51 :舞踏15話 1/19:2006/08/15(火) 11:26:11 ID:???

潮騒の音を乗せる風が、戯れるように髪をかき回し、あっという間に逃げ去っていく。
カガリは空いている右手で黄金色の髪を押さえながら、僅かに目を眇めた。
左手に、純白の大輪花ひしめく花束を携え、彼女は風の吹いてくる方へと歩みを進める。

海の方角へ。 海岸線の際に建てられた、石碑を目指して。



 「――おや、こんな所で会うなんて、運命的だねマイスィート♪」


……着いたそこには既に、見知りの先客がいた。
顔の造作は十分に美男の範疇だというのに、道化めいた抑揚で間の抜けた台詞を口にするせいか、
限りなく三枚目に近い二枚目半の雰囲気纏う青年が、へらりと笑顔を浮かべながら、立ち尽くすカガリへと手を振る。
そんな彼の手にもまた、彼女と同じように花束が提げられていた。


52 :舞踏15話 2/19:2006/08/15(火) 11:27:04 ID:???

 「ユウナ…お前もよくここに来るのか?」

 「暇がある時に、散歩がてらね」

 「しっかし、こんな所に真っ赤なバラなんて持ってくるか? 普通」

 「まーまー、いいじゃないか綺麗なんだからさっ。
  それに、たまにはいつもと違うような花を見たいと思うよ、僕はね」


石碑の前に、白いカサブランカの花束を捧げ置いたカガリへ笑いかけながら
ユウナは、華やかな色彩をかき集めたかのような派手な花束を、その隣に供える。
……二人が訪れた場所。 かつて、マスドライバー施設『カグヤ』が存在していた地。
そこに建てられた、二年前の本土侵攻によって犠牲となった人々の魂を祭る慰霊碑だった。


 「私もよく、ここに来るんだ。
  ここはお父様と最後に会った場所だから…」

 「そして、お亡くなりになられた場所でもあるね。
  ……でも今日は、ウズミ様の死を嘆きに来たわけじゃあないよね?」

 「お前の居場所を聞いたら、ここだって言われたからな。
  でも、参ったのはついでという訳ではない。 父上や、ここに眠る人々にも聞いてもらいたかったからだ」


慰霊碑の前にひざまずき、黙祷を捧げていた娘は、頭上からかけられた声に立ち上がる。
そして、先ほどからずっとこちらを見つめてくるユウナへと向き合い、真っ直ぐ眼差しを重ね合わせた。


 「あの時のお前の問い、自分なりに答えを出してきた。 どうか私の話を聞いてくれ、ユウナ」


53 :舞踏15話 3/19:2006/08/15(火) 11:27:55 ID:???

彼女が導き出したオーブの方針…
連合にもプラントにも膝折ることなく、中立の意思を示す国家らと手を携え合い、新たな勢力を打ち立てること。
四日前の首長会議でその考えを皆に伝えた時、答えを出していない問題点を暴き出したのは、目の前にいるユウナだった。
彼の指摘の影響で、会議はその場で収まることなく、結論は次回へ持ち越すという結果に終わった。

――だが、彼女はユウナのした事に対して恨みを覚えるようなことはなかった。 

彼の言葉で、自分の中で解決出来ていない問題があることを、
それを乗り越えないことには、首長たちを納得させるほどの説得力を示せないことを、彼女は理解した。


自分が歩もうと決めた道に立ち塞がった、過去の幻影。
オーブとアスハ家が掲げ続けた、中立国家の志を背負ったまま、焔の中に消えた父親の姿。
彼の遺志を打ち捨てることが出来ず、思い悩んだカガリは、父親の弟である叔父のホムラに相談した。

そして、ホムラとの対話を通して自分の為すべきことを再確認した彼女は
これまでのオーブの行動理念であった、他国の戦争に関わらぬという思想を捨てる道を選ぶ。

…その後、彼女はオーブの首長一人一人の元を訪ね歩いた。
自分の考えを事細かに説明し、時間をかけ、相手が納得するまで意見を交わす。

彼らと対談する過程の中で、連合の傘下に入ることを拒む首長が少なからずいる事を、カガリは知った。
かつて本土に攻め入ってきた国家に対して、不信感を拭えるほどの月日が経っていないのだから。
…かといって、中立の姿勢を貫くのは不可能に近いという事も、彼らは二年前に身をもって思い知らされている。
首長の中には、カガリの示した方針を王道と讃え、大いに賛同を示す者もいた。
同盟を組む国家の少なさと、互いの距離が離れている事から相互共助が上手くいくのかと、慎重な姿勢を示す者もいた。

二日かけて、カガリは会議の参加した人々の元を訪ね、説得した。
彼ら全員から、支持の確約を得れたわけではなかったが、
誰も皆、自分の言葉に傾聴し、興味を持って意見を返してくれた事に、彼女は確かな手ごたえを感じていた。


――そして、二度目の会議を翌日に控えた今日。 彼女は最後に、最初の意見してきた者の元を訪れた。


54 :舞踏15話 4/19:2006/08/15(火) 11:29:04 ID:???

