469 :I and I and I(1/7):2006/04/15(土) 22:46:15 ID:???
世界はまた、あの日々に逆戻り。
でも、ワタシは変わらない。
前の戦争のことは知っている。でも、その戦争がわたしに何をしたかは知らない。
記憶と片腕、それ以外にも失ったものがあるのだろうか。
ワタシは何も覚えていない。何も思い出せない。
わたしの記憶は何処にあるんだろう。
わたしを知っている人は、どこにいるんだろう。
わたしのことなどどうでもいいと思っていたのに、時たまワタシはそんなことを考える。



〜I and I and I〜 第七話「誰が待っているのかもわからないのに」



ユニウスセブンの破片が各地に激突し、世界は慟哭に包まれた。
マユ達はなんとかオーブへと帰国を果たし、それぞれの家路へと急ぐ。
サイと別れ、マユとカズイはマルキオハウスへと向かった。
だが、マルキオハウスは、津波によって跡形もなく押し流されしまっていた。
「ヴィアちゃん!カズイ君!」
二人が呆然と立ち尽していると、カリダが駆け付ける。
「良かった、無事だったんですね」
「あなた達もね…それより、ヴィアちゃん!家族が見付かったわよ!」
喜びと驚きの入り混じった顔で、カリダが言った。

470 :I and I and I(2/7):2006/04/15(土) 22:48:32 ID:???
不幸中の幸いとでもいうのだろうか。
マユの手を握り、自分のことのように嬉しそうにするカリダ。
その報告を聞いて、マユはまた呆然と立ち尽してしまっていた。

翌日、マユは家族を知る人物に早速会うことになった。
保護者代わりのカズイも同行し、着いたのは行政府。
受付で事の説明をすると、話が行き届いていたのか、すんなりと一室へ通される。
二人が入室すると、そこにはオーブ軍の制服を着た男が待っていた。
「カズイ・バスカークです。この子がそのマユ・アスカ。今はヴィアと名乗らせています」
「…初めまして」
「初めまして、トダカだ」
カズイはカリダから、ヴィアではない、マユの詳細を聞いていた。
そしてこの男、トダカがマユの家族の行方を知っている。
「にわかには信じられんが…確かにあの時の少女かもしれん」
「あの時?」
「オノゴロで彼女の兄、シン・アスカを保護した時のことだ」
オノゴロ島山中での戦闘による爆発で、シンはただ一人助かった。
あの場で血塗れになっていた家族の内、生存者がいるとは信じられないことだろう。
「生きていたとすれば、生死の判断を確認しなかった私の失態だな」

471 :I and I and I(3/7):2006/04/15(土) 22:50:44 ID:???
溜め息混じりにトダカが言う。
その顔は、申し訳なさに包まれていた。
「それで、ヴィアのお兄さんの行方は?」
「プラントへの移住は私が勧めたが、その後はな…。もう二年、音信不通だよ」
苦笑しつつ、トダカはそう話す。
この時でもう既に二年の月日が流れてしまっているのだ。
生活圏を宇宙にまで伸ばしたこの時代、行方不明の人間を捜すことなど不可能に近い。
「ワタシ、プラントに行きます」
しかし、マユは強い口調で、そう言った。
「無謀だよ…プラントだって、何億という人が暮らしているんだ」
「それにこの世界情勢で、シャトルの手配が簡単にできるはずもない」
「それでも、ワタシは会いに行かなきゃならないんです!」
二人の言葉を振り払うように、マユが声を張り上げる。
室内に余韻が響く。
「会わなくちゃいけない…!!」
会いたい、ではなかった。
マユはある決意を秘め、大声を上げてまで主張する。
マユという名前を聞いても、自分の名前という実感が持てない。
自分の素性を知れば知るほど、マユという自分が自分でないように思える。

472 :I and I and I(4/7):2006/04/15(土) 22:52:33 ID:???
そんな中で家族に再会しても、その相手を家族と、実の兄だとわかるのだろうか。
マユの決意は、賭けでもあった。
兄と再会して、何も思い出せなかったら、もうマユを引きずるのはやめようと。
自然に記憶が戻るまで、ずっとこのままヴィアでいようと。
そう心に強く決めていた。

