429 :I and I and I(1/7):2006/05/18(木) 20:46:59 ID:???
やっと会える。
でも、会ってどうなるというのだろう。
どんな顔をしたらいいのだろう。
笑えばいいのかな?
それとも、真面目な顔?
どんな話をすればいいのかな?
喜べる?嬉しい?
ちょっと、わからない。
だってワタシにとっては、初めて会う相手なんだから。



〜I and I and I〜 第十一話「見知らぬ兄との再会」



雲を抜け、戦闘機形態のモビルスーツが一機、オーブへと向かう。
セイバー。アスランに与えられたモビルスーツだ。
パイロットスーツ、胸には勲章。
FAITH。議長直属の特務隊。前大戦時、アスランはクルーゼ隊からFAITHに異動したことがある。
そんなアスランの座るシートの脇には、マユがいた。
マユもアスランと共に地球に降り、兄がいるミネルバに向かえることになっている。
兄であるシンとの逸早い再会を配慮し、特例中の特例として、民間人のマユに軍内での行動の許可が下りたからだ。
勿論それは、シンに会えるまでの許可である。
「オーブコントロール、こちら貴国へ接近中のザフト軍モビルスーツ」
アスランはオーブの管制塔へ通信を送った。

430 :I and I and I(2/7):2006/05/18(木) 20:49:41 ID:???
「入港中のザフト艦、ミネルバとの合流のため入国を希望する。許可されたし。…オーブコントロール?」
管制塔からの応答はない。
アスランは疑問の声を上げた。
そして、レーダーが機影を確認する。
「ムラサメ…?」
「どうかしたんですか?」
「わからない…。何ッ!?ロックされた!?」
「えっ…!?」
ミサイルがセイバーに向けて飛んできた。

マユにしっかり掴むまっているよう促すと、アスランは機体を回避させる。
「こちらに貴国攻撃の意思はない!何故撃ってくる!!」
「寝惚けたことを言うな!オーブが世界安全保障条約機構に加盟した今、プラントは敵性国家だ!!」
一機のムラサメから、罵声にも似た返答が寄越された。
「どういう作戦のつもりかは知らないが、既にいもしないミネルバをだしにするなど、間抜けすぎるぞ!」
アスランはまた驚き、衝撃を受ける。
だが、この状況が事実だとしたら、マユをオーブで降ろすこともできない。
オーブで再会し、その喜びを互いに分かち合う。
それにオーブには、マユの、いやヴィアの帰れる家があるのだ。
そう思っていたのだが、そんな考えも軽く裏切られる。

431 :I and I and I(3/7):2006/05/18(木) 20:51:51 ID:???
悔しいが、仕方なくアスランはセイバーを反転させた。
「すまない、ヴィア…」
「いえ…ワタシは、平気ですから」
アスランは唸るような言葉に、マユはアスランがこれ以上思い詰めないような言い方をするしかなかった。

ザフト軍基地カーペンタリア。
オーブから何とかミネルバを追ってきたセイバーは、この基地に降り立った。
ミネルバの格納庫に収容し、アスランはマユを抱えて、コックピットから降りる。
ざわめく場内。
アスランとマユを囲む人混みの中から、赤い瞳が特徴的な少年が、顔を出す。
「ねぇ、さっきの……」
少年…シンは、絶句した。
アスラン、そして、忘れることなどできるはずもない肉親の顔。
「マ……ユ…?」
だが、信じられなかった。
生きているはずがない。
あの時、オノゴロ島で、妹は死んだ。
血塗れの家族。蘇る記憶。
「落ち着け、シン・アスカ。彼女は正真正銘、君の妹だよ」
諭すようにアスランは言うと、整備士のマッドに艦長のタリアの居場所を訊いた。
側にいたパイロットの一人、ルナマリアが案内を買って出る。
「ヴィア、説明は君からしてくれ。兄妹同士、募る話も…」

432 :I and I and I(4/7):2006/05/18(木) 20:54:00 ID:???
アスランの喋る口が、一瞬止まった。
記憶がないマユに、話すことはあるのだろうか。
「とにかく、頼む」
そう言って、アスランはルナマリアと共に格納庫を後にした。
マユとシンが気になりつつも、散り散りになる野次馬達。
「本当に、マユなのか?」
「はい。今は、ヴィアって…呼ばれてますけど」
「え…?」
「ワタシ、記憶がないんです」

