならん。さて、切るぞ。分刻みの商談が待っているからな』
 そして画面は暗転。毎度の如く、ジブリールは勝手に繋いできて勝手に切り上げてしまう。
暗くなったモニターを見て、ネオも席を立った。
「たく……何時もながら逞しいことで……」

「なースティング。元気だせって」
「……」
 ラウンジのテーブルに伏しているスティングの肩をアウルが叩く。
「そりゃさ……後半の指示はグダグダだったけど、よくやれたよ」
「……」
「スティング……」
 アウルの反対側に座ったステラが、スティングの左腕を抱いた。テーブルには戦闘記録
を納めたメモリスティックとディスプレイ、そしてボイスレコーダーが置かれていた。
「……照明弾のタイミングを間違え、MSが出た時に指示を間違え、挙句の果てに
補充要員のマリアにあんなスタンドプレーでフォローされたんだぞ、俺……」
「大した問題ではありません、スティング」
 スティングの向かいに座っていたマリアが口を挟む。
「ミスは何処にでもあります。それをリカバーするのが問題かと」
「ファントムペインにミスは許されない! ……許されないんだ。うっ……」
「すてぃんぐー……」
「あーあーダメだこりゃ」
 自分自身の言葉に落ち込んで再び突っ伏すスティングに匙を投げたか、アウルが席を立った。
丁度その時、ネオが入ってくる。
「さーダラダラは終わりだお前ら! 次の任……ど、どうしたスティング」
「気にしないでネオ。それより何の任務? また皆殺し? 面倒臭いんだよねーあれ。森に
入ってった奴ら見つけるのに2時間以上かかったし」
「いや、今回は……」
 腰に手を当て顔を上げたネオが、しばし言葉を探す。そして手を打つ。
「世界平和に関する任務だ」
 人差し指を立て、笑顔と共に告げた。

383 :3/9:2006/08/04(金) 22:28:33 ID:???
 オーブの昼は暑い。赤道に程近いこの群島は陽光が直下に照りつけ、陽炎を浮かび上がらせる。
民間用の港湾区画で、子供の面影を残した青年が汗だくになりつつ、レバーを引いて
ロボットアームを操作する。
 不調の続くクーラーに見切りを付け、窓を開け放っているがそれでも暑い。
だが吹き込む熱風は、少なくとも締め切った機内より心地良かった。
『もう上がれぇ!ヤマト!』
「いえ、これだけ……やっておきます」
 スピーカーから飛び出たがなり声に苦笑しつつ、キラ=ヤマトは停泊した輸送船からコンテナを
運び上げた。港の搬入口を往復する無人車の荷台に降ろし、それが走り出すのを確認してから
動力スイッチを切った。額の汗を拭い、ぬるま湯になったスポーツドリンクを喉に流し込む。
「……ふう」
 ヘルメットを脱いで髪をかき上げ、キラは操作室のドアを開けた

「真面目だねえ、お前は。時間外手当、出ないんだぜ?」
「けど明日の分までちょっとやっておくのは、良い事じゃないですか」
 濡れタオルで煤と油に汚れた顔を拭いた後、キラは笑顔を浮かべた。
「折角貰った仕事だし、ちゃんとしたいんです」
「家電の修理までタダでやってんだっけ? そんな余裕無いだろうに」
「大した事じゃないです。工業カレッジ出た人なら、誰にでも出来ますって」
 食堂の隅で仕事仲間と話すキラ。そこへ、エプロンを着て三角巾をかぶった少女がトレイを
抱えてやってきた。布からはみ出した桃色の髪が冷房の風に揺れる。
「A定食、お持ちしましたわ。……あいえ、お待たせ、いたしました」
 言葉遣いを直しつつ、彼女はトレイをテーブルに置いた。キラを見て表情を綻ばせる。
「今日もお疲れ様、キラ。わたくしもあと少しで終わりますから」
「うん、店出た所で待ってるよ……ラクス」
 それだけ聞くと、ラクスはいそいそと厨房へ戻っていた。
「ラクス=クライン……元、ザフトの歌姫かぁ」
「あー段々腹立ってきたわ、キラに」
「どうやってゲットしたんだこの……」
「そんな。ゲットって……」
 先程と打って変わって白けた3人を両手で押し留めつつ、キラは寂しそうに笑う。
「ラクスは……僕を哀れんでくれてるだけですよ。僕には、彼女を……」
「うるせえ勝ち組が! 下手糞な慰めは止めろ!」
「顔が綺麗だからって図に乗るなよ!?」
「え、えぇっ!?」
 言い募る仕事仲間達にキラは戸惑い、少しだけ笑った。

