276 :1/8:2005/11/18(金) 22:06:01 ID:???
アーモリーワンで発生した、何者かによる新型機強奪事件。
逃走した三機の新型機と、それを追撃する部隊が飛び出していった直後のコロニー内部。
現在進行形で起きる爆破音は消えたとはいえ、そこにはいまだ兵士たちの喧騒と警報音が満ちあふれていた。
無残にも破壊された工廠からは黒煙が絶えず立ち上り、瓦礫が無数存在する路面は、進むこともままならない。

どれほどかは判断できないが、死傷者も出ているようだった。
担架で運ばれる者や、路傍で応急処置を受けている者はまだ幸運だった方なのだろう。
大勢の人間の手によって撤去されている途中の、瓦礫の山。必死な呼び声が響くその下には、人がいるのだろう。

「…酷いもんだな」
周囲の惨状に目を向けながら、コクピットのシートに座る藍髪の青年は眉をひそめる。
脚部の欠損は無いとはいえ、転倒の拍子に壊れた可能性のある機体なので、その歩みは慎重。
片腕の無い姿で、バランスを取りづらそうに歩いていくザクの中に、彼はいた。
「アスラン、どこへ行くんだ?」
ザクを操縦する青年…アスランと呼ばれた彼の腕の中に収まる、臙脂色のスーツを着た娘が口を開く。
彼女、カガリの声にはいつもの小気味良い快活さが見られない。
普段は血色良い顔も蒼ざめている。金の髪にべったりとついた血の色が、余計にそれを際立たせていた。
 ――強奪された新型機と接触し、下手に抵抗してしまったから、こんな怪我をさせてしまった。

まだ意識が朦朧としているのだろう。頭を抑え、きつく目を閉じているカガリを見つめながら
彼、オーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハのSPであるアレックス・ディノ…いや
先の戦争でザフトのエースとして活躍し、のちに敵対組織に身を投じた彼。アスラン・ザラは後悔の念に駆られていた。

「例の、進水式が行われる予定の新造艦へ行こう。 先ほど議長が向かわれる姿を確認した。
 …今回の会談も表向きには公表されてないからな。事情を知る彼を頼るのが、一番手っ取り早くて安全だ」
カガリの問いにアスランは答える。だいぶ近づいてきている、大きな戦艦用ドックを視線で指し示しながら。

そうか、と彼女は頷きながら目を伏せる。 それは疲労というより、深い落胆であり、哀感を含んでいて。
「今回はとんだ災難だったな。ギルバート議長との会談中に、まさかこんな事件に巻き込まれるなんて…」
うつむくカガリへと、いたわるように優しい口調でアスランは語りかけた。



277 :2/8:2005/11/18(金) 22:07:20 ID:???
しかし彼女は面を上げ、まっすぐ彼を見ながら口を開く。
「いや、そうは思わない。 この現状にこの眼で、直に見れたことを私は幸運に思っている」
突然の思わぬ発言に、しぱしぱと目を瞬かせている青年へと、彼女は笑顔を見せる。
「…私はバカだから。 物事を見る視野が狭くて、どうにもならん。昔っからそうだった。
 世界全体を上手く見ることが出来ないから、目の届く範囲…自分の国が平和だったらそれで安心していたんだ。」
浮かぶ笑顔は苦味を含んでいて。 自分の欠点を素直に恥じている様子で。

「あの事件の時だってそうだ。
 二年前に、私もお前も…誰も彼もが、あんなに苦しくて悲しい思いをしながら、やっとの思いで戦争を終わらせたんだ。
 …そうまでして得た平和だ。誰もが戦争はもう嫌で、平穏に暮らすことを望んでいるのだと思ってた。
 けれども、それは思い込みだった。 そのせいで、地球でくすぶり続ける争いの火種に気付けなかったんだ」
それは独白。 まだ年も若く、経験も少なく…それでも国の旗頭となるべく立ち上がった獅子の子の、懺悔。
「だから、な。 こうやって実際に、危機的状況を体験するぐらいの方が私にはイイ薬なんだよ。
 バカだから、また平和ボケしてしまって、忘れてしまわないように…平和を厭い、戦争を望む者たち存在を」

