233 :舞踏8話 1/31:2006/01/15(日) 18:28:59 ID:???

セレネ移民船団の集結ポイントで勃発した、『レギオン』部隊とザフト軍の交戦開始より、遡ること約一時間前――

アガメムノン級ウィルソンを旗艦とした艦隊は、月のアルザッヘル基地を発ち
護衛部隊として派遣される予定の部隊の到着を待ち、月外周の宙域で待機していた。

安全な宙域に待機している状態ということもあり、
時折思い出したように微かな電子音と、通信士の声が流れるばかりの静かなブリッジ内。
出入口に近い、後方に据え置かれたオブザーバー席に座っているのは、穏やかな雰囲気纏う茶髪の青年。
膝の上に薄型のモバイルコンピューターを乗せ、液晶画面に視線を置きながら時折キーボードを叩いている。
中央の艦長席に着いている中年男性…ウィルソンの艦長は、そんな彼を横目で見やり、密やかにため息をつく。

全くもって理解できない。
こんな、士官学校出たばかりのヒヨっ子にしか見えない若造が、自分よりも上の地位にいることが。
彼を早急に地球へと送り届けるために、自分らが動かねばならないことを。そのような命令を下してきた上層部を。
そして、突然ブリッジを訪れ、暇だからここにいてもいい?などと言って居座り、仕事をしている彼の考えが。

最近の若者はいったいどうなってるのやらと、頭を痛めていた艦長の下に、報告が訪れる。

「艦長、シュヴァルツヴィント旗艦ケルビムより入電です。
 …我、セレネ行きの移民船団からのSOSを確認。 火急の事態につき、現場へ急行する…との事です」
「む……ではこちらへ来ないというのか?」


234 :舞踏8話 2/31:2006/01/15(日) 18:29:45 ID:???

合流される予定だった護衛部隊からの電文の内容に、艦長はあからさまに不快感を面に見せる。
こちらも急ぎの『送迎』だと言うのに、待ってなどいられない。 どうするべきかと思案しはじめたが

「あの、月司令部より入電が…
 セレネ移民船団の合流予定宙域、ポイント67付近の艦隊は全て、船団の救援に向かわれたし、とのことです」
「なに…? それほど緊急のことなのか?」

続いて入ってきた司令部からの命に、唸る艦長。
当初の任務を後回しにしてでも、援軍として馳せるべきかと司令部に問おうかと考えていたのだが。

「向かってください、艦長。 民間船が襲われているんだ。僕ら軍人が守らなきゃいけないでしょ?」

それまでモバイルの画面へと落としていた視線を上げ、若き上官はそう言った。

「は……それでは、我が艦隊も向かわせていただきます。サマエル閣下」

送り届ける対象である賓客、ケイ・サマエル少将からの促しを得て、彼は救援へ向かう事を決定する。
艦長からの命を受け、にわかに慌しくなりはじめたブリッジの後方で、ケイは密やかに笑み作る。

「……全て予定通り。 頑張ってね、シュヴァルツヴィントの諸君?」

この時、この事態が訪れるのをわざわざブリッジで待ちわびていた青年は
喧騒の中、誰にも聞こえないような微かな声で呟いた。


235 :舞踏8話 3/31:2006/01/15(日) 18:30:50 ID:???

そう、全ては彼と彼の主が描いたシナリオ通りの出来事。
特殊作戦軍が誇る部隊、シュヴァルツヴィントをわざわざ宇宙に呼びつけたのは、自分の護衛として使うためではなく。
元々、『予定』されていたセレネ移民船団への襲撃に立ち会わせ、
いくつかの役目を果たしてもらうために宇宙へ来させたのだ。

一つは、撮影班として。
ザフト所属のMSたちが移民船団を攻撃している様を、克明に記録してもらうための。

一つは、処理班として。
現場に駆けつける恐れのある、ザフト軍の手に『レギオン』搭載機を渡さないために。
あれには自分が開発し、エージェントに送り届けたコンピューターウィルス『グレムリン』が常駐している。
ザフト軍によって無人機が捕縛され『グレムリン』が解析されるような事態は、あってはいけないのだ。
自分たちが望む『戦争の理由』を得るためには、仕掛けを完璧に仕舞わねばならない。

…一応、保険として『グレムリン』には証拠隠滅の出来るような行動パターンをプログラムさせてあるのだが
万が一のことを考えて、それ以外の手立てとしてシュヴァルツヴィントを派遣した。
好戦的かつ義侠心溢れる気質の彼らの思考を考えれば、必ず全てをスクラップ以下に変えることだろうから…。



モバイルの液晶パネルを伏せると、その上に組み合わせた両手を置きながら、小さく息付く青年。
ここに至るまでの経緯は時間、タイミング、運…様々な点において綱渡りのようなスケジュールだった。
しかしそれも、ほぼ予定通りに運んだ。 もう、あと一押しを加えるだけで事は済むだろう。
その顔に浮かぶのは、一仕事終えた達成感を含んだ、晴れやかな微笑み。
最初の大仕事は終わった。 そして待ちかねていた本番が幕を開ける。

それは彼が望んでやまなかったもの。
自分が憎む世界を叩き潰すための、殺戮と破壊の葬送曲。
もうすぐ仕上がるその舞台で、自分は指揮棒を振るう。

――ああ、ようやく始められる。
  僕から君を奪ったあいつらに、罰を与えよう。
  生命を脅かされる恐怖を、大切なモノを奪われる絶望を、そして、死を。
  待っててね、待っててねラクス。 君を慰めるための歌宴はこれからだよ。


236 :舞踏8話 4/31:2006/01/15(日) 18:31:48 ID:???

――そして、時は戻り。

移民船団を攻撃する『レギオン』とミネルバ、ジュール隊で構成されたザフト軍MS部隊が交戦する最中。
混乱を極める宙域に、新たな勢力が乱入してきた。

20機のウィンダムと、2機のGタイプで構成された漆黒のMS部隊。
大西洋連合軍所属の識別を掲げるそれらは、『レギオン』の防衛部隊のいない反対側の宙域から船団に接近し
移民船団を取り囲み、攻撃を続けている部隊へと強襲する。

…彼らの動きは、実に迅速、かつ統率の行き届いたもので。
どれもが無人機1機に対し3機の、小隊単位で襲いかかっていく一対多数の安全策を取っていた。
そして、際立つのは作戦だけではなく、個人個人の技量も見事なもので。
ナチュラル用OSでは考えられない反応速度で相手の動きを追い、的確な射撃で行動を阻む。

2機のウィンダムに周囲を取り付かれ、放たれるビームを回避しきれずシールドで防ぎ続けるザク。
自分を取り囲む檻を作るかのように、向けられる火線から逃れようと逃げ回るそこへ
別のウィンダムが横合いから飛びかかり、ビームサーベルをコクピットに突き立て、破壊する。
そして、その機動停止を認めると、再び3機の編隊を組み新たな敵を求めて飛び立った。


237 :舞踏8話 5/31:2006/01/15(日) 18:32:48 ID:???

