175 :DESTINY Side-C 1/10:2005/10/02(日) 14:38:36 ID:???
争いを望む者。世界の崩壊を望む者。
失われていく命を冷笑しながら、ゆっくりと火をかける。
誰にも止められない。
火がかけられたことに、気付く者もいない。

やがて世界は、再び焼かれる。


 PHASE-04 発火点


176 :DESTINY Side-C 2/10:2005/10/02(日) 14:39:54 ID:???
<ゲイツR、ショーン機、デイル機、発進スタンバイ>
二機の出撃と入れ違いに、片腕を失ったレイのザクファントムが着艦した。
機体の装甲を蹴って、シュウゴはレイのいるコクピットへ向かう。
「レイ、大丈夫か!?怪我は!?」
「問題ない。それよりまさか、ミネルバを出すとはな」
シュウゴの心配を他所に、レイはクールな顔でザクのコクピットから出てきた。
ヘルメットの中を覗くと汗一つかいていないのがなんとなく気に入らない。
「さすがにやるな、ウチのエースは」
「エースは俺じゃない、マユだ」
いつものように謙遜して、レイは機体の整備に参加する。
シュウゴはレイの背中を軽く押して、紅いザクのコクピットへ向かった。
「どうだ、いけるか?」
「とりあえず損傷箇所には簡単な処置しただけ。動くのは左脚と右腕だけね…センサーが生きてるのも救いかしら」
シュウゴのザクもまだ修復が追いついていない。現状まともに使えるのはインパルスだけ。
おまけにそのインパルスはまだコロニー内でアンノウンMSと戦闘をしているらしい。
飛び出していきたい気持ちは強いが、今のあの機体では正真正銘の足手まといでしかない。
「…オルトロス付けて甲板に出てみるか。狙撃ならできるな?」
ルナマリアは待ってましたと言わんばかりに、不敵に笑ってみせる。
「誰だと思ってんのよ。あたしはルナマリア・ホークよ?」
「……だったな。よし、行って来い。俺のザクもすぐに出す」
そう言うとシュウゴはコクピットから身を離した。無重力状態の中を、自分の愛機に向けて真っ直ぐに進む。

『ハッチ開けて!オルトロスで敵艦を狙撃する!』



「待てっ!」
黒いストライクを追って、マユは機体を宇宙港に突入させる。
暗いシャフト内部はズタズタに引き裂かれている。管制官は恐らく全滅だろう。
機体を内壁にぶつけないようにしながら、黒いストライクとの距離を詰めていく。
「(もう少し、もう少し…!)」
ここで焦れば全部台無しになる。落ち着いて、と自分に言い聞かせ、マユは深呼吸する。
ビームライフルを照準。敵機が座礁した戦艦の脇を抜け、宇宙空間に――

突如、敵機が反転した。

177 :DESTINY Side-C 3/10:2005/10/02(日) 14:42:15 ID:???
「ぃっ!?」
黒いストライクが、レールガンを座礁した戦艦のエンジンに叩き込んだ。
「きゃあぁぁぁーっ!!」
爆発。機体が、視界が、炎に包まれ、マユは咄嗟にシールドを掲げた。
衝撃がコクピットを揺らす。歯を食いしばって、暴力的な爆炎が過ぎ去るのを待つ。
「…っはぁ…っ…!」
やがて炎は去った。戦艦の装甲が内壁にぶつかる度に、辺りに金属音が響く。
マユが顔を上げると、黒いストライクは既に漆黒の宇宙のはるか彼方に。
機体のダメージを素早くチェック。メインスラスター破損、メインカメラ大破。
レッグフライヤー、反応無し。チェストフライヤーは…生きてる。
結論…追撃は、不可能だ。
「くっ……!」
今度こそ逃がした。あの三機も、ストライクも。迂闊だった。
どうしようもなかった。目の前で蹂躙されるだけの平和を、力を持って守ろうとしたのに。
『……ユ、マユ……こえる…!?』
ミネルバからのキャッチが入る。マユはヘルメットのバイザーを上げて、軽く汗を拭った。
「メイ、聞こえるよ…逃げられた、あいつら…」
背中が汗でベタベタして気持ち悪い。呼吸が荒い。こんなに疲れるとは思ってなかった。
マユの落ち込んだ声に気付いたのか、メイリンはこの状況に関わらず軽く笑顔を作って見せた。
『マユが無事で良かった…ミネルバも出航したの、とりあえず1回帰艦して。迎えはいる?』
機体の機能を回復させながら、マユは驚きに目を見開く。ミネルバが出航した?
「うぅん、大丈夫。スプレンダーで戻れる」
『気を付けて。ショーンとデイルも追撃に出てるから』
マユはそれきり返事もせずに通信を切り、インパルスを分離させた。



