- 248 :舞踏16話 1/28:2006/09/08(金) 05:22:46
ID:???
――そこは、海に臨む高級ホテルの最上階。
絶景のオーシャンビューを売り文句としている、ロイヤルスイートルーム。そこで彼は、灯りも点けずに佇んでいた。
…もっとも、時刻は早朝なので、照明を必要とはしなかっただろう。
四方のうち一面のほとんどを占める、巨大な硝子越しに見える海の照り返しだけでも、それなりに明るかったから。
青い光にくり抜かれる調度品の影に囲まれながら、細いシルエットの青年は影絵の世界の中で喋りだす。
「ねえ、これは流石に予定外過ぎませんか?
ホント、困りもんですよ。 ここの担当官殿とセイラン家は、一体何をやってたんですか?」
『――確かに、予期せぬ由々しき事態ではある。 だが、現時点では計画に変更は無い。
コープランドについても、アーディッツや軍部の者たちを使って『言い聞かせて』いる最中だよ』
ケイの手にする受話器から聞こえる、海の彼方からの主人の声は不機嫌そのものといったところだ。
自分に向けられているものでは無いとはいえ、聞いていて気分の良いものではないが、
彼が怒るのも当然だろうなと思いながら、ケイは表情だけで苦笑しながら、風景映す硝子板に背を預ける。
……折角、自分たちが苦心して考え、お膳立てした戦争だというのに、
世界中に広がる開戦ムードを無視して、他国に呼びかけ、連名で開戦反対宣言を行ったオーブ。
それを抑えられなかったオーブの宰相と、この地域を操作する担当だった男に対して、心底怒りを覚えているのだろう。
もっとも、その思いはケイとて同じで。
自ら出向いてまで細工を仕掛けた作戦で生まれたチャンスを、見事に潰した無能な男たちを侮蔑していた。
「それで、いかが致します?
盟主殿の命とあらば、『黒き鉄風』なり『幻肢痛』を呼び寄せて、
オーブの上層部がちゃあんと言う事を聞いてくれるよう、お手伝い致しますけど?」
『いいや、君が出張ることはない。 担当官とセイランに任せておけ。
…彼らが、チャンスをくれと言ってきているのでな。 もう少しだけ任せておくつもりだ』
へえ、と。 電話相手の意外な返答に、ケイは大げさに驚きの声を上げる。
背中に朝日の光を受け、影に沈む貌の中でもなお煌く、紫水晶の瞳をすぃと眇めながら、彼は言った。
「ジブリールさんってホント寛大ですね。
僕だったらすぐに廃棄しちゃいますよ。無能なヒトなんて、いらないモノですし」
『…君はもう少し、言動をオブラートに包むという事を覚えた方がいいぞ。
こういう世界は、多少非力な人材に対しても寛大でなければならんのだよ。以前の功績や、義理人情を加味してね』
「あははっ、あまり共感出来ないお話ですね!
やっぱり僕には、組織のエライ人なんて地位は肌に合わないようです。 永久就職なんて到底無理だなあ」
朗らかに、無邪気に。 ケイは明るい笑い声を立てながら、心底可笑しげに背を丸めて腹を抱える。
天衣無縫に、思うが侭に言葉綴る彼の声を聞く電話相手は、僅かに溜息をついたようだった。
- 249 :舞踏16話 2/28:2006/09/08(金) 05:23:53
ID:???
『…ともかく、そちらの情勢を気に病む必要はない。 君も早々に用事を済ませ、戻ってきたまえ。
オーダーを受けていた機体、つい先日仕上がったとの報告が来ている。
一刻も早く弄ってみたいだろう? OS等は一切触ってないそうだから、好きに調整するといい』
「あー、それを聞くと速やかに帰らなければいけませんね。
分かりました。 今日の夜までには、こちらを発つ予定にします。
それと、少しお聞きしたいんですけど…閣下は何か仰られてましたか? 僕の事で…」
『昨日、私の所に訪ねてきたよ。 サボリ魔の側近が来ていないか、とね。
特務を与えた、と言ったら苦笑いしながら了承してくれたよ』
「すみません、フォローしていただいて。
――それじゃあ、所用を済ませてきたいので、この辺で失礼します」
数言、会話を交わした後に電話を置いた青年は、
そばのソファーに引っ掛けていた黒のレザージャケットを掴み、ドアへと向かい歩いていきながら袖を通す。
スイートルームを出て、入り口の脇に控えていたスーツ姿の男へと声をかける。
「頼んでいた花束、準備出来てる?」
「はい。ただいまお持ちいたします」
恭しく一礼して、別室へと入っていった男は
ほどなくして、両手で抱えるほどの大きな花束を持って戻ってくる。
限りなく淡い桃色の包み紙を、目に鮮やかなピンクのリボンで豪奢に飾り立てた花束。
その中に包まれているのは、上品な真白の薔薇。 他の草花は一切添えられていない。
差し出されたそれを大事そうな手つきで受け取り、香りを楽しむようにしばし顔を寄せてから、
「ご苦労。 じゃあ、ちょっと出かけてくるね。
それと、護衛は必要ないから。 火急の用事があった時だけ連絡してね」
くだけた口調でそう告げるなり、花束を携えてさっさと出て行こうとする。
そんな彼に追いすがるように走り寄った男は、血相を変えて声をかける。
「お待ちください閣下! せめて一人なりと、護衛をお付けください!」
「それじゃあ用事が済ませれないんだ。
後をつけてくるのもダメだよ? 大人しく僕の帰りを待ってるように! …これは命令」
くるり、後ろを振り返ったケイは己の部下へと立てた人差し指を突きつけ、念を押すように左右に揺らした。
突きつけられた指に、表情筋を強張らせた男は……主には逆らえないと思いながら、ためらいがちにはい、と応じる。
それに気を良くしたのか、にっこり微笑んで頷いたケイは、背を向けてエレベーターへと歩いていった。
困惑と畏怖の感情を半々に面に表しながら、男は若き上司の姿を立ち尽くしたまま見送るばかりだった。
- 250 :舞踏16話 3/28:2006/09/08(金) 05:24:45
ID:???
――それより過ぎること数刻。
駐車場に乗りつけられたスポーツカー。 開かれたドアから姿を見せた藍髪の青年。
助手席に置いていた物を手にし、車から降りたアスランは、目前に建つ大きな建造物へと足を向ける。
そこは、オーブに在住する世界に名の知れた名士、マルキオ導師の寄付によって設立された慈善病院だった。
大勢の人々が出入りするエントランスへ踏み入る直前、ふとアスランは自分の手元へと視線を落す。
何十本もの桃色の薔薇を束ねたブーケ。 それは早朝から数件の花屋を巡った末に、購入した物。
それは、彼の求めていた花と違うものなのだが……何処に当たっても置いてなかったため、妥協した結果こうなった。
早くから取り寄せておけば、手に入ったかもしれないと。 少し惜しむように、眉を下げながら内心で思う。
受付カウンターで、IDカードを見せながら受付嬢に耳打ちすれば、
少し経ってから現れた係員の男性が、何枚ものカードキーを青年へと手渡す。
…後は勝手知ったるもので、記憶している通りの道順を辿りながら、病院の奥へと進んでいく。
受診者はおろか、出歩く入院患者の姿すら見えない廊下を歩き、ロックされた扉をカードキーで開け、更に進む。
道中で出会う警備員に会釈しながら、三度ドアを開いた末に辿り着いた、一室の病室。
最後のカードをリーダーに噛ませ、アスランはその部屋へと入った。
…そこは、他の病室よりもやや大きめの、個人用病室。
外壁に隙間無く囲まれる、閉ざされた箱庭を望む窓は開かれ、吹き込んでくる風でカーテンが揺れている。
窓際近くに置かれたシングルベッド。 アスランは足音を立てないよう、静かにそこへ歩み寄っていった。
- 251 :舞踏16話 4/28:2006/09/08(金) 05:25:45
ID:???