 「……なあ、ユウナ。 お前はあの時、私を試したんだよな?
  問題をうやむやにしたまま、話を進めようとした私を、わざとつまづかせたんだろう?」


二日前、叔父との対話から導き出した己の考えを、一葉残さず全て告白したカガリは
最後にポツリと、限りなく確信に近い疑問の言葉を青年へと向ける。


 「皆が集う前で、私の抱いていた迷いを見抜き糾弾したのは、
  私の覚悟を試し……逃げ道を塞いで追い込むためだったんだろう? 迷いから目を背けさせないために」

 「何言ってんだいカガリ。 可愛い君に、僕がそんな酷い真似をするわけないでしょ。
  逃げ道は、ちゃんと用意してあったんだよ? 全て僕に任せなさい、絶対守ってあげるから…って言ったじゃない」

 「選ぶはずのない道なんて、無いも同然だろ」


能天気に笑いながら、甘い言葉を口にするユウナに対し、カガリは片眉を跳ね上げながら憮然と呟く。
怒ったような素振りを見せる彼女を、まあまあとなだめる青年。


 「大体は君の推測通りだよ。 あの時僕は、わざと問題を指摘することで君を試した。
  アスハ家が掲げてきた…そして、ウズミ叔父様が命を賭して貫いた中立国家の理念を、本当に捨てられるのか、ね。
  父は僕の行動を、君の動きを挫くために行ったものだと思ったのか、ずいぶん褒めちぎってたけど……本当の意図は違う。
  君が肝心な場所で転んだりしないように、障害になりそうな問題を先に教えたんだ。
  ――とはいえ、僕はその危険性を伝えただけで、問題を取り除く事自体は君に任せたけどさ」


ユウナはカガリから視線を外し慰霊碑を、その向こうに大きく広がる海原へと顔を向ける。
いつの間にか彼の横顔から笑顔は消え、凪の海のように鎮まり返る真摯な表情が映っていた。


55 :舞踏15話 5/19:2006/08/15(火) 11:30:50 ID:???

 「僕はね、カガリのことを愛してるよ。 人となりも思想も、目指している理想も全てね。
  事を荒立てたくないから、表面上は父上に従っていたけど、本心では君の考えに賛同していた。
  …今回の事件は、オーブの指導者としての君の正念場だった。
  だから、皆から信頼を得られるよう、不安を取り除いた上で覚悟を持って立ち向かってもらいたくて、ああ言ったんだ」

 「……一体いつから知っていたんだ? 私が新たな同盟を作る動きに参加していた事を…」

 「ああ、それね? 君のパソコンを覗かせてもらったからさ♪
  スカンジナビア国王陛下や首相殿、赤道連合代表殿らとのメールのやり取りを見れば、君の行動を理解出来たよ」

 「お、お前っっ!! そんなことやってたのか?!!」

 「ああん、そんなに怒らないでくれよカガリぃぃ〜〜。
  確かにちょっと倫理的に問題あるけどさぁ。 君を愛するが故に取った行動なんだから。
  婚約者なんだから、君の考えを深く理解しておく必要があると思ってね♪ どうか寛大な心で許してくれないかなぁ」


彼が、プライバシー侵害とも呼べる行動をしていた事実を知ったカガリは、
顔を紅潮させ、怒鳴り声を上げて相手へと詰め寄る。
迫られたユウナはといえば、またいつものへらへら笑いに戻り、怒りを露わにする少女をなだめにかかる。

うう、と犬のように唸り声を上げて歯を食いしばっていたカガリだったが
ろくに反省の様子を見せない青年に呆れてきたのか、やがて脱力したように肩を落とし、溜息をついた。


 「まあいい。 …そんなことよりも、聞きたいことがある。
  ――ユウナ、率直に聞く。 お前は、私の考えをどういう風に評価している?」


俯いたまま一度頭を振ったあと、再び顔を上げたカガリは、傍らに立つ男を見つめながら、問いを紡いだ。

…それこそが、彼の元を訪れた一番の理由。
考えを見直すきっかけを与えてくれたユウナに、今の自分を認めてもらわねばならないと、彼女は考えていた。
明日の会議に向けて、一人でも味方が欲しいという理由もあったが、
それ以上に、彼に認めてもらうことで、
問題を乗り越えた達成感と、自らの考えに対する自信を得たいという思いがあった。

琥珀色の、真剣な眼差しを受け止めるように見つめ返していたユウナは
顎元に手をやりながら、ふうむと一つ息を付く。


56 :舞踏15話 6/19:2006/08/15(火) 11:31:52 ID:???

