147 :1/10:2006/08/24(木) 19:05:06 ID:???
 太平洋の雲上、月光の下、澄み切った闇夜をジブリールの自家用ジェットが飛んでいく。装甲板を
随所に貼り付け、各部に可動式のスラスターを装備したその機体はモビルアーマーと大差ない。
 機内には量子通信設備が置かれ、何時いかなる状況でも市場へのアクセスが可能である。
最低限の生活に必要な家具が詰め込まれ、居住性は最悪の一言。しかし随行させられる秘書は
ともかく、ジブリールにとって住み心地はまるで問題でない。
「なに…コスト!? この地球存亡の危機においてコストのお話ですか?!」
 口角泡を飛ばしかねない勢いでまくし立てるジブリールに、モニター越しの
ジョセフ=コープマン大統領は慌てて言い直した。
『い、いや、シェルターと非常キットには適切な価格があるのではないかと…』
「あなたのビジネスパートナーであり『親友』でもあるこの私を信じられないと?」
『そうではなく! だ、大体、プラント寄りの国家まで援助する余力は!』
「ご冗談を。地球連合を代表する大西洋連邦、大統領閣下のお言葉とは思えませんな」
 鼻で笑った後、インスタント食品のカップに熱湯を注ぎつつジブリールが
ふんぞり返った。
「経済の力でプラントの機先を制する。当然の戦略でしょう?……来年の選挙を期に、
政界から身を引かれる決意をなさった、というなら話は別ですが?」
 口調は丁寧だが敬意の欠片もないジブリールの脅迫に、恰幅の良いコープマンの表情が
一気に青ざめる。
『解った……解りました。直ぐにサインして、其方へ送ります。今すぐ!』
「……確認致しました。お買い上げ有難うございます。素晴らしい御英断です閣下!
まさに地球連合こそ、人類を導く強く優れたリーダーに相応しく……」
『くそ……MSより高価なシェルターだと……くっ!』
「我ら『ロゴス』も微力ながら国際社会への貢献を果たす事が出来、これに勝る幸福は…
あ、切ったな」
 怒りに歪むコープマンの顔が硬直し、画面がブラックアウトするのを見たジブリールが、
溜息混じりにプラスチックのフォークでヌードルを巻き取る。
「良い歳して財布の中身を誤魔化すからだ。武器だけ売ってやるとでも思っていたのか?」
「ジブリール卿、間も無くオーブに到着致します」
「もうそんな時間!? ああ、昼食が……」
「……今は真夜中ですが」
「良いのだよ昼食で。最後に食べたのが朝だから。それより、君も準備したまえ」
 ジブリールは立ち上がり、後ろにかけてあったレインコートを掴む。
「オーブのセイラン家との会見だからな。……傘は止めておけ。『下』は嵐だ」