清潔感のある真っ白いシーツ。 しわ一つ無く整えられたその上で、陽光を受けて煌く桃色の髪。
腰まで伸ばされた見事な直髪を、三つ編みに纏めて横に流している年若い娘。
色白の肌の中、頬と唇を愛らしい薄紅色に染めながら目を閉じているその姿は、眠っているようにしか見えない。
――しかし、思う。
ずっと目を覚まさない彼女が過ごしている時間を、はたして睡眠と言っていいものだろうかと。
前回見たそれと、全く変化の無い娘の姿を、哀しみ含んだ眼差しで見つめていたアスランは、
そっと彼女のそばに顔を近づけ、小さく言の葉を耳元へと落す。
「ただいま、ラクス」
彼の呼びかけに、返事はない。
それどころか指一つ、まぶたすら微動させない……しかしアスランは、一瞬悲しそうな微笑を浮かべたきり
何事もなかったかのように彼女のそばを離れ、持参してきた花束を床頭台に置く。
…反応が無いことなんて、今更落胆することでもない。
――なにせ彼女は、ここ一年近く、一度たりとも目覚めたことがないのだから。
病床上の娘、ラクスは原因不明の――おそらくは頭部に被った怪我から起因するであろう昏睡状態にあった。
彼女がこうなるきっかけとなった事件…それは一年前、オーブの市街地で起きたテロ事件だった。
――繁華街と、その中にあるショッピングセンターをターゲットとした、連続爆破テロ。
ラクスは孤児院の子ども数人、そしてキラを連れ立って買い物に出かけていた時に、それは起きた。
幸い、彼女らは爆破された建物の入り口に居たため、
子どもたちの怪我はほとんど無く、キラも軽い外傷を受けただけで済んだ。
しかしラクスは、爆発と共に降り注いできたコンクリートの破片から、
キラや子どもたちを守ろうと身をていして庇い、重傷を負ったのだ。
すぐに病院に担ぎ込まれたラクスは、なんとか一命を取り留めたものも、
傷が癒えたにも関わらず、彼女は一向に目を覚まさなかった……一般的に言う『植物状態』だ。
後に、爆破テロの実行者として、ブルーコスモスに連なる組織が犯行声明を出したことから、
もしかすると、ラクス個人が狙われたかもしれないということで、彼女はこの病院に収容されることになった。
彼女の親友であり戦友であるオーブ代表、カガリの命により、部外者を近づけないよう厳重な警備を敷いた状態で。
- 252 :舞踏16話 5/28:2006/09/08(金) 05:30:30
ID:???
持ってきた薔薇がしおれないうちに飾っておこうと、花瓶を求めて部屋中を見回していたその時。
アスランは、窓際に置かれた真っ白い花束の存在に気付き、不審そうに首を傾げながらそちらに近づいていく。
…誰か先客が居たのだろうか。 そう思いながら花束に手を伸ばした瞬間、彼の表情が固まる。
「これはまさか……ホワイトシンフォニー?」
手に取った花束をまじまじと見つめながら、アスランはぽつりと呟く。
薄桃色の包装紙に包まれた白薔薇……花びらの生え際が薄く青色に染まっているのを見とめ、
自分の頭に浮かんだ品種の特徴と合致することから、間違いないと確信を抱いた。
これは、今朝彼が探し求めていた品種の薔薇だった。
元々プラントで作られた品種なため、地球ではなかなか入手しにくい花なのだが……
いや、そんな事は問題ではない。 重要なのは――彼女の元にこの花が置いていった意図だ。
「ラクスがこの花を好きだと…知ってる上で置いていったのか? 一体誰が……」
ホワイトシンフォニー…かつてラクスが初舞台で立ったコンサートホールと同じ名前で、彼女が愛していた花。
元婚約者だったアスランは、何度かプレゼントしたことがあったので覚えていたのだが、
彼女がこの薔薇を好むということを知る人間は、ごく親しい身内ぐらいしか居ないはずだ。
まさか、と。 アスランの口から無意識に言葉が零れる。
一人だけ心当たりがあった。 以前、彼女に何を贈ったら喜ぶだろうかと、顔を赤らめながら聞いてきた少年。
だがしかし、彼は今、行方も知れない人間だ。 ましてやこの厳重警備の中、どうやったら入ってこれるのか…。
花束を手にしながら、困惑を露わにした表情のまま考えを巡らせていたアスランだったが、
ふと、真白の花弁の中に埋もれる一片のカードの存在に気付き、取り出して文面に視線を走らせた。
『君がいつでも目覚められるように、世界を作り変えてくるよ。
君を傷付けたモノは、君をいじめるモノは、全部殺しておくから、安心してね。
深い哀しみに沈む君の心を慰め、癒すために、鎮魂歌を奏でるよ――待っててね、ラクス』
文字を辿り終える頃には、アスランの瞳は大きく見開かれ、カードを持つ手はじわりと汗ばんでいる。
詠うように綴られた、深い愛情と物騒な言葉を含んだ内容を見ながら、彼は自分の予想に確信を抱く。
二日前の自分なら信じられなかっただろうが――昨日のバルトフェルドたちとの会話があればこそ、納得出来る。
まるで鉛の塊を飲み込んだかのように、胸が急に重苦しくなるのを実感しながら
アスランは、ベッドに横たわる眠り姫へと視線を流す。
「流石にこれは、黙っておくわけには行かなくなったな…」
重々しく呟いた青年の顔には、苦渋の色が陰落とすように浮かんでいた。
- 253 :舞踏16話 6/28:2006/09/08(金) 05:35:36
ID:???
所変わって、オーブ軍港に停泊中のミネルバでは。
昨日から発令されている、上陸許可付きの休暇を満喫すべく、
多くの乗組員が軍服を脱ぎ捨て私服を纏い、一様に明るい表情を見せながら昇降口前のエントランスに集っている。
親しい者同士で連れ立って行くのだろうか。 寄り集まり、ガイドブックを覗き込んでいるグループもちらほら存在していた。
その中、赤毛の少女が二人、きょろきょろと周りを見渡しながら突っ立っている。
「あれー? お姉ちゃん、マユは来てないの?」
「私も探してるとこなのよねー。 あの子ったら何処行っちゃったのかしら。
ショッピングは昨日済ませたし、今日は名物料理の食べ歩きにでも行こうと思ってたのにー」
メイリンの問いかけに答えながら、ルナマリアは腰に両手を当ててふくれっ面を見せる。
ガイドブックよりは現地に住んでいたマユの案内を望んでいたらしく、当てが外れたと溜息一つ付いて。
「マユなら、朝早くに出かけて行ったよ。
アスハ代表のお屋敷から連絡があって、お迎えの車に乗ってった」
「えっ、そうだったの? 昨日はそんなこと言ってなかったのに…」
立ち尽くす二人へと近づいてきた、同じく私服姿のアゼルの言葉に、メイリンは驚きの声を上げる。
僕も今朝聞いたばかりなんだ、と言いながら赤毛の少年はこくりと頷いた。
彼の話を聞きながら、ルナマリアは口をへの字に曲げて困惑の表情浮かべながら。
「でも、アスハの屋敷って……大丈夫かしら、あの子。
こないだ初めて会った時、すごい勢いで突っかかってたじゃない」
「そういえばそうだよね……もしお屋敷で暴れたりでもしたら大事だよね…」
「大丈夫だよ。 マユはもうあんな事しないって」
深刻そうに言葉を交わす二人へ、少年はふるふると首を振りながらマユを擁護する発言をするが、
それでも彼女らの表情は明るむことなく、なおもヒソヒソと心配そうに話し合っていた。
そんなに説得力無いのかしらんと、アゼルはしょんぼり俯きながら肩を落とした。
- 254 :舞踏16話 7/28:2006/09/08(金) 05:36:52
ID:???
