354 :1/19:2005/12/15(木) 12:22:39 ID:???
アーモリーワンで起きた、謎の部隊による新型機襲撃事件より、3日後。
地球方面における、プラント防衛圏の片隅の宙域で。
今まさに、ザフト軍の上層部から期待されている、とある兵器の実験テストが行われようとしていた。


――ナスカ級戦艦『ヘイスル』艦橋――

「報告します。 試験宙域内に不審な艦影、機影ともに存在は確認されません」
「…よし。 それでは開始するぞ。
 艦内に通達。 本試験の第一段階を開始する。 『レギオン』システム起動!」
『レギオンシステム、起動を開始します!』
索敵担当のオペレーターからの報告を聞いた艦長は大きく頷き、高らかに指示の言葉を発する。
その言葉と同時に、あちこちから機械音や通信音声が生じ、騒がしくなるブリッジ内。
発された開始命令は即座にモビルスーツデッキにも伝わり、待機していた大勢のスタッフが慌しく動き始めた。
そこの一角を占める、いくつもの量子コンピューターを組み合わせた大きな機械に、モニターの灯が点る。
耳鳴りがするほどやかましい、読み込み音の多重奏。
やがて、それを跡形もなくかき消すほどの盛大な駆動音と、振動がデッキ内を満たしていく。

355 :2/19:2005/12/15(木) 12:23:10 ID:???
―― 無人機動兵器統括システム『レギオン』
それは、ザフトにおいて戦時中に立案され、新たな戦争のスタイルの根幹として戦後開発されたシステムの通称。
本来なら人間を搭乗させ、操縦させることで運用するMSを
コンピューターを用いて、無人で操作することを目的としたシステムであった。

「まさか、予定通りにテストを行うことになるとはな。
 私はてっきり、中止になるものだと思っていたのだが」
「恐らく、例の連合艦隊のせいでしょう。
 あの演習で戦力を見せつけられ、本国は焦ってるようですから」

正面モニターを見ながらの艦長の言葉に応じたのは、隣に立つ研究員らしき白衣の男。
彼らの視線の先には、カタパルトから次々と飛び立っていく、ジン、ゲイツといったMSの姿があった。

『レギオン』…聖書に描かれる、無数の悪霊たちの集合体の名を冠したそのシステムは
無人のMSに、パイロットに代わる量子コンピューターを積み、
それらを母艦に搭載されたホストシステムで統括することにより、円滑な連携で作戦を遂行することを目的として開発された。
子機とも呼べる無人MSたちは、自らが収集した偵察内容や敵との遭遇、戦闘の内容といった全てのデータを
部隊全てのブレーン的役割を持つホストシステムへと送信し、それを仲介し全体で情報の共有を行うことが出来る。
また、作戦を遂行していくことによって、情報の蓄積、より有効な戦闘方法の模索を行う機能も存在し
多く場数を踏めば、人間のパイロットと同様に、戦闘能力の向上も期待できるという特性も有していた。

実際にMSを用いて、宇宙空間で動作テストなどを行う今回のテストの以前より
レギオンは入力されていた過去のエースパイロットたちの戦闘データを元に、
MSのシミュレーターシステムを利用し戦闘経験を重ね、自らの性能を磨いていた。
今回はそれを実機で行い、実際の戦闘で生じる不具合の有無を確かめる目的があった。

「このシステムが完成すれば、我らザフト軍の課題点が改善されるからな。
 もはや、数において地球連合に負けていると評されることもなくなるだろうよ」
「ええ、ですからこれも、連合に対して我が軍の示威を見せつけるためにも、重要なテストですな」

彼らが語る課題点とは…プラントの人的資源の乏しさについてだった。
元々、地球と比べてはるかに人口の少ないプラントでは、それに比例して軍隊の規模も地球連合に比べ小さなもので。
正規の軍人だけでは人手が足らず、市民兵を募らねばならないほどの状況であった。
そして、先の戦争で多くの兵が戦死、あるいは負傷し退役していったため
2年が経過した今も兵の数は十分とは言えず、プラント上層部はその問題に頭を悩ませていた。
それを解決すべくこの、人の手に頼らず多くの兵器を運用するシステムが開発されたのだ。


356 :3/19:2005/12/15(木) 12:23:49 ID:???
実用化の目処が立ち、運用テストを行うために彼らはこの宙域で待機していたのだが
いざ開始しようとしたその時に、プラント本国からアーモリーワンで起きた新型機強奪事件の報が飛び込んできた。
そのとばっちりを受け、機密に計画を進められていたレギオンのテストは待ったをかけられていたのだが。
だが、その翌日には上層部から急遽、実験を行うようにと命令が下された。
突然の中止命令撤回。 その背景には、デュランダル議長が遭遇したという連合の大艦隊があった。
月とL−4間の宙域で確認された、50隻もの戦艦からなる大艦隊の演習。
その中にはザフトの情報局でも存在を掴めていなかった新型MA。そして大型の新造空母が確認された。
ザフトにも、ゴンドワナ級宇宙空母と呼ばれる、同じく1000m越えの全長を誇る大型艦が1隻存在するが
今回の地球連合軍の演習で確認されたのは『2隻』。
連合には同規模の艦が複数存在するという事実が、プラント上層部を震撼させた。
相手が惜しげもなく切ってきたカードに焦った上層部は、対抗するようにこのシステムの演習を強行したのだろう。