そう言いながら、まっすぐな視線で周囲の惨状を見ているカガリを前に、アスランは言葉を失くす。
それは獅子の雄々しさには程遠いほど、自分の弱さをさらけ出した拙い言葉だったが。
以前の、ただがむしゃらに走り回り、目の前のものを守ることしか出来なかった彼女とは少し違っていた。
…一年前に、オーブで起きた何者かによる大規模テロ。
国民と、自分の大切な人たちを巻き込んだその惨事が、カガリにこのような考えを与えたのだろう。

その、僅かながらも確かな成長が、二年間ずっと彼女のそばに付いていた彼としては嬉しくて。
微かに口の端を上げながら、その思いを誤魔化すように冗談めく。
「…そうか。なら、俺はもっと頑張らないとな。薬のつもりで、怪我されるのはもうかなわんからな」
「っ、失っ礼だなー。 お前に心配されなくても、上手く立ち回ってみせるぞ、私は」
アスランの言葉に、強気な軽口で答えるカガリ。軽く口を尖らせてみせながら。
「ああ、分かった分かった。 …とりあえずはもう少し休んでおけ。 着艦したら、起こすから」

そうなだめるように言いながら、彼女の額をそっと撫でる。
カガリ自身も疲れを感じていたのか、素直にわかった、と呟きながら目を閉ざした。
やがて、穏やかに規則的な息を立てはじめた彼女の顔から視線を離し、アスランは正面を見ながら機体を歩ませていく。

…今、この場で起きている出来事のことを考える彼の心には、不安のさざ波が絶えず揺れていた。
過去に自分がザフト軍で遂行した、ヘリオポリスの新型機強奪作戦と、何者かによるアーモリーワンの新型機強奪事件。
その、ほぼ完全に一致しながらも、標的の所有組織という点で全く正反対の事件。
彼は感じていた。その奇妙に符合する事件を発端に連なるであろう事象もまた、似てくるのではないのかと。
自分が経験してきたあの争いが。 父親、友、多くの人を捲き込み轢き潰していった、あの戦禍が再び起こるのではないかと。
カガリと同様に彼もまた、自分たちが手に入れたはずの平和に対して、疑念を抱いていた。



278 :3/8:2005/11/18(金) 22:08:06 ID:???
逃げ出した三機のMSによって、プラントの外壁に開けられた巨大な風穴。
内外の気圧差の影響で、宇宙へと移動する猛烈な気流に乗って飛び出していく彼らを、マユもまた追う。
外部までの追撃の命は出ていない。しかし、彼女はそれが当然出されるものだと思い、先走っていた。
『っ、マユ?!』
『深追いするな! 外にはまだ敵が!』
コクピット内に飛び込んできた、仲間たちの制止の声。
しかし彼女はそれに答えず、スラスターの推力を上げる。

「絶対に、逃がさないんだからっ!」
追う標的の後姿は既に遠く、三つの色の点としか視認出来ないが…フォースシルエットなら追いつけるかもしれない。
自らの機体に対する信頼、そしてなによりも相手に対する怒りが、彼女を駆り立てる。
アーモリーワンは、彼らの不必要なほどの破壊行動によって軍事施設は当然のように、
居住区や商業区といった一般エリアまでもが滅茶苦茶にされた。

自分と同じザフト軍の兵のみならず、コロニーの住人や旅行客も騒乱に巻き込まれた。死傷者も出ているだろう。
そのことを思うとマユは、胸が焼けるように疼いて、居ても立ってもいられなかった。
それは――彼女が愛する家族と故郷を失った、あの日の戦火と今の事態が重なって見えていたからだった。

彼女が疾るその方向、三機のGの前方に巨大な影が見える。
無色透明の帳を取り払ってもなお、その暗いブルーグレイの色彩で宇宙空間に紛れ込む一隻の大型戦艦。
三機が迷うことなくまっすぐ目指しているということは、あれは彼らの母艦なのだろう。

