96 :9:2006/06/03(土) 23:10:48 ID:???
《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 3-1“発露”

 虚空の海をひた走るナスカ級高速戦闘艦。その向かう先に、巨大な砂時計が浮かんでいた。
「出撃割を発表する!」
 ボルテール格納庫。ザクウォーリアのコクピットで簡易調整を行っていたマユは、
機内に飛び込んできたイザークの声に小柄な身体を跳ねさせる。
『イザーク=ジュール! ディアッカ=エルスマン! ……以上!』
 自分の名前が呼ばれなかった事に一瞬安堵するマユ。直後、胸騒ぎが込み上げた。
『ハ、2人ね。素直に総員出撃って言った方が早いんじゃないの?』
『っるさい! ……せめて『アイツ』が研究所から戻っていればな……!』
「あ、あの……」
『あぁ、なんだ?』
 何時も不機嫌そうなイザークが銀髪を揺らし、マユを睨みつける。
「あの、私は……」
『演習ファイルを見直していろ。帰ったら反省会だ』
『そーそー。マユちゃんが出るまでも無いって。直ぐ片付けて帰って来るぜ』
「……はい」
 何処か余裕を感じさせる2人の様子を見て、マユは曇った笑みを浮かべた。
死ぬのは、嫌だ。特別に戦いたいわけでもないし、訓練兵の自分は極力危険を避けるべきだ。
特に赤服を着る身としては、個人の損失がザフトの損失に繋がる。理屈では、そう解っている。

 死ぬのは、嫌だ。けれども記憶を失い、存在の証さえ無かった自分に対し、まるで兄のように
接してくれた2人と離れ離れになるのは、役に立てないのはもっと嫌だった。
 特に2人は、これから戦場に行くのだ。これが最期の会話になるかもしれないと思うと、
胸の奥が締め付けられた。けれども、この状況で不平不満は許されない。
 右腕を持ち上げ、弱弱しく敬礼した。
「行ってらっしゃい、隊長…ディアッカ、さん」
『イザーク=ジュール、出るぞ! ディアッカ、フォローしろ!』
『了解。ディアッカ=エルスマン、発進する』
 最大戦速を維持するボルテールのハッチから発進する2機。その様子をモニターで
見送ったマユは、狭いコクピットで身を屈め、膝を抱く。
「行って……らっしゃい…」
 アーモリーワンの防衛ラインに幾つもの小爆発が咲き乱れたのは、その直後だった。

97 :9:2006/06/03(土) 23:13:14 ID:???
《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 3-2“発露”

 アーモリーワンに強襲を掛けたダークダガーLを駆る特殊部隊は、健闘した。
交戦開始から20秒で初期の防衛隊を制圧。敵を大破させず、人の乗った『生きた盾』
を大量に生み出す事で、次々に押し寄せる増援を凌ぎ続けたのだ。
 しかし、地の利と物量の強みはやはり揺るがなかったのである。
「こっちは後何機だ!」
『隊長殿の機体を含め、7機であります! 3機を喪いました!』
「パイロットは!」
『脱出ブロックは全機分確保しております! しかし敵が多すぎて…!』
「全員生還が前提だぞ! 万一ザフトに捕まって物証が……ぐあっ!?」
 複雑な軌道を漂う残骸の隙間を、真紅の閃光が貫く。
キャノンパックを再装填していたダガーLの左腕がビームで千切れ飛び、手に持った弾倉
が爆発して機体が跳ね上がった。
『隊長殿! 今、援護に!』
「……来るな!」
 砂時計外壁に叩きつけられたダガーLが姿勢を取り戻しかけた時、既に勝敗は決していた。
砲口に光を残す長射程ビーム砲『オルトロス』を構えたガナーザクを後ろに従え、
蒼いスラッシュザクファントムが巨大なビームアックスをダガーLに突きつける。
『此処までだな! 武装を解除して機体から降りろ!』
「……その指示には、従えん」
 指向性のレーザー通信で入ってくる年若い男の声に答えつつ、ひきつった笑みを見せる隊長。
 各部出力は低下し、ビームカービンは既に銃身が焼きつき、無反動砲も弾が無い。
「かといって蒸発させられるわけにもいかん。フ……厄介な身の上でな」
『貴様……嘗めるなッ!!』
 コクピットにアラームが鳴り響いた。ビームアックスがハッチに食い込んだのだ。
「悪ガキのお守りで…あの世行き、か。やれやれ、ヤキが回っ…」
 その時、背中を向けていたアーモリーワンの整備用エアロックが内側から弾け飛んだ。
『なっ!?』
 爆炎と共に内部から次々に現れるMAカオス、ガイア、アビス。
『セカンドステージ…! チッ…食い止められなかったのか!』
 MAカオスのミサイルランチャーが、アビスのビーム砲が展開し、距離を開けた2機の
ザクに狙いをつける。
『かわせ、ディアッカぁ!』
『やれるもんなら……!』
 視界を塞ぐほどのミサイル、ビームの奔流が2機に襲い掛かり、閃光が宙域を染め上げた。