384 :4/9:2006/08/04(金) 22:29:49 ID:???
ヤキン・ドゥーエの戦いを終結させた『英雄達』は、その殆どが今後一切の軍務に関与しない
という誓約書にサインした後に、様々な取引を経て条件付で釈放されていた。
 運輸会社に就職したマリューとそのクルーは、旧型船を乗り回してせわしなく世界を
駆け回っている。バルトフェルドはマリューのツテを頼って貿易商を営み、赤字と黒字の狭間を
彷徨う毎日。
 アークエンジェル、バスター、デュエルは連合に、フリーダムとエターナルはプラントに
それぞれ返却された。
 ラクス=クラインは政治的配慮によって罪を不問とされたが、彼女はこれを不服とし、
『正規の作戦以外で戦艦を運用し、最新MSを奪取しプラントとザフトに被害を与えた
自分の行いは許されない』
と主張した後に自身の処刑を切望。新議長ギルバート=デュランダルは苦慮を強いられたが、
世論の影響などを理由に挙げてラクスを説得。結果的に、全ての特権を返上してオーブに
移住という形に落ち着いた。そして同じくオーブに移住したキラと再会する事になる。
 カガリ=ユラ=アスハ代表は非公式ながらキラ達を歓待し、しかるべき職業を斡旋する
事を約束したが、2人はこれを固辞。結局キラは港湾労働者、ラクスは飲食店従業員
の職を得て、アパートの一室で共同生活を送っていた。

「……今日は、荒れるな」
 晴れ渡っていた午前中とは打って変わって土砂降りとなった午後。湿気に顔を顰め、キラは
傍らのラクスを見遣った。
 バス停に並んで座る2人のほかに、待っている客はいない。
「解りますの? キラ」
「うん。港で働いてるとね。空模様で予想できてくる」
「凄い。お洗濯の時に助かりますわ」
 淡く微笑む。何気なく口元に当てた指先は洗い物でカサついていた。それを見たキラが、
僅かに声を落とす。
「ごめん……僕が、もうちょっと稼げれば良いんだけど」
「良いのです。本来、わたくしは生きている事すら許されない存在……」
「それは、僕だって」
「その上、わたくしは逃げ出したのです。逃げた者に、豊かな暮らしを手に入れられるはずも
ありません。勿論、アスランと逢う資格も」
 言葉に反して、ラクスの表情は明るい。
「良いのです。綺麗なお洋服も、大きなお家も。わたくしは……罪人です。
これ以上、何を望めましょうか……」
 まるでそうする事が義務のように、ラクスは優しげに微笑んだ。

