- 383 :舞踏10話 1/16:2006/02/17(金) 09:35:57
ID:???
眩しい陽光が射し込むミネルバの通用路。
真っ青な空と海を映した舷窓並ぶ壁沿いを歩く藍髪の青年は、時折痛む頭を抑えている。
…彼、アスランはインパルスの収容が完了してずいぶん後に、ようやくコクピットから出ることが出来た。
なにせ、大気圏内での無理な行動のせいでコクピット周りの装甲が溶け、
コクピットハッチはまさに溶接されてしまったような状態となり、出られなくなっていたのだから。
整備員たちにハッチをこじ開けてもらい、ようやっとゆっくり休めると思えば
今度は中で待ち構えていたカガリから、怒声交じりの説教をされる羽目になる。
よほど心配性なのか、あるいは自分がそれほど危なっかしい行動をしていたのだろうか。
大馬鹿野郎だとかいつまで経っても危なっかしいヤツだとか、ずっと耳元で怒鳴られてしまった。
長々と続いた説教だったが、オーブ本国と連絡を取るという用事が出来たカガリは
もう一度念を押すように、これからは気をつけろよと告げてから
「…ともかく、ありがとうな。 よく頑張ってくれた。 部屋に帰って、ゆっくり休んでくれ」
笑み添えられたねぎらいの言葉に甘え、アスランは用意されていた士官室へと帰ることにする。
…しかし、身体は疲れているにも関わらず、ベッドに入っても全然眠気がしなかった。
どうにも、短い間にあまりに多くの出来事が起きたせいか
様々な思いが頭の中を飛び交い、頭痛と化して彼の入眠を邪魔するのだ。
固く目を閉じてベッドに横になること3時間ほど。
ついには寝ることをあきらめたアスランは、気分転換がてらにミネルバ艦内を散策することして、今の状況に至る。
穏やかな凪の海を窓から望みながら、アスランは現状について思案を巡らせていた。
自分が目の当たりにした事件。 そこに垣間見えた、世界に渦巻く不穏な空気。
この先、世界はどう変化していくのだろうか…そう思いながら、今後の動向について予想していく。
自分も身を投じた戦闘…メディアでは『セレネの悪夢』と銘打たれたあの事件。
いまだプラントに対して敵対意識を持つ地球連合軍は、嬉々としてそれに飛びつき、プラントを糾弾することだろう。
……いや、それだけで終わるはずがない。 地球連合軍は再び戦争を行うだけの準備を、既に整えている。
それは、所属不明艦を追跡する道中に遭遇した、あの新型大型空母を含んだ大艦隊を見れば一目瞭然だった。
「……また、戦争になるのか」
聞く者も誰もいない廊下で、ぽつりと零された呟き。
うつむく青年の横顔には、悲嘆と苦渋が皺となって刻まれていた。
- 384 :舞踏10話 2/16:2006/02/17(金) 09:37:13
ID:???
――タァン、と廊下の果てから届いてきた音。
それが銃声だと理解したアスランは、とっさに周囲を見回し警戒してしまう。
…しかし、同じ場所から流れてきたと思われる、複数の人間の歓談の声に気付き
事態を把握できないまま、それでも危機的な状況ではないのだろうと考え、音のする方へと足を運ぶ。
…やがて、外に面した扉の前に立ち、ガラス越しに外の様子を覗いて、彼は状況を理解した。
甲板の一角に設置された射撃練習用の標的ブース。その前でたむろしていたのは、赤と緑の軍服纏う少年少女たちだった。
「………おかしい。 これ、壊れてる?」
「こーわーれーてーないっ!
アゼルねぇ、あんたの壊滅的なまでに下手くそな射撃を、モノのせいにしちゃだめよ?」
着弾点どころかかすり傷一つない、まっさらな標的の前に立つ緑服の少年。
彼は隣に立つ活発そうな赤服の少女にどやされつつ、手中の拳銃をこねくり回しながらしきりに首を傾げている。
「…っかしいなぁー。 MSで射撃する時は、ちゃんと当たるのにぃ…」
更に隣では、拳銃を構えた姿勢のまま、難しい顔で唸っているマユの姿があった。
マガジンを替え、再び標的を狙い撃つ姿を見ているところで、アスランは彼女の不調の原因に気付く。
エリート軍人の証である赤服を着ているものも、やはり幼い少女であるマユには、実弾拳銃の反動は強すぎるらしく
拳銃を支えきれず、ちゃんと狙いを定めていてもその通りに撃てないようだった。
上手く的の中に全弾を収めることが出来ず、困り果てた様子で俯くマユへと、隣から声がかかる。
「マユ、お前はもう少し脇を締めて撃つ方がいい」
一人黙々と標的を撃ち抜いていた金髪の少年は、ちらりとマユを見下ろしそう言う。
そして、訓練を再開し、標的の中心を的確に穿っていく様子を、マユは呆然と見ていた。
「レイってすごいよねぇ…」
「うん…レイ兄ちゃん、なんでもそつなくこなすもんねぇ」
同じくその姿に見入っていたメイリンと共に、感嘆の声を上げていた。
- 385 :舞踏10話 3/16:2006/02/17(金) 09:38:09
ID:???
