- 34 :1/8:2005/10/14(金) 08:19:36 ID:???
- Cosmic Era.73年10月
―L−4 新造プラント アーモリーワン―
一年前の戦争終結後に新設された、軍需工廠の機能を併設するプラント。
日頃は軍服姿の人間の方が多い街角なのだが、ここ数日は一般人、しかも上流階級らしき装いの者が多く出歩いている。
多分、新造艦の進水式に出席する人たちなんだろう。
曲がり角の壁にもたれながら、華やかになった街を眺める少女はそう考えていた。
淡いクリーム色のフレアワンピースに桜色のボレロを羽織る、12、3歳くらいの小柄な少女。
彼女の名前はマユ・アスカ。
「……おっそいなぁアゼル。 早くしないと買い物できないよぅ」
手にしていたピンクの携帯へ視線を落とし、時間を確認したマユは口を尖らせた。
彼女が参加する式典を前にした最後の休憩時間。それを利用して買い物をしようと思っていたのだが…
「しばらく上陸できないだろうから着替えがもう少し必要だろうし、シャンプーも…酒保の軍用品なんて使ってらんないよー」
はぁ、と深い息をつきながらぼやく。
一刻も早く出発したいのはやまやまなのだが、荷物持ちを頼んだ同僚がまだ来ないのだ。
「しょうがないなー。もう少し待って、来なかったら一人で行こっと」
パチンと携帯を閉じ、ポシェットにねじ込む。そして、背にしていた煉瓦造りの店のショーウィンドウへと視線を動かした。
「…ぁ。 あーっ、これカワイイー!」
歓声を上げながらショーウィンドウに張り付いた彼女の視界には、所狭しとディスプレイされた沢山のぬいぐるみが映っていた。
両手でやっと抱きしめれるぐらいのテディベアや、抱き枕用の大きなイルカを食い入るように見つめる。
それからどれぐらいの間、にらめっこしていたろうか。
ふと、隣にもう一人、自分と同じように立ちつくしていることに気がついた。
そう。まったく同じように、両手をついてガラスに張り付き、開いた口をそのままにぬいぐるみを見つめている少女がいることに。
柔らかにウェーブがかった金髪が印象的な彼女は、マユより三つ四つほど年上だろうか。
店頭に見入っていた彼女の視線が、ふとマユの方へと移る。
「カワイイよね、これ」
「うん、カワイイ」
視線が合った二人。最初に言葉を発したのは、にっこり笑ったマユだった。年上の少女もまた、笑顔を見せる。
同じ対象への感情の共有が、初対面の彼女らの間に親しい雰囲気を作る。
「あたしあの大きなクマさんがいいなぁ。ぎゅっと抱きしめて、もふもふってしたい〜!」
「…あれがいい、青いの。 海の色のイルカ」
「それも捨てがたいなー…あーでも、大荷物になるしなぁ。持っていけないや…」
「んー…私も……」
あれやこれやと感想を口にしたり、大きさや値段を見てガッカリしたり、店先で語り合う少女二人。
親しげなその姿は、はたから見れば仲のいい友達同士に見えただろう。
- 35 :2/8:2005/10/14(金) 08:21:03 ID:???