「そう思えば、我らは歴史の重要な場面に立ち会えているのかもな。
 …よし、頃合いだな。 レギオン部隊、第一陣に続き、第二陣を発進させろ」

艦長は感慨深げに、呟いた後、オペレーターへと指示を出す。
その指示を格納庫へと伝えようとしたオペレーター。 が、突然表情を引きつらせる。

「…っ?! 艦長! レギオンにエラーが発生したとの報告が!」
「な、なんだとっ!? 状況はどうなっている!」

思いもよらぬ報告に、驚き声を上げる艦長。 傍らに居た研究員も、弾かれたようにオペレーターの下へ駆け寄る。

「こちらの制御下を離れ、機体が勝手に動き出して発進していきます!
 他の艦でも同様の状況が起きているとの事です!」
「ばッ…馬鹿な! そんな報告、今までのテストでは一度もなかったぞ!?
 万全な状態で実機テストを行ったというのにっ…!」
「ええいっ、どうなっているのかねこれは!」

悲鳴を上げ、仰天し、他人に責を問う声が騒然としたブリッジ内を満たす。
突然のシステムエラー。 いや、むしろ『暴走』と呼ぶべきレベルの重大な障害。
想定の範囲からはるかに外れたアクシデントに、艦内全体が驚き慌てていた。
開発責任者が、ホストシステムの設置されている格納庫へと口角泡飛ばしながら通信しているさなか。
ヘイスルの横手を航行していた僚艦に、生じた爆発。
煙を上げる艦の発進口から、数機のMSが飛び出してくる。
そして、飛び立ったそれらは自らの母艦へと向き直り
迷うことなく、手にするビームライフルでその艦橋を撃ち抜いた。



357 :4/19:2005/12/15(木) 12:24:34 ID:???
ヘイスルの格納庫内は、今まさに駆動音の喧騒に満たされ、混乱の只中であった。
システムの命の下、起動中だった機体が突然システムの制御下を離れ、突然勝手に動き出す。
ハンガー内で待機状態にあった残りの機体も、次々と起動し、自ら動き始める。
そんな騒動の中、技術者たちは実に無力で。
闊歩するMSに踏まれないよう、崩れ落ちてくる建材や機材の下敷きにならぬように逃げ回るしかなかった。

「な……なん、なんだよこれっ、は、話が違うぞぉ!」

格納庫の片隅。 資材の箱の陰で一人隠れて震えていた整備兵。
眼を真円に見開き、がちがちと震える歯を鳴らしながら、上ずった声で呻いている。
…自分が仕組んだはずのこの事態が、予定とは全く違う方向へ動いていることに、彼は恐怖していた。

そも、この騒動のきっかけは自分が試験機のうち、一機のジンに投入したディスク
その中に入っていたウィルスプログラム『グレムリン』の仕業だった。
これを託してきた、素性も知らぬ男の話によると、これは『レギオン』のコントロールを奪うためのウィルスで。
『レギオン』の実機演習中、宇宙に出た試験機をシステムコントロールから切り離し、離脱させ
月付近を巡回する、連合の哨戒艦隊を襲撃するように命令を書き換えるものだと聞いていた。

しかし、なんだこれは。
使われる部隊はほんの数機で、しかも演習の終盤に離脱していくというものだったはずだ。
それが、なんでなんだ。
待機中の機体まで稼動し、艦を破壊してまでも皆で飛び出そうとしているのだ。


358 :5/19:2005/12/15(木) 12:25:10 ID:???
彼が得体の知れぬ男から『グレムリン』を受け取り、試験機に仕込んだのには理由があった。
彼は、旧ザラ派と呼ばれるプラント内部の強硬派閥を信望しており
連合と和平を結んだ、今の体制に大きな不満を抱いていた。
討つべき連合と馴れ合い、戦争で散っていった者たちの事を
記憶の片隅に追いやらんとしている今のプラントを心底憎んでいた。
だから、男から受け取った『グレムリン』を用いて、連合の艦隊をザフトの手によって襲撃させ
連合との戦火の火種を生み出し、再び戦争を起こしてやろうと目論んだのだ。
今度こそ、あの低能で憎らしいナチュラルたちを根絶やしにする戦争を、と。
しかし、今の事態は彼から伝えられていた筋書きとは全く異なるもので。
艦から発進して間もなく、母艦を潰していく『レギオン』の試験機によって、自身の生命も危険に晒されていた。

「…だ、騙しやがったなあの野郎ぉぉぉぉっっ!」

極限状態の恐怖を突き抜けて、込み上げてきた憤怒に、思わずその場から立ち上がって大声で叫んだ男。
その瞬間、ゲイツの手によって破壊されたハッチの損傷から生じた、急激な内圧変化によって
彼の身体は壁面の割れ目から、虚空へと吸い出されていった。