148 :2/10:2006/08/24(木) 19:06:25 ID:???
 横殴りの暴風が吹き付けてくるオーブ上空で、シュライクを背負ったM1アストレイが避難民を
誘導している。ヘリの飛べないこの悪天候下で安定したホバリングをやってのけ、かつ地上の
監視が出来るのは、限られた、経験を積んだエースパイロットのみ。否、例外はいた。
「36号線で混雑が発生してます! 橋の傍の合流地点です!」
『何だと!?そっちのシェルターに余裕は無い! 放送で伝えた!』
「情報が入り乱れてるんですよ! きっとデマも飛び交ってる!」
 慣れぬ機体に手間取りながら、キラは灰色の海に浮かぶ、群島を繋いだ白い橋を見下ろす。
その瞳に浮かぶのは憔悴感。ユウナ=ロマ=セイランの要請を受けてM1に乗り込んだ際、
他のパイロットから聞かされていたからだ。国民を全て収容するだけのシェルターは無い。
人口の3%は運任せになる、と。
「助けるんだ……少しでも!」
 車のテールランプが溶岩のように連なり、その脇を小さい人々が通り抜けていく。
 見間違えようのない桃色の髪が一瞬垣間見えた。小さな子供の手を引いている。
キラの喉が震えた。
「ラクス! そっちは……!」
 外部音声で呼びかけようとし、寸での所で思い止まる。自分は今、オーブ軍の一員として
見做されているといって良い。この状況下で彼女個人を呼び止めればパニックが起きる。
「くっ……! 僕も……あそこに居るべきなのに!!」
 コンソールに拳を叩き付ける。
「どうしてユニウスが…! どうして僕はこんな所で……っいや!!」
 唇を噛み締めつつ、キラはスピーカーのスイッチを入れて録音メッセージを流す。
『速度を一定に保ってください。シェルターは充分な数があります。落ち着いて……』
 吐き気さえ催してくる。MSに乗るのが上手いだけの自分に、果たして何が出来るのだ?
「少しでも多く、少しでも……ッ!?」
 背筋を寒気が駆け上がる。戦場で敵にロックされた時のような不快感と恐怖が鳩尾の辺りに
滲み、拡がる。
「何だ、これは……なにが……」
 息苦しい。視線は橋に張り付いたまま。その時、空が光り稲光が走った。咄嗟に操縦桿を
倒して急降下し、機体を橋へと飛ばすキラ。
 嵐と過剰な交通量で微妙に歪んでいた橋の一端を落雷が直撃する。最悪のタイミングで
加えられた一撃は、老朽化した合金製のワイヤーを数本焼き切った。橋全体が大きく波打つ。
 次の瞬間に予測され得た最悪の破局は、しかし、訪れなかった。

149 :3/10:2006/08/24(木) 19:08:36 ID:???
「こちらキラ=ヤマト! 第3大橋で重大なトラブルが発生! 応援を求めます!」
M1の両腕が、ワイヤーが外れた場所をしっかりと支える。ミリ単位の機体制御でシュライクの
ローターが唸りを上げ、絶妙な調節によって機体を宙に『固定』させた。
膝上まで海に浸かった事によって襲ってくる揺れは、ペダルを踏みしめて耐える。
外部音声のスイッチを入れた。
『大丈夫……大丈夫です! 今の内に渡って下さい! 足を止めないで! 車からは降りて!』
 胸の奥を絶望が支配する。大丈夫でない事は、キラ自身が良く解っている。
MS1機のパワーで、そう何時までも橋の一箇所を支えていられるわけがない。結果は見えている。
 僚機は位置的に間に合わない。ただでさえ少ない人員をオーブ全土に拡散させているのだ。
ユニウスセブンが落ちてくるという情報だけで起こったこの混乱は、既に全世界に蔓延している。
 どうしようもない。その言葉が人々に圧し掛かっていた。
「ダメだ……パワーが、足りない……っぅ」
 濁った雨水がツインアイの溝を伝って涙のように滴り落ちる。杖に縋るように操縦桿を握り締め、
コクピットの中のキラもまた悔し涙を流す。もう3分も保たないだろう。メインモニターの端に、
 親を探して泣く子が見えた。人の波に押し倒される老人が見えた。
 シュライクの唸りが悲鳴に変わり始める。ローターが白熱し、叩き付ける豪雨に白煙を噴く。
機体が僅かに傾いだ。その僅かな揺れは橋に伝わり、悲鳴があちこちで上がる。
あと僅かでその悲鳴が絶叫へと変わるだろう。
「耐えろっ……耐えなきゃ……『また』死んじゃうんだぞおぉっ!」
 出力が限界を超え、腕部モーターにパワーが届かなくなる。泣きじゃくる
キラの視線が、レーダーの光点に落ちた。ほぼ同時に、音が聞こえた。
吹き荒れる風の音を掻き消す、ジェットエンジンの力強い咆哮が。
 橋を捧げ持ったまま海中に没しかけるM1の傍らに、高機動フライトユニット
『ジェットストライカーパック』を装備したダガーLが滑り込み、代わりに橋を押さえる。
後続の3機もそれに続き、計4機が橋のそれぞれの部分を支え直した。揺れが収まる。
国際救難チャンネルが開かれた。
『……シワギ、カシワギ!! 艦に戻ってリペアキットを持って来いッ!!一番でかいサイズだ!
柱が梱包されてる奴だぞ! おいそこのM1! 一旦陸に上がれ! 沈んじまう!』
「……?」
 泣き濡れた顔のまま、キラは背部カメラの映像を呼び出す。
 イージス艦を軸に据え、ジェットパックを装備したダガーLが上空を護衛する輸送艦隊が、
荒れ狂う波を蹴立てて近づいていた。

150 :4/10:2006/08/24(木) 19:10:58 ID:???