- 「おい、ステラ。何してんだ?」
突然横手から聞こえてきた声に、マユは夢心地の気分から我に返り、隣を見た。
「あ…スティング。アウル」
その声の主、歩み寄ってきた二人組の少年たちを見て金髪の少女が声を上げる。
「んーったく、どこ行ってんだよ!探したんだぞー俺ら!」
きょとんとした顔をしている少女へ、不機嫌さを隠さない様子でわめいているのは青髪の少年の方。
もう一方の短い緑髪を立てた少年も、口こそ開かないが似たような思いなのだろう。眉間に少々しわを寄せている。
そんな二人を前に、ステラと呼ばれた少女は、二人とショーウィンドウを見比べて、うーと困ったように小さく呻いた。
「……あのね、スティング。ステラあれ欲しいの」
そう言いながら指差したのは、先ほど彼女がしきりに気にしていたイルカの抱きぐるみ。
「な、おいおい…そりゃ無理だろ。土産にするには、少し大きすぎるぞ」
「バーカ、なに言ってんだよ!背中にでもくくって背負ってくつもりかー?」
彼女の言葉に、一瞬ほうけた顔を見せた後、渋い顔をする緑髪の少年。
後方では青髪の少年がオーバーアクションで呆れていた。
「うー…でも……。」
がっかりしたようにうなだれる少女。しかし、諦めきれないのかもぐもぐと反論になりきれてない呟きを繰り返している。
「まぁ、今は我慢しとけ。 また今度、暇な時だったら同じようなの探してやるからさ」
その様子に緑髪の少年が苦笑し、なだめるように彼女の頭にポンと手を乗せた。
どうやらそれで納得したようで、少女はコクンと大きく頷いた。
「なー行こうぜー。そろそろ行かないと時間になっちまう」
「ああ、分かった…行くぞ、ステラ」
「うん。」
二人に促され、ショーウィンドウから離れる少女。去り際、名残惜しそうにマユの方へ振り向いた。
「ステラ、行かなきゃ…バイバイ。」
残念そうな、さみしそうな響きを含んだ言葉に、マユはうんと深く頷き、そしてにっこり笑った。
「お姉ちゃん、ステラっていうんだね!あたしマユ。マユ・アスカ!」
「私はステラ・ルーシェ…あなたは、マユね」
笑顔を見せるマユへ、金髪の娘もつられたように微笑んだ。
そして、後ろで急かすように視線を投げかける二人の方へと歩いていった。
「ステラ、またね!」
「? また…ね…?」
背中に投げかけられたマユの言葉に、不思議そうな顔でもう一度振り返る。
「そう! また会おうね!」
もう一度言い直された言葉で意を解したのか、ステラの顔がパッと明るくなる。
「…うん! また会おうね!」
マユへと手を振りながら、嬉しそうに言うステラの言葉を耳にしながら、青髪の少年は嘆息交じりに呟いた。
「……またね、か。 あるわけねーだろうに」
- 36 :3/8:2005/10/14(金) 08:21:53 ID:???
- ステラの姿が曲がり角の向こうに消えるまで手を振っていたマユは、笑顔に少しさみしさを見せながら、手を下ろした。
しばし目を閉じ、楽しかったステラとのひと時を思い起こす。
そして、気づく。 街頭に立つ時計が示す時針の位置に。
「って、まだ来てないしアゼル! もう知らない!先行っちゃおう!」
既に一時間以上遅刻している荷物持ちに憤慨し二、三度地団太を踏んでから歩き出した。
「ええと、服買ったでしょ。シャンプーにボディーソープに歯磨き粉に……おやつはかさばるからあとでも良いかなぁ…」
ぷらんぷらんと片手に紙袋を提げながら、指折り呟きながら商店街を歩くマユ。
結構買い込んだのか、膨れ上がった重たい紙袋を時々うっとうしそうに反対の手に持ちかえつつ。
他に欲しかったものはあったかしらんと、道沿いの店頭をちらちらと眺めながら歩みを進めていたが、ふと立ち止まる。
隙間を探すほうがよほど難しいぐらい、店先のガラスに貼りたくられた桃色髪の少女のポスターの前で。
「あー、そっか! これ今日が発売日だっけ。買わなきゃ!」
プラントの歌姫、ラクス・クラインの新譜宣伝用のポスターに惹かれるようにパタパタと駆け寄っていく。
店頭には、同じくポスターの貼られた大きな棚が特設されていて、彼女の探す音楽ディスクはそこを埋め尽くしてたのだろう。
しかし、発売日当日のせいか、既に数枚しか残っていない。
しかも、彼女の背では微妙に届かない最上段にしか。
「うー…このっ、あとっ、少しぃぃっ!」
棚の前でトントンと跳ね、必死に手を伸ばすもギリギリの所で重力に足を引っ張られてしまう。
そんな行為を何度か繰り返したあと、膝に手をついて息を整え、大きくジャンプしようと棚を睨み据えた時。
スッと横から伸びてきた細い手が、彼女の狙うフラッグを奪った。
ふぇ、と思わず間抜けな声を上げて硬直するマユをよそに、ディスクを手にした人物はじぃとそれを凝視していた。
年頃は17、8歳ぐらいだろうか。黒いレザーで統一した服装の青年で、首にはベルトを模したチョーカーを付けている。
顔立ちも体格も線が細いので、個人によって好みの差はあるだろうが
癖のない栗色の艶髪と紫の瞳を持つ涼しげな顔立ちは、世間的に見て美形と言っても十分差し支えなかった。
そんな彼の容姿を、ぽかんと口を開けながら見上げていたマユ。すると彼は、彼女に気づき声をかけた。
「ねぇ。これ、発売されたばかりなの?」
- 37 :4/8:2005/10/14(金) 08:22:57 ID:???
