- 488 :I and I and I(1/7):2006/03/22(水)
03:23:53 ID:???
- 音が聞こえる…
荒い息遣い、靴の音、地面を蹴る音……
それに、爆発の音。
空にはモビルスーツが飛んで、撃ち合い、戦っている。
走っていたのはわたしと、他に三人。
ずっと走り続けで、わたしは息切れを起こし、立ち止まってしまった。
「マユ!頑張って!!」
わたしの目の前にいる誰かが、誰かを呼んだ。
また走りだす。
しばらく走っていると、肩かけ鞄から携帯電話が落ちた。
そして、山の斜面を転がっていく。
「あぁ!マユの携帯!」
わたしが誰かの名前を口にする。
マユ……
それは誰の名前?
「そんなのいいから!!」
「いやー!」
わたしは駄々をこね、その場で立ち往生。
すると、後ろにいたフードを被った人が、見かねて斜面を駆け下りていった。
だが次の瞬間、わたしの体は言いようのない衝撃に全身を包まれる。
わたしは、モビルスーツの放ったビームの爆風に、吹き飛ばされたのだ。
立ち込む砂煙。そして、周りを染める血。
- 489 :I and I and I(2/7):2006/03/22(水)
03:26:57 ID:???
- ゆっくりと瞼を閉じると共に、わたしは意識を手放した。
〜I and I and I〜 第一話「サヨナラ、コンニチハ」
瞼を開くと、天井が映る。
何処なのかはわからない。
身を起こそうとした途端、ワタシはある異変に気付いた。
右腕の感覚が一切無い。
ワタシは左腕を使い体を起こし、右腕のあるはずの場所に目をやる。
だが、やはり右腕は無かった。
「あ!あんまり動かない方がいいよ」
丁度、部屋に誰かが入ってくる。
「ちょっと待っててね。人を呼んでくるから」
ワタシを横にさせると、そう言ってその人は行ってしまった。
静かな波の音が聞こえる。
ワタシはどうしてここにいるのだろう。
そんなことを考えていると、さっきの人が誰かを連れて現れた。
「ありがとうカズイ君。貴方は代えの包帯を持ってきて」
「わかりました」
カズイ。そう呼ばれた人は、ワタシをチラッと横目で見ると部屋を出ていく。
「やっと目が覚めたわね。私はカリダ・ヤマト。あなた、お名前は?」
残った方の人は笑って、そう問いかけてきた。
- 490 :I and I and I(3/7):2006/03/22(水)
03:29:41 ID:???
- 「……」
ワタシは名乗ろうと、自分の名前を思い出す。
けど、思い出したい答えは、いくら探しても見付からなかった。
しばらく考えても何も出てこない。
「……さぁ?」
「さぁ…って、どういうことかしら?」
「ワタシ、自分の名前を知らないんです。というか、自分のことは何も」
ワタシは、一週間近く眠っていたらしい。
長い眠りから覚めて一ヶ月以上経った今でも、自分の素性は何一つ思い出せなかった。
何故、右腕を失うほどの怪我をしているのかも、何も思い出せないのかも。
カズイさん達の説明では、モビルスーツの戦闘に巻き込まれたのだろうと。
ワタシを発見する数分前に山にビームが直撃し、その爆発が原因ではないか。
そう言っていた。
「なぁなぁ」
「え?」
思い出せない記憶や、どうしてこうなってしまったのか。
色々考えていると、ここの孤児院の子が話しかけてくる。
ワタシより、たぶん少しだけしか年の変わらない子達。
- 491 :I and I and I(4/7):2006/03/22(水)
03:31:44 ID:???
- マルキオという人が本当なら保護者という立場らしいが、今は宇宙にいるという。
子供達の世話は、カリダさんやカズイさんがしている。
「砂浜に遊びに行こうよ」
「ずっと暗い顔しててもつまんないだろー」
腕や服を引っ張られ、せがまれてしまった。
ワタシ、そんなに暗い顔しているのだろうか?
「あの、カズイさん…この子達と外に行ってきます」
「わかった。でもまだ腕の傷が完治してるわけじゃないからあまり激しくはしないで」
「はい」
ワタシ達はマルキオハウスを出ていく。
その時、カズイさんが少し深刻そうな顔をしていることに、ワタシは気付かなかった。
未だ身元不明者のままであるマユ。
名前もわからぬままの捜索は、オーブ内の混乱も相まって困難を極めている。
連合が撤退した後でマユを発見した場所に向かったが、全く別の風景に変わっていた。
ビームや実弾が直撃したか、それともモビルスーツが地を踏んだか。
山は無惨に掘り返されたようになっている。
「全生活史健忘…ですか」
「お医者様の話だとね。病気に強いコーディネイターでも記憶障害までは、ということよ」
- 492 :I and I and I(5/7):2006/03/22(水)
03:34:53 ID:???
