- 557 :I and I and I(1/7):2006/05/22(月)
20:23:48 ID:???
- 誰かには、恋人がいました。
誰かには、家族がいました。
でももう、その誰かは、生きてはいません。
一人になっても、声が聞こえる。想いが伝わる。
悲痛な叫び。どうしようもない後悔。
ワタシは何もできないのに、ワタシに訴えてくる。
それとも、ワタシに何かできるのだろうか。
何をして、あげられるんだろう。
〜I and I and
I〜 第十二話「マハムール基地、再び」
部屋で一人、マユは祈り続けていた。
声や姿、思いが伝わるのは初めてではないが、今回は特に強く感じている。
誰かが死ぬ、それが当然ともいえる戦場では当たり前なのだが、マユには少々負担がかかりすぎていた。
叫びが聞こえる。死への恐怖を感じる。
シンやアスランでないことだけが救いだが、撃ち落としているその本人が彼等だというのも、変えようがない。
戦争なのだから、誰かが誰かを殺すのは仕方ないのかもしれない。
ただ、人の死をダイレクトに受ける自分には、辛い仕打ちとなっている。
やめてくれ、そうは言えない。
マユは、この戦闘が逸早く終わることを祈り続けた。
「…あれ…」
ふと、別の声に気付く。
- 558 :I and I and I(2/7):2006/05/22(月)
20:25:37 ID:???
- 誰かが呼んでいる。
家族が必死に、鉄柵の向こうの家族を呼んでいる光景が見えた。
「何…?無理矢理働かされているの?側で戦闘も起こっているのに……」
信じられなかった。
疲労困憊になって、満身創痍になって、それでも作業を強制させられている人々がいる現実に。
マユは部屋を飛び出した。
ブリッジに行き、タリアにこのことを伝えるために。
信じてもらえるだろうか。
いや、そんな不安は、マユの中にはなかった。
「やめて…やめてあげて…こんなこといけない……」
ただ、この現実が自分を動かす。
別の場所では、戦闘が続き、撃墜されている。
様々なモノがマユの中に流れ込むが、なんとか意識を保っていた。
が、
「!!」
足が止まってしまった。
脳裏に再生される映像。
誰かには、恋人がいた。
「いや、いやぁ…!嫌ァッ!!」
「女の子の声?白いボウズ君…じゃないな」
「ルナマリア、何か言ったか?」
「アビスと交戦中なのよ!そんなことできるわけ…」
「そうか…」
仲良く二人でデートをした。
結婚をする約束もした。
愛していた。
「……なんでなの…」
歩む足は、ブリッジから格納庫へと変わっていた。
- 559 :I and I and I(3/7):2006/05/22(月)
20:27:52 ID:???
- 自分を覆う亡き者の思念。
力なく、だがそれでも必死に足を進めた。
一歩、一歩と……
なんとか辿り着いた時は、戦闘は終わっていた。
モビルスーツは帰投し、ざわめいている。
「殴るってんなら構いやしませんがね!けど、俺は間違ったことはしちゃいませんよ!」
パチンという音の後、シンの声が聞こえた。
「あそこの人だって、助かったんだ!」
マユが覗き込むと、シンはアスランに頬を叩かれていた。
「力があるのなら、その力を自覚しろ!」
アスランはそう一喝して、その場を後にする。
シンは納得のいかない表情のまま。
そんな中、マユはゆっくりと人混みをくぐってシンの前へ出た。
「あの…」
「マユ…どうかしたのか?」
言葉を紡ごうとした。
しかし、口を開いたままマユは硬直する。
シンを取り巻く、姿無き亡者達。
マユの異変を察して、シンが触れようとする。
「いやっ!」
とっさに、マユはそれを跳ね退けてしまった。
だが、姿無き亡者達はマユに気付き、求めるように近付いてくる。
「いやあああぁぁ!!」
絶叫を上げ、マユは気を失った。
「…リザ……エリ……ス…」
「誰?」
- 560 :I and I and I(4/7):2006/05/22(月)
20:29:51 ID:???
