- 478 :舞踏の7話 1/27:2006/01/01(日) 19:45:48
ID:???
そこは、まるで艦が大きな海原に浮いているのではと錯覚するぐらい、眼下の地球が大きく見える宙域。
母なる大地の重力を振り切り、星を包む大気のヴェールをくぐり抜けたばかりの一隻の戦艦が航行している。
蒼い星の一部を影絵のように切り取る、漆黒を基調としたカラーリングの戦艦。
――かつて、連合の不沈艦と謳われたアークエンジェル級の3番艦『ケルビム<智天使>』
大天使と主天使の、更に上に位置する天使階級を名に冠したその艦は、
先ほど地球から打ち上げられ、大気圏離脱を終えたばかりだった。
地球へと背を向け、離れる方向に航行していく黒の船。 その元へ、二隻のアガメムノン級が横手から接近してくる。
やがて、ケルビムの後方に付き従うように軌道を変える二隻の戦艦は
ケルビムと共に宇宙に上がってきていた、打ち上げ用ポッドから出てきたMS部隊を収容していく。
「僚艦ディラキエル、エネディエル共に合流完了」
「各艦のMS収納完了を確認」
「ケルビム、全システム異常ありません」
「各員、周囲の警戒を怠らないようにね。
何もないとは思うけど、用心するに越したことはないわ」
ブリッジのほうぼうから聞こえる、クルーからの報告の声。
それを聞くのは、中央に位置する艦長席に座る人物。
規則正しいウェーブを描く、豪奢な金髪を腰の辺りまで伸ばした色白の女性で。
おっとりとした青い瞳が穏やかな印象を与える、若く見目麗しい彼女は、紛れもなくこのケルビムの艦長であった。
丁寧な口調で皆へと指示を出した後、彼女は自分の座る席の斜め後方、設置された座席に座っている人物を見やる。
- 479 :舞踏の7話 2/27:2006/01/01(日) 19:46:47
ID:???
「大佐。 大気圏離脱及び僚艦との合流、完了しました」
しかし、大佐と呼ばれた人物…黒い軍服を纏う、黒髪の男は固く目を閉じたまま、何も答えない。
はたから見ればその態度は、居眠りしてると思われて普通だが、彼が起きていることは確かだった。
口元をへの字に曲げ、眉をしかめさせ、不機嫌そうな顔のまま寝る人間はそういないだろう。
「…いいかげん、機嫌を直してください」
無言の男を、困ったような苦笑いで見ながら、言葉をかける女艦長。
しかし彼、壮年期に入って間もない年頃に見える男は、相変わらずの不機嫌顔で。
足を乱暴に投げ出し、心の壁を作るがごとく腕を組む男は沈黙のままだ。
「休暇中に突然召集されたのは、みんな一緒です。
…なのに、大佐だけですよ? 子どもみたいにふくれたままなのは」
「………………
………あ゙ーっ、くそっ!
わーったよシャーナ、こんな任務とっとと終わらせて帰るぞ!」
それこそ拗ねる子どもをやんわりなだめ、たしなめるような台詞。
ついには、いたたまれなくなったかのか大きな声で一度吼えると、そうまくし立てた。
だが、名を呼ばれた女艦長…シャーナ・ラーミエル少佐は、彼の言葉に困惑の表情をみせる。
「ええとー…とっとと、ですか。
申し訳ありません。 まことに言いにくいことなんですが…」
「な、なんだ……?」
本当に言いにくそうな、恐縮した様子で曖昧に苦笑うその表情に、黒髪の男は嫌な予感を感じた。
問いかけに答える代わりに、タタンと押されたコンソールのキー。
僅かに間を置いて、ブリッジ前方の正面モニターに軍服に身を包んだ青年の姿が映し出された。
その、柔和なようで……彼を知る者にとっては、青酸カリでも入っているのではと思ってしまう、含みある笑顔を前に
黒髪の男は、怒りとも恐怖ともつかない顔色のまま、表情を凍らせた。
それは、特殊作戦軍所属ケイ・サマエル少将…彼らの上司である人物からの、ビデオメッセージだった。
- 480 :舞踏7話 3/27:2006/01/01(日) 19:47:42
ID:???
『ラガーシュ・イゾルデ大佐、そして『シュヴァルツヴィント』の諸君。
休暇中に突然呼び出してしまって、すまなかったね。
さて、君らには地球に降りる僕の護衛を頼んでいたけど、少々予定が変わっちゃってね。
僕の艦を地球軌道上まで護衛したあとは、アルザッヘル基地へ向かってくれたまえ。
そこで『ファントムペイン』と合流し、彼らが強奪した新型機のデータ吸出しが完了し次第
彼らと、その戦利品を乗せてキャリフォルニア基地へ帰還してくれたまえ。その後の作戦予定は追って伝える。
……以上、よろしく頼んだよ?』
最後に、念押しするかのようなケイの笑顔を残して、映像は途切れる。
その内容をあらかじめ確認していたシャーナは、映像が流れてる最中、何度も男の様子を心配げに見ていたのだが
「あ、あっんのクソガキぃ……い」
途中から力無くうつむき、ふるふると肩を震わせていた彼は
突然、席から立ち上がり。 怒りに引きつった形相で天井を仰いだ。
「…帰れねぇじゃねえかよぉぉぉっっ!」
映像の中で、ラガーシュと呼ばれていた黒髪の男、艦の指揮官の叫び声に、
ブリッジのクルーは、辟易したように顔をしかめたり、あるいは耳をふさいでいる。
「大佐、落ち着いてくださいっ」
「ええいっ、お前もあいつの言ってたこと聞いただろ!
自分の護衛ついでに、またアルザッヘルへ行ってトラック代わりになれだぁ??
しかもそれが終わっても休暇にゃあ戻れんのだと!? ふざけんじゃねえええっ!」
マシンガントークどころか、ファランクスばりにやかましく騒ぎ立てる上司を、
シャーナは周りの者と共に、押さえにかかる。
…まぁ、彼らも怒りを表面に出さないだけで、本当は不満に思っているのが事実だったのだが。
やいのやいのと騒いでいる指揮官が、先ほど口走った通り
ケイからの命令には、護衛プラスアルファの終了後、次の作戦に向けて待機するようにと言う内容が含まれていた。
普段、多忙なこの部隊は他の兵士たちよりも休暇が少なく、今回の一週間の休暇も、実に4ヶ月ぶりのものだった。
ところが、そんな貴重な余暇さえ、あの未成年らしき青年の配慮ない命令によって潰されたのだから…。
- 481 :舞踏7話 4/27:2006/01/01(日) 19:49:38
ID:???