 「若干、楽観的予測や理想論が入ってるトコあるから、及第点には少し辛いけど…いいんじゃないのかな?」

 「そうか……。
  では、私の考えに、臣下として付き従うほどの価値はあるか?」

 「あるよ。 ――でもそれは、今の所は、ってだけだ」


どういう意味だ、と。 カガリは訝しげに目を細めながら、聞き返す。


 「今いくら悩もうが、名案を思いつこうが…結局はまだ、机上の空論に過ぎないってことだよ。
  いざ事態が動き出せば、予定通りに進むことは、まずないだろうね。
  ましてや、自国だけじゃなくて同盟国も守らなきゃいけないんだから、上手く事が運べるわけがないでしょ」


口の端を釣り上げながら、ユウナはおどけたように肩をすくめた。
茶化しているとしか思えない仕草を添えた辛辣な言葉に、娘は激情に顔を赤く染めたが
ぽん、と頭の上に手を置かれ、思わず返す言葉を引っ込めてしまう。


 「……それだけ、大変なことなんだよ。君の選んだ道は。
  同盟を組むという事は、いわば身内を増やすことなんだ。何があっても守らなければならないモノをね。
  そりゃあもう、途方もなく大きくて深い懐を要求されるし、知恵も度胸もハッタリも必要だ。
  ――もう、女の子だからって言い訳出来ない。 今度こそ、君は腹を括らなければならない。
  こんな大事を言い出したからには、国の全てを責任持って背負い続けなければならないんだから」

 「…分かってるさ。 元よりそのつもりだ。 そんな口実で逃げたりなんてするもんか。
  いくら状況が悪化しようが、他人に押し付けようなんてつもりはない!
  へばろうが、ぶっ倒れてしまおうが、私は責務を投げ出したりするような事はしない!!」


くしゃりと掻き混ぜられた前髪の隙間から覗く、暁色の眼差しは射貫かんばかりに力強く。
固い決意の篭められた表情を浮かべながら、カガリは宣誓するかのように声高に叫んだ。
唇を真一文字に引き縛りながら見上げてくる彼女を、驚きの表情で見つめていたユウナだったが、
やがて目を閉じ、喉元に張り詰めていた空気を抜くように静かな息を吐くと、

 「いい返事だ。 その言葉、信じるよ。
  僕も及ばずながら手を貸そうじゃないか。愛しき君の理想に」

にんまりと。 顔いっぱいに満足そうな笑顔を広げながら、ユウナは誓いの言葉を口にした。


57 :舞踏15話 7/19:2006/08/15(火) 11:33:23 ID:???

 「――以上を持ちまして、本会議を終了させていただきます」


進行役を務める男が発した締めくくりの言葉に、
議場に集う者らの間から漏れた、安堵の息や雑談の声、椅子を引き、席を立つ音が辺りを満たす。

続々と退出していく人々の群の中、悠然たる足取りで扉へと向かうカガリ。
彼女の姿を見とめたユウナも、そばへと駆け寄ろうと急いで席を立つ。
既に議場から出ていったカガリを追い、扉をくぐろうとしたところで彼はふと足を止め、振り返る。
……愕然とした表情のまま深くうな垂れ、いまだ席に座り続けている己の父親の姿。
それを背中越しに見ていたのは数秒のことで。 向き直ったユウナは、彼を置いて議場を後にした。


 「よかったねカガリ。 君の努力が実ったじゃあないか」
 
 「何言ってんだ。 私はただ、話をしに回ることしかしてないぞ」


廊下を歩いているところに追いついてきた、ユウナがかけてきた言葉に、
カガリは素っ気ない口調で返事をしたが、その横顔には微かに笑顔が浮かんでいる。

――慰霊碑前でのやりとりの翌日。
カガリが帰還してから二度目の、オーブ行政府での閣議。
今回の閣議では、前回結論に至らなかったオーブの今後の方針……
宰相であるウナトが訴える、世界安全保障条約加盟。 カガリが訴える、中立国間の新たな同盟結成。
どちらの方針を支持するかという選択が、オーブの政治を担う首長たちに委ねられていた。

集う者誰もが、緊張の面持ちを見せる中開かれた二度目の閣議。
その結果は、最初の閣議からは考えられないようなものだった。

三日前は、カガリが突然言い出した中立国家同盟の話に、驚きと戸惑いを露わにしていた首長たち。
肯定的な意思を示す者は一人もなく、その時カガリはひどく落ち込んだものだった。

――ところが、今回行われた採決では。
提案者であるカガリとウナト、そしてユウナ以外の、参加者全員がカガリの案を支持する。
思いもよらぬ不利な状況に、ウナトは焦り、声を荒げて熱心に人々へ訴えかけたが
隣で静観していた息子のユウナまでもが、突然カガリの考えに賛成する意を示すと、引きつった顔で言葉を詰まらせた。

予定していたシナリオを完全に壊され、弁舌も揮わなくなったウナトは
周囲の人間と自分の息子の説得に頷きこそしなかったが、それ以上自分の案を押す気力もないようだった。
…結果、対立意見を掲げるウナトを除いてではあったが
残る首長ら全員から支持を受けたカガリの提案は、正式に可決された。


58 :舞踏15話 8/19:2006/08/15(火) 11:34:27 ID:???