「――あ、艦長! ご苦労様です!!」
「これから街へ行くのね? 気をつけて行ってらっしゃい」
「はい! それでは失礼します!!」
ミネルバが停泊している埠頭、そこでオーブから派遣された造船技師と打ち合わせをしていたタリアは、
船から降り、出入ゲートへ向かう最中だった若いクルーと言葉を交わしていた。
楽しみな様子で表情を輝かせながら去っていった、部下たちの背中を見送る彼女の口元に、自然と笑みが刻まれる。
「若い乗組員が多い艦なんですね、ミネルバって」
作業帽を目深に被る技師が、手にしたクリップボードをタッチペンで操作しながら言葉をかけてきた。
帽子の下から覗く豊かな髪と、作業着を纏いながらも柔らかな曲線描く身体、そして声から、女性であることが分かる。
「…何せ、まだ出来たばかりの艦だから。 本当は、進水式すらまだ済ませてないの」
「その割には、もう歴戦を重ねてきたって風格ですわね」
「短い間に色々ありすぎたから。 ただでさえでも現場慣れしていない新兵たちは、大変だったと思うわ。
だから、せめて今のうちに十分息抜きをさせてあげないとね」
遠く向こう、既にクルーたちがくぐったであろうゲートを眺めながら、タリアは表情を緩めてそう言った。
つられるように同じ方向を見ていた女性技師は、そんなタリアの横顔を見ながら言葉をかける。
- 255 :舞踏16話 8/28:2006/09/08(金) 05:45:31
ID:???
「グラディスさんも大変でしょう。
ああいう若い子は特に、育成やメンタル面についても気を配らなければならないでしょうし」
「ええ、まあそうね。 幸い、熟練したクルーも多いから、そっちの方にもある程度は任せておけるのだけど」
「実は私も、突然若い部下を大勢任された時がありました。
しかも困ったことに、素人同然でこちらの常識が通じない事もたびたびあって、随分手を焼かされましたね。
――でも、彼らが手を離れてしまった今では、良い経験だったと思えます。
なにせ彼らは、私たちが持っている常識の範疇を、勢いだけで軽々と飛び越えていくんですから。
そんな彼らに私は何度も驚かされ…助けられてました。今でも、かけがえのない仲間だと思っています」
耳の横に下ろされた髪が海風に揺れるのを抑えながら、タリアへと語る女性技師の顔は、
遠い昔を思い起こしているかように穏やかで、子どもを見守る親のような慈愛に満ちていた。
「私も、貴方と同じような事を感じたことがあるわ。
…今は実家に預けているのだけど、私には子どもがいてね。
小さな赤ん坊を育てていく日常ですら、いつも意外性に満ちていて、刺激的な日々だったわ。
まだクルーとは、一ヶ月ぐらいの付き合いだけど……いつかは貴方たちのようになれるかしら」
「なれますよ、きっと。 グラディスさんのような良い艦長さんでしたら」
「ふふ。ありがとね、ベルネスさん」
「さあて、それじゃあ大事な艦とクルーを護るために、しっかり修理しておきましょうか。
…船底部分は、外壁の穴を塞ぐだけでは不十分かもしれないので、
熱で劣化した箇所を含めて、いっそのこと総取替えしようかと考えているんですけど――」
「そうしてもらえると助かるわ。
カーペンタリアに着くまで海上航行になりそうだから、途中で船底に穴が開かないように、万全を期したいわ」
出会ったばかりの女性たちは、まるで数年来の友人だったかのように楽しげな笑顔を向け合い、
和やかな雰囲気の中、ミネルバの修理についての打ち合わせを再開した。
- 257 :舞踏16話 9/28:2006/09/08(金) 05:46:55
ID:???
一方、ルナマリアたちから過剰な心配を向けられていたマユは。
姉妹から物騒者な扱いをされていることもつゆ知らず、目の前に置かれたティーサーバーへと、おずおずと手を伸ばしていた。
広いソファーの上にも関わらず、縮こまるように身を狭めてマユが座っているのは
部屋の内装の豪華さと、同室している人物のあまりに忙しそうな様子に、圧倒されてだった。
カガリ自身から、今日会えないだろうかという申し出の電話がかかってきたのが、今朝の早朝。
慌ててクローゼットの中を引っかき回し、一番品の良さそうな私服を探し出してから、
丁度のタイミングで迎えに来た、アスハ家の使用人が運転する車に乗って、屋敷に着いたのが今から二時間前。
しかし、急な仕事が入ったとのことで、すまないが少し待っていてくれとカガリに言われ、
彼女の仕事場である執務室のソファーで、お茶を頂きながらもなんとも気まずい時間を、今の今まで過ごしてきたのだった。
ティーカップに注いだ、今日で五杯目の紅茶をなるべく音を立てないように啜りながらマユは、
入れ代わり立ち代わり現れる人々に対して、指示を出している金髪の娘を、ちらちらと窺い見ていた。
自分よりも一回りも二回りも年上に見える男ばかりだというのに、堂々とした様子で会話する姿に、感嘆を覚えながら。
……やがて、最後の一人から報告を受け、それに対する指示を伝え終わった後。
小さく一言付け足して彼を下がらせるとデスクから立ち、マユの向かい側に置かれたソファーに腰を下ろした。
「すまないマユ。 随分と長い間待たせてしまったな」
「いえ、大丈夫です。 ……まだ、忙しいんですね」
「まあな。 だが、これでも一段落着いた所だ。
一人を除く首長らから、私の案への支持を確約してもらったからな。ひとまず国内は安定した」
そう答えながら、カガリはお茶菓子として添えられていたクッキーの皿へと手を伸ばし、
一度に三枚も口に放り込み、ザックザックとさも美味そうな様子で豪快に咀嚼している。
…仕事で疲れて、甘い物が欲しかったのかしらんと。 微かに首を傾けながら、マユは心中で思う。
「国外に関しては……お前も知ってる通りだ。 我が国はスカンジナビア王国に赤道連合…
そして後で名乗りを上げてくれた大洋州連合、南アメリカ合衆国と共同で、開戦反対宣言を発した。
あとは、他国の動向待ちだ。 出来ることなら、こちらに賛同してくれるとありがたいんだがな」
両手を膝の上で組み、疲れたように背もたれへと身を預けながら、カガリは言う。
ふ、と息をつきつつ瞑目する娘を見つめながら、マユは何を言うべきか分からないまま、黙っていた。
ご苦労様、ってのは陳腐な気がする。 良かったですね、というのも何処かしっくりこないと思いながら。
どう話を切り出そうか考えを巡らせていたマユを――いつの間にか黄昏色の双眸が見つめていた。
- 258 :舞踏16話 10/28:2006/09/08(金) 05:57:37
ID:???
「まあ、詳しい事はいずれ話そうか。 それよりは本題に入ろう。
――私に言いたい事とか、聞きたい事があるんだろう?
部屋の近くにいる者は席を外すよう、先ほど命じておいたから、遠慮なく話してくれていいぞ」
ニッと口の端を上げながら、気さくな様子で微笑みかけてきた娘の態度に、
少し気のほぐれたマユは、自分の頭の中にあった言葉を、確かめるようにゆっくりと口にし始めた。
「じゃあ……フリーダムの事を教えててもらえませんか?
