- 317 :I and I and I(1/8):2006/05/09(火)
20:08:04 ID:???
- ワタシには見える、あなたの顔が。
顔で笑っていても、きっと心で泣いている。
その顔が、偽物とか、嘘とか、そんなことは言えないけど。
でも、自分の心を偽ることだけはやめてください。
平気で笑って、嘘をつくのはやめてください。
本当の顔が、泣いているから。
〜I and I and I〜 第九話「本当の顔」
プラントに到着して数時間が経った。
オーブ大使館役員と合流し、アスランはプラント評議会現議長であるデュランダルとの面会を希望する。
だが、この数時間、プラント政府からの連絡は無い。
地球連合との関係でごたこだしているのはわかる。
プラントは今、全圏に戒厳令が敷かれ、言い知れぬ空気に包まれていた。
「そうだ、ヴィア。君の兄さんのこと、聞いていなかったな」
「あ、そうでしたね」
「どんな人なんだ?名前は?」
「知っているという人に話を聞いただけだからどんな人かはわかりませんけど、名前はシン・アスカっていいます」
そうか。アスランはそう言うと、話は終わる。
そしてどちらとも喋ることなく、沈黙が流れ…
「シン!?シン・アスカだって!?」
…沈黙は流れず、アスランが驚いた顔をしてマユに向き直った。
- 318 :I and I and I(2/8):2006/05/09(火)
20:09:25 ID:???
- 「は、はい…。プラントに移住したけど、その後はよくわからなくて…」
だからアスランに同行し、デュランデルか誰か適任者に兄を探してもらおうとしているのだ。
事の真相を知ったアスランは大きな溜息をついて、頭を抱える。
「シン…そうか、シンか」
シンとはアーモリーワンでのモビルスーツ強奪事件で行動を共にした。
その際にシンは、オノゴロ島でアスハに家族を殺されたと言っていた。
マユはマユで、オノゴロ島でモビルスーツの戦闘に巻き込まれ、カズイ達に発見された生存者である。
繋がる箇所は数ある。
恐らくは、いや確実に、これは一本の線で結べてしまう。
「知ってるんですか?その、シン・アスカさんを」
「あぁ…俺がプラントからオーブに戻るまで乗っていた艦のモビルスーツパイロットだよ」
「オーブに戻るまでって、じゃあ…」
「オーブに寄港したザフト艦、ミネルバは今、地球さ」
出発する前に聞いておくべきだった。
そうアスランは後悔した。
シンの居場所を聞いたマユは、落胆していた。
決別か和解かが、また遠退く。
それとも今、ここで決断してしまうべきなのか。
「ちょっと、顔を洗ってきます…」
- 319 :I and I and I(3/8):2006/05/09(火)
20:11:06 ID:???
- アスランは立ち上がる。
それに呼応するように、マユも立ち上がった。
「ワ、ワタシもトイレ…」
自分がプラントにいる理由がなくなり、どっと力が抜けた。
マユは鏡に映る自分の顔を、ぼーっと見つめている。
「どっちが本当の顔なのか、はっきりさせようと思ったのに…」
マユ・アスカ。
記憶を失う前の自分の名前。
両親がいて、兄がいる。家族に囲まれた自分。
ヴィア。
記憶を失った後の自分の名前。
家族はいない。だが、大切な人にたくさん出会えた。そんな自分。
鏡に映る自分は、果たしてどちらなのか。
未だ、答えを出すきっかけがが得られない。
トイレから出ると、アスランも丁度トイレから出てきた。
「すまなかった。前もって聞いておけば、すぐに会えたんだがな…」
「ワタシこそごめんなさい。先に言っておけば…」
お互い、気苦労が絶えない。
苦笑混じりの会話を続けながら、マユ達は通路を進む。
「えぇ大丈夫。ちゃんとわかってますわ」
戒厳令のせいで、自分達以外は全くいないはずの中で、声が聞こえた。
それは聞いたことがあるような、知人によく似た声。
「時間は後どれくらい?……なら、もう一回確認できますわね」
- 320 :I and I and I(4/8):2006/05/09(火)
20:12:42 ID:???
- 「ラクス…?」
アスランが、驚いたような声を上げる。
その声に気付いたのか、くるっとその人物は振り返った。
「アスラぁンっ!」
狂喜乱舞しそうな声を出して、その少女は一目散に駆け寄ってくる。
「わぁ、嬉しい…やっと来てくださいましたのねっ!」
少女は満面の笑みを向け、アスランに話かけてきた。
混乱して、どぎまぎとするアスラン。
マユは、ただ少女の顔を見つめ、眉間に皺を寄せていた。
「ラクス…さん?」
マユの脳内に浮かんだ疑問は、何故オーブにいるはずのラクスがプラントにいるのか。
ではなく、何故アスランはこの少女をラクスと呼んだのか、だった。
声質はラクスとよく似ている。
髪飾りはラクスのものとは違ったが、別の種類だと言われればそれで納得できるような物だった。
だが、顔や髪色は、マユの目にはどう見てもラクスには見えなかった。
「ラクス様」
「はい、わかりました。それでは、また」
スーツの男に声をかけられると、ラクスと呼ばれた少女はアスランに微笑み、そして行ってしまった。
呆然とするアスラン、不思議そうにするマユ。
そんな二人の元へ、評議会の面々がやってくる。
- 321 :I and I and I(5/8):2006/05/09(火)
20:14:16 ID:???