「…訓練規定か、懐かしいな」
不意にかけられた声に皆手を止め、振り向くと。 そこにはドアを開け、甲板に出てきたアスランがいた。
突然の来訪者に、面々は会釈をしたり、今は軍人ではないにも関わらず敬礼をする。
…しかしただ一人、マユだけは憮然とした表情でアスランの顔を一睨みし、そっぽを向いた。
「こんにちわ、アスランさん。 お散歩ですか?」
「ああ、オーブに着くまで用事もないことだし、少し艦内を見学させてもらってた。
銃声が聞こえたから何事かと思ったが…なるほど、射撃訓練だったのか」
「ええ、待機中とはいえボーっとしてるわけにもいきませんから。
どうせやるんだったら、外でやった方が楽しいかなと思って、ここでやってるんですけどね」
気さくに話しかけてきた赤髪の少女、ルナマリアの話を聞きながら、なるほどねとアスランは頷いた。
確かに青天下の甲板の方が、密閉された狭い射撃練習場よりも開放的だろう。
わざわざ練習場から甲板へ運び出されたらしい、標的ブースを見やりながらそう思う。
「…そうだ。 アスランさんって、ザフトのトップガンだったんですよね?
もしよろしかったら、可愛い後輩たちに一つお手本見せていただけませんか?
不出来な子が、約二名ほどいますんで、ぜひお願いします♪」
「えっ…?」
「ちょ、それってあたしのこと?!」
「………あぅ」
突然ルナマリアが発した提案に、目を丸めたアスラン。
その目の前で、マユが驚きの声を上げ、アゼルががっくりとうな垂れる。
…どうやら当たりだったようで、ルナマリアは二人の頭をくしゃくしゃ撫で回しながら笑った。
「そっ、あんたたちよー。
ほら、アスランさんが手本見せてくれるから、しっかり目開いて見ときなさい!」
いつの間に決まったんだ、とアスランは心中で呻いていたのだが
彼の困り顔の理由を解すことなく、ルナマリアは早速準備に取りかかっていた。
- 386 :舞踏10話 4/16:2006/02/17(金) 09:39:20
ID:???
「あっちゃー……負けちゃった。やっぱかないませんね」
「いや、いい勝負だったじゃないか。 危うくこっちが負かされるところだった」
アスランの射撃の腕前の披露から、いつの間にかスコア対決にまで発展していた射撃練習。
銃構える腕を下ろし、表示された点数を見比べてぼやくルナマリアへと、アスランは勝負の感想を述べる。
生真面目な性格で、世辞や嘘を上手く言えない彼のその言葉は、社交辞令を交えない正直な評価だった。
「ホント勉強になりました。 ありがとうございます、アスランさん。
…ほら、次はマユが行きなさいよ。 悪いとこがないか、見てもらう良い機会だからさっ」
アスランへと照れ笑いを向けながら、ルナマリアはそばにいるマユを促すように、ぽんと肩を一押しする。
…しかし、マユは不機嫌そうな顔のまま、ふるると首振ってそれを拒否した。
「いい。あたしはいらない。別の訓練してくる。
行こっ、アゼル!!」
「えっ、なに、どうしたの……うわっ」
そう言うなり、驚いている緑服の少年の腕を掴むと、強引に引っ張りながらマユは甲板から立ち去っていった。
「ちょっと、マユ! 待ちなさいっ!!
