- 356 :1/12:2006/09/19(火) 18:27:23 ID:???
- イアンは制帽を脱いで艦長席の傍らに掛け、ノーマルスーツの多層ジッパーを荒っぽく
首元まで引き上げた。
「総員!
ヘルメットを着用しスーツの気密確認急げ! その後、第1、第2エリアを急速減圧!
ブリッジ遮蔽と同時にVRスクリーンを起動!」
「総員、ヘルメットを着用し……!」
オペレーターの声が続く。
漆黒の宇宙が、見えない。ブリッジの展望窓一杯に映るのはユニウスのコア・モジュール
と、相対速度によって暴風雨のように襲い掛かる岩塊と、パージされたユニウスの部品だ。
展望窓の両端から装甲シャッターが現れて窓を覆い隠し、正面にCGモデルで描画された映像が
浮かび上がる。
「操舵手!
スピードを上げられんか!?」
「無理です! これ以上の加速はレールガンの一斉射撃を浴びるようなものですよ!」
「では当初の計算通りか。破壊作業には10分も割けん……!」
「艦長!!」
「何だッ!!」
次々と明らかになるバッドニュースが、自分達を嘲笑っているかのようだ。歯噛みしつつ、
ノーマルスーツの通信機に叫ぶイアン。
「ミネルバを本艦後方に確認! 距離200! MSを1機発進させました!
識別信号……インパルスです!」
『良いかい?
シン。フォースインパルスはデブリの中で機敏に動けるけど、君に
ヒロイックな活躍は期待してない。連合のMS部隊の近くまで行って、其処にいたという
ポーズを取って欲しい』
ミネルバ副長アーサー=トラインの言葉に、シンが不機嫌顔で頷く。
「何度も言われなくたって分かってます。其処にいて、協力してるように振舞え、でしょ」
『そうだ。映像は逐一撮影する。この作戦後の事を考えなくてはいけない』
アーサーの言葉は尤もである。今回の事件は、不自然なほどザフトにとって不利な要素が
揃っていた。ユニウスセブンに潜伏していたのは旧式のザフトMSだし、それに混じって
いたのはアーモリーワンで強奪されたザフトの最新鋭機。極めつけに、コア・モジュールに
弾頭を仕掛けたのはザフトの作業班だ。
「いっそ、何もせずに引っ込んだ方がイメージダウンしないと思うんですけど? ミネルバには
まだ議長も……アスハも、乗ってるしさ」
『それは映像の加工編集でどうとでもなる。……あの御三方を脱出させ損ねたのは、
こっちのミスだけどね。とにかく、頼んだ』
「了解……行きます!」
フォースシルエットのノズルに光が集まり、加速。デブリを避けつつ、地球へ落ちていく
ユニウスセブンを追った。
- 357 :2/12:2006/09/19(火) 18:28:36 ID:???
- MAに変形し、正面の暴露面積を抑えたイージスMkUが、高エネルギーライフルの
照準器をユニウスセブンに向ける。機体各所から小刻みにスラスター光が噴き出し機体の向きが
調節され、スコープが淡く光った。
「ネオ、良いニュースと悪いニュースがあるが、どっちから聞きたい?」
『そんなレトロなフレーズ何処で覚えた? ……良いニュースから』
「ユニウスセブンの回転速度と角度、測定完了した。自動操縦に組み込めるぜ。あと、弾頭の
場所も解った。結構浅い。横腹に空けた50メートルの縦穴があるんだが、その奥の壁だ」
コンソールを叩いてデータをソロネに送信しつつ、スティングは淡々と報告する。
『良いじゃないか。あと7分無いが、いけるな。で、悪いニュースは?』
「その穴の入り口が崩れてる。あと……弾頭の具合が最高にヤバイ」
苦い表情と共に、スティングは赤いグリッドで囲まれたデータをメインモニターに映し出した。
「起爆コードが入って、カウントもゼロになってるのに、最終シークエンスで止まってやがる」
『要するに、下手に再起動させると、その瞬間にドカン……か』
「弾頭を開けてちゃんと整備できりゃ良いんだがな。そんな時間もない。で、穴の問題だが、
ブリッツのレーザーライフルなら衝撃も震動も無しで開通工事が出来る。良いか?」
『おう、許可する』
「どーも。……ステラ、作業開始」
ユニウスセブンに接近するブリッツMkU。右腕のトリケロスセカンドからレーザーライフル
の銃身を突き出させた。白色の光が崩れた穴の周囲に当たり、小さな火花と共に岩片を少しずつ
削っていく。
「マリアはステラの援護に入ってくれ。ブリッツの装甲は脆い」
『了解しました』
デュエルMkUがスラスターを小刻みに噴かしつつ傍らに寄り添い、頭部機銃で
飛んでくるデブリを散らし、シールドで防いだ。
『で、弾頭はどうするんだ?』
「あと5分切った。破壊して無理矢理起爆させるのが良い」
『レーザーでやらせるのか?』
「いや、B4は縦穴の側面に張り付いてる。直接は狙えねえ」
『グレネード?』
「慣性に任せるにはリスキー過ぎる。高出力ビームの爆発と熱量で……何笑ってんだネオ」
『ん?