『おいおいおいイザーク! なんかとんでもないお客さんが来ちまったぜぇ!!』

防衛部隊の陣を無理やり突破し、船団を攻撃する部隊のいる宙域まで移動し、
民間船へと銃を向けている無人機たちと交戦していたイザークたちの近くにも、彼らはやってくる。
宇宙の闇に紛れる黒の機械兵たちの姿を認めたディアッカは、ひどく驚いた様子で声を上げた。

『なッ、あいつら……シュヴァルツヴィントっ!!』
「どうしたんだ、二人とも。 知ってるのか?あの部隊を」

狼狽というよりは、怒りに近い響きの声を上げるイザークへと、アスランは問いかける。
突如現れた黒尽くめの部隊。 その鮮やかな手並みに興味が沸いて。

『連中とは、4ヶ月前に交戦したことがあってな…気に食わんが、侮れん連中だ』
『かんなり痛い目に合わされちまったんだよねェ、この俺たちが。
 で、気になってあとで調べてみたところ……どうも構成メンバーの大半がコーディネーターらしいんだな』
『余計なことまで言わんでいい!!
 俺たちと同じコーディネーターだというのに、連合軍に所属してるなんて…まったく、信じられん話だ!!』

返ってきた答えに聞き入りつつ、アスランは彼方に走るブースターとビームの軌跡を見ていた。
敵を捕らえこみ、翻弄しつつ確実な一撃で墜としていく見事な手際。
これだけの力量を個人のエースパイロットではなく、集団として有しているということは
コーディネーターで構成された部隊と考えれば、納得がいくものだった。

『お前ら! 俺たちも負けてられんぞ!!
 あいつらばかりにやらせてなるものか! ザフトの意地を見せてやれ!!』
『はいよっ、さすがに部外者に全部持ってかれちゃあ面目潰れるもんねぇ』

彼らの動きを見て、いきり立ったように高らかに叫ぶイザークと、追随するディアッカの声を聞きながら
自分はもうザフトじゃないんだけどなぁ、などと呟いていたアスランの耳に、通信を知らせる電子音が届く。
スクリーン端に生まれた映像ウィンドウに映るは、ミネルバ艦長であるタリアの姿。


238 :舞踏8話 6/31:2006/01/15(日) 18:34:04 ID:???

『こちらミネルバ。 ジュール隊長、大変なことになったわ。
 たった今、軍本部から命令変更が来て…一機でいいから、本体を壊すことなくレギオンを捕縛するように、と。
 そして、連合側の手に渡らないように、残りは全て完全に破壊しろとの事よ』
『なんだと!? なんだその無茶苦茶な命令は!! 本来の作戦に支障をきたすではないか!!』
『暴走事故の原因究明のためには、どうしても必要とのことよ。
 それにもし、連合の手に渡ったりでもしたら軍事機密が漏洩する上に、今回の事故について難癖付けられかねないわ』

反論するイザークを落ち着かすように彼女は理由を語るが、自身も納得出来ても同意しかねるのか表情をしかめている。
なにしろ、手強い無人機相手に手加減して、AIを搭載したコクピット部分を潰さぬように持ち帰るという
難解かつ、生命の危険を伴う任務だ。
そのような危ないミッションを、部下にさせたくないというのは、当然の思いだったろう。

「…ともかく、やるしかないだろう。
 なんとかして、上手く四肢を武装を奪えば抵抗は出来ない。そうすれば可能だ」
『うっはー、これまた随分と難易度上がったな!
 でもま、俺らでやるっきゃないよなァ、コレは』

アスランの言葉に応えたディアッカは、悲嘆するように大げさに表情を変えてたが
しかしその眼光は、決意したかのように力強いもので。 にまり、と口の端に深い笑みを刻む。
イザークの方はといえば、不満や怒りといった感情が胸を渦巻いているのか、険しい顔つきのまま口を引き縛っていたが
やがて、自分の心を押さえ、整理をつけるようにぶるぶると頭を振ると、怒りをかみ殺した低い声で呟く。

『……仕方ない。 なるべくその要求に沿うようにしよう。
 だが、先決なのは船団の安全の確保だ! 捕らえるのはあとでいい!! いくぞお前ら!!』

方針を定めた彼は、奮起するようにビームアックスを掲げ上げ、再び船団を襲う無人機たちの方へと駆け出す。
当座のところは船団を襲う部隊を一機でも多く潰し、被害を抑えてから捕獲任務に移るという彼の方針に
深い頷きで同意を示した二人もまた、彼の後を追って加速し始める。


239 :舞踏8話 7/31:2006/01/15(日) 18:35:42 ID:???

ザフト軍や連合軍から派遣された救援部隊の奮戦により、『レギオン』の数は着実に減りつつあったが。
未だに半数以上…30機を超える無人機が残存し、今もなお軍と交戦しつつも、移民船団へ向ける攻撃の手を緩めない。

しかし、防衛部隊のいない方角から襲撃した、シュヴァルツヴィントの行動により船団を囲む包囲網に綻びが生じ
数機のウィンダムたちによって、事故の起きないよう順々に先導されながら、移民船は少しずつ宙域を脱出していく。

それまで窓に張り付き、外の惨状に悲鳴を上げていた搭乗客たちの間からも、少しずつ希望の声が上がり始める中
船の傍らを、守り警戒するように寄り添って走り抜けていくまばゆい閃光が一筋。
他のMSよりもより明るく太い、ブースターの軌跡を描いて宙を駆けるのは、翼持つ漆黒のGタイプだった。

「あれはっ…他所からこっちに回ってきたのか!!」
包囲網から逃れる船めがけて、彼方より飛来する数機のMSを見止め、ストライクmk−2を駆る少年、シンは声を上げる。
他の先導係と共に、船の守備に付いていた彼は敵機の来襲を防ぐべくその場を離れ、真っ向から立ち向かっていく。
背部に装着された、従来のストライカーパック『エール』よりも推進力を強化した『ストーム』のブースターを吹かし
まさに一陣の旋風を髣髴とさせる速度で、敵との距離を詰めていく。
それは現行の機体のスペックを越える、段違いの速度で。
それだけに中のパイロットにかかる反動も、とてつもないもので。

「くぅっ……ぅ! 落ちろぉぉッッ!!」

体内の血流を乱され一所に寄せられる不快感と、暗くなる視界に苦しみ、歯を食いしばりながらも、
敵機の接近に反応し、応戦の構えを取ろうとするゲイツへと、携えた対艦刀を肩口に向け振り下ろす。
紅色に輝くビームの刃を引く長大な剣は、相手の身体を袈裟に引き裂き、二つに分かつ。
僅かな沈黙とスパークの光を残して、それが爆散したのを見届けて
シンは少し離れた場所で足を止めている無人機めがけて、再び突進する。


240 :舞踏8話 8/31:2006/01/15(日) 18:36:53 ID:???
迫るシンに対し、相手であるゲイツは距離を開けようとこちらを正面に捉えたまま後退していく。
加速して追えばすぐさま取り付けるだろうが、先ほどのブラックアウト寸前の負担が響いて、それもままならない。
頭部に感じる不快感に顔を歪めるシンは、やむなく牽制を試みる。
手にした対艦刀を逆手に返し、柄部分に内蔵されたビーム砲を構え、敵に向けて放つ。
相手の後退する先にあるデフリへ着弾させ、衝撃で一瞬動きを止めた隙に肉薄する。

「もらったぁッッ!!」

横薙ぎに、一閃。 狙い澄ました一振りは頭のすぐ下、胸部の一部を両腕ごと切断した。
切り離された上胸部と腕は間もなく爆発し、武装を完全に失った相手を見て、小さく安堵の息をつくシン。
敵を無力化出来たと思い、彼は気を緩めてしまった――だから、その先の出来事に反応しきれなかった。


胴と脚部だけで、身動き一つせずに空間を漂っていたゲイツ。
それがおもむろにバーニアを吹かせ、移動を開始し始める。
その方向は自分を破壊したストライクmk−2の方とは、全く見当違いのもので。
バーニアが暴走したのか?とシンは最初に考えたのだが……

上半身の一部を失った影響でバランスを狂わせ、迷走しながらも向かっていく先に見えたのは
部隊の仲間たちの手によって、新たに開かれた包囲網の穴から抜け出してきた、一隻の小型移民船。

そこでようやっと、シンは相手の思惑に気付き、戦慄を覚えた瞬間。
戦う術を失ったゲイツは『群』の使命を果たすべく、己が身を弾頭へと変え…!

