423 :I and I and I(1/10):2006/06/28(水) 20:33:06 ID:???
恋という気持ち。
愛という気持ち。
あなたを想う、この気持ち。
それが、いけないことだということもわかっているけど。
でも、抑えられない。
弾け飛んでしまいそうで、崩れ落ちてしまいそうで…
それでもワタシは、あなたが好きです。



〜I and I and I〜 第十六話「恋する乙女じゃいられない」



保養所を飛び出したマユはとぼとぼと基地の中を歩いていた。
夕日が、帰るに帰れないマユを照らす。
未だ体は熱り、シンの顔やあの言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。
「はぁ…」
「はぁ…」
「ふぇ?」
「あら?」
同時に発せられた溜息に、互いに驚いて声を上げる。
通路の角から顔を出したのは、ミーアだった。
「ヴィアさん!」
「こ、こんにちは」
先刻のキングの言葉を思い出す。
「あの…」
「聞いてくださる!?アスランたらぁ、ディナーに誘っても忙しいからってぇ!」
マユが言い出したのを遮って、ミーアが喋り始めた。
まるでマユが何を話そうとしたかわかっているかのように。
「あぁ、そうだ!ヴィアさん一緒にディナー食べましょ!」
「えぇっ!?」
「前プラントで会った時はご飯一緒に食べれなかったし……ね?」

424 :I and I and I(2/10):2006/06/28(水) 20:35:23 ID:???
ウインクを最後に付け足して、ミーアはそう言う。
断るに断れず、マユは迷いながらも首を縦に振っていた。

保養所内のレストラン。しかも、VIPルーム。
そんな個室に通されて、マユは落ち着けないでいる。
「さ、座って座って。はぁ〜…コンサート疲れたぁ」
マユにそう勧めると、ミーアが席についた。
敬語も、礼儀正しい振る舞いも無くして、まるで普通の少女のようである。
いや、これがラクスではない、本来のミーアなのだろう。
「マネージャーもお節介よね。ま、そこがチャームポイントっていったら、そうなんだけど」
「じゃあ、もう聞いたんですか?」
「随分喜んでねぇ。もう心配せんでええで〜ミーアは〜んて」
ミーアも、マユの力については知っているようだった。
「別に、今はあたしがラクス様なんだし」
ミーアの一言が、マユの中で引っ掛かる。
「じゃあ、本物のラクスさんが現れたら?」
「え……?」
「ラクスさんがプラントに戻ったら…ミーアさんはどうするんですか?」
恐る恐る訊くマユに、ミーアも顔を曇られた。
ラクスをやっている自分がいるのだから。そう思って、考えもしなかった可能性。

425 :I and I and I(3/10):2006/06/28(水) 20:37:02 ID:???
だが、代わりとしてラクスを演じているだけなのだから、充分有り得る可能性だということを、今更ながらに思う。
何故、考えもしなかったのか。
「あたしが、ラクス…だから?」
呟くようにミーアが声を発する。
誰かに何かを言われたことを、うっすらと思い出した。
「ラクスという存在はみんなを導けるからって…だから私と共に世界を救おうって……」
そう言われた。
まるでラクスではなく、自分を必要としているかのように、刷り込まれた言葉。
「ラクスって何?」
「落ち着いて、落ち着いてください」
「ラクスってなんなのよ!」
部屋の中に、ミーアの声が響いた。
なだめるマユの表情も、心配して焦る。
「ラクスさんはラクスさんです。でも貴女はラクスさんじゃない、ミーアさんです」
「あたしはミーア…?でも、でもあたしの顔はラクス、声だってラクス……」
顔に手が触れる。
丸い瞳、小高い鼻、小さな口、ピンクの髪……
今の自分の姿は、ラクスで出来ている。
「違います!例えラクスさんの姿をしてたって、ミーアさんはミーアさんでしょう!?」

426 :I and I and I(4/10):2006/06/28(水) 20:39:27 ID:???
皆がラクスと呼んでも、鏡に映って見えるのがラクスでも、そこにいるのはミーア以外の何者でもない。
マユにそれがわかる、それが真実だと見える。
「ワタシはラクスさんのファンじゃない。ミーアさんのファンだから」
「あたしの…?ラクス・クラインじゃないミーア・キャンベルの?」
「声が似てたって、カバー曲を歌ってたって、ミーアさんの声はワタシにはわかるから」
「ヴィアちゃん…ヴィアちゃぁぁぁん!!」
一気に涙を溢れさせ、ミーアはマユに抱きついた。
本当は自信もないというのに、虚勢を張り続けていたミーアの中で、不安が爆発したのだろう。
泣き付くミーアの背中にそっと手を添えて、マユはミーアが落ち着くのを静かに待った。