『デイル、気負うなよ』
いつもの調子の、トーンの低い声。だがその声を聞きなれている彼は、相手の微かな心配を感じ取った。
「気負ってんのはテメェだろ?心配すんな、お前はサポートしてりゃいいんだ」
『だが撃墜スコアはしっかりと稼がせてもらうぞ』
「はっ、馬鹿言えショーン。俺の方が強えっつーの!」
調子が戻って来た。そう、これが俺たちのリズム。俺と、あいつの。ガキの頃からずっと。
既にアーモリーワンの守備隊が戦闘に突入している。彼らと合流して、敵機を殲滅する。そして――
『会敵30秒前…いくぞデイル、こいつらを蹴散らして』
「強奪部隊をブチのめし、敵の母艦をぶっ叩く!」
『正解。100点満点だ』
正面からダガーLが3体。いずれも砲戦仕様のバックパックを装備している。
デイルは機体にブーストをかけ、敵陣の中央に突っ込ませた。
「そぉら行くぜっ!」
敵の一斉射撃を掻い潜りながら急接近。
本来ザク用の装備である大型のビームアックスを展開すると、敵の一機に斬りかかる。
敵機はろくな抵抗もできずに胴体から真っ二つに引き裂かれ、爆散。
背後から斬りかかってきたダガーLのコクピットを、ロングライフルを装備したショーンのゲイツが吹き飛ばす。
いつも通り。訓練通りだ。行ける。実戦だって俺たちは問題無く通用する。
「っしゃぁ、もういっちょっ!」
更に三機のダガーLが接近。デイルは上唇を舐めて機体を駆った。


178 :DESTINY Side-C 4/10:2005/10/02(日) 14:45:36 ID:???
「ふうっ…!」
ルナマリアは機体の左脚をミネルバの甲板に固定すると、オルトロスを腰だめに構えさせる。
ミネルバのパイロットはいずれも優秀なパイロットだ。
完璧なまでのオールラウンダーであるマユとレイ。
天才的なアシストセンスを持つシュウゴとショーン。
アタッカーとして生まれ持った才能をもつデイル。
そして私は―――
彼女用に調整されたザクのモノアイが、敵艦の姿を捉えた。
「……」
上手い。敵艦はこちらの射線上に常に戦闘エリアがくるように移動を繰り返している。
ルナマリアはオルトロスを構え直す。焦るな。狙撃はタイミングが全て。
コアスプレンダーが帰艦するが、それすらも無視して機体を固定させる。
一瞬のチャンスを逃さないように、彼女は鋭くモニターを睨んだ。



マユはミネルバの周囲を旋回すると、フライヤーの発進を促した。
「だから、ショーンとデイルが出てるんでしょ!?シュウもレイもやられたなら、私しかいないじゃない!」
『落ち着いてマユ。ルナマリアが甲板から敵艦を狙撃するから、あなたは一度』
「コロニーが近いから、タンホイザーが使えないんでしょ!私たちが直接叩くから」
アビーの脇から、副長のアーサーが割って入る。
『敵艦に接近して、頭を抑えられるか?』
普段のちょっとドジな彼の姿は形を潜めている。今は戦闘中だからか。
「やってみます。ブラストシルエットの一式を!」
『……艦長』
『いいわ。マユ、やってちょうだい』
「了解!」
ミネルバの中央カタパルトから、3つの機影が射出される。
インパルスへの合体シークエンスを済ませると、砲撃戦に特化したインパルスのシルエット「ブラストシルエット」を装備する。
『ショーンとデイルの援護を最優先してください。決して単機で敵艦に向かわないように』
アビーからの通信に軽く返答すると、マユは再びインパルスを駆った。



味方の残存兵力と合流した"ツイン・バード"は、着実に敵機を落としていった。
「おい、生きてっか!?」
『誰に言ってる、お前の方が見てて心配だ』
「はん、言ってろ…!」
友軍機が爆散。撃った敵機をビームライフルで撃墜する。