「しかし艦長…あの、サマエル少将って一体何者なんですかね?」
なんとか上司を司令席に押さえつけ、静かに…とはいっても未だに怒った犬のようにぐるると唸り続けているのだが
とりあえず落ち着かせて席に座らせた後、クルーの一人が不思議そうにシャーナへと尋ねた。
彼、ケイが自分たちの上司になったのはつい半年ほど前で。
それまでは全く噂すら聞かなかった、異様なほどに若い将官について、疑問を抱いてる者は少なくなかった。
「うーん…なんでも、以前アウグスト閣下の側近を勤めていたみたいなんだけどね。
ブルーコスモス内でも、重要なポストにいるらしいわ。 盟主様のお気に入りでもあるし」
「あ、あの若さでですか? よほど良い家柄じゃないと難しいでしょう、そんなの」
頬に指当て、微かに首を傾げながら彼女が答えた内容に、驚きを見せるクルー。
どう見ても、17、8歳ぐらいにしか見えないというのに、
彼がブルーコスモスの幹部だなんて事は、にわかには信じられなかった。
「ううん? 家柄も全く無名…それどころか、偽名とすら言われてるんだから」
「……おまけに、俺たちの『同類』だ」
会話に混ざってきた、不機嫌そうな低い声。
その内容に驚き、周囲の者は言葉の主であるラガーシュの方を見た。
「それ…本当ですか?」
「嘘言ってどうすんだ。 確かにあいつの地位を考えりゃあ、ありえねぇと思うだろうがな。
だが、あの仕事風景を見てりゃあ馬鹿でも実感するさ。
あいつは明らかに『普通の規格』から外れてる」
先ほどまでとは打って変わって、低く呟かれる言葉。
どうやらその事実はシャーナも初耳だったらしく、疑問の声を上げていた。
そこまで語ると、定位置に着け、とばかりに顎で指す仕草で会話を断ち切る男。
困惑の表情を隠せないままだったが、クルーたちは再び己の担当するモニターへと向き直った。
- 482 :舞踏7話 5/27:2006/01/01(日) 19:50:37
ID:???
「んで、少将サマとの合流ポイントは?」
「月外周、ポイント92です。
先方はアガメムノン級ウィルソン、以下五隻の編成とのことです」
コンソールの画面に伝達されている内容に目を通しながらの女艦長の言葉。
それを聞いたラガーシュの顔は、露骨なまでにしかめられる。
「……4隻も御付きを従えといて、まだ俺らの護衛が必要なのかよ」
「はい。 ですから大佐、どうか冷静に」
再び同じような騒動を起こしかねない空気に、クルーたちは辟易した表情を見せていたが
「……っ?!
艦長! 地球軌道ポイント67付近の宙域で、SOSが確認されました!」
「ポイント67っ……そこって、セレネへ向かう移民船団の集結ポイントだわ!」
通信オペレーターから、緊迫した語調で伝わってきた情報。
それを耳にし、即座にその場所で起きる予定だった事柄と結びつけた女性は、指示を仰ぐべく後ろの男へと振り返る。
「大佐!」
「分かってる! 全艦、最大戦速でポイント67へ急行、MS部隊も全員出撃準備!
何が起きてるか分からねぇからな、索敵は特に注意し、出来るだけの情報を集めろ
少将サマにはお迎えにあがれねぇって、適当に電文打っとけ!」
オペレーターの報告を聞いた瞬間から、常に鋭い印象を纏う貌に緊張を張り詰めさせていたラガーシュは
勢いよく席を立ちながら、クルーへと矢継ぎ早に指示を飛ばす。
そして、皆がそれぞれ指示を行動に移し始めるのを確認すると、身を返し、ブリッジの入出口へと向く。
「後の艦隊指揮は任せた。 俺もウィンダムで出る」
「了解しました。 お気をつけ下さい」
短な言葉で指揮権の引き継ぎを行った彼は、シャーナの見送りを背に受けながらブリッジを出た。
- 483 :舞踏7話 6/27:2006/01/01(日) 19:51:39
ID:???
「親父っ、出撃って…何が起きたんだよ一体!」
格納庫へと向かう通路を進んでいたラガーシュの元へ、後ろから飛んできた声。
彼が振り向き見れば、後方から追いついてくる青い士官服を着た少年の姿。
まだ、ハイティーンに入ったばかりに見える、幼さ残す黒髪の彼は、男の前に立ち、問いかけの眼差しを向ける。
「今、セレネへ向かう移民船団からのSOSが確認された。
単なる航行事故か、あるいは何者かに攻撃されてんのか…詳細はまだ分からんが、これから救援に向かう」
「そんな……セレネの船団が、なんで襲われるんだよ…。
あれには、戦争難民が大勢乗ってるってのに……」
呆然とした様子で呻く少年。 信じられない、と言わんばかりに目を見開かせながら。
「まだ襲撃されたと確定したわけじゃねぇ。
が、どんなトラブルが起こるか見当も付かない作戦だ。 気ィ引き締めていけよ!」
「了解!」
自分の上司であり、親でもある彼の言葉に、少年は力強く返答しつつ敬礼した。
- 484 :舞踏7話 7/27:2006/01/01(日) 19:52:50
ID:???
同じく、予想ポイントへと急行するミネルバは、ジュール隊の指揮するナスカ級2隻と合流する。
ブリッジ内、艦長席を立ちながら敬礼をするタリアは、真正面のモニターに映る銀髪の青年と対面していた。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。
貴艦の迅速な応援に感謝します」
『ジュール隊隊長、イザーク・ジュールであります。
お互いに協力し合い、最悪の事態の阻止に尽力いたしましょう!』
指揮官たちの名乗りあいが終わるのを確認して、口を開いたのはタリアの隣に立つ金髪の娘。
「イザーク、久しぶりだな!」
『アスハ代表、お久しぶりです。 事情は議長から伺っております。
大変な災難に遭われたようですが、ご無事なようでなによりです』
「…なーんかカタいなぁ? お前。
一緒に戦った仲じゃないか、もっと楽に話せよ!」
『んっ、ごほんっ……いや、一応立場というものがあるだろうが…』
屈託ない様子で話しかけてくるカガリの言葉に、
イザークは困惑したように視線を明後日の方へ向け、咳払いをしながら語調を変える。
『あっれー?なんでいるの姫さん? ってか、久しぶりだねぇ!
元気してた? アスランとはヨロシクやってるかぃ?』
『…っおいディアッカ! 勝手に割り込んでくるな、邪魔だ!』
相手側のマイクが拾った、少し離れた場所から聞こえる陽気な声。
それと共に、イザークを押しのけるように横手から浅黒い肌の青年が、ひょろりと上半身を覗かせた。
にんまりと、白い歯を見せる懐こい笑みを見せながら、ひらひらと手を振ってるのはカガリに向かってなのだろう。
端に追いやられたイザークは大声で怒鳴りながら、負けじと彼を再び画面外に追いやろうと、肩で押している。
- 485 :舞踏7話 8/27:2006/01/01(日) 19:53:53
ID:???
