351 :1/11:2005/11/20(日) 17:32:11 ID:???
奪われた三機を載せて逃走する所属不明艦を追う、ザフトの新造艦ミネルバ。
そのMS格納庫の中は騒然としていて、まさに戦場そのものの様相だった。
収容された機体の修理や調整の為に、所狭しと走り回る整備兵たち。

その半分近くは、実戦未経験の新兵で構成されているため、皆一様に戸惑いを見せながら仕事に就いていた。
…ああ、あれはヴィーノだ。小さな身体でちょろちょろ走ってるところを、エイブス班長に呼び止められてる。
怒鳴り声で呼び止められてビックリしてた。この喧騒だから大声になっただけで、怒られたわけじゃないのにね。

「……はぁ」
キャットウォークの手すりにもたれかかりながら眼下の光景を見下ろしていたマユは、またもため息をつく。
ミネルバに着艦し、機体を降りたと同時に、慌しく始められた整備の様子をずっと見ていた彼女。
その幼い貌には、疲労よりもなお色濃い落胆が見える。
すっかりしょげたようにうな垂れ、本日何十回目かの嘆息をつく。

この艦に就いて初めての任務は、失敗だった。
奪われた三機の新型に散々暴れられた挙句、取り逃がしてしまったのだから。
そして、最後に現れたマゼンダカラーのMAと、鹵獲されたであろう自軍のザクウォーリア。
マユはそれらの前で、全く無力だった。
彼女の乗るインパルスは奪われた三機と同期の新型機なのだが、それでも相手に翻弄されてばかりだった。
そんな事実が重く重く、自分にのしかかってくるようで。
手すりに身を預けながら、深くうな垂れてコツンと額を打っていた。

「マユ」
かけられた、名前を口にするだけの簡潔な呼び声に少女は顔を上げる。
いつの間にやら隣に来ていた緑服の少年、アゼルの方へと向き、首を傾けるマユ。

「エイジさんとアイリーンさんの方に連絡入れといたよ。 いきなり、実戦に出ることになっちゃったからね」
「ぁ、そっか…心配するかもしれないしね。ありがと」

すっかり自分が失念していた事柄に気付き、少年へと礼を述べる。
今回の進水式は、コロニー周辺を巡航するだけで、一日で帰還する日程のはずだった。
二人共通の同居人たちへは、すぐに帰れる任務だと伝えていたので
おそらく家で待ちわびているであろう彼らに、アゼルが連絡を入れたことは適切だろう。



352 :2/11:2005/11/20(日) 17:33:31 ID:???

「あれ? あのザク…」

辺りの整備風景に視線を巡らせていたアゼルが、突然驚いたような声を上げた。
つられて彼の向く方を見るマユ。 目に留まったのは、一機のザクだった。
一般機カラーのそれは相当な損傷を受けていて、特に右腕部の欠損が痛々しい印象を与える。

「ねぇ、あれって…」
「うん。 あの時居合わせたザクだ」

インパルスがカオスとガイアと交戦していた時、危機一髪の状況に割り入り手助けしてくれたザクだ。
損傷具合と、胸部装甲に刻まれたマーキングを見て気付いたマユとアゼルは、
キャットウォークから降り、ザクの足元へと駆け寄って、機体を見上げる。

「でもあれ、ミネルバ所属の機体じゃないよね。 誰が乗ってたのかな?」

所属部隊を示す印を指差し示しながら、首を傾げるマユ。アゼルはどうだろう、と言いながら首を捻っている。
彼女は知りたかった。 あの新型二機相手に、短時間とはいえ翻弄する見事な動きを見せたザクの乗り手のことを。
そして、礼が言いたかった。 自分の危機を救ってくれたその人へと。

「あー、いたいた二人ともっ」

あれこれと論議している彼女らへ向けて、横手から飛んできた声。
気付き、そちらへと振り向くと赤い軍服姿の少女が立っていて、二人へ向けてヒラヒラと手を振っていた。

「ルナお姉ちゃん!」

同じくミネルバ就きのMSパイロットであるルナマリア・ホークの姿を認め、マユが駆け寄っていく。
活発そうな容貌に満面の笑みを浮かべながら、両手を広げて迎えている彼女へ、ぽふんと飛びつく。