- 静かになったマルキオハウスで、カズイとカリダは話をしていた。
「読み書きも計算もできる。この戦争のことも知ってる。
…なのに、自分の名前すら思い出せないなんて」
カズイは机を強く叩いた。
「カズイ君…」
「俺は戦争から逃げたんです。でも、自分にできることはちゃんとしようって…」
叩いた拳は、震えていた。
アークエンジェルを降りたカズイ。
だが、それが全て本意だったというわけではない。
ただ戦いが恐かった。トールという友人も失ってしまった。
自分も同じ目に遭うのではないかと、恐怖していた。
「だから俺は…俺は…」
「貴方が気を落とすことじゃないわ。あの子が少し…災難だっただけよ」
カズイに近付き、カリダは優しく肩に手をやった。
アークエンジェルを退艦後、カズイはカリダの紹介もあってマルキオの孤児院に来ることした。
戦争から逃げた分、戦争の被害にあった人々のために尽せたらと、そう心に決めて。
だが、その決意の間もなく、マユという壁が彼の前に立ちはだかる。
(でも、悩んでしまうのは仕方ないことなのかしら…)
カズイの肩に添えたカリダの手が、一瞬だけ震えた。
- 493 :I and I and I(6/7):2006/03/22(水)
03:37:31 ID:???
- フリーダムに乗っているのがキラだという知らせを聞いている。
そして、フリーダムとカラミティが放ったビームがあの山に…
(キラ、貴方の戦いがあの子を巻き込んでしまった。そうだとしたら、貴方は?)
今は宇宙にいる息子のことを思って、カリダは心の中で尋ねてみる。
そんな時、勢いよくドアを開いて、子供達が駆け込んできた。
「おねえちゃんが!!」
心配する子供達のただならぬ空気を感じ取って、カズイとカリダは飛び出す。
外ではマユが蹲り、苦しそうに呻いていた。
「人が…人が流れ込んでくる……」
カズイがマユを抱え上げる。
「どうしたんだ!?」
「お空の光を見てたら、急に…」
一人の子供の言葉に、カズイもカリダも空を見上げた。
そこには流星ではない、光の線の束が月へと伸びていた。
それは、ジェネシスの放射。
「いやぁ…たくさんの人が……人がっ!」
「だ、大丈夫。君には、何もないから」
苦しむマユをなだめるカズイ。
マユはしばらく呻き続けた後、糸が切れたかのように気絶した。
コズミック・イラ71年9月21日。
ヤキン・ドゥーエが陥落し、停戦した日である。
- 494 :I and I and I(7/8):2006/03/22(水)
03:40:18 ID:???
それからまた数ヶ月。
あの出来事の後、すぐにマユは目覚めた。
だが、記憶が戻ったわけでもなく、何故苦しみだしたのかもわからない。
マユの現状は維持されまま、淡々とした日々が過ぎている。
世界はといえば、連合とプラントの協議が続き、このままいけば終戦となるだろう。
オーブを含め各国も落ち着きを取り戻し、マユの親類関係の本格的な捜索が予定されている。
そんなマユは、カリダからの言いつけで買い物に出掛けていた。
海岸沿いの歩道を、マユは歩いている。
すぐ近くに、兄であるシンがいることも知らずに。
「マユ、父さん母さん、俺さ…プラントに行くことにした」
海岸には小さな慰霊碑。
連合がオーブへ侵攻した際に死亡した人々のために作れたものである。
シンは花束を添えた。
死亡した両親と、そしてマユのことを想って。
「どうしても、アスハのことが信じられなくて……」
それは家族を殺された憎悪と、ウズミのとった行動への疑念。
シンはそれを忘れることも割り切ることもできなかった。
- 495 :I and I and I(8/8):2006/03/22(水)
03:42:07 ID:???
- だから、憎悪と疑念の矛先であるオーブとは決別する。
それが、彼の選択だった。
亡くしたと思っている妹の携帯電話を握り締め、シンは歩きだした。
その遠くにはマユがいる。
慰霊碑へ向かう道などとうに通り過ぎていた。
シンはマユに気付くことなく、マユとは別の方向へ歩いていく。
もしその時、マユがシンに出会えたしても、彼女がシンを認識できるかは定かではないが。
続