ふふ、流石はファントムペインの小隊長殿だな、ってさ。正直驚いてる』
「……エクステンデッドだぜ? 俺」
矢継ぎ早に質問されつつ小隊を指揮する胆力と冷静さは、やはり強化兵ならではだ。
この非常事態である。士官学校出たての青二才にリーダーは務まるまい。
『それでも、さ。で、誰を使う?』
- 358 :3/12:2006/09/19(火) 18:30:16 ID:???
- 「それは……」
『スティング、デュエルのビームアサルトライフルは速射性と威力こそあれ、狙撃に向きません。
バスターが最適かと』
通信画面に現れたマリアの進言に、気後れしつつ頷くスティング。
「そう、だな。……アウル?」
『はいはい、だろうと思ったよ。オレの引き金に地球の命運が、みたいな?』
『アウル、健闘を祈ります』
『頑張って、アウル……』
「ハーネスから機体を起こせ。ユニウスのデータを送る。操縦モードをセミオートに!」
『やだやだ。貧乏クジも良いとこじゃん?』
ソロネの甲板からバスターMkUが離床する。バックパックから125mmキャノンと高収束火線ランチャーを
取り外し、腰に抱えさせた。
「ステラ、どうだ!」
スティングの呼びかけの後、崩れていた穴が溶けて開通した。
『終わった……けど、ライフルも使えなくなった。銃身が保たなくて……』
「だろうな。10秒以上の連続照射には、耐えられなかった筈だ」
たどたどしい口調で報告する少女に、スティングは頷いてみせる。
「帰艦できないが、後ろに下がってろ。マリアはステラに引き続き、アウルの援護!
俺は
観測を続ける」
MA形態のままユニウスに向かって前進する。地球は既に程近い。白い大気のうねりまで確認できた。
ブリッツMkUが制動を掛け、ユニウスセブンのコアから離脱。イージスに並んだ時、後方の
ミネルバから発艦したインパルスが2機を追い抜いた。
「ちょっ……おい、ザフトの!」
スティングは通信を繋ぎ、黒髪と赤眼のパイロットが見えた瞬間に抗議の声を上げる。
『シン=アスカだ。悪い。だけど……仕事なんだよ』
「ああ……ご苦労さん。大砲抱えたMSとユニウスの間に割り込むな。それ以外なら、
自由に格好つけろ」
『助かる』
スティングに礼を述べた後、シンは操縦桿を倒す。視界の中央にデュエルMkUとバスターMkUを
入れた後、相対的上方へ移動した。撮影の為、後ろでミネルバも動く。
通信が開き、銀髪に空色の瞳を持った女性がモニターに現れた。
「!
……えっと」
『どうしたのですか? シン。そこは危険です』
「……『仕事』、なんだ。なるべくそっちの邪魔はしないようにする」
『では、此方に。ユニウスには近づきますが、私が盾になれます』
タクティカルマップ上に光点が出現したポジションは、デュエルMkUとバスターMkUの真中。
- 359 :4/12:2006/09/19(火) 18:31:40 ID:???