 「しかし……お前大丈夫なのか? 父親の考えに反対するなんて」


執務室に戻ったカガリはデスクチェアに腰を下ろしながら、続いて入室してきたユウナを見て、言う。

採決の時、カガリの意見に対して多くの手が挙げられていた時、
そして、自分の息子までもがその中に加わっている光景を見た瞬間の、ウナトの形相は相当凄まじいものだった。
耳の先から禿頭の天辺まで真っ赤に染め上げ、顔中しわくちゃにしながら歯を食いしばり、
身を微かに震わしているその姿は、彼の怒りの激しさを如実に表していた。
…もっとも、それを見たカガリは怒りに気圧されるどころか、達磨のような姿を前に笑いを堪えていたのだが。

しかし、息子であるユウナは、父親に対してどういう感情を抱いているのだろうか?
気がかりに思ったカガリは、問いを投げかけた相手の顔をまじまじと観察する。


 「なーに言ってんだいカガリ。
  愛するハニーのために選んだ道なんだ。 どんな障害が立ちはだかろうが、僕を止められやしないよ♪」

 「阿呆か」


歯の浮くような軽口に、パチンとウィンクを添えて。
笑顔で応じるユウナへと、カガリは溜息をそのまま声にしたような、力ないツッコミをすかさず入れた。


 「……って断言出来たらカッコ良かったんだけどね。 本当は不安なんだ。
  僕は常日頃、父上の言う事を聞く良い子、って姿勢を貫いてきたからね。
  多分、父上はとても怒ってるだろうね……家に帰ったら、何されるか分かったもんじゃない」

 「っ?! お前それでいいのか!!?」


へらへらと暢気に笑っていた青年は、不意に悲しげにまなじりを下げながら、そう言った。
彼の表情と、語った内容から事態の重大さに気付いたカガリは、怒り混じりの驚愕の表情を見せる。
なにせ――幼い頃には既に母は亡く、男手一つで育ててくれた父も亡くした彼女にとって、
家族はかけがえのない…争ったり仲違うような悲しい事など、あってはならないモノだったのだから。


59 :舞踏15話 9/19:2006/08/15(火) 11:35:21 ID:???

 「もちろん、良くはないさ。 出来ることなら、父上に嫌われたくないしね…。
  でも、だからと言って父上の考えには賛成するような事は出来ない。
  ――まっ、何とか説得してみせるよ。 頑固な人だから、どれだけ時間がかかるか分からないけどね」


大丈夫大丈夫、と。 にっこり微笑んで見せながら言う彼に、
それ以上突っ込んで言う事も出来ず、カガリは口を閉ざし、憮然とした表情を浮かべた。

会話の合間、僅かに生まれた沈黙。 そこにすかさず滑り込んできた、扉をノックする音。
何用だ、とカガリが言葉を投げるとアスランの声が返ってくる。 セイラン家の家人が、ユウナを訪ねてきたと。
一体どうしたのだろう、と。 怪訝げに首を捻るカガリの隣で、ユウナは笑いながら、来たかと言う。


 「失礼致します。 ユウナ様、御言い付けの品をお持ちいたしました」

 「ああ、ご苦労様。 この事は父上には内密にするようにね?」

 「かしこまりました」


アスランを伴って入室してきたセイラン家の使用人は、携えてきた大きな紙袋をユウナへと手渡し
二、三言、会話を交わしてから恭しく一礼し、退出していく。


60 :舞踏15話 10/19:2006/08/15(火) 11:36:37 ID:???

 「なあ、ユウナ。 それなんなんだ?」


彼らのやり取りを黙って見ていたカガリは、興味津々の様子で身を乗り出し、ユウナの手元を覗き込む。
口にこそ出さないが、カガリのそばに控えているアスランもそれが気になるのか、同じようにじっと見てくる。


 「これかい? これはねぇ、ちょっと頼んで家から持ってきてもらったんだけど…
  僕って、枕や寝巻きが変わると寝付きにくくなるタチなんだ」


そう言いながら彼が取り出したのは、パジャマ数着にナイトキャップ。更に抱き枕。
出てきた物の意味を理解できなかったカガリは、ぽかあんと口を開けて目を瞬かせていたが、
彼の意図を察したらしいアスランは、嫌そうな表情を隠しきれず、眉根をしかめさせながら呻く。


 「ユウナ様、まさか――」

 「父があの様子だ。 僕、家に帰れなくて困ってるんだ。
  だからカガリ、落ち着くまで君の屋敷に泊めてくれないかい?」


んふふ、と楽しそうな含み笑いを添えながらのユウナの言葉に、アスランは呆れかえった。
図々しいにもほどがある…寝床が無ければホテルにでも滞在すればいいのに。金が無いわけでもなし。
そんな考えとともに、彼の胸中はずきりと疼く。
恐らくそれは、カガリに近づくユウナに対する敵対心だったのだろうが――アスランはそれに気付けず。
とにかく、浮かんだ考えを提案し、彼の行動を阻止しようと口を開いたのだが


 「ああ、そのくらいの事ならお安い御用だ!
  そもそも、私に付き合ってくれたからこうなったんだしな。ゆっくり滞在してくれ」


小気味いいほどの快諾に先を越され、アスランは唖然とした表情のまま、がくりと肩を落とした。


61 :舞踏15話 11/19:2006/08/15(火) 11:37:59 ID:???