- 暗闇の中に、ぽつんとマユは立っている。
先の見えない闇。右も、左も、前も後ろも上も下も、見えない。
自分の姿が、かろうじて見えるだけ。
「…エリザベス…エリザベス……」
「エリザベス?ワタシは、その人じゃない」
相手に自分の声が聞こえているのだろうか。
相手はただ、誰かの名を呼ぶのみ。
「エリザベス…」
突然、闇の中から手が延びた。
「ヒッ……」
腕を掴まれる。
闇の中から、無惨な姿をしたそれが、マユの目の前に飛び込んできた。
「うわあああああぁぁッッ!!」
闇に木霊する叫び。
振り払おうとしても、びくとも動かない。
「ワタシはその人じゃない!だから連れていかないで!!」
闇は、自分を全て覆い尽そうとしていた。
そこから逃れようと、マユは掴まれている腕が手にしていたナイフで相手の腕に突き刺す。
何故、ナイフを持っていたのか。
マユはそんなことも頭になく、とどめを刺そうとナイフを振り上げる。
「…違う…」
手からナイフが落ち、闇の中に消えた。
「こんなの、違う!」
自分を守るために、誰かを殺す。
殺意を向けてくるなら、自分も相手を殺すしかない。
- 561 :I and I and I(5/7):2006/05/22(月)
20:31:41 ID:???
- でないと、自分が殺されてしまう。
「でも、そんなことしてまで、ワタシは生きたくない……」
誰かを殺せば、その者もまた誰かに殺される要因を作る。
「ワタシは、殺されていい。それで終わるなら、ワタシは死んでいいよ」
笑って、マユは言った。
死ぬのは恐い。死にたくはない。
だが、もうそんなことどうでもよかった。
死人に魂を引かれているとしても、それで死んだ者達が救われるなら。
「いいよね……これで」
「まだ駄目」
闇が全て、光に包まれていく。
「あなたはまだ、こちらに来てはいけないわ」
優しそうな女性の声が、マユに語りかけた。
「あなたがこちらに来ること。それは誰のため?」
「ワタシが犠牲になればみんな救われるっていうなら」
「それは諦めよ。誰かのためにしていることではないわ」
「なら、ワタシは、どうすればいいの?」
姿が見えないが、優しく、暖かい。
その声の主は、マユをそっと導いてゆく。
「生きなさい。生きて、同じ生きている人を救うの」
「ワタシにできるの…?」
「それが人のため。そして、あなたのために……きっとなるわ」
- 562 :I and I and I(6/7):2006/05/22(月)
20:33:34 ID:???
目を覚ますと、ミネルバの医務室のベッドの上にいた。
膝の上には、シンが眠っている。
「んっ…マユ、起きたのか」
「ワタシ…」
「格納庫で倒れて、何日も眠ってた。ミネルバは今、マハムール基地ってところにいる」
「シンさんは、なんでここに?」
マユの疑問に、シンは顔を赤らめた。
そして、もごもごと口を動かす。
「し、心配だからさ、マユのこと…」
シンの言葉にマユは顔を赤くした。
だが、すぐにそれが「兄妹」だからしていることだと気付く。
一瞬だけ、マユの顔が曇った。
しかし曇った表情を笑顔に変えて、マユは口を開く。
「ありがとう」
素直な礼を、マユは口にした。
真っ直ぐな瞳でそう言われ、シンは照れる。
「そんな…俺は大したことしてないし。じゃ、俺もう行くから。安静にしてるんだぞ」
シンは更に赤くした顔を隠すように、医務室から出ていった。
自分と軍医と看護兵がいるだけの医務室。
周りに聞こえぬように、小さく溜息をつく。
未だ曖昧な、自分と兄である存在との関係。
「失礼する」
そんなことを考えていると、医務室に意外な人物が訪問した。
「ラドル司令…」
- 563 :I and I and I(7/7):2006/05/22(月)
20:35:18 ID:???
- 「久しぶりだな、ヴィア君…今は、マユ君の方がいいかな?」
「どちらでも。それよりも、ワタシに…何か?」
マユの言葉に、ラドルは引き連れた部下と軍医達を下がらせると、ゆっくりと椅子に腰をかけた。
「最初に会ったとき、君とはろくに話せなかったからね。だからというわけでもないが…」
「お忙しいんじゃないですか?前とは、状況が違います」
以前にマユとあった時とは、平時と戦時と差がある。
平時だから暇というわけではないが、戦時中の今よりはだいぶ落ち着いていた。
「ガルナハンで少々ごたごたがあってね。その息抜きも兼ねて、かな」
「ガルナハン!?ガルナハンでどうかしたんですか!?」
ラドルの一言に、マユの表情は一変する。
「…今は地球連合の支配下だ。だいぶ抵抗はしていたようだがね」
苦笑するラドルと、落ち込むマユ。
「だが、ミネルバが解放戦力に加わることになった」
「ミネルバが、ガルナハンに行くんですか?」
「君はミネルバに保護されているんだったな。となれば、また行くことになるだろう」
何か微笑を浮かべて、ラドルは言う。
その笑みに気付いたマユは、きょとんとラドルの顔を見た。
「ガルナハンには、バスカーク君とアーガイル君がいるんだよ」
続