『いいじゃんかーイザーク? かつての戦友に挨拶するくらいさぁ。
…んで、姫さんなんでミネルバに?』
「っははは、相変わらず元気そうじゃあないかディアッカ。 私の方は見てのとおりだ。
少し、色々とトラブルがあってな? 成り行きでミネルバにお邪魔している。…アスランも一緒だぞ」
ひょうきんな振る舞いを見せる彼を前に、屈託ない笑い声を上げるカガリ。
にまりと活気溢れる笑み浮かべながら、彼女が口にした言葉に画面向こうの二人は声を上げた。
『なっ、アスランだと?! あいつ、よくもおめおめとプラントにっ…!』
『おーっ、もしかしてアスラン、姫さんの御付きでもやってるのかい?』
「ん…まぁそういうとこだな。
今回は議長の取り計らいで、あいつもMSで出してもらえることになった。
言い合いならまだしも、過ぎた喧嘩はしないようにな?」
『い、言われずとも…』
その名を聞き、声を荒げたイザークだったが、カガリに念押しの言葉を言われ、
苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らし、ぶつぶつと呟く。
彼の様子を見ながら、可笑しげに目を細めていたカガリ。
やがて、その表情を引き締めたものに変化させると、彼に向かって言う。
「今回の作戦…出来れば、MSで出撃する事態にならない方がいいんだがな。
だが、もしもの時はよろしく頼むぞ」
『分かっている。 身内の不始末だ。俺たちが絶対に阻止してみせる』
『そそっ。 俺らにまかせときなって、姫さん! あんたの分も撃ち落してきてやるからさ!』
「ありがとう。 心強いぞ」
姿勢を正し、力強く言い切るイザークの姿に、カガリは将らしい勇ましさを感じ、
彼の隣でおどけたように敬礼をするディアッカの、以前と変わらない自然体な様子を見て、嬉しそうに笑顔を見せた。
- 486 :舞踏7話 9/27:2006/01/01(日) 19:54:39
ID:???
その後、指揮官同士で交わされる今後の打ち合わせ。
戦闘における互いの役割分担。 敵の動きについていくつかの予想を立て、それに沿った作戦の検討。
それらの話し合いが大体まとまりかけた頃に、その報は、来た。
「艦長! 地球軌道ポイント67でSOSを確認しました
セレネ移民船団からのものです!」
「ッ…もう始まったの!?」
苦い表情で呻くタリア。 全速力で急行していた甲斐もなく、既に戦火は開かれてしまった。
しかし、後悔している暇は一瞬たりともない。 即座に皆へと指令を伝える。
「MS部隊はいつでも出れるように出撃準備を進めなさい!
メイリン、ポイントへ向かっている途中の援軍へSOS確認を伝えて!
…急ぐわよ。 護衛艦隊が持ちこたえてる間に!」
彼女の指示の元、各々が緊張の面持ちで自らの役目に向かい始める中。
カガリは立ち尽くしたまま、ぎゅうと拳に力を篭めていた。
――当たって欲しくなかった。こんな予想。
ただの杞憂で終わっていれば、どれだけ良かっただろうか。
それならば、こちらの願いを聞き入れてくれた男へ、いくら詫びを入れても構わなかったのに。
…そしてもう一つ、彼女が悔しく思ったのは。
このような事態を目の当たりにしながらも、何も出来る事がない自分。
自らが持つ『価値』に気付いてしまい、以前のように戦場の只中へと飛び出すことが出来なくなった自分の事だった。
- 487 :舞踏7話 10/27:2006/01/01(日) 19:57:11
ID:???
―ポイント67 セレネ移民船団集結ポイント―
月面に作られた新造都市『セレネ』へと向かう、世界各地からの移民たちを乗せる船の群。
それらを護衛するために編成された護衛艦隊。
その旗頭たる…アガメムノン級エイブラハムの艦橋内は、悲鳴交じりの報告に満たされていた。
「ネルソン級ジェイムズ、フェルドが大破!」
「敵MS、更に6機の戦闘宙域侵入を確認
これでもうっ…宙域内に存在する敵MSは33機です!」
「艦隊のMS部隊、損壊率は60%を超え…既に半壊状態!
対して、敵の損害は軽微な模様!」
思考の暇も与えず、矢継ぎ早に伝えられる情報は、どれも絶望的な内容で。
護衛艦隊のうち、沈んでいないのは半数以下。 頼りのMS部隊も次々と落とされ、追い詰められている状況。
それらの前で、司令官は事実を受け止めれようもなく、ただ頭を抱え込んで絶望と恐怖に目を見開いていた。
明らかに思考能力の限界を突き抜けた極限的な状況。
打開策など思いつくはずもないが、その被害状況だけは克明に理解できて。
「一体……一体これはどういうことなんだ!
これはただ、地球から月へと哀れな宿無したちの引率をするだけの任務ではなかったのか?!」
がちがちと歯が浮くのをなんとかこらえながら、怨嗟にも似た呻き声を上げる司令官。
彼が口にしている内容は、実際の作戦と一字一句たりとも間違った部分はなかった。
――ただ、何処かの誰かの悪意によって、立ち向かいようもない障害物を差し向けられることさえなければ。
- 488 :舞踏7話 11/27:2006/01/01(日) 19:58:22
ID:???
護衛艦隊の出航直前、突然プラントから打診されてきた『警告』。
暴走した無人機の群が、船団集結ポイントに現れる可能性があるという情報。
それを耳にした彼を含む上層部は、プラントが自らさらけ出した醜態に、皆揃って失笑していた。
警告が訴える危険性よりも、今も昔も敵対関係を続けているプラントの無様なミスの方が、彼らにはよほど重要な情報だった。
…仮に、本当に暴走部隊が現れたとしても、そのような欠陥プログラムの元に動く機体なぞ、
取るに足らない存在だろうという考えが上層部にはあっただろう。 無論、司令官自身にも。
それでも一応、警戒配置に付いたものも何者かが現れる気配は一向に無く。
プラントが伝えた情報を、誤報だったのだろうと判断し、安堵しきっていたその時。
それらは、デフリの海の中から現れた。
前大戦で沈んだ戦艦の残骸に潜んでいた、ザフト製のMSで編成された一個中隊が、
突如横合いから、護衛艦隊へと奇襲を仕掛けてきた。
最も近い位置にいたネルソン級の一隻が、横腹を撃たれる形で真っ先に沈められたのを皮切りに
次々とデフリベルトから飛び出し、護衛艦隊を含む移民船団の行く手を阻むように、扇状に展開されていく多数のMS。
一糸乱れぬ迅速な行動で展開を完了させたそれらは、各々近くに存在する護衛艦へと攻撃を開始する。
同時に始まった、多方面からの攻撃に護衛艦隊はMS部隊を分散させ、対処を試みるものも
たかが人工知能、と侮っていた暴走機たちは想像以上の能力を有していたのか、次々と撃破されていく護衛部隊。
戦況は時間経過と共に、明らかに最悪のものへと転げ落ちていく。
「…せめて船団を下がらせろ!
このままでは取り付かれてしまう上に、戦闘の邪魔だ!」
「し、指示はしていますが…
船団が密集しているため、思うように身動き取れずにいる模様です…」
「ええいっ…何をやっているか!」
司令官の動揺を露わにした怒声に、通信士が蒼ざめた表情で答えを返す。
その言葉に傍らのコンソールを拳で叩き、のろまな移民船団へと侮蔑を吐き捨てる司令官。
- 489 :舞踏7話 12/27:2006/01/01(日) 19:59:29
ID:???