- スティングが観測したユニウスセブンのデータを元に、ソロネとファントムペインのMS隊が
半自動操縦モードに入った。回転速度と角度を合わせ、ユニウスのコア・モジュールを中心に、
衛星の如く巡る。
シンの指先がキーボードを数回叩き、インパルスを彼らの『軸』に乗せた。
『その位置ならば、私達の作業を手伝っているように見えるでしょう』
「ああ……でも、何でここまでしてくれるんだ?」
『ザフトは現在友軍ですので、可能であれば援助しても軍規にふれません』
「そ、そうか」
淡々とした返答に身を引くシン。けれども同時に、奇妙な感覚に捉われた。
無意識のまま、視線が右脇へ移った。私物用のポケットに納まっている、焼け焦げた妹の
携帯電話へと。
「あの、アンタ……」
『マリアと、お呼び下さい』
間髪入れずに返って来た冷たい声は、まるで自分を拒絶するよう。それでも、シンは訊ねた。
「マリアとは……どこかで、会った気がするんだ」
『……!』
マリアの表情が強張ったのがモニター越しにも確認できた。
直後、通信モニターが故障したかと思うほどに画面が荒れた。
『おい格好つけて良いとは言ったがな! 誰がウチの隊員ナンパして良いっつった!』
「えっ、ち、違!!」
『思春期?思春期なの? うっわ、はずかし』
『この状況でよくもやるなあ、坊主』
『アスカ君、きみ、ザフトのエリートパイロットだろう? 不謹慎とは思わないかね』
『…………シン』
「違うって! 俺はただ……」
冷め切った三白眼を向けてくるステラにうろたえ、シンは大きく両手を振った。
『何をやってるんだ、シン!』
『シン、出過ぎるなと言ったろう……』
『アンタ馬鹿じゃないの!?』
「れ、レイ、ルナ……って何でみんなして聞いてるんだああぁ!?」
迂闊にも広域回線を使ってしまったシンの発言は、イージスMkUが一時的に形成したネットワークを
介してザフト、連合双方に筒抜けになっていた。両軍からの総ツッコミをまともに受け、
恥ずかしさに身悶えるシン。
『たく……ッ!!?
ユニウス内部の温度、急激に上昇! 回避行動を!!』
コア・モジュールのあちこちから火柱が上がり、表面を駆け回って『炎上』したのは、まさに
その時だった。スティングの叫びと同時に高熱を纏ったデブリが四方八方に飛び散り、宇宙に
炎の華が咲き乱れる。
『まずい……回転がブレた上に……加速したぞッ!!』
- 360 :5/12:2006/09/19(火) 18:32:43 ID:???
- ソロネの前足部分が45度可動し、急速回頭。叩き付けてくる真紅の雨を掻い潜って、
ファントムペインのMS隊とインパルスを追いかけた。
『スティング! 何が起きた!』
「コア・モジュールには、ユニウスのサブ動力炉が入ってる。そのほっとかれた備蓄燃料に……」
『引火し、誘爆した? だが、どうやって!』
「知るか! それよりアウル!! 無事かぁ!?」
ネオに叫び返した後、スティングはバスターMkUに通信を入れる。
『機体はね! けど、今ので射撃データが無駄になった……あと2秒で揃ったのに!』
「縦穴の中は!」
『火の海だよ! 鎮火待てる!?』
「無理だ! 後110秒で限界点を超える! そうなったら……!!」
真空中だというのに、コア・モジュールのほぼ全体で猛火が荒れ狂っている。明らかに
自然現象ではない。放置された燃料ペレットを何者かが随所にセットし、時限装置か手動かで
点火させたのだ。
「弾頭のポジションは送ってある!
