- 161 :9:2006/06/11(日) 11:51:11 ID:???
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Episode 4-1“軋む歯車”
「艦長、左前方にて目標を視認しました。……ダミーです」
オペレーターからの報告を受けたローラシア級の艦長は、小さく溜息をついた。
「やはりというか、何というか、か。モビルスーツ隊に破壊させろ」
「回収しなくてもよろしいのですか?」
「トラップの可能性が高い。それに、証拠も残っておるまい」
「了解しました。…やはり地球連合の部隊なのでしょうね、奴らは」
「連合とは現在停戦中だ。滅多な事を口にするな」
「ハッ……」
若い白服の言動を咎めつつ、艦長は苦い表情と共にMS隊の作業を見遣る。
アーモリーワンを襲撃した部隊および、その母艦『ボギー1』を追跡すべく
ザフト艦隊は総力を挙げていたが、状況は芳しくない。
まず奪われた新型とダガー部隊が撤退する間際に、アーモリーワンの防衛隊に向けて
対艦ロケット及び高出力のビームが撃ち込まれた。母艦かあるいは別のバックアップチームに
違いないという事で駆けつけてみれば、其処にはデブリに設置された、遠隔操作型の
砲台が置かれているのみだったのである。此処で大きく遅れを取った。
その上、敵艦は高性能クローキングデバイス『ミラージュコロイド』を装備していた為、
レーダーでの補足も不可能。ならばと他の反応を探知した所、疑わしい航跡が5つも出た。
其処から物量に物を言わせた虱潰しが始まり、現在に至る。
「これで……5つの内4つまでがネガティブ。当たりクジを引いたのは……」
「ミネルバ、ですね。新造艦の」
「うむ。ザフトきっての脚自慢だ。恐らくボギー1を補足出来るだろう」
制帽を被り直し、艦長は破壊されたダミーの光に眼を細める。
「とんだ進水式になってご苦労な事だが……ま、グラディス艦長のお手並み拝見、だな」
ヤキン・ドゥーエの戦い以降、益々密度を増しつつあるデブリ海。漂っていた残骸の一つが、
何かに突き飛ばされて流れていく。そして空間が揺らめき、ダークブラウンの船体が姿を
現した。横腹に書かれた『お客様の笑顔が、私達の喜びです』という赤い文字が光を反射し、
反対側の『長距離輸送はアムネシア通運を』というはげかかったペイントに
別のデブリが
当たって塗料を削り取る。エンジンを点火させ、瓦礫の海洋へと消えていった。
『ガーティ・ルー』。地球連合所属の特務艦にして、アーモリーワン襲撃部隊の母艦である。
- 162 :9:2006/06/11(日) 11:56:37 ID:???
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Episode 4-2“軋む歯車”
「当たりクジを、引いてしまいましたな……」
ガーティ・ルーのブリッジで指揮を取っていたイアン=リー艦長が、渋い表情でぼやく。
それを聞きつけた、グレーと赤で塗り分けられた仮面を被った男が雑誌から顔を上げた。
「補足されたのか? リー」
「その予定、です。放った測定ブイからデータを見るに、かなりの速度ですね」
手元のハンディコンピューターを閉じ、イアンは作業着と宇宙服が一体化した民間用の
ノーマルスーツの首元を緩める。
ブリッジクルーに制服を着ている者はいない。各々が持ち込んだような、統一性の無い
様々なスーツがあちこちで見かけられ、艦内は雑然としていた。
船体の外装、内装共に化学処理で古びた雰囲気を醸し出しており、さながらくたびれた
輸送船である。
「低温ガスを噴射する推進方法といっても、センサーに反応しない訳ではないのです。
案自体は数年前に考案されていた、クラシックな代物ですからね……」
「ダミーはバラ撒いたろう?」
「航跡を全て調べられればアウトです。時間稼ぎにはなりますが、完全ではない」
艦長席のコンソールを開き、イアンは仮面の男を見た。その瞳に浮かぶのは猜疑心。
「欠陥のあったハッキングツール、アーモリーワンへの強襲を最初から計画してあったかの
ような装備。……『スポンサー達』はもう平和に飽きたのですか?」
「……さぁ?」
口元から上を覆い隠す仮面の男と、実直を地で行く壮年の艦長。視線が交錯する。
「まぁ、良いでしょう。……ところで」
軽く咳払いし、イアンは改めて仮面の男を眺め回した。
「大佐、正直それはどうかと」
「はっ? 何が?」
「……その仮面に、ライトパープルのアロハシャツとハーフパンツはどうなのか、と」
「い、いや、どうかって言われても」
ネオ=ロアノーク大佐はヌード雑誌を閉じて、肩を竦めた。
「万一こいつが撃沈されて俺達の遺体が揚収された時に、身元が……」
「視界に入るだけで鬱陶しいので、着替えて頂けませんか?」
「おい……」
ネオの口元から笑みが消え、席から立つ。向き直るイアン。
「何が不満だ。色か。丈か」
「全部」
「ほー……」
互いの視線が火花を散らしかけた時、ブリッジの扉がスライドする。
「ネオっ!」
まだ少年の物といって良い高めの声が飛び込んできた。
- 163 :9:2006/06/11(日) 11:58:08 ID:???
