- 203 :1/5:2005/12/25(日) 23:30:45 ID:???
- その日、戦闘を終えて帰艦したマユは、疲れにふらつく足どりのまま真っ先に自室へと歩いていた。
ずるずる、ずるずると、疲労を足枷にしたような歩みでようやっと部屋までたどり着いた彼女は
シャワーを浴びることもなく、汗で蒸れた制服を脱ぐこともなく、とさっとベッドの上に倒れこんだ。
歩いていた時から半ば伏せられていた目が、間もなく完全に閉じられ、マユの意識はまどろみに沈みゆく。
その先で、彼女は会ったのだ。
舞踏閑話 ― 少女たちのお茶会。―
「ん……あれ? ここどこ?」
ふと目を開くと、マユは真っ白い場所にいた。
壁のない、だだっ広い空間。 夕暮れ時の雲のように、微かに桃色の差す空。
裸足の足裏に、ふかふかとした頼りない感覚を与えているのは、下一面を埋め尽くす雲だった。
気付けば、全く見覚えのない場所にいるうえに、しかもなぜか着ている物は愛用してるパジャマだったり。
うー?と不思議そうな表情で首を傾けるマユ。 兎にも角にも、じっとしてても何も始まらない、と歩きだした。
現実離れしていて、まるで童話の中のように綺麗な場所なのだけど。
なんだか、見渡してもとりわけ目に留まるものがない、のっぺりとした空間に辟易する。
はふ、とつまらなさそうなため息をついたマユ。
その足先が、なにかぐにゃっとした物を踏んだ。
「うひゃ?!」
女の子らしかぬヘンな悲鳴を上げ、驚き足元を見ると
水色の、丈の短いプリーツワンピースを着た金髪の少女が、地面に丸まって眠りこんでいた。
「あれ…ステラぁ?」
彼女に見覚えのあったマユは驚きの表情でしゃがみ込み、ふにふにと彼女のほっぺをつつく。
うぅん、と小さく声を上げてゆっくりと菫色の眼を開いたステラは、ぼーっとしていて
たっぷり三十秒以上の間を置いてから、傍らに座るマユの顔へと視線を移した。
「……マユー…」
寝ぼけた声で自分の名前を呼んだ彼女へと、マユはにっこりと笑い、おはよーと言った。
- 204 :2/5:2005/12/25(日) 23:31:37 ID:???
- 「けどさステラ。 なんであんなとこで寝てたの?」
「わかんない…」
目を覚ましたステラと一緒に、マユはてくてくと歩いていく。 行く当てもなく、てきとーに。
「でも、また会えてよかった! ステラともっと、色々お話したかったんだー」
「うん。 ステラもマユと会えて嬉しい」
何処に行くのかも分からないけど、こうやって話しながらぶらぶら歩くのもいいかも。
…そういえば士官学校に入学し、ザフトに入隊して以来こんな風に過ごす時間はあまりなかったかもしれない。
そんな思いをめぐらせていたマユの耳に、元気な声が飛び込んできた。
「あら、マユじゃない!」
「ほんとだー! ねぇ、こっちおいでよ!」
これまた覚えのある二人分の声に、少女は驚き、口を開けた。
その視線の向こう。 無造作に置かれた白いティーテーブルに着いていたのはルナマリアとメイリンだった。
「お姉ちゃんたちもここにいたんだね」
「うん、なんでか知らないけどね。 気がついたらこのテーブルに座ってたというわけよ」
「ホント、ヘンなとこだよねーここ。 夢の中か、天国みたい!」
マユの言葉に、それぞれ答えるホーク姉妹。
ちなみに、彼女たちの格好もなぜか寝間着。
ルナマリアはシンプルな無地のパジャマ姿だったり、メイリンは丈の長いネグリジェだったり。
そんな二人の言葉を聞きながら、マユは考えていた。 もしかしてこれは、メイリンの言うとおり夢なんじゃないのかなと。
けれど同時に、そんな事はどうでもいいのでは、とも思っていた。
「ねぇねぇ。あなた、マユの友達?」
「うん…名前、ステラ」
「ステラかぁ。 私はルナマリア。 マユの姉貴分ってとこかな」
「あたしはメイリン! 同じくマユのお姉ちゃんだよー」
いつの間にやら言葉を交わし、仲良さそうな雰囲気になっているステラとルナマリアたちを見てると、そう感じるのだ。
「ま、とりあえず。立ってないで二人もここ座りなさいよ」
ルナマリアがコツコツと指先で叩き示した席に、彼女らも着席することにする。
- 205 :3/5:2005/12/25(日) 23:33:17 ID:???