だが、彼の命令している事自体が無理があるもので。
移民船団の現在位置は、大気圏からさほど離れていない場所で、後退し過ぎれば地球の重力に引き込まれる可能性がある。
その上、多数の船が進む事も出来ず退く事も出来ず、車の渋滞のように密集している状態だ。
下手すればお互いの接触事故すら起きかねん状況下で、そのうえ至近での戦闘。冷静に行動できるはずも無い。
そして、たとえ船団が無事に後退できたとしても
この絶望的なまでに不利な戦況に、劇的な変化が起こりようはずも無かった。
忌々しげに唸り声を上げながら、どう動くべきかと頭を悩ませる司令官。
彼の耳に、索敵を行っていたオペレーターから絶望的な報告が届いた。
「………っ?!
艦長! せっ、船団後方より…敵MS部隊の接近を確認! その数、27機」
「なっ……挟み撃ちだと?!」
その言葉に愕然とし、司令官は悲鳴に近い叫び声を上げる。
――完全に、退路を絶たれた。
戦力に余裕が無く、前方の敵へのみ集中させていたため、後方にMS部隊は一切配置していなかった。
護衛艦も、ネルソン級が2隻存在するするだけだ。
「ええいっ、誰でもいい! とにかくそちらを援護しにっ……」
もはや大局を見る作戦も何もなく、
ただ、その場のトラブルに収拾をつけようとする思考の元、司令官は指示を放とうとした、その時。
彼らの眼前にある、大型モニターのほとんどを埋め尽くした一機のザクの姿。
敵機に、艦橋の目前にまで踏み込まれたという事実をブリッジ内の人々が理解する前に
エイブラハムの艦橋部は、ザクの携えたビームランチャーによって溶かされ、砕かれ、そして蒸発した。
頭部と呼べる位置と機能を兼ね備えた箇所を失ったエイブラハムへ、周到なことに機関部へも閃光の一撃を与え
粉々に爆散していく獲物へと背を向け離脱し、ザクは速やかに別の方向へ向けて加速していく。
次に優先されている攻撃対象、既に仲間たちの手によって守りを奪われ、
丸裸の状態で、行き場を失っている移民船団へと。
- 490 :舞踏7話 13/27:2006/01/01(日) 20:00:34
ID:???
――船団のSOS信号を受信し、現場へ急行している途中のミネルバ。そのブリッジ内。
クルー皆が固唾を飲み、口を閉ざしている中、索敵担当のバートが強張った表情で口を開く。
「移民船団を確認…光学映像を回します」
彼の声と共に、正面スクリーンへと映し出される、彼方の映像。
そこには、無造作にへし折られたように、幾片にも砕かれた何隻もの戦艦と
原形を留めないまでに千切れ果てたMSの破片が散らばる、凄惨な光景だった。
――そして今なお、惨劇は現在進行形で。
護り手を完全に失った民間船たちが、無人機の群によって周囲を包囲され、退路も無い状況。
情無き兵器たちは、攻防いずれの術も持たない船へと、携帯火器による砲撃を注ぐだけに飽き足らず。
逃げ出そうと進み始めた船の行く手を遮るように、前方を飛び回る威嚇行為で進路を変更させ
同じく逃げようとしていた、他の船の針路上に出るように追い込むという行動にも出ていた。
…それはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図と呼ばれるものだったろう。
その場に満ちる思念は、恐怖や絶望といったものばかりで。
マイナスの感情と恐慌化した集団心理に背を押され、民間船の群は完全に統率を失い
互いに行く手を遮り、外壁の表面を摺り合わせ、己が身ともろともに相手の外壁を砕く。
その、彼らの混乱と対照的に、冷徹なまでに統制取れた動きで行動する無人機たち。
威嚇射撃や近接武器による攻撃、そして相手の針路が乱れるように仕向けられる巧みな飛行によって
まるで、自動車同士の玉突き事故そのものな状況が今まさに、彼らの手により作り上げられていた。
- 491 :舞踏7話 14/27:2006/01/01(日) 20:01:52
ID:???
「……くっ…間に合わなかったか!」
ブリッジ内のクルー全員が、眼前の光景に驚愕し、言葉を失くしている中
後方の、オブザーバーシートに着いていたカガリは呻きながら、肘置きに拳を打ち下ろしていた。
自分で予期していた中でも最悪のケースが、今まさに目の前で発生していて
その事実を凝視する琥珀の瞳は大きく見開かれ、絶望に震えるように揺れる。
「まだです! 全ては沈んでいません! 止める事は出来ます、代表
MS部隊発進! ジュール隊と連携し、一刻も早く敵を撃退しなさい!」
彼女に対してだけではなくブリッジ内全ての人間、そして自らに喝を入れるように声を上げたのは艦長であるタリア。
飛ばされた指示に、はたと我に返ったメイリンは速やかに、待機中のパイロットたちへのアナウンスを開始する。
『MSパイロット各員に通達! 本艦はこれより戦闘宙域に突入します
ザクはレイ機より順にカタパルトから発進してください!』
「……最悪の予想が当たったか」
赤色のヘルメットに内蔵されたスピーカーから聞こえてくる、管制官の声を耳にしながら、藍髪の青年は低く呟く。
彼、アスランが纏うパイロットスーツは因果なことに、以前自分が着ていたものと同じ、ザフトレッド仕様のデザイン。
最初にそれを渡された時、彼は思わず面食らったのだが、
予備として置いていたパイロットスーツに、これの他サイズの合うものがなかったと聞き、納得する。
現在、ミネルバに配属されているパイロットは誰も自分よりも小柄で、合うはずもないのだが
この艦に搭載される予定だったとされる、強奪された三機に乗る予定だった
ベテランのザフトレッドたちのものだとすれば、可能性はあると得心したのだ。
…しかし、久しぶりにこれに身を包むと、気分が引き締まってくるもので。
目を閉じ、天井を仰ぎ、身体の中に残る空気を全て吐き捨てるように、深く息をつくと
開いた双眸には静かな闘志が燐光のように宿り、憂いの表情も掻き消える。
先ほどまで考えていた、最悪の事態への恐れも薄れ、限りなく無心に近い状態になる。
――既に事は起きた。ならばそれを嘆く暇などない。
今は少しでも多くの人を守るために、一心不乱に戦うしかないのだ。
手馴れた様子で、自らの精神のコンディションを整えたアスランは、カタパルトへと向かうべく、鉄の足で一歩を踏み出す。
- 492 :舞踏7話 15/27:2006/01/01(日) 20:03:11
ID:???