セレネの騒ぎの直前に話した時から、聞きたかったんです。 …あたしの家族を奪った仇の事を」
「……知りたいのは居場所か? だが、それを知ってどうするつもりだ?」
「……そこまではまだ考えてません。けど、大切な家族を奪った人が、どんな人間なのか知りたいです。
――叶う事なら、一度でいいから会いたいです。 その時に何をしでかすかは、自分でも分かりませんけど」
問いかけを問いかけで返され、一瞬言葉に詰まったが、
マユは正直に自分の感情を吐露する。 つらつらと、流れるように一息に。
テーブルの上に両肘を突き、組んだ両手を口元に当てていたカガリの、明るい色の瞳がふるりと揺れた。
その原因が、僅かに滲んだ涙だとマユが気付く前に、彼女は吐息混じりに言葉を紡いだ。
「残念ながら、私はお前を納得させるほどの答えを持ち合わせていない。
私が知りたいぐらいなんだよ――アイツが何処にいるのか、なんて」
「…いないんですか?」
「ああ。 フリーダムのパイロット…私の弟、キラは一年前から行方知れずなんだ」
「弟? ……確か、アスハ家には代表の他に子どもはおられないはずじゃ」
「そこらへんは少々ややこしい所なんだがな。 だがアイツは正真正銘血の繋がった肉親だ」
瞳細め、ほのかに笑った彼女。 懐かしむような、寂しさ混じりの笑顔で。
そんな表情を前に、どう言っていいのか――これ以上追求していいものかと迷ったマユは、
ティーカップに伸ばしかけていた手を止め、そろそろと引っ込めて膝の上で握り、困り顔をする。
- 259 :舞踏16話 11/28:2006/09/08(金) 06:02:28
ID:???
「…そんな顔するなよ。 もし見つかったら、お前にも知らせるからさ。
出来れば喧嘩沙汰は勘弁してほしいが、まあビンタの十回や二十回ぐらいなら許可してやっても……」
こちらを気にしてか、笑みを快活なものへと変えて、カガリは軽口を言ったが、
話している途中、不意に飛び込んできたノックの音に話を止め、入れ、と短く告げる。
…話の腰を折られたからか、あるいは人払いをしたのにも関わらずの来室に腹が立ったのか、いささか不機嫌そうに。
入室許可を聞いてから動いたのかどうかあやふやなほど、間髪入れず勢い良く開かれる扉。
「カガリ、大変だ! ラクスの病室に侵入された形跡があった!
しかも来たのはキラのようだ…花束とメッセージカードを残して―――」
「あっ、あああ阿呆かお前わぁぁぁああっっっ!!!!!」
飛び込んでくるなり、大声でまくし立てたのはアスラン。
その声を掻き消さんばかりに、更に大声で叫びを上げたのはカガリ。
双方の声の余韻が消え、なんとも気まずい沈黙が部屋の中を満たしだした頃。
ソファーの上で所在なさげにしているマユは、強張ってる双方の顔を見比べながら、小さく呟いた。
「あの、やっぱり、聞かなかったことには……出来ませんよね?」
- 260 :舞踏16話 12/28:2006/09/08(金) 06:06:36
ID:???
「すまない、その――言い訳みたいな言い方だが、彼女がカガリの陰に隠れていて、見えなくて、つい」
「みたい、じゃなくてまんま言い訳じゃないか、それ」
両腕を組んで仁王立ちする娘の前で、弁解している青年が彼女よりも小さく見えるのは、本当に気のせいだろうか。
ガックリうなだれるアスランへと向けられる、橙色の苛烈な視線は一向に和らぐ気配がない。
無理もないだろう――彼の言ってしまった事はあまりに重大で、
部外者であるマユに、決して伝えてはいけないような内容だったのだから。
「……ええと、あたし、どうしたらいいんでしょう…」
聞きたくて聞いたわけじゃないのに。そこでうなだれてる人が勝手に言ったのに。
大変な事態に巻き込まれてしまったマユは、心底から自分の不幸を嘆いていた。
少女の言葉に気付き、そちらを見た二人は困ったように表情を曇らせ……やがてカガリが、そばへと歩み寄る。
「不可抗力で聞いてしまったんだ、仕方ない。 咎めやしないさ。
――ただ、悪いが協力はしてもらわなきゃいけない。 絶対に口外されてはならない事だからな。
さっきの話を誰にも言わないと、誓えるな?」
静かなのに、有無を言わさぬ強さを秘めた眼差しに捉えられながら、マユははい、と頷き答えた。
「なら、ちゃんと説明しておこうか。 事の重大さが分かれば、そうそう口は軽くならないだろう。
お前も付いてきてくれ、マユ。 一緒にあの子の所へ見舞いへ行こう」
「見舞い……ですか?」
「アスラン、これから出かける事を皆に伝えてくれ。 あと、車の用意も」
カガリが手短に指示を伝えると、アスランはこくりと頷き、
壁掛けの受話器を取り、何処かへと連絡の電話を入れ始めた。
- 261 :舞踏16話 13/28:2006/09/08(金) 06:16:44
ID:???
普段、カガリが移動に使っている公用車では少々目立ちすぎるだろう、という懸念から
三人は行政府の別の車に乗って、オノゴロ郊外にある病院へと向かった。
車中、ほとんど言葉を交わさない二人に囲まれ、マユは居心地の悪さを感じながら口を噤んでいた。
現在持っているたった一つの情報、アスランが洩らした言葉を頭の中で反復させながら。
病院に入ってから、人通りの少ない通路をどんどん突き進んでいく二人の背中に追いすがりながら、
マユはきょろきょろと周囲を観察しながら、思う。
人目から隠れるように位置するこの閉鎖病棟は、
いわゆるタイミング良く急病を患った政治家とかが入院する場所かしらんと。
不意に、通路の途中で彼らの足取りが止まる。 道すがらであった警備員と、カガリが言葉を交わしていた。
「……一体、どんな方法を使ってここまで入ってきたんだ、侵入者は。
カードロックされたゲートも、監視カメラもたんまりと設置してあるというのに」
「侵入したと思われる時間帯も、我々は監視を続けていたのですが……その時は一切異変がありませんでした。
アレックスさんから連絡を受けてから、管理システムに記録されていたログをさらったところ、
システムに、外部からアクセスされたらしき形跡がありました。
どうやらそれで扉のロックを解除し、監視カメラの映像を差し替えたと思われます」
「……聞けば聞くほどアイツらしいな。
仕事中呼び止めてすまなかった。手間を取らせたな」
申し訳なさそうな顔で事の顛末を語る警備員の男へと、
カガリはひらりと手を振ってから、彼の前を歩き去っていった。
歩き出した彼女に置いていかれないよう、マユは小走りでそばへと寄っていく。
「代表、アイツってのは……?」
「お前の会いたがってた人間だよ」
肩越しに振り返り、そう答えた娘の顔には笑みのようなものが浮かんでいた。
喜んでるのか怒っているのかも分からないほど、複雑に感情の入り混じった笑顔が。
言葉を続けようかどうか、しり込みして迷っている間に、
マユたちは廊下の突き当たり……一つの病室のドアの前に着いていた。
「繰り返し言うが、ここでの事は何人に対してであろうと、他言しないように。 頼むぞ?」
最後の念を押してくるカガリの言葉に、マユは固い表情でこくんと頷き、
それを見届けた娘は、厳重に閉ざされた扉を開ける。
- 262 :舞踏16話 14/28:2006/09/08(金) 06:19:09
ID:???
「――この字は間違いないな。 戻ってきているのか、オーブに。
…キラの奴、こんなまわりくどい事してる暇があるなら、顔ぐらい見せてくれたっていいじゃないか」
机の上に置かれた白薔薇の花束、その隣に添えられていたメッセージカードを手にしながら
不機嫌そうな皺を眉間に刻むカガリは、怒りの篭った声色で唸る。
マユはと言えば――隣に立つ彼女の挙動よりも、目の前のベッドで横たわる人物の姿に釘付けになっていた。
「どうして……どうしてラクスさんが、ここに………」
「ああ。 ラクスは二年前からずっと、ここオーブで暮らしている。
プラントの方では、行方不明って扱いになってるんじゃないのか?」
「その逆ですよ! プラントじゃあもうすぐ復帰するって話題で持ちきりなんですよ!!