 ――あれに逃げ込まれたら、手遅れになる!
焦りを感じたマユは、インパルスの速度をさらに上げ、三機に追いすがる。

279 :4/8:2005/11/18(金) 22:08:57 ID:???
真正面に捉えた標的ばかりに注意が向けられていたその時。突如コクピットにけたたましい音が響いた。
何者かにロックオンされたことを示す警告音。
驚き、敵機の位置を確認すべくレーダーへ視線を向けた瞬間、揺れがマユを襲う。

「敵?! どこからっ…」
見開いた彼女の瞳に映ったのは、赤紫色に塗装された流線型の物体。
先端から放たれる一条のビームをシールドで防ぎながら、ビームライフルで応戦するもそれの動きは素早く。
こちらのビームを回避した物体を撃たんと、再び照準を合わした途端、背後から急接近する何か。
接近に気付き、機体を捻らせそれと向き合う。 視界に飛び込んできたそれは、さっきの物体と同型だ。
さらに、その後方に見える同色の戦闘機らしきMA。それを中心に、四つの流線型が複雑な機動を描きだす。

「カオスと同じ兵装ポッド? でもこれはっ!」
それらの動きは完璧なコンビネーションで。 インパルスの周囲を絶えず移動しながらビームを放ってくる。
正面に気を取られれば、側面か背後から。 撃たれた方向へ向けば、すかさず異なる方面から。
その動きから、マユはカオスに装備された無線式兵装ポッドを思い出す。
だがこの機動力も反応速度も、彼女が知るそれを凌駕している。 同時に操作できる数も、その倍だ。
タイミングを図って向けられる攻撃に囲まれ、檻に捕らわれたように動けなくなるインパルス。
絶え間なく、位置を変えて、網をなすように放たれるビーム。ついには反応しきれず、直撃のコースを狙われる。
おののきのあまり、銃口を前にして目を閉じる少女。

『何をしている! ぼぅっとしていたらただの的だぞ!』
その声にハッと顔を上げるマユ。 インパルスは、撃たれていなかった。
シールドを構え、インパルスの前に立ちはだかる白い姿。レイの駆るザクファントムによって自分は助けられていた。
『あれはガンバレルだ。 有線式で射程範囲は限られるが、その分カオスのポッドより正確に操作される。
 相手の間合いに入らないように、回避しながら撃て!』
「ありがと、レイお兄ちゃん!」
ガンバレルと呼称された兵器へ向けて、けん制するようにライフルを撃ちながらのレイのアドバイス。
マユは頷きながら謝辞を述べ、彼の援護により途切れたビームの檻から脱出した。


280 :5/8:2005/11/18(金) 22:09:53 ID:???
レイと同じく、マユを追って飛び出してきたアゼルも彼女の元へ追いつき、MAと戦うレイへ共に援護に入ろうとする。
だが、その行く手を阻むように彼らの横を閃光が横切る。
それは背後から。ガンバレルの稼動圏とは正反対の方向から放たれたビームに、マユは振り向く。
「えっ…ザク?」
視線の先に佇んでいたのは、ビームランチャー『オルトロス』を構えた、基本カラーである緑色のザクウォーリア。
援護に来た味方の誤射ではないだろうか、と一瞬考えるが、モニター上に表示された文字がそれを打ち消す。
機体自体はザフト軍のものだが、それに重なる文字の羅列はアンノウン。
今戦っているMAと同様に、ライブラリにない識別コードを発してた。

とっさの判断が出来ず、動きを止めていたマユたちへと所属不明のザクが再度銃口を向ける。
その発砲よりも先に、全速力で前面に飛び出したのはザクウォーリア。
軍制式のポールウェポンよりも長大に改造されたビームハルバードを、突きに構えながら肉薄する。
しかし、相手の反応は素早く無駄のないものだった。

銃身を支える右肩部を狙う閃光の槍から、ただ身を捻り右半身を後ろへ引くだけの動作で逃れる。
そして、避けられた突撃の勢いを逆噴射で殺し、体勢を立て直そうとしたアゼルのザクへと。
身を逸らした勢いを利用して背後に振り向いたアンノウンは、即座に銃口を突きつけた。
その距離はごく至近で。 メインカメラの画面ど真ん中に映った巨大な銃口に少年は絶句する。
崩れた体勢で、逃れられない距離で、放たれようとする砲撃に死を感じた。

