566 :I and I and I(1/7):2006/03/27(月) 21:45:26 ID:???
昼の砂漠は暑くて、夜の砂漠は寒い。
なんだかとても不思議で、素敵だと思いませんか?
なんて、今の自分には何もかも素敵に見えているのかもしれない。
でも、それでいいんだって、ワタシは思いたい。
今を生きてるのは、記憶があった頃のわたしじゃないんだから。
今のワタシが、ワタシなんだって思う。
砂漠のサラサラな砂みたいに、時間は流れていく。
だから立ち止まっていなくない。
あ…砂漠で思い出したけど、あの時の女の人は本当に見間違いだったのかな?
時間が経った今でも、気になっている。
誰なんだろう。



〜I and I and I〜 第三話「白い猫」



タッシルで夜を明かしたその翌日。
質素な朝食を済ませ、マユ達は移動のための準備をしていた。
次の目的地はタッシルとさほど遠くはないバナディーヤという街。
「お話、参考になりましたぁ」
「大した話じゃねぇがな」
ミリアリアが一礼し、サイーブが軽く返す。
二人共笑ってはいるが、少し疲れ気味の表情だ。
夜通しでアークエンジェルが砂漠を離れた後のアフリカの状況を伺っていたせいである。
「よし、積み込み終わったぞー」
サイが皆に声をかけた。

567 :I and I and I(2/7):2006/03/27(月) 21:48:30 ID:???
サイーブに別れを告げ、ミリアリアはジープに向かう。
カズイが後部座席のドアを開くと、マユが乗り込んだ。
「そんな過保護にしなくても大丈夫ですよ」
「でもさ、ヴィアはいろいろと大変だろ?」
心配そうに言うカズイの顔を見て、マユは笑いながら首を振った。
「左手だけの生活も、もう慣れちゃいました」
着替えも食事もトイレも文字を書くことも、携帯のボタンを押すことも簡単にできる。
コーディネイターの適応力の高さだけではない。
今の自分として生きようとしているマユが、必死に慣れようとした結果だ。
全員が乗り、ジープが発進する。
「隻腕の少女、か……」
砂漠の中に消えていくジープを見送りながらサイーブが呟いた。
思うのはバルトフェルド隊に対して抵抗していたあの頃。
仲間も、まだ若かった命も、失った。
なのに敵だったその人物が、今では好意的な仲であるというのはおかしな話である。
様々なものを失ったというのに生きている少女。
それが今の現状を表しているようで、思わずサイーブは溜息混じりに笑ってしまった。

オアシスの街と呼ばれるバナディーヤ。
戦時中はバルドフェルド隊の拠点だったこともあった街に、ジープが着いた。

568 :I and I and I(3/7):2006/03/27(月) 21:51:15 ID:???
「あたし達は街に出られなかったのよね」
「確か…サイがストライクを動かそうとしたんだっけ」
「ハハハ……」
それぞれが当時のことを思い出す。
マユは新しい街に、心踊らせていた。
タッシルではあまり名産品などは見れていなく、賑やかなこの街ならと期待が高まる。
「バルトフェルド隊長の話だと、ザフトが復興作業に来ているのよね」
「まぁ、隊長が手配した旧クライン派の人ってことだけど」
「俺達も手伝えないかな?」
「あたしもちょっと取材したいな」
カメラを片手にうずうずするミリアリア。
マユはそれを感じ取って、笑ってみせる。
「ワタシ、ちょっとお店見て回りたいです」
「じゃあ一時間後に合流しましょ。それじゃ!」
「行っちゃった…。ヴィアも一人で行くのか?俺かサイがついてくけど?」
走っていくミリアリアに呆れつつ、カズイはマユに訊いてみた。
マユは先程と同様に首を振る。
「さっきも言いましたけど、ワタシは平気です」
くるっと回って、大丈夫なのをアピール。
「それに、一時間も女の子の買い物に付き合えますか?荷物全部持たせちゃいますよ」
そう付け足されると言うに言えず、カズイとサイは互いの顔を見る。