「お姉ちゃん、大丈夫だった? 怪我してない?」
「だーいじょうぶよ、私はなんともないわ。 ザクの方も、軽い修理ですぐ出せるようになるって話だし」

ぎゅうと一度強く抱きついてから顔を上げ、矢継ぎ早に聞いてくるマユへ、そう答えるルナマリア。
落ち着かせるように少女の栗髪をぽんぽんと撫でるように叩きながら、大きく頷く。
その答えに安心したのか、えへへと笑いながらマユは表情を緩ませた。



353 :3/11:2005/11/20(日) 17:34:42 ID:???
「ルナ。 あのザクのパイロット、誰だか分かる?」

アゼルからの問いに、ああ、あれねと呟きながらルナマリアは頷く。

「あのザクね。 ミネルバの緊急発進前に着艦してきたのよ。怪我人がいるってことでね。
 乗ってたのはね…なんと、オーブの代表とその護衛だったのよ!」
「えっ!? カガリ・ユラ・アスハが…?」

二人のやり取りを耳にしたマユが、驚きの声を上げる。

「ん? どしたのマユ」
「…えと、あのザクに助けてもらったの、あたし。 お礼が言いたくて探してたんだけど…」

うつむきながら、ごにょごにょと途切れがちに呟くマユの様子を見て、
ルナマリアは何かに気付いたように、ああ、と言い、さらに言葉を付け足す。

「なーるほど、そういうことか。 
 大丈夫よ。操縦してたのは代表じゃなくて護衛の方だったから、お礼ぐらい言えるでしょ」

それは、マユの煮え切らない様子を、ためらっていると感じ
恩人が国賓だとしたら、話す機会があるかどうかを悩んでいるのではと推測しての言葉。

「そ、そうなの…」

マユの思惑は他にあったのだが、それを隠すようにぎこちなく笑みを作る。

「たしか、アレックス・ディノって名乗ってたかな。
 私よりちょっと年上の、けっこう…ううん、かなりイケメンだったわね!」
「へー…」

目を輝かせながらそう語るルナマリアを、気の抜けた眼差しで見やる少女。隣の少年もキョトンとした様子で。
そんな二人の肩を、両手で抱え込むようにぎゅっと引き寄せ、
にんまりとした笑みを浮かべるルナマリアは、二人の顔の間でこっそりと囁いた。

「でもその人、アスラン・ザラかも」
「「えっ?」」

思いもよらぬ名前が飛び出したことに、マユたちは揃って驚きの表情でルナマリアを見る。

「私ね、代表たちが着艦してきた時に居合わせてたもんだから、負傷してた代表を医務室へ案内していたのよ。
 その時ね、代表が彼のことを『アスラン』って呼んだの。 間違いないわ!
 ほら、アスラン・ザラって今はオーブにいるって噂だったでしょ?」

スクープでも撮ってきたかのように、エヘンと胸張り誇らしげに語るゴシップ好きの少女の前で、マユはポカンとしていた。



354 :4/11:2005/11/20(日) 17:35:54 ID:???
――アスラン・ザラと言えば、ザフト軍に所属する…いや、プラント全体の人々なら、彼を知らない者はそういないだろう。
先の大戦時、プラント最高評議会議長の座に就き、連合との戦争を推進させたパトリック・ザラの息子であり。
ザフト軍においてはトップガンの証である赤服を纏い、多大な功績を讃えるネビュラ勲章を賜ったエースパイロットであり。
戦時中に軍を逃亡し、プラントと敵対する三隻同盟に身を投じ戦闘に参加したという、大罪を背負った人物であった。
戦後もプラントには一切戻らず、いずこかに逃亡した彼を裏切り者と称し、なじる軍人は多くいたが
見事な戦績と由緒正しい家柄、その英雄性に憧れる若者たちも少なくはなかった。

