350 :I and I and I(1/8):2006/05/14(日) 23:19:16 ID:???
その旋律を耳にした時、ワタシの体は震え、聴き惚れてしまった。
鍵盤の上を走る滑らかな指。
そこから奏でられる、時に情熱的で、時に冷淡な音色。
様々な楽曲が響き渡るコンサートステージ。
観客は、ワタシだけ。
ワタシの耳にしか、この曲は届いてくれないのかもしれない。
ワタシにだけ聴こえた。
そして、きっとあなたにも。



〜I and I and I〜 第十話「ピアノ」



マユ自身の問題は、少しも解決しないのに、事態は身勝手に動きだしていた。
開戦。本物でなはないラクス。
そんな話題を含んだ面会は終わり、アスランとデュランダルは、二人だけでどこかへ行ってしまった。
先に泊まる予定のホテルに戻ったマユは、ベットの上でゴロゴロとしている。
何もすることがない。
したかったことも、もうプラントでは叶わない。
そんなマユがベッドでゴロゴロを続けていると、どこからか音が聞こえた。
「ピアノ…」
起き上がり、音の出どころを探す。
ホテルでかかっているBGMというわけではないようだった。
マユは、ゆっくりと部屋のドアを開き、廊下のきょろきょろと見た。

351 :I and I and I(2/8):2006/05/14(日) 23:20:57 ID:???
音は外から聞こえていたが、廊下や他の部屋から聞こえているわけではなかった。
マユは廊下に出ると、また音のする場所を探す。
ピアノが鳴り止まないように祈って、一歩一歩、確実に近付いていく。
階段を下り、先へ、先へ。
そして辿り着いたのは、ホテル内のレストランだった。
ウェイターに気付かれないように中に入ると、マユは音のする方へ急ぐ。
「……わぁ…」
思わず声が漏れた。
そこには、グランドピアノがあった。
そして、鮮やかに演奏を行う、ウェーブのかかったモスグリーンの髪の少年がいた。
「こんなに綺麗な曲なのに誰も聴いてない…」
周りを見てみると客は誰も曲に耳を傾けていないように思える。
本当にただのバックグラウンドミュージックなのかと、マユは顔を歪めた。
しかし、少年はそんなこと苦にもせず、楽しそうに演奏を続けている。
そんな彼の弾く曲を、周りを気にせずに聴き続けたい。
マユは周りなど気にしないで、また曲を聴き始めようとした。
「ヴィアじゃないか」
「えっ?」
だが、突然の呼びかけに、マユは振り返る。
「アスランさん…」
「君も夕食か」
「あ…いえ…ピアノの音が聞こえて」

352 :I and I and I(3/8):2006/05/14(日) 23:22:58 ID:???
アスランとその後ろでひょっこりと顔を出すミーアにそう言うと、マユはピアノに顔を向けた。
しかし、そこにいたはずの少年は忽然と消え、音ももう聞こえない。
「おかしいですわねぇ。今日はピアノの演奏なんてないはずですけど」
「え……でもワタシ、部屋にいたらピアノの音が聞こえて、確かにさっきも…」
「ちょっと待ってくれ。ヴィア、俺達の部屋がある階から、本当にここのピアノの音が聞こえたのか?」
考えてみるとおかしな話である。
レストランと部屋は、階が離れすぎていた。
そんなに離れていて音は届くのだろうか。
「それに私達のいたVIPルームにもそんな音聞こえませんでしたわよ。ねーアスラーンっ?」
「そ、そうだな」
べったりとくっつき同意を求めるミーアに、少々顔を引き吊らせて頷くアスラン。
マユは苦笑して、自分の勘違いだったと返した。
そう返したが、勘違いではないのはわかっている。
また自分だけ体感してしまった。
嫌なわけではなかったが、とても寂しかった。

その翌日、マユはアスランに呼ばれ、部屋を訪れる。
「これから出かけるんだが、ヴィアも気晴らしに一緒に行かないか?」

353 :I and I and I(4/8):2006/05/14(日) 23:24:33 ID:???
「どこに行くんですか?」
マユの質問と同時に、部屋に来訪者がやってきた。
質問に答えよう開いた口を閉じて、アスランはドアへと向かう。
誰かとドアを開いた直後、アスランは目の前の顔に驚愕した。
「イザーク!?」
「貴様ぁ!これはいったいどういうことだ!?」
「ちょっ、ちょっと待て!」
苛立ちを顔の全面に詰め込み、切り揃えられた銀髪を乱して迫ってくる。
アスランはたじろぎながら状況を把握しようと必死になっていた。
声に気付き、どうしたことかと駆け寄ってきたマユは、彼等の後ろにいる褐色の肌をした呆れ顔と目があう。
イザークとディアッカ。
かつてのアスランの戦友達。
「俺達は無茶苦茶忙しいというのに、評議会に呼び出され、貴様の護衛監視だと!?」
「護衛監視…!?」
「外出を希望してんだろ、お前」
「ディアッカ…」
お久しと、軽く挨拶をするディアッカ。
未だ気が立っているイザーク。
「誰か同行者がつくとは聞いていたが…それが、お前達?」
「そうだ!!」
「そゆこと。で、そこにいる嬢ちゃんは誰なんだ?」
ディアッカがそう訊くと、アスランもイザークもマユを見る。