 「マユー!聞いて聞いて! 良いニュースだよー!!」

 「あれ、どうしたのメイリン姉ちゃん? まだ勤務中じゃ…」


ルナマリアと相部屋の自室で、ベッドの上に寝そべりながら雑誌をめくっていたマユ。
パタパタと靴音を鳴らしながら、忙しく駆け込んできたキャンディーヘアの少女を、きょとんとした瞳で見る。


 「あのねっ、オーブが…安全保障条約に加盟する話を蹴って、他の国と連名で戦争反対を宣言したんだって!」
  
 「えっ?!」

  
メイリンの言葉に、マユは驚きのあまりベッドから飛び起きる。
信じられない、といった様子で口開きっぱなしの彼女に、メイリンはいっぱいの笑顔浮かべながら抱きついた。


 「さっき入ったばかりの情報だったんだけど、副長がマユにすぐ伝えてきなさい、って休憩くれたの!
  マユ、ほんとよかったね! オーブと戦わずに済むんだよ。故郷の人たちと戦わずに済むんだよっ」

  
喜びに満ちた声で、よかったねと繰り返し言いながら、マユの身体を強く抱き締めてくるメイリン。
緑色の制服を通して伝わってくる、温もりと柔らかさに包まれながら、マユはぼんやりと考えていた。


62 :舞踏15話 12/19:2006/08/15(火) 11:39:01 ID:???

――戦争反対って…オーブが再び、中立の立場を宣言したってことなんだろうか。
あの人は父親と同じ事を繰り返すんだろうか……あるいは、違う道筋を征こうとしているのだろうか。
本当にそれで、プラントとオーブが争う可能性は無くなるんだろうか。
……いや、そもそも。 私はオーブの事をどう思っているのか、それすらもよく分からない。
もう我が家も、家族すらも存在しない祖国なんて捨ててきたつもりだったのに…
未だに、その存在に心を揺り動かされるのは何故だろう。

色んな疑問がぽつぽつと浮かんだが、問いかける相手もなく、突き詰めて考えるほどの執着も無く。
生まれては弾けて消える思考の泡を抱えながら、少女は黙していた。

…考えていて、彼女に分かったことはたった一つだけ。
自分を心配していてくれて、我が事のように喜んでくれるメイリンの心と体温が、
このうえなく心地良くて、かけがえのないものだと感じたことぐらい。
――それだけでマユは、十分幸せだった。


 「ありがと、メイリン姉ちゃん」

 「明日になったら上陸許可が下りるんだってさ。
  そしたら、みんなで遊びに行こ! 買い物も行きたいから案内してね?」

 「うん、任せて!」


難しいことは、正直よく分からない。
これからどんな風に事態が転がっていくのか、どのように巻き込まれていくのか見当も付かない。
だからマユは、ただ一つだけ願った。 明日が、みんなと一緒に笑って楽しく過ごせる、良き日でありますようにと。


63 :舞踏15話 13/19:2006/08/15(火) 11:40:33 ID:???

オーブが世界安全保障条約機構に対して、開戦反対宣言を発した翌日。
閣議の直後から、オーブ行政府は国内外への対応や折衝などの業務に追われる忙しさに見舞われていた。
昼夜問わず灯りの途切れる事は無く、帰宅することも十分に就寝することすらも叶わないほどの大騒動。
代表であるカガリも、もちろんその例に漏れることなく、僅かな仮眠と山積みの執務を繰り返していた。

彼女に、ボディーガード兼私設秘書として雇われている“アレックス・ディノ”ことアスラン・ザラは
あちこちから届けられる書類を区分けしたり運んだり、ひっきりなしに鳴る電話の対応をしたりなど、雑務に忙殺されていた。
時折、首長たちと難しい面持ちで言葉を交わしているカガリを心配し、その横顔をちらちらと窺いながら。
…そんな彼の元に、知り合いからの一本の電話が届く。