――突如、暴走した『レギオン』システム搭載機、計60機のMSは自らの母艦を破壊し、艦隊を壊滅させる。
そして、プラントから放たれた追撃部隊を振り切り、地球方面のデフリベルトへと逃げ込んだ。
ザフト上層部は、血眼になり暴走部隊の捜索を開始させるものも、障害物の多い宙域のため、捜索は難航することになる。


359 :6/19:2005/12/15(木) 12:26:00 ID:???
それより過ぎること十二時間後。 地球連合軍月面基地『アルザッヘル』
前大戦で壊滅した、プトレマイオス基地に代わる、新たな地球連合軍の主要拠点として機能している基地である。
元々は中規模の基地であったが、拠点移設計画の対象に決定され、大幅に施設の規模を拡大させていた。
アーモリーワンより奪ってきた戦利品を搭載したガーティー・ルーは、長い逃亡の末
ようやっと、この基地のドックにて休息を取ることとなる。


ネオへ今後の指示を伝えた後、ガーティー・ルーから下船しその足ですぐさま地球行きの艦船に乗り込んだケイは
自室としてあてがわれた士官室の中で通信を行っていた。

「…ええ、先ほどアルザッヘルに着き、地球行きの便に乗りました。
 そちらの方はいかがなもので?」
『今、出発の式典の真っ最中だ。 退屈なものだよ。
 早く事が起きてくれないものかね?』

映像のない、音声のみの通信。
若い男らしき声の、通信相手はうんざりした様子であることが声色から伺えて。
そんな自分の主へと、ケイは続けて報告をする。

「工作員から報告がありました。 既に試験機は暴走し、地球方面へと逃走しデフリベルトに潜んでいるそうです。
 そちらの式典が終わる頃には、予定ポイントで待ち構えてるでしょう…
 あの、僕が頼みました例の件については大丈夫ですか?」
『君が指名してきた撮影班を兼ねた処理部隊か。 要望通り『黒き鉄風』を宇宙に上げたさ』
「ありがとうございます。
 休暇中に召集したから、また恨まれるでしょうけどしょうがない。 彼らが一番適任ですから」
『まったく、君というやつは本当に人使いが荒いな。 それ相応の働きをするとはいえ』

くく、と聞こえてきた愉快そうな笑い声。 その響きには、若干の苦笑が混じっていたかもしれない。


360 :7/19:2005/12/15(木) 12:26:42 ID:???
『君には感謝しているよ、ケイ。
 ここまで上手く、事が運んだのは全て君の手腕があってこそだ』
「…まだほめるには早いですよ、ジブリールさん」

己の主、ブルーコスモスの盟主ロード・ジブリールの言葉に、小さく微笑みながら彼は言った。

「これからが肝心なんです。
 彼らを屈服させ、恐怖のどん底に叩き落すという楽しい楽しい大仕事が待っているんですから」
『そうだな。 『グレムリン』はその始まりに過ぎない。
 早く戻ってきたまえ、ケイ。 君にはご老人方に種明かしの説明をしてもらわねばならんからな』
「了解。 地球に降下次第、すぐに向かいます」

報告を終え、通信を切ったケイはインカムを外し、ふるると何度か頭を振った後、座席の背もたれに身を預ける。
物思いにふけるように、天井をぼんやりと見上げていた青年。
ふと、舷窓の向こうに広がる漆黒の空へと目をやる。

「さぁ、これから忙しくなるな」

呟かれた短い言葉は、期待、悦び、そして奥底に憎悪の感情を含んでいた。


361 :8/19:2005/12/15(木) 12:27:29 ID:???
アルザッヘルでの一連のやり取りと、ほぼ同時刻。
プラント本国からの船と接触し、議長をそちらの船へと移動させたミネルバは、地球軌道へと進路を変えていた。
艦に乗っているオーブ代表、カガリ・ユラ・アスハを迎えに、宇宙へ上がってくるオーブの艦艇と合流する為に。
現在のところ、安全な宙域を航行しているため、半舷休息の敷かれた船内。
かの、半日前のレギオン試験機暴走事件はここにも伝わっており、クルーたちの話題の中心となっていた。



「強奪事件が起きたばっかりだってのに、今度は軍事機密の試験機が暴走?
 まったく、悪いことは立て続けで起きるもんなのねぇ」

目を丸め、驚いたように声を上げているのはルナマリア。 お手上げを示すように、小さく肩をすくめてみせて。
彼女を含め、ミネルバクルーでも若い部類に入る兵たちは、レクルームに集まり雑談に興じていた。
最初は、初めての実戦の感想や仕事の大変さ、上司への愚痴などたわいもない話題ばかりだったのだが
その輪の中に、新たな話題を携えて飛び込んできたメイリンの話に、今は皆、驚きの様子を隠せない。