241 :舞踏8話 9/31:2006/01/15(日) 18:38:04 ID:???

目の前で、欠けた人形が弾ける。
船へと吸い寄せられるように接近し、その外壁もろとも爆発を伴って。
ヘルメットのバイザーを突き抜け、シンの瞳に投げかけられる、一瞬の輝き。
爆発の衝撃を受けてか、ぐらりと大きく進路を揺るがせる船を目の当たりにしながら、少年は慄き震える。

「…そ、そんっ…な………ぁああああああぁぁっっ!!!」

震える口元から迸った、絶叫。
完璧にトドメを刺さなかった自分の失態に。外壁に開けられた空洞から破れていくように、崩壊していく移民船に。
惨状を目の当たりにして、脳裏に甦った悪夢の光景。 煤けた空、視界埋め尽くす瓦礫、散乱する人間の残骸に。
少年は怯えるようにガクガクと身体を震わせながら、頭を抱え込み叫ぶ。

守れなかった、またもや守れなかったと。 胸中で繰り返すコトバは、自身の心をさいなみ、追い詰める。

『なにやってやがる! シンっっ!!!』

――それは闇を裂く閃光のように、少年を包む悲観思考の檻を断ち切った怒声。
聞きなれた男の声を耳にし、シンは伏せていた顔を跳ね上げる。

それとほぼ同時に、少し離れた横手で生じる爆発。 ビームに穿たれ、砕け散るジンの姿が見える。
恐らくは先ほどの声の主…父親であり部隊長であるラガーシュが乗る、ウィンダムの攻撃によるものだろう。
小刻みに、速く荒れた息のまま、その爆発をぼうと見ていた少年へと、声は再び飛んでくる。

『落ち着け! 動転すんなこの阿呆が!!
 手前の不手際で起きた結果に泣き喚く前に、少しでもあがけ!
 目ぇ開けてしっかり見ろ! 何もまだ、終わっちゃいねえぞ!!』

粗雑な口調の叱咤が鼓膜を激しく揺さぶり、精神的なショックに朦朧としていた少年の心を現実に引き戻す。


242 :舞踏8話 10/31:2006/01/15(日) 18:39:04 ID:???

大きく見開かれた真紅の瞳に飛び込んできたのは、視界を埋め尽くす何隻もの船の外壁。
仲間たちが突破した包囲網から、次々と脱出していく移民船団の姿だった。
目の前を流れるように過ぎ行く船体。 その窓から窺える、恐怖に色失った人々の顔、悲嘆に歪む表情。

――自分の失敗に嘆き悲しんでいる間にも、悲劇的な事態は現在進行形で。
  手を休めている暇など、一瞬たりとも無いことに気付く。

『…お前一人の手で、全てを守れると思うな。
 守れなかったことを嘆くよりも先に、より多くの者を守るために一撃でも多く剣を振るえ』
「……ごめん、親父………ありがとう」

先ほどまでとは異なり、幾分和らいだ声で綴られた父親の言葉を、胸の奥に仕舞い込むように大きく息を吸ってから
シンは小さく掠れた声で、感謝の言葉を口にした。
その目の縁は微かに濡れているが、宿る眼光には少しずつながらも確実に意志が戻ってきている。

『シン、まずは複数で協力し周辺宙域を掃討、脱出する移民船団の安全を確保しろ。
 いいか? 自分の手に余ることを望むな。 出来ることをやれ』
「了解!」

そう告げると通信を切り、ラガーシュのウィンダムはストライクmk−2の側を離れ、飛び去っていく。
恐らく、他の箇所でも繰り広げられているであろう、船団の包囲を破るための戦闘に加勢しに行くのだろう。
安全な場所に留まることなく、駆け回る指揮官の後姿を少しの間見送っていたシンは
新たに他方から接近してくる無人機たちの存在に気付き、そちらへと向き直る。

ごめんなさい、ごめんなさいと―― 目の前で破壊された船にいたであろう名も知らぬ人々に深く詫びながら
一人でも多くの人を守ると―― 固い決心を胸にしながら、少年兵は再び閃光の刃を抜き放つ。


243 :舞踏8話 11/31:2006/01/15(日) 18:40:11 ID:???

ザフト軍と連合軍による二方面からの挟撃――図らずもそうなったのだが、不利かつ複雑な方向に戦局が変化したため
当初、有利かと思われた『レギオン』は戦力を半分にまで削がれ、作戦の遂行も滞り始める。
狙いである移民船団を包囲する部隊も、敵へと差し向けた迎撃部隊が次々と落とされていったため、
一部の戦力を割いて、迎撃行動へと回らざるおえない状況となっている。

当初は、船の行く手を煽ることで船同士を衝突させ、破壊させるという作戦に出ていた『レギオン』
そのような間接的な作戦を取る理由としては、残弾やエネルギーの問題があった。

…そも、遥か遠くプラント防衛圏から軌道上まで移動した彼らは
消耗を抑えるべく巡航モードで移動したものも、積載した予備バッテリーを含めてエネルギー残量は少なくなっていた。
ゆえに消耗を避け、船同士を衝突させるという消極的な方法を取っていたのだ

しかし、戦力の格差が縮まり、切迫していく戦況下。
更に、包囲が破れつつあることによって、船同士の密度は徐々に低くなっており、
今までの、船同士の衝突を誘発させる戦法はもはや通用しなくなっている。

悠長に構えていられなくなった『レギオン』は、消耗を抑えるものから、より積極的なものへと戦法を変更する。
――このままでは全滅も遠くない事態。 ならばせめて一隻でも多くの船を墜とし、道連れとせん。
それが電脳兵士が弾き出した、任務の達成度を上げるための作戦だった。

船団へと、シールド内蔵のビームクローを構えたゲイツが突撃し、ザクウォーリアもビーム突撃銃を携え接近する。
暗い宇宙空間に稲妻が如く走る閃光と、船全体を揺るがす衝撃に人々が悲鳴を上げる中
攻撃を仕掛けている無人機のすぐ目の前を、ザフト軍識別を示す緑のブレイズザクが駆け抜ける。
往き過ぎた瞬間、途絶える船団への火線。 
直後、無人機たちの手にしていた携帯火器の銃身が二つに分断され、暴発する。

武器を失う突然のアクシデントに対応できず、動作と思考を止めているそれらから少し離れた場所で
緑のブレイズザクは、手にした長大な槍斧を再び構え直す。

244 :舞踏8話 12/31:2006/01/15(日) 18:42:24 ID:???