98 :9:2006/06/03(土) 23:14:48 ID:???
《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 3-3“発露”

「…っ」
 防衛ラインで起こった何度目かの大爆発をモニター越しに見て、マユは細い肩を竦める。
あそこでイザークとディアッカが戦っているのだ。そう思うと震えが止まらない。
戦争では人が死ぬのだと頭で理解は出来ても、受け入れるには辛すぎる事実。
 ヘルメットのフェイスプレートを上げて、滲む熱い雫を手の甲で拭う。
「駄目だ……私…もっとちゃんとしなくちゃ……赤服、なんだから……」
『…聞いてくれ、アスカ君』
「あっ!? は、はい!」
 その時、通信モニターに艦長が表示された。慌てて目を擦るマユ。
『行動不能に陥っている友軍機を発見したのだが、此方の通信が届かん。救助を頼めるかね?』
 同時に、サブモニターが点灯してその様子が映る。岩塊や過去の戦争の残滓が漂う
デブリ帯に、両腕、右足、そして頭部の半分を失ったゲイツRが、戦艦のスクラップに
填まり込んでしまっている。
『勿論、君はこれを拒否できる。君はまだ訓練兵であり、作戦行動に対する…』
「やります。……いえ、やらせて下さい」
 艦長の言葉を遮り、目元を赤くはらしてマユはかぶりを振った。
 とにかく、動きたかった。何か作業をしないと、不安で押し潰されてしまいそうだったから。
「今乗っているMSパイロットは私だけの筈です。私に、行かせて下さい」
『……頼んだ。距離と障害物の関係上、カタパルトは使えない。ハッチを開けるぞ』
 その言葉を聞きつつ、マユはザクウォーリアを起動させた。各所のケーブルが外され、
格納庫の中でゆっくりと立ち上がっていく。
『座標データを送る。……くれぐれも油断するな。何かあれば、直ぐに帰艦するんだ』
「了解しました。マユ=アスカ、ザク、発進します!」
 格納庫の床を蹴ったマユ機が、光の灯らぬ長い通路を抜けて行く。そのまま宇宙空間へと
足を踏み出した。アーモリーワンとボルテールから現在位置を把握し、友軍機のポジション
をメインモニターに表示する。機体を其方に向け、ゆっくりとペダルを踏み込んだ。
「……レーダーの効きが悪い。デブリが、邪魔してるんだ…」
 頭に叩き込まれた知識を口に出して、平静を保とうと努める。無音の闇の中を滑るように
マユ機が移動する。
 そして7秒後、マユ機は破壊されたゲイツRに取り付いた。

99 :9:2006/06/03(土) 23:16:55 ID:???
《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 3-4“発露”