「…それで、どうなったの? その暴走した部隊って」

「うーん、話によると、地球方面のデフリベルトに逃げ込んだらしいの。
 探索しにくい場所だから、移動したか潜伏してるかは分からないってことなんだよね。
 …暴走した機体は、全てが艦を発進した後、その場の艦艇やMSの殲滅行動をとったことから、統制が取れてるらしいの。
 今の所の見解としては、何らかの方法によってレギオンのシステムにウィルスが感染して
 システムの命令を変更されたことが、今回の騒動の原因ってことらしいよ?」

「……うー、えーっと……つまりは?」

メイリンの長々とした説明に、面々は不思議そうに首を傾げたり、ゲンナリとしたり、あるいは隣同士顔を見合わせたり。
そんな中、一人うつむいて思案していたヨウランが顔を挙げ、質問とばかりに手を上げる。


362 :9/19:2005/12/15(木) 12:28:07 ID:???
「ちょっと質問。
 そのレギオンってシステムは…思うに戦艦の中に頭脳となるホストコンピューターがあるよな?
 何十機もの無人機を操作するんだ。MSのコクピットに積める規模のコンピューターじゃろくに機能できないだろ。
 それなのにどうして、母艦を沈めた状態でなおも、統制された動きをしているんだ?」

「ん、いいとこ気がついたねー!
 その疑問なんだけどね。レギオンには、万が一母艦が破壊された時の為に、代理となる隊長機が存在するの。
 どうやらそのウィルスによって、命令だけじゃなくて指揮権まで弄られたみたいね。
 …とはいえ、隊長となるコンピューターの能力は流石にホストみたいにはいかないから。
 自分で思考して命令を変更することや、敵と交戦した時に戦闘データを元に戦術を立てていく、ってことは出来ないって」

「…なるほどなぁ。 でも、バッテリーの消耗を考えると、もう稼動停止してるだろ。 安全なんじゃない?」
「ところがね。 どうも長期のテストを想定して、予備バッテリーも積んでたらしいのよ。
 消費電力を最小限に抑える航行をしてたら、まだ十分に動ける可能性もあるから、軍も警戒してるみたい」
「しかし、逃げ込んだ場所は地球側のデフリ帯だろう。
 あそこからではザフトの拠点も、地球連合の拠点も遠いからな。 襲撃を受けるという事態はないだろうな」

二人の独壇場と化していた、難解な会話の中に混ざってきたのは壁際で静かに聞いていたレイ。
とりあえず、危険性は低いという事実を端的に述べたので、クルーたちは安心したように表情を緩ませた。

「…けどさ、なんでメイリン姉ちゃんそんなに詳しく知ってるの?」
「軍の通信回線を拾ってたら、だいたい掴めてくるって」

にんまりと笑みを浮かべながらの言葉に、質問したマユははぁ、と相槌を打つばかりで。
そう言えば、彼女はアカデミーにいた頃、情報関連の科目でトップクラスだったということを思い出すのだ。

「…今の話、最初から聞かせてくれないか?」

突然、レクルームの中に飛び込んできた聞きなれぬ声。
振り向き見た、その先には入り口に立つカガリと、アレックスと名乗る随員が立っていた。


363 :10/19:2005/12/15(木) 12:31:13 ID:???
「っ!」
「駄目、マユ」

カガリの姿を見て、敵意の表情を見せながら前に出ようとしたマユを、隣に立つアゼルが制す。
その様子を、金髪の娘は辛そうに目を細めて見ていたが、思いを切り替えるように、再びメイリンへと向く。

「頼む、教えてほしいんだ。 今がどういう状況なのか、差し支えのない程度でいいから」
「えっ…で、でも…」

真摯な意思のこもる琥珀の眼差しを受け、戸惑いを露わにしながら辺りへ視線を巡らすメイリン。
何せこれは、もう隠蔽できない状況になってるとはいえ、ザフトの重要な軍事機密であることは間違いなくて。
どこからどこまで、話しても差し支えがないのかが判断しきれなかったのだ。
どうしよう、と不安を隠せない顔で、メイリンは意見を求めるように面々を見渡していたが
皆、言いかねるように顔を反らす中、レイだけは真っ向からそれを受け、肯定するように力強く頷いた。

「…分かりました。 じゃあ、説明しますね」

さじ加減が重要な、大役を任された少女は一度深くため息をついてから、語り始めた。


暴走したシステムの概要。テスト中に発生したトラブルの原因と、その末に起きた艦隊全滅の訃報。
テストが行われた宙域の位置と、暴走機の群れが移動したルート。 そして予想される稼働時間。
それらの内容を、メイリンはゆっくりと、慎重に言葉を選びながら語った。

364 :11/19:2005/12/15(木) 12:31:45 ID:???
「…と、言うわけで、予想される行動範囲を考えて、無人機が何か問題行動を起こすとは考えにくいそうです。
 たとえ、ウィルスによってどこかの施設や拠点を襲うように命令を書き換えられていたとしても
 そこに辿りつくまでに、稼動限界が来て動けなくなるだろうって見解です」

大体の事情の説明を終え、メイリンは肩の荷が下りたように疲れた表情を見せていたが
それを聞いてきた、当のカガリはといえば難しく顔をしかめながら、何やらブツブツと呟いていた。