ミスは……許されねえ!」
最も口にしたくなかった言葉を、歯軋りしつつ搾り出すスティング。隊員にミスをさせないのは、
本来隊長の義務だ。予め計算されつくした作戦で部下の負担を減らし、如何なる事態にも
動じないのがリーダーという物。そう考えるスティングにとって、『期待』するなど
もっての外だった。
『おっまかせ! 直ぐ済ませるよ!』
そのスティングの懊悩を知ってか知らずか、外見はまだ少年といって良いアウルは場にそぐわぬ
笑顔を浮かべる。バスターMkUの脚部が宙を蹴って反動を付け、ユニウスセブンに再接近
していった。
相対速度を合わせたバスターMkUがユニウス表面と向き合う。その両脇をインパルスと
デュエルMkUが固め、それぞれの火器で、シールドでデブリを食い止めた。
「そうそう、最後まで頼むよー?」
スリット状のプロテクターで護られたバスターMkUの額部センサーが輝く。125mmキャノンの尾部に
高出力火線ランチャーを接続し、長距離ビーム砲と化したそれを腰だめに構えた。
狙うは一点。燃え盛る炎によってFCSが追いきれない細い縦穴の最奥。
『後70秒だ、アウル!!』
そして、チャンスは一度。
- 361 :6/12:2006/09/19(火) 18:33:51 ID:???
- 実際の所、『エクステンデッド』アウル=ニーダは任務の達成にそれほど意欲的でなかった。
彼の『後見人』がいるロドニアのラボには地下シェルターがあり、備蓄食料も充分。地球が駄目に
なれば、彼が最も気にしている『あの人』は真っ先に宇宙へ逃げ出せる。
『後50秒!』
「はーいはい」
生返事しつつアウルは照準を調整する。射撃データが飛ぶ前、モニターに映っていた座標データ
の『記憶』を頼りに、機体に構えさせた砲身を動かした。
ロックオンマーカーは働かない。視界など、勿論効かない。合理的に考えれば作戦は既に失敗
している。
『40秒!』
瞬きすらせず、見開いたままの瞳が炎を睨みつけた。トリガーに掛かった指が汗ばむ。
何故失敗を恐れているのだろう。自分にも理解できなかった。ただの兵器の自分は、作戦の
成否など気にする必要が無い。『あの人』がガッカリするからだろうか?
それはおかしい。現状は自分の『スペック』を超えている。自分に責任はない。
「んー、なんだろうなぁ」
『ハァ? 何だって?! ……あと30秒!』
自分を護る2機のMSの向こうに、視野一杯まで迫った地球が見えた。
『アウル……』
『アウル、猶予はあります。落ち着いてください』
『20びょ……おい、マリア!?』
『大丈夫ですスティング。アウルならば、やれます』
「あー…………そっか」
両目が、焼けるように痛む。炎と太陽、そして凍える宇宙空間が瞳に映り込み、視神経を焼く。
「嫌いじゃあ、無いからか」
口やかましいスティングが。ぼんやりしてこっちが苛立ってくるステラが。クールに見えて
意外なほど大雑把なマリアが。
「嫌いじゃあ、無いからだ」
『残り10秒! 8! 7……!』
既に、トリガーを引くだけである。それで全てが終わる。幾らでも失敗の言い訳は出来る。
目も痛い。熱い。疲れた。
しかし、目蓋は閉じない。
『5! 4! 3!』
「ッ!! 見……え、たぁっ!!」
炎が一瞬吹き払われ、開口部が曝け出された。スティングのカウントダウンを掻き消し、
少年は絶叫する。2ミリ未満、砲を傾けてターゲットロック、発射。
閃光が炎を噴き散らして暗がりに吸い込まれる。刹那、燃え盛るユニウスセブンの
コア・モジュール全体が震動し無数のヒビが入り、砕け散った。
- 362 :7/12:2006/09/19(火) 18:36:08 ID:???