10秒満たぬ空白を置き、再び動きを見せる『レギオン』たち。
当面の攻撃対象を移民船団から目の前のザクへと変更し、それに沿って行動を開始する。
こちらへと向かって接近してくる3機の無人機を――まるで待っていたかのように
睨み合うように動かなかったブレイズザクもまた、彼らに背を向けて加速していく。
背を見せて逃げる一機のザクを追い詰めるべく、飛行する無人機たちは徐々に船団から遠下がっていく。

『――よおっし、バッチシよアゼル!!』

ブレイズザクのコクピット内に響いた、気合篭もる少女の声。
それを皮切りに、無人機の群の横合いから飛んできた太いビームの奔流。
一撃、二撃と。 短い間を置いて放たれたオルトロスの光流に、
あるいは上半身を抉り取られ、あるいは動力部を撃ち抜かれ爆散し、2機の無人機が撃破される。
そして残された1機のゲイツは、急旋回し詰め寄ってきた追跡対象が携える
ビームハルバードの鋭い一閃によって、頭部から縦真っ二つに両断された。

「…もう、どのぐらい倒したかな?」

ふ、と小さく息をついて緊張を緩めた緑服の少年は、同僚である狙撃手
離れた場所で、壊れた戦艦の艦橋ブロックを足場にして狙撃体制を取っていた、赤いガナーザクに向かって問う。

『さぁねー。 こっちだけじゃなくて、連合側の撃破数もあるからね。正確には分かんないわ。
 デブリも増えるばかりだし、レーダーも当てにならないっぽいわよ』
「そっか。 …とりあえず、この近辺にはもういないみたい。
 次のポイントを探そう、ルナ」
『オッケー! やっぱやりやすいわ、フォワードに敵引っ張ってもらった方が。
 私のオルトロスだと、貫通弾が船団に当たりかねないからね』
「でも、僕にまで当てないでね?
 さっきの二射目、近かったからちょっと焦った」
『ちょっとちょっと〜〜! 私の射撃成績は覚えてるでしょ?
 万が一当たったとしても、装甲を軽ーくあぶるぐらいだろうから、大丈夫よ!』
「……不安だなぁ」

敵を牽制し船団から引き離す前衛と、それを追う敵を狙撃する後衛という分担する作戦を立てたアゼルとルナマリア。
それが上手くいった事に喜びを示し、軽口を言い合いながら彼らは移動を開始する。 次なる敵の姿を求めて。


245 :舞踏8話 13/31:2006/01/15(日) 18:43:42 ID:???

ザフト軍と連合軍の共同戦線を前に、ついには残すところ20機ほどまで追い詰められた『レギオン』――
更に劣勢に追い込まれた彼らは、再び命令の優先順位を変更する。

『各機へ通達!
 移民船団から寄せられた報告により、『レギオン』全機が船団への攻撃を停止したことが判明しました。
 船団の安全は確保されましたので、これより『レギオン』の掃討及び捕縛任務に就いてください!』
「…船団の心配をしなくてもいいということか。 了解した」

母艦であるミネルバから発信された、メイリンの言葉を聞いたレイはそう呟いて
眼前に立つジンを見据えながら、肩部シールドから引き抜いたビームトマホークを構える。

相手もその挙動に気付いており、対抗するように重突撃機銃の銃口をこちらへと向けてくる。
が、互いが互いの動きを警戒しているせいもあり、双方動き出せずにいる。

命無き機械とはいえ、戦力が激減している今、思考ルーチンも慎重なものと化してきているのか。
そう考えつつ攻めあぐねていたレイだったが、ふと後方にいる友軍機の存在に気付き、通信を送る。

「こちらミネルバ所属、レイ・ザ・バレルです。
 これより『レギオン』捕縛を試みますので、手を貸して頂けますか?」
『了解した! 射撃で援護すればいいな?』
「その方向でお願いします。 こちらが懐に飛び込み、敵の武装を無力化させます」

ジュール隊所属を示すゲイツRのパイロットと、短い言葉のやり取りで作戦を立てる。

ゲイツRから放たれたレールガンがジンの脇の空間を抜けると同時に
薄紫のアクセントを施した真白のザクが、両肩のブースターを最高出力まで高め、疾る。
ジンの右手側を走り、すれ違いざまに重斬刀を持つ右腕をビームトマホークで切り落とし
そのまま、自らの高機動性を生かした鋭いターン。そして再加速。
ツバメ返しを連想させる鮮やかな動作をジンの背後で行った白のザクファントムは
ジンが左手に携えるビーム突撃銃を戦斧で破壊し、その手もろとも爆発させる。



247 :舞踏8話 14/31 :2006/01/15(日) 18:46:50 ID:???

とりあえず、目に見える武装は全て破壊した。
それを確認したレイは、傍らに寄せてきたゲイツRにジンの捕獲と艦への持ち帰りを頼もうと、口を開いたその時。
武器と、扱うための両腕を失い立ち尽くしていたジンが突然、加速し迫り来る。

突然の行動に、とっさの反射で飛び退いたレイのザクファントムの横をすり抜けて
近くにいたジュール隊所属のゲイツRへと、全身をもってして体当たりした。

次の瞬間、巻き起こる大きな爆発。
シールドをかざしながら、眼焼く輝きに顔をしかめていたレイの視界に入ったのは、残骸だけが四散する空間。

「ただの爆発じゃない…これは…
『レギオン』には自爆機能が備わっているということかっ!」

少しでも反応が遅れていれば、自分がそうなっていたであろう事態に、額に汗の玉浮かべながら呻いた少年。
彼はその目でしかと見ていた。 ゲイツRへ肉薄したジンが、衝突する前に自ら爆発した光景を。
やがて、無表情がちな白面に忌まわしげな表情を浮かべる。

――捕獲任務なぞ、遂行できるはずがないのだ。 相手が自爆という手段に出れば。
その命を下した上層部は、果たして自爆機能の存在に気付いていないのか…それとも知りながら無理を言うのか。
秀麗な容貌を歪めながら、レイは小さく唸った。

レイが任務の危険性に気付いたその頃、各地でも同様の行動が続発していた。
ある者は弾を撃ち尽くし、ある者は四肢や武装を破壊され
戦闘能力を失った『レギオン』は皆一様に、近くの船やMSへと向けて特攻し、自爆する。

かくして、上層部から下された『捕獲命令』に縛られたザフト軍は、その被害を受け、更に数を失う結果となった。



248 :舞踏8話 15/31 :2006/01/15(日) 18:47:44 ID:???

レイからの報告を受け、悔しげに顔をしかめさせたタリアは、MS部隊全機へと通信を送る。

「全員に告ぐ。相手が自爆する以上、捕獲は不可能だわ。
 せめて連合軍側の手に渡らないよう、『レギオン』の完全破壊を優先するように」


…その言葉を、マユは一箇所に集結していた無人機部隊へと静かに接近しながら、聞いていた。
情けないことだが、自分の経験の浅さを考えれば非常に困難だと思っていた
捕獲命令が撤回された事に、安堵を覚えていた少女。
命令の縛りが一つ無くなったところで、さぁ目の前の部隊をどう攻めるべきかと考えていたが
ふと、その部隊が移動を開始し始めたことに気付く。
その行く先は船団からも討伐部隊からも離れた、地球方面。

「にげ…てるのかな?」

こちらに背を向ける形で離れていく無人機たちを、マユは不思議そうな顔で見やっていたが…
ぞくり、と。 悪寒にも似た緊張が背筋に走る。
戦闘宙域から離れていく6機の部隊、その行く手をピックアップし、映像の拡大率を上げていく。

「っ…船! まだ集結完了してなかったの!?」

ウィンドウの中に映る拡大映像には、地球から上がってきて間もないと思われる、数隻の移民船の姿があった。
それはパナマから打ち上げられた直後に、襲撃の報を受けたものも
一旦、マスドライバーで打ち上げられては戻ることも出来ず、宇宙に上がらざるおえなかった最後の便だった。

――あの移動していく部隊は、敵のいない位置にいるあの船たちを攻撃する気だ。
彼らの意図を読んだ少女は、ためらうことなくインパルスを加速させ、部隊の追跡を開始した。

「やらせないっ…!!」

先ほどまでの慎重さを投げ捨て、多数の敵がいる場所へと駆け寄っていく彼女は
もうこれ以上、戦争で人を死なせたくないという――使命感にも似た思いに衝き動かされていた。


249 :舞踏8話 16/31 :2006/01/15(日) 18:48:58 ID:???