………もうっ、頑固なんだからあの子は…」
咎めたにも関わらず、飛び出していった少女と引きずられる少年の背姿を見送りながら
ルナマリアは腰に手を当て、ふうっと大仰にため息をついた。
「すみません、アスランさん…。
あの子、ホントは良い子なんですけど…なんか最近ツンツンしちゃってて」
反抗期なのかしら、と困った顔で呟いている少女へと、藍髪の青年は
「ああ、いや…俺は気にしてないから。
彼女が俺に対して、良い感情を持ってないのも当然だから…」
と、言いながら笑顔を作っていたが、
それはひどく不器用に歪んだ、悲しげな笑顔だった。
- 387 :舞踏10話 4/16:2006/02/17(金) 09:40:24
ID:???
つかつかつかと。 私はミネルバの通路を早足に歩いていく。
一刻も早くあの場を離れたかったんだ。 アスランさんがいる場所を。
…なんというか、あの人を見ていると胸がむかむかしてくる。
彼は本当に英雄の力量を有してると思う。 さっきの見事な射撃を、先日の戦いぶりを見れば納得がいく。
――けれど。 けれども彼は私たちのオーブを救ってくれなかった。
オーブを踏み台代わりにして宇宙へ飛び立ち、私たちを見捨てて逃げていったんだ。
これは二年前からずっと抱いてきた、私の恨みだった。
ウズミ・ナラ・アスハも、娘のカガリも、アスランさんも……
そして、あの時。 家族が死んだ時に、間近で戦っていた蒼い翼の天使…フリーダムのパイロットのことも憎んでいた。
もう、あんな悲劇を見たくない。 傷付き死んでいく人たちを捨てて、逃げたりなんてしたくない。
私は、誰かを助けることが出来るほどの力が欲しかった。
見捨てられ、全てを失った私だからこそ、あの人たちのような過ちは絶対に犯すまいと常に思っていたから。
彼らを憎むことで、彼らを反面教師とすることで
ザフトに入隊する道を選んだ私は、どんな苦難にもくじけまいと頑張ってこれたんだ。
だけどそれが、私の心を支えてきた感情が今、少しずつ揺らぎ始めている。
憎むべき対象と現実に顔を合わせた時、胸中で描いていた人物像と、実際の彼らの姿の違いに気付いてしまったから。
…どうにかしてる。 さっき、アスランさんの独白を聞いた時も
自分でも驚いたことに、彼の行動を肯定してしまうような発言を口にしてしまった。
――自らの責任を認め謝罪しつつも、故人である父親を庇った、凛とした眼差しの娘。
彼女、カガリ・ユラ・アスハは世界中にくすぶる戦争の火種を見据え、平和のために自分はどう動くべきかを模索している。
――幾多の戦場を駆け抜けた力を持ってして、多くの無人機を破壊し、移民船団を守った青年。
彼、アスラン・ザラは先の戦争で受けた心の傷と背負った罪と向かい合いながら、それでも人々を救うために再び立ち上がった。
あの二人を見ていると、胸が苦しくなってくる。
心の奥底で、今の彼らの姿を見て許そうとする自分と、頑なに憎悪を貫こうとする自分がせめぎあっている。
どうすればいいのだろう。 抱いていた憎しみが消えた時、自分はどうなってしまうのだろう。
そう思うと、不安と焦燥が込み上げてきて、あの場にいられないほど辛くなってきた。
- 388 :舞踏10話 6/16:2006/02/17(金) 09:41:41
ID:???
大股歩きで乱暴に、通路を歩いている途中。 突然右手がぐいと引っ張られた。
振り返れば、甲板から引きずり連れてきていたアゼルが、じっと私の顔を見つめていた。
…お兄ちゃんに似た、紅玉みたいに鮮やかな赤の瞳が悲しげに細められる。
「ねえ、マユ。 あの態度はないと思う。
アスランさんは、マユのことを助けてくれたんだよ?」
困ったような顔で、彼はそう諭してきた。 いつもと同じ、気弱な印象与えるぼそぼそ喋りで。
威厳も凄みもないような声だというのに、真っ直ぐ見つめてくる視線は心中を見透かしそうで、無視することが出来なかった。
「…分かってるよ、ちゃんと。
でも、あたしはあの人たちを許せないの…っ!」
頭の中をかき乱す、幾つもの思いを振り払うつもりでぶんぶんと頭を振った。
彼らのことをもっと理解したいという思いと、馬鹿と言われてもいいからこれ以上理解したくないという願いが入り混じる。
心の整理が付かない私は、自分でも驚くぐらいとても動揺していた。
「……そっか。
じゃあいつか、許せるようになったら謝りに行こう」
私の叫びに、思いのほかすんなりと納得し頷いたアゼルは、そう提案してきた。
そして、付け足すようにこう言った。 その時は、僕も一緒に謝りに行くよ、と。
……アゼルはいつもこうだ。 レイ兄ちゃんほどでもないけど説教するし、なにかと世話を焼いてくる。
私が目上の人から注意を受けてる時も、一緒にその場で怒られている。 お兄ちゃんぶってるというかなんというか。
とはいえ実際、アゼルは私のもう一つの『家族』の一員であり、一つ年上の兄とも呼べる人なのだけど…。
- 389 :舞踏10話 7/16:2006/02/17(金) 09:45:33
ID:???