『キラ君! キラ君よね!?』
「ラミアス……さん?」
 涙を乱暴に拭うキラ。パワーダウンしたシュライクを再起動させ、騙し騙し海面を滑る。
浅瀬に脚部を取られ、M1はへたり込むように機能を一時停止、セルフメンテナンスモードに
入った。その傍に旧型の貨物船がやってくる。マリューが運用する民間船だ。
『此処にいる人を、反対側の島まで送らなくちゃならないの! 手伝える!?』
「でも、シェルターはもう無いんじゃ……」
『持ってきてくれたのよ、地球連合が! 今突貫作業で設置してるわ!』
「連合軍が?」
 2年前に大挙して押し寄せ、オーブ軍と激戦を繰り広げた彼らが何故? その疑問は当然
浮かんだが、気にしている余裕も無い。
 しかし、統制の取れない民間人はそう上手くいかなかった。
「何で連合軍が!」
「まさかこの時を狙って……」
「オーブから出ていけ!」
 何者かが投げつけた空き缶が、橋を支えるダガーLのバイザーに当たった。
『っああくそ! 解っちゃいたがメンドくせー! 2、3人ミンチにして黙らせるか!?』
「そんな、やめてください! 絶対にっ!」
 毒づく連合兵に悲鳴じみた声を上げるキラ。しかし彼にどうにか出来る事でもない。
時間は浪費され、状況が刻一刻と悪化していく。と、その時。
「――皆様」
 パニック寸前だった100を超す人々は、嵐が止んだ錯覚すら覚えた。
 子供から離れた一人の女性が、缶を投げつけられたダガーLの前に立つ。目の粗い、すり抜けて
しまいそうな安全フェンスに背中を預け、両腕を大きく開いて注目を集めた。
汚れた安物のワンピースは橋の金具にでも引っ掛けたか裾が破れ、桃色の髪は潮風と海水の
飛沫で酷い有様。暴れた避難民に殴られたか、唇の端が切れて赤が滲む。
 しかし、それでも尚。
「皆様。わたくし達は、今此処で命を散らすべきではありません」
 その場にいる全ての人々の意識は、ラクス=クラインに集中した。
風に煽られた髪が深蒼の片目を覆い隠す。
「此処に集まった全ての方々は、今、皆様を救おうとなさっています。過去、未来は
わたくしには解りません。けれども今この瞬間だけは解ります。この連合の方々は、
わたくし様を救う為に危険を冒していらっしゃいます」
 歌姫として、苛烈なまでのトレーニングを受けたラクスの声量はオペラ歌手に匹敵する。
拡声器無しで橋に揺られる人々全てに、喚き声ではない淡々とした、しかし腹の底に響く
声が伝わっていった。
「ですから皆様、どうか、どうか落ち着いて、避難の指示に従って下さい。
今を生き延びましょう。再び大切な人と笑い合う為に」

