- 128 :1/18:2005/12/04(日) 18:35:26 ID:???
- 「……以上が、現在の進行状況です。 それでは、報告を終了します」
ガーティー・ルー内部にある士官部屋の一室。 薄暗い室内に、青年の声が響く。
壁面の半分を占める大型モニターの電源を落とせば、光源を失い闇に染まる周囲。
映像の消えたモニターの前に立っていた青年は、一つ息を付き、室内に置かれたパソコンデスクへと向かった。
照明のスイッチの前を素通りし、チェアに腰かけたケイは、真っ先にパソコンの電源スイッチへと手を伸ばす。
モニターが放つ微弱な灯りに照らされるなか、懐から探り出した一枚のディスク。
ディスクをパソコンの本体に食ませてから、傍らに置かれたヘッドフォンを装着した。
そして、待つ。 目を閉ざしながら。
耳をすますかのように、大事そうにヘッドフォンに手をあてがいながら。
「………ああ、ここにいた」
長い間を置いて、不意に零れたその呟き。
ヘッドフォンから流れてくるメロディに乗る、優しい少女の歌声に聞き入る彼の頬を、一筋の光が伝い落ちた。
モニターの灯りだけが光源の、薄暗い部屋の中に外の光が差し込んでくる。
閉ざした目を撫でるように当てられた光に気付き、ケイは目を開いた。
せっかく、愛しい歌声の中に沈み込んでいたというのに。 不機嫌そうな眼差しで来客のいる方を見やる。
…そこには、ドアの陰からこっそりと顔だけ覗かせて中の様子を伺う、仔猫のような娘がいた。
「なにか用事?ステラ」
「あのね…ネオが、寝ぼすけケイを呼んでこいって。 用事があるからさっさとブリッジに来やがれーって」
手招けば、トコトコと寄ってきたステラへと問いを投げると、彼女らしかぬ口調の返事が返ってくる。
きっと、彼女の上司が口走った内容をそのまま覚えてきて、素直に伝えてくれたのだろう。
寝ぼすけ、ということは自分は寝ていたらしい。時計を見て、五時間ほどの空白に気付き、理解する。
「ふぅん、そうか………ありがとう。 もう少ししたら行くよ」
なにやら手帳に文字を書き込みながら、目の前の少女へと微笑みと謝辞を向けるケイ。
表紙に『閻魔帳』と銘打たれたそれを閉じ、懐へしまいこんだ。
と、ステラが自分の方へと、好奇の視線を向けてきていることに気付く。
- 129 :2/18:2005/12/04(日) 18:36:24 ID:???
- 「それ…音楽?」
ケイが問いかけの視線を投げかけると、彼女は質問を口にする。
彼が身に着けているヘッドフォンを、まじまじと見つめながら。
「うん、そうだよ。 僕の一番好きな歌」
少し考えてから、ケイはヘッドフォンを外し、差し出す。
それを受け取り、耳にかけるステラ。 音を待ちわびるように、目を閉じる。
「……これ…人の言葉? 聞いたことない音楽…」
「そう? ラクスの歌は地上でも有名なはずだけど…」
「歌? これ、歌って言うの?」
驚きの表情を見せる彼女。その顔には、感動の色も表れていて。
ケイはといえば、ステラの奇妙な言いようを不思議に思い、首を傾げていたが…ふと思い浮かぶ。
――彼女は『音楽』は知っていても『歌』は知らないのかもしれない。
ステラたち、エクステンデット2ndロットのメンテナンスにおいて、音楽が使われていることを彼は知っていた。
自室に戻る前、『揺りかご』の中で眠る彼らを見に行った時に、電子音で構成された微かな音楽を耳にしていたから。
精神状況を沈静化させ、悪い記憶を忘れさせるためには、音楽は優れた要素の一つだと、研究員から聞かされていた。
しかし、歌というものは総じて人の感情を込めて紡がれ、聞き手の心に語りかける言葉を有している。
兵器のパーツとして、余分な感情を生み出す要素をなるべく失くすために
ステラたちは人間の歌う歌ではなく、機械が紡ぐ無機質な音楽を聞かされてたのだろう。
すっかり気に入ったようで、ゆっくりと頭を揺らしながら歌に聞き入る少女を前に、彼は考えていた。
「…ほーしのー ふるばしょでー… あなたがー わらっていることをー…」
いつしか、踊るように身体をスイングさせながら、曲のサビの部分を小さな声で口ずさみ始める少女。
囁くように紡がれる、甘やかなかすれ声に、ケイはぼぅとしながら耳を傾けていたが
ふと、何かに気付き我に返ると、参ったような自嘲の笑みを浮かべた。
- 130 :3/18:2005/12/04(日) 18:37:05 ID:???