「ごめんねヴィアちゃん、なんか急に泣いたりして」
「いいんです。人は泣きたい時には泣けばいいと思うから」
すっかり日も暮れ、夜も深くなった頃。
二人は保養所へと足を進めていた。
ミーアの瞳は少し腫れ、涙の跡がわかる。
「ちょっと落ち着いた。でもね、今はやっぱり、あたしはラクスかな」
星空を見上げながら、ミーアは呟く。

427 :I and I and I(5/10):2006/06/28(水) 20:41:26 ID:???
「今はラクスだけど、一人だけ、たった一人だけど、ミーアのファンがいる」
ミーアはそっと、マユの手を握った。
星空を見上げたまま、優しく笑うミーア。
そんなミーアを見て、嬉しそうにマユも笑う。
今ここにいるミーアは、他の何者でもないミーアなのだから。
「それじゃあ、あたしはアスランの部屋に行くから」
「あの、ミーアさん、アスランさんは…」
「知ってる」
プラントでのアスランとラクスの関係は、婚約者同士。
だがそれは、元々は親同士が決めたことで、そして今はアスランもラクスも別に想う人がいる。
「ミーアとしてアスランが好きなの。だから、アスランの婚約者のラクスじゃなくて、ミーアとして、ね」
ミーアはそう言うと、先に行ってしまった。
マユはミーアの言葉を、頭の中で繰り返す。
ミーアとしてアスランが好き。
それは、マユ自身に言えることだった。
妹のマユとしてではなく、ヴィアとしてマユはシンが好きだ。
そんな事を頭の中で巡らせながら、保養所に着く。
フロントでシンが泊まっている部屋を訊くと、マユは一歩一歩部屋へと向かった。
鍵は開いている。だが、部屋は暗かった。

428 :I and I and I(6/10):2006/06/28(水) 20:44:50 ID:???
寝室に行くと、既にシンは眠っていた。
待ち疲れてしまったのか。それとも、心配などしてもいないのだろうか。
どちらにしろ、彼はマユのことを、ヴィアとしては見ていない。
シンの寝顔を見ながら、マユはここにいるべき存在でないのだと、思い始めていた。

翌日、マユはディオキアの繁華街に足を運んでいた。
ミネルバのクルーには交代で外出許可付きの自由時間が与えられ、マユにも同様の許可が下る。
シンやルナマリアがマユを誘ったが、マユはそれを断り、一人でディオキアの街を巡っていた。
家族に会うためここまできた。
実際、血の繋がった兄とも再会できた。
しかし、マユの中では何も納得できていない。
記憶も戻らない。少しも思い出せてはいない。
シンの妹だという自覚も、マユの中では皆無だった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
そんなことを考えながら上の空で歩いていたせいで、マユは誰かとぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「ってぇ〜…」
「お前、大丈夫か?」
尻餅をついたままぶつかった少年に謝っていると、ぶつかった少年とは別の少年が手を差し延べる。
マユはその手を取ると、ゆっくりと身を起こした。

429 :I and I and I(7/10):2006/06/28(水) 20:47:01 ID:???
「本当に、本当にごめんなさい!ぼーっとしてて」
「別に構わねーよ」
「スティング、何勝手に言ってんだよ!」
ぶつかった少年が立ち上がると、一緒にいた少年に声を上げた。
「あぁ?別に怪我したわけじゃねぇだろ」
「お前が勝手に決めんなってつってんだよ!」
「あの、ちょっと…」
喧嘩のようなやりとりに、マユはあたふたして二人の間を行ったり来たり。
「ステラが見付かんなくてイライラしてんのか?」
「話をはぐらかすなよ!」
「あの!!」
マユが叫ぶと、眉間に皺を寄せた二人の少年がマユを睨んだ。
「ア、アイスクリーム…食べに行きません?」
顔を強張らせながら、マユは笑って二人に言う。
突拍子のないその発言に、二人の少年は睨んだ顔を唖然とさせた。