179 :DESTINY Side-C 5/10:2005/10/02(日) 14:48:20 ID:???
「しかし…コイツら、見かけ以上にやりやがる」
最初の数機こそ簡単に撃墜できたものの、予想以上に手強い。
連携はしっかりと取れているし、機転も利く。デイルは額に汗が滲んでいる事に気付いた。
『相当熟練された兵士だな。やはりただの海賊ではなさそうだが』
敵のダガーから撃ちかけられたビームをシールドで凌ぐ。
反撃で腰部のレールガンを撃ち込むが、敵はそれを回避。そこにショーンがライフルを撃ち込み、敵機は爆散する。
「ま、考えたってしゃあねぇ、気ぃ抜かずに…ん?」
デイルの表情が強張る。それを感じ取ったのか、モニターの向こうのショーンも表情を強張らせた。
『なんだ、これは……』
「機体識別……オイオイオイ、なんの冗談だよこれは!?」
モニターに映しだされた機体――"X-105 ストライク"に酷似したその機体は、両肩に背負ったレールガンの照準をこちらに向けた。
『散開ッ!!』
ショーンが叫ぶより早く、2人は弾かれたように機体を動かした。
反応が遅れた友軍機が2機、瞬く間に撃ち貫かれる。
「ッ……!」
なんだ、こいつ…強い!!
『デイル、焦るな。立て直すぞ!』
ショーンが鋭く叫ぶ。だがこちらが姿勢を制御するより早く、ストライクはこちらに接近していた。
「んだぁ!?コイツ……!」
右腕の無い敵が左手で逆手にサーベルを抜き放つ。こちらもビームアックスを展開、激突。
一瞬敵のビームサーベルと干渉しあったこちらのビームが電光を放ち、弾かれる。
『デイル!』
返す刀でこちらに斬りかかろうとした敵機が距離を取る。
2機の間を、ショーンの駆るゲイツの放ったビームが走った。
「ショーン、悪ぃ!」
危なかった。片腕だと言うのに、あのまま行けばこっちのコクピットが真っ二つだった。
『構うな…来るぞっ!』
他の敵機を友軍に任せ、自身はストライクもどきと向き合う。敵機に接近しつつ、レールガンを発射。
相手がそれをシールドで凌ぐと、ショーンがロングライフルを発射する。
しかし敵機はショーン機には目もくれないまま、真っ直ぐデイル機に突撃した。
「来いやオラァ!!」
再び激突。機体をフルブーストさせ、鍔迫り合いを繰り広げる。
「おおぉぉぉぉぉぉっ!!」
その隙にショーンが直上に移動、ロングライフルの照準をストライクもどきに――

突如。

デイルの機体の両腕が斬り裂かれた。
「なっ!?」
目にも止まらぬ早業で、敵機は武装を失ったデイル機を抱え上げる。
即ち、そう――ショーン機とストライクもどきの射線上に。
『デイルッ!』
「グッ、糞が!!」
腰部のレールガンを展開するが、敵機の肩口に装備されていた単装砲がそれらを吹き飛ばす。
武装解除。もうデイル機には、戦えるだけの武装が残っていなかった。
デイル機を盾にしたまま、ストライクもどきはブーストをかけてショーン機に突っ込む。

180 :DESTINY Side-C 6/10:2005/10/02(日) 14:50:03 ID:???
『デイル、逃げられるか』
ショーン機の左足が、ストライクもどきのレールガンで吹き飛ばされる。
要するに自分は人質、というわけか。情けない。デイルは下唇を噛む。
抵抗してスラスターを吹かしまくったが、ガッシリと抱え込まれた敵機の前に身動きも取れない。

この敵は只者じゃない。

「ショーン、撃て!」
『何を言ってる』
「撃て、っつったんだよ!足手まといはごめんだぜ…!」
『…ふざけるなっ!!』
激昂するショーン。
ガキの頃からずっと一緒だったが、こんなショーンは初めて見た。デイルは一瞬呆ける
『お前には返さなければならない借りが山ほどある!お前が死ぬのは、俺が全て返してからだ!』
ショーン機の右腕が、更にレールガンで吹き飛ばされた。
「あぁ、そうだったな…!」
デイルはがっしりと捕まれた機体にフルブーストをかけた。
ストライクもどきはそれを無視し、両肩のレールガンのみでどんどんショーンを追い込んでいく。
機体の各所が異音を上げるのを無視し、デイルは更にブーストをかける。
「放せっ!コンチクショウッ!」
その時、デイルのモニターの隅に何かが映った。
「マユ……!?」