「……月に向かわず、ダイレクトに地球方面へ向かっただと?
 一体そこに何がある…何が……」

心ここにあらず、といった様子で思考の海から戻ってこない彼女を、隣に従う青年が心配そうに覗き込んでいたが…

「っ! 『セレネ』か!?」

突然、パッとはね上げられたその顔は、戦慄と恐怖の色に染まっていた。
彼女の様子を、理解しかねるように戸惑いの眼差しで見ている全員を尻目に、彼女は踵を返す。

「すぐに艦長に知らせなければ! 手遅れになる前に、少しでも手を打たないと!」
「ちょっ、手遅れって…なんなのよ一体!」

自分だけで何かを理解し、立ち去ろうとするカガリの背中へと、マユは大声で問いを投げかける。
彼女の言葉に振り向く娘。 その瞳に、爛々と輝く使命感の炎を宿しながら。

「…襲う対象なら、地球付近に『上がって』くる
 私の予想通りなら、これは戦火を開く大惨事になるんだ!」

そうとだけ告げたカガリは、寸時惜しむように走り、レクルームを出て行く。
側に付いていた藍髪の青年もまた、彼女を追いかけて飛び出していった。
後に残されたマユたちは、ただ呆然とその背中を見送るだけだった。


365 :12/19:2005/12/15(木) 12:32:22 ID:???
「カガリ、セレネってまさか……」
「そうだ、プラントでの会見の後、入港式典に向かう予定だったあの船団だ!」

船内の廊下を走る一組の男女。 藍髪の青年、アスランの声にカガリは、荒れた息のまま答えていた。

――彼女らの口にした『セレネ』とは。
月面に、地球各国の融資の元に建造された、新たな都市の名前。
先の戦争で多大な被害を受けた地域…ユーラシアや東アジアの難民や
その他、大西洋連邦などの国家からの希望者で、住人を構成する予定で建設されていた月面都市だった。
つい先日、完成したセレネへの移民船団。 カガリが思い当たった攻撃対象とは、それのことだ。

「私の記憶が確かなら…各地から打ち上げられる移民船は、一箇所に集まってから、一斉に月へ向かう予定だった
 もし、もしもだ! それが機体を暴走させた人間の狙いならば、地球とプラントの関係は最悪になるッ!」

彼女は前もって、自分の参加する式典の案内状に目を通していたため、それを覚えていた。
合流地点の座標が、レギオンの予想行動範囲内に収まっていることに気付いたのも、そのおかげで。
そしてなによりも、彼女を突き動かしたのは直感だった。 
カガリは知っていたからだ。 その結果を望む者がいることを。
世界の裏で暗躍する、戦争を生業とする死の商人たち…『ロゴス』の存在を。


366 :13/19:2005/12/15(木) 12:32:51 ID:???
「代表? 何か御用で…」
「すまない、タリア艦長。 至急、通信で議長に取り次いでほしい。
 どうしても伝えたいことがある…大変な事態に気付いたんだ!」

突然ブリッジに飛び込んできた、艦の貴賓を見て怪訝に思い、彼女へ声をかけたタリア。
しかし、全速力で走ってきたらしく紅潮した頬のまま、まくし立てるように話す彼女の勢いに圧され
只事ではない気配を感じ、それ以上質問をせずにすぐさま通信オペレーターへと指示を出した。
何言かの通信のやり取りの後、艦長席のモニターに映し出される白面の男。

『如何しましたか、代表? 緊急な要件と聞きましたが』
「突然すまない、デュランダル議長。
 すぐにミネルバを、セレネの船団が集結するポイントへ向かわせてほしい。
 出来ることなら、近辺にいるザフト軍もだ」

艦長席の背もたれに手をかけ、身を乗り出してモニターへと向かいあうカガリの言葉に
とっさに意味を飲み込めなかったのか、得心いかない表情で首を傾げるデュランダル。

「セレネ…まさか、代表っ」

ハッと表情を強張らせ、横にある娘の顔を見るタリア。

「…ああ、そのまさかだ。
 移民船団の集結ポイントは、例の試作機が辿り着けるであろう範囲内なんだ。
 逃げ込んだ方向も、その可能性を考えれば道理がつく。
 もし、試験機がポイントに辿り着き、船団に攻撃なぞ行ったら…最悪の事態になる
 幸い、この艦はかなり近い位置にいる。 なんとしてでも阻止しなければいけない!」

緊張をみなぎらせたその顔を凝視する、タリア、ブリッジ内のクルー、そして画面内の男。
…やがて、近寄ってきた仕官から耳打ちを受けたデュランダルは、深刻な表情で、深く頷いた。

『情報を元に試算させた結果、その可能性は否定できないものだと判明しました。
 …分かりました、ミネルバをそちらへ向かわせましょう。 付近に部隊も、速やかに急行させます』
「感謝する、議長。 だがもう一つ、お願いしたいことがある。
 月の連合軍にもこの報を伝えてはくれまいか。 セレネの船団にも護衛はいるが、そう多くはないのだ。
 恐らく、一番早くそこへ辿り着けるのは、ミネルバか月からの艦だからな」
『む……それは…』