151 :5/10:2006/08/24(木) 19:13:38 ID:???
 先程まで興奮し、混乱し、錯乱しかけていた群集が、ラクスのその言葉によって鎮静化する。
そして、歩き出した。渋滞で立ち往生していた車から降り、橋の中間で二手に別れ、粛々と。
 通り過ぎる人々がラクスを見る目には信頼があった。敬意と解釈しても良い。
「やめて……」
 胸を押さえ、聞かれぬような小声で呟く。双眸に自己への嫌悪を湛え、
ラクスは身震いした。
 昔から、こうだ。自分が意思を込めて言葉を紡げば、人々はそれに従う。
間違った事を言ったつもりは無いけれども、それでも、これは異常だ。
 今の自分には何の権威も無い、ただの飲食店のパートなのだから。
「わたくしを、そんな風に見ないで……」
 幼い頃から自覚し、ちょっとした便利な道具としか考えて来なかった自分の『素質』は、今や
得体の知れない醜悪な怪物となってラクス自身を蝕んでいた。
 確信がある。あのままプラントに留まっていれば、何時か自分は過ちを犯し、人々を惑わし、
破滅の道へと突き進ませていただろう。誰も自分を正す事が出来ないのだから。
 世界はあなたの物、あなたは世界の物。
 憎悪と恐怖と羨望と愛情を込めた母親の言葉が、ラクスの心に氷の棘となって食い込んでいた。
「お母様、違います……わたくしは……」
 吹き付ける風も海水の飛沫が、うねる雷雲が何処か遠い。
「わたくし、は……」
 システムを復旧させたM1が立ち上がるのを見つつ、ラクスは再び子供の手を取り、逃げるように
群集の中へ消えていった。

「ロゴスの力がどんな物か解る良い機会だったろう? ユウナ」
「そーですね。『買物』が間に合って良かった」
 オーブ行政府屋上に設置されたエアポートに、レインコートを着た親子が立ち、
間も無く降りてくるジブリールの自家用ジェットを待ち構える。
 海上に展開された連合艦隊を見下ろすユウナ=ロマ=セイランは低い笑い声を上げた。
「全世界規模で彼らの力が働いているようです。諸国家に『特別価格』で援助物資を
押し売ってるとか」
「世界を裏で操るというのは与太話では無い。今後世界を制するのは彼らのような
商人だろう。金儲けの機会を見逃さん、ロード=ジブリールのような……」
「カガリが、それを理解してくれると良いんですが」
「ご理解を得られなければ、『事故』に遭って頂くかもしれんな」
「困るなあ、もう」
 父ウナト=エマ=セイランに苦笑し、ユウナはジェットエンジンの音に顔を上げた。
オーブ五大氏族、セイラン家。アスハの補佐として甘んじてきた一族の力が今、
暗がりの中で鎌首をもたげていた。

152 :6/10:2006/08/24(木) 19:17:00 ID:???
 ソロネがユニウスに空けた大穴に艦底を覗かせたミネルバ。下部のCIWSでカオスとアビスを
牽制する。いかに堅牢なPS装甲といえど衝撃を吸収する事は出来ない。更に言えば、
PS装甲の施されていないセンサー部分や関節への被弾は致命的だ。実弾無効と銘打っては
いるが、機銃掃射に対してはどの道、回避あるいは防御行動を取る他ない。
 2機は穴の縁、あるいはその数を大分減らした遮蔽物の影に隠れる。其処をファントムペインと、
補給を終えたミネルバのMS隊が追い詰める。状況は確実に好転し始めていた。
『良いぞ! これなら仕留められる!』
 イージスMkUの高エネルギーライフルから放たれたビームを受けたアビスのショルダーアーマー
が高熱でしなり、開閉機構が壊れて半開きとなる。飛び交うエグザスのガンバレルがビーム刃を
灯してその周囲を飛び交う。誘導ワイヤーが光を弾いて輝いた。
 胸部ビーム砲に光が集まるも、高初速で放たれたランサーダートが砲口に突き込まれかけ、
慌てて無理な回避機動を取る。
『させない……!』
 重砲撃機体ゆえに大振りな動きを強いられるアビスを、機動性に優れたエグザス、イージスMkU、
ブリッツMkUが、縦横無尽に飛び回る事で強みを発揮するカオスを、『面』の攻撃に長けた
バスターMkUと汎用型のデュエルMkU、そしてミネルバの部隊がそれぞれ
分断し各個撃破する。
 スティングとレイの目論みはこれまでの所、完全に近い形で上手くいっていた。
『チッ……しぶとい! 大体、何でエネルギー切れを起こさないんだ?』
『ザフトのセカンドシリーズには、インパルスと同じシステムが備わっている。
ただ、デュートリオンとは違うようだが……』
『何とかしろってんだ! 元々お前らのもんだろ!?』
 何処までも冷静なレイにスティングが噛み付く。
 援護の無い、チームワークもない2機はしかし、見事としか言いようの無い巧みな機動で
直撃を避け続けていた。本来ならば、とうの昔に撃墜出来ている。
 そしてスティングの心配事はそれだけではない。
『マリア! そっちの状況はどうだ!』
『……』
『マリア!!』
『あっ……依然、変化ありません……』
『頼むぞ、おい……』
 ミネルバのMS隊と接触して以来、心此処に在らずといったマリアの様子に、
スティングは行儀悪く舌打ちした。
『どうしたんだよ、マリア……』
『運命の人に出会ったとか』
『私語は謹んでくれるかな、大佐!?』
『了解、小隊長♪』
 小さく敬礼してみせるネオに、スティングは眉間に皺を寄せつつ気を吐いた。