- 『起爆を確認! 繰り返す、起爆を確認!』
広域回線で伝えられた報告に、アウルは安堵の息と共に焼け付く双眸を閉じる。
『良くやった、アウル!』
「へ、オレ達エクステンデッドだよ? 性能通りの結果ってやつだって」
スティングの言葉に対し、高鳴っていた鼓動を鎮めつつ笑みを浮かべる。
別段、謙遜ではない。努力する姿を見られたくない、彼のポーズだ。
「引き金、引いただけだしさ。ま、良かったねえ、上手くいって」
他人事のように言うも、目の奥がまだ疼く。目蓋を閉じているのに、白と赤の光が瞬いていた。
突然、機内にアラームが響き渡り、アウルが霞む目を開けた。
コア・モジュールに仕掛けられた弾頭は、本来ユニウス最奥での使用を想定された物だ。
爆発によって飛散する破片は内部で跳ね回り、全体の崩壊を速める機能を持っていた。
既に外殻を失った今、破片を受け止める物は何も無い。そして、デブリの軌道予測データを
更新し終えられなかったインパルスとデュエルMkUは、バスターMkUの前方、そして
コア・モジュールの斜め前方でデブリを防御していた。
「やば」
亜音速で迫る、赤熱した破片。それを避ける余裕は、狙撃姿勢を取って大砲を抱えたままの
バスターMkUにはない。しかし、横合いから1機のMSが踊り出た。
『……!』
「ステラ!?」
イージスMkUの後方に控えていたブリッツMkUが両腕を広げ、正面面積を大きく取って
盾となる。まさに第六感だろう。爆発の直後から、飛び出す準備をしていたのだ。ステラの
反射神経と目の良さも寄与している。しかし、相手が悪かった。
PS装甲を持ったMSは実弾に対する高い防御を持つ。であるから、胸部装甲に直撃した1つ目は、
当然貫通する事は無かった。殆どへこみもしない。よって、運動エネルギーはほぼ直接コクピットに
注ぎ込まれる結果となった。
「ぁッ!!」
ショックアブゾーバーで殺しきれなかった衝撃にステラの身体が跳ねる。ベルトが食い込み、
小さく悲鳴が上がった。続いて2発、3発のデブリが迫った。
頭部に直撃し、ツインアイとメインセンサーが半分押し潰され、ブイアンテナが吹き飛ぶ。
仰け反り、機体が揺らいだ所で、右膝の裏に焼けたデブリが突き刺さった。火花と共に
引き千切れる。
とどめとばかりに、背部メインスラスター内部に小さなデブリ片が幾つも飛び込んだ。
2度目の爆発は、先程のショックから立ち直っていなかったステラの意識を完全に奪う。
二次災害を防ぐ為、スラスターが緊急停止。だがもう遅い。
バスターMkUを守る為に飛び出した速度を保ったまま、ブリッツMkUは『死んだ』。
- 363 :8/12:2006/09/19(火) 18:37:44 ID:???
- 誰も、何も言えなかった。何も出来なかった。後一歩で全てが上手くいったはずなのに。
度重なるトラブルを全てクリアしたというのに。最後に押し寄せた偶然が何もかも台無しにした。
破損各部をスパークさせながら、頭部を失った機体が力無く腕を伸ばし、壊れた関節が脚を
僅かに開かせて、遠ざかっていく。その救助を命じる事は、指揮官として不可能であった。
1人と1機で済む犠牲を増やそうとする愚か者はいない。まして、新たな犠牲者に名乗りを
挙げる者など。
いない、筈だった。
『シン!? 戻れ!』
『マリア……何を!!』
最初に動いたのはインパルスだった。ノズルが焼け焦げたフォースインパルスの出力を全開し、
真っ青な『空』へ落ちていく。直後にデュエルMkUもスラスターを開き、青白い炎を纏って
インパルスを追った。
『シン、何をしている!』
「何って……連合に協力しろって言ったじゃないですか!」
空気の壁がない宇宙空間で、MSは際限無く加速する。既に速度計は
1100m/sを示していた。音速の約3倍である。
視覚と回避プログラムからの情報のみで、迫る――相対速度によって――デ
ブリを
最小限の動きでかわしつつブリッツMkUを追うシンは、アーサーに怒鳴った。