デュランダルの許可に、謝辞を述べながら力強い笑みを見せるカガリ。
しかし、彼女が続けざまに提案した内容には、デュランダルはあからさまに渋い顔を見せて、口ごもった。


367 :14/19:2005/12/15(木) 12:33:22 ID:???
それも道理なことで。
今、彼らが問題としている『レギオン』は、対連合軍用に極秘裏に開発されたシステムで。
自らの切り札を相手に見られることで、その効力はいくらか削がれる可能性もある。
ましてや、あの試作機にはプラントの技術の粋が惜しげもなく詰め込まれている。
それがもし、連合に鹵獲されたりなどしたらそれこそ大事なのだ。

『しかし代表、あの試作機は我が軍が苦心して築き上げた、軍の重要機密兵器でありまして…』
「そのような事を言ってる場合か! もし、船団が攻撃されてみろっ…
 それこそ、地球連合軍は嬉々としてこの理由に飛びつき、戦争を始めようとするぞ!」

なんとか言い包めようと伸ばされた、言の葉のツタを払うかのように、カガリは大声で叱咤を飛ばした。
周囲の者が面食らう中、彼女は娘らしかぬ鋭い眼光で、画面向こうの男を睨みすえていた。

『………仕方ないでしょう。 事態が事態です。
 月艦隊と、船団の方へも我々からお話をいたしましょう』

長い沈黙の後、デュランダルは苦々しい表情で彼女の言葉に頷いた。
その、二人のやり取りを見ていた藍髪の青年。
伏せていた目を上げ、意を決したように口を開く。

「議長、自分からも無理を承知でお願いがあります。
 自分に…この艦のMSをお貸しいただけないでしょうか」
「っ?! アレックス、お前っ…」

その思いがけない言葉に、一気に周囲の注目が青年へと注がれる。
隣に立つカガリは、驚きを隠さない表情のまま、とがめるようにそう言ったが
何も言うな、とばかりに静かに頭を振った彼は、なおも言葉を続ける。

「戦力は一機でも多いほうがいいはずです。
 自分はMSでの戦闘経験もありますし、腕前もそう悪くはないと思います」
「っ……
 アレックスさん、確かに今は一機でも戦力が欲しいというのは事実よ。
 だけど…貴方のような他国の人間。 しかも、軍属でもない方には到底お貸しできないわ」

眉を跳ね上げ、不機嫌そうな低い声で応じたのは艦長のタリア。
立場上、艦の戦力管理については神経質にならざる終えないので、無理もない。
ましてや、よそ者に重要な作戦の一端を預けるほど、信頼も余裕もないのは当たり前であったろう。
しかし、彼はきっぱりと言ってのけた。 決定的な一言を。

「アレックス・ディノと言うのはオーブでの偽名です。
 自分の本当の名は、アスラン・ザラ。 パトリック・ザラの息子です」


368 :15/19:2005/12/15(木) 12:34:05 ID:???
――アスラン・ザラ。 かつてのザフトレッドであり、前議長であるパトリック・ザラの子息。
その名を聞いたクルーたちは、一気にざわめき始めた。 先ほどまで、息を詰めるように黙りこくっていたというのに。

『ふむ…
 もしやとは思っていたが、やはりアスラン君だったか』
「オーブへ亡命する際に、名を変えました。
 自分のことをご存知なのでしたら…議長、どうか自分を出撃させてください。
 軍から離れているとはいえ、腕前はここのMSパイロットたちに負けない自信があります」

どうやら感づいていたらしいデュランダルは、思案するように顎元に手を当てながら呟く。

「もちろん、プラントへの他意はありません。
 あくまで船団を守りたいという思いから、志願しています」

画面の向こうにいる男へと、凛とした姿勢を見せながらなおも自らの希望を口にするアスラン。
彼の姿を見て、その真摯さを感じ取ったカガリも、彼を弁護するように続いた。

「私からも頼む。 議長、艦長…」
「その熱意は分かったわ。 使える機体もある、だけど…」

二人から強く頼み込まれ、タリアは困り果てたように口ごもる。
例え、彼が過去の自軍の英雄だったとしても、十分な実力はあったとしても、そんな無理な要求は…――

『いいだろう、タリア。 私が許可しよう。 議長権限の特例としてね』
「っ!? 議長!」


369 :16/19:2005/12/15(木) 12:34:42 ID:???
困惑していた彼女を救い上げた言葉は、大半の者が予想していた内容とは真逆だった。
肯定した議長へと、驚きを見せるタリア。
そんな彼女を落ち着かせるように、白面にやんわりと微笑を浮かべながらデュランダルは

『今、近辺の部隊にポイントへ向かうように指示を出したのだが、
 すぐに向かえそうなのが、ジュール隊長が指揮するナスカ級二隻しか居らんのだよ。
 それだけの部隊では、あの数の試験機相手に心もとない。 今は一機でも戦力が欲しい』
「ジュール隊…ジュールって、まさか」
「イザークか! それは心強いな!」