153 :7/10:2006/08/24(木) 19:19:16 ID:???
 信じられない。
 体内に埋め込まれた制御チップが無ければ半狂乱になっていただろう。
 目の前で、インパルスと呼ばれるMSに乗って戦っている男の名前はシン=アスカであり、
声も、あの時と殆ど変わっていない。しかし、そんな筈は無いのだ。
「どうして……? お兄ちゃん……は、私が……殺し……イヤ……!」
 自分の身勝手さで死んだ筈だ。転がった携帯電話を拾ってくれと駄々を捏ねた所為で。
 『罪の証左』を眼前に示された事でチップが機能不全を起こし、『マリア』は『マユ』に還る。
モニターに映された数字が読み取れない。ロックオンマーカーが見えない。トリガーが
引けない。操縦桿が固い。ペダルが重い。
『ちょっ……マリア!!』
 アウルの声が聞こえ、棒立ちとなったデュエルMkUにカオスが迫った。
新緑の機体がモニター一杯に広がり、高エネルギーライフルの銃口が深淵を覗かせる。
 閃光、衝撃。弾き飛ばされたデュエルMkUが壁に機体を打ちつける。
目の前に自分を庇ったインパルスの背中が見えた。フォースシルエットの右半分を融解させられ、
 左目を高熱で白濁させたシンの乗るMSが、カオスの前に立ちはだかる。
『……インパルスのバッテリーは、デュートリオンで回復してる。機体の調子が悪いなら、
アンタは無理せずそっちの艦に戻ってくれ。此処は大丈夫だ』
「あ……」
 嫌味の無い、気遣いと気負い故に紡がれるシンの言葉に、マリアの意識がクールダウンしていく。
 自分は何だ? 疲れて歩けない弱く小さい『オンナノコ』のままか? 違う。
エクステンデッドだ。兵器だ。兵器とは? 理不尽な暴力から、大切な人を護る為の
道具。
 ならば。
 ならば、やる事はひとつだ。
「申し訳ありません、シン。ですが、問題ありません」
 チップが再起動し、『マユ』は『マリア』を鎧う。再び襲い掛かろうとしたカオスの足元を
ルナマリア機のオルトロスが削り取った。
『射撃は苦手だけどねえ、自分の立場くらい、わきまえてるわ!』
 高出力ビーム砲の役割は的に当てるばかりではない。何時狙われるか解らないという恐怖、
プレッシャーを、有効射程内の敵に与え続ける事が出来る。
 格闘戦に長けるルナマリアにとって、『脅し』は得意分野だ。
 援護射撃を受け、デュエルMkUが前に出る。アサルトライフルにグレネードを装填し、
赤いツインアイが瞬いた。
『行きます』