- 向こうから切り出された言葉をきっかけに、マユはその青年…ケイ・サマエルと名乗った彼と店先で会話し始める。
聞くに、彼はついさっき地上からの便でプラントに訪れたばかりで、新譜の情報をまったく知らなかったとのことだった。
以前からラクスのファンだったのだが、地上ではいまだに彼女のディスクは入手困難ならしい。
大変なんですね、と相槌を打つ彼女の手には、先ほどケイに取ってもらった音楽ディスクが大切に抱えられている。
「へぇ…ベスト盤なんだね、これ」
「ベストって言ったって、どれもいいと思うんですけどね。あたしだったら選べませんよ、ホント」
ケースの裏面に書かれた曲目リストを見ながらのケイの声に、マユは納得いかないように首を傾げながら答える。
「ラクスさんの曲って全部好きなんです、あたし。落ち着くし、それになんだか元気が出るから」
「…そうだね、僕も思うよ。彼女の歌なら、世界全てを癒すことも出来たんじゃないかって…」
隣に立つ青年の言葉の中に、ごく微かに混じった震え。それに気づきマユは顔を上げて彼の横顔を見た。
そして、息を呑んで黙り込む。 彼の紫暗の瞳に映っていた、あまりに深い哀しみの色に。
「でももうすぐ、復帰するって聞きましたよ。だから、今回ベスト盤を出したんですって」
青年の言葉に交えられていた過去形が気になって、励ますつもりで彼女はそう言ったのだ。
この情報は既に新譜発売情報と共にメディア中で流れていて、多くの人々がラクスの復帰に期待し、胸を膨らませていた。
きっと彼も、これを知れば元気を出すに違いない。そう、信じていたのだが
「………ぅ、そ…だ……」
瞬間、ピシリと音が出そうなほど表情を強張らせた青年は、口元を震わせながら呻いた。
一気に蒼ざめた顔色は、単なる驚きからとは到底思えなかった。
それは、底なしの崖に突き落とされたほどの絶望なんだろうか。
それとも、己の身を焼き尽くしてもなお飽き足らないほどの怒りなんだろうか。
まるで、家族を亡くした時の自分のような、彼の激しい感情がはっきりと伝わってくるのに
何故。何が。彼をそうさせたのかが全く理解できず、マユは呆然と立ち尽くしていた。
「……ごめんね、マユちゃん。驚かせちゃったかな」
頭上から降ってきた声にハッと我に返ると
ケイはいつの間にか元の調子のように戻っていて、心配そうな眼差しでマユを見ていた。
「だ、大丈夫です、はい」
いまだに彼の形相が目に焼きついていた少女は、そう言いながらコクコクと頷くのが精一杯だった。
「ホント、ごめん。 …用事もあるし、そろそろ行くね。 バイバイ」
申し訳なさげに苦笑いを浮かべながら言い、それでもさっさと踵を返して去るケイの背中を、彼女は言葉も発せないまま見送った。
- 38 :5/8:2005/10/14(金) 08:23:50 ID:???
- 「あー…悪いこと言っちゃったのかな、ケイに」
先ほどの暗い雰囲気から立ち直る…まではいかないのだが
なんとか動く気力を回復させたマユは、音楽ディスクの会計を済ませて店を出た。
足元が何故かおぼつかない。まるで地面が泥沼に変わってしまったかのような錯覚を覚える。
ふらふら、とたた。 ふらつきながら商店街を歩いていく少女。
その脇に、後ろから走ってきたスクーターがキッと音を立てて止まった。
「マユ。やっと見つけた」
乗り手から投げかけられた声に、緩慢な動きで顔を向けるマユ。
その表情が、消沈から一気に怒りの形相へと転ずる。
「こらぁぁアゼル! 一体どんだけ遅れてくるのよぉ!!」
手に提げた買い物袋をガシャガシャと乱暴に振り回しながら、少女は相手に向かって怒鳴った。
その強烈な音量に相手…緑のザフト軍服姿の少年は、驚いたように目を丸め、ごめんと謝る。
服の色彩に際立つ真紅色の髪と瞳を持つ彼は、マユと近い年頃に見える。
「出かける前に、副長から用事を頼まれてたんだ。携帯に連絡を入れようとは思ったんだけど、その、ゴメンナサイ」
「…いつもの携帯不携帯、ね」
なんとも申し訳なさげに頭を下げる彼、アゼルの姿を見るマユの目はもうそれほど怒ってはいなかった。
おっちょこちょいな子どもを前にした先生か親のような表情で、はふと息をつく。
「だいたいの買い物は済んだからいいよ。あとは基地近くのスーパーに寄ってくれれば」
スクーターのそばに歩み寄り、ずいと紙袋を差し出しながらの言葉。それと、荷物を持ってくれれば許すということらしい。
「うん。じゃあ行こう」
アゼルは紙袋を受け取り、代わりに自分と揃いの白いハーフヘルメットを手渡す。
マユが自分の後ろに座り、ヘルメットを着用したのを確認してから彼はスクーターを発進させた。
- 39 :6/8:2005/10/14(金) 08:24:28 ID:???