「まずは一機、っと」
呟きながら、かすかに笑みを浮かべるのは、鹵獲したザクを操るケイ。
果敢にも自分の懐に飛び込んできた同系機へと、オルトロスの照準を定めながらトリガーに指をかける。

「やらせないっ!」
いざ撃たんとした瞬間、横合いから急接近してきたトリコロールカラーの機影。
背中のビームサーベルを抜き放ち、ビームランチャーを狙い斬りかかるインパルス。
両手のふさがっていたケイは舌打ちをし、機体を急上昇させてそれから逃れる。
その行く手を阻むべく、マユはザクへ狙いを定め、ビームライフルを連射する。

だが、どの弾も命中しない。小刻みな動作で左右に機体を振り、回避行動を取るザクの脇を通り過ぎていくだけで。
その原因は、相手の技量の高さというものもあったのだろうが。
いまだに状況が掴みきれず、致命的な箇所を狙うことをためらっていたマユの心理状況が影響していただろう。


281 :6/8:2005/11/18(金) 22:10:41 ID:???
「やめてよね! そんな狙いじゃ、いくら撃っても無駄だよ」
ビームを容易くかわしながら、インパルスへ向けてせせら笑うケイ。
冷酷に、蔑むような笑みをそのままに、肩部シールドに収納されたトマホークを引き抜く。
「新兵なのかな? 相手を撃つ時に迷ってちゃダメだよ」
小馬鹿にするように敵への批評を口にしながら、機体の軌道を後退から一変。インパルスへと距離を詰める。
腕部をしならせ、鋭く投擲されたザクのビームトマホーク。その刃が、インパルスのライフルの銃身に突き立つ。

「きゃあっ!!」
へしゃげたライフルをとっさに手放すも、それは機体の間近で爆散。
コクピットまで及んだ衝撃に揺さぶられ、マユは悲鳴を上げた。
大きな隙を晒すインパルスを見て、ニィと口元に邪悪な笑みを刻むケイ。
相手をなるべく無傷で、行動不能に陥れるべく、頭部に照準を合わせてオルトロスを構える。

『…閣下、新手ですよ。 追撃部隊の母艦と思われるヤツが接近しています』
低い男の声。 エグザスから入ってきた通信に、ケイは眉をひそめた。
見れば、コロニーの宇宙港の方角。 小さく灰色の艦影がこちらへ接近しつつあるのが確認できる。

「残念、潮時か」
『これ以上の戦闘は、無謀かと思われますが』
つまらなさそうに呟き、肩をすくめる青年へとネオは苦笑い交じりの見解を伝える。
「うん、分かってるよ。 撤収しよう」
決断すれば、返す身は素早く。 反転したザクは速やかに母艦へ向けて撤退を始める。
その後に続き、飛び去っていく赤紫色のMAの後姿を、呆然とした様子でマユは見ていた。
後方から追ってきたミネルバから打ち上げられる、撤退を示す信号弾の光。
それに照らされる少女の横顔には極度の疲労と、体感した命の危機に対する恐怖の色が表れていた。



282 :7/8:2005/11/18(金) 22:11:41 ID:???
作戦目標であった三機のザフト製新型MSを格納した後、微速で後退していた蒼の艦ガーティー・ルー。
帰還を待ちわびていた指揮官のMAと、艦の貴賓が乗るザフト製MSを着艦させると、最大戦速で戦域を離脱する。

エグザスから降りたネオは、休む間もなしにブリッジへと移動していく。
近辺に敵は確認されていないが、この宙域はまだプラントの勢力下。
事態に備え、ブリッジに詰めておくのは指揮官として当然であり、重要なことだろう。
一方、ケイの方は鹵獲してきたザクを格納庫のハンガーに収め、足元からその姿を仰ぎ見ていた。

「んー…新型のようだけど、所詮は一般機かな。 どうにも僕には似合わないや」
それに一つ目は嫌いだしね、と呟いて自らの戦利品の批評を終え、その場を離れていく。
と。彼の耳に飛び込んできた、耳をつんざかんばかりの女の悲鳴。
驚き、眉をひそめそちらの方を見やると、強奪した三機が収められたハンガーの方だと分かる。