- 「やぁ、おはよう大佐。 状況はどう?」
背後で生じた扉の開閉音と共に耳に飛び込んできた、のん気な調子の挨拶にネオは振り向いた。
無重力に身を任せ、こちらへと流れてくる軍服姿の青年を、しかめ面で思いっきり睨んでやる。
顔の上半分を覆う仮面のおかげで、相手に自分の表情を見られないことをいいことに。
通常のものとは異なる、特別仕立ての蒼灰色の軍服を着込んだケイは、やはりそれに気付かぬ様子で。
ネオの立つそばへと近づき、彼の前にあるコンソールの画面を横合いから覗き込む。
「追っ手との距離はそれなりに稼ぎました。
とはいえ、長丁場になれば相手の足の速さに追いつかれるかもしれませんが…
それよりも、これをご覧ください」
随分と遅れた登場ではあったが、それでも彼の来訪は助けの船だった。
ネオは手元のコンソールを操作し、正面モニターの一角に、映像のウィンドウを呼び出した。
「へぇ、友軍じゃないか」
画面に映し出された多数の戦艦、それらはどれもケイの見知ったもので。
「半端じゃない数ですよ。 これは軌道艦隊クラスの規模です。
…自分はこのような予定を聞いてはいないのですが、閣下はなにかご存知ではありませんか?」
行く手に展開された、大規模な艦隊。
ネオが知ることの出来るレベルの情報の中には、この存在に関する情報を見つけることはできなかった。
しかし、自分の上官であるかの青年ならなにかを知っているのではないかと思い、質問してみた。
問いかけられ、ケイは顎に手を当てながら思案の様子を見せる。
「ここ数日の予定には、こんなのなかったと思うけど……ん?」
と、なにか気にかかったものがあったのか、画面を睨みながら小さく唸る。
その視線の先は艦隊の中心部。 周囲の遠近感を狂わすほど、大柄な船体へと。
- 131 :4/18:2005/12/04(日) 18:37:35 ID:???
- 「『ヴァリトラ』級…! そっか、予定が早まったんだ。
大佐、あれは新型MA部隊と新造艦の演習を行ってる艦隊だよ。予定より早く、月面から発ったみたいだね」
――ザフトとの戦争で、多大な戦力を削られた連合軍は
戦後直後から活発に、様々な兵器を開発し、その有用な運用方法などを研究し続けていた。
その中でも一際斬新で、有用だという評価を受けたのは、新しいコンセプトの元に作られたMAだった。
従来のMAの概念…高機動を重視した戦闘機のような用法と異なるそれは
戦艦の主砲にも匹敵する高い火力と、MSを上回る強固な装甲、防御に特化した構造を併せ持つ大型MA。
それを、敵の陣形を崩す突撃兵器として運用し、戦線を掻き回すことによって
味方MS部隊が円滑に戦闘を行えるよう、互いに綿密に連携して作戦を遂行する、という方法である。
今眼前に展開する艦隊は、それの有用性を実戦において確認するための演習を行うべく
月面に位置する連合軍基地より飛び立った艦隊であった。
「ほう。 そのような演習をここで行っているとは…
ザフトに見られても構わない、ということですかな? これは」
「だろうね。 軍事機密うんぬんよりも、相手への示威行動を重要視してるのかも。
わざわざ、当初行われる予定だった…基地近辺である月の裏側から、こちらへと場所を変えてまで、ね」
ネオの言葉に、一つ頷きながらそう答えていたケイ。
ふと、突然。 なにやら思いついたように片眉を跳ね上げる。
「…予定されていた演習には、たしかアウグスト閣下が観閲官として参加される予定だったね」
そう呟くケイの口元に、にまりと笑みが刻まれる。
意図を理解しかねる様子のネオを尻目に、通信オペレーターのそばへと歩み寄り、なにやら指示し始める。
「閣下、いかがなされましたか…?」
「あの艦隊に、ちょっと伝えたいことがあってね。 僕らの手伝いをしてもらおう」
尋ねるイアン・リー艦長の方を振り向きもせず、画面を注視しながらケイは答える。
通信オペレーターからインカムを借り、画面に映る士官といくつか言葉のやり取りを行い
「艦長。 最大戦速で艦を、指定するエリアまで進めて。
到着したら、全機関停止しミラージュコロイドを展開」
「?! は、はい…」
唐突にこちらを向いた青年が出した、突拍子な指示の内容に、リーは動揺の表情をあらわにする。
しかし、念を押すように自分を見つめ続ける紫の視線に押され、すぐさまブリッジ要員たちに指示を配り始めた。
「なぁるほど、そういう事ですか」
騒がしくなり始めたブリッジ内部で、命令を発した本人以外にその意図を理解した人間は一人しかいなかった。
仮面の下から覗く口の端を、ネオは愉快そうに吊り上げていた。
- 132 :5/18:2005/12/04(日) 18:38:05 ID:???