- 「やあ、アレックス君。それと…君はヴィア君だったね、話は聞いているよ」
面々の中心に、デュランダルはいた。
「君達とは面会の約束があったね。いや、だいぶ待たせてしまったようで、申し訳ない」
「あ、いえ…あの…」
「ん?どうかしたかね?」
「いえ……なんでもありません」
先程の出来事を引きずっているのか、アスランは頭を振って自分を落ち着かせる。
デュランダルと目があったマユは、静かに頭を下げた。
面会の準備が整い、マユとアスランとデュランダルは、三人だけの話を始める。
まず上がった話題は、アスランの訊きたかったプラントの情勢でも、マユの訊きたかった兄のことでもなかった。
開戦し、核を装備した地球軍がプラントへ侵攻したという話題だった。
驚愕するアスラン、そして顔を曇らせるマユ。
ニュートロンスタンピーダーによって被弾こそしながったが、プラントが危険であったことに変わりはない。
「事態を隠しておけるはずもなく、知れば市民は皆、怒りに震え叫ぶだろう」
『報復を!!』
マユは思わず片耳を塞いだ。
デュランダルの声が響くだけの室内だというのに、誰かの声が耳の中に響き渡った。
- 322 :I and I and I(6/8):2006/05/09(火)
20:15:44 ID:???
- 「今また先の大戦のように進もうとする針を、どうすればいいんだね?」
『守るためよ、戦うわ!!』
『犠牲が出てからでは遅いんだぞ!!』
『もう話し合える余地などない!!』
各々の叫びが、マユの耳の中に木霊する。
マユにとっては、耳にしたくはない罵詈雑言の数々。
「怒りと憎しみだけで、ただ撃ち合ってしまったら駄目なんです!」
不協和音に耐えるマユの横で、アスランはデュランダルに訴えた。
「アレックス君…」
「俺は、アスラン・ザラです!二年前、どうしようもないまでに戦争を拡大させ……」
アレックスの苦渋に満ちた声が、室内に響く。
「愚かとしか言いようのない憎悪を世界に撒き散らした…あのパトリックの息子です!!」
アスランは狂ったように叫んだ。
また戦争を起こさせたくはない。
その一心が、彼をこんなにも乱れさせる。
「いや、そうじゃない、アスラン」
デュランダルが、そんなアスランを静かになだめた。
「君が父親であるザラ議長のことをどうしても否定的に考えてしまうのは、仕方のないことかもしれないが」
優しく、落ち着かせるように、デュランダルはアスランに語りかける。
- 323 :I and I and I(7/8):2006/05/09(火)
20:17:22 ID:???
- 「だが、ザラ議長とて、初めからああいう人だったわけではないだろう?」
そういえばと、アスランは思い出した。
アスランの母親であり、パトリックの妻であったレノア。
彼女が亡くなった後だろうか、パトリックが地球を討つことだけに目を向け続けたのは。
「思いがあっても、結果として間違ってしまう人はたくさんいる」
だから自分達はそうならない道を選んだのだと、アスランは思い出す。
「また、その発せられた言葉が、それを聞く人にそのまま届くとも限らない」
だが、今また、戦争が始まろうとしている。
「受けとる側もまた、自分なり勝手に受け取るからね」
「議長…」
間違っていたのは、言葉を発する側なのか、受け取る側なのか。
それとも、どちらもか。
「みなさん…」
室内でただ点灯していたモニターから、突然誰かの声が聞こえた。
「私はラクス・クラインです。皆さん、どうかお気持ちを鎮めて、私の話を聞いてください」
マユはまた、顔を強める。
ラクス・クラインと名乗る少女。
だが、マユにはラクスとは似ても似つかない少女に見える。
マユはモニターから、アスランとデュランダルに目線を移した。
- 324 :I and I and I(8/8):2006/05/09(火)
20:18:51 ID:???
- アスランは本物のラクスを見るような目で、デュランダルは当然とばかりの表情で、モニターを見ている。
「ラクスさんじゃないのに…」
「何か言ったかね、ヴィア君」
「あの人…ラクスさんじゃない。声は一緒だけど、顔も髪の色も違います」
マユの顔に、アスランとデュランダルの顔が変わった。
このラクスがラクスでないことは、アスランもデュランダルもわかっている。
ただ、顔と髪の色が違うというのは、おかしな話だった。
「ヴィア君、それはどういう意味かね…」
「だって髪の色は少し濃い灰色だし…顔だってラクスさんとは違う顔だし…」
そうじゃないんですか?そう付け足して、マユは不安げな顔をする。
アスランとデュランダルは、顔を見合わせた。
「議長、彼女には不思議な力があるようです。目には見えないものが見えるとか…」
「見えないものが、見える……」
最初は疑いの眼差し。
だがすぐに、そんな眼差しは、深みのある微笑に変わった。
「俄かには信じられんが、もしそんな力があるのなら、全ての人が理解しあえるかもしれない」
マユを見ながら、デュランダルの話は続く。
「発せられた言葉を、全ての人が何の邪気もなく受け取れる術は……ないものかね」
続