385 :5/9:2006/08/04(金) 22:33:20 ID:???
「それは、僕だって同じだ」
 キラが目を伏せる。かぶりを振るラクス。
「あなたは違います。世界を救った。アスランと共にジェネシスを止めた…」
「違う。僕は誰も救えなかった。誰も幸せにしていない。皆を傷つけて、不幸にして、
掻き回しただけだ。何も出来なかった……力なら、持て余すほどあったのに」
 曇天の空を仰ぐ。何処か虚ろな瞳で、透明な天板に跳ねる水滴を眺める。
「平和を願って、戦争を止める為に戦って何が悪い。あの頃の僕はそう思って、正しいと
信じ込んでフリーダムに乗った。そして……大勢を、殺した」
 コクピットを狙わない事と、パイロットを死なせない事とは全く違う。推進機関を破壊され、
高空から叩き落されたパイロットの末路など解りきっている。戦場の只中で戦闘能力を奪われた
MSが敵方にどうされるか、宇宙空間で四肢を破壊され、方向転換さえ出来ない機体が
どうなるか。
 知っていた。だが、やったのだ。
「死なせたくなかったんじゃない。直接、手を下したくなかっただけだ…!」
「キラ、わたくし達は生きています」
 空を睨み、歯を食い縛るキラに寄り添って、ラクスが呟いた。
「生かされたからには、前を向かねばなりません。犠牲となった方の為にも」
「解るけど……ラクスの言う事は解るけど!」
 搾り出すような声が耳に滲みる。勿論、ラクスにも解っていた。これは、おためごかしだ。
その時、キラのポケットから耳障りな呼び出し音が上がる。目元を擦って乱暴に携帯を取り、
コールボタンを押し込む。
「はい…キラ=ヤマトです」
『ヤマト、お前MS操縦できたよな! フライトユニット付の!』
 職場の上司からだった。威勢の良い声に携帯を耳元から離すキラ。その表情に陰が落ちる。
 蒼の翼で宙を舞う鉄の巨人。それはかつての甲冑。そして消えぬ罪の跡。
「は、い……一応は」
『悪いが6番ドックに行ってくれ! セイランの若旦那が人集めてんだ!』
「でも、僕は……」
『1人でもスタッフが欲しいらしい! 頼んだぞ!』
「え、あっ」
 通話が切れる。
「やっぱり……僕は……」
 込み上がる胸騒ぎを抑えきれず、キラは携帯を握り締めていた。
「……キラ」
 ラクスの声が、雨音に掻き消えていった。

386 :6/9:2006/08/04(金) 22:34:45 ID:???
 ザフト新造艦ミネルバ。元々アーモリーワンを襲撃し、最新鋭MS3機を奪った『ボギーワン』
追跡の任に就き地球方面へと向かっていたが、ユニウスセブンの異変を受け、
急遽進路を変更
……とはならなかった。
「ボギーワンの反応が消えたのも、ユニウスの辺りだったわね? アーサー」
「間違いありません。……推進剤を無駄遣いしなくて済みましたね、艦長」
「不謹慎よ。大勢の人命が懸かっているのだから」
「あっ、し、失礼」
 ミネルバ艦長タリア=グラディスは副長を嗜め、改めて3D全天マップを見据えた。
 ユニウスセブンの速度、軌道共に、地球へ向かっている事を示しており、大気圏突入まで既に
10時間を切っている。
「メテオブレイカーと、B4弾頭の準備は大丈夫なのかしら?」
「先行しているローラシア級、ナスカ級にそれぞれ搭載されています。」
「そう……」
 奥歯に物が挟まったような表情のまま、タリアは制帽を深く被り直す。
気に入らなかった。今回の、何もかも。アーモリーワンから出航してからずっと、不快だ。
セカンドシリーズが奪われた際の状況からして不可解なものだった。まず、格納庫内部の
オートガンなど攻撃的な防衛装備は予め全て無力化され、職員はほぼ全員ろくな抵抗も出来ず
に殺害された。訓練を受けた警備兵もだ。
 更に奪われたMSを捕える為に編成された防衛隊が絶妙のタイミングで奇襲を受けた。
そう、まるで、防衛隊が何処からどれだけ来るか知っていたかのように。
 そして先程まで、機動力に優れるミネルバのみがボギーワンを追跡していた。奪われなかった
4機目の新型、インパルスを乗せて。
「そうしてユニウスに進路を取った途端、この騒ぎ……気に入らないわ」
「はっ?」
 相変わらず何処か抜けたような表情でこっちを覗いてくるアーサーに、タリアは溜息をついた。
「良いのよ、アーサー。それより、議長とアスハ代表に伝えて頂戴。本艦は間も無く戦闘配置に
つくので、ご用意したお部屋から出ないように、と」
「あ、はい」
「アスハ代表に、失礼のないようにね」
「わ、解ってますよお、そんなの!」
 小走りにブリッジを出て行くアーサーの背中を見送ったタリアは、再びメインスクリーンへと
視線を向ける。
「争いを望むのは、ナチュラル側ばかりじゃない……そういう、事ね」