- 一方、ほぼ同時刻。 大型空母『ヴァリトラ』艦橋内では。
演習艦隊の旗艦として据えられた、この新造艦の艦橋には演習を観に来た、多くの将校や貴人が集まっていた。
プログラム内容をほとんど消化し、終盤を迎えた今になると、
ほとんどの出席者が席を立ち、あちらこちらで輪を作り今回の演習内容について、歓談の華を咲かせている。
その集まりの中に加わり、艦に関する質問に答えていた艦隊司令の男。 彼の元に、オペレーターからの報告が届く。
「司令。 近辺を航行中の第81独立機動軍所属艦、ガーティー・ルーより通信です」
「ん? ガーティー・ルーだと…? 確かあれは新型機強奪作戦を遂行中のはずだが…内容は?」
将校たちとの談笑を中断し、司令席に戻った艦隊司令は通信オペレーターへと怪訝な声を投げかける。
「あの艦に乗艦されている、特殊作戦軍所属のケイ・サマエル少将ご自身からの通信です。
観閲官のアウグスト閣下に取り次いでほしいとの事です」
「アウグスト閣下に? 全く、なんなんだ一体…」
内容を聞き、あからさまに顔をしかめる艦隊司令。
それには、大勢の将官とお近づきになる機会だった、歓談の場を邪魔されたという不満もあったのだが
なによりも、自分の子どもより年下のくせに上官である彼の事を、好ましく思っていないという理由があった。
…とはいえ、彼の要請を断ることなど出来ようはずもなく。
荒々しく席から立ち上がると、軍服姿の人間が集まる輪へと再び足を運ぶ。
その中核あたりに立つ、多くの将校たちに取り巻かれた金髪の初老の軍人、彼の元へと近づき、そっと言葉をかける。
「お話中失礼します、アウグスト閣下」
「ん、なんだね?」
アウグストと呼ばれた老人は、周囲の者との話を中断し、振り向いた。
「近辺を航行中のガーティー・ルーより、特殊作戦軍所属ケイ・サマエル少将からの通信が入っております。
司令席までご足労願います」
「彼か…わかった、すぐ行こう」
艦隊司令と同様に、アウグストもまたケイの名を聞き、わずかに表情を変化させる。
もっとも、彼の場合はまるで子どもに対して見せるような、やれやれと言わんばかりの苦笑であったが。
司令席に座り、老人は傍らに立つ司令官を後ろへと下がらせる。
ゆるりとした動作で、コンソールを二三度叩けば、
少し間を置いて、眼前のモニターに茶髪の青年の姿が映し出される。
- 133 :6/18:2005/12/04(日) 18:38:47 ID:???
『突然のお呼び出し、申し訳ありません。 アウグスト閣下』
「いいや、かまわんよ。 演習プログラムは大方終わったところだ」
画面の枠内に収められた、秀麗な容貌の青年は敬礼をしつつ謝罪する。
それに応え、鷹揚に頷きながら微笑をみせる、好々爺な印象を纏う老人。
「それよりもだ。
君が乗艦しているガーティー・ルーが遂行中の強奪作戦は上手くいったのかね?」
『若干のアクシデントがございましたが、予定されていた三機の奪取は成功いたしました』
「はは、それは重畳」
青年の報告を聞き、軽く笑い声を立てながら賞賛を送る。
そして、笑いをやめるとモニターへ向かって、ずいと身を乗り出し
「それで? この報告のためだけに私を呼び出したのではあるまい。
今度はなんのお願いかね?」
『あー……やっぱりバレてましたか』
「当然だ。これまで何度、君の頼みごとに付き合わされたことやら」
図星を付かれたのか、困ったように視線を反らす青年を見ながら、老人は軽く息をつく。
『その、対象の奪取には成功したものも…実は今、ザフトの艦に追いつかれそうなんです。
それで、式の邪魔になるのを承知の上で、お願いしたいのですが…
ザフト艦に対して、転進するよう要求していただけませんか? その間にこっちは、上手く隠れますので』
「ふむ、私たちを盾にしようというのかね」
『そんなまさか、そちらを危険には晒しませんよ。 ただ、隠れ蓑にさせていただくだけで』
画面内のケイは、低姿勢で説明するが…その内容はなかなかにワガママなもので。
どうやら、こちらが多数の艦を引き連れてるのをいいことに、その示威を借りて逃げる算段らしい。
その意図を理解し、苦笑いを見せたアウグスト。 仕方ないな、とため息混じりに呟き
「わかった。 艦隊司令に伝えておこう」
『ありがとうございます、アウグスト閣下。
この埋め合わせは必ず、戦果という形でお返しいたします。 …では、失礼します』
承諾を手に入れ、青年は敬礼をしながら感謝の言葉を口にする。
手短な挨拶と共にブラックアウトした通信画面を見たまま、苦笑いのまま老将は独り言つ。
「やれやれ、最近の若い者は人使いが荒いな。 もう少し老兵を大切にしたまえ」
そしてアウグストは席を立ち、これからの行動の指示をすべく
少し離れた場所で控える、艦隊司令を呼び寄せた。
- 134 :7/18:2005/12/04(日) 18:39:23 ID:???