154 :8/10:2006/08/24(木) 19:21:50 ID:???
 レイ機の両肩が開き、ファイアビーミサイルが放たれる。大部分をかわし、一部を盾で受け止める
カオス。PS装甲ならではの耐久力は、しかし最早問題ではない。
『ほら、そこぉ!』
『逃がさないわよ、この泥棒っ!』
 障害物から半身出したバスターMkUの脚部ロケットポッドが、出力を絞ったオルトロスが
カオスの周囲で弾け、回避を余儀なくされる。
『……!』
 追いやられたカオス。それに狙いをつけるのはデュエルMkU。ビームアサルトライフルの
連射がカオスの顔面、右足のビームブレイドを焼き潰す。高エネルギーライフルを撃ち返すも、
センサー系の集まった頭部をやられた以上、精度は極めて低い。軽く身を捻らせるだけで
避けるデュエルMkU。
機体性能と操縦技術で補える物量差など、タカが知れているのだ。
『うおおおぉっ!』
 被弾しつつ攻撃を振り切ろうとするカオスの正面にインパルスが飛び込む。
抜き放ったビームサーベルを袈裟懸けに叩き付けた。
カオスもサーベルを抜いたが、渾身の力で振り下ろされた一撃に弾かれる。右肩から腰に
かけて浅く切り裂かれ、破損各部から火花が散った。傷口周辺の装甲がグレーに変色する。
『よし、出力が落ちてる!』
『駄目です、シン』
 マリアの声が、嵩にかかって追撃しようとしたインパルスを踏みとどまらせた。
 中破しながらもMAに変形したカオスが、スラスターを全開してインパルス
を突き飛ばす。その鼻先に2基の機動兵装ポッドを残して。

『うおぁっ!?』
『ネオ! ……くっ』
 エグザスを体当たりで押し退けたアビスが、全く同じタイミングでカオスに追いつく。
破損した両肩のショルダーアーマーが無理矢理押し開かれ、連合、ザフトの8機をチャージ光が
照らし出す。
『ロアノーク大佐! 本艦の影へ!』
『ちっ! 奴ら……』
 狙いをつけないビームの乱射がユニウス内部で荒れ狂い、兵装ポッドから放たれたミサイルの
奔流が炎の渦で内壁を焼き尽くす。もしシンがそのまま前に出ていれば、アビスとカオスの
一斉射撃を一身に受けて大破していただろう。
 大爆発が収まった後、デュエルMkUが表面の焼け爛れたシールドを下ろし、
インパルスがストラップ部分だけになったそれを投げ捨てる。
2機に庇われたその他には、幸いにも重大な損害が出なかった。
 カオスとアビスの姿は既に無い。離脱したのだ。
『……たった2機で8機の包囲網を破るとはな。大した物だ』
『カオスの方、ポッドには慣れてなかったみたいだけどな。ま、俺のガンバレルと比べちゃ
可哀想か?』

155 :9/10:2006/08/24(木) 19:24:42 ID:???
『その紫色の物体も生き残ったようで、何よりだ』
『……言ってくれるねえ、白い坊主くん』
『ケンカすんなよ、オイ』
 スティングが仲裁に入ろうとした時、通信モニターにイアンが映し出された。
『連合、ザフト双方に伝達。B4弾頭の設置作業は完了。200秒後の起爆に備え、大至急
ユニウスセブン内部、及び表面より離脱せよ、との事です』
 その通信に、皆が無意識の内に安堵の息を漏らした。
『なあ、リー。セカンドシリーズってもう1機いなかったか? ガイアとか…』
『此方にも情報が入った。ザフトのジュール隊がガイアと交戦していたが、離脱されたらしい』
 レイが代わりに答える。
『ちなみに、双方の犠牲者はゼロだそうだ。作戦は、完全に成功したようだな』
 完全に成功。その言葉に眉間に皺を寄せるスティング。確かに結果だけ見ればそうだ。しかし、
納得は出来かねる。タイミングの良すぎるセカンドシリーズの撤退といい、ザフト旧式MSの
余りに稚拙な動きといい、『勝った』というより『勝たされた』感は否めない。
 ミネルバが離脱した破孔からソロネが浮かび上がり、MS隊が後に続いた。
「ん?」
 イージスMkUのセンサーが何かを拾い、スティングがサブモニターに視線を移す。
「ミラージュコロイド・ディテクター……? 消えた…誤作動かよ。新装備はこれだからな…」