接近してくるインパルスを察知してか、敵部隊のうち3機が転進し、こちらに向かってくる。
先鋒を行くジンが振りかぶってきた重斬刀を、インパルスは手にしたシールドで受け止め
そのままの状態でバックパックの大型ブースターを激しく吹かし
シールドで押しのけるような形でジンの体勢を崩させ、その胴へとビームサーベルの一撃を打ち込む。
両断したジンの爆発から身を引いたところで、背後に敵機が接近してきたことを報せるアラームが鳴り響く。

暇を与えず、断続的に襲いかかって来る相手に辟易しながら
背後から迫り来る、新たなジンへと振り向いた次の瞬間、思いもよらぬことが起きる。
相手の重斬刀とインパルスのビームサーベルが接触する寸前、
ジンは突如横合いから放たれたビームに撃たれる。

それは彼女の味方からではなく…同じくインパルスへと迫ってきていたゲイツから放たれたものだった。
胴に直撃弾を受け撃破されたジンの爆発を、至近距離で見舞われたインパルスは
反動で吹き飛ばされ、二転三転ときりきり舞いになる。

「きゃあああっっ!!!」

激しく揺さぶられるコクピットの中で、少女の悲鳴がこだまする。
パイロットスーツを着て、シートに身体を固定させているとはいえども
予期せぬその大きな衝撃は、小柄な少女の意識を失神まで陥らせる。
少し遅れて、自動的に発動した姿勢制御システムによってなんとかインパルスの回転は止まるものも
ぐったりと慣性のままに浮かぶ、無防備な体勢。

そんなインパルスへと、慈悲持たぬゲイツはコクピット部分を狙いライフルの銃口を向ける。
シートの上でぐったりと倒れこんでいるマユ。動かぬインパルス。 続く彼女の死は、目に見えていたのだが

ゲイツの背後の空間。 満天の星輝く宇宙空間が、真っ黒い人型にくりぬかれる。

ビクリ、と突然背を反らし硬直するゲイツ。
その腹部から伸びるのは、鮮やかな紅の光で作られた切っ先。
背後から突き立てられたビームの刃が、引き抜かれることなく真横に払われ、ゲイツの腹部に大きな亀裂を刻み付ける。
やがて、亀裂からへしゃげるように砕けていったゲイツの残骸の向こうに、黒いMSの姿が見えてくる。


250 :舞踏8話 17/31 :2006/01/15(日) 18:49:49 ID:???

意識を取り戻したものも、先ほどの衝撃のダメージから立ち直りきれてないのか、虚ろな様子の少女。
ぐったりとシートに身を預けている彼女の耳に、何処からかの通信の声が入ってくる。

『――…じか…っ………ザフトのパイロット……ッ』

誰を呼ぶのか。ザフト所属のパイロットなんてここには大勢いるというのに。
ぼんやりとした思考で、彼女はその言葉を他人事のように聞いていたのだが…
突然、雷光のように頭を駆け抜けた閃きに、目を見開き飛び起きる。
――そう、私はこの声を知っている…それは、もう聞くことも出来ないはずの……!

『…おい、無事なのか?! 応答してくれ!!』

見れば、眼前のモニターに映る、真っ黒いMSの姿。
まるで人が心配して、顔を覗き込むかのようにこちらを見ている。
その顔は、インパルスや強奪された新型機と酷似した、特徴的な面差しで。
マユはようやっと気付く。かのMSがインパルスを引き止めるように肩を掴んできていることに。
大方、反動で流れていくままの自分を止めてくれたのだろう……だが、そんなことよりも。
ぼんやりとしていた意識を叩き起こした、もっと重要な事柄。
それは、接触回線で呼びかけてくる相手の声が、死んだ兄とそっくりの声だということ。

「ぇ……う、うそ……その声、おにい…ちゃん?
 うそ! お兄ちゃん!? シンお兄ちゃんなのっ!!?」

最初は、信じられないとばかりに呆然と呟いていた彼女だったが
きっと兄に違いないと信じ、相手に向けての通信ボタンを押しながら、身を乗り出し大きな声を上げる。

だが、彼女の必死な声が向こうに伝わることはなかった。
新手のゲイツが姿を現し、二機めがけてビームを撃ってくる。
それにいち早く気付いた黒いMSはインパルスを後ろへ押しやり、パッとそちらへ飛びかかっていく。
離れた互いの手。 彼女が通信を開く直前に、接触通信の回線が途切れる結果となった。
もはや自分の方を顧みることもなく、携えた対艦刀をもってしてゲイツと対峙する黒いMS…
ストライクmk−2の背を凝視しながら、マユは震える口元で呟く。

「お兄ちゃん…ねえ、違うの…? なんで…なんでこんなとこに……」

少女の掠れた弱々しい声は、踊るように無人機たちと刃交える漆黒のガンダムには、もう届かない。
今にも泣き出しそうな表情のまま、動き出せずにいるマユ。 その元に、母艦からの通信が来る。

『――インパルス、至急ミネルバに帰投して下さい。
 本艦はこれより…『レギオン』を追って大気圏へ突入します!』


251 :舞踏8話 18/31 :2006/01/15(日) 18:50:40 ID:???

セレネ移民船団の合流ポイントである宙域に、姿を見せる五隻の連合軍艦艇。
月司令部からの命を受け、移民船団の救助に駆けつけた『ウィルソン』とその僚艦らだ。

60機の無人機が移民船団を襲撃したのが、この事件の始まりだったが…
現在はミネルバ、ジュール隊のザフト軍、そして地球連合軍特殊部隊シュヴァルツヴィントの迅速な行動によって
敵部隊を残すところあと5機という状況にまで押さえ込んでいた。

しかし、ここに至るまでに起きた船団の被害は甚大なものだった。
今回の移民計画で、新造月都市セレネへと移住する予定だった人間の数は約15万人。
それらを乗せた船団の、半数以上が暴走した『レギオン』によって沈められたのだ。
犠牲者は控えめに見積もっても、8万人を超えているであろうと予想されていた。

――その事件の元凶は、ザフト軍が極秘裏に開発し、実験を行っていた『レギオン』システムで。
これほど凄惨な死亡事件を起こしたプラントに、世界中の人間から激しい非難が向けられることは目に見えていた。


「……酷い状況だね」

船の残骸と人間の遺骸に溢れかえるデブリの海を目の前に、ウィルソンのブリッジクルー全員が言葉を失ってる中
後方座席に座る一人の青年が、柳眉をひそめながら悲しげに呟く。

――心中では、目の前の結果にほくそ笑みながら。

この事件を企てたのは、他でもない彼、ケイ・サマエル少将だった。
計画の立案だけではない。 直接的に工作を行ったわけではないものも
『レギオン』を狂わせ、船団を襲撃させる命令を書き込むためのプログラム『グレムリン』を製作した本人でもあった。
プラントを陥れるために立てられた、この計画の全容を知るものは彼と彼の主を含め、片手で数えるほどもいない。


252 :舞踏8話 19/31 :2006/01/15(日) 18:51:52 ID:???