387 :7/9:2006/08/04(金) 22:37:36 ID:???
「失敗したら地球滅亡、かあ。でも、不可抗力だよねぇ?」
 ミネルバのラウンジ。各クルーが集まる中、整備士の1人が発した何気ない言葉に、
『赤服』を着たルナマリアが口を尖らせる。横では、プラチナブロンドの長髪を空調で揺らす
レイと、黒髪に真紅の瞳を持ったシン=アスカがユニウスのデータを確認していた。
「あのね、不可抗力じゃ済まないって。プラント寄りの国家だってあるんだから、地球には」
「そりゃそうだけどさ。……なんとなーく、落ちた方がサッパリしそうなんだよね。俺達
プラントにとっちゃ、案外楽になって良いんじゃないの?」
「まず間違いなく、楽にはならないだろうな」
 それに答えたのは、まだ幼さの抜けない女性の声だった。先程までリラックスしていた整備兵
のヨウランが、慌てて振り返って姿勢を正す。
 黄金色の髪に、琥珀の双眸を持つカガリ=ユラ=アスハ。オーブの新代表として
この度プラントを非公式に訪れたところ、アーモリーワンの襲撃事件に巻き込まれ、
そのまま済し崩し的に乗艦している状態である。横で色の濃いバイザーを目深に被る
男はそのボディガード、アレックス=ディノだ。
「あ、あああ代表! その、ヨウランは軽い冗談で……」
「だろうな。冗談でなくては困る」
「はは、は……」
 薄っすらと笑うカガリに違和感を隠せないザフトの面々。事前の情報では、
正義感で何処までも突っ走る、よく言えば熱い女性、悪く言えば暑苦しい女性と知らされていた
からだ。実際に会った彼女からは、そんな様子は一切伝わってこない。
「地球にはオーブもある。ザフトの諸君には頑張って貰わねばならない……」
「御心配なく、代表」
 棘を含んだ冷たい声。全員の視線がシンへと吸い寄せられる。それに気圧される事無く、シンは
平然と言葉を続けた。
「ミネルバは精鋭が揃っています。ミスは起こしません。……貴女とは、違う」
「シン!」
 ルナマリアに制止されるも、シンの視線は変わらない。そんな彼を見ていたカガリは、
ゆっくりと口を開く。
「君は……オーブの、出身者か」
「ええ。……俺はシン=アスカ。家族をアンタたちアスハに殺された、いまどき珍しくもない
戦災孤児ですよ」
「……代表、下がって下さい」
「いや、構わない」
 2人の間に入ってこようとするアレックスを押し留め、カガリは一歩進み出た。
 紅と金が交錯する。

388 :8/9:2006/08/04(金) 22:39:05 ID:???
「そうか。それは済まなかったな、シン=アスカ。私も父を失った」
「一緒にしないでくださいよ、代表……そっちは好きで死んだんでしょ。あなたの父は閣僚を
道連れにして、元ゲリラのあなた自身は宇宙へ逃げた!!」
 犬歯を剥き出して、シンが吼える。その言葉と眼光を正面から受けるカガリ。
「挙句、よくも……オーブの事を言えますね。御自分の指示で国民が死ぬのは構わなくて、
上から落ちてきた物に潰されるのはお嫌ですか! それがオーブの理念!?」
「シン、そこまでだ」
 更なる憎悪を吐き出そうとしたシンの滾りに、レイの言葉が冷水を浴びせた。
顔を上げ、我に返ったようにしばし呆然となったシンが、カガリに対し一歩下がる。
 その瞳には、変わらぬ敵意を燃やして。
「それ以上は……お前の値打ちを下げるだけだぞ、シン。」
「あああぁ、アスハ代表!! 此処にいらしたんですかぁ!」
 凍りつきかけた場の雰囲気を、アーサーの能天気な声が吹き飛ばした。
「間も無く戦闘配置につきますので、どうぞ此方へ! トイレもシャワーもありますから!」
 アーサーによって案内されるカガリ。アレックスがその後に続く。その後ろ姿を、シンが
睨み付けた。
「アンタに言われなくたって……やり遂げてみせる!」