さほど長くかからず、マユはすぐにプラントへ向かえることになる。
マユ達が帰国して間もなく、カガリとアレックスことアスランは、ザフト艦にて帰国した。
そのアスランが、帰国して早々プラントに向かうというのだ。
カガリもアスランも、マユのことは知っている。
マユの兄がプラントにいるとなれば、同行させないわけにもいかない。
だが、マユの兄がマユ達のすぐ側にいるということは誰も知る由はない。
シンが軍人になったことを、トダカは知らない。
シンがオーブに入港したザフト艦に乗っているということを、マユ達は知らない。
マユの兄がシンだということを、アスランとカガリは知らない。
ともかくマユの兄がプラントにいる、ということだけをアスランとカガリは聞いていた。
知らないづくしの偶然の結果、近くにいるというのにプラントへと発つ。

473 :I and I and I(5/7):2006/04/15(土) 22:54:17 ID:???
「それじゃあ、行ってきます」
「本当に一人で大丈夫か?」
相変わらずカズイの心配症は続いていた。
しかし、ただの心配ではないということを、マユは気付いていた。
「もう、ワタシのために、自分のしたいことを犠牲にしないでください」
「え……」
「カズイさん、本当に今までありがとうございました。ワタシは、一人で平気です」
深く頭を下げ、マユは言った。
マユに対するカズイの過保護ぶりは出会った頃から変わっていない。
それが鬱陶しかったわけではない。
ただマユには、単に優しくしているだけではないと感じていた。
「ヴィアは…俺が守ってあげなくちゃって、ずっと思ってた」
重い口調で、カズイが言葉を綴る。
「戦いから逃げた俺ができることだから。俺がしなきゃいけないことだから」
そう自分に枷を付け、納得してきたのだろうか。
自分にあわないことを無理にする必要はない。
その逆にあわないことをする勇気も時には必要になる。
「ワタシだけを見なくて大丈夫です。カズイさんがしたいことは、ワタシを守ることじゃない」
しかし、カズイのしていることは、アークエンジェルに乗っていた時と同じである。

474 :I and I and I(6/7):2006/04/15(土) 22:56:34 ID:???
あわないことをする勇気も時には必要になる。
「ワタシだけを見なくて大丈夫です。カズイさんがしたいことは、ワタシを守ることじゃない」
しかし、カズイのしていることは、アークエンジェルに乗っていた時と同じである。嫌々ではないにしろ、本意ではない。
マユはそれがわかっていた。
だから、カズイの負担になりたくはなかった。
「カズイさんのしたいことは、世界のどこかで困っている人に、手を差し延べてあげることでしょう?」
カズイのしたいことは、マユを守ることではない。
マユのような戦災被害者に、手を貸すことだ。
それが、戦う代わりにしようと、カズイが決めたことだった。
そのことを、カズイは今更ながらに思い出す。
「…無理は、しないで」
いつか言ったセリフを、曖昧な笑みに混ぜて、カズイは呟いてみた。
「はいっ!」
そんな呟きをしっかり聞き取って、マユはいつものように笑顔で返す。
マユはプラントへ向かい、カズイはサイと共に被災した各地の復興支援に向かう。
それぞれの道を、それぞれの足で。

マユとアスランと、オーブから数名のスタッフが、シャトルに乗り込む。

475 :I and I and I(7/7):2006/04/15(土) 22:58:10 ID:???
「ヴィア、これまで君と一緒にいることは余りなかったが、これからはよろしく頼む」
「はい、アレックスさん。それとも、アスランさん…ですか?」
悪戯するようにマユは笑って、アスランに訊いてみた。
少し複雑な顔をして、
「…どっちでもいいよ」
とアスランは答える。
マユとヴィア。
アスランとアレックス
互いに二つの名と二つの顔を持つ者。
解決するのか、決別するのか、その答えを出そうとするマユ。
迷い、悩み、その答えを探すアスラン。
そこに何が待っているのかもわからないのに、何も待っていないかもしれないのに。
二人は焦り、そして急ぎ、行き着く先の答えを見付けようとしていた。

『件名/足長お兄さんへ
 本文/少しの間、メールが届かなもしれないところを行くことになりました。
 ワタシ、ずっといろんなことを考えてたんです。
 考えても、答えは出ないまま、曖昧なままだった。
 でも今度は、その答えが出るかもしれない。
 だから行ってきます。
 また帰ってくるその日まで、お元気で』