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Episode 4-3“軋む歯車”
「君達!
最適化ルームで待機するよう伝えた筈だが!?」
イアンの厳しい声音に、アウルを追いかけてきたスティングが慌てて弁明した。
「お、俺はアウルを止めようとして! ステラは、走り出したアウルについてきて……」
「……解った。大変だな、君も」
ブリッジに雪崩れ込んできた3人を順に眺め、イアンはこめかみを指で押さえた。
「有難うネオ! オレずっと信じてた! 絶対助けてくれるって!」
2、3時間前と正反対の言葉と共にネオに駆け寄るアウル。両手を広げるネオ。
「アウル……」
口元に笑みが浮かんだ。
「……とぅ」
「ッギャー!?」
広げた腕をそのまま振りぬき、ラリアット気味に小柄なアウルを跳ね飛ばすネオ。
扉にぶつけた頭を両手で抱えて唸るアウルを他所に、続いてスティングの胸元を掴んだ。
「エライ事やってくれたな!
誰が新型機その物を持って来いって言った!?」
「あ、あれは渡されたハッキングツールがががが」
「問答無用ォ! しかも捨てずに持って帰りやがって!
生還率がグっと……」
其処まで言い掛け、ネオはハっと顔を上げる。離れて立っていたステラが、哀しげに
自分を見ていた。
「……ネオ、怒ってる」
「あ……いやその」
「ステラ……悪い事、したの?」
潤む瞳。滲む涙。スティングを投げ捨て、駆け寄って頭を撫で回すネオ。
「違う! 違うぞステラ! 俺は怒ってるんじゃない! ただ心配で、心配で…」
「ほん、と……?」
「本当だ! ステラはよくやった! ステラは偉い! よく帰って来た!」
「ち、ちょっと待て!
何だ、その扱いの差ぁ!!」
指差して抗議するスティングに対し、ステラの髪を撫でるネオは平然と言い放った。
「ステラは、可愛い。お前らは、可愛くない。解るな?」
「だ、ダメ大人……」
「そうだこのダメ大人が! ロリコン仮面が!」
「まあ、フォローに向かった連中を全員生還させた事は褒めてや……おい今
何つったスティング! 何がロリコン仮面だ!」
「言葉通りではありませんか、大佐」
「リー!?」
仮面越しに解るほどの愕然とした表情を見せるネオに背中を向けたイアン。
「しかし……実際大した物だ。第81独立機動群。通称……」
幼稚園状態のガーティ・ルーのブリッジで、イアンは独りごちる。
「ファントムペイン、か」
- 164 :9:2006/06/11(日) 12:00:19 ID:???
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Episode 4-4“軋む歯車”
「ファントム……ペイン?」
「そう、幻肢痛といってね……無いはずの場所が痛むのよ」
病室のベッドに背中を凭れさせたマユが、メタリックな光沢を放つ自分の右腕を見下ろす。
フレームがむき出しになり、指先にゴム製のパーツが取り付けられた黒い義手。機能性のみを
追求したそれは、さながら肉が削げ落ちた人骨のようだった。
「原因はまだ解明されてないの。色んな説があるわ。ストレスから来るとか、神経断端……
つまり失った根元の神経、が刺激を受けて痛む、とか……」
医師の指先が、義手の付け根を包む赤いカバーに触れた。
「後者の可能性はほぼ無いわ。義手に問題は無いし、調整した直ぐ後だし」
「じゃあ、ストレス……ですか」
「そう、ね。戦闘中に起きた事なら、再発も……」
医師はそこで言葉を止め、マユを見た。
「……マユちゃんさえ望むなら、カルテを書いてあげられるわ」
「えっ?」
「傷病除隊という事にすれば、誰からも後ろ指を差されないはずよ」
「……」
「すごく、怖い思いをしたでしょう? これから平和に過ごせるの」
医師の言葉に、マユはただ俯くばかりだった。
『これは議長からの要望でもあるのよ』
「喩え誰からの要望が絡もうと、その指示は承服できかねる」
アーモリーワン司令部。スクリーンに映った女性の言葉に対し、イザークは首を横に振った。
『それに、マユ=アスカは訓練兵でありながら敵2機を撃墜し……』
「2機墜とそうが200機墜とそうが! 期間を終了していない者を……!
大体、ザフトは原則として義勇軍の筈だ!!」
『……大局を見て、ジュール隊長』
「ッ……」
女性は溜息をつき、小首を傾げた。
『私だって彼女を正規兵に繰り上げるのは嫌よ。でも、状況は甘くない』
「解っている……つもりだ」
『もしあのボギー1に地球連合が関与していたら、停戦協定が崩れるかもしれない。
そして私達プラントの…ザフトの最大の問題は、物量なのよ』
「解っている……! そんな事は、理解している!」
『では……正しい判断をお願いするわ。兵を束ねる白服としての判断を……』
暗転するスクリーンの前でイザークは銀髪を揺らし、下唇を噛み締めた。
- 165 :9:2006/06/11(日) 12:02:09 ID:???