なのに、なんでオーブに……しかも病院に入院してるだなんて……」
「なんだと!! 一体どういうことだ!!?」
信じられない、とばかりに荒げた声で叫んだマユの言葉の内容に、
顔を跳ね上げたカガリもまた、驚愕の表情で大声を上げる。
よほど理解の範疇を超えていたのか――喰い入るように見つめてくる橙色の眼差しに、
マユは少したじろき、もう一度自分の記憶している話題の内容を確かめてから…説明しだした。
「ええと、復帰の話題が上がったのは――確か半年ぐらい前だと覚えてます。
それまでは、ラクスさんは休養のために活動休止中だって話だったんですけど…。
急に、近々芸能界に帰ってくる、って報道があったんです。 …私、ファンだったんですごく嬉しかったです」
「しかし……その情報、デマじゃないのか? 現にラクスはここにいるぞ」
「それはない…と思います。
デマだったら、復帰決定記念のベストアルバムなんて発売しないですよ」
「そんなことまで起きてるのかっ?!
……まさか、既に当人がメディアに姿を現してるなんてことはないよな?」
「まだ出てきてないはずです。
そんな映像があったら、見飽きるほど放送されてるでしょうし、新聞にも載るはずだし…」
知ってる限りの情報をマユが説明し終えると、カガリは渋面を見せながらううむ、と唸る。
腕を組み、片方の手を口元に当て、爪先でカツカツと神経質に、リノリウムの床を叩きながら。
- 263 :舞踏16話 15/28:2006/09/08(金) 06:20:21
ID:???
「――あの、代表。 あたしからも質問、いいですか?
ラクスさん、なんで入院してるんですか? …どこか具合が悪いんですか?」
「ラクスが入院してるのは、テロに巻き込まれて負傷したせいだ。
……もう、一年近く目覚めてないんだよ。 怪我自体はもうとっくに治っているらしいんだがな」
先ほどまでとは打って変わって、悲しげな声色で力なく答えるカガリ。
ベッドの上で、氷漬けにされてるかのように身動き一つせず、
眠り続ける桃色髪の娘を、憐憫の眼差しで見つめていた。
「あの戦争が終わって間もない頃……ラクスは静養中だったキラを追って、オーブに来たんだ。
度重なる戦闘からきた心労で、精神が病んでしまったアイツを放っておけなくてな」
「…そうだったんですか。
メディアじゃそんな情報流れてなかったし、あたしてっきりプラントに居るんだと思ってました」
「そりゃ、プラント政府としてもそんな事実を公表する事なんて出来ないだろうな。
戦争を終結させた平和の歌姫、ラクス・クラインが好きな男を追って姿を消しました、なんて馬鹿な話はな」
それは、僅かながらに怒りの色が混じった言葉。
呆れたように頭を振り、ふっと大きく息を吐きながら、カガリは言った。
――口ぶりからして、友達同志の間柄に思えたラクスの事を快くない様子で語る彼女に、マユは反感を覚える。
そして気がつけば、マユは込み上げてきた感情を、そのまま大声に変えて発していた。
「――そんな言い方ってないですよ!
ラクスさんも女の子なんだから、好きな人が辛い時に、そばにいてあげたいはずです!
それを馬鹿な話だなんてっ……!!」
「……お前のように、普通の娘だったらそれも出来るだろう。
だがなマユ。 ラクスは自分の思想を掲げ、ザフトと連合の戦争行為を否定し、争いを止めさせたんだ。
しかも、平和的に仲裁したわけじゃない。 双方の戦力を、武力を持ってして削ぐ方法でな。
そのような方法を選んだからには、彼女は政治の場に留まるべきだったんだよ」
少女の苛烈な視線と叫びを前にしながらも、カガリはあくまで静かな調子で語る。
ただ、少し哀しげに、橙色の眼差しを細めて。
- 264 :舞踏16話 16/28:2006/09/08(金) 06:24:26
ID:???
「誰かの思想を否定し、行動を止めさせたからには……代わりとなる、より良い考えを示すべきだ。
例え、到底解決出来ない困難な問題だとしても、模索する努力は尽くさなければならないと、私は考えている。
それが、世界の流れを止めた者の――ラクスが負わなければならなかった責務だ」
マユは、彼女の言葉の重さに思わず息を呑み、黙り込んだ。
カガリの意見は、ただの少女であるマユにとっては、酷く冷たく人情味のないものに思えたが、
しかし、心の片隅にはその意見に納得している自分もまた、存在していた。
マユは頭いっぱいに、想像を巡らす。
コーディネーターを憎むナチュラルの、ナチュラルを蔑むコーディネーターの目に、彼女はどのように映っただろうか。
戦争を止めようと叫んだ歌姫に、長引く争いの中疲れ果てた人々はどんな思いを抱き、寄せたのだろうか。
思い返せば、自分は彼女の事を素晴らしい歌を唄う、綺麗で優しそうな人としか認識してなかった。
戦場の只中で争いの無益さを叫び、人々の心を突き動かし、世界を平和へと導いた女神の如き人だと思っていた。
けれどラクスを歌姫や普通の女の子と見ないで……思想家と見なせば、カガリの言ってる事も納得がいった。
…彼女は確かに戦争を止めさせた。 けれどそれはただの時間稼ぎに過ぎず、解決ではなかった。
現に、争いの火種は一向に消えることなく、今まさに燃え上がりつつあるのだから。
「…とはいえ、私個人としてはラクスに感謝しているんだがな。
同じ指導者としては褒められたもんじゃないが――キラのことを愛してくれているからな。
あの子がいてくれたからこそ、キラの具合も良くなっていってた。 …あの日までは、だが」
あの日、とはラクスが負傷したテロ事件のことを指しているのだろうか。
病床の娘を見つめていたマユは、表情を曇らせながら小さく呟く。
「ラクスさんがこんな風になってるのに…その、キラさんって人はなんでここにいないんですか?」
「意図は分からん。 なにせ、予告もなく突然消えた上に、連絡一つないからな。
…ただ、テロに巻き込まれた際、ラクスを守ることが出来なかった自分を責めているだろうな。アイツの性格なら。
事件直後、私が駆けつけた時には既に抜け殻のような状態だったよ。 身動き一つせず、座り込んだままでな。
その後、私たちが事後処理と調査に奔走している間に、キラはオーブから姿を消した。
……思うに、アイツは復讐をするつもりなのかもしれないな。 テロを起こした者に対して…」
「ふく、しゅう……」
呆然と、マユは彼女の語った内容に含まれていた単語を、オウムのように復唱する。
――ようやく存在を掴む事の出来た、自分の家族を皆殺しにした仇は、
自分と同じように、争いの中で大切な人間を傷付けられていた。
そして、彼は憎しみの感情に捉われているのかもしれないとの、カガリの言葉。
顔も声も知らない相手のイメージ。 そのシルエットに、自分の姿がダブるように重なって映る。
幾度となく、彼女の夢の中に姿を現していた死の象徴。
家族を吹き飛ばし、ぐしゃぐしゃに叩き潰した青き翼の白天使。
その度に重ねて脳裏に焼き付けられ、より鮮明に、より巨大になっていく憎悪の対象。
- 265 :舞踏16話 17/28:2006/09/08(金) 06:25:25
ID:???