「すごいね。本物なら、一つ手合わせを願いたいな」

アゼルの方は後者で、素直に感嘆の表情を見せながらしきりに頷いている。
一方、マユはといえばしかめ面で、眉をひそめて黙りこくっていた。

彼女は知っていた。 彼が、軍を離脱した後、オノゴロ島のマス・ドライバーを巡る戦闘に介入していたことを。
島の大半を焼いてまでも連合の手中に入れまいと守られたマス・ドライバーを利用して、宇宙へと向かったことを。
…彼女が、自分の両親と兄を殺した元凶と信じて疑わない青い翼のMS、フリーダムと共に。
むすっとした表情のまま、その場を離れようと踵を返したその時。

「…今貴方がたが開発してる機体は、どうみても自衛のための物ではないことは明確だ!」

頭上、キャットウォークの方から響いた少女の声に、マユはパッと顔を上げそちらを見た。


355 :5/11:2005/11/20(日) 17:36:31 ID:???
一方、混乱の最中ミネルバに乗艦したカガリたちは、受け入れを許可したギルバート・デュランダル議長と面会していた。
先ほど艦内で治療を受け、頭の包帯を巻いた姿に痛々しさを残すカガリは、彼から現在の状況の説明を受ける。
コロニーの被害状況、襲撃してきた敵の所属が未だ判明しないこと
そして、ミネルバはこのまま、新型機を強奪した敵艦を追跡し、奪還する作戦の中核に組み込まれることを。
カガリたちについては、既にオーブ本国に連絡済みで、しばらくすれば迎えの艦艇が来ることでしょう、と彼は言った。
一通りの情報交換と意見のやり取りを終えた後、カガリとアスランはデュランダルに誘われ、艦内を見学することになった。

彼女たちはデュランダルの、そのあまりに開けっぴろげな行動に、驚かされることとなる。
最初に向かった場所が、天井から床まで全て軍需機密で出来てるとも言える、モビルスーツデッキだったのだから。
悠々とした態度で歩む、彼の隣に付き従う赤服の少年兵は無表情で、その考えを読み取ることは出来なかったが
グラディス艦長と言ったか…ミネルバの女艦長は、提案を聞いた時明らかに驚きを見せ
モビルスーツデッキへの通路を進む今も、信じられないと言わんばかりの猜疑の眼を、自分たちの代表へと向けていた。

「これが、形式番号ZGMF−1000『ザクウォーリア』。
 性能の方は、お二方もよくご存知でしょう。 これが現在のザフト軍の主力MSです」

デッキの壁面上部を取り囲むように設置される通路に出たデュランダルは、
アスランが乗ってきた緑のMSを指し示しながら、説明する。

「そして、あれがこの艦『ミネルバ』の最大の特徴たるインパルス専用の発進システムです。
 こちらに来る道中に、インパルスもご覧になったそうですね?」
「ああ」

彼の視線の方向を自分も見て、頷くカガリ。
その目の前に立つのは、縦に長い四層構造の発進デッキ。
側面の壁がなく、丸見えの内部にはアーモリーワンで見た、白いGタイプのMSのパーツが収容されていた。


356 :6/11:2005/11/20(日) 17:37:14 ID:???
「このシステムは、技術者たちに言わせるとまったく新しい、効率の良いMS運用システムなのだそうです。
 …まぁ私は、遺伝子学の研究が専門ですので、違う畑のことはよく分かりませんが」

後半の言葉と裏腹に、随分と楽しそうに、得意げに語る黒髪の男はカガリへと向き直り、声をかける。

「どうですか代表。 何かご感想など頂けましたら嬉しいのですが」
「……私は、この艦に対して、従来の艦とは全く違うコンセプトがあると感じたな」
「と、申しますと?」

一旦言葉を切り、キャットウォークの手すりの前に移動し、彼女はデュランダルの隣に立つ。
そして、黄金の輝きにも似た、色濃い琥珀の瞳で真正面を見据えながら、口を開いた。

「本来、MSやMAといった機動兵器は、艦を守る為に存在する。 これが運用方法としての常識だ。
 しかし、この艦は違う。 あの白いGを運用するために設計され、独自かつ専用のシステムを搭載している。
 …これは、あのGのためにこの艦が存在しているということでないだろうか」