354 :I and I and I(5/8):2006/05/14(日) 23:26:21 ID:???
裾だけの右腕に驚きつつも、そんなことより、マユが何者なのかが気になった。
「彼女はヴィア。説明すると長くなりそうだな…」
「時間がない!歩きながらで構わん!」
「おいおい…すまないね、ヴィアちゃん」
「いえ…」
こうして、マユ達一行は部屋を出る。
アスランはマユの事情を一通り話し、イザークとディアッカは理解を示す。
イザーク達もイザーク達で、自分達がアスランのかつての仲間であることを話した。
「互いの自己紹介が済んだとこで、どこに行きたいんだよ」
「これで買い物とか言ったら、俺は許さんからな!」
「そんなんじゃないよ」
その言葉の刹那、アスランの顔に影の差し込む。
「ニコルの墓にな…」
アスランの言葉に、イザークとディアッカも顔を曇らせた。
わからないままのマユも、決して明るくなどないこの雰囲気を察する。

アスランは、一つの墓に花束を手向けた。
死んでいった仲間達の墓石が並ぶ霊園。
同じザフトレッドだった者達、緑の軍服の先輩達。
ヴェサリウス、ガモフのクルー達。
アスラン、イザーク、ディアッカは、追悼の念を込める。
「積極的自衛権の行使。やはり、ザフトも動くのか」

355 :I and I and I(6/8):2006/05/14(日) 23:27:48 ID:???
そんな中でも、やはり気にかかるのはプラントやザフトのことだった。
アスランは、ゆっくりと自分の疑問を口にする。
「仕方なかろう。核まで撃たれ、それで何もしないというわけにはいかん」
重い口調で、イザークが返す。
「それでオーブは?どう動く?」
「……まだ、わからない」
戦友であり、友人だった彼の墓石を見つめながら、アスランは答えた。
動きたくとも、元は他国の人間であるアスランでは、簡単にはどうにもできない。
話を聞けるカガリも、側にはいない。
そんな歯痒さが、言葉に表れていた。
「戻ってこい!アスラン!」
アスランをしっかりと見据えて、イザークは力強く言った。
「事情は色々あるだろうが、俺がなんとかしてやる。だからプラントへ戻ってこい」
イザークの瞳がアスランを捉え続ける。
ディアッカも、アスランだけを見ていた。
「俺もこいつも、本当ならとうの昔に死んでいた」
敵、味方、そして軍人ではない者。
殺して、死なせて、自分は生きている。
生きたくても生きれなかった者達の屍の上で、自分達は生きているのだ。
「だから俺はまだ、軍服を着ている」

356 :I and I and I(7/8):2006/05/14(日) 23:29:19 ID:???
そんな連鎖を止めるために、また軍人に戻るというのは矛盾した話だが、だが自分にできることいったらそれぐらいしかない。
「それしかできぬが、それでしかできないこともあるだろう。死んでいった仲間達のためにも」
「イザーク…」
「だから戻ってこい!それ程の力、無駄にする気か!?」
迫るイザークの顔が、アスランの心を責める。
力ある言葉は頼もしいが、迷いは薄らぎはしない。
だが、プラントに来たのは、オーブよりもプラントが気になったからだ。
自分のいるべき場所は、プラントではないのか。
アスランの心は、大きく揺らぐ。
そんな時だった。
どこからともなく、ピアノの音色が響いてくる。
「この曲…ホテルで聴いた曲…」
思わずマユが呟いた。
どうやら、アスラン達にも聞こえているようで、不思議そうに辺りを見回している。
「ニコル…なのか」
アスランが言った。
「何を言っている、アスラン?」
アスランには、思い当たる節があった。
ピアノを弾くのが大好きだった少年。
眠ってしまったが、彼のコンサートに招かれたこともあった。
今、聞こえているこの曲は彼が奏でているのはわからない。

357 :I and I and I(8/8):2006/05/14(日) 23:30:24 ID:???
だがこの曲が、前に進めるように自分の背中を優しく押してくれているような気がした。
「おいおい…なんだよこりゃ」
「わからん。だが…」
ディアッカとイザークは、アスランに顔を向ける。
アスランは、何かを決めたことを感じさせる確かな表情を浮かべていた。
そんなアスランを見て、イザークとディアッカは安心する。
マユは、三人をただ遠くから眺めていた。
三人の絆と、三人を包むもの。
それは、誰にも崩せはしないもの。
ピアノの音はゆっくりと、守るように三人の中に吸い込まれて、終わろうとしている。
三人の側には、マユが昨日出会った少年が立っていた。
少年はマユを見て礼を言うように微笑むと、ピアノの演奏が終わるのにあわせて、その場からいなくなる。
背中を押してくれたことによって、歩きだせた足。
その足が、行き着く先は……