「あの……助けに、来ました。無事、ですか?」
 ゲイツRの凹んだ胸部に触れて回線を開いたマユは、おずおずと言葉を発した。
モニターに変化は無い。ゲイツRの通信能力は、ほぼ完全に失われているようだった。
「あの……今からボルテールに帰ります。デブリを解体しますから……」
『逃げろ!』
「ひっ…」
 突然通信画面にノイズが走り、ザフト兵が映った。
「えっ…?」
『逃げろ! 俺を置いて艦へ戻れ! 直ぐに離れろ!』
 一言ずつ区切り、明瞭に発音するザフト兵。けれどもマユは動けない。
「ほ、放っておけません! 今助けます!」
『違う! これは罠だ! 敵が後方にいるんだ! 早く!!』
 直後、レーダーに光点が輝き、マユ機とゲイツRの直ぐ傍に砲撃が突き刺さる。
スクラップに残留していた推進剤に引火し、2機は艦体の爆発に呑み込まれた。

 省力モードで潜んでいたダガーLの無反動砲から煙が排出され、次弾が装填される。
「直撃を狙ったつもりだったが……外したか」
 スコープを上へ押しやったパイロットは、機体の各部をチェックする。
 僚機を横目で見つつ、レーダー上の敵艦を確認した。
『どうだ、新型はやれたか?』
「レーダーでは確認できませんが……恐らく」
『よし、後はあのナスカ級だ。あれを押さえれば、退路の確保は万全……』
 動き出すボルテールを見て、2機のダガーLがデブリに滑り込む。
「さっさと、片付けますか」

 怖い。怖い。怖い。アラームが、赤い警告灯が、推進剤の爆炎が怖い。
「あぁっ……あああぁーっ!!」
 顔をくしゃくしゃにして、マユは泣き叫んだ。腕の中から抜け、別のデブリに叩きつけられた
ゲイツRの残骸。その半分砕けたモノアイが自分を見つめている。ひび割れたコクピットハッチ
の中がどうなっているか解らない。爆風と破片からは庇ったつもりだが、保証などなかった。
「う、ううぅっ!……っく……ひっく……」
 泣きじゃくるマユの霞んだ視界の中で、ダガーLの航跡がボルテールに迫っていく。
CIWSの火線が2機を追うも、巧みにデブリの間を縫う彼らを捉えきれない。
「私…わたし、は……」
 爆発で煽られた機体を立て直す。機内のアラームが止まった。まだ、動けるのだ。
「私はあああぁっ!!」
 再び叫ぶ。今度は悲鳴ではなく、戦吼。スラスターを全開し、ボルテールへと翔んだ。

100 :9:2006/06/03(土) 23:19:43 ID:???
《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 3-5“発露”

「ッ! 新型が来ます!」
 先程マユ機に向けて砲撃したパイロットの声に緊張が混じる。
『仕留め切れなかったというのか!? 何という……!』
 ダガーLを猛追するザクウォーリア。太い噴射光が不規則な航跡を描いてデブリ帯を
駆け抜ける。迎え撃とうにも、ボルテールの弾幕が邪魔で満足に動けない。
『くそ! 先にMSを始末するぞ! ダメージを負っている筈だ!』
「了か……」
 その時、2機のダガーLが潜んでいたデブリに円筒が投げ込まれ、激しい閃光が迸った。

 閃光弾を投げ込みつつ、マユは盾に納めていたビームトマホークの柄を掴ませる。
「もっと近く……もっと速く……!」
 イザークの言葉が、表情が思い出される。無反動砲を背負ったダガーLが此方を向いた。
シールドの内部でトマホークを起動させ、盾の縁から輝きが漏れ始める。
「もっと近く……もっと速く……!近く、速くっ!!」
 無反動砲の砲口が一瞬光った時、マユの指先が操縦桿を弾いた。肩部と腰部のスリットが開き、
スラスター光が噴出す。機体が翻り、胸部を狙った砲弾が虚空の彼方へ消えた。
「うわあああぁっ!」
 抜き打ちの如く閃いたトマホークがダガーLの右肩に深々と食い込み、そのまま脇を抜ける。
 まだ終わらない。機体を振り返らせ、2発目のグレネードを掴み取った。
「これでえぇっ!!」
 トマホークを叩き込まれて仰け反った敵機の背部に投擲した。咄嗟の判断か、切り離された
敵のキャノンパックに炸裂弾が当たり、爆発。パックを失った方がデブリに
機体をめり込ませ、
バイザーの奥で火花を散らすと共に機能を止めた。残った片方が、最大速度で離脱を図る。