『フリだと言ったろう! 命令違反だぞ!』
「フリができるほど器用じゃないんです! あぁ、懲罰は受けますよ!」
言い捨て、通信を切った。
軍に入ったのは、『守る』力が欲しかったからだ。あの日、家族を失った時、自分に足りなかった
のは力だ。何を想っても、喚いても、力が無くては何も守れないのだ。
自分の家族を巻き込んで尚戦い続ける蒼き翼を持った巨人は、まだ幼かったシンに
その真実を焼き付けた。
だから、彼は力に走った。ザフトに入隊してからは手段を問わなかった。
どれほど周囲に疎まれようと、誰から後ろ指をさされようと。家族だった『モノ』が流した
紅に濡れて誓ったのだ。力を、手に入れる。誰も失わずに済む程の、自分の知る者全ての生死を
司れる程の力を。
今が『その時』なのだ。掻き集めた力を発揮する時なのだ。懲罰など、彼には何の意味も為さない。
彼を打ちのめす罰があるとすれば、それはただ一つ。『再度の喪失』である。
「待ってろ……今、助ける! ……!」
あと一歩で手が届く。その時、ブリッツMkUの機体背部で何かが光った。トリガーに指を掛ける。
同時に斜め後ろからビーム光が走り、正面に飛んできた、剥落したスラスターノズルを撃ち砕いた。
『援護します』
無感動なマリアの声が機内に響くと同時、回避プログラムが遅すぎるアラームを発した。
- 364 :9/12:2006/09/19(火) 18:39:27 ID:???
- ブリッツMkUから剥離したパーツをデュエルMkUが破壊し、インパルスの脇を抜ける。
すかさずインパルスが再加速し、ライフルを捨てて半壊したブリッツMkUを抱かかえた。
地球に背面を向け、急制動を掛ける。
『少しでも、減速させないと……!』
「シン。計算してみましたが、現状での制動は間に合いません。戦艦並の推力が必要となります」
『……ッ!』
久々に出会った兄は、記憶の中の姿よりずっと小さく見えた。ロドニアのラボで受けた強化手術
により、マリアの身長、体格はシンとほぼ同等。顔立ちなど、まるで兄妹の立場が逆転した
ようだ。銀髪に蒼の瞳。黒髪に紅の瞳。正反対の色が、モニターを通して交差する。
傍らに目をやる。ソロネからの通信コールが入り続けていた。スイッチを切る。
恐らく任務を終えて帰還した後、相応の処罰を受ける事だろう。殺処分辺りが妥当か、などと
推測した後、シンに呼びかけた。
「この速度と角度のまま突入すると、おそらく熱圏で3機とも爆発します。別の手段を
取るべきです」
『……突入コースの、再割り出しか?
大昔のスペースシャトルみたいに……』
「その通りです」
メインモニターに映る、球面を滑って行く曲線が描かれた画像データをインパルスに送信する。
すぐさま、インパルスはスラスターの角度を変えた。デュエルMkUもそれに倣う。
インパルスのフォースシルエットは伊達ではなかった。ブリッツMkUを抱えたまま、シールドと
ライフルを持っただけのデュエルMkUと同じのコースを維持する。真っ青な地球光が3機を照らし、
染めた。
「私が先に突入します。アンチビームシールドで、熱を抑えられるはずです」
『解った!』
その時、通信モニターのグリッドが別れ、2つ目のウィンドウが開いた。
『ここ、どこ……?』
『あ……ステラ、だよな?』
『MSが動かない……どう、して?』
意識が回復したステラが、接触回線を開いた。ひび割れたヘルメットの中で、薄っすら涙を滲ませて
いる。この場合、冷静になれと言う方が酷だろう。起きてみたらメインカメラが死に、スラスターは
動かず機体の操作も効かないのだから。
「ステラ、もし可能ならば、爆破ボルトを起動させて機体の四肢を切り離してください。
質量を減らさねばなりません」
『えっ……待って、消火器の泡だらけで……見えないから』
「急いで下さい。生死に関わる問題です」
何気ないマリアの言葉に、ステラの表情が強張った。
- 365 :10/12:2006/09/19(火) 18:40:58 ID:???