「くっ、落ち着け!ステラ!!」
「いやぁっ!死ぬのはいやぁぁぁっ!!死にたくない死にたくない!!!」
MSの足元に集まる人垣。そこへ近づくと合間から、暴れる少女とそれを押さえつける少年の姿が伺えた。
ケイはその二人のことを知っていた。作戦前に顔を合わせ、話す機会があったからだ。

喉を潰すのではないかと思うほどの大声で、死にたくないと叫んでいるあの子は、ステラといったか。
あの、人に慣れた小動物のようにおっとりとしていた少女が、今は赤子のように必死の形相で泣き喚いている。
色白の肌に、とろんとした穏やかな瞳が愛らしかった彼女の顔は
恐れによってくしゃくしゃに歪み、頬は涙に濡れて赤くただれ、泣き腫らしている様子だった。
ずっと泣き続けて疲れているであろう少女を、緑髪の少年は必死に押さえつけている。

それだけ彼女の力が強いのだ。 後ろから押さえつけ、羽交い絞めても気を抜けば振り解かれそうなほどに。
人垣をかき分け、彼らの前に出てきた白衣の人物が何事かを少年に伝えつつ、手提げカバンから何かを取り出す。
しっかり押さえとけ、と。 あたりに反響する慟哭に混じって、微かな声が耳に届く。
暴れる少女より少し離れた場所から、白衣の者が銃に似た機器を構え、トリガーを引く。
途端、叫びは急に小さくなり消えうせ、少女の身体が糸を切れたかのようにぐらりと崩れた。


283 :8/8:2005/11/18(金) 22:12:54 ID:???
「…ラボご自慢の、エクステンデット2ndロット…か」
一連の行動に目を向けながら、ぽつんと小さく落とされたケイの呟き。
いつの間にか傍らに近づいてきていた、自分の下に付く副官へと振り向く。

「ねぇ、あれで大丈夫なの?」
緑髪の少年、スティングの腕の中で意識を失ったステラが、白衣の男に託される。
その様子を視線で示しながらの問いに、副官の男は頷く。

「1stロットよりは随分マシになりました。
 普通の軍人同様、人間としてのコミュニケーションも十分取れますし、作戦行動を的確に理解し忠実に遂行します。
 1stでは必須だった、薬物投与による生命活動維持は必要ありません。
 ただ、恐怖や躊躇といった余計な感情を抱かせないように定期的にメンテナンスを行い、記憶の調整をする必要がありますが」

なるほどね、とその言葉に耳を傾けながらケイは小さなクリップボード状のモバイルを取り出し、指先で操作する。
「その1stの事をよく知らないからなんとも言えないけど、確かにパイロットとしての技能は見事なものだね」
極薄のボード全体を構成するタッチパネル画面に触れながら、そう話していた彼。 ふと、怪訝な顔つきになる。

「ああ、彼らのスペックはそちらには載っていません…失礼」
彼の表情の変化を見て、理由を察知したのか。
副官が断りをいれてから、横からモバイルの画面へと手を伸ばす。
ガーティー・ルーの乗船者リストの画面から何度か分岐を引き返し、別のルートを辿っていく。
最終的に開いた場所は、MS用の機材や備品が羅列されたページ。
その中に混じる人名の文字列と少年少女の顔写真は、なんとも奇妙で不自然で
『生体CPU』というパーツ名を冠した三人の名前を目にしたケイは、僅かに目を伏せた。

「帰還してすぐでお疲れでしょうが閣下、盟主より例の件について報告の要請が来ております」
「…せっかちだね。 じゃあ僕は自室に戻らせてもらうよ」
かけられた言葉に対して顔を上げ、鷹揚に頷いたケイはモバイルをしまい、格納庫の出入口へと歩みを進めていった。
ドアをくぐる前。 ふと後ろをかえりみると、スティングがアウルに詰め寄り、何事かを言い争っている姿が見えた。

「兵器だというのなら、言い争うなんて無駄なことはしないだろうに」
それは、隣にいた者にも伝わらなかったごくごく小さな呟き。
捨てるように言の葉落として、ケイはその場を後にした。