男の語る内容の中に出てきた、聞き覚えのある名前。
かつて、共に戦ったことのある人物の名前に、アスランとカガリは声を上げた。
アスランにいたっては、アカデミー時代の懐かしいライバルであり、戦友であった彼の名を聞き、
表情を明るくさせ、素直な喜びを見せていた。

『タリア。 彼の腕が確かなのは、君も聞き及んでいるだろう?
 ここは一つ、ありがたく申し出を受けようじゃないか』
「…分かりました。 それが、議長の御意思であるのなら」

デュランダルの言葉に納得しつつも、己の感情や倫理観において納得できない彼女だったが、その決定に従う。

『では、ミネルバは至急、セレネの船団集結ポイントへ向かってくれ。
 ジュール隊も急行させる。 途中で合流できることだろう』
「了解しました」
「ありがとうございます、議長」
「色々、無理を通してもらってすまない」
『いえいえ…こちらとしても、なんとしてでも避けたい事態でありますからな。
 アスラン君。 君の熱意ある申し出に感謝する。
 ザフトの英雄に数えられる君が、再び我らと共に戦ってくれるのだからな。 これほど心強いものはない。
 その力で、なんとしてでも最悪の事態を阻止してくれ』


370 :17/19:2005/12/15(木) 12:35:21 ID:???
議長との通信を終え、タリアからとりあえず問題のポイントに近づくまでは待機してください、と告げられ
二人は、新たな作戦を下され、慌しくなりはじめたブリッジから退出した。
ふ、と自然に漏れたのは緊張の緩んだ息か。 廊下の壁際を背に並ぶ二人。

「……お前なぁ、びっくりしたぞ」

ジロリ、隣の青年を呆れた横目で流し見るカガリ。
その視線に、ひるむように目を丸めた彼は、苦笑いながら話す。

「すまない。 あんな状況だったからな、相談してる余裕は無かったんだ」
「その場で思い立って、勢いで言ったのか。
 まったく、お前はもっと思慮深いヤツだと思ってたんだがなぁ」

申し訳なさそうな様子の青年を見ながら、ふふと軽く笑い声を上げるカガリ。
先ほどまでの咎める態度から一転、愉快そうに。

「やっぱり、お前はMSパイロットが一番性に合っていたんだろうな。
 守るべき対象と、鉄の手足を手に入れた途端に、随分と活き活きしてきたじゃないか」
「……否定しようがないな。 その通りだ。
 人が死ぬかもしれないって時に、ただ見てるだけしか出来ないなんて…俺には耐えられない。
 かと言って、俺がやれることなんてほんの少しもないんだ。 ただ、MSに乗ることだけで」

そう語るアスランの表情は、まるで泣き笑うかのように情けなく崩れていて。
彼の顔を、カガリはじっと見つめていたが、やがてぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きながら、大仰に息をつく。

「無茶はするなよ」
「ああ、分かってる」

素っ気ないほど短い言葉。 その中に篭められた互いの万感。
言い交わした後、アスランはMSデッキへ行ってくると言い残し、カガリのそばを離れ、歩き去っていった。
壁に背を預けながら、その後姿を見送っていた彼女。
ふと、横手から向けられてくる視線の気配に気付き、そちらを見る。

「お前か。 そんなところに隠れていないで、出てきたらどうだ?」

投げかけられた言葉に、ビクリと身をすくませた視線の主。
やがて、観念したように通路の角から、そろりと顔を覗かせた。


371 :18/19:2005/12/15(木) 12:36:39 ID:???
カガリを見ていた彼女、マユはレクルームから飛び出していった彼女らの言葉が気になって、ついてきていたのだ。
ブリッジに入った所までは確認していたのだが、その後に続いていいものかと考えあぐね、ずっと外で待っていた。
…しかも、何十分も経った後、ようやっと出てきた二人は、なんだかイイ雰囲気で言葉を交わしてたものだから
出るべきか、大人しく帰るべきか思案を巡らせていたその時に、カガリから声をかけられてしまった。

存在を見抜かれ、気まずそうな様子で出てきた少女を、無言で笑いながらカガリは手招く。

「もしかしたら、近いうちに戦闘が起きるかもしれない。 その時はよろしく頼む」
「……戦闘? 近いうちにって…何が起こるんですか?」

争いを予期したカガリの言葉に、そばに立つ少女は不安そうに尋ねる。

「私の予想が正しければ、暴走機体は月へ向かう地球からの移民船団を攻撃するかもしれない。
 先ほど、議長にもその旨を伝え、阻止するためにミネルバを向かわせる許可を頂いた。
 …こんな予想、外れていてくれたらありがたいんだがな」

カガリの語りは詳しい説明を省いてあったが、それでもその深刻さが伝わってくる内容で。
マユは固唾を呑んで、彼女の言葉に耳を傾ける。

「もしもだ。 仮に予想が当たっていて、船団が攻撃されようものならば…
 再び、プラントと地球間で戦争が起きることは間違いないだろう」
「戦争……」

示された最悪の事態。 驚愕したマユは、一際強烈な衝撃を与えた単語を口にするだけで。
恐らく一切の誇張を含んでいないであろう、その話を語る娘の真剣な表情を見つめていた。