マユがアカデミーに入学し、一流のMSパイロットになるべく、絶え間ない努力を重ねられていけたのは、
心の底から憎む対象が、復讐したいと思う対象があったからこそだろう。
しかし、それに乗っていた人間が、自分と同じような目に遭っているという事実を前に、マユの心は揺らぐ。
続く言葉が、思い浮かばない。
カガリも同じなのだろうか。 難しい顔のまま黙り込みつつも、所在なさげに天井を眺めている。
――なんだか、ココロがいっぱいいっぱいだ。
ふっと脳裏に浮かんだ言葉が、今のマユの思い全てだった。
ここの所続く事件の連続もあってか、物事や考えを消化しきれないまま、詰め込まれている気分。
浮かない表情で俯き続ける少女を心配そうに見ていたカガリは、ためらいがちに口を開く。
「それでマユ、私も少し聞きたいんだが…」
「――カガリ。 話し中すまないが、行政府から連絡だ」
紡がれかけた言葉は、廊下で待機していたアスランからの声に断ち切られる。
「ン……どうしたんだ?」
「大洋州連合から、連盟参加についての回答があったらしい。 戻ってきてほしいとユウナ様が」
「そうか、分かった。すぐに戻ると伝えておいてくれ。
――すまないがマユ。 急な用事が入った。 話の続きは次の機会でもいいか?」
「え、あ、はい。 御気になさらないで下さい。
――ここでの事は、誰にも話しません。絶対に。…ラクスさんには静かに療養していてもらいたいですから」
「ありがとう。 くれぐれもよろしく頼んだぞ。
…そうだ、アスラン。 私たちが行ってはマユの帰りの足がない。 送りの車を手配できるか?」
「いえっ、そこまでしていただかなくても大丈夫です! 友達に電話して、迎えに来てもらいますから」
カガリの申し出に首を振り、深々とお辞儀をしたマユは、
最後にもう一度、名残惜しそうに病室のベッドの方を見てから、失礼しましたと言い残して部屋を出て行った。
- 266 :舞踏16話 18/28:2006/09/08(金) 06:26:26
ID:???
「…大丈夫か? カガリ」
マユが出て行った後、足早に廊下を歩いていく娘へと、アスランは背後から言葉をかける。
振り返った彼女は、笑顔を見せながら妙に明るい声を発した。
「心配性だな、アスランは。 私は悩んでなどいないぞ。
今は大切な時期なんだ。 あいつの自分勝手な行動なんかに、振り回されてたまるか!」
軽く怒ったように口を尖らせながらの言葉は、カガリが事態をあまり深刻に考えていない事を匂わせていて。
密やかに安堵の息を付いているアスランを尻目に、娘は更に言葉を続ける。
「第一だな、考えてみろ。 あいつ一人に一体何が出来るっていうんだ?
愛機のフリーダムすら置きっぱなしで、身一つで出て行ったんだからな。
たかが個人の力で、手紙に書いてるほどの大それた事なんて出来やしないさ!」
そう理由付けて、彼女は気楽な様子で笑い飛ばしていたが、
アスランはあからさまに顔を強張らせ、そして表情を暗く翳らせた。
――彼女はまだ、知らない。 キラとよく似た人物が、大西洋連邦軍で確認されていることを。
この情報だけは絶対に伝えてはいけない。 そう思いながらアスランは、喉まで出かかっていた真実を飲み込んだ。
- 267 :舞踏16話 19/28:2006/09/08(金) 06:27:58
ID:???
「――うん、そう。 中央広場だよ? 標識あるはずだから分かると思う。
…ううん、遅くなっても構わないって。こっちが突然言い出したことだし。
それじゃ、よろしくね。 …うん、ありがと」
ピ、と通話終了ボタンを押し、携帯端末を閉じるとショルダーバックに押し込める。
それは昔から持っていた携帯電話とは違う物で、ザフトで支給されている通信機だった。
同僚のアゼルへと迎えを頼む連絡を終えたマユは、再び道路脇の歩道を歩き始めた。
丘の上に立つ病院へと続く、なだらかな坂道を下り方向へと足を進めながら、
マユは眼下に見える、オーブの街風景を眺めていた。
二年ぶりに見る景色は、大きく見れば以前と変わりないものだった。
時々抜け落ちたように更地が存在するものも、そこの街並みは懐かしさを感じるもので。
景色を眺めながら歩く少女の表情は、自然と優しくほころびはじめていた。
――ふと、自分の行く手に佇む人影に、視線が留まる。
電柱に背を預け、ぼうと辺りを眺めている一人の男。
黒いレザー製の装束に包まれた、細身の体躯。 そのシルエットにマユは直感を覚える。
そろり、足音を忍ばせながら近づけば視界に映る彼の顔。 濃い茶髪の、端正な容貌の青年。
「あれ……もしかして、ケイ?」
間違いない、と確信しながらも疑問形の声をかければ、振り向く相手。
マユを見るなり、紫水晶の瞳を丸めながらぽかんと口を開ける。
「え、マユちゃん…だよね?」
「当たりっ! よかったー、ケイも無事だったんだね!
アーモリーがあんな騒ぎになっちゃってたから、心配してたの」
彼女の直感は見事に当たっていた。
以前、アーモリーワンで出会った青年、ケイ・サマエルとの予期せぬ再会に、マユは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
驚きの表情のまま、目の前の少女をまじまじと見ていたケイもまた、つられたように表情を和らげた。
「こんな所で会うなんて、奇遇だね。 …そっちも無事なようでなにより。
ホント、あの騒ぎには参ったよ。 仕事で行ってたのに、散々な結果になっちゃったからなあ」
「そっかー……大変だったねー。
あ、ねえ! もしかしてケイってオーブに住んでるの?」
「…ううん。 何度か滞在したことはあるけどね。
今日は用事があったから、仕事ついでに寄ったんだ」
彼の言葉にへえと相槌を打ちながら、マユは密かに驚きを覚えていた。
どうやらプラントや世界を股に駆ける職業らしい…まだ若いのに大きな仕事をしているのだろうかと。
- 268 :舞踏16話 20/28:2006/09/08(金) 06:29:28
ID:???
背を預けていた電柱から離れ、マユのそばに近づいたケイは、周囲を見回しながら口を開く。
「そろそろ帰る予定だから、職場の人や友達にお土産でも買ってこうかと思ったんだけど…。
目当ての物が売ってるような店ってのがなかなか見つからなくて、参ってたんだ。
マユちゃん知らないかな? 上等なお酒とか扱ってる店…」
「それなら大丈夫! あたしこの町生まれだから、いろいろ知ってるよ!
確か、高そうな酒屋さんだったら、あっちへ歩いて三つ目の角を右に曲がれば、すぐにあるはず」
「ありがと。 早速行ってみるよ。
それと、生食用のツナブロックってどんな店に売ってるかな? 冷凍じゃなくて新鮮なのがいいんだけど…」
「えーっと……オサシミ?
大抵のスーパーで売ってるけど、お母さんはメインストリートのマーケットが新鮮で美味しいって言ってた」
「メインストリートのマーケットね…うん、分かった。
…ああ、ついでに教えてほしいんだけど…オススメのお菓子ってある? 女の子が好きそうなの」
「それなら『マダムヨーコ』かなぁ。 ふかふかのチーズケーキで、すっごく美味しいの!
お店はね、酒屋さんの一つ手前にある通りを少し歩いて左折したトコにあったと思う。
曲がらずにそのまま進んでいっても、焼き菓子が美味しい店があるよ。 ここもオススメ。
ああでも、公園前で売ってるアイスも人気あるんだよねー…久しぶりに食べたくなってきちゃった」
「あー、ええと、うん、なるほどね。
……ごめんマユちゃん。 もし、これから用事がないんだったら頼みたい事があるんだけど…」
得意分野な質問に、嬉々として答えだした少女のテンションの高さに圧されたかのように、
視線を外し、斜め上方向にさ迷わせていたケイは、戸惑い混じりの微笑みを見せながら言う。
その様子を見て、彼が頼もうとしている内容に気付いたマユは、明るい笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「うん、いいよ。 待ち合わせもまだ先だし。
お土産探すぐらいの時間はあるから、一緒に行こうよ」
- 269 :舞踏16話 21/28:2006/09/08(金) 06:30:31
ID:???