『インパルス発進スタンバイ、モジュールは『フォース』を選択…』
耳元に伝わるメイリンのアナウンスを聞きながら、マユはコアスプレンダーのコクピット内で厳しい表情を浮かべていた。
今回で彼女は、三度目の実戦を経験することになる。
一度目はアーモリーワンへの襲撃者の追跡。
しかし、強奪された三機の新型機を含めて、全て逃がしてしまう結果となる。
二度目は襲撃者…ボギーワンと名付けられた所属不明艦への追撃。
しかし、地球連合軍の大演習艦隊に阻まれ、それ以上追撃することが出来ず、遠回りで追う羽目となった。
そして三度目の任務は、襲撃を受けている船団を助け、被害を最小限に抑えるという内容で。
敵は自軍の開発した無人兵器の暴走部隊。 護る対象は、地球から上ってきた移民船団。
カガリからの話によれば…その移民船団は、前大戦で焼き出された難民たちを月都市へ移住させるためのものだという。
戦争に巻き込まれ、家や家族を失った人々……その境遇は、自分と全く同じものに感じられて。
そんな人たちが、新しい生活を取り戻そうと新天地へ向かっていた船が、あろうことか襲撃されている。
マユはその事実に激しい怒りを覚えていた。 何故、何故彼らが再びそんな目に遭っているのかと。
同じように家族を失った自分は、それでも優しい人たちに出会い、助けられ、
家族を得て、友人を得て、あの時に比べると信じられないほど幸せに生きているというのに。
「死なせない…死なせないよ!」
操縦桿を掴む手に、きりりと篭められる力。 小さく呟かれたのは、己を奮い立たせる言霊。
『射出システムのエンゲージを確認。 カタパルト推力正常…進路クリアー。
コアスプレンダー発進、どうぞ!!』
「マユ・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
メイリンの指示に導かれ、カタパルトへ移動した戦闘機は、乗り手の声と共に滑走路上で加速する。
- 493 :舞踏7話 16/27:2006/01/01(日) 20:04:22
ID:???
ミネルバからの全機発進と同時に、随伴するジュール隊のナスカ級2隻からも、
ザクやゲイツRといったMSの発進が完了される。
一刻を争う事態。 皆、互いに言葉を交わす余裕も無く、目の前にある一方的な殺戮のフィールド目指し突撃する。
彼らの襲来に、移民船団へと攻撃を仕掛けていた『レギオン』たちは気付き、同時に攻撃の手を止める。
その空白…『群』の思考は短いもので。 十秒にも満たぬ間を置いた後、再び動き始める。
半数きっちり、数を二手に振り分けられた部隊。
一方はは襲来者の阻止及び排除へ。 一方は先ほどまでと同じ行動を取る。
「…機械ぶぜいに、俺たちも見くびられたもんだな」
ギリと歯を軋ませながら、忌々しそうに吐き捨てたのは、MSのコクピットシートに座するイザーク。
艦隊指揮を艦長に任せ、愛機のスラッシュザクファントムを駆り、自らも戦闘宙域に飛び出したのだ。
彼は激しい憤りを感じていた。自分らのことを、部隊の半数を向ければ大丈夫と判断したであろう、無人機たちに対して。
コンソールのキーを叩き、イザークは自分の指揮下にあるMS部隊へと通信を送る。
「各部隊に通達。遺憾なことに敵の詳細なスペックは公開されていない。
相手を侮るなよ! 十分に注意し、複数で連携を取って対処しろ!」
『えっ、マジかよぉ!? まさか、こんな事態になってまで軍事機密とか言ってんじゃないよナァ?』
「…そのまさかだ!
まったく、上は何を考えているんだ! この期に及んでデータの出し惜しみなどっ……!」
伝えられるくだけた返答、相棒のディアッカからの不満の声に、イザークは憤りを隠すことなく吼える。
彼は軍本部よりミネルバ援護の命を受けた時に、これから戦うであろう敵の情報公開を求めた。
これは指揮官として至極当然の要求だったろう。 相手は未知の兵器とはいえ、自軍で開発されたものなのだから。
部下を少しでも危険な目に合わせないようにと、レギオン搭載機の詳細なデータ提供を求めたのだが…
いくつもの手順を踏んだのか、随分な時間をかけて返ってきた答えは、NOだった。
とにかく『レギオン』については、軍の最重要機密に位置しているため一切のデータ公開は無い、と。
その言葉が、彼の感情により油を注いでしまい、今のような激昂状態になっているのだろう。
「…今分かっている情報によれば、あれらには『隊長格』がいることは確かなんだ
それを潰せば簡単に状況を収めることが出来るというのに……なのに、何を考えているんだ上は!」
彼が言うように、事態の迅速な収拾にはホストコンピューターに代わり無人機を指揮しているであろう存在
臨時状況における『レギオン』たちの隊長を務める役割を与えられた機体が、一機存在しているのだ。
それを破壊すれば、命令系統を失った彼らは機動停止するか、そうでなくてもこちらに有利な状況になるはずなのだが…。
しかも相手がどのような機種によって編成されているのか、どのような装備をしているのか、それすら分からない状況。
そんな詳細の分からない敵と戦うことを、部下たちに強いるという危険性に、彼は苛立ちを覚えていた。
- 494 :舞踏7話 17/27:2006/01/01(日) 20:05:36
ID:???
かくして『レギオン』部隊と、ミネルバ隊、イザーク隊との戦闘の火蓋が落とされる。
敵部隊は数機のザクを有しているが、残りはジンやシグー、ゲイツといった旧式機で構成された30機の部隊。
対して、こちら側の戦力はミネルバから5機、イザーク隊は2中隊24機…計29機の編成。
数はほぼ互角な上に、大半をザクで構成するこちらの方が、『レギオン』部隊よりも有利なものかと思われた。
しかし、その予想を覆すに十分な要素を『レギオン』たちは有していた。
「くぅ……早いっ!」
インパルスを駆るマユは、相対するゲイツの動きを追いかけながら、歯噛みしていた。
互いに一定の距離を保ちつつ、相手の側面を狙うべく、あるいは相手に側面を取られないように描かれる螺旋回転。
相手を真正面に捉えたまま横移動するインパルスが放つ射撃を、敵は縦横に機体を揺することで回避する。
急制動に急加速、そして上昇下降を織り交ぜて火線から逃げるランダムな動きに、翻弄されながら、少女は戸惑う。
明らかにそれは、強烈なGを伴う危険な回避行動だというのに。 相手はそれを何度も繰り返しているのだ。
――それこそが『レギオン』の強み。 乗り手を必要としないことで可能になった、高機動操縦。
マユはその無理のある動きに翻弄されながらも、七発目の射撃でようやくゲイツの胴を穿ち、爆散させる。
「っはぁ、はぁっ……」
緊張と疲労による汗の玉を額に滲ませながら、マユは荒く上がった息を整えるべく、目一杯に空気を吸い込む。
型遅れの機体を用いながらも、ここまで戦える『レギオン』の戦闘技術は、並みのものではなかった。
コンピューターに組み込まれた多くのパイロットの戦闘データと、
無人機ゆえに可能となった、機体性能をギリギリまで引き出した常識外れの高軌道が、それを作り上げた。
ホント、なんてモノを作ってくれたんだろうと。 マユは胸中で毒づいていた。
しかし…今はそんなことを考えている暇は無い。
「――次っ!」
荒い呼吸をなんとか整えた少女は、休息が足りないと悲鳴を上げる身体に鞭打ち、新たな敵を求めて再び駆け出す。
- 495 :舞踏7話 18/27:2006/01/01(日) 20:06:50
ID:???
