530 :I and I and I(1/7):2006/03/24(金) 03:51:39 ID:???
知らないわたしにサヨナラ。
今のワタシにコンニチワ。
何も思い出せないまま、もう何ヶ月も経ってしまった。
戦争も終わって、マルキオハウスはワタシが来た時より更に賑やかになる。
帰ってきたマルキオさんに、キラさんにラクスさん、マリューさんとアンドリューさん。
様々な人が、マルキオハウスや孤児院で暮らしている。
それにカガリ様やアスランさんやサイさんやミリアリアさんもたまに来てくれる。
初めて会った人達ばかりだけど、みんな優しくしてくれる。
でも初めて会ったって、何も覚えてないから当たり前なんだけど。
あと、ワタシ、カリダさんから名前を貰ったんだった。
今のワタシの名前、ヴィアっていいます。



〜I and I and I〜 第二話「砂漠の大地と今の自分」



マユの家族の捜索は難航していた。
身元不明なのは元より、プラントに移住するコーディネイターが増えたことも要因の一つ。
マユというこの名前も、皆は知らない。
捜索が長丁場になることを悟って、カリダはマユに一時だけの名前を決めることにした。
「いつまでも名前が無いままじゃあ、可哀想だものね」

531 :I and I and I(2/7):2006/03/24(金) 03:55:00 ID:???
名前がわかるものでもあればその名で呼べるのだが。
生憎、マユはそれらしい物を持っていなかった。
「ヴィア…なんてどうかしら?」
「ヴィア?」
「そう。私の姉の名前なの。少しね、あなたに似てるのよ」
こうして、ヴィアという名前を貰ったマユ。
キラとカガリの実母の名前だが、二人には馴染みのない名前だからと命名したらしい。
「ヴィアちゃんか。んー、いい名前だ」
「あ、アンドリューさん」
「ちょっといいかな?」
アンドリューに誘われ、マユは一緒に外を出た。
砂浜を二人並んで歩く。
「どうかしたんですか?」
「君も義手が必要なんじゃないかと思ってね。僕もそろそろ義手にしようと考えてる」
アンドリューも、戦時中に片腕を失っている。
肩腕の者同士、不自由なのは理解できるということなのか。
マユは少しの間考え、口を開く。
「義手なんて、必要ないです」
「ん?どうしてだ?」
「…亡くしたモノは、還ってこないと思うから」
ぽつりと言ったマユの言葉に、アンドリューは黙り込んでしまった。
マユの言葉が何を指しているのかははっきりしない。
家族のことか。
それとも、腕のことか。

532 :I and I and I(3/7):2006/03/24(金) 03:59:50 ID:???
あるいは、思い出せない記憶のことなのか。
「確かにそれは一理あるかもしれないな」
黙っていたアンドリューがゆっくりを話を始める。
「僕も大切な人を亡くしている」
アイシャ。アンドリューの愛した女性。
大切な存在を亡くしたのは、アンドリューだけではない。
キラもラクスもアスランもカガリもマリューもミリアリアも…
「だが、僕の想い出の中に彼女は生きてる。残った人間の勝手な考えかもしれないがね」
苦笑しつつ、アンドリューはマユにそう言った。
想い出すらも無いマユには酷な話かもしれない。
しかし、それは一時的なものと、アンドリューは考えていた。
「君は忘れただけだ。決して無くしたわけじゃない」
だから還ってくるさ。
そう付け足して、アンドリューはマユの頭をぽんぽんと叩いた。

アフリカ共同体の砂漠を1台のジープが走っている。

ジープにはカズイ、サイ、ミリアリア、そしてマユが乗っていた。
戦争も終わり、アークエンジェルクルー達は今、それぞれの道を進んでいる。
ミリアリアは記者を目指し、サイはカズイと共に支援活動に力を入れることにした。

