- 82 :DESTINY Side-C 1/6:2005/09/10(土) 12:54:20 ID:???
- かつて望んだのは明日。今望むのは昨日。
戻れぬ時に、全ての人は想いを馳せる。
戻れぬと知りながら、いつか清算できることを。
現在(いま)という時の中で、少女は何を見る。何を聞く
その幼い瞳に、何を宿す。
PHASE-01 ロアー・オブ・ペイン
- 83 :DESTINY Side-C 2/6:2005/09/10(土)
12:55:27 ID:???
- 一隻のシャトルが宇宙港に進入すると、少年は深い溜め息をついた。
彼の名はアレックス・ディノ。
現プラント議長、ギルバート・デュランダルとの会談を望むオーブの"姫"の随伴として、
このザフトの軍事コロニー"アーモリー・ワン"へやってきた。
再び安定を取り戻しつつある世界。それこそが彼が望み、目指してきた世界。
だから彼はこうして、かつての自分の居場所に戻って来た。
「(俺も歳をとったかな……)」
まさかコロニーの外観を見ただけで、こうまで感傷的な気分になるとは思っていなかった。
横にいる"姫"をちらりと見遣ると、彼女は苛苛した様子で指を叩いていた。
無理もない。これから会談する相手の立場を考えると、自分まで胃に穴が空いてしまいそうだった。
「うわっ!!」
同僚のメカニックであるヴィーノ・デュプレの運転する車の助手席で、
ルナマリア・ホークは素っ頓狂な声を上げた。
「はぁ〜…なんかもう、めっちゃくちゃ」
危うくモビルスーツに車ごと蹴り飛ばされそうになり、彼女はシートにしがみついた。
彼女がうなだれると、ヴィーノは小さく笑う。
「しょうがないよ…初めての奴も多いんだしさ。ミネルバの配備、どこだと思う?」
「う〜ん…月軌道じゃないの?あ、レーイ!!」
ルナマリアは同僚のレイ・ザ・バレルの姿を認め、そちらに大きく手を振る。
レイはその声に気付き、申し訳程度に手を掲げ、ちょいちょいと振ってみせた。
その仕草がなぜかおかしくて、ルナマリアは小さく噴き出してしまった。
細い指が、ピンク色の携帯電話を弄っていた。
噴水の周囲にあるベンチの一つに座った少女は、次々とディスプレイに映し出される画像を見て微笑む。
これはお兄ちゃんにクッキーを作ってあげたときの。
これは家族で公園にキャンプに行ったときの。
少女は一心不乱に携帯電話を弄る。
と、何かの拍子に脇に置いていた買い物袋が倒れ、中身が転がり出てしまった。
「あっ!」
少女――マユ・アスカは慌ててそれを拾いに行く。
転がった缶――ルナに頼まれたものだ――はやがて、洋服屋の外壁に当たって止まった。
周囲からくすくすと小さく笑い声が聞こえる。マユは顔を真っ赤にして、やっと追いついた缶を拾い上げた。
ドンッ
- 84 :DESTINY Side-C 3/6:2005/09/10(土)
12:56:30 ID:???