- ――ふと、思い起こすアゼルとの出会い。
プラントに入国した私は、デュランダルさんという偉い科学者さんに色々取り成してもらい
セプテンベル市に住んでいる、私の叔父さんと一緒に暮らせるように手続きまでしてもらった。
滞在していたホテルを出て、叔父さんの元へと向かう日。
わざわざ見送りに来てくれたデュランダルさんは、叔父さんの住所を書いた紙と紹介状を渡してくれた。
「遅くなってすまなかった。 なかなか許可が下りなくて、時間がかかったんだ。
しかし、安心してくれ。 少々小細工をしたが、叔父さんの下で暮らせるように手配したよ」
そして、何か困ったことがあったらいつでも自分に相談してくれ、とも言ってくれた。
…まぁ、本音としては初対面の私に、これだけ良くしてくれるデュランダルさんのことを不審に思うことはあった。
なにせ突然、一緒に暮らさないかと言ってきた人だ。
非常に悪いとは思うのだけど、裏があるんじゃないだろうかと警戒しちゃうんだよね。
そんな思いはあったにせよ、とにかくデュランダルさんに今までのお礼を伝えた後、
私はシャトルに乗り、セプテンベル1区へと向かった。
- 390 :舞踏10話 8/16:2006/02/17(金) 09:47:02
ID:???
「ええっと……この近く…のはずなんだけど」
緑の並木に囲まれた、緩やかな坂道を上がりながら、私は周囲を見回す。
…デュランダルさんからもらったメモに書かれていた区画まで辿り着くのは、そう難しくなかったんだけど
そこは複雑に入り組んだ路地で、しかも周囲にある家はどれもやたらに大きく、豪華なものだった。
信じられないことに、叔父さんはこんな超高級住宅街で暮らしているらしい…。
「うう、標識なんてないし…番地すら書いてないや…」
広告一つすらない、新品同様の表面晒す電柱を眺めながら、私は大きくため息をついた。
誰かに道を聞こうにも、閑静な住宅街の道路には平日の昼間ということもあってか、人一人歩いていない。
どこかの家で直接尋ねようかとも思ったけど…どこも高い塀に囲まれ、そのずっと奥に重厚な扉があるような
気軽に入ろうなんて微塵も思えない、豪邸ばかりだった。
……ああ、住所や番地だけの紙じゃなくて、地図を描いてもらえばよかった。
そんな後悔が生まれたが、もうそれはとっくの昔に過ぎたことで諦めざるおえない。
誰か通りがかってくれないだろうか、と祈るように思いながら、
見事に生い茂った一本の街路樹に、私は背を預けるようにもたれかかった。
「…ねえ、もしかして迷子?」
不意に、頭上から降りかかった声。 びっくりして、頭上を見上げると
そこには、街路樹の枝に腰下ろす一人の少年がいた。
突然声をかけられた驚きで、返答に迷っている間に
樹上の彼は、腰かけていた太い枝に手をかけぶら下がると、そのまま私のそばに飛び降りてきた。
赤い髪を後ろで結わえた、赤い瞳の男の子。 年頃は私とあまり変わらないぐらいに見える。
彼は、黙っている私を不思議そうな顔で見つめながら、首を傾けていた。
あー…なんか言わないと。 どうやら私がなにも喋らないもんだから、困ってるみたい。
「うん、そう。 人を訪ねて来たんだけど…住所だけしか知らなくて、迷っちゃったの。
地図でもあればよかったんだけど…」
そう説明すると、少年はふぅんと相槌を打って、
「それじゃあ、僕の家においでよ。 この辺りの地図、あるから」
にこと、はにかむように控えめな笑顔を浮かべながら、ついて来てと手招きした。
ずっと一人で歩いていて心細かったし、相手は近い年頃の子どもだったということもあって
安心した私は、礼を言いながら彼のあとについて行った。
- 391 :舞踏10話 9/16:2006/02/17(金) 09:48:54
ID:???