「ったく、デフリ戦は成績良くないんだけどね!」
ガナーザクのコクピット内で独り言つルナマリアは、両手で抱え持つ巨大な砲を取り回しながら、戦う。
つい先刻作られたばかりの、戦艦やMSの破片によって成るデフリの海に見え隠れする敵を追いながら。
相手は型遅れのジン。 彼女が持つオルトロスならば、一撃で破壊できる相手なのだが…
なにせ周囲は逃げ回るのに格好な遮蔽物が多い上に、ジンの動きは信じられないほど俊敏だ。
これを倒せたとしても、敵の数は多いと聞く。 無駄玉の許せない状況下で、少女は顔をしかめさせる。
彼女の前を飛び交い、浮遊物から浮遊物へと移って移動していく相手を狙い、銃口を小刻みに動かしながら、彼女は待つ。
敵が自分へ刃を向けてくる瞬間を。 回避から攻勢に転じる瞬間の隙を。
――来た。 戦艦のブリッジブロックに隠れていた敵が姿を現し、こちらへと真っ直ぐ突撃してくる。
幸い、相手は近接武器の重斬刀のみを装備してる様子で。 自分を攻撃できる間合いまでの距離はそれなりにある。
「来たわねッ!」
物陰から飛び出してきたジンへと一発、二発。 着弾点をずらし立て続けにオルトロスを放つ。
――しかし、相手はそれを読んでいたのか。 弾丸が如く突撃しながら、機体をぐるりと一回転させた。
結果、胴へ当たるはずだった弾は僅かにずれ、片腕と頭部を破壊するだけに留まる。
本来ならばそれだけでも、相手の動きを止めるに十分な損傷だったろう。 …相手が人間だったなら。
だが、相手はその損傷をものともせず、速度を落とすことなくザクへと肉薄する。
両手持ちの砲を用い、射撃に専念していた彼女がそれに対応するのは、もちろん困難なことで。
容赦なく振り下ろされる、黒い刃を前に動くことも出来ずに、絶望に凍りつく。
- 496 :舞踏7話 19/27:2006/01/01(日) 20:08:42
ID:???
――瞬間。 二機の間に割り込んでくる緑の影。
肩のシールドを用い重斬刀の一閃を阻み、シールドを捻ることでジンの刀を掌から弾き飛ばす。
敵の武器を奪えば、後は一方的なもので。
乱入してきたザクは脚部を跳ね上げ、ジンの腹に強かな蹴撃を与え、無理やりに距離を開ける。
そしてすかさず、手にしていた突撃銃を構え、コクピット部分を撃ち抜く。
……その、一連の鮮やかな手際を、ルナマリアは先ほどの絶望から抜け出せない様子で、ぼんやり眺めていた。
『――ぉぃ……大丈夫か? 返事をしろ』
「…ぁっ? は、はい! 大丈夫です、アスランさん」
自分を助けてくれたザクから伝わってきた青年の声に、ハッと我に返ったルナマリアは慌てて返事する。
『いいか。 こいつらは無人機だ…自らの被害をまるで気にする相手じゃない。
胴以外を狙った攻撃では怯まない。 確実にコクピットなり機関部を狙い、確実に仕留めるんだ』
「りょ、了解」
モニター端にその姿を映す青年からの言葉に、ルナマリアはどもりながらも頷く。
画面の彼は、彼女の姿を一瞬心配そうな眼差しで見ていたが…それ以上何も言わずに通信を切ると
鉄の身を翻し、混戦の様相を見せる宙域へ向けて飛び去っていった。
「……あれが、アスラン・ザラ……ザフトのエース…」
あっという間に離れていく背姿を、少女は呆然とした様子で見送っていた。
- 497 :舞踏7話 20/27:2006/01/01(日) 20:09:49
ID:???
――戦況は当初の予想を覆し、圧倒的に不利な方向へと進んでいた。
特にジュール隊は出撃経験の浅い新兵も少なくなく、『レギオン』搭載機の並外れた行動を前に
対処しきれずに一機、また一機と撃破され、均衡していた戦力差は開いていく。
「くそっ! いいようにやらせてなるものかァァ!」
手にした長柄の武器、ビームアックスを振りかざし、
部下の機体へとシールド内蔵のガトリング砲を向けていたシグーを薙ぎ払いながらイザークは吼える。
シグーの胴を鮮やかな袈裟斬りに両断し、即座にその場を離脱し、味方を襲う敵へと襲いかかる。
獅子奮迅の動き…見ようによっては無謀な突撃にもとれる戦いぶりを繰り広げる
彼のスラッシュザクファントムをサポートするのは長大な砲を抱え持つ、ディアッカのガナーザク。
背後へと回ろうとするジンの背を正確に撃ち、撃破する。
『このまんまじゃあマズイよなぁー、イザーク。
敵はまだ、半数も減ってないってのに』
「分かってる! だから俺たちがやらねばならんのだろうが!」
ディアッカからの通信に、秀麗な面を歪ませながらイザークは言う。
そう、こちらへ差し向けられてた30機以外にも、船団を襲う残り半数は未だ健在。
なんとしてでも目の前の敵を倒し、一刻も早く船団への攻撃を止めさせなければいけない現状だ。
さしものエースパイロットにも、疲労の色が見え始めていたその時、横手から飛来する一機のジン。
僅かに反応の遅れたザクファントムへと、M68キャットゥス無反動砲を向ける。
青年は自分の失態に舌打ちしながら、なんとか直撃だけ避けるべくその場を離れようとする。
…しかし、砲撃は来なかった。 背後から飛んできた一条のビームに、機動停止するジン。
その閃光の形状はオルトロスのものではない。 驚きの表情でイザークがそちらを向くと
『無事か!? イザーク!』
聞きなれた、それでも久方ぶりに耳にした声はビームを放った主…ザクからのものだった。
- 498 :舞踏7話 21/27:2006/01/01(日) 20:10:50
ID:???
「アスラン! 貴様今まで何処で何をやっていたんだァッ!」
『ちょ、ちょっと待て、今はそんな事を話してる場合じゃない。
…それに、俺がオーブにいるってことは以前カガリから伝えられてただろう?』
以前、自分がザフトにおけるライバルと決めていた男、アスランの登場に思わずイザークは怒鳴ったが
伝えられてきた、素っ頓狂に驚いた声と、彼の告げる内容を聞き、声量を僅かに下げる。
「…分かっている。 今は一刻も早く船団の脅威を払わねばならない。
シホ、お前はウィッジの小隊の援護に回れ!