「ボギー1、加速を開始しました!」
ミネルバのブリッジ内に響いたバートの報告に、艦長席に座するタリアは眉をひそめた。
「この期に及んで加速…? どういうつもりなのかしら」
一時は速度を落とし、こちらへ攻勢に出そうな素振りを見せていた追跡対象が、突然加速を開始した。
その報をを聞き、タリアは思案するように目を伏せる。
相手もそれなりに足の速い艦だが、こちらの足に敵わないのは、これまでの追撃で明白だろうに。
こちらを振り切るためのルートでも見つけたか…あるいは彼らの目指す『ゴール地点』が間近なのか。
敵の意図を読むことが出来ず、すぐ出撃できるよう待機させているMS部隊を出すか出さないかで、彼女は悩んだ。
「え?ボギー1が加速…?」
出撃準備を整え、デッキに待機していたマユたちは、スピーカーを通して伝わってきたメイリンの通信を聞き
互いに顔を見合わせ、一様に首を傾げていた。
「だが、さして状況は変わらないだろう。 ミネルバの足なら、すぐに追いつける」
そう言ったのは、放送を聞くと同時にすぐさまモニターへと向かい、状況を確かめていたレイだ。
赤のパイロットスーツ姿の少女二人と、緑のパイロットスーツ姿の少年一人が立っている方へと向き直り、
「念のためもう一度、作戦の概要を確認する。
あの艦には複数のダガータイプと例のガンバレル装備のMA、そして強奪された三機が搭載されている。
だが次は、恐らく強奪機は出てこないだろう。
危険を冒してまで奪ったものだ。 破壊されては、元も子もないからな。
…例のMAが出てきたら、俺が押さえる。
マユとアゼルはダガータイプの排除、ルナは敵艦の停止に専念する。 これが今回の分担だ」
MS部隊のリーダーを務める彼は、面々の顔を見渡しながらそう伝えた。
- 135 :8/18:2005/12/04(日) 18:39:55 ID:???
- 「…レイ兄ちゃん、あのザクが出てきたら?」
ぽつと口を開いたのは、マユ。 その顔は、不安で僅かにかげりを見せる。
強奪された三機を追って宇宙に出た際に、赤紫色のMAと共に襲いかかってきた一機のザク。
あの機体を操っていたパイロットの技量に翻弄されたアゼルもまた、同様に表情を暗くさせる。
二人がかりで相手しても、まるで歯が立たなかった…それどころか、遊ばれてるとさえ思えるものだった。
もし、再びあれと遭遇したら。 それを思うと、覚えた戦慄が蘇ってくる。
そんな様子を目にし、レイが答えようと口を開いた時、
ブリッジの回線と繋がったままになっていたモニターから、バートの声が聞こえた。
「ボギー1、レーダーからロスト! ミラージュコロイドを展開した模様!!」
「なんですって!? …熱源では捉えられる?」
「今は捉えれていますけど、敵艦は機関を停止した模様!
このままでは時間が経つにつれて捕捉が困難になっていきます…」
突然訪れた、思いもよらぬ報告に驚きの声を上げるタリア。
加速状態からミラージュコロイドを展開するという、予想の選択肢の中に含まれなかった事態に、彼女は歯噛みする。
最初の接近の際にも、推進剤を切り離して足止めをしてきた相手。 つくづく、奇抜な策を好む者だと感じた。
だが、敵の意図はある程度読めた。 最大まで加速した後、ミラージュコロイドを展開し、機関を停止。
となると、慣性航法で移動し、いずれは熱源レーダーでも探知出来ない状態にして艦の位置を見失わせる魂胆だろう。
視覚・電波的感知を不可能とさせるステルスシステム、ミラージュコロイドでは熱源までは隠せない。
しかし、機関を停止した状態では、やがて機関部は冷えていき、熱源レーダーにかかりにくくなってしまう。
いずれ敵艦の熱源は、周囲に点在するデブリの熱源に紛れてしまうだろう。
これは時間との勝負だ。 取るべき行動はただ一つに定められた。
「機関最大! 熱源で捉えられる間に敵を叩く! MS部隊は発進準備せよ!」
- 136 :9/18:2005/12/04(日) 18:40:28 ID:???
加速を開始したミネルバの発進カタパルトから、三機のザクが順々に発進していく。
その後に続き、コアスプレンダーを先頭として、順々にパーツが射出された。
宙を走りながらそれらはドッキングし、黒と緑の色彩を纏うインパルスへと姿を変える。
先に出撃した三機と合流し、ボギー1からの攻撃を警戒しつつ、その距離を詰めていく
MS部隊の間に走る静かな緊張と同じく、
ミネルバのブリッジ内でも皆、固唾を飲んでその様子を見つめていた。
と、唐突に。 その重い空気が、索敵担当のバートの言葉によって破られる。
「前方に地球連合艦隊確認! アガメムノン級2、ネルソン級4!!」
「…っええ!? 地球軍っ!?」
その報告を聞き、アーサーが驚き、慌てた声を上げた。
無言のまま表情を鋭くさせたタリアは、即座に艦長席に据えられたモニターへと視線を動かす。
レーダーの捉えた情報を映し出す画面は、自艦と追跡対象が進む方向に、戦艦が存在することを示していた。
しかもそれは、小規模な群ではない。 索敵範囲内に入った戦艦が次々とレーダー上に表示されていく。
「艦隊の総数は約50隻。 巨大な熱源を有するアンノウンも2隻確認…
その他、機動兵器クラスのアンノウンも多数存在します!」
「き、軌道艦隊クラスじゃないですか! なんでこんな所なんかに!!」
「…私が聞きたいぐらいだわ、そんなのっ」
狼狽を隠さないアーサーを叱咤の視線で睨んでから、苦々しくタリアは呻く。
こんな大規模な艦隊に遭遇する事態は、彼女の軍人経験の中でもそうそうあるものでもなく。
ましてや、こちらはたった一隻の艦と少数のMSのみ。 想定し、対処できる事態の範疇を明らかに超えていた。
もちろんこんな状態では、ボギー1の追跡など出来たものではなく。
皆が騒然としてる間に、ボギー1の熱源は周囲のデブリや艦に紛れて、完全にロストしていた。
「まさか…こんな所を逃げ場に使うなんて」
呟くタリアの胸中には、憤りを超えて、茫然とした思いが渦巻いていた。
- 137 :10/18:2005/12/04(日) 18:41:02 ID:???