- 「いたっ!」
突然何かがぶつかってきて、マユは尻餅をついた。
痛むお尻を擦りながら、彼女はぶつかってきたものを確認する。
妖精のような、人形のような、可愛らしい少女だった。
その不思議な美しさに見惚れていると、少女は立ち上がって尋ねる。
「ごめんなさい……大丈夫?」
「え?あ……はっ、はい!大丈夫です!」
マユは慌てて立ち上がり、そそくさとその場を立ち去ろうとする。
すると、少し遠くで声がした。
「おーい、ステラァー!」
「スティング……」
背の高い、緑色の髪の男がやってきた。その背後には、青い髪の小柄な少年。
「すまなかったな、大丈夫か?」
こちらを見ていたらしく、スティングと呼ばれた少年が謝罪する。
青い髪の少年は、ステラと呼ばれた少女に嫌味を言っているようだ。
「あ…はい。こっちこそ、すみませんでした…」
そういうと、スティングが軽く手を掲げ、三人は去っていく。
可愛い娘だったな…
マユはぼーっとして、しばらくその場に立っていた。
現オーブ国家元首――カガリ・ユラ・アスハは、苛立ちも露わに呟く。
「明日は新型艦の進水式と言ったな…そんな日にこんな場所でとは、恐れ入る」
恐れを知らぬ言葉に、取り巻きの人々が――アレックスですら、冷や汗をかく。
「申し訳ありません。"姫"」
カガリがその発言にムッとしたのを見て、アレックスは慌ててフォローする。
「内々、かつ緊急にとお願いしたのはこちらなのです…姫」
「わかってるさ、すまなかった」
本当に分かっているのか……今彼らが相手にしているのは、プラント評議会議長ギルバート・デュランダルだというのに。
「それで、こちらの用件は飲んでもらえるのか?」
やはり、分かっていないようだった。アレックスは溜め息が出そうになるのをグッと堪える。
「かつて国を焼かれ、散り散りになったオーブの民……我々はそれを人道的立場で"保護"しただけですよ」
彼の言う事は真理だ。そして保護された多くの人々は、今の暮らしを手に入れ、プラントでその能力を発揮している。
「分かっている!ただ私は、オーブ戦の折に流出したわが国の技術の、軍事的利用をやめていただきたいと言っているのだ!」
カガリの言う事もわかる。他国の争いに介入しないことがオーブの理念。
要するに彼女は、父が死を持って守り抜いたその理念を、貫き通して欲しいだけなのだ。
「(だが……まだまだ甘い)」
気持ちだけは真っ直ぐだ。だがそれこそが本当に、国を追われた者達にとって最良の選択なのか?
アレックスはふと、デュランダルに目を遣る。カガリの無礼な発言に、腹を立ててはいないだろうか。
彼はその頬に微笑を浮かべ、アレックスを見ていた。
- 85 :DESTINY Side-C 4/6:2005/09/10(土)
12:57:37 ID:???
- 「何してんだ?」
突然頭に手を乗せられて、マユはびくりと身体を強張らせる。
「ぼーっと突っ立ってるなよ、危ないぞ」
「分かってるよ…」
背の高い少年が、自分の背後に立っていた。
待ち合わせの時間に遅れてきたのはそっちだと言うのに、何故こんなに偉そうなのかとマユは思う。
「ショーンとデイルは?」
「あいつらなら先に戻ったよ…ほら、さっさと来い」
そういうと少年はマユの手を引いて、公園の入り口に停めてあった車へ向かう。
マユは手を引かれながら、彼の顔を見上げて言った。
「ちょっとマーレさんの所に寄っていきたいな」
「……アレのことか?」
荷物を車の後部座席に積みながら、少年が聞き返す。
マユがうん、と答えると、少年はバタンとドアを閉めて、マユに向き直った。
「分かった。でも明日も早いんだ、あんま長居するなよ?」
マユの肩をぽん、と叩くと、彼は運転席に乗り込む。
「うん!」
マユは回り込んで助手席に座る。エンジンがかかり、車が走り出した。
「用事が終わったら呼べ。迎えに行くから」
「シュウ…ごめんね?」
少年――シュウゴ・ミハラは、ふっと笑った。
「謝ることないさ…冷蔵庫でプリン冷やしておくから、早めにな」
マユの顔がパァッと明るくなる。それを見て、シュウゴは微笑んだ。
これでいい。いや、これでいいわけがない。
でも少なくとも、"俺"という存在はこれでいい。
"俺"は"アイツ"の、代わりでいい。
「粗末なもんだな…ザフトもさ」
ザフトのつなぎを着た少年が、小さくぼやいた。
帽子からはみ出た黒い艶のある髪に、漆黒のバイザー。体格は小柄だったが、その声は氷のように低く、冷たい。
少年は"仲間"に目配せする。スティング・オークレー、アウル・ニーダ、そして――ステラ・ルーシェ。
三人とも無傷なようだ。辺りに散らばる死体の山と血の海を見て、少年は不快感を禁じえなかった。
いつ見てもダメだ。特に、血は。
それは彼の深層心理に根付いた"記憶"からなるものだったが、そんなことには気付くはずもない。
なぜなら彼には、過去の記憶がないから。
彼は血を見るのが苦手だ。だから、代わりに"あるもの"が得意になった。
- 86 :DESTINY Side-C 5/6:2005/09/10(土)
12:58:36 ID:???