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Episode 4-5“軋む歯車”
当然の話だけれども、殺し合いは嫌いだ。それなのに、何故医師の提案に対し、
お願いしますと言えないのだろう。
イザークが、ディアッカが気になるから? 彼らに申し訳ないから?
いいえ、違う。そんな綺麗な理由じゃない。言い訳は幾らでも出来るはずだ。2人にも、
自分にも。
では、まさか自分は戦いを望んでいるというの? そんな筈も……無い。無いと、思う。
…………本当に?
「マユ、ちゃん?」
医師の呼びかけに、マユはようやく顔を上げた。
「あの、その幻肢痛って薬とかで抑えられないんですか?」
「出来なくはないけれども、あくまで対症療法よ。それに……」
その時、病室のブザーが鳴った。インターフォンに慣れ親しんだディアッカの声が届く。
『マユちゃん? うちの隊長がさぁ、呼んでんだけど……来れそう?』
「あ、はい! 今行きます」
反動をつけてベッドから起き上がって、床に脚をつける。医師に頭を下げて、背中を向けた。
「先生、お世話になりました」
「……気を、つけてね」
通路へと出て行くその小さな後ろ姿を見送った後、医師は机に突っ伏した。
「駄目だわ……軍医失格ね、私」
オフィスに足を踏み入れたマユは、目の前に突き出された再生紙をまじまじと見詰めた。
「マユ=アスカ。現時刻をもって、訓練期間を終了とする」
何時もの硬い声でイザークが文面を読み上げる。
「尚、ジュール隊は2時間後にボルテールでアーモリーワンを出航し、ユニウスセブン周辺の
哨戒任務にあたること。以上」
「……あの、訓練兵じゃなくなるって事は?」
未だ状況が飲み込めていないマユが、しどろもどろにイザークへ問うた。
「お前の功績が認められ、訓練期間が切り上げられた。それだけだ」
言った後、力の限り執務机を殴りつける。
「だが俺は認めていないッ!
お前のようなヒヨコと肩を並べるなどというのは甚だ…!」
「解っています、隊長」
言い終わる前に、マユは笑顔で応えた。
「特例処置っていう事、ですよね。これからも変わらず、御指導をお願いします」
「……い、良い心がけだ。その謙虚さを忘れるな。では準備しろ」
「はいっ」
笑顔のまま敬礼する。黒い義手が微かなモーター音を上げた。そのまま踵を返そうとし、
立ち止まる。
「隊長……」
「な、何だ。まだ何かあるのか」
- 166 :9:2006/06/11(日) 12:04:10 ID:???
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Episode 4-6“軋む歯車”
確かに、自分は戦った。訓練兵の身でありながら、敵を2機撃墜した。
仲間を護るためだった。少なくとも、そう自分は思い込んでいた。しかし、思い出したのだ。
トマホークで叩き斬った敵機にグレネードを投げつけた時に、逃げ出す敵を追い詰め、その背中にビームを撃ち込んだ時に、自分が浮かべていた表情を。
眼を閉じれば、あの時感じた暖かい赤と黒が思い起こされる。静かな笑みが、浮かんだ。
「私が失くしたのは……記憶と右腕だけじゃ、無いのかもしれません」
「……?」
「あ、すみません。変な事言っちゃって!
急いで支度しますね!」
部屋から駆け出し、ドアの傍で待っていたディアッカに手を振っていった。
笑顔で手を振り返すディアッカ。彼女の姿が通路の曲がり角に消えると、オフィスに入って
来る。
「……今度ばかりは、手を離せねえよな。イザーク」
「当然だ……!」
「構造解析が終わった。核攻撃で大破してはいるが、フレアモーターの取付け場所には
事欠かん。既にデブリに偽装して飛ばした。向こうでの作業開始は20分後だ」
「万事滞り無し、か」
「ああ。順調すぎるほどだ」
頭上の蛍光灯が図面の乗った工具台を弱弱しく照らす、狭い室内。パイロットスーツを着た
3人の男が、静かに言葉を交し合う。
「順調すぎるか。確かに、モビルスーツとフレアモーターの調達はもう少してこずるかと
思っていたが……」
「ふん、我々の行動に乗じようという輩がいるのだろう、だがそんな事は問題ではない」
その内1人が顔を上げ、拳を固めた。顔の真ん中に走った古傷は、一度見れば忘れないだろう。
「如何なる意思が介入しようと、最早我々の目的は揺るがん」
鋭い、鋭すぎる視線が、2人を順繰りに見遣る。
「……さあ、最後の仕上げとかかろう。時が惜しい」
傍らに置かれていたヘルメットをかぶり、フェイスプレートを下ろした。
To
be continued…
- 167 :9:2006/06/11(日) 12:09:46 ID:???
<次回予告>
Episode5"想い出"
「さあ行け、我らの墓標よ……!」