言葉を選ぶようにゆっくりと、しかしはっきりとした口調で語り続ける。

「私には、この艦は一騎当千とも呼べる働きのできる、このGを戦地に送り込むための物に思えるのだ。
 そう、まるで戦地へと兵器を投げ入れる石弓<カタパルト>として存在しているとな」

そこまで語り、彼女はデュランダルの方へと向き直り、尋ねる。

「あの強奪された三機も、この艦に搭載する予定だったのか?」
「…ええ、その予定でした」

想像以上に語る彼女を、驚いたような眼差しで見ていたデュランダルは、思わず返答につまる。

「だろうな。
 ならばこの艦はやはり、連邦のアークエンジェル級のように大気圏でも運用可能なのだろう。
 陸、海、空。あの三機はそれぞれの戦闘地形に特化した性能だと伺った。そして、装備換装が可能なインパルス。
 …まるで貴軍の新型機は、地球侵攻を前提としたような機体だな。 このミネルバも」

357 :7/11:2005/11/20(日) 17:38:08 ID:???
その場に立つ者全員を見渡して、きっぱりと言い放った言葉。
カガリの鋭い視線と言葉を受け、あからさまに苦い顔をするデュランダル。
傍らに控えていたタリアも、彼女の推論の鋭さに驚きを隠せない様子だった。
そして、己がぽかんと間抜けに口を開いたままな事に気付けないでいるアスラン。
彼は心底驚いていた。

どちらかと言えば思考よりも行動を優先する、直情的なカガリがこれほど仔細な意見を口にしたことに。
この事件に立ち会えて幸運だったと笑った彼女は、ここで何かしらのものを得たのだろうか。そんな考えが浮かぶ。

「それと議長。私はアーモリーワンに来る前、月に立ち寄る機会があったのだが
 彼らも、この度の進水式にかなり刺激されているような様子が見受けられた」

ふ、と胸に張り詰めていた空気を抜くように、小さく息をついたカガリはそう言う。

「対抗しているのだろうな。最近行っていなかった月周辺での艦隊演習を再開していたよ。それも大規模にな。
 …この動きは、宇宙だけに限らない。
 この所、大西洋連邦は立て直した軍事力をかざし、周囲を威嚇するような行動も取っている」
「ほう、そのような動きが……」

それを聞き、デュランダルは関心を持つように相槌を打ったが、カガリは横目で彼の顔を睨む。

「議長の耳に届いていないはずはないだろう、以前敵対していた勢力の動きが。
 今は、ただでさえ難しい時期なんだ。 出来る限り余計な波風は立てないで欲しいと願っている」
「これはこれは…手厳しいですな」

こちらへ向けて流された琥珀の視線に、苦笑いと共にそう答える白装束の男。
曖昧に受け流された。どうやら、こちらの言葉を真摯に受け止める誠意はなさそうだ。
困っているようで、そのくせちっとも悪びれた様子のないデュランダルの顔を見ながら、カガリはまた溜息をつく。


358 :8/11:2005/11/20(日) 17:38:48 ID:???
彼女が頭の中で思い描いていたのは、アーモリーワンへと向かう道中に見た光景。
月軌道上の近くで、陣形を組んで航行する、50隻近くもの連合軍の戦艦。
その行く手を先導し守るかのように、展開された無数のMS。
彼らが揃って砲門を、矛先を向けている方向にあるのは、プラント本国が存在する宙域。
遥か先に存在するであろう、砂時計の群れを彼らは意識して演習を行っていた。

「…今貴方がたが開発してる機体は、どうみても自衛のための物ではないことは明確だ!
 そちらが軍備を増強すれば、あちらも対抗して同等のものを持とうとするのだ!
 これがどれだけ無益なイタチゴッコなのか、分からない貴方でもないだろう!!」

デュランダルの、表面上には返答しながらも全く腹のうちを見せない態度に対し
ついにカガリは感情的になり、声を荒げてしまう。

「代表、落ち着いてください!」

熱くなった彼女にこれ以上話させると、都合の悪いことが起きるかもしれない。
そう判断したアスランが彼女の隣に駆け寄り、気を落ち着かせるようとその肩に手を置く。
ハッとした表情になり、息を呑む彼女。 気持ちを切り替えるべく、少しの間目を閉じて、口を閉ざす。