「記憶喪失…それに腕も…」
「全生活史健忘っていう、自分に関することだけを忘れちゃってる記憶障害なんだそうです」
二人きりになったマユとシン。
マユは、オノゴロ島であの後、自分に何があったのかを淡々と説明する。
「じゃあ、俺のことも?」
「はい。お兄さん…なんですよね、ワタシの」
やはり、実感は湧かなかった。
目の前にいるのは血の繋がっているはずの兄なのだが、他人に感じる。
懐かしい。そんな感情もない。
「そうだ!」
何か思い出したのか、シンは懐を探った。
そして、あるものを取り出す。
ピンクの携帯電話。マユの持っていた物だ。
「ほら、俺とマユが写ってる。それにこれは、家の前で撮ったやつで」
必死にシンは、携帯電話の画面に写る写真を見せた。

433 :I and I and I(5/7):2006/05/18(木) 20:56:38 ID:???
確かに、そこに自分が写っている。
両腕のある自分が。
「ワタシ…覚えてないです」
「じゃあこれは?留守電のメッセージ」
携帯電話から、自分の明るい声が流れた。
楽しそうで、嬉しそうで。
そんな声を聞く自分達は、何故こんなに焦っているのか、疑問に思う。
「わからないです…」
「そうか。俺の唯一の形見だよ…これさ」
あくまで冷静にシンは言う。
だがその節々に、悔しさが滲んでいた。
「避難船から家に戻ったら家なんか跡形も無くて」
あの時の思い出、感情がシンの中で蘇る。
「家族を死なせたこんな国なんかいられるかって、プラントに来たんだ」
絶望、憎悪、憤怒……
「なのに、マユは生きてて…でも記憶がないって、なんだよそりゃあ!!」
シンは感情に任せ、壁を殴り付けた。
そんなシンを見ながら、マユはゆっくりと口を開く。
「でもっ…」
「え…?」
「でもワタシは、ちゃんとここで生きています」
シンと、マユは向き合った。
そして、しっかりとその言葉を口にする。
「今は…マユじゃないけれど、ワタシはここにいます。だから、誰も恨まないでください」
今はマユじゃない。

434 :I and I and I(6/7):2006/05/18(木) 20:59:07 ID:???
自分で言って、心がチクッと痛くなった。
だが、そんなことよりマユは、シンを気にする。
「誰も悪くないんです。悪いのは…それは戦争です。誰かが誰かを殺さなきゃいけない、そんな戦争が」
誰かに、何かに、怒りをぶつけなければ収まらなかったのだろう。
「だから、誰も恨まないでください」
しかし、それはなんの解決にもならない。
それを自分は知っている。
無くした記憶も、亡くした片腕も、全ては戦争が原因だ。
自分をこうした人間を恨んでも仕方ないし、戦端を開いた人間を恨んでも意味はない。
「……」
「……」
沈黙が二人を包む。
マユの真剣な眼差しに、シンは驚いていた。
自分の知っている妹は、無邪気で明るく、そして幼かった。
ここにいるマユは、マユであって、マユでない。
それでも、目の前にいるマユを、ヴィアではなくマユとして見ているのは、シンが肉親だからなのだろうか。

ミネルバはカーペンタリア基地を出発した。
ミネルバには、マユも乗艦している。
マユには帰る場所がない。
オーブは閉ざされ、プラントには簡単に行くことはできない。

435 :I and I and I(7/7):2006/05/18(木) 21:02:01 ID:???
ザフトで保護するといっても、基地などいつ襲撃されるかわかったものではなかった。
カーペンタリアに置いていくことに異議を唱えたのはシンとアスランである。
マユを心配するあまり半ば我儘を通したシンと、この戦時下ではどこにいても同じだと訴えるアスラン。
そんな二人が言葉を曲げるはずもない、頭を抱えつつもタリアは承諾する。
そんなミネルバは、ニーラゴンゴと共に、海上と海中を進んでいた。
だが、出発して間もなく、連合がミネルバを襲う。
慌ただしい艦内。
マユはパイロットルームにやってきていた。
「シンさん…」
「マユ!お前は部屋に戻ってろ!」
兄であるのに、シンに敬称を付けている自分がいる。
そして、マユと呼ばれることに多少なりとも戸惑っている自分がいる。
シンはマユに声をかけると、足早に行ってしまった。
ついで、先程までブリッジと通信を交していたアスランが、マユに気付く。
「ヴィア、危ないから部屋にいるんだ」
「はい。さっき、シンさんにも言われました」
やはり、ヴィアと呼ばれる方がしっくりとくると、マユは思った。
「シンさん、か。やはり、兄さんとは呼べないみたいだね?」
「……初めて会った人ですから」
苦笑してマユはそう言う。
その場にいるのがいたたまれなくなって、マユは割り当てられた自分の部屋に、逃げるように戻っていった。