- 『死ぬ、の……?』
「はい、失敗すれば全員死にます」
『みんな、死ぬ、の……?』
「はい、ステラも私もシンも死にます。ですから……」
『嫌……!』
ステラの瞳が恐怖に凍りつく。マリアから視線を逸らした。
「ステラ?」
『死にたくない……嫌っ!!』
「どうして……」
突如豹変した『仲間』に、マリアの口調が呆然としたものとなる。
「どうして……死ぬのが嫌なのですか? あなたも、私も、あれほど……」
『嫌! 死ぬのは嫌! 怖い……!』
『死なないよ』
突然割り込んだ、押し殺すもはっきりとしたシンの声が、ステラの言葉を断ち切る。
『ステラは死なない。死なせない。俺が、守るから……!』
目一杯気負ったその物言いにステラは泣き止み、不思議そうに目を瞬かせた。
『シン…………うん……』
その様子を見て、マリアの胸に暖かい物が広がっていく。彼は少しも変わっていなかった。
昔から、何でも頼み事を聞いてくれた。傍目で見れば安請け合いと思うほどに、何でも
受け入れてくれた。そしてそれは口から出任せではなくて、全てに必死で取り組むのだ。
失敗も多い。けれど最後の最後まで、全てが終わった後でなければ諦めない。
軍人としては辛い性格だろう。スマートでもない。基本的に余裕が無く、常に全力を尽くす。
今や自分の姿は変わり果ててしまっている。昔のように接する事は出来ないだろうし、
父と母の命を奪った自分を彼は憎んでいるだろう。もう自分は、守っては貰えまい。
だから、今度は。
「あと10秒で熱圏に突入します。ステラ、準備はよろしいですか?」
『大丈夫……!』
ブリッツMkUの四肢の継ぎ目に光が走り、パーツが脱落して胸部のみとなった。インパルスが
抱え直して姿勢制御する。それを確認した後、マリアは再度通信を入れる。
「……シン」
『え?』
大気の摩擦熱によって機体表面の温度が急速に上昇し、通信が効かなくなり始めた。
「貴方も、死なせません」
そう言った直後、通信が途絶する。デュエルMkUが構えたシールドが赤熱すると同時、
盾の放熱ダクトから青白い冷却剤が噴き出した。放熱する傍から加熱され、外に拡散できない
それが膜となって3機を包み込んだ。
大気圏に背中を向けたまま突入するインパルスのスラスター光を冷却剤の膜が受け、
3機の周囲がぼんやりと輝く。
光の繭を纏い、鋼鉄の人型達は灼熱の空へ墜ちていった。
- 366 :11/12:2006/09/19(火) 18:42:21 ID:???
- 「インパルスと、シンの様子はどうかね?」
「順調です。……信じられませんが」
ミネルバ艦長タリア=グラディスは、突然ブリッジに上がりこんだプラントの最高責任者に
苦々しく言葉を返す。
ミネルバのVIPルームは仕様上、ブリッジのやりとりの一切をキャッチできる。無論、専用コードを
入力しなければならないという制約はあるが、そこでギルバート=デュランダル議長の特権が
動いた。更にこの緊急事態にのこのこブリッジにやってきて、インパルスのマシンステータスを
覗き見るのも、議長権限ゆえである。
「こういう事が罷り通るから、新型機を強奪されるとか、隙が出来るのよ……」
「聞こえているよ? 艦長」
「聞こえるように申し上げているのです、議長閣下」
半眼でデュランダルを睨んだ後、タリアは視線を正面へと戻す。
実際の所、シンは予想を遥かに超える神業をやってのけていた。
マッハ3で飛びながらデブリ群を抜けてMSを補足し、別の1機と連携を取りつつ、あろう事か
背面からの大気圏突入を敢行。抱えている機体を防御する為に必要とはいえ、ザフトレッド
だから、では到底納得できかねる芸当である。更に言えば、機体の受ける熱を最小限に
押さえる為、先行するMSとの軸線をぴったりと合わせて降下している。
熱圏で通信がろくに効かない中、恐らくリアカメラの映像のみを頼って、であった。
「どういう事かしら……大体彼は……」
「遺伝病疾患など、最低限の調整しか受けていないのに、かね?」
「ギル!」
思わず議長閣下をファーストネームで呼んでしまった後、タリアは再び視線を逸らす。
そんな彼女を愉しげに見遣った後、デュランダルは笑みを浮かべる。
「彼は言った。彼は求めた。何でも良い。何でもする。力が欲しい、と」
「……?」
デュランダルから飄々とした様子は消え、切れ長の瞳に冷たい光が走った。
「私はね、彼と『契約』を交わしたのだよ」
減速し、大気によって冷やされたデュエルMkUとインパルスが風を切って大気の希薄な夜空に
現れた。
ネイビーブルーの塗料は溶け落ち、インパルスはPS装甲が解除されて、焼け爛れた灰色の
機体を月光に曝け出す。眼下に臨む暗雲の中では時折稲光が走り、下が嵐である事を示していた。
『よし、此処まで来れば……ステラ、脱出できるぞ!』
『無理……』
『……は?』
『脱出装置……動かない、の。バックパックが、壊れて……』
次の瞬間、高熱で焦げて羽の曲がったフォースシルエットが咳き込むように推進剤を吐き出し、
発火して爆発した。
- 367 :12/12:2006/09/19(火) 18:44:38 ID:???