 「何? バルトフェルドから連絡?」

 「ああ、なんだか大事な話らしい。 出来ればカガリにも来て欲しいとのことだったんだが」


執務の小休止の合間に、知人から掛かってきた電話の内容を、カガリへとそっと耳打ちするアスラン。
ティーカップを口元に運びかけていた娘は手を止めて、ふうむと唸る。


 「今ここを空けるわけにはいかない…皆を不安にさせてしまうからな。
  すまないが、お前が聞いてきてくれないか? アスラン」

 「分かった。 来れない旨は俺から伝えとくよ」

 「それと、話が終わったら速やかに屋敷に帰るように。
  お前、ここんとこ満足に寝てないだろうからな。 二日ほど休んでこい」

 「なっ……カガリ?!」


ふわと柔らかな笑みを浮かべながら、命令調で告げてきた内容に、アスランは驚きの声を上げた。
行政府に詰めている彼女を差し置いて、自分だけ休むなんてとんでもないと、青年は訴えたが


 「いーから休め! お前の本業は私のボディーガードだろう?
  もしもの時に、役に立たないようじゃあ困るからな!」


ばしりと肩を叩きながら、強い語調で言い切られればそれ以上食い下がることも出来ず、
そして彼女の言う事ももっともだ、と思ったアスランは渋々ながらも頷き、知人の元へ向かうべく、部屋を退出していった。


64 :舞踏15話 14/19:2006/08/15(火) 11:41:31 ID:???

車を走らせ、アスランが向かったのは、オノゴロ島にあるアスハ家所有の別邸。
海に臨む断崖のそば、眼下の青とコントラストを織り成す、白塗りの屋敷に着いた彼を迎えたのは二人の男女だった。


 「いらっしゃい。 ご無沙汰ね、アスラン君」

 「よお、アスラン。 上では大層面倒な事に巻き込まれていたらしいな?」

 「…お久しぶりです。 マリューさん、バルトフェルドさん」


ドアをくぐり、入室してきたアスランへと彼らは声をかけてくる。
一人は、艶やかにウェイブ描く栗髪と、豊満さとしなやかさを兼ね備えた体躯が印象的な女性。
もう一人は、奇抜な色彩のアロハシャツを着た…それ以上に、大きな傷を伴う隻眼と、常に手放さない杖が目を引く男性。
どちらも個性的で、アスランより一回り近く年長の人物であったが、
二年前の戦争において、時には敵として時には味方として、共に戦場を駆け抜けた戦友の間柄だった。


 「忙しい所すまんな、呼びつけて。
  ……で、現状はどうなんだ? 開戦反対宣言を出してから、やっこさんの動きはあったのかい?」


ソファーに座ったアスランの前に、無骨な手がマグカップを置いていく。 中身は間違いなくコーヒーだろう。
目の前に置かれる前から、バルトフェルドがキッチンに入っていく前から……むしろ屋敷に入る前から分かってた事だ。


65 :舞踏15話 15/19:2006/08/15(火) 11:42:18 ID:???

それにしても、前々から感じていたが、このマグカップの意匠はなんとかならないのだろうか、とアスランは思う。
全面に引かれた黄色と黒の横縞は目が疲れるし、描かれている虎の顔はなんともリアルで、愛嬌の欠片もない。
だが、それを言ったら怒られそうな予感がして――とりあえず、コーヒーを一口啜ってから、青年は問いに答えた。


 「カガリは、戦争の抑止力になればと思って、同じ考えの国家と手を組んで宣言を出したんですが…
  しかしそれでも、強硬派の国家の意思は頑なで、プラントに対して開戦する方針に変わりは無いようです」

 「ユニウス条約で調停役を務めた、スカンジナビア王国も一緒に反対しているってのになあ。
  よっぽど大戦争を起こしたいようだな。 その、世界安全保障条約機構ってのは」


名前が聞いて呆れる、と。 大きな嘆息交じりに呟くバルトフェルド。
彼の隣に座るマリューもまた同じ思いなのか、眉をひそめて浮かない表情を見せている。

――カガリの目論見だった、大西洋連邦ら開戦派に対する牽制は、残念ながら効を為さなかった。
オーブ、スカンジナビア王国、赤道連合が連名で開戦反対宣言を出したにも関わらず
セレネの悲劇を掲げながら、プラントとの決戦を訴える大西洋連邦の弁舌は衰えることなかった。
何よりも――国々は恐れていた。
二年前、戦争参加を拒み、非協力的姿勢を示したオーブに対して、容赦無く攻め入った大西洋連邦の事を。


 「…けれど、まだ希望はあると、カガリは言っていました。
  別の勢力を作ることで、世界安全保障条約を良しとしない考えの国家が、動きやすいように支援出来ると。
  たった一国で、地球連合に歯向かうような無謀な事なんて、そうそう出来やしない。
  しかし、既に同じ思想の国が対抗勢力を作っていれば、抗おうとする動きも出てくるだろう…と」

 「なるほどね。 確かに、旗印が有るか無いかでは、大きな違いだからな。
  賛同国家が増えれば、開戦派も迂闊に動けなくなる。事が穏便に済む可能性も出てくるな」


青年の説明に、バルトフェルドは顎元に手を当てながら、神妙な面持ちで深く頷いた。


66 :舞踏15話 16/19:2006/08/15(火) 11:43:43 ID:???