- それから一時間後。
買い物を終え、自分達の所属する新造艦ミネルバへと戻った二人。
支度を整えてから、艦内のMS格納庫へ向かおうと通路を歩いていたその時。
ゴゥン、と轟音を伴い、辺り一帯の空気が激しく震えた。
数秒の間を置いて、けたたましく鳴り響き始める警報のサイレン。
「え、何なの!?」
「マユ、あっち!」
突然の事態にきょろきょろと辺りを見回してたマユは、通路の窓を覗くアゼルの呼び声に気づき、外を見る。
まるで敵襲を知らせる狼煙のように上がる黒煙は、ただ一箇所からのみ見えている。
「あれって…新型機の格納庫の方だよ!!」
今までに自分も何度か訪れたことのある場所だったため、方向は覚えている。
脳裏に走った幾つかの悪い予想に、思わず拳をぎゅうと握り締める。
「急ごう。レイとルナは式典準備に外に出ていたはずだ。ここには僕らしかいない」
「うん!」
踵を返し、格納庫へと走り出す少年に彼女も駆け足で続く。
外にいるであろう仲間たちが、無事であることを強く願いながら。
- 40 :7/8:2005/10/14(金) 08:25:47 ID:???
- 自分の軍服と同じ、赤色のパイロットスーツに身を包んだマユ。
MSの立ち並ぶピットを通り過ぎ、奥に置かれた一機の戦闘機に乗り込む。
「何があったんですか!?」
頭上の計器類を操作しながら、マユはオペレーターのメイリンに状況の説明を求める。
『新型MS三機が何者かに強奪されたらしいの!
格納庫を破壊し脱出して、取り押さえようとした友軍機を撃破し、今も破壊行動を続けているわ!』
スピーカーから伝わってきた言葉の内容に、戦慄を覚える。
自分が考えていた予想の中でも、最悪の事態だということに。
『マユ、アゼル!強奪された三機は港からプラント脱出を試みると思われるわ!なんとしてでも取り押さえるのよ!!』
聞こえてきた妙齢の女性の声、ミネルバ艦長であるタリア・グラディスの言葉にマユは頷いてみせた。
「了解! マユ・アスカ、コアスプレンダー行きますっ!」
専用カタパルトから発進した彼女に続き、チェストフライヤー、レッグフライヤー、そしてソードシルエットが射出される。
それらは有人機ではなく、コアスプレンダーを中心とした機体の、いわば部品と装備であった。
「アゼル・ノーデンス!ザク、出ます!!」
追随するように別のカタパルトから、アゼルの駆るスラッシュザクウォーリアも発進する。
マユの操るコアスプレンダーはその機動性を生かし、早々と戦場の上空へと到達する。平行して、空中で連結していく本体と部品。
その姿は、白銀に赤を配した、鉄の巨人へと変形する。
目下には、一機のザクを撃破しようとする新型MS『カオス』と『ガイア』。
マユは背中から剣状の兵装、エクスカリバーを抜き払いながら急降下し、その間に割って入った。
見渡す周囲は、赤い炎と黒い煙にめちゃくちゃに塗りつぶされていて。
建物の大半は多大な被害を受け、瓦礫の山と化している。
果敢に戦った同胞のMSたちは、無残に五体を砕かれ転がっている。
それこそ、人間の死体かのように。
「…なんで、こんなことをするのよ。 やっと、やっと…平和になったってのに!」
搾り出すように呻く言葉には、抑えきれない激しい怒りがこもっている。
微かに涙ぐむ菫色の瞳を通して周囲の光景に重なるのは、過去の惨劇。愛する人たちの喪失の瞬間。
「また戦闘がしたいの!? 貴方たちは!!!」