その後、ケイを連れて数件の商店を巡ったマユ。
必要だった土産の品々を確保した二人は、商店街の近くにある中央公園へと立ち寄った。
公園の中心にある、一際目立つ大きな噴水。 二人はそのそばに置かれたベンチに腰を下ろし、足を休める。
ふ、とリラックスしたように息をついてから、ケイは隣に座るマユへと笑顔を向けた。
「ああ、やっと全員分買えた。
人数多い上に、欲しそうな物もバラバラなもんだからさ。間に合わないかも、って思ってたんだ。
本当に助かったよ。 ありがと、マユちゃん」
「ううん、このぐらいだったらお安い御用だよっ。
むしろ、あたしの方こそお礼言わなきゃいけないのに。色々買ってくれたし…」
そう答えるマユの手には、つい先ほど買ったばかりのアイスクリームが握られている。
紙袋に入れて傍らに置いている焼き菓子と同様に、ケイが彼女に買ってあげたものだった。
「いいんだよ。 これはほんのお礼。
…キミって随分遠慮するタイプだね。 女の子なんだから、もっと甘えてもいいと思うなあ」
「うーん……たまにそう言われるんだけど、なかなか出来ないんだよね。性分なのかな」
二段重ねの上部に乗っかっているチョコミントをペロリと一舐めしながら、少女ははにかみ笑う。
「でも、ケイってホントお金持ちなんだねー……。
あそこで買ってたワイン、すっごく高くてビックリしたよ!」
「僕の上司がワインコレクターでさ。 土産ならとびきり良いやつを買って来い!って釘刺されてたんだ。
お金はまあ――大して使い道がないから溜まってくだけ。 そんな大層な身分じゃないよ」
「いいなあ羨ましい。 あたしもお給料もらってるけど、あれやこれや欲しくなっちゃうんだよねー。
あたしもそんな風に言えたらカッコイイのになあ……」
はふう、と大きな溜息をついてうなだれたマユを見て、吹き出した上に忍び笑いを洩らすケイ。
笑われた当人は口を尖らせたが、なかなか笑いを止めない青年を見ているうちに、
何か楽しい気分になってきて、いつの間にか自らも明るい笑い声を立てていた。
- 270 :舞踏16話 22/28:2006/09/08(金) 06:32:14
ID:???
「――あれ、もしかして…マユちゃんってその年で働いてるんだ?」
ひとしきり笑い続け、ようやっと呼吸を整えたケイは、ふと思い出したように言う。
給料をもらってる、という言葉が引っかかったのだろう。 目の前の幼い少女を、驚きの眼差しで見つめる。
「あー…ほら、あたしコーディネーターだから。 プラントじゃ早くから働けるんだ」
「でも、まだ成人してないよね? 見た感じ、そう思ったんだけど」
首を傾けながら、更に問いを重ねてくるケイを、少し困った顔で見ていたマユは、
考え込むように中空を眺めてから、ゆっくりと口を開いた。
「あのね、ホントはあんまり言っちゃいけないんだけど……あたし、ザフトの軍人なの」
「えっ?! なんでそんな危ない仕事を……」
「でも、ずっとやりたいって願い続けていた仕事だったから。
戦後にさ、アカデミーの入学年齢制限がなくなったって聞いて、すぐ入学したの。
……だから、あたしまだ13歳なんだけど、ザフトに入隊できたんだ」
ぷらんぷらんと、互い違いに揺れるブランコのように足を動かしながら、少女は言う。
己の爪先に視線を落していた彼女は、気付かなかった。
自分を見つめてくる青年の顔に、氷で作られた仮面のように無機質な表情がちらりとよぎったことに。
「そっかあ…色々大変だろうね、その年じゃあ」
「うん。 子どもだからって特別扱いされるような場所じゃないからね。
――でも、友達も、ミネルバのみんなも優しくて大好き。 分け隔てなく接してくれるし」
頬にかかる栗色の髪の房を揺らしながら、顔を上げて笑顔を向けてきたマユ。
そんな彼女へと、ケイは柔らかく笑いかけながら、良かったねと言う。
「なるほど。 ここに入港してきたザフトの戦艦って、ミネルバって言うんだ。
所属が何処なのかが気になるなぁ。 管制官とか整備兵かな?」
「……ああっ!?
だ、ダメだよ、ミネルバだってこと、他の人に教えちゃ!
それと、所属はナイショだからね! 一応、軍事機密なんだから!!」
「はいはい。 誰にも言わないよ」
思わず機密に触れる内容を口にしてしまったマユは、困惑と焦りに顔を赤く染めながら、強く言う。
真剣な様子で睨みつけてくる、くりくりとした可愛らしい菫色の瞳を前にして、
ケイはクスクスと笑い声を零しながら、口外しないことを伝えた。
- 271 :舞踏16話 23/28:2006/09/08(金) 06:33:10
ID:???
それからは、オーブの街並みや立ち寄った店についてなど、とりとめのない雑談を交わしていた二人だったが。
公園の入り口近くに停車した黒塗りの高級車と、降りてきたスーツ姿の人物にケイは気付き、お喋りを止める。
「ああ、もう迎えが来ちゃったみたい」
こちらへと近づいてくる男を眺めながら、心底残念そうな声で彼は呟いた。
溶けたアイスで湿気ったコーンを齧るポーズのまま、きょとんとした顔で見上げてくるマユへと、微笑みを向ける。
「ごめん。 もう帰らなきゃいけないみたい。
もっと色々話がしたかったんだけど、次の仕事のスケジュールが入ってるんだ」
「そっかあ…忙しいんだね、ケイのお仕事って」
「うーん、まあね。 あちこち飛び回らなきゃいけないのが大変かな。
地球だろうが宇宙だろうが、お構い無しで飛ばしていくもんだから、ゆっくり落ち着いてられないや」
「ホント、お疲れさま。 お仕事頑張ってきてね!」
立ち上がった青年に続いて、ぴょんと勢いづけてベンチから飛び上がった少女は、満面の笑顔を浮かべた。
彼女の仕草を、彼は驚いたように目を瞬かせながら見ていたが、
やがて、そよ風になびく草葉のようにふわりと表情を緩めて、笑った。
「そっちもお仕事大変だろうけど、身体には気をつけて。 …じゃあ、行ってくるね」
「うん、ケイもね。 それじゃ、またね!!」
「今日は本当に楽しかったよ。 バイバイ、マユちゃん」
別れの言葉と共に、踵を返したケイは、深々と頭を下げて出迎える男の方へと、歩き去っていく。
その後姿が車の中へと消えていくまで、マユは手を振り続けていたが、
車が発進していった後、ふと不思議そうな顔で呟く。
「ケイってホント何の仕事してんだろ…高級車に運転手付きなんて」
思い返せば、車のナンバーも見慣れない記号が書いてあった気がする。
謎の深まった青年のことを思い返しながら、マユは一人、首を傾げて唸るのであった。
- 272 :舞踏16話 24/28:2006/09/08(金) 06:34:09
ID:???
――ヤラファス島郊外の空港へと続く道路を走る高級車。
幹線道路ということもあって、それなりに混雑しているのだが、
奇妙な事に、その車の周りには常に不自然な空間が空けられていた。
…皆、あまり関わりたくないのだ。
特に前後に位置する車のドライバーは、面倒な車と出会った己の不運を恨むか、過度に緊張していたことだろう。
万が一、『走る治外法権』の外ナンバー車との事故に巻き込まれでもしたら、
修理代も賠償も全額負担でこちら持ち、しかもテロ疑惑で警察に拘束される可能性すらあるのだから。
周りに構うことなく自分のペースで走り続ける黒塗りのサルーンの中、
広い後部座席で、足を組んでくつろぐうら若き青年は、深く深く溜息をつく。
物憂げに顰められた柳眉。 嘆くように伏せられた長い睫の下に隠れる、紫水晶の瞳。
「――酷い話だ。 結構気に入ってたのになあ」
「は? 閣下、何かお買い忘れの物でもございましたか?」
「いいや、そういうのじゃないから気にしないで。
それより、これからのスケジュールはどうなってるの?」
「はっ。 空港に到着後、すぐさまチャーター機にお乗りいただいて、
ワシントンで行われる幹部会議にご出席頂く予定です」
「…そう。ありがとう」
短い謝辞で会話を打ち切り、ケイは車窓の彼方へと視線を向ける。
視界の中を過ぎ去り行く、熱帯植物の街路樹をぼんやりと眺めながら、彼は小声で呟いた。
「ああ、本当に残念だ。 あんな良い子を討たなきゃならないなんて」
どこか弱々しい、掠れた声は誰に伝わることもなく、ただ彼の口の中で反響しただけだった。
- 273 :舞踏16話 25/28:2006/09/08(金) 06:35:18
ID:???