「そっか、マユは地球から来たんだね」
「うん。 こっちに住んでる叔父さんを頼ってね」
「…じゃあ似たもん同士だ。 僕も知人を頼ってプラントに来たんだ。二年前に」
「アゼルも地球生まれ?」
「ううん、デフリ海にある、廃棄コロニーで生まれたんだ」
彼、アゼル・ノーデンスと名乗った少年の家に向かう道中
私たちはお互いに気を許し、今までの経緯や雑談を交わしながら歩いていた。
てくてくと、住居立ち並ぶ坂道を登っていると、アゼルが前方を指差した。 自分の家はあそこだと言いながら。
……大きな屋敷だ。 この高級住宅街の中にあっても、かなり目立つほどに。
それに、見れば玄関先には制服で身を固めた男の人が二人立っている。
それがプラントにおいて、どんな役職の制服かは知らなかったけど…警備員かなと推測してみた。
「…友達って言えば通してもらえるかなぁ」
隣でアゼルが、困ったようにため息をつきながらぼやいてたけど
「行こう。 多分大丈夫」
と、言うなり私の手を掴んでスタスタと足早に向かっていった。
「ん? その娘はなんだ」
「来客です。 僕の友達なんです」
頭ごなしにじろりと、威圧するような視線を向けてきた怖い顔の門番さんに
アゼルは怯むことなく堂々と、私のことを説明している。
…ちょっと、分からなくなってきた。アゼルはこの屋敷の子っぽいのに、門番さんは随分と偉そうな態度してる。
事情を理解できなかった私は、とりあえず全てを彼に任せておいて、黙って立っていることにした。
「しかし…部外者を入れるわけにはだなぁ」
「いや、ちょっと待て。 お嬢ちゃん、その書類を見せてもらえるかな?」
渋る男の人の隣にいた、もう一人の門番さんが私のそばに近づいてきて、手を差し伸べてきた。
突然のことでまごまごしてしまったけど、私は言われるままにデュランダルさんから渡された封筒を手渡した。
「ああ、なんだ。 通っていいよ」
中の書類に目を通した門番さんは、私の顔を見ながらそう言ってくれた。
すんなりと下された許可に、私もアゼルも驚いて互いの顔を見合わせたけど
とりあえず、気が変わらないうちにと思いながら、足早に門をくぐって屋敷の中へ入っていった。
- 392 :舞踏10話 10/16:2006/02/17(金) 09:50:00
ID:???
とにかく頑丈そうで、とにかくおっきい木製の扉を押し開けて屋敷の中へと入る。
二階との吹き抜けになった広いエントランスに呆然と立ち尽くしながら、私は内装の豪華さに圧倒されていた。
アゼルは辺りをキョロキョロ見ながら歩き回り、口に手を当てながら大きな声を上げていた。
「どこですかー、エイジさーん」
アゼルが口にした言葉に、私は驚いて彼を見た。 彼の呼んだ名前、それは私の叔父の名前と同じ音だったから。
まさか、そんな偶然があるわけない…と自分の考えを疑っている間に
屋敷の奥から、はぁいと間延びした男性の声が返ってきた。
ぱたぱたと靴音響かせながら、やがて廊下の一角からひょろ長い体格の男の人が顔を出した。
「はいはい、どうしたんですかアゼル?」
「あ、エイジさん。 この辺りの地図を見せてください。
この子、道が分からなくなって困ってたんです」
アゼルのそばに近づき会話する、品の良い白のワイシャツに黒のベストとスラックスを身に着けたその人は
多少の印象の違いはあれど、確かに幼い頃の記憶にある、私の叔父さんだった。
「それはそれは。 災難でしたねお嬢さ…」
穏やかな笑顔浮かべながら、こちらへ向き直った男の人は、私の顔を見て言葉を詰まらせた。
まるで夢幻から目覚めようとするかのように、ぱしぱしと何度も目を瞬かせていた彼は
やがて、満面に笑顔を浮かべながら私の身体を抱き締めた。
「マユ、よく来てくれた……本当に、よく生きていてくれた」
ああ、やっぱりエイジさんだった。
肉親と再会した嬉しさのあまり。そして今まで張り詰めていた気が緩んだせいもあって
私は叔父さんの身体にぎゅうとしがみ付き、涙を零していた。
- 393 :舞踏10話 11/16:2006/02/17(金) 09:51:16
ID:???