作戦の結果は成功……いや、予想していた以上の数の船団を沈めていた。
これもまた、彼の望みに叶っていた。
人が死ねば死ぬほど、それに連なる家族や友人といった人々は
プラントに対して憎悪を抱き、自分たち戦争を望む者へと順風を送ってくれるのだから。

ここまで進めば、もう自分の役目は終わり。
命持たぬ功労者たちも、既に駆逐されたことだろう……

「………あれ?」

ふと、宙域の一点に視線を向けて、青年は小さく不審げな声を零す。
見れば、未だにビームの光が飛び交っている場所がある。 交戦はまだ、続いていたのだ。

悲しみにひそめられていた表情は、そのまま微かな憤りを含んだものへと変わる。
せっかく、シュヴァルツヴィントを呼びつけてまで後処理の準備をしていたというのに、暴走機体はまだ残っていた。
彼らの怠慢か、あるいは『レギオン』のスペックがこちらの予想を上回っていたのか。
ゆるりと余裕に構えていたケイの心中に、僅かな焦りが生まれる。

あれらには、任務を終えたら早々に消えてもらわねばならないのだ。 万が一、回収されては全てが水泡に帰すのだから。
もしも、自分が仕掛けたウィルスプログラムの存在を気付かれたら、求めていた完璧な戦争理由を得ることが出来ない…。

仕方ない、と。 小さくため息をついた彼は、膝の上に置いていたモバイルを開き、操作し始める。
タタン、トタタンと、素早くもピアノを奏じるような優雅さで、キーボードの上で両手の指を躍らせる。
締めくくるように、大仰にキーの一つを強く叩く。

それと共に、周辺で騒がしくやり取りが行われている国際共通の救難用通信チャンネルに一瞬、耳障りな高音が紛れ込んだ。
周囲の人間は全て、救援活動や無人機への攻撃に集中していたため気付かなかったであろうそれ。
例え気付いたとしても、ただのノイズにしか認識されないだろうが…それはケイの下した『命令』だった。

彼の生み出したノイズは『レギオン』たちに伝わり、暗号として解読される。
…いや、正確にはそれを乗っ取る『グレムリン』へと。
その音は『グレムリン』への命令コード。 それを認識した『グレムリン』は命令内容を指定通りに書き換える。


253 :舞踏8話 20/31 :2006/01/15(日) 18:53:04 ID:???

僅かばかりの間を置いて。 討伐部隊に抵抗していた無人部隊は突如戦闘を中止し、逃走を開始し始めた。
その唐突な動きに、交戦していた部隊の反応は遅れ、追跡を開始するまでにかなりの距離を開かれる。
今まで襲っていた移民船団に背を向け、彼らが向かう先に見えるは、虚空に浮かぶ蒼い惑星。

――『レギオン』が地球に向かっている、との報告を受けたザフト軍上層部は、騒然としていた。
『レギオン』搭載機の回収または全てを破壊することによる隠蔽が、彼らの目的だったのだが
地球に逃げ込むような素振りの無人機たちを見て、慌てふためく。

逃走中の無人MS、5機のうち4機は型遅れの機体で、大気圏突入にはまず耐えられないのだが
残り1機は、スペック上では大気圏突入が可能なザクウォーリアだった。
これが問題だった。 もし、突入し燃え尽きなければ『レギオン』を連合側に回収される恐れがある。

これまで撃破された部隊はよかった。 
破損しても動く危険性のある無人機を、最初に駆けつけた連合部隊は念入りに破壊していたから。
しかし、『レギオン』がもしも地球に逃げ込んだりでもしたら…
自分の庭先に落ちてきたそれを、連合がみすみす見逃すとは到底思えなかった。

あれを連合側に回収されるわけにはいかない。そして、原因究明のために、こちら側は一機でも回収しなければならない。
緊迫した状況下で、話し合いが行われる。 いかなる方法なら、この任務を遂行できるか。
その末、出された一つの案――それが可能な戦艦は、ここに集まっている中にただ一隻。
意見がまとまったところで、艦隊司令が通信オペレーターへと告げる。

「ミネルバに通達!
 これより、地球へ逃走する『レギオン』を追って大気圏突入し、回収任務に当たるようにと!」


254 :舞踏8話 21/31 :2006/01/15(日) 18:54:01 ID:???

「…突然すぎます! 何の準備もなしに、我々にあれを追いかけろだなんて…」
『貴艦しかおらんのだよ。この宙域で、大気圏突入が可能な戦艦は。
 我らザフトの命運と沽券が関わる、非常に重大な特務だ。 やり遂げてみせろ』

ミネルバ艦長、タリアの反論も全く聞き入れず、艦隊司令は一方的に任務を伝え、回線を閉ざす。
困惑と苛立ちの表情を浮かべたまま立ち尽くしていた彼女は、深いため息と共に身を投げ出すように席に着く。

「何を考えてるのかしら…この艦には国賓を乗せているというのに!」
「艦長、私のことは気にしないでくれ。 ザフトとしてはあれをどうしても回収したいのだろう?
 この惨劇の原因を究明するためには、必要だということは理解している。気にせず、任務に赴いてくれ」

不機嫌さを隠せない様子で、固く眼閉じている艦長へと、後ろの席に座るカガリは労わるように声をかける。

「…ありがとうございます、代表」

彼女の配慮ある言葉を前に、心労露わにした表情のまま、タリアは微かに笑みを浮かべながら頭を下げる。
その言葉を受けた相手もまた、活気のない笑顔を見せながら口を開いた。

「このような事態になって、無力な上に足手纏いになるのは嫌だからな…」


255 :舞踏8話 22/31 :2006/01/15(日) 18:54:49 ID:???

追撃の特務を受けたミネルバ隊は、タリアの指示の元、戦線を離脱し地球方面へと向かう。
前線で戦うMS部隊については、道すがら収容していく算段を立て、その旨をMS各機へと伝える。
クルーに対する指示を終えたタリア。 彼女の元に、困惑した表情の添えられたメイリンからの報告が届く。

「あの…艦長、艦隊司令より通達です。
 インパルスは大気圏突入の際、ミネルバ後部甲板に待機せよ、と……
 降下終了後、迅速に『レギオン』搭載機の回収を行わせるためとの事ですが…」
「ええっ?! そんな無茶な!!
 いくらインパルスのスペックでも、パイロットの負担は大きいですよ!!」

言いづらそうに歯切れ悪く伝えられた言葉に、真っ先に声を上げたのは副長のアーサー。大仰な驚きの形相と共に。
続くようにカガリもまた、席を立ちながら抗議を口にする。

「無理だ艦長! あんな子どもに、そのような危険な任務をやらせるなどっ…!!」
「仕方ありません代表! これは命令なのです」

遮るようにピシャリと発されたタリアの声。 カガリは怯むことなく、更に反論しようと口を開きかけたが
正面モニターを睨みすえるその険しい横顔、食いしばられた口元。
艦長席の肘置きの上で、色失くすほど固く固く握られた拳に気付き、ハッとする。
彼女もまた、命令と己の良心の狭間で、悩み苦しんでいるのだ。

「それに…お忘れにならないでください。 彼女、マユ・アスカは幼くもザフトレッドなのです。
 赤服を纏う者は、兵士たちの先頭となり、彼らを守りながら誰よりも戦う義務があります。
 どうか、信じてあげてください…少女ではなく、一人の戦士として」
「……分かった。 
 すまない、タリア艦長。 外部の者が口出しするような問題ではなかったな」

腹の底から搾り出されたような、悲痛さ秘めた低い声を聞きながら、
カガリはうな垂れ、自らの軽率な考えと発言を恥じていた。
無言のまま、タリアは会釈のみで彼女の言葉に応えてから、メイリンへと再び指示の伝達を始める。


256 :舞踏8話 23/31 :2006/01/15(日) 18:55:37 ID:???