- 「艦隊の光学映像、メインモニターに出します」
上ずり気味のメイリンの声と共に、正面の大画面に映し出された映像。ブリッジにいる者全員が絶句する。
投影されたのは艦隊の中心部。ライブラリに存在しなかった二つの巨大な物体が存在する位置。
そこに居座っているモノのスケールが、尋常ではないほど巨大だったのだ。
周囲に随伴している、連合の主力戦艦であるアガメムノン級母艦やネルソン級戦艦が
それの隣にいるだけで、小型艦艇に見えてくるほどのサイズの違い。
常識外れ、としか言えない巨大な戦艦らしきオブジェクトに、誰もが心奪われていた。
「…っ。 艦長! 前方の連合艦隊より通信が入っています」
ピピ、と響いた機械音に我に返ったメイリンは、タリアの方へと振り返り、そう告げる。
その言葉を受け、タリアは一度目を閉じ、深く息をついてから、繋げてと指示を出した。
それから少しの間を置いて、正面モニターの上部に、映像のウィンドウが開く。
『前方を航行中のザフト艦に告ぐ。 こちらは地球連合軍第3軌道艦隊所属フランクリン。
現在、我が艦隊はこの宙域で演習中である。 速やかに転進されたし』
画面上に現れた連合将校は高圧的な響きの声で、こちらの返答を待つ間もなく要求だけを突きつけてきた。
その、相手の一方的な態度に、タリアは抗議の声を上げる。
「待ってください! 本艦は現在、軍の新型機を強奪した所属不明艦を追跡中です。
追跡対象はそちらの宙域に進入しています。 ここで迂回していては逃走されてしまいます!」
『当方では、そのような闖入者は確認されていない』
「…敵艦はミラージュコロイドを使用して、貴艦隊の周辺を通過している最中と思われます。
追跡のためにも、通過を許可していただきたいのです」
『フン、確証もなしに演習中の宙域を通過させるわけにはいかないな。
それ以上進むようならば、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう』
一方的に言い渡された、現宙域からの退去勧告。そして、破る場合は戦闘を辞さないと言わんばかりの態度。
それだけを伝えると、相手側は通信を切った。
映像が途切れ、ブリッジ内に生まれる暗い沈黙。
その中でタリアは、忌々しそうにシートの肘置きに拳を打ち下ろした。
- 138 :11/18:2005/12/04(日) 18:41:40 ID:???
連合艦隊との遭遇の報を受けたデュランダル議長が、カガリと彼女の護衛と共にブリッジの扉を開いた。
そして、彼らは絶句する。 メインモニターに映し出された、威圧的な光景に。
「これは…っ」
呻き声を漏らしたのは白面の男。 信じられないものを見たかのように、その目は見開かれている。
これまで、月に駐留する連合軍は、頑なにその手の内を見せぬよう、
ザフトからは確認が困難な、月の裏側で軍事演習を繰り返していた。
それが今、ザフト勢力圏との境界線に近いこの宙域に突如として現れ、大々的な演習を行っている。
しかも。 艦隊の中央に堂々と鎮座している、二隻の巨大戦艦。
それはザフトの諜報部でも、建造計画の情報すら得ていなかったもので。
秘匿されていたはずの新造戦艦が、惜し気もなくここにさらけ出されているのだ。
つまりは、連合側としては見られても一向に構わない、という姿勢。
――これは明らかな挑発行為だ。
「彼らはやはり、再び戦争を起こしたいようだな…」
自らやプラント首脳陣が予想していた以上のペースで、力を取り戻しつつある連合軍。
その、好戦的に示威を振りかざす姿勢を目の当たりにしながら、デュランダルは眉根をひそめていた。
彼と同じようにカガリもまた、呆然とモニターに映る光景を見ていた。
「まさか、ここまでの行為に出るとは…っ」
大きな画面上に、所狭しとひしめく艦隊と機動兵器を目の当たりにし、彼女は戦慄を覚えていた。
その脳裏では危機感が、まるで警告灯のようにチカチカと瞬き続けている。
今の連合は、確実にかつての力を取り戻していた。 いや、もしかするとそれ以上に。
こうやって威嚇の行動を取るということは、もう準備を整えてるのかもしれない。
ならば、力の次に彼らが欲するものは『理由』の他にあるまい。
ザフトに対して開戦するに事足りる理由さえ手に入れば、彼らはすぐにでも動き出すだろう…周囲全てを巻き込んで。
そうなる前に、一刻も早く手を打たなければならない。
カガリは琥珀の瞳を鋭く眇めさせ、決意をあらわにした表情で正面を睨みすえていた。
- 139 :12/18:2005/12/04(日) 18:42:48 ID:???