どうやら後で話を聞いたところ、私が来るということは家の者全員が知っていたとのことで。
あの門番さんも、私の顔を見てピンと来て通してくれたようだった。
…ちなみに、アゼルはその事を知ってはいたのだけど、まさか私だとは思ってなかったらしい。
「……だって、顔写真も見せてもらってなかったし…。
名前も、その、忘れてたんだ」
あとでその事をからかった時、彼はすねたようにうつむきながらブツブツと言い訳してた。
まぁ、アゼルは初対面の時から大ボケっぷりを披露してたというわけ。
彼とは、その日以来2年もの付き合いだった。 同じ家で養子として、兄妹同然に暮らしてきた。
……ううん、正確には違うかも。 私にとっては年差の優劣を感じさせない、双子のような存在だったかもしれない。
一つ屋根の下で、一緒に勉強をしたり家事仕事を手伝ったり、遊んだり。
そして、ザフトのアカデミーに入ったのも、一緒だった。
お互い目的は異なっていたけど、目標は二人ともMSパイロットで。
操縦マニュアルを見ながら頭を痛めたり、成績の芳しくない科目は遅くまで練習したり。 いつも二人で協力してきた。
今となっては、ルナ姉ちゃんやメイリン姉ちゃん、レイ兄ちゃんに…大勢の友達が出来て、苦楽を共にしているけど
気兼ねなく付き合える、相棒と呼べる存在はやはりアゼルだろう。
……もっとも、気兼ねなさ過ぎるのと、小動物のように無害な性格というのもあって
その天然ボケっぷりをけなしたり、面倒事を押し付けてしまうことをしょっちゅうしてしまうのだけど
けれど、いつも私を守るようそばにいて、見守っていてくれる彼は本当に大切な家族だった。
「……マユ?」
目の前の少年は、昔と変わらない仕草で、こてりと首を傾げている。
レイ兄ちゃんと同じように、あまり感情を顔に出さない男の子だというのに、
何故かアゼルの場合は、レイ兄ちゃんのようにクールとは言えず、ただぼんやりしているように見える。
私が内心で呟いた酷評に気付かない彼は、ただただ不思議そうにまばたきを繰り返すばかりで。
可笑しくて、なんだかさっきまで痛んだ心のトゲトゲが、若干短く丸くなったような気がした。
「なんでもないよ、アゼル。 さっ、行こ!」
「そうだね。 特訓特訓」
私が笑ったのを見て安心したのか、穏やかに目を細めながら彼も笑顔を浮かべ、
再びトレーニングルームへと向けて歩き出した私の後ろを、今度は手を引かれることなく自分からついてきてくれた。
- 394 :舞踏10話 12/16:2006/02/17(金) 09:52:30
ID:???
降下地点より、オーブ領海方面へと針路を進めていたミネルバ。
休息が明け、クルーが集まりはじめた艦橋内に、索敵官の一声が生じる。
「艦長、前方にオーブ所属の艦隊を確認。 数3」
「…艦長! オーブ艦隊より通信が入ってます。 メインモニターに回します」
「ええ、お願い。 …代表、オーブ艦隊からです」
続いて告げられたメイリンの報告を受け、タリアは頷き返し、背後の女性へと声をかける。
オブザーバーシートに座り、ノートブック型のモバイルとにらみ合っていた彼女、カガリは呼びかけに顔を上げた。
メインモニターに映し出されたのは、オーブ軍のものである白基調の軍服を着た壮年の男。
実直を絵に描いて額に飾ったかのような佇まいの男は、敬礼しつつ口を開く。
「オーブ軍、第二護衛艦隊所属、トダカ一佐であります」
「こちらはザフト軍所属ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。
我々の呼びかけに対しての、貴軍の迅速な対応に感謝します」
「いえ、先日の騒動において最前線で戦った貴艦を、我々地球の者が助けるのは当然のことです。
なにより、あの混乱の中、我が国の代表カガリ様を無事に守り抜いてくださった」
トダカと名乗った軍人は、タリアの謝辞にそう応じると深く一礼した。
後方からその姿を眺めていたカガリが、朗々とした声を張り上げ、彼へと話しかける。
「ご苦労だったな、トダカ一佐」
「代表、ご無事なようでなによりです」
「随分と心配をかけてしまったな。
着いて早々ですまんが、そちらの艦へ戻りたい。 迎えを寄こしてくれないか?」
「はっ。 すぐにお迎えにあがります」
…それらのやり取りのあと、今後の航程などについて艦長同士で打ち合わせを行う。
やがて通信を終えたタリアは、後ろで慌しくモバイルをしまっているカガリの方を見た。
「代表、お急ぎのようですが…いかがなされましたか?」
急ぎで艦を発つ様子の娘へと問うと、彼女は席を立ちながら答えた。
「向こうの通信設備を使って、本国や友好的な関係にある各国と連絡を取る必要が出てきた。
今は少しでも早く、多くの情報が欲しい。 この事態、悠長に構えていては取り返しのつかない事になりそうだからな」
凛と引き締まった面差しを見せながら、カガリは語る。
それはまるで己自身を奮い立たせるかのように、力篭められた声で。
年頃の娘とは思えない気迫を纏う彼女を、タリアは驚きを覚えながら見入っていた。
- 395 :舞踏10話 13/16:2006/02/17(金) 09:54:40
ID:???