「デイルなの…!?」
先ほど交戦したばかりの黒いストライクが、デイル機を盾にしてショーン機を攻撃している。
「放しなさいよっ!」
マユはインパルスの両脇からM2000F"ケルベロス"高エネルギー長射程ビーム砲を展開。照準を僅かにずらし……

発射。

ストライクはそれに気付き回避行動を取るも、閃光の渦が敵機とデイル機の脚部を飲み込む。
敵機はデイル機を解放。機体を立て直そうとスラスターを制御する。デイルも、ストライクと大きく距離を取った。
「デイルッ!!」
『はは……この馬鹿、無茶しやがって……』
良かった、生きてる。そう実感すると、急に冷たい汗がドバッと出てきた。
辺りの戦闘も既に沈静化している。自分たち以外、友軍も敵もほぼ全滅らしい。
『話は後だ、奴を沈める』
ショーンが左腕しか残っていない敵機に突っ込む。敵はそれに背を向けて、背部のスラスターを全開させ母艦へ向かう。
両手両足を失ったデイル機に近寄ると、マユは叫んだ。
「ショーン深追いしないで!」
『問題ない、仕留めてみせ』

181 :DESTINY Side-C 7/10:2005/10/02(日) 14:53:14 ID:???
その時。
モニターの中で小さくなるストライクから、緑色の光の雨がショーンのゲイツに注がれた。
「ショッ……」
今のは恐らく、左腕に残ったビームガトリングの光だ。
吸い込まれるように弾がショーン機に命中した後、ピクリとも動かなくなる。
『ショオォォォォォーンッ!!』
デイルの絶叫。
マユは状況が把握できず、たっぷり3秒呆然とした後、頭を振った。
「ショーン、ショーン!?聞こえる!?返事してよ、ねぇっ!ショーン!」
最早パニックに陥ってしまったマユは、敵の追撃も忘れてただひたすら叫ぶ。
デイルが何かをマユに怒鳴っていたが、聞こえない。

嫌だ。

この感覚――あの時と同じだ。

自分達の脇を、エネルギーの奔流が駆け抜けていく。
MS同士の戦闘が終結したため、射線を確保できたルナマリアのザクがオルトロスを放ったのだろう。
マユはモニターを注視し、ビームの向かう先を見守る。
「(当たって…!)」
黒いストライクとの交戦は、良い"時間稼ぎ"になった。
お願いだ、当たってくれ。当たらなければ、この戦闘の全てが無駄に…
「……!!」
敵艦が、艦側底部の増槽エネルギータンクをパージした。
オルトロスのビームはそれに命中、推進剤に引火して大爆発を起こし、宇宙が明るく照らし出される。
やがて光が消えた頃、敵艦はその凄まじい速力で、視認が不可能な距離まで遠ざかっていた。
「……くそっ!」
負けた。今度こそ、完全に。
『ショーン、ショーン!返事しろ、このボケ!いつまで寝たふりしてんだよ!』
「デイル……」
ボロボロと涙がこぼれて止まらない。
『なぁ……起きろって、頼むよ……!』
マユは四肢を失ったデイル機と、沈黙したまま脇腹から火花を散らすショーン機を連れ、ミネルバへ向かった。