533 :I and I and I(4/7):2006/03/24(金) 04:03:30 ID:???
この地に来たのも、かつての戦地の取材や戦災による復興作業の手伝いのためである。
マユはそのことを聞いて、同行すると言い出した。
生きているかもしれない家族や親戚関係を探してくれるのはありがたいと思う。
だが、マユにはそれが他人事のように感じ、自分のことだという実感が持てなかった。
今のマユは、マユであって、マユではない。
マユという人間だったことを忘れ去ったマユ。
「ヴィア、ここであたし達は地球に降りたのよ!」
ジープのエンジン音に掻き消されないように、ミリアリアが声を上げた。
ヴィア…今のマユの呼び名。
マユという名も知らぬマユの名前。
「確か、カズイは地球は初めてだったんだよな」
「今はもうだいぶ慣れたけどね」
サイの言葉に、カズイは苦笑する。
海すらよく知らなかったのも今では懐かしい話。
「てかさ、自分だってあんまりいい思い出ないんじゃない?」
「うっ……」
「ちょっと!ヴィアがいんのよ!」
険悪なムードになりつつある前部座席を、ミリアリアが制止した。
マユは聞いているのかいないのか、そっちのけで外を見ている。

534 :I and I and I(5/7):2006/03/24(金) 04:06:13 ID:???
「砂漠かぁ…」
暑い風、照りつける日差し、流れる汗、全てが新鮮だった。
オーブで淡々と暮らすよりもこちらの方がずっといい。
マユはそう思っていた。
「あっ!」
ふと、マユが何かを発見する。
見えたのは、砂漠の大地に立つ女性。
その女性はマユと目があうと、艶のある笑みを浮かべた。
「どうかしたの?」
「あそこに人が…」
ミリアリアに声をかけられ、マユは振り返る。
そして、もう一度先程の場所を指差した。
だが、そこにも周りにも、誰の姿も存在しない。
「あれ…?見間違いだったみたいです…」
訂正するが、本当に見間違いだったのだろうかと、マユは疑問に思う。
何故かマユには、誰かがいたよう気がしてならないままだった。

一夜を明かす予定のタッシルに、ジープは到着する。
「サイーブさん、お久しぶりですー」
「よう。なんかお前等随分と大人っぽくなりやがったなぁ」
ジープから降りる面々を待っていたのか、髭を蓄えた中年男性がやってくる。
アークエンジェルに手を貸したレジスタンス・明けの砂漠のリーダー、サイーブである。
「艦のみんなは元気か?あの規律正しそうな副長さんは?」

535 :I and I and I(6/7):2006/03/24(金) 04:08:02 ID:???
「…バジルール中尉は、戦死されました」
「そうかい。なんか嫌なこと聞いちまったな。まぁゆっくりしていってくれ」
ミリアリアとサイーブは話を続け、カズイとサイはガソリンの調達に向かった。
残ったマユは一人ジープに残り、携帯電話を取り出す。
地球の電波妨害もある程度は解消され、長距離電話もかけられようになった。
以前はオーブ国内でギリギリ電波が届く範囲だったというのに。
今マユが持っている携帯電話はカリダから渡された物である。
「あ、カリダさん?今タッシルっていう所に着きました」
今のマユにとってはどうでもいいことになりつつある過去の自分。
その情報が入っていないか聞くために、定期的に連絡を入れている。
「はい、わかりました。いえ…じゃあ、また」
電話を切り、マユは溜息をついた。
「もうそんなことわからなくていいのに…」
過去の自分も、確かに大切かもしれない。
しかし、今を生きている自分の方が、大切だと感じる。
日々を重ねていくごとに、その思いは強くなっていった。
「あ…メールが来てる」
そんな中で、マユはお互いに顔も知らない相手とメール交換するようになった。

536 :I and I and I(7/7):2006/03/24(金) 04:11:59 ID:???
偶然知り合った、ハンドルネームと性別と年齢ぐらいしかわからない相手。
しかもそれが正確なのかもわかりはしない。
『件名/Dear ヴィアちゃん
 本文/元気にしているかい?
 僕は今日、昼の会議が長く続いたせいでくたくただよ。
 ヴィアちゃんはもう昼食は済ませたかな?』
日に何通も着くわけでもなく、一言二言の内容。
それでも、マユは嬉しかった。
過去の自分のことも知らないし、聞いてもこない。
今の自分だけを知ってくれる相手。
『件名/Re:足長お兄さんへ
 本文/会議お疲れ様です。毎日忙しそうですね。
 ワタシもまだお昼は食べていません。何食べようかな?
 今、旅行中なので、この辺の特産料理でも食べようと思います。』
利き手ではなかった左手でボタンを打つのももう慣れてしまった。
返信が完了すると、マユは携帯電話を閉じる。
何気なく見上げた空には、澄んだ青空と、太陽が輝いていた。
空を望むマユのその顔は、笑っている。
ヴィアとして生き始めたマユの、何かが変わりだした日だった。