それからしばらくして、オーブ艦隊より飛び立った一機のヘリが今、ミネルバの甲板に降り立たんとしている。
プロペラの風立つその場にいるのは、ヘリに乗り込む予定のカガリとアスラン。
そして、見送りとして立ち会うのはタリアとアーサー、そしてMSパイロットたちだった。
ゆっくりと甲板に着陸したヘリのドアが開き、トダカを先頭に数人の軍人が降りてくる。
彼らの姿を認め、前へと進み出てきたカガリへと、軍人たちは敬礼をした。
「お迎えにあがりました、代表」
「ああ、ご苦労。 本国に着くまでの私とミネルバの護衛、よろしく頼んだぞ」
鷹揚に頷いた彼女は、彼らに笑みを向けながらねぎらいの言葉をかける。
そして、後ろに並ぶミネルバクルーたちへと振り向く。
「グラディス艦長、この度のことは本当に感謝している。
色々ワガママを通してもらった詫びとして、貴艦の補給と休息を約束しよう」
「はい。 寛大な配慮に感謝します、代表」
「それでは、のちほどオーブ本国で会おう!」
艦長であるタリアへと手を伸べ、握手を交わした。
続いて、隣に控えるパイロットたちへと向き直ると、大気打つプロペラの音に負けぬように声を張り上げ呼びかけた。
「お前たちには本当に世話になった! オーブに着いたら、存分に羽を伸ばしてくれ!
…それとマユ! 時間が作れたらまた話がしたいんだが、いいな?!」
「はい! でも、仕事サボっちゃだめですよ!!」
「ああ、分かってる!!」
マユのからかいの言葉に、苦笑いを浮かべながらカガリは叫び返す。
その時、彼女らのやり取りを耳にしたトダカが驚きの表情を浮かべた。
- 396 :舞踏10話 14/16:2006/02/17(金) 09:56:08
ID:???
「む…もしかして、マユ君か?!」
「あっ…トダカさん!」
不意に発された呼び声にそちらを見た少女は、声の主の姿を見て声を上げ、
久方ぶりの再会に今の状況を忘れ、喜びをあらわに男の元へと駆け寄っていった。
向こうも同じだったのか、軍人としての表情を崩し、笑顔で彼女の両肩に手を置いた。
「先月アカデミーを卒業したとは聞いていたが…まさかこんな所で会うとは。
少し、背が伸びたようだな?」
「育ち盛りの割にはあんまり伸びてませんけどね。
…それにしても、よかったぁ。 トダカさん元気そうで」
年相応の少女らしい、はにかみ笑みを浮かべながらマユはかつての恩人の顔を見上げた。
そんな二人の姿を、目を丸めて眺めていたカガリが口を開く。
「なんだ、知り合いだったのかトダカ」
「はい。 先の戦争の際に出会い、しばらくの間家で預かっていました」
「そうか…よかったな、会えて」
トダカの返答に、カガリは眩しそうに目を細めながら笑った。 彼らの再会を喜ぶように。
…ふと、大事なことに気付きトダカは表情を硬くし、姿勢を正してカガリへと向き直った。
「失礼いたしました代表。 お急ぎのところを申し訳ありません」
「はは、構わないさ。 そう気にするんじゃない。
…とはいえ、それで聞くお前じゃないか。 船へ戻るぞ」
「はっ、了解しました」
敬礼をした男は、ヘリへ向けて歩き出した娘の後に続いていく。
離れ際ぽつりと、積もる話はオーブについてからしよう、とマユへの言葉を残して
彼らを乗せたヘリは、日の傾き始めた青空へと飛び立っていった。
- 397 :舞踏10話 15/16:2006/02/17(金) 09:57:56
ID:???