569 :I and I and I(4/7):2006/03/27(月) 21:54:00 ID:???
二人は苦笑しつつも、どうやらマユを行かせるつもりらしい。
「じゃあ、一時間後に」
「あんまり無理はしないようにね」
カズイとサイはそう告げて、マユと別れた。
一人になったマユは楽しげに歩を進め始める。
オアシスの街ともあって活気がある人々。
民芸品や瑞々しい果物と野菜を眺めつつ、マユは観光気分を満喫していた。
そして、とあるオープンカフェの前でふとマユは立ち止まる。
「ドネルケバブって、なんだろう?」
食べ物らしいことはわかるが、どんなものなのかは想像できない。
街の人やザフト兵士などの客が食べているのがそうなのだろうか。
メールフレンドに送る話題になるだろうと、マユは席についてドネルケバブを注文した。
しばらくして、ドネルケバブが届く。
削げ切りされたジューシーな肉が挟まれたサンドイッチのような印象。
そして置かれる二つのソース。
「どっちをかけるのかな?両方?それともかける順番があるの?」
「好きな方をかければいいのよ」
食べ方がわからず困惑しているマユに、誰かが声をかけてきた。
睨み合いを続けるケバブからマユは顔を離す。
目の前には、女性が座っていた。
マユが砂漠で見たあの女性である。

570 :I and I and I(5/7):2006/03/27(月) 21:56:45 ID:???
「チリソースかヨーグルトソース。好きな方をかけて、ガブッといっちゃいなさい」
あの時視線があったのだから、この女性も自分のことを知っているはず。
だからこうやって話しかけてきているのだろうか。
色々と訊きたいが聞くに聞けず、マユは諦めて、またケバブに向き合う。
二つのソースを皿の隅につけ、それぞれ舐めてみた。
ピリリと辛いチリソース。
酸味のきいたヨーグルトソース。
チリソースは辛すぎる気がするし、逆にヨーグルトソースは酸っぱすぎる気がする。
「……どっちもかけちゃえ」
マユはチリ、ヨーグルトの順でソースをケバブにかけ、そして一口頬張った。
「うんっ。美味しい!」
「アハハハハッ!!」
マユの一連の出来事を見て、女性は笑いだす。
「あなた面白いわねぇ。こんなに笑ったの、あの時以来よ」
「あの時?」
「その二つのソースとお茶を被ったを女の子がいてね、
その子をお風呂に入れてドレスを着せてみたのよ。
態度は男の子みたいな感じなのに、凄く似合ってた。
でも一緒にいた男の子が君、女の子だったんだねって」
笑い続けながらも、女性はそう話した。
マユもつられて、思わず笑ってしまう。

571 :I and I and I(6/7):2006/03/27(月) 22:00:04 ID:???
最初は不思議な感じがしたが、今はすっかり打ち解けていた。
ケバブも食べ終え、そろそろ約束の時間も迫っている。
「ごちそうさま。ワタシ、もう行かなくちゃ」
「そう…残念ね」
女性はそう呟いて、淋しそうな表情を浮かべた。
その横顔を見ると、マユは途端に名残惜しくなる。
だが、淋しそうな横顔は、すぐに一変した。
「…伏せて」
「え?」
「いいから」
言われるがまま、マユはテーブルの下にしゃがみ込む。
その時だった。
「死ね!宇宙のバケモノォ!!」
「蒼き清浄なる世界のために!!」
突然、武装した男達がカフェを襲撃する。
客としてきていた数人のザフト兵士達は慌てつつも応戦し始めた。
テーブルの下で震えるマユ。
目を瞑り、耳を塞ぎ、ただただこの事態が終わることを祈る。
オノゴロ島でのことを体が覚えているのか、激しく体が震え続けた。
しばらくして、マユは辺りを窺ってゆっくりと顔を上げる。
事態は収まっており、武装した男達はザフト兵士達に取り押さえられていた。
浅いか深いかわからないが、互いに傷を負っている。
だが、皆が無事であったことにマユはほっとした。
そして、女性のことを思い出す。
「あの、さっきはありがとう…」

572 :I and I and I(7/7):2006/03/27(月) 22:03:10 ID:???
事態を察して教えてくれたことに、お礼を言おうと振り返った。
だが、しかし……
先程までいたはずの女性は、あの時と同じように忽然と消えていた。
「…ございました」
全ての言葉を言い切っても満たされない。
その言葉を聞いてもらいたい相手が、いなくなってしまっていたから。

それから数日が経ち、バナディーヤを出発する日がきた。
荷物を積んで、全員がジープに乗り込む。
「次はどこ?」
「ガルナハンてとこよ」
「ユーラシアだっけ?じゃあアフリカとはお別れか」
カズイ達が会話している。
マユはバナディーヤの街を眺めていた。
ふと、こちらを見ている白い猫に気が付く。
短いような長いような時間の経過の中、見つめあいが続いた。
「アイシャ、やっと見付けたぁ!勝手にどこか行っちゃメでしょ〜」
そんな時間を遮るように、やってきた少女がその猫を抱き上げ、家に入ってしまう。
それと同時に、エンジンがかかりジープが発進した。
マユは心の中で、感謝の言葉を呟く。
ありがとうございました、と。