182 :DESTINY Side-C 8/10:2005/10/02(日) 14:56:55 ID:???
「……ゲン」
「なんだよ」
戦艦ガーティ・ルー、"メンテナンス"ルーム。
向かい合った仮面の男とバイザーの少年の間には、張り詰めた空気が流れている。
「何故命令に従い、帰艦しなかった」
「状況に合わせただけだ。おかげで例の3機も手に入れたし、こいつらも無事だ」
ゲンは室内に設置されたメンテナンス・ベッドの中ですやすや眠る三人を見て、口元を綻ばせる。
一方のネオは、その口元を固く引き結んだままで、やがて口を開く。
「だがこちらはダガーLを9機、パイロットを9人失った。Mk-2だって大破した。修理には時間がかかる」
ゲンは舌打ちする。仮面のせいで表情の読めないこの男――ネオ・ロアノークは、相変わらずやり辛い。
「…悪かったよ。以後気を付ける」
「ゲン」
顔を上げたゲンの左頬に、ネオの鉄拳がめり込む。
ゲンが後ろに吹き飛び、周囲の"ドクター"たちが目を丸くした。
「……ぃってぇ……っ」
「次の戦闘ではお前を外す。こいつらには実戦で慣れてもらうしかないな」
「…………」
気に入らないと言った様子でネオを睨むと、ゲンは立ち上がって敬礼する。
「了解。申し訳ありませんね、"大佐殿"」
妙に刺々しい声でそう告げると、ゲンはさっさとメンテナンスルームを出て行った。
「あいつはやるが、スタンドプレーが多いねぇ」
「はぁ…しかし、能力は優秀そのものですよ」
ドクターがクリップボードをめくるが、ネオは鬱陶しげにそれを払う仕草を見せる。
「問題があるのはそっちじゃない。心理的なもんだな。アイツは、常に"何か"に執着してる」
「執着、ですか?勝つことに、ではなく?」
ネオ訝しげなドクターの脇をつかつかと歩き、メンテナンスベッドの前に立ち、見下ろした。
「あぁ。多分――コイツらに」
「……仲間意識、ということですか?」
「だろうな。過去に色々あったようだし、きっと深層心理に根付いた何かが原因で、先走ってしまうんだろう」
メンテナンス・ベッドの中の三人の少年少女は、あどけない寝顔で眠っている。
どんな夢を見ているのだろうか――ネオは一瞬そう思ったが、すぐに考えるのを止めた。
「ま、多少扱い辛いほうが、俺としても楽しいんだがね!」
そう言ってドクターの肩をポンと叩くと、ネオはメンテナンス・ルームを出た。



「ショーンッ!!」
帰艦するや否や、中破したゲイツに飛びつこうとしたデイルを、レイが後ろから押えた。
「デイル、落ち着け」
「うるせぇ!ちくしょう、はなせよっ!!」
火花が散る機体に、消火班が群がる。
「やめろよデイル、待てって」
脇からシュウゴが押さえにかかると、デイルはキッと彼を睨む。
目一杯にためた涙の奥の瞳は、燃えていた。いや――焼かれていた、と言った方が正しいのかもしれない。
やがて火花が消えると、デイルは無理矢理2人から放れて、機体に駆け寄る。
「ショーン……ッ!?」

183 :DESTINY Side-C 9/10:2005/10/02(日) 14:59:18 ID:???
コクピットの中は地獄だった。
掠めたビームの熱で、左半身はまるで蝋人形のように溶け、皮膚とパイロットスーツとシートが一体化していた。
虚ろな右目はデイルの肩越しに、格納庫の天井を見つめている。
小爆発でコクピットの機器の破片が脇腹に突き刺さり、赤黒い血液と"何か"が飛び出していた。
「ショー……ン……」
「デイル、ショーンは!?」
マユが駆け寄り、コクピットの中の惨状を見るや否や、口元を手で押えて走り去っていく。
だがデイルはコクピットの中に降り立つと、既に人の形を留めていないショーンの右頬にそっと左手を添えた。
「ショーン…何してんだよ」
「デイル…」
あまりの惨状にヴィーノを下がらせたヨウランが、デイルを心配して声かける。
「おい、なぁ。1人にすんなよ…なぁ、頼むって…!」
デイルは自分のパイロットスーツが血に汚れることにも構わず、そっとショーンに抱きついた。
「ショーン、起きろよ…!なにしてんだよ、なぁ!?」
ヨウランは他の面子にコクピットを覗かない様に言って、デイルを引き離そうと試みる。
「デイル、もうやめよう…今はゆっくり、寝かせてやろう。な?」
「…ぐっ……!」
一度身体を浮かせた後――最期にデイルは、強くショーンに抱きついた。
「うあぁああぁぁあぁぁぁぁーっ!!」
デイルの絶叫が、広い格納庫に響き渡った。