 ガイア、アビス、カオスを収容した不可視の戦艦が、身を横たえていた岩肌から
ゆっくりと離陸する。慣性に任せ、滑り出すようにユニウスセブンに空いた亀裂から宇宙へと
抜けていった。

『全機、ユニウスセブンからの離脱を確認。B4弾頭、起爆準備完了』
「何よりだ。30秒後に起爆する」
 連合艦隊提督は、予想以上の出来に胸を撫で下ろしていた。ザフトからの最新情報もさる事
ながら、ミネルバチームの強行軍とソロネの大立ち回りによる陽動が無ければ
間違いなく犠牲者が出ていただろう。今回は幸運に恵まれた。
「ザフトと共闘など可能なのかと疑問だったが……面倒事も無し、か。死者が出なかった
お陰だな」
『起爆します!』
 ユニウスセブンの表面に幾つもの亀裂が走り、其処から閃光が弾けた。

156 :10/10:2006/08/24(木) 19:28:23 ID:???
 通常、スペースコロニーなど巨大な人工天体には、パージポイントと呼ばれる箇所が存在する。
大規模な修理、増改築あるいは破棄の際に無用な手間を省く為、ある一箇所を正しい手順で
破壊すると、各接合部が自動的に外されて、部品単位にバラバラになるのだ。
資源のリサイクルを効率的に進める為の機能でもある。
 核ミサイルによる破壊と、それに伴う劣化が進んでいたユニウスセブンだったが、正確な
構造データがザフトのサトー隊によってもたらされた為に、作業の遅延は発生しなかった。
 半分になった砂時計の表層に亀裂が走り、幾何学パターンを描きながら剥離。
まるで数万年の年月が一瞬で過ぎ去るかのように崩れていく。
デブリの殆どは地球を反れ、そうでない物も全て燃え尽きるか、飛石のように
地球の重力から跳ね飛ばされるサイズだ。
 先の戦争の始まりとなったその墓標の終焉を見送る人々の心情は、様々である。
ダガーLのパイロットが、細切れになっていくそれに目を伏せて敬礼を送った。
 ゲイツRのパイロットが、其処で永遠の別れを告げた両親の名を囁く。
 ナスカ級のブリッジオペレーターは、これで良い、と自分に言い聞かせた。
「…………飛散物の影響が納まり次第、全機を収容。地球へ帰還する」
 デブリ群が艦体にぶつかる音を聞きながら、イアンは敬礼を終える。
「死者を優先し生者を蔑ろにする事は出来ん。……他の手段を取れなかった事は、遺憾だが……」
『ユニウスのコア・モジュール、健在です!』
 その報告に両軍が震撼する。制帽を被り直そうとしたイアンの手から、それが零れ落ちた。
「……なに?」
『減速もしていません! さ、作戦は……っ失……』
「黙れ!! ……MS隊を外部ハーネスに固定しろ! エグザスは収容!」
 恐慌状態に陥りかけた部下を一喝し、無理矢理正気に戻らせる。
 無数のデブリの中に、それは見えた。元の3分の1ほどのサイズまで落ちた
ユニウスが、ゆっくりと回転をかけながら地球へ向かっていく。幾分スリムになったその
残骸は、古代の攻城兵器である破城槌を想像させた。
「原因は何だ!?」
『弾頭の1つが不発だった模様です! しかし……しかし有り得ません!』
『リー、追いかけよう』
 何時もの如く飄々としたネオの言葉がブリッジに響く。顔を上げたイアンが帽子を拾い、
何時もの如く目深に被り直す。
『直前の点検はした。弾頭自体は生きてる筈だ。追いかけよう。追いかけてって、カチ割ろうぜ』
「仰るまでもありません。ソロネ、最大戦速!」
 メインエンジンが爆発したかのような閃光が迸り、ソロネはデブリを蹴散らしながら
ユニウスへ食らい付いていった。