ディアッカは俺について船団の方へ来い。 アスラン、貴様もだ!」
『あいよっ、任された!』
『了解しました、ジュール隊長。 …どうかお気をつけて』
『分かった、イザーク。 お前の指示に従おう』
「…フンッ! 当然だ民間人!」
己の部下からそれぞれ返ってきた言葉、そして本来部外者であるはずの過去の戦友の言葉に
イザークは憎まれ口を吐きながら、それでも心強い援軍の登場に口の端を上げつつ、ブースターを吹かせ速度を上げる。
そして、彼の先導に続きディアッカのガナーザクと、アスランのザクも駆け出す。
未だ無防備な身体に攻撃を受け続ける移民船団と、その襲撃者たち目がけて。
- 499 :舞踏7話 22/27:2006/01/01(日) 20:11:51
ID:???
敵との交戦を開始したMS部隊を、固唾を飲んで見守るのはミネルバのブリッジクルーたち。
彼らはその場を動かず、ただ戦況を見守り、帰還してくる機体を収容する役目のほか、今は出来ることはない。
なにせ、相手はMSだけなのだ。 艦砲射撃をしてもそうそう当たるはずもなく、絶対撃つわけにはいかないのだ。
下手をすれば…自分らが救うべき民間船を盾にされるのがオチなのだから。
せめて、こちらへも手を差し向けてくれれば攻撃の術はあるものも
はじめから『レギオン』たちは戦艦に見向きもせず、こちらのMS部隊と船団への攻撃のみを行っている。
不利な戦況だというのに、こちらには支援のしようがない。 その状況に誰もが、歯がゆい思いを抱いていただろう。
居たたまれなくなるような沈黙の空気。 それが突如、切り裂かれる。
「ブルー18、マーク7チャーリーに連合艦隊を確認
アガメムノン級が2隻と……アークエンジェル級が一隻です!」
「ッ?! なんですって!」
バートからの報告はあまりに唐突かつ、衝撃的な内容で。
移民船団を挟んで、自分たちとは反対側から現れた3隻の地球連合軍戦艦。
しかも、その中に含まれているアークエンジェル級は…過去にザフトが何度も痛手を受けている戦艦だ。
だが…2番艦『ドミニオン』は前大戦で沈んでおり、1番艦アークエンジェルについても戦後行方知れずのはずだ。
「あ、アークエンジェル級だと?!
まさかあれまで再び建造しているのか!」
タリアと同じく、その報告に驚きの声を上げたのはカガリ。
やがてメインモニターの一角に映し出された映像の中心に見える、特徴的な形状の艦を見て、愕然とする。
それは、色は違えども彼女がよく知る戦艦と瓜二つで。
カガリはそれを見て、怒りを露わにする。
「一体……何処まで軍備を強化すれば気が済むんだ、連合は!」
ダンとシートを叩きながら、歯噛みする娘。
しかし、彼女の反応とは違い、タリアは一瞬表情を明らませるとメイリンの方へと振り向く。
「メイリン、向こう側との連絡はつく?」
「……可能です! 少し待ってください!」
艦長から下された指示に、メイリンは相手の位置を確かめてから頷き、コンソールを操作し始めた。
- 500 :通常の名無しさんの3倍:2006/01/01(日) 20:19:05
ID:???
- 支援?
- 501 :舞踏7話 23/27:2006/01/01(日) 20:22:13
ID:???
一方、件のアークエンジェル級『ケルビム』のブリッジ内では。
眼前に繰り広げられる、一方的な殺戮劇にクルー全員が言葉を失っていた。
ブリッジ中央に位置する艦長席に座するシャーナも、悲嘆するように柳眉を下げ、瞳を細める。
『あのMSども………なんて事をしやがるんだ、ザフトめ!』
愛機のモニターに映し出される、ブリッジから転送映像を見ながら、ラガーシュは拳をコクピットシートに叩きつける。
痩せぎすの相貌に浮かぶのは、激しい怒り。 睨み殺さんばかりの視線を、空間を蹂躙するMSに向けながら。
移民船団へと攻撃を仕掛けている部隊は、識別コードを発していないものも、
それらはジンやゲイツといった、ザフト製のMSばかりで構成されていた。
一見すれば、ザフトの手によるものだと考えるのが普通なのだが…
「大佐、我々以外にも救援部隊がいるようです。
しかしこの識別は…ザフト軍です!」
『は? なんだと…』
オペレーターからの報告を伝え聞き、怪訝な声を上げるラガーシュ。
「ザフト所属コードの戦艦三隻と、
その艦載機と思われるザフト識別のMS部隊がアンノウン部隊と交戦中です。」
『どういうこった…仲間割れか?』
不可解な事態を聞き、眉根を寄せながらモニターの中で指揮官は唸る。
…そして、奇妙な出来事は続くもので。
「大佐、前方のザフト艦より通信がはいってます…私が応対してもよろしいでしょうか?」
『あ? …分かった、お前が相手しろ、シャーナ』
「はい、それでは…」
- 502 :舞踏7話 24/27:2006/01/01(日) 20:23:25
ID:???
部隊の指揮官から許可を受けた女艦長は、コンソールを操作し、相手との回線を開いた。
操作から少しの間を置いて、メインスクリーンに白い軍服姿の女性が映し出される。
『ザフト軍所属ミネルバ艦長、タリア・グラディスです』
「こちらは大西洋連邦軍所属ケルビム、艦長のシャーナ・ラーミエル少佐です。
グラディス艦長、一体どのようなご用件でしょうか?」
所属を名乗る女性へと、自分も同じように名乗ったシャーナは、彼女へと用件を問う。
『現在、セレネ移民船団を攻撃中の部隊についてです。
あれは我が軍のテスト中に暴走した、無人MSです。現在ザフトの総力を持って攻撃していますが…
相手の数が多く、処理しきれないために被害がより拡大する恐れがあります。
そこで、貴艦に鎮圧へのご協力をしていただきたいのです』
タリアの語る説明に耳を傾けながら、シャーナは自分の前にあるコンソールの画面に映る男を見る。
モニター越しに彼女の視線に気付いたラガーシュは、無言のまま一つ、頷いてみせた。
「…我々もセレネ船団のSOSを受けてここへ急行しました。
その、暴走の経緯など気になる点は多いですが…事は一刻を争います。共に協力しましょう」
『感謝します、ラーミエル艦長。
なお、暴走機体は全て我が軍の識別コードを出しておりません。
混乱した戦場での識別は、困難なことかと思われますがお気をつけていただきたいです』
「了解しました。 我が部隊も速やかに出撃させます。御武運を…」
ミネルバとの通信が途切れると、シャーナは再びラガーシュへと告げる。
- 503 :舞踏7話 25/27:2006/01/01(日) 20:24:34
ID:???
『大佐、お聞きの通りです。 ザフト軍識別の部隊は、現在のところ味方ですので、お気をつけ下さい』
「分かってるさ…無駄弾を撃ってる余裕なんざねぇ。 心配するな」
一連の会話を、腕組みしながら静かに聞いていた男はそう答えると、傍らのコンソールに指を踊らす。
僚艦を含む艦内全域、及び艦載機全て。彼の統括する部隊『シュヴァルツヴィント』全員に対して音声通信を送る。
「いいかぁ野郎ども! これから俺たちが相手するヤツらは、間違いなく地球人類の敵だ
無力な移民船団を群れ成して襲う、文字通り血も涙も無い、ただの糞以下の機械どもだ!