- 『ゲン、行けるぜ』
ヘッドギアに通信が入る。スティングの声だ。
少年――ゲン・アクサニスはコンソールをチェックして、"機体"のハンガーに掛けられた外部ロックを次々に解除していく。
「アウル、ステラ、どうだ」
『OK、情報通り』
『いいよ……』
弾んだ声と、無関心な声。ステラの方はスイッチが入ったな、とゲンは内心苦笑した。
ゲンが振り返ると、三機の巨人がゆっくりと立ち上がる。"カオス""ガイア""アビス"。ザフトが極秘で開発していた、新型のMS。
ゲンは何故かそれらのシルエットに、既視感と不快感を同時に覚えた。
「…よし、パワーロックをオープンしろ。俺は撤収する」
『りょーかい…そんじゃ、ひと暴れと行きますか!』
「はしゃぐなよアウル。足元すくわれるぜ…スティング、後は頼む」
『任せとけ。バスの時間には遅れないさ』
三人の中では一番頼りになるスティングに後を任せると、ゲンは退却の準備を始める。
ここからは時間との勝負。最悪の場合、危険を冒して手に入れたこの3機すら失いかねない。
立ち上がった三機が、それぞれ緑、青、黒のカラーリングに色付いていく。
突然。
辺りに警報が鳴り響く。ゲンが入り口に目を遣ると、小さな少女が身を翻して走り去った。
入り口に設置したあった警報装置を鳴らされたらしい。気を抜いていたか?……いや。
ちょっと待て――何故あんな少女が、こんな軍の施設に?
『ゲン……』
ステラが不安げな声をあげる。
まぁいい…遅かれ早かれ、いずれはばれることだ。3機がこちらの手の内にある以上、最早問題ない。
「大丈夫だ、ステラ。気を付けてな」
『うん……ゲンも気をつけてね……』
自分は"これ"さえ持ち帰ればいい。指示された通りに。そこから先は、俺は知らない。
"D-plan
phase0"と書かれたディスクを懐に仕舞い込むと、ゲンは急いで格納庫を出た。
「だがっ!強すぎる力は、また争いを呼ぶ!!何故それがわからない!?」
遂にデュランダルに食って掛かったカガリの肩を、アレックスは苛立った様子で押さえ込む。
彼女が国を愛しているのは解かる。同じように、国民を愛しているのも解かる。
だが、これではダメだ。こんな態度のままでは、手に入るものも手に入らない。
「いいえ、姫」
アレックスが思考に耽っていると、デュランダルはわけもなく言い放った。
「争いが無くならぬから、力が必要なのです」
その一言に、アレックスは言い知れぬ感覚を覚える。
- 87 :DESTINY Side-C 6/6:2005/09/10(土)
12:59:32 ID:???
- ビーッビーッ!
「!?」
「なんだ!?」
突如響き渡った警報に、辺りが騒然となる。
そして次の瞬間、爆風で格納庫の一つが内側から吹き飛んだ。
「なっ…!?」
アレックスは絶句する。格納庫から現れた"もの"は、彼の傷痕にそっと指を這わせる。
「あれは……ガンダム……!」
カガリが震える。彼女も思い出しているのだろうか。あの苦い、戦いの日々を。
アレックスは、このような事態にも関わらずそんなことを考えていた。
「はぁっ…!はぁっ…!」
マユは走る。"ミネルバ"へ。"力"の在処へ。
同僚を訪ねて目にしたものは血の海と、人だったものと、黒い少年。
どうしようもできなかった。目の前でたくさんの人が死んでいるのに、どうしようも。
あのときと同じ。守れない、助けられない。
力が無いから。いや―――
「マユッ!」
低い声で叫びかけられてマユは足をとめた。
「レイ!」
赤いバイクに乗ったレイ・ザ・バレルが、彼女の近くで停車する。
「後ろに乗れ、ミネルバまで送る」
「うんっ!」
力ならある。私には、"あの子"がいる。
マユがバイクの後部座席に飛び乗ると、レイはバイクを急発進させた。
戦いを望む者なんて…皆消えてしまえばいい。
私と、"あの子"の力で。