- 「でもさぁ…ここどこだろ? 分かんない場所でこんなにくつろぐってのもどうかなぁ、って思うんだけど」
「んむ? いいんじゃない、居心地は良いんだしさ。
それに、そんなこと言ってたらマユ、あなた旅行できないわよー?」
マユの呟きを聞き、頬張っていた苺のミルフィーユをミルクティーで飲み下し、そう言ったのはルナマリア。
「うん。 ここ、ふわふわしてるしキレイなとこ。 ステラは怖くないと思う」
同調示し、頷くステラ。紅茶のシフォンケーキに生クリームをたっぷりつけて口へ運び、幸せそうに顔をほころばせる。
「まーまー、マユものんびりしちゃえばいいんだよ♪」
白磁のティーポットを傾け、紅茶を淹れながらメイリンはマユへと笑いかける。
「ほらほらマユも食べよ! ここのお菓子なんでもおいしいんだから!」
「えっと、それはいいんだけど…それどこから出してるの?!」
ソーサーごと紅茶のカップを押しやりながら、色とりどりの焼き菓子が乗った皿を置く彼女へと、マユはつっこむ。
なにせ、このテーブルの上にある茶菓子は全部、メイリンがどこからともなく取り出してきたものだったから。
「どこって…ほら、テーブルがあることだし、お茶とお菓子でもあるといいなぁ…って思ったら出てきたのよ。
欲しいのを頭の中で思い描いたら……ほら!出てくるし♪」
そう言いながら、テーブルの下に入れていた手を引き抜くと、
その手に乗っているのは、アツアツのアップルパイにアイスクリームが添えられた皿だった。
「そんなむちゃくちゃなぁ……ああでもこれって乙女の夢の体現かも」
奇妙な状況に呆れはするが、それでも周囲に漂う甘く香ばしい芳香と、目の前に並ぶ幸せそうな表情にはかなわなくて。
結局、マユもお菓子の誘惑に負け、焼きたてのショートブレッドへと手を伸ばしていた。
- 206 :4/5:2005/12/25(日) 23:35:40 ID:???
- 「あー食べた食べた! 一週間分ぐらいは食べた気分ー♪」
もうギブアップ、と言わんばかりにぐたーりと身を反らし、椅子の背もたれに寄りかかる少女たち。
すっかり満足したその様子を見て、透明な給仕が片付けをしていくかのように
テーブルの上に広げられていた菓子や食器類が、次々と姿を消していく。
最初は不審がっていたマユも、食べ始めたら止まらなくなったらしく、満たされた腹を撫でながらふにゃりと幸せ顔。
「ねね、とりあえず小休止してさ。一時間後に再開といかない?」
「えーっ!お姉ちゃんまだ食べるの!?絶対太るよー…ってかいいかげん太ってよぉ!」
「へ? な、なによそれ! 太ってってどういうことよ??」
「…これ以上甘いモノを食べるとなると、ちょっと味覚を変えるためにしょっぱいの欲しいなぁ…。
あ、ステラ、お菓子沢山食べた? 満足できた?」
「うん、すごくおなかいっぱいー。 ステラね、こんなにおいしいの、こんなに食べたことなかった」
キャイキャイとかしましく、テーブル囲んで明るい声を上げている娘四人。
しかし、まだ甘いものへの欲望は尽きることないのか、次に向けての準備の算段をしている中、
コロンと音を立てて、いずこからかテーブルの上に降ってきた、ピンク色のまん丸い物体。
『ハロ!ハロ! テヤンディ!朝ディ!! 起キンカィ!!起キンカィ!!』
奇妙なボール型のロボットが、愛嬌のある声でたいそう口の悪い物言いをしたのを、聞いた途端。
がばっ。
「…………あれ?」
布団を跳ね上げ、飛び起きたマユの前には白いテーブルもピンクのまん丸も、友達もいなくて。
しばし首を捻った後、今までの夢のような出来事が、本当に夢だったと気付いたのだ。
- 207 :5/5:2005/12/25(日) 23:36:40 ID:???
- ……けれど彼女は、その結論を何度か疑う。
「あれ、ルナ姉ちゃんもうごちそうさま?
Aランチの後は『自家製プリンのおまかせアイスクリーム添え』を食べるんじゃなかったっけ?」
「うーん…いやさぁ? なーんか満足しちゃってんのよ。なんでか知らないけど」
「私もなんだよねー。なんていうか、生クリーム分が十分補充されてます! って感じなのー」
娘三人で昼食を共にしているとき、出てきた話題。 それがどうにも、自分の夢と合致していて。
マユは不思議に思いながらもそれを口に出さず、ランチの付け合せのレタスをもしゃもしゃと含んだ。
そして、彼女は知るよしもないのだが、同じことはもう一人の参加者にも起きていて。
「あれー…デザートは?」
「ランチにゼリーがついてたじゃないか、ステラ」
「ううん、違うの……もっとふわふわしてて、とろーっとしてて、甘いの。
『しふぉんけーき』とか『みるくれーぷ』とか…そういうの」
「へ? なんだそりゃあ。 お前どこでそんなの食べたんだ?」
「…………どこかなぁ。 覚えてない…」
少年二人と共に昼食を取っていたステラは、なにか物足りなそうに呟きながら、しょんぼりとうつむくのだった。