二人の少年。
アウル・ニーダとスティング・オークレー。
二人を連れて、マユはディオキアで有名なジェラートショップにやってくる。
「じゃあ二人は、はぐれちゃった人を探してたんですね」
注文を終えると、マユはスティングにそう話しかけた。
「じゃあ誘ったの、いけなかったですか?」
「いや、別に。ステラ、あいつだって帰り方ぐらいわかってんだろ」

430 :I and I and I(8/10):2006/06/28(水) 20:49:50 ID:???
さほど興味もないのか、スティングがそう返す。
アウルは、店員がアイスクリームを作っているのを不思議そうに見ていた。
「なぁなぁ!なんだよこれ!?」
「アイスクリームだけど、食べたことないんですか?」
店員からアイスクリームを受け取ると、アウルとスティングに渡す。
「渦を巻いてるソフトクリームっていうのもあるんですよ。今日はこっち」
「へぇ」
「すっげぇうまそーじゃん!」
マユの説明に、やはり興味が無さそうなスティングと、早く食べたいと目を輝かせるアウル。
「溶けちゃうといけないから早く食べちゃいましょ」
「めんどくせー食べもんだな…」
三人はほぼ同時に、アイスクリームに口をつける。
口の中に広がる甘さ、香り、冷たさ。
「不味くはないな」
一言そう言うと、スティングはまた食べ始めた。
「……」
「アウル、さんは?」
一口食べただけで何も言わずに、アウルはアイスクリームを見つめる。
マユはそんなアウルを見ながら、じっと答えを待っていた。
「うまい!甘いし冷たいし、こんなの初めて食べた!」
「良かったぁ。何も言わないから、口にあわないのかと思った」
アウルの笑顔に、マユはほっとする。

431 :I and I and I(9/10):2006/06/28(水) 20:53:09 ID:???
本当に嬉しそうなアウルを見ると、マユも心が暖かくなった。
「あ!ほっぺたにクリームがついてるよ」
アウルの頬についたクリームを指で掬うと、マユはそのままクリームを口に含む。
「ほんとだ。甘くて美味しいね」
笑ってマユは言った。
その顔がアウルを照らす。
いつの間にか、アウルに対する敬語は無くなっていた。
こんな短時間に打ち解けられたのは、マユが心の隙間を埋めたからなのか。
「ワタシのも、食べる?」
「あ…うん」
持ったまま、マユはアウルにアイスクリームを食べさせる。
楽しそうなマユを見ていると、アイスクリームを口に運ぶアウルの顔が熱くなっていった。
何故、冷たいものを食べているのに、顔が熱くなるのだろう。
アウルは不思議に思いながらも、アイスクリームを食べ続けていた。

アイスクリームを食べ終えた三人は車に乗り込む。
「これ、スティングさんが運転するんですか?」
「そうだけど?」
「飛ばしてよ、スティング!」
「あ〜、わかったわかった」
驚くマユと、急かすアウル。
スティングはエンジンをかけると、車を走らせた。
髪がなびく。風が心地良い。
「気持ち良いだろー!?」
「うんっ!」

432 :I and I and I(10/10) :2006/06/28(水) 20:55:00 ID:???
風の音に掻き消されないように、二人は声を張り上げて言った。
マユとアウルは満面の笑みで、互いの顔を見る。
そんな二人に感化されるように、スティングも笑っていた。
そんな時、マユの携帯電話が鳴る。
こちらも風の音に消されることなく、マユの耳に届いた。
「ごめんなさい…はい、もしもし?」
ディオキア基地、ミネルバからの連絡だった。
「え?シンさんが!?ワタシは一緒じゃないです。はい、わかりました」
バックミラーから見えるマユの表情を察して、スティングが車を停める。
「ごめんなさい!ワタシ、急用ができちゃって」
「え〜…」
「ごめんね、アウル」
「わかった。でも、謝るのは無し!」
「え?」
「ヴィア、ずっと謝ってばっかりじゃん!」
「あ……うんっ」
アウルの言葉に、マユは頷いてしっかりと笑って見せる。
車から降りると、マユは手を振って走っていった。
次はいつ会えるかもわからない。
そんな約束もしていない。
だが、心が満たされ過ぎていて、そんなことを考える暇もなかった。