- 『うわぁっ!?』
「シン、貴方は脱出を!」
『ステラが先だ、早く!!』
大気圏突入時の速度が落ち、高度をゆっくりと下げていた中で、デュエルMkUが
胸部だけとなったブリッツMkUを受け取って抱えるのを見届けた後、灰色の機体
表面に無数の火花が散った。ボディの限界が訪れたのだ。上半身と下半身に分離し、
黒ずんだ裂け目からパーツ片が散る。パワーを失ったインパルスが力なく落ちていく。
「……ッ!」
『シン……嫌ぁ!』
『この、高度ならっ!!』
刹那、インパルスの上半身からコクピットブロックが飛び出し、機首を突き出し翼を広げ、
戦闘機に変形する。チェストフライヤーとレッグフライヤーが雲間に消え、コアスプレンダーは
姿勢を立て直した。
『……何とか……なったな』
「何よりでした……。ところでシン、降下先はオーブ領…オノゴロ島です」
キーを叩いて地図を呼び出しつつ、マリアが告げる。その言葉にシンは眉を寄せた。
『オーブ……ふん、オーブか』
「私達はこのまま降下します。推進剤も、機体の耐久度も限界です。貴方は?」
『俺は……あ、ちょっと待ってくれ』
通信が一旦切れる。同時にソロネからの通信コールが再び入った。非常時も去り、繋ぐ。
見知った怪しい仮面がアップで現れた。
『おう、大丈夫かマリア。それに、ステラ? 状況を知らせろ』
『うん、大丈夫……』
「問題ありません。このままの降下コースを辿った場合、オノゴロ島に到達します。
よろしいでしょうか」
『よろしくない、ったって無理だろうなあ。了解した。ソロネもオノゴロに降りる。
あちこち無理させて、エンジンがガタガタでな』
「解りました。ではコースを維持します」
『OK。じゃ、地上で会おう』
ソロネとの通信が切れた後、シンがコールを入れてきた。
『俺もオノゴロに降りるよ。こいつの航続距離はたいした事ないし、本隊と合流しなきゃ』
「では、地上で」
『ああ……助かった、マリア』
「此方こそ」
通信を切った後、マリアはメインカメラを上へ向ける。
無数の細かなデブリが、頭上の熱圏で燃え尽きていく。そうでない物は浅い突入角によって、
軌道上から跳ね飛ばされていく。
長い尾を引いて降り注ぐ炎の雨を、マリアは何時までも見つめ続けていた。
新たなる戦争の火種は消えた。
誰もが、そう思っていたのだ。
- 369 :264:2006/09/19(火) 18:47:57 ID:???
- 投下終了です。戦闘シーン無いのに1話使ってしまいました。
あとマッハ3出すMSはやりすぎかなーと思ったんですが、大気圏突入時に
『熱そうな描写』が入る理由を調べまして、あのようになりました。
ストーリー的には一区切りつけましたので、皆様の反応を見て、続けるかどうかを
決めたいと思います。