「大西洋連邦を中心とした、地球連合軍はすでに以前のレベル…いや、それ以上の力を有している。
 そして、彼らのプラントへの憎悪もまた、風化していない。
 彼らが望む戦争を起こすための要素は、あとは決定的な開戦理由のみだ。
 民間人…しかも戦争で焼き出された難民を移住させる船団が、ザフトに攻撃されたりでもすれば…
 もう、それは十分すぎる理由だろう?」

カガリの言葉の節々に、ちりばめられた連合の現状を示す内容。
マユはその全てに納得せざるおえなかった。
彼女の脳裏に蘇る、大規模な艦隊と二隻の超大型空母の映像。
ボギー1追撃戦の際に遭遇した、あれらから感じた印象が、まさにその通りだったからだ。

「そんなことだけは、絶対にやらせてはいけない…
 だが、もう私は昔のようにMSで戦うわけにはいかないからな。 お前たちが頼りだ」

痛切さを含むカガリの言葉。 マユは、はいと答えながら深く頷きを返した。



372 :19/19:2005/12/15(木) 12:37:18 ID:???
そのやり取りの後、二人の間に吹き込んでくる無言の空気。
お互いなにも語らず、ただ視線を合わすのみ。
そんな状況を先に破ったのは、呟くように小さなカガリの声だった。

「あの時、お前はアスハのせいで家族を失ったと言ってたな」
「…オノゴロを攻められたとき、皆で避難している途中に、MSの戦闘で巻き込まれたんです。
 父と母は、身体の形も分からないぐらいにへし曲げられて、兄は右腕だけを残して姿を消してました…」

相手と真正面から向き合っているからだろうか。 あるいは、相手に対しての印象が変わったからなのだろうか。
以前、彼女へとがむしゃらに怒りをぶつけた時とは異なり、マユは静かな語調で語りはじめた。

「あの時…貴方たちがあんなに抵抗しなきゃ、みんな死ななかったのに。
 あたしだけ残されるなんてことなかったのにっ…」

けれども、どうしても、
それを口にするたびに、あの瞬間を思い出すたびに、こみ上げてくる哀しみと怒り、嗚咽に言葉は乱れていく。

「私のっ…私の家族は、ウズミ・ナラ・アスハとあの青い翼のMS『フリーダム』に殺されたんです!」

悲鳴にも似た、慟哭交じりの少女の言葉。
涙をこらえるように顔をくしゃくしゃに引きつらせながらも、
目の縁に溜められたそれは、大きな雫となりほろほろと零れ落ちる。
そんな少女の言葉…特に、聞きなれていたMSの名を聞き、カガリは驚き目を丸める。
そして、連想して何かを思い出したのか…悲しげな表情を浮かべながら、口を開いた。



373 :20/20:2005/12/15(木) 12:38:25 ID:???
「確かに、あれは私たちの責任だ。
 『カグヤ』の爆破による被害…いや、それだけじゃない。自分たちの力の無さが、それを招いた。
 ……だが、どうかお願いだ。父のことは責めないでくれ」

彼女の言葉の最後、震える声で紡がれたそれに、うつむいていたマユは彼女の顔を見た。

「父のやったこと全てを、肯定するわけじゃない。 昔、私もさんざん反発していたからな。
 …確かに、お前には私たちを責める十分な権利がある。
 責めならば私が受けよう。 だから、父を…故人を責めるのだけは勘弁してくれないか…」

悲しみに満ちた琥珀の瞳を、チラチラと光で揺らせているのは涙のせいなのだろうか。
マユが何か言おうと、口を開きかけたその時、遮るように警報が鳴り響いた。

『これより、本艦は暴走した試験機が現れると予想される、セレネ移民船団の集結ポイントへと急行する。
 第二種戦闘配備、各員は所定の位置に着くように』

続いて、スピーカーから流れてきたタリアの声に、カガリは気を取り直すように一度頭を振ってみせた。

「早く戻ったほうがいいぞ。
 ポイントまでの距離と、この艦の足を考えるとあまり余裕は無いだろうからな」

娘の促しにマユは大きく頷いて、MSデッキのある方向へと駆け出そうと踵を返した。

「…マユ!」

背中越しに投げかけられた呼びかけに振り向くと、
先ほどまでと打って変わって、凛とした表情を浮かべるカガリが、ニッと口の端を上げて笑っていた。

「無理はするな! お前とはまだ、話したいことが沢山あるからな!」
「…私だって、まだ言い足りないことがたくさんあるんだから!」

それは、受け取りようによっては憎まれ口であり、あるいは無事に帰還することを祈る言葉であり。
言葉を交わしたカガリは、相手の返答に満足するように笑った。

「その意気だ、死ぬなよ」

そう言い残し、カガリは再びブリッジへと入っていった。
閉ざされる自動ドアの向こうに、その後姿が隠されるまで見送っていたマユ。
パチン!と気合を入れるように両頬を軽く叩いてから、デッキへの道を走り出した。

「絶対に…戦争なんて起こさせない!」