 「――あの。 それで、話ってのは一体…」

 「おお、すまんすまん。すっかり忘れてた。
  例の調べについてなんだが、一つ進展があった……こいつを見てくれ」


アスランから切り出された言葉に顔を上げた男は、一つ膝を打ちながら笑い、
シャツの胸ポケットから取り出した一片の紙を、青年の前に差し出した。

受け取った紙切れは、一枚の写真。 
大勢の人間が整然と並び作った人垣と、その前を悠然たる足取りで歩み行く数人の人物が映っている。
そう説明するだけなら普通の光景だが――そこに居る全員が、物々しい軍服姿だという所が異様な点だった。
軍の式典会場を写した物だろうか…推測しながら、アスランは手にした写真を見つめていたが
不意にその顔が、驚愕のカタチに引きつった。

――彼の目に止まったモノ。 それは親友によく似た青年の横顔だった。


 「これはっ…?!」

 「…見ての通りよ。
  少し、雰囲気が違うように思えるけど……キラ君に間違いないわ」
 
 「一体、何処に居たんですか?!」


白い将官服を纏う、中年や老年の男たちの傍らに侍るようにして立つ青年を、凝視していたアスランは
顔を跳ね上げ、問い詰める勢いでマリューへと身を乗り出し、問いを投げかける。
…写真の中で、すぐそばにいる老紳士に向けて控えめな笑顔を見せている、自分と変わらない年頃の男。
ぎりぎり肩に触れるくらいに伸ばされた焦茶の短髪に、甘めの端正な顔立ちの中で輝く紫電の瞳。
経過した時が変化させたのか、記憶している姿とは微妙に違うものも――その姿はまさしく、キラ・ヤマトだった。


 「一ヶ月前、キャリフォルニアで行われた、大西洋連邦軍の式典で撮影されたものよ。
  ミリアリアさんが手に入れてきてくれたの。 彼女の先輩が撮ってきたんですって」

 「そんなっ……キラ…なんでこんな所に居るんだ…?」

 「それだけじゃない。 服を見てみろ……そいつは将官用だ。
  一年前に失踪したあいつが、一体どういう経緯を辿ればそれを纏うことが出来るんだ? そいつが問題だ」


それこそ、苦虫を口いっぱい噛み潰したかのような厳しい表情で、バルトフェルドが放った一言に
アスランは言葉を失い、写真の中で涼やかに笑う親友の姿を、呆然と眺めるばかりだった。


67 :舞踏15話 17/19:2006/08/15(火) 11:45:48 ID:???

キラ・ヤマト――それはかつて、『ストライク』と呼ばれる純白のMSを操り、幾多の戦場を駆け抜けた少年兵士の名前。

のちに、地球・プラント間の戦争を止めたいという、プラントの歌姫ラクス・クラインの志に共感し、
アスランたちと共に、第三の勢力『三隻同盟』として地球連合軍及びザフト軍に対して立ち向かった人物でもあった。
彼は、コーディネーターから見ても常軌を逸したレベルの戦闘力と、ザフト最新鋭MS『フリーダム』を持ってして、
地球連合軍の切り札であった核ミサイル攻撃を阻止するなど、戦争終結のために奮戦した…言わば英雄と呼ばれる存在だった。


終戦後、キラは生き別れの姉弟であるカガリが治めるオーブへと、三隻同盟のメンバーと共に亡命し、
かつて世話になった事のあるマルキオ導師の元に、ラクスと共に身を落ち着かせていた。
元々民間人であったにも関わらず戦争に巻き込まれ、戦うことを余儀なくされていた少年の精神は磨耗しきっていると、
心を癒すためには、安らかな休息が必要だろうという導師の厚意を受け、キラは彼の所有する孤児院に居候していた。


――そんな彼が、突然姿を消したのは、一年前にオーブで起きたブルーコスモスによるテロ事件の直後だった。
運悪く現場近くへ、ラクスと一緒に買い物に出ていたために事件に巻き込まれたキラ。
幸い、大した怪我をせずに済んだのだが……三日後、前触れもなく入院先の病院から姿を消した。

書置き一つ残さずに、何人に対しても伝言どころか、失踪を匂わす言葉すら残さずに
戦時中から、幾度となく心を支えてくれた少女。 恋人のような間柄だったラクスを置き去りにしてまで――。


 「写真に写っている人物の詳細までは、まだ分からないとのことだった。
  だが、判明した事もある。 彼はどうも、隣にいる老人と一緒に写っている場面が多いらしい。
  もしかすると、この爺さんの側近じゃあないのかなって話なんだが……」

 「でも、この人…大西洋連邦内では重鎮中の重鎮よ?
  カール・アウグスト元帥。 前世紀から連なる有力一族の家長…そして、ブルーコスモスの一員」


不可解だ、という文字を顔いっぱいに描きながら、マリューは唸る。


68 :舞踏15話 18/19:2006/08/15(火) 11:47:16 ID:???