一切の遠慮はいらねぇ…容赦無用で撃ち砕け スクラップも残らぬ塵に変えてしまえ!
どうやら今回の事件に噛んでるらしいザフトからも、殲滅部隊が来てるようだが気にするな
いいな? 全て俺たちでブッ潰すんだ! 地球の敵は、俺ら地球の人間の手で排除する!」
『イエッサー!』
『やっちまいましょうぜ大佐! あんなオンボロ機械どもなんて!』
それは高らかに響き渡る、士気高揚の言葉。
指揮官の声に呼応するように、そこかしこから飛んでくるクルーたちの気合の声。 雄叫び。
それはMSパイロットたちのみならず、ブリッジからも、モビルスーツデッキからも、艦の機関部からも生まれる。
『了解っす、大佐。
無人のMSなんて、ふざけたモン作ってトラブル起こしてやがるザフトの鼻を明かしてやりましょうぜ』
ラガーシュの愛機に隣接するMSから伝わってきた声は、
MS部隊長を務める青年、ヴァルアス・リグヴェート少佐のものだ。
- 504 :舞踏7話 26/27:2006/01/01(日) 20:26:06
ID:???
「おし……じゃあ出撃だ。
シュヴァルツヴィント! 全機、吶・喊ッッ!」
ラガーシュの言葉を皮切りに、次々と射出されていくMS部隊。
異様なことに、それらは全て漆黒基調のカラーリングを施されたもので。
宇宙空間の暗闇の中で、その輪郭はおぼろげなもので機体の判別がつきにくいが
もしもその全容を見ることが出来れば、特徴的な姿からすぐに判別できるだろう。
ダガーシリーズよりも鋭い、バイザー型のメインカメラ。 せり上がった肩部。 細身の体躯。
――GAT−04 ウィンダム。 それがかの機体が冠する名。
大西洋連邦を中心とし、ダガーLの後継機として開発された新型MS。シュヴァルツヴィントはそれらを主力としていた。
移民船団のいるポイントへと向けて飛び立つ群の中、
先陣を切るのはアクセント程度に真紅を差したカラーリングのウィンダム。
そこから、全部隊に対して通信が送られる。
「全機に通達。 無人機の連中は識別コードを発してない。
ザフトの識別出してる奴らは、今回は味方だ。 間違えて撃つなよ?」
旗頭を掲げるように、群の先に立つ機体を駆るのは指揮官であるラガーシュ当人だった。
彼の元へ、一機のMSが群から飛び出して近寄ってくる。
これもまた、他と同様に黒に塗装されているが…機体は全く異なるもので。
かつて、少数生産され名だたるエースパイロットたちが愛用したとされるMS、ソードカラミティ。
それを駆るのは、ラガーシュの片腕であるヴァルアス少佐だった。
自分の傍らに寄ってきたその姿を見て、男は乗り手へと語りかける。
「ヴァル、一番槍はお前に任せる。 俺はあいつのフォローに付いておく」
『了解。 …しかし、ちと過保護じゃあないすか? 大佐。
あいつだってやれば出来るヤツだと思いますがね』
「俺から見りゃ、まだまだヒヨっ子さ。 危なっかしくてしかたねぇ。
…そりゃ、才能があるのは認めるがな。それは戦場でしか磨けねぇものだ。 そして、死んだら元も子もない」
返ってきた青年の言葉に、ラガーシュはバイザーの奥で微かに苦笑っていた。
- 505 :舞踏7話 27/27:2006/01/01(日) 20:27:06
ID:???
ケルビムのMSカタパルト…出撃の手順の関係で、他の部隊よりも少し遅れて、出撃せんとする機体が一機。
そのコクピットに座る少年は、初めての宇宙での実戦に、緊張感を覚えながら発進を待ち構える。
『ストライクmk−U発進準備。 装備はストームパック』
彼の乗る機体。 それは先の大戦で活躍した、GAT−X105ストライクの後継機として開発されたMSで。
新型のストライカーパック『ストーム』の試験に用いられ、その後シュヴァルツヴィントへ渡されたものだった。
その背部に、対艦刀が固定された大型のブースターパックが装着され
同時に左手にも、ビームガトリングをマウントしたシールドが装備される。
『ストームパック装着完了。 ストライクmk−2、発進どうぞ!』
『無茶しないでね。 新兵は任務よりも、まずは生還することが大事なんだから』
「ありがとう、シャーナさん。 いってきます」
管制官のオペレートの後に伝わってきた、艦長の柔らかな声に彼は深く頷き、敬礼を返す。
そして、真っ直ぐ正面を睨み据える。 開きつつあるシャッターの彼方に見える、チラチラと輝き走る戦火を。
――あそこに。 何の罪もない、戦争の被害者たちを襲っている奴らがいる。
バイザーの奥に隠れながらも、なおその鮮やかな色彩を宿す真紅の瞳が、怒りに眇められる。
「絶対に止める…一人でも多くの人を守ってみせる!」
己の胸中に渦巻く言葉を取り出し、確かめることで鼓舞されていく彼の心。
かつての自分には――恐らく、何を守る力も無かった。
それゆえ、欠けた身体と命以外の、それまで持っていたはずの『全て』を失ってしまったのだ。
いたであろう家族も、それらを焼き付けていたであろう記憶すら、彼にはない。
――代わりに、新たにもたらされたのは悪夢。
周囲を包む炎、黒煙、爆風、瓦礫の山。 そして、その中に佇む、死の使いが如き蒼い翼のMS。
恐らく、それが全てを失った瞬間。 彼はその悪夢にいつもうなされ、怯え続けていた。
けれどやっと――自分はここまで来た。
力を得ることで、全てを奪った、理不尽な暴力の恐怖を克服するために。
そして、空っぽのまま打ち捨てられ、死にかけていた自分の命を救い。
胸の空白を埋めるモノ。人の暖かさを、居場所を、家族を与えてくれた人たちに報いるために。
仲間たちはその思いを受け止めてくれて、自分に多くの事を教えてくれた。 戦う術、守る術、そして生きる術を。
特に、養父であるラガーシュは本当に親身になって自分に接してくれた。 厳しくも優しくも。
そうやって手に入れた力を――ついに使う時が来た。
かつての自分と同じ境遇…立ち向かいようのない暴力の前に、命もろとも全てを奪われていく人々。
何よりも、そんな人々を守りたかったから…自分はここまで来た!
「シン・イゾルデ、ストライクmk−U、行きます!」
彼の声と共に、ストライクmk−Uはカタパルト上を滑走し、虚空へと身を躍らせる。
そして、絶望と恐怖が支配するフィールドへ向けて、背中のブースターを吹かし、飛び込んでいった。