――所変わって、オーブからは随分と離れたとある国の、とある施設。
自然の光の一切射さない廊下を、一人の青年が歩きゆく。
飾り気一つ無い、鈍色の鉄で四方を囲まれた薄暗い廊下に、彼の纏う暗色の軍服はよく馴染む。
…やがて、一つの扉に辿り着いた彼は、扉の横に掛けられた機器の前で身元照会を行い、開かれた扉をくぐる。
そこで、秘書官と二、三言やりとりを交わした彼は、更に奥に続く大部屋に通された。
自動開閉のドアをくぐれば、まず視界に飛び込んでくるのは前方全てを占める大小様々、無数の画面。
左右の壁を見回しても、その画面を管理しているらしき機材やコンピューターに埋め尽くされている、実に殺風景な部屋。
…その中で、マホガニー製のアンティークな様式のデスクとソファーは、水と油の如く見事に馴染んでいなかった。
「ただいま戻りました、ジブリールさん」
青年がデスクに向かって声を投げかけると、今まで背もたれ側を向いていた椅子はくるりと半回転し
そこに座る銀髪の男が、来訪した青年を迎えた。
「長旅ご苦労だったな、ケイ」
「なかなか有意義な時間を過ごせました。 それなりの成果も出せましたし」
ベージュ色のマオカラースーツを纏う、三十代前半と思われる男性は、ケイ・サマエルへとねぎらいの言葉をかけた。
彼の言葉に応じる、ケイの声に反応したのか。 男の膝の上で丸まってくつろいでいた黒猫が、不意に目を開ける。
そして、するりと音無く床に降り立ち、ケイのそばへと近づいてその足元に纏わり付いてきた。
ごろごろとご機嫌そうに喉を鳴らしながら、身をすり寄せてくる毛足の長い猫を抱き上げて、ケイは笑う。
「やあ、ご無沙汰。 元気だった?」
腕の中でくつろぐ猫を撫で回しながら無邪気に話しかける彼を、飼い主である男はムッとした顔で見やっていた。
「……随分と懐いてしまったようだな。
君が来るたびに、その子は私を放ってそちらへ行ってしまう」
「はは、なんででしょうね。 なんだか僕のことを、気に入ってくれたみたいで」
飼い猫を奪われた男の不機嫌さを露わにした言葉に、ケイは曖昧に苦笑していた。
それを見ながら、まあいい、と呟いた男はデスクから立ち、脇に置かれたソファーへと移動した。
ソファーに座った彼が、無言の視線で促してくるままにケイも向かい側に座ることにする。…猫は膝の上に置いて。
- 398 :舞踏10話 16/16:2006/02/17(金) 09:59:06
ID:???
「それで……セレネの件、いかがなものでしたか?」
「ああ、完璧だよ。 見事なまでに無駄のない、そして人心に訴える素晴らしい演出だった。
君が選んだ撮影班も良い仕事をしてくれたよ。 見たまえ。なんとも恐ろしく、誰もが息飲む卑劣な光景だ」
ケイの問いかけにその男、ロード・ジブリールは満足げに喉鳴らしつつ笑み零すと
手にしていたコンソールを操作し、壁面のモニター群の中でも特に大きい画面の映像を操作した。
――そこに映し出されたのは、MSによって攻撃され、次々と破壊されていく艦船の群。
今、マスコミの間でも『セレネの悪夢』と銘打たれて繰り返し報道されている悲劇の映像の
更に上を行くほど克明で、より凄惨な光景が大画面に映し出されていた。
「間もなくこれも各地のメディアに提供される。 無粋なシーンを省いてね。
…ふっ、くくくっ……これを見てからの大衆の反応が楽しみだよ」
「これで世界中の世論も一つにまとめられる、ってワケですね?
それで…ご老人方はいつお集まりになるんで?」
「6時間後だ。 それまでに、まずは我々だけで祝杯をあげようじゃないか」
事が全て上手くいったという喜びから、すっかり上機嫌になっているジブリールはそう言いながら
隣室に控える秘書へと飲み物の準備をするようにと指示をした。
――やがて、血のように深い赤の注がれたグラスが彼らの手の中に用意される。
「…まずは、作戦の第一段階の成功を祝して」
「これに続く、僕たちの計画の成就を願って」
「「乾杯」」
彼らの声に続いて、グラスが打ち合わされる涼やかな音が、室内に響いた。