 「ザフトでも、以前から警戒されていた人物でな。 上の仲間に情報を集めてもらった。
  軍内部のブルーコスモスメンバーとしては、真っ先に名前が挙げられるぐらい有名な人物さ。
  …だが、他の者とは少々毛色が違っていてな。コーディネーター殲滅を良しとしない、穏健派に属していたらしい。
  そのため、以前は前盟主の不況を買い、中枢から遠ざけられてたらしいが…
  大勢のブルーコスモスメンバーが戦死した大戦後、混乱に乗じてブルーコスモスの長老格へと登り詰めている。
  家柄もさることながら、当人自身の人望も相当高くてな。 軍内部には幅広く、彼のシンパが存在している。
  それこそ、大統領ですら顔色伺ってヘコヘコしなきゃならんような相手さ」

 「そんな人の所に……どうしてキラが居るんですか」

 「――分からん。
  だがまあ、復讐を狙っていると考えるのが妥当だろう。あのテロの首謀者はブルーコスモスだったからな。
  組織の中枢部に潜り込み、内部から潰そうと考えているんじゃないのかと、俺は予想するね」


ぐいとカップを呷り、飲み干してからバルトフェルドは答える。
彼は自信ありげな口調で推測を口にしていたが、
隣に座るマリューは、その言葉に対してゆるりと首を横に振りながら、うかない表情で呟いた。


 「…そうかしら。 私は、キラ君がそんな小細工が出来るなんて思えないわ。
  ましてや、敵対していた組織に入り込んで…媚びへつらうような真似を続けるなんてありえない」

 「その『ありえない』を変えるのが『憎しみ』って感情だよ。
  とりあえず、この情報の真偽についてはミリアリアが探ると言ってきた。
  彼は本当にキラなのか、もしもキラならば何を目的としているのか……確かめたいとな」

 「無茶しないように、と念は押しておいたけど……彼女、深入りする性格だから心配だわ」


膝の上に置いたマグカップを両手で包みながら、物憂げに俯くマリュー。
かつて、マリューが艦長を務めていた戦艦『アークエンジェル』でオペレーターをしていた少女、ミリアリア・ハウ――
終戦後、戦争の悲惨さを広く世にしらしめるべく、戦場ジャーナリストの道を選んだ彼女。
仲間だった少女が、トラブルに巻き込まれかねない場所で働いている事を、マリューはいつも心配していた。


69 :舞踏15話 19/19:2006/08/15(火) 11:48:27 ID:???

 「そうですね…軍部の人間、それもブルーコスモスの幹部に関わるとなると、相当の危険を伴う。
  彼女に伝えておいて下さい。 あまり深入りしないようにと。
  ある程度の確証が得られれば、オーブの情報機関を使って調査する事も出来るからと…」

 「ええ、伝えておくわ。
  …で、どうするのアスラン君? この事はカガリさんに伝えるの?」

 「――いえ、しばらく時間を置きます。 今は多忙な状況ですし。
  まだ確証を得ていない情報を伝えても、彼女の心を無闇に揺るがすだけですから」


マリューからの問いかけに、アスランは少し考え込んだ後、そう答える。

確かに彼女は、行方不明になった双子の弟、キラの事をずっと案じていた。
生きているという情報を知れば、きっと大喜びすることだろう。
…だが、今の彼女は世界間で起ころうとしている戦争を阻止することに、心血を注いでいる。
そんな状況でこの情報を――キラが大西洋連邦軍に居るかもしれないという事を言えば、彼女は酷く戸惑うことだろう。

カガリが、どんな思いでキラを捜していたか。 常にそばにいたアスランは、胸が締め付けられるほど知っていた。
だが、国家を背負い、今まさに立ち上がった彼女の心を揺るがす事だけは、絶対に許されないと。
後悔と懺悔の念の入り混じった、泣き笑うような表情を力なく刻みながら、アスランは言った。

  
 「今日はそろそろ、おいとまさせていただきます。 カガリからはしばらく休めと言われているんで。
  ……明日には、ラクスの所へ行ってきます。ここの所、全然顔出していませんでしたし」

 「ああ、そうしてやってくれ。 彼女も喜ぶだろう」


二人の男女に見送られ、屋敷を後にしたアスランは、潮風に乱される髪を掻き上げながら、空を仰いだ。
黄昏時の雲は、夕日に照らされ桃色に縁取られ、本来の色である白と、青みがかった影に彩られている。
淡い色合いのトリコロールカラーに染まる雲の群と、朱色の糸と金糸で織り上げたような海の果てを眺めながら
様々な感情と思考でいっぱいの胸にとりあえず蓋をし、自分の車へと歩みを向けていった。
明日は朝一番に、真白い薔薇の花束を買いに行こう。 彼女の愛した花を持って行こう、と思いながら。