- 「なによ…あれっ」
ミネルバから先行して進んでいたマユたちも、同様の光景を目の当たりにしていた。
いや、むしろ距離が近い分、より迫力のあるものが見えていただろう。
彼女らの行く手には、連合軍の艦艇が所狭しとひしめいていた。
中央に2隻、見たこともないほど巨大な大型艦を置いて、その円周上に連合の主力戦艦が何十隻も存在している。
さらに、それらを守る機動兵器も、その規模に相応しいほどの数が展開されている。
主力MSであるダガーシリーズ。そして、それより三倍はあろうかという大きさのMAらしき物体が確認できた。
かつて、連合軍で主力として採用されていたメビウスに似たフォルムで、両脇から伸びる二本の長い砲身が一際目立つ。
大型艦の前に、まるで槍を連ねて並ぶ重騎兵のように隊列を組んでいたMAは、
やがて反転し、母艦らしき大型艦の両側面にある発進口へと入っていった。
『連合軍…あんなモノ作ってたなんて』
スピーカーを通して聞こえてきた、少女の声はルナマリアのもの。
あっけに取られたように、力なくポツリと呟かれる。
マユとルナマリア以外…二人の少年はどちらも口数の多いほうではなく、今も無言だったが。
彼らも、眼前の光景に気おされているらしい空気は、マユにも感じられていた。
皆、言葉少なに。 自分らがどう動くべきかも考えられずに、ただ佇むだけしか出来なかった。
『…MS部隊各機に通達。 本艦は転進し、現宙域を離脱します。
至急、本艦へ帰投して下さい』
「ええっ?! それじゃあ逃げられちゃうよ!」
ミネルバから発された、メイリンの伝達にマユは思わず声を上げた。
追跡対象であるボギー1は、先ほどまで熱源で捉えられていた移動経路から考察すれば、
正面に展開している連合軍艦隊のさなかを、通過していることは明白だった。
対象と同じルートを使わなければ、近辺にあるデブリベルトを避けて通るルートしか存在せず、大回りになってしまう。
そうなれば、相手との距離は大幅に開き、追いつくチャンスはほぼ完全に失われる。
『前方の連合艦隊が、退去勧告を出したようだな。 …当然のことだが』
静かに響くレイの声。
それを肯定するかのように、静止していた連合艦隊は微速ながらも前進しつつある。
艦隊の周囲で待機していたMS部隊はその更に前を行き、マユたちの行く手を阻むように陣形を形作る。
『命令だ、後退するぞ。 ここで事を荒立てるわけにはいかない』
戸惑う皆をピシャリと叩くように、強い語調で端的に述べると、速やかにレイは機体を反転させた。
『ン……そうね。 意地を張れるような相手じゃないわ』
『了解。 マユ、戻ろう』
ミネルバへと転進する彼に、ルナマリアとアゼルのザクも後に続く。
「うん…わかった」
渋々ながらの様子でマユも答え、機体をひるがえした。
去り際に、自分たちの行く手を阻んだ艦隊を鋭い眼差しで睨んだ。
おそらく…いや、絶対に。 追跡対象の戦艦を庇うかのように佇むそれらを。
- 140 :13/18:2005/12/04(日) 18:43:31 ID:???
- 「おっきぃー……」
「うわー、なんだよこのでっかいのー…」
艦内通路に面した舷窓に、張り付くように見入っているのは少年少女たち。
金髪の少女は、ガラスに手を当てながらぽかぁんと口を開けっ放しで。
隣に立つ青髪の少年も、驚いたように何度も目をしばたかせてながら、食い入るように外を見ていた。
同じくそこに立つもう一人の少年、スティングの視線はむしろその二人の方を眺めていて。
目の前の光景にすっかり夢中になっている様子を見ながら、小さく笑みを零していた。
彼らの乗る艦、ガーティー・ルーは姿を隠し、慣性航法で進みながら
自分たちの同胞である、連合軍の艦隊の只中を抜けている最中であった。
軍歴の浅い彼らは、これほど多くの戦艦に囲まれたことがなかったから、というのもあっただろうが
なによりも、ちょうど今、真隣りに位置する巨大な艦艇に圧倒されていた。
単純に全長だけで考えれば、この艦の三倍はあるだろう。
しかも、まるで三角柱の図形モデルが飛んでるような、なんとも大雑把な形の戦艦で
全高は明らかにこちらの比率より上回る、ずんぐりとした印象のフォルムだった。
「でもいったい、何の役に立つんだ? こんなデカブツ…」
二人から視線を外し、異様な戦艦を見ていたスティングは、顔をしかめながら呟く。
見た感じ、武装は対空機関砲やミサイル発射管といった、防衛のための最低限のものしかないように見える。
巨砲を有するわけでもなく、機動性が高いわけでもなく、ただ図体が大きいだけの存在に思えたのだ。
「いいや? これにはちゃんとした役目があるんだよ」
パシュンと扉が開く音と共に、横手からかかった声に三人は振り向く。
「あ、ケイー」
通路の向こう側から歩いてくる茶髪の青年の姿に、ステラは間延びした声で名を呼んだ。
「1000m級 大型宇宙空母ヴァリトラ級1番艦ヴァリトラ。 前々から極秘で作ってた新造艦のうち一隻だよ」
「うち一隻って…あんなのが他にもあるのかよ」
「うん、もう一隻この演習に参加してるよ。 2番艦ティアマトがね」
スティングの呆れた声に頷きながら、ケイは三人が立つ舷窓へと歩み寄る。
窓を隙間なく埋め尽くす艦を指し示しながら、彼らに教える。 この向こうもう一隻いるんだよ、と。
- 141 :14/18:2005/12/04(日) 18:44:06 ID:???