『ミネルバ所属MS各機に通達。
 これよりミネルバは、地球方面へと逃走する暴走部隊を追跡する任に就きます。
 地球降下を行う可能性が高いので、MS部隊はただちに帰艦してください…――』

少女オペレーターの告げる連絡事項を耳にしたアスランは、足を止めて後ろのミネルバの方へと振り向く。
徐々に大きくなっていく艦影に、他所で船の誘導作業に参加していたレイたちのザクが寄り添っている姿を見る。
これから自分が追おうとしていた部隊を追って、ミネルバは征くのだろうとアスランは推測した。
彼と同じく、逃走した部隊を追っていたイザークとディアッカもまた、足を止める。

『イザーク、戻ろうぜ。
 さすがに俺らじゃもう追えない。 一緒に大気圏突入して、蒸し焼きになるわけにはいかないぜ?』
『っ… いちいち言わんでも分かっている!
 悔しいが、ここから先はお前たちに任せるしかないな、アスラン』
『っちゅーわけで、俺らはここまでっ。
 じゃあな、アスラン! 今度プラントに来ることがあったら、俺たちに連絡しろよー?』
『…ディアッカの言うとおりだ。 貴様には言うべきことが山ほどあるからな。
 それに、プラントに来たのだったら一度ぐらい隊の皆のところへ挨拶に来んか! この無礼者が!!』

随伴していた青と緑のザクは、喧しく言い立てながら反転し、船団のいる宙域へと引き返し始める。
そんな、かつての同僚二人を見送りながら、アスランはどこか懐かしむように目を細めながら、微かに笑む。

「ああ、分かった。 今度は必ず連絡する。
 挨拶にも、必ず行くよ……二人とも、元気でな」 

そう伝えてから通信を切り、彼もまたミネルバに収容されるためにそちらへ向かい進みだす。


257 :舞踏8話 24/31 :2006/01/15(日) 18:56:36 ID:???
「……うん?」

救援活動で騒々しいウィルソンの艦橋で、退屈そうにそれらを眺めていたケイは、ふと怪訝そうに首を傾げる。
シートに据え置かれたコンソールを操作し、傍に設置された小型モニターに、外部の映像を映し出す。
即席デブリの海にひしめく、救助活動中の戦艦の群から離れ、ただ一隻地球へと向かう船の姿をピックアップし
拡大映像でその詳細な姿を確認した彼は、口元に手を当てながらふむと息を漏らした。

「あの艦…確か、ミネルバとかいったかな」

周囲の者に聞き取られないほどの小声で独り言つ、ケイの脳裏に浮かんだのは
アーモリーワンでの『グレムリン』の受け渡し、そして新型機強奪作戦の際に追跡してきたザフト艦の姿と名前。
よくも縁があるものだ、と思いながらその艦影を眺めていた。
…そして、微かに眉寄せる。

艦の後部甲板に、ただ一機身を屈めながら待機しているトリコロールカラーの『G』の姿に。
不自然な位置で待機しているそれを見ながら、しばし表情を真剣なものに改めながら考え込むケイ。

――もしかして、甲板で待機させたまま地球に降下して、無人機を回収するつもりか。

早々に浮かんだ仮説を裏付けたのは、自らの経験。
かつて、あれによく似た機体で自分も単独大気圏突入を成功させたことを思い出しながら、彼は目を細めた。

「……頑張るね。 それじゃあ、これはどう?」

地球のすぐそばまで接近しつつあるミネルバに対し、にこりと微笑を向けながら
ケイは再びモバイルの上に指を踊らせ、命令の合図を奏でた。

258 :舞踏8話 25/31 :2006/01/15(日) 18:57:21 ID:???

その頃、大気圏間際でミネルバと合流し、着艦するべくハッチのそばに近づいたアスランは
ふと、ミネルバの後部甲板で片膝ついてうずくまるインパルスの姿に気付く。
もうすぐ大気圏突入するというのに、なぜ船の中に入らないのか。 疑問に思い、管制官へと問う。

「なぜ、インパルスを収容しないんだ。 今から突入するのだろう?」
『あ…その、インパルスは地球降下終了後、大気圏突入の影響で稼動停止すると予想される『レギオン』搭載機の
 回収及び破壊作業を行う予定で…迅速に動けるよう、後部甲板で待機中なんです…」
「なっ……!」

オペレーターの少女自身も納得が行かないのか、力なく説明した内容に、アスランは絶句する。
あのような子どもに危険な任務をさせるというのなら、いっそ自分が代わろうかと考え、口を開こうとしたその時。
コクピット内に響いた、敵機の接近を知らせる警告のアラーム音。
弾かれたように顔を上げ、周囲を見回した彼の視界に入ったのは、こちらへ向けて接近しつつある追跡対象らの姿だった。

逃走する無人機部隊の行動に生じた、突然の変化。
ミネルバから逃れるように地球へと落ちていきながらも、相手に距離を詰められつつあった彼らは
突如、進路を反転させ、最大加速でミネルバへと接近し始めた。
既に重力の腕に捉えられ、勢いのまま降下していたミネルバと、急上昇しだした無人機たちとの距離は一気に縮まる。
逃れていた相手が、急にこちらへと接近してきた。 その行動を、今までの彼らの行動と照らし合わせれば…見えてくる。

――彼らの目的は、ミネルバへの特攻。

その予想にすぐさま辿り着いたアスランは、入ろうとしていた艦のハッチから離れる。
今は艦内に入る余裕などない。 むしろ、一人残っているインパルスを援護するべく、ここに残らなければと。
後部にマウントしていた突撃銃を手にしながら、背後を振り返り見た彼の目に
甲板からふわりと離れ、ブースターの光を尾のように引きながら前方へと疾るインパルスの姿が映った。


259 :舞踏8話 26/31 :2006/01/15(日) 18:58:25 ID:???

「止めないで! マユが!マユが危ない!!」
「無理だアゼル! 大気圏に入っている、もう出撃不可能だ!!」

ミネルバのモビルスーツデッキ内で響く、少年の叫びと彼を抑える者の声。
赤い髪を振り乱しながら暴れ、愛機に乗り込もうとしているアゼルを、レイが押さえ込んでいる。

放送で報じられた外の状況を聞いた瞬間、それまで心配そうな表情を見せながらも大人しく待機していた少年は
マユを助けに行く、と言い張りながら出撃しようとしたのだ。

そばにいたレイがなんとか捕まえているものも、彼自身もそうしたいのか…悔しげに顔を歪めている。

「……行かせてよ…マユに…大切な家族に何かあったら…っ」

がくりと膝から崩れ落ちた少年は、力無く俯きながら肩震わせ、うわ言のように呟く。
無力を痛感した絶望からか、うずくまり動かない彼のそばで、レイもまた同じ思いから、舌打ちしながら壁を殴った。

その様子を遠巻きから黙って見つめていたルナマリアも、モビルスーツデッキに集うクルーたちも
為す術ないまま、深刻な表情でただ幼い少女の無事を祈ることしか出来なかった。



260 :舞踏8話 27/31 :2006/01/15(日) 18:59:23 ID:???