「ポイントチャーリーで緊急事態発生! 僚機を救助できん! 応援を……!」
 コクピットに飛び込んだ耳障りなロックオンアラームに、パイロットの表情が青ざめる。
「な、何だと……」
 たっぷり1秒以上のアドバンテージがあったにも拘らず、ザクウォーリアが
ぴったりと追随してきていた。砕けたショルダーアーマー、各所に走る火花、炎で曇ったモノアイ。
 そして、構えられたビーム突撃銃。必死に速度を上げ、機体を振って引き離そうとするも、
スラスターの性能差で抑え込まれる。
「化物、か……ッ!」
 為す術もなく、3連射されたビームがダガーLの右脚、左手、バックパックを撃ち砕いた。

101 :9:2006/06/03(土) 23:23:07 ID:???
《機動戦士ガンダムSEED Scars of…》
Episode 3-6“発露”

 致命傷を負ったダガーLが、鮮血のように推進剤を散らしながらデブリにしがみつく。
 バックパックの残滓が弾け、脱出ブロックが排出された。
そして機体の何処かから上がった火花に引火したか、唐突に燃え上がる。
宇宙に咲いた華の中で、機体が足掻く。その様子を見ていたマユの乾いた唇から声が上がる。
「あ……痛ッ…!」
 見下ろしたのは、右腕の義手だった。
「え、どうして……故障? こんな時に……!」
 燃え盛る炎。辺りに漂う瓦礫。そして、フラッシュバック。

 目の前に、1人の男性が立っていた。手を伸ばして近づこうとするも、動けない。
声を上げた。待って、と言っているのだろう。声は届かない。聞こえない。
 右手を振ろうとする。動かない。右手自体が、見えない。そして男が振り返った。
 黒い髪の色、紅い瞳が見えた瞬間、マユの意識は深い泥流に巻き込まれる。
目の前で幾度も黒と紅が交錯し、螺旋を描き深淵へと引きずり込まれていく。
 恐ろしくは無かった。その泥濘のうねりは、優しくて、暖かくて―
「……お、兄ちゃ……」
 大粒の涙を流しながら穏やかな笑みを浮かべたマユは、そのまま意識を手放した。

『マユ! マユっ! ……艦長!なぜマユを出した!』
『申し訳ない、隊長。他に、友軍を救う手が無かった。しかし良く無事で…』
『そんな事は良い! 病院船に連絡を入れろ! 緊急だ!!』
 右舷エンジンが中破したボルテールの傍に、3機のMSが集まっていた。
 イザーク機の右腕、頭部は無く、そして全身には夥しい傷痕が刻まれている。
ディアッカ機と共にアビス、ガイア、カオスと1分間余り交戦し、戦い抜いたのだ。
『大丈夫そうか? イザーク』
『俺が知るかぁ!!』
『へーへー……しっかし、やってくれるぜ……』
 両脚と左腕を失ったディアッカ機が、乏しい推進剤を使って周囲を見渡す。
マユが2機のダガーLを行動不能にした直ぐ後に、セカンドステージ3機と残存する
ダークダガー隊が此処を通過したのであった。幸い彼らの興味はボルテールに無く、
通り抜けざまに無反動砲1発とミサイルを浴びただけで済んだ。彼らは脱出ブロックを
回収した後、全速で宙域を離脱していったのである。
『面倒な事に……なんなきゃ良いんだけどな』
 自機を抜け出したイザークがマユ機のコクピットハッチに取り付く。その遥か彼方に、
地球の蒼が静かな輝きを放っていた。

to be continued
102 :9:2006/06/03(土) 23:49:39 ID:???


 というわけで、キリの良い所まで書きました。脱出ブロックなるシステムが
入っていますが、鈍くて脆いMS(特に量産機)には当然ついているだろうという事で、
本編設定を曲げて加えさせて頂きました。

<次回>
Episode4"軋む歯車"
「大佐、正直それはどうかと」