- 「これはね、従来の艦艇では多数運用できない…
いや、それどころか一機搭載するのも不可能な規格の新型兵器を運用する為にあるんだ。
これの火力そのものじゃなくて、搭載機が強大な戦力ってわけだね。 だから、空母」
「へぇ、規格外の新型ね…そんなスゴイヤツが作られるのか?」
「うん。近いうちにね」
説明を聞き、興をそそられたように目を丸めたスティングへと、青年は笑みを見せる。
「この艦も、ここまで来ればもう大丈夫だよ。
追手の敵艦は、艦隊が足止めしてくれた。 これでもう追いつけないから、任務完了だね」
「えー、なんだよー! せっかくあの合体やろーとか一つ眼のヤツらをやれると思ったのにさー」
つまらない、とばかりに不平を鳴らしたのはアウル。
常に好戦的な気質を持つ彼としては、相手を討ち取れなかったことが不満なようで。
「あはは、しとめれなかったのが悔しいのは僕も分かるけどね。
お土産に出来なかったのはまぁ、心残りだけど、任務優先」
「ちぇ、わかったよー。
あーあ! こんなんだったらさっさとやっときゃよかったなー」
アウルの言葉に同意を示しながらも、やんわりとたしなめるケイ。
渋々、といった感じに少年は頷いていたが、それはケイへの不満というよりは自分の行動に対する後悔かららしく。
三人の中では一番『ヤンチャ』な彼が素直に言う事を聞いていることに、スティングは少し驚いていた。
彼は同じラボ出身者や、上司のネオ、そして、自分らと同様に特殊作戦軍に所属する、
さる部隊の面子ぐらいにしか心を許すことがなかったはずだ。
…よくよく見てみれば、ステラの様子も彼に対しては少し違っていた。
ケイの顔を見るなり、先ほどまでかじりついていた舷窓から離れ、そばに駆け寄っている。
他人に対して愛想も見せない彼女なのだが、今は親しい者と一緒にいる時と同じように、表情を緩ませていた。
- 142 :15/18:2005/12/04(日) 18:44:44 ID:???
- 「なーケイ、またシミュレートの相手してくれよ!」
「うん? いいよ。僕の仕事ももう終わったし、報告も完了したしね。
アルザッヘルまで暇だから、少し遊ぼうか」
「ぁ、ステラもー」
三人と彼との初対面は、確かに強い印象の残るもので。
どう見ても自分と同年齢か、少し上程度の年頃にしか見えないこの青年が、
自分たちの上司であるネオよりも、階級が上というだけでも十分にインパクトが強かった。
しかも、若くしてのその地位は決して飾りなどではなく
アーモリーワンへの移動中に、彼の有する数々の能力の片鱗をスティングは目の当たりにしてた。
まさに、非凡な存在といえるケイなのだが…それだけの事で、二人がこれほど短期間に懐くのだろうか?
納得いかず、思案し続けていたスティング。
ふと、自分の呼ぶ声を聞き、我に返る。
「いこーぜスティング! ケイが、一本でも取ったら何でもおごってくれるってよ!!」
「うん。酒保でなんでも好きなものを買ってあげよう」
「スティングー、早くー」
手を振りながら自分を呼ぶ、その姿を見ていると、一つの考えが脳裏に生まれて
スティングは、ああ、と納得した。
そうだ。 彼は、仲間以外の軍人たちとは違って
自分たちのことを『兵器』としてではなく『人間』として接してくれているのだ。
「…ああ、今行く!」
スティングは、自分を呼ぶ仲間たちへとニッと笑顔を見せ、彼らの元へと歩いていった。
- 143 :16/18:2005/12/04(日) 18:46:06 ID:???