「…失礼した議長。 少々熱くなってしまったようだ。
 だがこのような、自衛の範疇を超えた…
 しかも地上での運用を考慮した兵器は、うかつに持つべきではないと私は思うのだ」

慎重に言葉を選びながら、カガリは謝辞と自分の考えを口にした。
それを聞き、ふむと息をついたデュランダル。 彼もまたそれに答えるべく口を開こうとしたその時

「……綺麗事ばかりね! そんなんだから、オーブを戦火に焼いてしまったのよアスハは!!」

幼く高いトーンの響きには似つかわしくないほどの、憎しみを込めた少女の怒声が響いた。


359 :9/11:2005/11/20(日) 17:40:14 ID:???
その声の主であるマユは、モビルスーツデッキの床上から上の通路にいる金髪の女性を睨み据えていた。
いつもは明るい光を宿す菫色の瞳に、激しい憎悪の炎を揺らめかせながら。
ぎゅう、と血を滲ませんばかりに唇を噛み締めている形相は、年相応の少女とは思えないほど憤怒に染まっている。
こちらの声に気付き、驚きの視線を向けてくる頭上の女性。その唖然とした表情を見て、彼女はさらに声を荒げる。

「力を持つから攻められる? だから力を持つなって?
 そんな悠長なこと言ってたから、周囲から戦争を仕掛けられるってのに反戦なんて貫くから!
 貴方たちが無力だったから、みんな死んじゃったのよ! お父さんもお母さんもお兄ちゃんもみんなみんな!!」

髪を振り乱しながら叫んだ最後の部分は、聞き取りにくいほど哀しみと怒りに震えていて。
周囲の者は皆、彼女の突然の豹変とその気迫に驚き、凍り付いていた。

沈黙の中、最初に挙動を見せたのは赤服纏う金髪の少年。
議長へ対し、何かを告げるように目配せをすると前へ駆け出し、通路の柵を乗り越える。
一階分ほどの高さからのジャンプだったが、無重力エリアの中では落下の衝撃はほとんどない。
軽々と飛び降りたレイはマユへと駆け寄り、なおも身を乗り出し叫ぼうとする彼女の身体を抱え込んだ。

「なっ、邪魔しないでレイお兄ちゃん!!」
「デュランダル議長とオーブ代表が居られるのだ。口を慎め」

抗議の声を上げる少女へ構うことなく、無機質に言い放ったレイは
彼女の身体を小脇に抱え、ここを退出すべく入出口へ向かう。

「嫌よ!嫌よ!! あたしは絶対アスハを許さないんだから!!
 オノゴロを焼いて、あたしの家族を奪ったあいつらを許さないんだからぁっ…!!」

泣きわめきながら、少年の腕の中で必死に抵抗するもデッキの外へと運び出されるマユ。
尾を引く叫びが、隔てる自動ドアによって断ち切られると、凍り付いた空気に動揺の色が漂いはじめた。

「申し訳ありません、姫。 このような事態になるとは夢にも思わず…」
いまだ無言で、呆然と立ち尽くしたままのカガリへとデュランダルが声をかける。
「……議長、彼女は…」
「マユ・アスカですか。 彼女はオーブからの難民です。
 2年前に身寄りを失くし、プラントへと来たのですが…いやはや、あのような行動を取るとは」

白い細面に遺憾の意をあらわにしながらの彼の言葉を耳にしながら、深くうつむくカガリ。

「……無力、か…」

ただ一言、床に零した小さな呟きには、深い哀しみと後悔が滲んでいた。


360 :10/11:2005/11/20(日) 17:41:15 ID:???
自分たち以外、人の気配がない空間。 モビルスーツデッキへと繋がる狭い通路の中。
ぐすぐすと、鼻をすすり鳴らしているマユ。 何をするわけでもなく、隣にたたずむだけのレイ。