急に反転し、こちらへ向けて接近してくる無人機たちに気付いたマユは、
取り付いていたミネルバの甲板から離れ、そちらへ向かい飛び立つ。
彼女もまた、その狙いにすぐさま気がついたのだ。
この期に及んで接近してくるということは――ミネルバに攻撃を仕掛けるつもりだと。

「やらせないっ!!」

手にしたビームライフルから光条を立て続けに放ちながら、少女は気合の声を上げる。
インパルスの接近を察知した『レギオン』たちは、先ほどまでの密集陣形から散開し、
それぞれ、別々の方向からミネルバを攻撃すべく、襲いかかる。

こちらを無視し、脇を通り過ぎようとしたゲイツへ向けて、マユはライフルの照準を合わせる。
が、次の瞬間。 インパルスを襲う、激しい衝撃。

ゲイツと同じように素通りしかけたジンが、突然インパルスに向けて突進し、
ショルダーアタックで体勢を崩させると、後ろから羽交い絞めにしてきたのだ。

「えっ!? このっ、何するのよぉ!!」

驚きの声を上げながら、彼女はジンを振りほどこうと腕や足を動かし続けるが、どうにも相手は強情で。
真後ろに張り付く相手に、ライフルなぞ使えるはずもなく。

なんとか腕を腰まで近づけ、収納されている対装甲ナイフを手にしようと試みる中
正面でパッと閃いた光に、顔を上げたマユの目に飛び込んできたのは、花咲くように生まれた爆発。
ミネルバの対空砲火による迎撃をかいくぐった無人機の一機が、船体に取り付き自爆した輝きだった。


261 :舞踏8話 28/31 :2006/01/15(日) 19:00:52 ID:???

母艦を襲った爆発を見て、あっと悲鳴を上げる少女の元にも、危機は近づく。
ジンに動きを抑えこまれたままのインパルスの前に現れた、長大な砲を手にした緑の機影。

ガナーザクの構えるオルトロスの銃口が、真っ直ぐ自分を捉えていることに気付き、彼女は戦慄した。

ジンの目的は、はなからこれだったのだろう。
実弾装備しか持たず、装備も随分型遅れなジンでは
インパルスを撃破することは出来ないし、ミネルバへの攻撃も特攻以外に大したダメージを与えられない。

だから、こうやってインパルスを捕らえて自由を奪い、他の機体に自機ごと撃たせる。
それがジンの目的であり、『レギオン』が下した最も効率よい戦闘手段だった。

移動し避けることも、盾を構えることもままならない。 オルトロスが発射されるのも、ほんの数秒のうち。
もう、何も手立てがない――もたらされるであろう死を恐れながらも、絶望し観念したマユが目を閉じたその時
ミネルバの艦首部分から身を乗り出した、一機のザクが突撃銃でオルトロスごと右腕部を撃ち、爆破した。

『――何をしてるっ! 動け、マユ・アスカ!!』

恐怖に凍り付いた思考を張り飛ばしたのは、ザクを駆る青髪の青年の声。
呼び声に正気を取り戻したマユは、やっとのことで握り締めたナイフの刃を、ジンの腕関節へと突き立てる。
緩まる拘束――すかさず相手を振り払い、飛び退いたインパルスは振り向きざまにライフルでジンを撃ち、撃破する。
その間に、今度はビームトマホークで襲いかかろうとしていたザクは
アスランの狙い澄ましたビームによって、残る四肢を撃ち抜かれ奪われていた。

262 :舞踏8話 29/31 :2006/01/15(日) 19:01:50 ID:???

『大丈夫か?』
「はい…。 助かりました、アスランさん」

既に、残る『レギオン』は全て彼の手によって倒されていたようだ。
脅威が全て排除された宙域で、彼女はふっと安堵の息を漏らす。

『いつまでもそこにいては、新型機とはいえ辛いだろう。
 早くミネルバの上に来るんだ』

確かに彼の言葉通り、とうに大気圏に突入したインパルスのコクピット内は、急激に室温が上がり始めている。
大気圏突入体勢をとっていれば緩やかなものだったろうが、戦闘行為を行っていたのだ。 無理もない。
アスランの呼びかけにはい、と応じながら自分の背後で降下体勢に入っているミネルバへ向かい、身を翻す。
ミネルバを遮蔽物代わりにすれば、あとは安全に大気圏突入できるだろう。マユはそう思い、安心していた。

しかし、道中で彼女は気付く。
四肢を奪われ、眼の輝きを失った機動停止状態で落下しつつある、胴体のみのザクに。
先ほどミネルバへ特攻を仕掛けた4機は撃破され、大気層で粉微塵に砕かれ燃え尽きている。
残るはこの一機の胴体部分のみ。 しかも、突入シークエンスも取らないままだと、大破する恐れがあった。

「あれ、回収しなきゃ」

上層部から下された特命を思い出したマユは、ミネルバに向かう進路を変更し、そばに浮かぶザクへと接近した。
――この時マユは、完全に警戒心を失っていた。

指揮官に指示を仰ぐことなく、回収行動を行おうとしていた。 その判断が、不覚を取った。
伸ばされたインパルスの手が、ザクの肩を掴んだ瞬間
カメラ部分にらんらんと輝く赤い一つ眼が灯り、キュンと動いてインパルスを見た。
してやったり、と言わんばかりの悪意を錯覚させる、その視線。

ビクリと身を強張らせたマユが、危険に気付いた瞬間にはすでに遅く
――胴だけとなった、だるま姿のザクは自らの自爆装置を作動させ、爆散した。


263 :舞踏8話 30/31 :2006/01/15(日) 19:03:04 ID:???

少女がこちらに来るのを待ちながら、ミネルバの上から眼下を見下ろしていたアスランは、叫び声を上げる。
インパルスがこちらに向かう途中、思い立ったように進路を変え、ザクの胴体へと近づくのに気付き
念のため警戒しろと、呼びかけようとした矢先に生まれた爆発。

巻き込まれた白いMSの体躯に、目立った損傷はないものも
衝撃を受けた機体は、放り投げられたブーメランのように回転しながら大きく横に吹っ飛んだ。

「っ!? マユ・アスカっ!!」

下から吹き上げる大気の波にきりもみされながら、自分らの針路上から大きく離れていくインパルスへ向けて
アスランは精一杯の大声で呼びかけたものも、向こうからの返事が返ってこない。
爆発の衝撃で気を失っているか、怪我を負ったか、あるいは――!

そう思った瞬間、ミネルバの外壁を蹴り、迷うことなく飛び出したアスランのザク。
遥か眼下の地球から伸ばされる重力の手を振り払いながら、行く手を阻む空気の壁をかきわけながら
機体全体を襲う、激しい揺れと熱気に歯を食いしばりつつ、アスランは必死に走り、手を伸ばす。
力なく手足を投げ出したまま、母なる星へと墜ちていくインパルスに向けて。

途方もなく長く感じる十数秒のうちに、なんとかその片足を掴んだアスランのザクは
反転し、空気との摩擦により生じたプラズマによって真っ赤に輝きはじめたミネルバへと向かう――。



264 :舞踏8話 31/31 :2006/01/15(日) 19:04:06 ID:???

――これで証拠隠滅完了。 計画は大成功だ。

最後に残っていた『隊長』機が自爆し、全てのレギオンが消え去ったのを見届けたケイは、心中で呟く。
彼らに全ての命令を送っていたノート型モバイルを閉じ、小脇に抱えると席を立つ。

つい先ほど、自分の乗るシャトルの発進準備が出来たと副官が報告に来たばかりだ。
今回の仕事は完遂したが、すぐに次が待っている。

多忙な自分の身をふと思った青年は、困ったような苦笑いで小さく息を付き
そして、見やる。 赤く染まりながら、青い星に下りていく一隻のザフト艦を。

「…無事だったら、また何処かの戦場で会えるかもね。
 さようなら、戦の女神。 そして白いガンダム」

辺りの者に聞こえないほど小さく紡いだ別れの言葉の後、彼はブリッジを後にした。