- 帰還してきたMSたちを収容したミネルバは反転し、演習宙域を離脱していった。
艦が加速していくにつれて、ブリッジ内に満たされていた重圧は晴れていったが、
代わりに、空しい虚脱感が流れ込んできて、クルーたちの疲労をさらに重いものへと変えていく。
「これでは、追跡は難しいな」
艦長席の斜め後方に位置する席に着く男、デュランダルはため息混じりにそう呟いた。
「申し訳ありません、議長」
「いや、仕方ないさ。 よもやこんな状況になるとは、誰も予想出来なかっただろう。
…それに、この場合は地球連合との関係の悪化を防ぐ方が、はるかに重要だ」
自分の方を振り向き、深く頭を垂れるタリアへと、首を振りながら彼はそう言った。
その後、第一種戦闘配備を解き、プラント本国から指定されたランデヴーポイントへと向かう途中
デュランダルたちとタリアは、ブリッジを出て艦長室へと向かった。
「あの妨害については、本国に戻り次第、正式に抗議するよ。
本来なら、このような事態にはもっと協力的になってもらわなければいけないからな」
艦長室へ向かう道中、デュランダルは前を先導するタリアへと、そう告げた。
そして、難しそうに眉根を寄せながら、顎元に手を当て小さく唸る。
「決め付けたくはないが、あの艦隊の行動を見ると疑ってしまうのだよ。
このたびの強奪事件は、地球連合軍の仕業ではないのかと」
「議長、数時間後にはプラント本国よりお迎えの艦が参ります。
それまで、ゆっくりお休みください」
疲れた表情のまま、なおも思案を巡らせてる様子のデュランダルへと
タリアはつとめて柔らかな声で、いたわりの言葉を口にした。
「すまんな…
それと、オーブ政府との連絡がついた。 姫をお迎えに、『クサナギ』が来るそうだ。
私を降ろした後、ミネルバは地球軌道へと向かってくれ」
「了解しました」
了解の言葉に、うむと頷いたデュランダルは、隣を歩いていたカガリの方を向く。
- 144 :17/18:2005/12/04(日) 18:46:38 ID:???
「姫、このようなとんでもない騒動に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。
国賓を乗せたままで作戦行動を取るなど、許されるような行為ではないのですが…」
「いや、気にしないでくれ。 現に何事も危険はなかったのだから、良いじゃないか。
私たちを守ってくれた、優秀な貴国の戦艦に感謝する。今の世界情勢の縮図を見せてくれたことにも」
「は…? それはどういう…」
「それよりもだ議長! その、姫と呼ぶのはやめてもらいたいな?
私はオーブを代表する氏族の一員、というだけで生まれながらに統治者として確約されていたわけじゃないからな。
第一、私は姫なんて可愛らしいガラじゃないからな。 聞いてると、むずがゆくてたまらん!」
意味深な響きを含んだ彼女の声に、白衣の男は怪訝そうな表情を見せ、問おうとしたが
カガリはそれを遮るように強い語調で、冗談めいた台詞を口にした。
その言葉と、快気に満ちた闊達な笑顔を前に、話をはぐらかされた男は苦笑しながら頷く。
そんなやり取りを聞きながら、カガリに付き従い歩いていたアスランはこみ上げる笑いを抑えるのに必死だったが。
ふと、カガリの瞳がじっと自分の顔を捉えているのに気付き、視線を合わす。
「オーブに戻ったら、やるべき事がたくさん出来た。
これからは忙しくなるな」
「そうですね…ですが、無理は禁物ですよ」
「分かってる。 けれど…今動かないと機会を逸する。そんな気がするんだ」
真剣な口調で、アスランの言葉にそう答える彼女。
燃える夕日を宿したような色彩の視線は、まだ定かに見えない自分の相手を見据えるように、遠く、鋭く。
そんなカガリの姿を前にしながら、アスランは無言のまま考えていた。
彼女は今、以前のようにMSを駆って戦うという方法ではなく、
政治家としての立場から、護るための闘いを始めようとしている。
――果たして、今の自分に彼女の力となることは出来るのだろうか。
かつてのザフトレッドであるアスランは、戦闘に関してしか力を持たぬ自分に、初めて苛立ちを感じていた。
- 145 :18/18:2005/12/04(日) 18:47:17 ID:???
新型機強奪事件から数えること、三日目。
地球側に面する、プラント防衛ラインの端に位置する宙域に、6隻のナスカ級戦艦が航行している。
「ったくよー。本気でテストやる気なのかよ、お偉いさんは」
「アーモリーで新型機が強奪されたばっかりなのに…
新型システムの実験だなんて、よくもまぁやる気になったもんだ」
ナスカ級のうち一隻の格納庫内。
ジン、ゲイツといった現在の主流からは型遅れ気味のMSが、整然とハンガーに並べられてる中。
機体チェックを終え、休憩に入っている整備兵たちが詰所の周りに集まり、雑談に興じている。
休息中なのか、あるいは別の場所に詰めているのか。格納庫内にはパイロットらしき姿は見当たらない。
「なんでもさ。 すごい数の連合艦隊が、L4近辺で演習をしてたんだって。
しかも、近くにはこっちの戦艦がいたってのに、気にしないでよ!
で、上の人らは焦ってるらしいぜ?」
「うわーマジかよ! それで対抗して、システムのテストを急がせるってことか。
気張ってんなーホント」
一服のコーヒーを啜りながら、自分らの仕事に関する話題を広げている中。
その輪に入らず、一人いまだに仕事を続けていた整備兵は、彼らに背を向けながらジンのコクピットへ身を滑らす。
ちら、と。 僅かに視線を上げ、同僚たちがあさっての方向に顔を向けながら談笑している姿を確認して。
ツナギのポケットからそっと抜き出した、一枚のディスクをコンソールの横手にある挿入口へ押し込んだ。
コクピット正面のモニターに、ディスク内のプログラムが走り始めたことを示す文字列が表示されたのを見届けて
彼はにやりと、不敵な笑みを刻んだ。
「さぁ、連合の奴らに思い知らせてやれ『グレムリン』
…そして、今度こそナチュラルどもを叩き潰す戦争を起こすんだ」