約三時間後。
ミネルバの食堂の厨房で、シュウゴはお湯を沸騰させていた。
結局あの後、ミネルバは敵艦"ボギーワン"の追撃を始めた。
さすがに驚いたが、相手に奪われた戦力のことを考えると当然の措置なのかもしれない。
とりあえず戦闘配置は解除されたので、寝ようと思っていたらマユが「お腹が空いた」と部屋を訪ねてきたので、こうして厨房を借りて簡単な食事を作ってやっている。
「…………」
どうにも重苦しい空気が流れる。ショーンの死が、互いの古傷を炙り出してしまったのかもしれない。
「……私ね」
食堂内は暗く、厨房からのみ光が漏れる。それによってできた陰影が、どこか不思議なもの悲しさを醸し出していた。
カウンターに座ったマユが、小さな声で喋りだす。後悔したように、下唇を噛みながら。
「吐いちゃったの。ショーンを見て。…仲間、だったのに」
「……そっか」
ショーンの死体の状態は、ヨウランから聞いていた。最期に少し覗いてみようかと思ったが、そんな勇気も無かった。
返す言葉が見当たらず、シュウゴは適当に相槌を打つ。
「ショーン……怒ってるかな?」
それはなんとなく、怯えた声に聞こえた。
彼は出来上がったキャロット・スープを2人分皿に装うと、椅子を引っぱり出してマユの対面に座る。
「あいつがそんな奴だと思うか?」
皿を差しだし、マユの頭を軽く撫でる。マユは少しくすぐったそうにした後、キャロット・スープに口をつける。
「…違う、よね」
熱いスープを冷まそうと、何度かマユはふー、ふーと息を吹きかける。

184 :DESTINY Side-C 10/10:2005/10/02(日) 15:02:42 ID:???
食堂のドアが開き、デイルが入ってきた。
「お…」
「デイル…」
「……よう」
シュウゴがスープを飲むかと尋ねると、彼は「いや、いい」と答えてマユの隣に座った。
「もういいのか?」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ、もう大丈夫だからさ。気にすんな」
違う。大丈夫なんかじゃない、大丈夫なはずが無いのだ。現にデイルは、表情が一向に晴れない。
デイルとショーンは、ずっと一緒にいた。アカデミーの訓練も、休み時間も、寮でも、食事の時も。
最初は兄弟なのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
「……俺とアイツさ」
唐突にデイルが口を開く。マユとシュウゴは、黙ってデイルの言葉に聞き入った。
「親がいないんだ。…つーか、分かんねぇ」
「生まれてすぐに、死んじゃったの?」
マユが問いかける。デイルは自嘲気味に笑うと、言葉を紡いだ。
「なら、良かったんだけどな。捨てられたんだ、多分」
想像を絶する返答に、マユは俯いてしまった。デイルはそんなマユを見て、気にするな、と軽く頭を撫でた。
「多分、何かしらコーディネイトに気に入らない部分があったんだろ。物心ついた時には、あいつと2人きりだった」
それから色々なことを、彼は話した。
汚いこともたくさんやったこと。
自分が物を盗み、そのたびにショーンがまた借りが増えたと文句を言っていたこと。
生き延びる為に軍に入ったこと。後ろ盾はなかったが、必死に努力したこと。
自分達に、"人殺し"の才能があったこと。

ザフトのアカデミーで、初めてお互い以外の"仲間"と呼べる存在に出会えたこと。

「それなのに…これからだってのに、さ…あのバカが…!」
デイルは嗚咽を漏らしながら、ずっと話し続けていた。マユもシュウゴも黙ってその話を聞いていた。
「ここで死んじまってさ…バッカじゃねぇの、ホント」
彼が大きく鼻を啜ると、マユは隣に座った彼の横顔を見上げて言った。
「じゃあ、デイルは生きなきゃだめだよ…」
デイルはきょとんとした様子でマユを見つめる。シュウゴは立ち上がり、もう一つ皿を取り出してスープを装い始めた。
「ずっと生きて、ショーンの分も。そうしなきゃショーンがかわいそう」
泣きそうな顔でマユは続ける。それは――そう、自分にも向けた言葉だったのかもしれない。
「……あぁ」
だがデイルはそれを聞いて、柔らかく笑って見せた
「そうだな」
シュウゴはスープを彼の前に置くと、再びカウンター越しに座った。
デイルはスープにひと口手をつけて、目を丸くする。
「……美味いじゃねぇか。シュウ、軍なんかやめてコックでも目指したらどうだ」
薄暗い食堂に、小さな笑い声が響いた。