「……そうか。 大洋州連合は連盟参加を辞退したとな」
「うん、結局は世界間戦争が開戦することについては、僕らと同じで否定派なんだけどさ。
…彼らにはほら、既に一蓮托生の相手がいるから。 迂闊な行動は出来ないんだよねえ」
「ああ。 それについては、もとより承知の上だ」
オーブ行政府内の、カガリの執務室。 苦笑交じりに説明するユウナへと、部屋の主は相槌を打つ。
病院にいたカガリが呼び戻された用件――
それは、大洋州連合から伝えられた、連盟参加を辞退する旨に関しての事だった。
プラントと、大西洋連邦を筆頭とする数カ国の地球国家の間で、争いの火蓋が切り落とされんとしている今。
双方どちらにも加担する事を良しとしない国家は、二勢力間の戦争に参加しない意志を出した上で、
もし、所属国家が戦争に巻き込まれた際は他の国家も共闘するという、国家連盟を作り始めていた。
その連盟に加わるオーブとしては、隣国である大洋州連合にも同盟に参加してほしい所だったのだが…。
「彼らはもとより親プラント国家だからな。 ましてや、カーペンタリアがあるんだ。
こちらの連盟への参加は、まずプラントが許さんだろうし、
我々との連携を図るよりも、既に協力関係を成立させているプラントの方が、彼らにとっても都合がいいだろう」
難しい顔で腕組みしながらも、彼女はそう言いながら深く頷く。
もし彼らがこちらの連盟に加わることになれば、連盟の性質上、ザフトのカーペンタリア基地の存在が危うくなるのだ。
補給や物資供給の停止はもちろんのこと、ザフトが間借りしている基地の敷地提供も打ち切らねばならない…
ようするに、カーペンタリア基地を丸ごと立ち退かせなければならないのだ。
ザフトとしても大洋州連邦としても、そのような事態は絶対に避けたいはずだ。
「…まあ、とりあえず何か動きがあったらまた報告するよ。
執務溜まってるから頑張ってねマイハニー♪ 大変だったらヘルプに行くから気軽に言ってくれたまえ」
ひらりと手を振って笑いながら、扉の向こうから顔を出すユウナへと、
カガリは嘆息混じりに言う。 何を要求されるか分からんからいらない、と。
- 274 :舞踏16話 26/28:2006/09/08(金) 06:36:19
ID:???
コリをほぐすために首を左右に曲げてから、デスクにうず高く積まれた書類へと手を伸ばそうとしたカガリへ、
そばに立っていたアスランは、真剣な面持ちで声をかけた。
「カガリ、少し話したいことがある」
「うん? なんだ?」
「その…頼みごとがあるんだ」
彼の言葉に、今まで書類に落していた視線を上げ、彼へと向けるカガリ。
橙色の瞳が丸くなり、そして笑うように細められた。
「珍しいな、お前が何かを頼むなんて。 で、なんなんだ?」
興味津々な様子で、椅子を回転させて身体ごとアスランの方を向いた彼女は、楽しそうな声色で問う。
そんな姿を、ためらうような困り顔で見つめていたアスランだったが、そのまま言葉を続ける。
「…我ながら、悪いタイミングだと思う。 カガリが苦労してる時に言うべき事じゃない。
迷惑をかけてしまうだろうが……だけど、この機会を逃したくないんだ」
「なんだ、回りくどいなあ。 さっさと言ってしまえよ」
口ごもる彼へと、カガリは口を尖らせて話を続けるように促す。
それでもアスランは、暗い表情を見せながら、言いにくそうに視線を揺れ動かす。
――やがて、一度息を飲み込んでから、アスランは意を決したように口を開いた。
「カガリ、俺をプラントに行かせてくれないか」
- 275 :舞踏16話 27/28:2006/09/08(金) 06:41:05
ID:???
―大西洋連邦首都 ワシントンD.C. 大統領官邸―
長き年月を経てもなお、変わらぬ姿で建ち続ける白く優美な建造物……
『ホワイトハウス』と呼ばれる官邸の中は、今まさに混乱を極めていた。
ほうぼうからの通信呼出音に振り回される者。 書類を抱えて疾走する者。
周囲の雑音に負けないように、怒号に近い音量で言葉を交わしてる者たち。
そんな状況下、大統領の執務室にも普段とは違い、大勢の人間が詰めかけていた。
「困ったものですね、オーブにも。
大勢の定まりつつあるこの期に及んで、開戦反対を掲げるなんて…二年前の事を懲りていないんでしょうか」
年季の入ったマホガニー製の執務机の前を、後ろ手組みながら横切り歩く人物が、独り言つように声を発してる。
スーツを隙なく着こなすその男は、三十代半ばぐらいと政治家としては若く見える白人の青年で。
丸眼鏡をかけた、神経質そうな細面に嘲笑を刻みながら、悠然と歩みを進めている。
そんな彼を、目線で追いながら苦々しい顔をする執務机の主、
大西洋連邦大統領ジョセフ・コープランドは呻くように低く、言葉を綴る。
「……だが、その声明にはスカンジナビア、赤道連合に南アメリカまでもが名を連ねている。
そのうえ、大洋州連合までもが同調の姿勢を示しているんだぞ。
他国も、冷静に対応するよう訴える彼らに耳を傾けつつあるという。 この状態で開戦するのは…」
「そのようなこと!! ……こちらさえ動き出せば、黙って付いてきますよ。
しかし、今の機を逃せばそれこそ、あの我が物顔のミュータントどもに準備を整えられてしまいます。
それでは、事をスマートに運ばせるのが難しくなることでしょう。 一刻も早く、こちらが動くべきです」
- 276 :舞踏16話 28/28:2006/09/08(金) 06:43:40
ID:???
渋る言葉を口にしたコープランドへと、青年は机に手の平を叩きつけながら、身を乗り出す。
まるで毒蛇が鎌首もたげるように、わななく大統領へとするりと音無く顔を寄せ、
物騒な内容を、穏やかな囁き声で告げながら、彼は柔和な微笑を浮かべた。
ぐう、と首を締め上げられたかのような呻き声を上げて言葉を詰まらせるコープランドへと、
取り巻くように周囲に控えていた軍服姿の男たちも詰め寄り、めいめいに口を開く。
「補佐官殿の仰るとおりですぞ、大統領」
「たかが中立国どもの遠吠えでしょう。 気にすることは御座いますまい?」
「プラント側の準備が整う前に……どうか御決断を!」
「そっ、それは…それは分かっているが、しかし……」
「いいえ! 全くもって御解かりではございません!!
貴方がどう思おうが、既に『あの方々』は開戦する方向で決定を下されているのですよ。
――まさかその意味すら、お忘れになったわけではございませんよね?」
躊躇うように口篭ったコープランドへと、補佐官と呼ばれた青年が再び吼える。
到底、国政の長へと向けるようなものではない、猛禽の眼差しを突き立てながら、唇を薄い三日月に形作って。
その剣幕と台詞の内容に、見る間に顔面蒼白となったコープランドは絶望の表情で顔を伏せ、頭を抱え込んだ。
――ジーザス、と。 既に単語としか残されていない、形骸化した神の名を呟いて震える彼へ、
聞き分けのない子どもを言い聞かせるように、補佐官は慈悲溢れる声色で言葉をかけた。
「既に準備は整いつつあります。 あのゴミどもを我々の手で屈服させる、絶好のチャンスです。
――しかし。 もし、万が一、貴方がご決断出来ないようでしたら、その時は我々も別の手段を選ばざるおえません。
御身が平穏の為にも…青き清浄なる世界のためにも御指示を下さい。 ジョゼフ・コープランド大統領閣下」