国の来賓であるカガリに向かって暴言を吐いた彼女は
レイの手によって通路へと押し込まれた後も、ずっと泣きじゃくり続けていた。
先ほどの饒舌とは打って変わって何も語らなくなったが、その分だけ涙が零れているようで。
ほろほろと頬を伝い顎元から落ちる雫は、一向に途絶える様子がなかった。

ひっく、ひっくと。小さく少女の嗚咽が響く中、ずっと黙り続けていたレイはぽつりと呟いた。

「マユ。お前の言ったことも正しい」

頭上から降りかかってきた、思いもよらぬ言葉にマユは驚き顔を上げ、彼の顔を見る。
それに気付き、マユへと顔を向け視線を合わせるレイ。

「だが、それは時と場所、場合によって共感を得ない叫びとなってしまう。
 あの場で言うべき言葉ではなかった。それだけは覚えておけ。
 …俺は、お前の言ったことは間違っていないと考えてる」

常日頃と変わらぬ淡々とした表情のまま、年頃の少年よりも落ち着いた低い声でそう語る。
レイの言葉は彼女の行動をいましめたものだったが、同時に肯定する言葉で。
それを聞いたマユの瞳は見開かれ、大粒の涙がぽろり、零れ落ちた。

自分が語りたい事を話し終えたレイは、黙ったままのマユから視線を反らし、前を見ていたが。
少しの間を置いて、とすんと音を立て胴に伝わってきた軽い衝撃。
見れば、自分の身体にしがみつき、赤い布地に顔をうずめてくるマユの姿があった。

ぎゅう、と。無心に掻き抱いてくる手の感触と、こらえようとはしても、時々漏れる嗚咽の息と。
うん、うん、と。 服を通して繰り返し伝わってくる少女の頷きと声。
それを聞きながらレイは僅かに柳眉を下げ、そっとその頭を撫でやった。


361 :11/11:2005/11/20(日) 17:41:53 ID:???
―L−4 月の中間宙域―

ミネルバの進路、その遥か先に当たる宙域に、それらは存在していた。
所狭しと展開された、地球連合艦隊。 それらは少なく見積もっても五十隻は下らないほどの、大規模な艦隊だった。
陣を組み、ゆっくりと航行する群の中。その中心に護られるように、鎮座しているのは二隻の艦艇。

それは、異様な存在感。
随伴する戦艦と比較すれば、全長だけでもその三倍近く。横幅もそれに匹敵するほどで。
特に目立つのは、まるで重いものでも詰めたかのように下方へと垂れ下がる船底。
甲板はフラットなデザインで、砲門は小さなものばかりで主砲のない設計のため、余計とその存在感が際立つ。

そんな、ずんぐりとした印象の奇妙な戦艦。その船底の前部…魚で例えるなら、口に当たる部位が開口する。
空洞の中から姿を見せたのは、一般的なMSのサイズよりも巨大な金属塊。
流線型の本体から、前にせり出すよう伸びる二対の爪に似たユニット。
その間から、角のように生える二門の長砲身ビーム砲が目を引くそのMAが、戦艦から次々と射出されていく。
正面だけでなく、船体の脇にも複数備えられたハッチからも同じ機体が発進しつつある。
射出されたMAは集結し、大型艦艇の前に陣形を展開する。

二隻の戦艦の片割れ、その広い艦橋内はまるで何かの式典会場かのような様相。
多くの、軍服や背広を着た人物たちが、並べられた席に着き、皆一様に正面の大型モニターを見つめている。
軍の高官、政府官僚、大企業のトップ。 そこに座る者たちの肩書きは多種多様かつ、どれも高い地位のものだった。

「ユークリッド部隊、全機発進完了いたしました」

オペレーターの声を聞いた艦隊司令は、司令席から立ち上がり、
背後に座っている男たちへと向かい、高らかに宣言する。

「お待たせいたしました。 これより、本演習の最終段階へと移行します」
自分たちの追跡の対象である所属不明艦…
『ボギー1』と名付けられたそれを追い続けるミネルバ。
その進路の先にいるであろうその艦隊に、まだ誰も気付いてはいない。