- 15 :9:2006/05/27(土) 01:05:52 ID:???
とりあえず予告編チックに書いてみる事にしました。駄目そうなら即時停止。
《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 0 “はじまりの、はじまり”
彼女には、右腕が無かった。
彼女には、右腕を失った記憶が無かった。
彼女には、彼女が彼女たる証が無かった。
「同調の具合はどう? こっちの調査だと、オールグリーンだったけど」
ベッドに横たわったマユ=アスカに医者が話しかけてくる。マユは金属のフレームが剥き出しになった義手を見た。
関節部分に信号が伝わって、人差し指と中指がゆっくりと曲がる。医者に顔を向けて、笑みを浮かべた。
「大丈夫です、先生。きちんと、繋がってます」
「そう…良かった。マユちゃんはまだ育ち盛りだから、義手の調整も頻繁にしなくちゃいけないのよ。軍の定期健診だけじゃ、スパンが短すぎるから」
「はい…」
今世界中に溢れているだろう、戦災孤児。前の大戦で、君は君の家族を全て失ってしまったらしい、とプラントの福祉課に告げられた時、
マユは曖昧に頷く事しか出来なかった。家族を失った時見ただろう光景、音、全てが記憶から欠落していたからだった。戦争の影響か戸籍を確認できず、マユ=アスカという名前も、その時持ち歩いていた品から出てきたものだ。
記憶障害が、悲惨な事故を忘れたい為に脳が取った防衛行動だと説明されても、やはり頷く事しか彼女には出来なかった。
思い出せないものは思い出せないし、それほど悲惨な記憶ならば思い出せない方が良いと、そう考えるしかなかったのである。
これから先も思い出す事はないだろうと、そう思っていた。
「本当のところを言えば、訓練に戻るのは明日からの方が良いと思うわ」
「有難うございます……でも、隊長が厳しい方なので」
「みたい、ね。ちょっとした有名人よ、あの人は」
ベッドから起き上がって空色の病人服を脱ぎ、傍らに掛けてあった赤の制服を手早く身に着けていく。
最後に訓練兵用のIDカードを胸元で留めた。選り抜きのエリートとは認められたものの、MSの搭乗回数はまだ10を越えていない。
今日は実弾を使用する本格的な演習を控えていた。
「では…失礼いたします、先生。御世話になりました」
どこかあどけなさを残した笑みを浮かべ、マユは敬礼してみせる。
『Mayu Asuka:Jule Unit』と書かれたカードが室内灯を反射した。
- 18 :9:2006/05/27(土) 21:32:35 ID:???
- 有難うございます。もう一つ前振りを…
Episode 0 “まどろみ”
「大切な人が、いたんだ」
「えっ?」
シミュレーターの中で、シン=アスカはそう独りごちた。横合いでモニターを覗き込んでいたルナマリアが、呆けた声で聞き返す。
「いたんだよ」
「な、なに?いきなり」
何処か遠くを見つつ、シンは無造作に操縦桿を動かす。人差し指がトリガーを押し込み、画面内の人型が弾け飛んだ。
「大切な女の子が、昔いたんだ。…ああ、いや、小さい男…弟だったかな?」
「……昔、って…シンが、オーブにいたころ?」
「そう」
あっさりとした返答を聞き、ルナマリアは言葉に詰まる。シンがあの国でどんな経験をしたのかという事は、
当たり障りのない範囲で聞いていたからだ。
「……そ、その人って、あの…何時も持ってる携帯電話と関係があるの?」
「さあな」
「ちょっと……あたし、真面目に聞いてるんだけど?」
半眼になったルナマリアを面倒くさそうに見返し、シンは手を振った。
「仕方ないだろ。それ以外は覚えてないんだ。大体これだって…」
太腿のポケットから取り出したのは、半壊した携帯電話。カバーを開けて、スイッチを入れる。
耳障りな電子音が上がった。
「こんな音声データじゃ、何も分かるもんか」
『はい、…ユでーす。でもごめ…さい、今……』
金属を擦り合わせるようなノイズ交じりに聞こえるか細いメッセージ。
画面も真ん中にヒビが入り、捲れ上がってしまっている。
「復元、できないのかな」
「ハードが此処まで壊れてたら無理だって。それに」
暗転したモニターを見つめていたシンが、ゆっくりと目を閉じる。
「『大切な人』がどうなったのか、大体想像がつく。もう、良いさ」
「シン、ルナマリア、時間だ。移動しよう」
「あ、レイ。うん…解った」
「直ぐに追いつく。先に行っててくれ」
シンの座っていたシミュレーターの向かいに、金髪の男が立っていた。
彼に促され、何か言いたげだったルナマリアがシンから離れていく。そして、
一人残ったシンはゆっくりと天井を見上げた。
「大切な人の顔も、名前も、忘れてしまったけれども」
脳裏に浮かぶのは青空。そして、翼を広げたモビルスーツ。
「忘れてない物も、ある……んっ?」
鈍い痛みを覚えたシンは、不思議そうに自分の両手を見下ろす。
気付かない内に握り締めていた両手の平に、赤黒い爪跡が刻まれていた。
- 27 :9:2006/05/28(日) 23:29:40 ID:???
- 《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 1 “日常”
「やああっ!」
マユの乗ったザクウォーリアがビームトマホークを振りかざす。識別灯を光らせる十字の
ターゲットを熱の刃が叩き切り、『Destroyed』の表示が浮かび上がった。
「次!」
トマホークを盾に納めた機体が、加速した勢いのまま向きを変える。
突撃銃を両手に構えさせ、モノアイが輝いた。その先には低速で移動する第2のターゲット。
漆黒の宇宙に緑の光条が煌いた。3連射の内1発がターゲットに当たって破壊する。
それを確認した後、マユは戦艦の外壁で作った障害物に機体を滑り込ませた。
直後、通信が入る。2方向から回線が繋がれ、画面が分割された。
『もっと距離を詰めてからトマホークを出せ! あれでは良い的だぞ!』
「はい、隊長!」
『マユちゃん、偏差射撃を使うんだ。FCSの表示をよーく見てみろ』
「はい、エルスマンさん!」
『ディアッカって呼んで良いぜ?
可愛い女の子は何人でも歓迎さ』
『戯れるなディアッカ!墜とすぞ!?』
『んなピリピリすんなっての、イザーク』
「あ、あの、お2人とも…?」
自分の教官である2人を交互に見るマユ。上手く仲裁しようとするも、何時も割って入れない。
『俺に意見するのか貴様! 自分の立場を…』
『だからそうやって直ぐに熱くなるなっての。これで白服とはねえ』
『貴ッ…!』
「あの……あ、ああ……」
おろおろするマユの目の前で始まった舌戦。自分への本格的な指導は当分先だろう。
「……あー、あ」
マユは音声通信をミュートに切り替え、溜息交じりに演習記録を読み始めるのだった。