「カガリ……あまり、気にするな。家族を失えば大抵ああなる……」
 部屋に通されたカガリは、同じく入ってきたアレックスの言葉に口元を笑ませた。
「気にするなと言われても、それは無理だな。私への言葉、何一つ偽りは無かった」
「カガリ……」
 アレックスがバイザーを取る。かぶりを振った。
「あれは、お前だけの所為じゃない」
「いいや、今となっては全て私の所為だ。私は代表なのだからな。全ての責は私にある。
それに私は……指揮を取っていた者の1人だ」
 至って冷静な口調でカガリは続ける。小窓から見える星の海を見遣った。
「私は……『中立』という概念について、とんでもない思い違いをしていたのだ。
だから、さっきのシンを含め、大勢を犠牲にしてしまった」
「思い違い……?」
 アレックスの不思議そうな声に、カガリは一つ頷いた。
「私は、中立はオーブの理念だと思っていた。だが違う。中立とは……」
 アレックスに振り返り、表情を見せないまま言葉を紡ぐ。
「力であり、父ウズミ以前から築き上げられて来た『地位』だったのだ……」

389 :9/9:2006/08/04(金) 22:41:06 ID:???
「カガリ……」
「あの時に認識すべきだった。オーブのような小国が、何故中立を保ち続けていられたのか、
何故『平和の国』でモビルスーツが開発されていたのか、気付くべきだった」
 堰を切ったように、これまでの全てを振り払うようにカガリは言い募る。
 項垂れ、どこかにすがるように、その両手が伸ばされる。しかしアレックスの肩に触れる寸前で、
固く握り締められた。
「父が、その地位を守る為にあらゆる手を使ってきた事を、私は認めるべきだった。
理念という砂糖菓子を口にするまでに、一体どれだけの時間と!血が!費やされたのか!」
「…………」
「私がもし真っ当に為政者としての道を歩んでいれば、恐らく終生奇麗事で済ませられたろう。
だがもう遅い。私は時間を浪費した。私の物でない血を流した。最早、退路はない」
 カガリがゆっくりと顔を上げる。口元に浮かんだ笑みに、アレックスは悲しげな表情を見せた。
 犬歯を覗かせ、琥珀色の瞳に陰を落としたカガリは、肉食獣にも似た雰囲気を纏っていた。
「アスラン……いいや、アレックス。私は、あらゆる手を使うぞ」

「レイ、ルナ……さっきは、悪かった。それに助かった……有難う、レイ」
「気にするな」
「気にしなさいよ! まったくねえ……あわや国際問題よ? もう……」
 ミネルバのハンガーに、赤いパイロットスーツを着込んだ3人が入ってくる。
「いや、本当に……どうかしてた。赤服らしくない取り乱しぶりだった」
 気まずそうにこめかみの辺りを掻くシン。
「辛い別れを経験すれば、当然だ。アスハ代表も、その辺りは理解していたようだな」
「は? アイツが?」
「だから、無神経な言葉と態度でお前に接した。お前が、思う存分罵る事が出来るように」
 レイの淡々とした口調に、シンの口元が不満げに歪んだ。
「……ふーん? そう、か?」
「細部の判断はお前に任せる。それより、早く準備してくれ」
「ああ…! じゃあ、先に行ってる!」
 コアスプレンダーへと走っていくシンを見て、レイも白く塗装されたザクへ
向かう。
「でも、初めて聞いたな。シンの……昔の事」
「自分の不幸話を喧伝して歩くような奴じゃないからな、シンは。それに……」
「それに?」
 わざわざ足を止めて、顔を覗きこんでくるルナマリアに少々面食らいつつ、
レイは続ける。
「まだ、俺達を信頼しているわけじゃないんだろう」
「えー!何それ!」
「ともかく、ルナマリアも急げ」
 キャットウォークを通ってザクのコクピットに滑り込んだレイは、独りごちる。
「嫌な……感じだ。何事も無ければ、良いが……」